詩人の詩   作:117

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書ける時に書いていくスタイルです。(何度目だ)
この時間に書きあがったので、投稿時間を無視してあげちゃいます。


101話

 

 

 

 力場が消滅した。

「なに?」

 その現象に詩人は思わず言葉を漏らす。想定として有り得ないとは思っていない、が、しかし。まずないと思っていた事態だ。彼は今現在、聖王の封印に阻まれて真の魔王殿に辿り着けず、その手前で待機したままだった。

 この封印がアビスに反応しているということは、詩人には分かっていた。術の専門家ではないから他人に説明するには向いていないが、感覚的にいうのならば詩人ほどに術に精通している者は稀である。そんな彼の感想からして真の魔王殿を護る聖王の封印はアビスの気配をトリガーにしている部分があった。アビスの魔力に反発するように聖王の封印が発動しているのだ。

 それが途切れた。つまり聖王の封印の効果が切れたか、もしくはアビスの魔力がなくなったかだ。前者はいくらなんでも考えにくく、300年と続いてきた封印が今この瞬間に途切れる可能性は余りにも低い。出来すぎといった確率だ。ならば後者、アビスの魔力が消えたと考えた方が正しい。

 正しいが…それはつまりエレンやタチアナが詩人の目的を無視してゲートを閉じたということだ。タチアナはおそらくそれをやらないだろうが、エレンは彼女自身の命はともかくサラの命を天秤にかければゲートを閉ざすのを躊躇わないだろう。いや、それを言うならばタチアナだってエレンが死にかければアラケスを撃退する為にゲートを閉じる事を優先するかもしれない。

「チッ」

 行儀悪く舌打ちをしながら詩人は閉ざされた門へと近寄る。仕方の無い事だったとはいえ、やはり最後のゲートには自分が向かうべきだったと後悔しながら。現状を考えれば、どんな経緯であれ魔王殿のゲートが閉じられた事は確実だ。となれば、詩人の願いはその程度に扱われたという事に他ならない。

 何故詩人はこのゲートを最後にしてしまったのだと後悔する。他のゲートならば、少なくとも詩人が辿り着けないという事はなかったはずだ。強敵であるアラケスを相手にするまでできるだけ修行を積ませてやりたかったこと、最後ならば詩人が出張れば確実に勝てたこと、聖王の指輪を先に使われてしまうと想定してなかったこと。理由をあげればきりがないが、結局それは裏目に出たということに相違ない。彼の目的はないがしろにされたのだ。

(結局、こういう結果か。ザマァない)

 力ない笑みを浮かべて詩人は剣を抜き放つ。

 聖王の封印で詩人と最も相性が悪かったのは、超高速再生能力だ。彼は攻撃力には絶対の自信を持っていて、どんな防御力だろうが貫き通せる自信がある。がしかし、聖王の結界のように壊される事を前提として再生するような相手は、実は苦手としていた。特に今回の様に術が根本となる場合はそれが顕著だ。

 物理なら斬れる、硬いなら壊せる。詩人はそれができないとは決して言わない。だが、壊れても壊れても復活する相手というのは余り得意ではないのだ。自分の攻撃速度よりも相手の再生速度が勝ってしまった場合、詩人が打てる手は限りなく限定的になってしまう。実は今回、エレンたちを先に進ませたという事さえも詩人の中では相当上手く歯車が噛み合った事である。イやな予感がしていたから頭を働かせていたということはあったが、彼としては自分以外に託すという選択肢が珍しいのだ。

 今回の様に、失望するのが嫌だから。

 嘆きながらしかし、詩人は正確無比に剣を振るう。それだけで裏の魔王殿を内包する壁はあっさりと斬り崩される。先ほどまでならばここで再生が始まり、詩人にはその術を解除する方法はなかったが、即座に再生する兆しはない。やはり聖王の封印は発動していないのだ。

 ピドナがどんなに破壊しようともできなかったその壁をあっさりと破壊しつつ、詩人はその中に入る。ふと目の隅に映ったのは、ゆっくりとだが再生を始めている詩人が破壊した壁。超高速ではないが、再生能力は健在のようだ。

 詩人はそんな事を考えつつ、アラケスのゲートに足を向けるのだった。

 

「うわっ!?」

 ユリアンの驚きの声がゲート前の大広間に響く。広場中央に安置された大きな紅い宝石から詩人が出てきたのだから。

 これが転移法陣であると知らなかったのならば驚くだろう。そんなユリアンは相手にしていたモンスターたちが消えた事により、ゲートが閉じたと確信して敵のいない道を急いでいたのだった。

「ユリアンか」

「詩人さん、どこから出てきてるんですか?」

「入り口付近にあった同じ紅い宝石とコレは転移法陣が組み込まれてるんだよ」

 おざなりに返事をしながら、詩人はアラケスのゲートへ向かう。言い訳くらいは聞くつもりだが、彼からは相当な憤怒と諦観の感情が漏れ出ていた。

 それを敏感に感じ取ったユリアンは、詩人が何故そんなに不機嫌で意気消沈しているのかを理解できず、ただ彼と一緒にゲートの間に入る。

「くっ…。もっかい再生光! エレンさん、返事をしてっ!!」

「アースヒール! ダメ、か? 回復が間に合わない!」

「再生光! 諦めるな、まだ…まだ死んでいる訳ではない。ギリギリで生きている!」

 そこでタチアナとカタリナ、シャールが地面に倒れ伏しているエレンに向かって全力で回復術をかけていた。少年はできることがなく、心配そうにそして後悔と屈辱にまみれた顔でそれを眺めることしかできない。

「「エレンッ!」」

 詩人とユリアンの声が重なり、二人ともエレンの側に駆け寄る。

 地面に仰向けに寝かされたエレンは満身創痍だった。腕には醜い傷跡がついている、たぶんだが槍で貫通されたのだろう。失血を防ぐ為に傷口は塞がれているが、その傷跡は一生残ってしまうのは間違いない。鎧は砕けおり、服に隠された腹部と胸部はひどい事になっていると想像するのは容易い。なによりその顔色は真っ青で死人一歩手前といった風情だ。

 その風貌で理解する、エレンはアラケスに敗れたのだと。

「あ、詩人さん! エレンさんがっ!!」

「分かっている、栄光の杖を寄越せ!」

 詩人が来た事に気が付いたタチアナが詩人に助けを求める。言われるまでもなく、詩人はカタリナが回収していた聖王遺物である栄光の杖を奪い取る。

 術増幅効果もあるそれを使い、詩人は己の術力を癒しの力へと転化する。

恵癒(けいゆ)

 詩人が使えるのは天術。それには太陽術と月術が含まれ、その両方に癒しの術が存在する。詩人はそれらを合わせ、生命力を底上げするという傷の回復に留まらない術を発動させた。説明はしなかったしできなかったが、これは彼が長命種でありその身体に貯めこんだ生命力を譲渡するからこそ可能な術であり、詩人のみが使用できる術である。

 傷の回復ではなく生命力の復活という手法により、ようやくエレンに穏やかな呼吸が戻ってきた。それを確認して胸をなでおろす一同。

「何があった?」

 一番最初に離脱した詩人が問う。

「ジャッカルを追いかける為に、追って来るモンスターや行く手を妨げるモンスターを俺たちが順番に防いでたんだ」

「私が最後だったけど、ゲートの間の前でエレンさんが戦いの邪魔をされないように守ってたよ」

「じゃあゲートの間での事は少年に聞くのがいいのか?」

 詩人の言葉に全員が頷き、少年を見る。彼は全員から視線を向けられて一瞬だけひるんだようだったが、すぐに気を取り直す。

 ちなみに当然ながら縛めはすでに解かれている。

 そして少年は語りだす。自分とサラが宿命の子であったこと。ジャッカルはアラケスに裏切られたこと。魔王の斧で更に活性化したゲート。エレンがアラケスと戦い、そして敗れたこと。そしてとどめをさされる直前に、サラがマスカレイドの力を借りてゲートに干渉。これを封印したこと。

「その前に僕はサラにゲートから追い出されたんだ。ゲートを閉じる役目は私だからって言って」

 そうして彼の話が終わる。そこには重い沈黙が残っていた。

 詩人は彼の目的を軽んじられた訳ではない事に思考を割き、カタリナは失われたマスカレイドに絶句していた。

 ユリアンはエレンの無残な姿に受けたショックに加えてサラをも失ってしまったことに何も言葉を発することができず、少年は自分がなんの役にも立たなかった事を悔いていた。タチアナもサラを助けられなかったエレンに心を痛めている。

 そんな彼らを黙って見ていたシャールだが、やがて口を開く。

「とにかくいつまでもここに居ても仕方あるまい。とりあえず戻ろう。

 ルートヴィッヒとの戦いも心配だ」

 それに異論はない。

「そうだな。ユリアン、エレンは俺が背負う。お前は斬り落とされたジャッカルの腕から聖王の指輪を回収して、エレンの斧も持ってきてくれ」

「分かった」

 ユリアンはその言葉に素直に従った。従わない意味もないが。

 そして詩人はエレンを背負い、傷一つないゲートを見る。恐らくアビスからサラが封じ込める為に力を注いでいるのだろう。少年の力を使い、このゲートを開ける事は難しそうだ。

(つまりアビスでサラは生きている。生の力が流れる最も近いところに居るならば、そう簡単に死ぬ事もないだろうな)

 そう結論付けて彼らはアラケスのゲートを、魔王殿を後にする。今までのゲートと同じく、ここに残るのは静寂のみだった。

 カチリと、詩人の持つ懐中時計の全ての針が頂点で揃う。

 長い一日が、失ったものが多すぎる一日が終わりを告げたのだ。

 

 ピドナにあるベントの屋敷に戻ってきた一同。ルートヴィッヒとの戦いは小休止になったらしく、警戒していた彼らに襲撃が加えられる事はなかった。

 しかし良い知らせが待っていた訳でもない。意識のないエレンをベッドに寝かし、トーマスとミューズを加えた面々で話を進める。魔王殿で何があったのかを話した一同に、トーマスは難しい顔で現状を口にした。

「ルートヴィッヒがとうとうなりふり構わなくなった。近衛騎士団を動かすらしい」

「……そうか」

 シャールが肩を落としながら返事をする。

 これで彼らの負けが確定した。こうなる前にルートヴィッヒを討ち取らなければならなかったのだ。

 シャールはかつて近衛騎士団筆頭にいたからこそその実力が分かる。十数人からなるピドナ最高戦力と戦って勝てる訳がない。シャールとカタリナだけでどうなる問題ではなく、それに詩人にタチアナを加えても焼け石に水だろう。エレンは意識が戻っていないので戦力に数えられる事もできない。

 本来、近衛騎士団はピドナを守る為にある。だからこそピドナの内乱に手を出しにくかったのだ。内乱で戦う相手もまたピドナの民なのだから、その風聞に傷がつく。その許可を出すまでにルートヴィッヒを追い詰めてしまったことが敗因。近衛騎士団の出撃をさせずに奴を討ち取るのが勝ち筋だったのだが、やはり物事はうまくいかない。ここからは敗走の準備をしなくてはならない。

 その為に口を開きかけたシャール。だがその言葉は思いもよらないところから封じられる事になる。

「近衛騎士団は俺が相手をしよう」

 口を開いたのは詩人。それに一瞬、誰もが言葉を失った。

 いや、一人だけそうでない者がいたか。タチアナだけはごく普通に口を開く。

「やるの、詩人さん?」

「ああ、正直苛立ちもあるが。それより何より、ルートヴィッヒはこの騒動を起こした元凶の一人だ。潰させてもらう」

 その言葉に慌てたのはシャールだ。彼は誰よりも近衛騎士団の強さを知っている。彼が近衛騎士団筆頭をしていた時のメンバーはもう居ないだろうが、その実力はそう違わないはずだ。

「待て。いくらなんでも勝てる訳がない。こちらの負けは決まった。ここは潔く引いて雌伏するしかない」

「逃げたところで再起できないと思うのは俺の気のせいか?」

 その言葉に沈黙で返すシャール。その通り、ルートヴィッヒにピドナで足元を固められたら倒すのは相当困難になる。少なくとも敗走したシャールやトーマスにその機会は与えられないだろう。

 だが、だからと言って死にに行く訳にもいかない。勝てない戦いに挑むなんて愚かが過ぎる行動を取る訳にもいかないのが道理。

 ミューズには肩身狭い暮らしをさせる事になってしまうが、もう仕方がないのだ。

「……それでも逃げる。近衛騎士団に、この戦力では勝てないのだから」

「勝ってきてやるよ、俺一人で」

 詩人の揺るがない言葉。それに勝利の確信が含まれている事にシャールは驚き、そして確認する。

「――本当に勝てるのか」

「間違いなく。ついでにその勝利はトーマスカンパニーにやってもいい。俺は別にこの戦いの勝利が欲しい訳じゃないからな」

 それは余りに虫が良すぎる言葉。近衛騎士団を倒して、その名誉さえ要らないという。

 ならば何を望むのか、それを訊ねない訳にはいかない。

「対価は?」

「シャール、お前の命が欲しい」

「いけませんっ! そんな要求は呑む事はできません!!」

 黙って、というか言葉を発する機会がなくその場を見ていたミューズが金切り声をあげる。

 しかし詩人はそれを無視する。シャールもそれに構うことなく思考を巡らせ、話を進める。

「トーマス。私が居なくなった後、ピドナの最高権力者は君になるだろう。

 ミューズさまに不足ない生活を約束できるか?」

「無理だ。そこに貴方がいないなら、大きな不足が一つ」

「それ以外は?」

「……約束しよう」

「シャール!!」

 ミューズの大声を再び無視するシャール。そしてシャールは詩人を見て言葉を発する。

「いいだろう、詩人。その提案、受けた」

「契約成立だ。俺は近衛騎士団を殲滅し、その名誉はトーマスカンパニーに譲る。対価にシャール、お前の命を貰う」

「そんな契約はいりません! シャール、逃げましょう! 今までと変わらないわ、ピドナではないどこかで暮らせばいいわ!

 だからシャール、お願い……」

 ミューズの言葉の最後は涙混じりだった。

 そんなミューズにようやくシャールは向き直り、頭を垂れる。

「ミューズさま、貴方はクレメンスさまの御令嬢です。ピドナで穏やかに暮らしてください」

「ならシャールも!」

「私は騎士です。いつ戦いで散るとも分からない。ルートヴィッヒに追われるとなればなおさらです。

 今、ここでお暇をいただきます」

 揺らがない決意に、ミューズは涙を流す。父であるクレメンスが死に、それでも自分に良くしてくれた唯一人。

 そんなシャールが彼女から去ってしまう時が来たのだ。その喪失感に、ミューズは涙を流すことしかできない。

 それらを尻目に詩人は一言だけ残してその部屋を去る。

「暗殺はあるかも知れないから、この部屋の防御はしっかりしておけよ。タチアナ、頼んだ」

「ん、分かった」

 詩人の言葉に頷くタチアナ。

 正直、彼女としても詩人がシャールの命を欲しがる理由は分からないのだが、詩人がすることである。悪いようにならないだろうという楽観視して返事をする。

 むしろ心配なのはエレンの方だ。サラを守れなかった彼女がどういう心境になっているのか、そちらの方は良い想像ができる訳もない。眠り続けるエレンを見て、また不安に心が蝕まれるのだった。

 

 たった一人でピドナの大広間に立つ詩人。

 そこで城門が開き、中から完全武装した者たちが十人程現れる。隙のない立ち居振る舞い、彼らが間違いなく近衛騎士団なのだろう。広場に単独で立つ詩人に警戒の眼差しを向ける。彼らには分かったのだろう、詩人が只者ではないと。だが分かったのがそこで止まってしまったのが彼らの不幸だった。理外の化け物であると分からなかったのは痛恨といえた。

「一度だけ警告する、引け。ピドナを守る者でありながら、ピドナを害する者共。真にピドナを思うのならば、何に剣を向けてはいけないかは分かっているはずだ」

 詩人の言葉を無視して、後列にいた一人が矢を放つ。常人が射る矢とは一線を画した速度でそれは放たれ、あっけなく剣を抜いた詩人に斬り落とされる。

 その隙に前衛の数人がそれぞれの得物を持って詩人に襲い掛かった。手加減など一切なし、今までで最強の相手だと判断して攻撃を仕掛ける。

 瞬間、感じた悪寒。死がもう目の前に迫っていると感覚的に分かってしまう。大楯を持つ者が前に出て、他の者たちはその背後に隠れる。前に飛び出なかった者たちも中衛の後ろに避難する。

不抜(ぬかず)太刀(たち)

 そしてその判断は正解だった。初見の技に対してこうも見事に対処をする辺り、やはり並々ならぬ実力者揃い。仲間を守る為に前に立った数人が不可視の斬撃によって命を絶たれるが、残りは変わらずに詩人に向かって攻撃を続ける。

 間合いに入り、武器が振るわれる。斧が力強く振り下ろされる、剣で鋭く横から薙ぎ払う、槍で素早く突く。

 その全てが当たらない。ほんの少し、一歩にも満たない立ち位置の変化と体捌き。それによってのみで詩人は攻撃を回避しきって見せた。そして反撃の為に振るわれる剣は、逆に一太刀につき一つの命を斬り落としていく。

 瞬殺、その表現が相応しい。そして詩人は残された後衛に視線を向ける。

 仲間たちが殺される時間のあまりの短さに、彼らが一瞬怯んだ。そして詩人にとってはその一瞬で十分。

不抜(ぬかず)太刀(たち)

 二度目のそれは全員を射程に捉えた。為すすべなく、全員の命が絶たれる。

 開始から10秒にも満たない時間しか経っていない。その短時間でピドナの近衛騎士団は全滅してしまった。その結果を感慨なく見る詩人。

 世界最強の一角など、詩人にとってはこの程度なのだ。

 

 するべき仕事を為し、ベント家へと帰って来る詩人。その余りの時間の短さに、対応に出た者など詩人が忘れ物でもしたのかと思った程だ。

 気楽に屋敷に入り、ほんの少し前まで居た部屋へと戻る。

 雰囲気は一変していた。ミューズは怯えてシャールの後ろに隠れ、シャールとカタリナは冷や汗を一つ流している。ユリアンとトーマスは顔を強張らせ、タチアナは泣きそうだ。少年は自責の念からか唇を噛んで俯いている。

 原因は一つ、目を覚ましたエレン。黒い感情を振りまき、ベッドで体を起こしたエレン。虚無の瞳をしたまま、エレンは床に足をつけると周囲の人を全て無視して部屋から立ち去ろうとする。

「どこへ行く?」

「サラのところへ」

 詩人の言葉にエレンの返答。平坦が過ぎるその言葉に詩人以外の全員の背筋が冷たくなった。

「どんな手段を使っても、何を犠牲にしても、サラの元へあたしは行く。絶対にサラを取り戻す」

「どうやってアビスに行くのさ、エレンさん!?」

「知るか、知ったことか。どうやってでも行く。あたしはサラの元に辿り着く、必ず。必ずよ」

 理屈も経緯も知った事ではない。エレンにもはや冷静な理性というものは存在していなかった。ありもしないアビスへ行く手段を探して世界を放浪し、そのまま朽ちていく。そんな彼女の姿をほぼ全員が幻視してしまう。

 気軽な言葉を発するこの男を除いて。

「じゃ、行くか。アビス」

 全員が言った詩人を見た。自失していたエレンさえ詩人を見た。

「まあエレンは行くと思ったよ。タチアナはどうする?」

「え。エレンさんと詩人さんが行くなら私も行くけど――って、アビスに行けるの詩人さん?」

「当然だろ。四魔貴族のゲートが全て閉じてしまう可能性は考慮していた。だから俺はゲートを一つ確保している」

「バカなっ! 五つ目のゲートがあるだと!?」

 シャールの大声にごく自然に頷く詩人。

「アビスに、死食に関係ある奴がいただろう。四魔貴族を配下にしたと言われた男が」

「――魔王!!」

「そうだ。聖王はゲートを閉じ、四魔貴族はゲートを開こうとしていた。そして魔王はゲートを作ったんだ。もう600年も前にな」

「それはどこにあるの?」

 エレンが静かに訊ねる。

「はるか東、見捨てられた地より更に向こう側。そこの魔王のゲートを確保する為に、死食が起きてから東に行ったんだからな」

 ごくごくあっさり明かされる情報に全員の思考がついていかない。

 そんな中、詩人は少年を見る。

「もっとも、俺にはゲートに干渉する能力はない。少年が宿命の子というならば君に来てもらわないと話にならないんだが」

「行くよ。僕が力を貸す事でサラが助かるかも知れないなら、もちろん行くさ」

「シャール、お前の命は貰った。悪いが一緒にアビスまで来てもらうぞ」

「命を貰うとはそういう意味か……。いいだろう、お前が近衛騎士団を倒した時には一緒にアビスに行こう」

「近衛騎士団ならもう全員斬り殺した」

 詩人の言葉に呆気に取られるシャール。彼が近衛騎士団の実力を一番に知っていたから、それも仕方ないだろう。

 そして詩人はカタリナを見る。

「カタリナ、お前はどうする?」

「……マスカレイドはアビスにあるのですね?」

「聞いた限りではそうだな。サラが持って行ったそうだ」

「ならば私もアビスに赴きましょう。マスカレイドを取り戻す為に」

「他の奴はどうする? ああ、決めるのは急がなくていい。まだ時間はあるからな」

「何暇な事を言ってるのよ、すぐに行きましょう!!」

 悠長な詩人にエレンが叫ぶが、詩人はそれに取り合わない。

「今すぐアビスに行っても返り討ちに遭うだけだ。第一エレン、お前は防具もボロボロじゃないか」

「でも――」

「焦る気持ちは分からなくもないが、アラケスのゲートはサラによって封印されていた。あの状態が続くとなれば、すぐにサラが死ぬ事はないだろう。

 それに魔王のゲートまでも相当時間がかかるぞ。今はしっかり準備をする時だ」

 詩人に諭され、エレンは口をつぐむ。確かに彼女はアラケスの影にさえ敗れたのだ。このまま突撃してもサラを失った時の二の舞になってしまう。

 そのような冷静な判断ができるくらいには、エレンは落ち着きを取り戻していた。彼女は今度こそ必勝でなくてはならないのだ。

 

 次に向かうのは遥か東。

 目的地は魔王のゲート、その奥にあるアビス。

 準備ができ次第、彼らはそこに挑むことになる。

 




これにてアラケス編は終了。
そろそろ本気で終わりが見えてきました。

(やっべ、推敲する前に投稿しちゃった。15分に全力で推敲終わらせました。またちょいちょい直すかも知れません)
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