詩人の詩   作:117

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エタってない、エタってないぞ!
やー、言い訳ですけど。リアル事情と創作モチベーションとが今現在ちょっと大変。
頑張りますけど、頑張りますけど!!

お付き合いいただき、感謝です。


そして終に至る
102話 下準備


 

 

 夢をみる

 遠く遠い はるかにとおい

 今にはなく 未来になく 過去にもなく 永遠になく

 記憶にない 現実にない どこにもない 望みさえしない

 ただ ただ 想うだけ 考えただけ 焦がれるだけ

 届きはしない 至りはしない 叶いはしない 願いもしない

 

 自分が願う全ての願い 叶う世界はどこにもない

 失ったもの 亡くしたもの それら全ては悼むべきもの

 だからそれは夢であるべき どこにもあってはならない希望

 失うからこそ残りを護り 亡くしたからこそ次を探す

 それらの教えを忘れるな 欠けた痛みを忘れるな

 

 まどろみの中でだけ許される 目覚めれば消えてしまう泡沫の夢

 温かな夜が過ぎれば 冷めた風吹く昼がくる

 せめて夢の中では幸せに 喜びだけの世界はないのだから

 

 詩人が歌う。

 想えば随分と久しぶりに詩人の詩を聞いたとエレンは思う。ちらりと隣を見ればタチアナも静かに詩人の詩を聞き入っていた。

 観客はこの二人だけ、詩人は夜のピドナに向かって歌う。顔は見えず、歌う背中だけを彼女たちが見る。それが悲しそうに見えたのはきっと間違いではなく、感傷ある歌を選んだ詩人の心境は察するに余る。それに対して彼女たちはかける言葉を持たないのだから。

 そう。詩人は、また一人を失った。

 

 

「お時間を作っていただいてありがとうございます」

 数時間前。最後のゲートを閉じて5日が経ったその日の夕方、ミューズに呼ばれた面々がクラウディウス家の館に集っていた。ルートヴィッヒにおさえられていたこの屋敷も、今は名実ともにクラウディウス家のミューズの物となっていた。

 ルートヴィッヒはというと、ピドナの近衛騎士団が全滅したと通達された瞬間にピドナを脱出する為に行動していた。そして彼が逃げ支度を整えるまでの僅かな時間に、掻き集められるだけの金と兵だけを持ち、ルートヴィッヒはファルスへと逃亡を成功させたのだ。その決断は素晴らしいと評されるべきであり、もしかしたらこれがルートヴィッヒ最大の長所といえるかも知れない。近衛騎士団が撃破されたとはいえ、相応のダメージを相手に与えたと考えるのが普通である。その可能性を見限り、即座にピドナを脱することができるというのがまず英断といえるだろう。思えば過去にルートヴィッヒはクレメンスに野戦で敗れた際も退却を成功させ、その命を繋いでいる。

 その時も相当に厳しい状態だったが、ルートヴィッヒはやがてピドナの頂点へと返り咲いた。そして今現在もかつてと同等以上に苦しい状況である。敗戦による名誉の失墜、逃げた先が反ルートヴィッヒであった町であるファルスであり、地盤はないに等しい。そもそもルートヴィッヒに楯突いた町として、彼はファルスを相当に荒らした。因果応報とはいえ、ファルスはルートヴィッヒの支配地であると同時に敵地でもあるのだ。

 また、外部の助けも期待できない状況だ。ルートヴィッヒとの争いに勝ち、ピドナの頂点を獲得したトーマス。聖王12将を祖に持ち、凋落しかけた名門の看板を高々と上げたフルブライト。抜群の安定を誇り、弱点を見せずに利益をあげ続けるラザイエフ。これらはルートヴィッヒが明確に敵に回してしまったグループである。トーマスカンパニーと繋がっているロアーヌもルートヴィッヒを敵視するだろうし、ツヴァイクは内乱に次ぐ内乱で国力を大きく落としている。神王教団もピドナ支部が実質潰れてしまったから影響力の低下は必至であるし、そもそもジャッカルことマクシムスを切り捨てようとするのは自明。奴と蜜月の仲だったルートヴィッヒにどこまで合力するかは不明である。

 世界最高峰の一人だったルートヴィッヒが落ち目になった話はこの辺りにしておこう。彼をどうするかは、クラウディウス家に集まった人間たちの本題ではない。

 ルートヴィッヒが都落ちをした数日でトーマスは彼の派閥の者たちの力を削ぎ落し、場合によっては拘束して牢にぶちこんだ。元クラウディウス家に住んでいた人間も例に漏れず屋敷は主人を失い、代わってミューズが生まれ育った家に帰還。晴れてその名称から『元』の文字が外れる事となった。

 そんな現クラウディウス家に呼び出されたのは魔王殿から戻る事ができた者たちと、トーマス。この場に居るのは、屋敷の主であるミューズを加えた9人である。

「構わないさ。今は時間がある」

 そう答えるのは詩人。ミューズが話したいと思っていたのは、実質彼一人である。他の者は席に座って黙ってお茶を飲んでいた。

 その中で特に神妙な顔をしているのは二人、シャールとエレンである。エレンはともかくとして、シャールの立場は極めて微妙だ。彼は既にミューズの従者ではなく、詩人に雇われた傭兵といった身分に近い。しかしもちろんミューズへの敬愛の念は一切薄れていないことは言うまでもないだろう。彼はミューズの未来を想い、その忠誠心ごと人生全てを詩人に売り渡した。代価はこの屋敷をはじめとしたクラウディウスを取り戻すこと。それはトーマスカンパニーの傘下であるという前提条件がありながらも叶われつつある。よほど下手を打たない限り、ミューズの人生は保証されている。

 だがミューズはその下手を打とうとしていた。それも当然、ミューズにとってクラウディウスとしての財産なんてシャール自身に比べればなんの価値もない。ミューズにとってシャールはいわば家族同然。父を亡くして身分と金銭の全てを失い、それでも自分を助けてくれた恩人なのだ。今更クラウディウスの名誉が戻ってきたところで、周りにいる人間がなんと薄っぺらい事か。この屋敷でかいがいしく働いているメイド達とて、再びミューズが名を失えば未練なく彼女を見限るだろう。そうでないと彼女が心から信じられるのは、シャールしかいない。故に彼女は何を犠牲にしてもシャールを取り戻したかったのだ。

「要件は?」

 詩人が前置きなく聞く。これから話される内容は想像に難くない、詩人はそれ程愚鈍なつもりはない。

 故に答えが決まっている嫌な話を早く終わらせようと素早く切り込んだのだ。

「シャールをいただきたく存じます」

 ミューズもまた容赦なく口を開いた。詩人とは多少なりとも旅をした仲で、時間がある時は共に音楽を楽しんだりもした。故にある程度の理解はあるつもりで、前座は意味がないどころか逆効果だろうということくらい分かっている。だからこそ即座に本題に入った。

 シャールは自分を詩人に売り、その生殺与奪の権利を譲渡している。詩人はその権利を行使し、死ぬであろうアビスへシャールを連れていくつもりだ。死しか予感できないその世界に連れていくとなると、このようなケースがスタンダードだろう。死兵になるというのはそこまで過酷なのだ。サラを助けるというエレンやマスカレイドを奪還するというカタリナのような覚悟があるならともかく、詩人とエレンに着いていこう程度でアビスに挑むタチアナが一番間違っている。

 ともかく詩人からシャールの権利を取り戻す為にミューズは交渉を試みる。それに醒めた視線を送る詩人。

「代償は?」

「クラウディウスの全てを」

 その言葉にシャールの目が見開かれた。せっかく自分が用意した未来への糧を全て譲ろうというのだ。

 しかし甘い。ミューズの覚悟はその程度ではない。次の言葉に詩人は目を細め、他の者は全員絶句した。

「この身さえも好きにして構いません。クラウディウスの全てとはそういう意味です」

 ミューズは絶世の美女である。アウスバッハの祖先であり美しさが伝説となっているヒルダ姫を超える美しさを持つとレオニードに評されたモニカよりも、詩人はミューズの方が美しいとさえ思う。

 つまり世界最高の美女どころではない、歴史上最高の美女を好きにできる権利を与えられたのだ。それもピドナの名家であるクラウディウスの権力と金を自在に使えるおまけ付きで。

 シャールは自分を売って作り出したものが、ミューズという一番守りたかった人を上乗せされて買い戻されようとする現状に自分の浅慮を深く悔いた。ミューズにそこまでさせてしまった自分を呪い殺したいくらいだ。咄嗟にこの場で自害すればミューズを守れるのではないかと思った程である。

「断る」

 だが、僅かなためらいもなく一言で詩人はその言葉を切って捨てる。ミューズがその身を差し出すというのは詩人の想定の範囲を超えていたが、返答は変わらない。

 最高の美女を好きにできる、それがどうしたというのだ。その程度で折れる意志ならば何千年という歳月をかけた復讐など完遂できる訳がない。どこかで妥協し、剣の腕で世界の王になることさえ詩人には可能だった。聖王を愛し、聖王に愛されて静かに暮らす事も可能だった。それら全てを捨てて復讐に走った男が、いまさら最高の女一人と貴族位くらいの誘惑に靡くわけがない。

 ある者は驚きをもって詩人を見るが、詩人は俗に見られた不快感からそれらを睨み返す。委縮したその者の名前は、名誉の為に伏せておこう。とにかく断られたミューズには僅かな動揺しかなかった。確かに自分さえも簡単に袖にされるのは予想していなかったが、その結果は予想していた。シャールとはそれ程の価値がある男だと、彼女自身が分かっているのだから。

「ならば何を以ってすればシャールをいただけますか?」

「無意味な質問だが、あえて答えよう。俺はアビスでの戦力を求めている。シャール以上に腕が立ち、シャールと変わらない決意で命を捧げる覚悟があるものが用意できるなら構わない」

 シャールより腕が立つというならば、まだ可能性はあるだろう。例えば怪傑ロビン、例えばサザンクロス、例えばハリード。彼らならばシャール以上の腕があると言い張れば通らなくもない。少なくとも、同等であることは確実だ。

 しかし彼らがアビスに行くとなれば絶対に否だ。還れる保証のないアビスへ向かう等とは正気の沙汰ではないからだ。しかもサラを助けたところで名誉もなく、完全に骨折り損のくたびれ儲け。いや、命を懸けている事を鑑みればその程度の言葉で済まされる範疇にない。圧倒的強者が頷くことはまずないだろう。少なくとも復興したばかりでトーマスカンパニーの庇護下にあるクラウディウス家には到底無理な話だ。

 詩人の言う通り、ミューズの質問は無意味だった。絶対に無理だという言葉を迂遠に言われただけなのだから。

 ミューズは縋るように集まった人たちを見るが、エレンもカタリナも、少年もトーマスも気まずそうに視線を外す事しかできない。エレンやカタリナ、そして少年はアビスに向かう決意を固めている為、自分たちの戦力を下げる意見に賛同することはできない。トーマスも新興であるが故に人脈が弱く、今の条件を叶えられる状況にない。というか、そもそもシャールと同等の者さえ都合することはできない。その上で更に、ピドナ近衛騎士団を単独で瞬殺した詩人に意見を言う事もできない。トーマスがピドナの支配者に収まっているのは詩人の功績が大であると認めざるを得ない以上、彼に強く言葉を叩きつけられないのだ。

 言葉は尽くした、できる限りをした。その上での結論は、シャールを死地から救えないというものだった。

 それを理解した瞬間、ミューズの顔から感情が抜け落ちる。期待や希望といったものや、親愛や友情といったものがなくなる。その表情で詩人を見て、無感情な視線を送る。

 それを平坦な表情で受ける詩人。彼は感情は抜けていない。ただ、感情を発露する必要を感じていないのだ。

「詩人さん」

「ああ」

「恨みます」

「慣れている」

 何よりも大切な人を失った女と、それを平然と慣れた様子で受け止める男。

 この瞬間、詩人はミューズの心を失った。もはやミューズにとって詩人は共に旅をした仲間でも、笑って歌い合った仲でもない。自分の大切な者を奪った悪魔でしかないのだ。

 詩人にとって、それは慣れっこであったけれども。

 

 

 夜になり、町に向かって歌う詩人の背中を見ながらタチアナは思う。

(詩人さんってホント損な役回りするよね)

 前もってしていたネマワシで、タチアナはミューズの恨みを詩人が一身に受けようとしている事に気が付いていた。

 詩人はエレンに黙っているように指示し、彼女の言葉を封じていたのだ。もしもエレンが言葉を発していたら、きっと彼女は詩人を庇っていただろう。それも当然、詩人にとって四魔貴族を相手にするのに加勢は必要としていない。彼の復讐は単独で成し遂げるものであるからして、シャールを仲間に引き入れたのはサラを助ける為であり、ひいては完全にエレンの為だ。そこにエレンが気が付いていない訳がない。

 だが、それを口にしても話はこじれるだけだっただろう。ミューズは自分からシャールを奪う者にエレンを加え、他の人からもシャールの参戦に消極的賛成をする姿を見てしまえば、仲間全てに裏切られたと考えてしまう。それはお互いにとって極めて不幸な事で、詩人は他に向かう泥を全て自分で被った形だ。自分一人が貧乏くじを全部持っていくのだから、中々だとしか言葉が出ない。

 そもタチアナに言わせれば、ミューズの主張はただの子供の駄々だ。シャールが欲しい、シャールが欲しいと喚くだけ。今までの環境を当然と受け入れ甘受してきて、失われる間際に嫌だと騒ぐ。まあ間違った意見ではないが、それは一面でしかない。見方を変えれば、シャールの代償に自分を差し出す辺りはそこら辺の輩よりもよほど覚悟があるともいえる。

 だが少なくとも、ミューズにはシャールを超える価値があるものを用意できなかった。確実な事実としてこれが存在する。ならば負けたのはミューズで、シャールを得る為に動いた詩人を責めるのはどこかイヤな気分になるのを拭えない。少なくとも詩人の側に立つタチアナとしてはそう思っていた。

(ま、いいや)

 所詮終わった話であり、ミューズに比べて詩人やエレンの優先度が下がる訳ではない。ミューズの希望を切り捨てるのにタチアナとしても思う所はなかった。ちょっと後味が悪いなと感じた程度である。割り切れるというのも一種の才能だろう。

 やがて歌を終えた詩人。その背中の声をかける。

「で、どーすんの詩人さん。いつまでピドナにいるつもり?」

「…………」

 少しだけ夜風に当たりながら感傷に浸っていた詩人。

「ウンディーネと連絡を取っている」

「え? ウンディーネさん? アビスに一緒に行くの?」

「いやそれはない。だが、レオナルド武器工房と協力し、術具を併せた武具の開発が最終段階に入ったところらしい。

 エレンの防具はアラケスに壊されたし、タチアナの物も傷んできているだろう。それにカタリナやシャール、少年にも準備をしてもらわないとな。別に死んでほしい訳じゃない」

 このお人好しとタチアナは感嘆を通り越して呆れかえった。結局、シャールの命を貰ったとはいえ、できれば彼を死なせずにミューズの元に帰したいと詩人自身が思っている。人の幸せを願っている。それが叶わなかった時、自分が恨まれることでミューズの心を守ろうとしている。

(ホント、不器用で、優しすぎる人だよね)

 だからこそタチアナは詩人に惹かれるのかも知れない。聖王は彼の妻だと胸を張れたのかも知れない。エレンは詩人を愛したのかも知れない。

 人の為に愚直に在ることができる。それが詩人なのだ。

「それと――ユリアンだな」

「え?」

 意外な人名にエレンから驚きの声が漏れた。

「ユリアンはどこかで迷っている、アビスに行くかどうか」

「ユリアンが? だってアイツ、モニカさまと婚約してるんだよ? サラを助ける為とはいえアビスに来るなんて――」

 ない、とはエレンには言えなかった。ユリアンに関しては詩人よりもエレンの方がよほど知っている。保身に走る訳もなく、サラの為に死地に挑む彼の姿は想像できてしまうのだ。

 とはいえ、今の彼には他に守るものもある。エレンが言った通り、このままロアーヌに帰れば自分を愛する(モニカ)と添い遂げられ、出世街道を歩むことになる。出世するのはともかく、モニカを悲しませる事は彼の本意ではあるまい。

 サラか、モニカか。そこで悩んでいるというならば確かにエレンにもしっくり来た。

「分かった。明日にでもあたしはユリアンと腹を割って話してくる。あたしはユリアンの決意を尊重するわ」

「ああ、頼む。あいつは自分に真っすぐにある方がらしいだろう。迷いを晴らしてやった方がいい」

「東に行くんだよね? リンさんはどうするの?」

「一応、手紙は送っておく。ミカエルに初恋を感じたばかりだし、里帰りを強制するつもりはないさ」

「お優しいこと」

 エレンは穏やかな笑顔でそう言い、そこでようやく詩人が振り返った。

 その表情はやはり平坦。気負うでなく、悩むでなく。ここまで人の為に心を砕くことが、彼にとって普通。詩人の多くを知った彼女たちはそれを理解していた。

「さあ、準備も忙しくなる。今日は早めに休もうか」

「分かったわ」

「りょーかいだよ、詩人さん」

 

 目的の為、目指すはアビス。その為の準備はゆっくりと、しかし着実に整えられていくのだった。

 

 

 




最終章、開幕です。
章題の『終』には皆さんが思うルビを入れてください。
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