詩人の詩   作:117

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今日からリユニでギルド実装ですね。
建てようかな、どうしようかな。
ワクワクします。


105話

 ピドナの北にある洞窟寺院跡。

 丸一日歩けば着く場所にあり、片道二日かけて歩いて行く。洞窟の中にこもる時間を三日と仮定すると、予定ではおおよそ1週間の旅になる。これにはアビスに行くメンバー全員が参加する事になり、道中や寺院のモンスターを相手に最後の連携を試すことになるだろう。

 最深部にある死の像にて少年が祈りを捧げて、彼の死の宿命を支配する事が最大の目的である。これが済み次第に東に向かう手筈になっており、もう時間は幾ばくも無いのだ。

 朝。まずは洞窟寺院跡に向かう為に出立の準備を整え、ピドナの町境にある門に集まる一同。見送りにトーマスはいない。彼は今、仕事で大変に忙しい。比較的身軽なノーラとミューズが姿を見せていた。

 だが、空気はとても悪い。ミューズが、これがシャールがいなくなるカウントダウンだと理解しているし、そのシャールをアビスへと連れていく詩人に対して悪意ある無視をしているからだ。詩人も詩人でミューズを居ないものとして扱っていて、そのギスギスとした空気で明るくなれという方に無理がある。

 そしてこの空気に、とうとうエレンがキレた。

「ミューズさん」

「何でしょうか、エレンさま」

 ちょっと目が据わったエレンに、それでも容赦なく今まで通りの態度を貫くミューズ。

 これはヤバイと悟ったユリアンとタチアナが一歩引く。エレンはこうなると頑固を拗らせる一方だという事はそれなりに付き合いがある二人にはよく分かっていて、しかもミューズも引かないだろう。どう着地しても大事故になる未来しか見えない。

「恨むならあたしを恨め」

「……? それは、どういう?」

 いきなりの言葉にミューズが素で首を傾げた。

「おい、エレン。やめろ」

 おおよその意味を察した詩人が止めに入るが、まあここで止まるようなエレンならば苦労はない。エレンまでも詩人を無視して話を進める。

「詩人がシャールさんを巻き込んだのは、あたしが弱いから。あたしだけだとアビスから還って来られないから、詩人はシャールさんを巻き込んだの。

 だから悪いのはあたし。恨むなら、あたしを恨め」

「…………」

「もし、シャールさんを助けたいなら、今ここであたしを殺せばいい」

「おい、エレン!」

 今度はもっと強い口調で詩人が声を出すが、エレンは止まらない。

 エレンは短剣を抜き、ミューズに渡す。野宿などで使うナイフだが、手入れは欠かしていない。朝日を反射させてギラリと輝くそれは、どこか物悲しかった。

 短剣を掴み取ったミューズは、しばらく無言でそれを握る。

 そして。

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

 静寂から唐突。ミューズはエレンに向かって、ナイフを振り下ろした。エレンはその切っ先を睨むだけで、回避も防御もしようとしない。

 それを見抜いた詩人が瞬間で間に入り、手刀でミューズが握ったナイフを叩き落とす。そうしなければ、本当にエレンは刺されていた。

 あまりの事をしでかしたエレンに怒声をあげようとした詩人だが、それより早く大きくミューズが金切り声をあげる。

「どうして――どうして、私からシャールを奪うのよぉっ!!」

 ボロボロボロと涙を流し、口は泣き笑い。ガチガチと歯の根が合わぬその様を見て、ようやくミューズがどれほど追い詰められていたのかを知る。

 おそらく、気が付いていたのはエレンだけなのだろう。だからこそエレンはミューズにナイフを渡し、その切っ先から目を逸らさなかった。

「どうして私の家族はみんな居なくなるのっ!? どうして私を独り残すのっ!? どうして、どうして、どうしてぇぇぇぇぇ」

 狂乱の叫び声をあげて、そのまま顔を覆い、へたり込んでしまうミューズ。詩人はこのような慟哭なぞ、永い人生で何度も聞いた。だから彼は今更反応しない。

 しかしミューズがここまで激情を顕わにするのに、多くの者は呆気に取られていた。いや。驚くというならばエレンにナイフを突き立てようとした瞬間からだ。あの一瞬、ミューズは般若のような形相をしていた。そこまで女のおぞましさを表に出していた。そしてそれは今までのミューズを見ていたら、想像すらできなかったこと。

 それら全てを当然と受け止めたのは、エレン唯一人だけだった。何故ならば、エレンだけがミューズの絶望を知っている。

「どうしてだろうね。サラはあたしの妹ってだけなのに、どうして世界はあたしからサラは奪うんだろうって、何度も叫んだわ」

 泣きながらへたり込むミューズを、エレンは優しい目で抱きしめる。直前に刃物を振り下ろされた人間の対応ではない。

 それは、アウナスとの戦いの前にミューズが与えてくれた慈愛だった。愛を与えるばかりで貰えなかった女神に、今、悲しみを知る女が慈しみを返す。

「泣いていい、嘆いていい、叫んでいい、恨んでいい。

 いいよ、あたしが全部背負うから」

 エレンは絶望にすすり泣くその痛ましい女を抱きしめて、まるで幼子をあやすようにポンポンと背中を叩く。

「あたしが弱いから、シャールさんをアビスに連れていく。それは事実。

 だけどね、詩人は本当に誰にも悲しい想いをさせたくないの。詩人は誰にも死んでほしくないの。それはあたしが保証する。

 信じてる、詩人はシャールさんも守ってくれるって。きっと、きっとサラと一緒にシャールさんもアビスから還って来る。いや、シャールさんがいるから還って来れるの」

 その言葉に、ミューズは涙を隠す事もせずに詩人を見た。エレンの言葉が真か偽か、どうしても確かめたかった。いや、確かめないなんてできなかった。

 詩人は、困ったようにそっぽを向いている。それはまるで悪戯がバレた少年のよう。必死に隠していた悪い事が見つかってしまい、どうやって謝ろうか悩んでいるかのよう。

 そこに悪意がないと、そう信じられた。心から信じる事ができた。

 そしてミューズの視野が広がる。世界で一番に自分が不幸だと思っていた。けれども、少なくとも自分を抱きしめてくれているこの女性も同じくらい不幸なのだ。

 エレンを助けるにはシャールが必要で、ミューズが笑うにもシャールが必要。その両方を守る為に詩人は戦っているのだと、ようやく気が付けた。

 ――今まで、この曇った瞳で何を見てきたのだろう。詩人が悪意で人を貶める人間であるとでも思っていたのか、一緒に旅をした間柄なのに。共に心から音楽を演じたのに。その清い音色を聞いていたのに。

 詩人は、恨まれる事でミューズの心を守ってくれていたのだ。今更と言われるかも知れないが、そこに辿り着けた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぁぃぃぃ…」

 ミューズは自分が恥ずかしかった。自分しか考えられていなかった事が、自分だけが苦しいと思っていたことが。他人を信じられなかったことが、他人に責任を押し付けてしまったことが。

 それを、エレンが赦す。

「もういい、もういいの。

 今は泣いてもいいけれど、いつかアビスから還って来るその時に、また笑って迎えてよ」

「はい、はい、はい……。必ずっ!」

 あやされながら、ミューズは改めて詩人を見る。

 そして、はっきりと、口にする。

「――お願い、申し上げます」

「――請け負った」

 

「結局、全部俺にぶん投げやがったな、お前」

「ま、男の甲斐性の見せどころでしょ」

 半日が経つ。

 ピドナから離れた雑木林で野営をする一行。詩人はジト目でエレンを見ているが、エレンはあっけらかんとしたものだった。悪びれ、全くなし。

 ため息を吐く詩人。というか、ため息を吐いてなければやっていられない。せっかく散々積み上げてきたものが、エレンのせいで台無しである。パチパチと焚火を囲む仲間たちだが、その中で詩人の心は一日中憂鬱だった。

 もちろん詩人は誰も死なせたくない。けれども、だからと言って死なない訳がないのが戦場というものである。そして大切な者を亡くした時、感情の当たり所が必要なのだ。詩人はそれになるつもりだったが、あそこまでアレコレしていたことをばらされてはミューズが詩人に当たれる訳がない。ミューズがとてつもなく優しい人間なことくらい、詩人にだって分かっているのだから。だからこそ詩人は徹底的に悪人になりきろうとしていたのに。

 しかしこうとなれば、シャールも誰も死なないように努力するしかない。誰が死ぬかも分からない戦場で。強制的にとてつもない大博打を打たされれば、それこそ詩人がエレンに恨み言を言いたくなるというものだった。

 けれども、それで詩人はミューズを取り戻した。彼一人ならば決してできなかった事である。しかも善意でやられては文句もつけづらい。今度は詩人が誰に当たれる訳もなく、仕方なしにため息を吐くのだった。本当に、ため息でも吐かなくてはやってられない。

「そうそう。詩人さんは偽悪的にふるまい過ぎだよね~」

「分かってるなら付き合ってくれよ……」

「いや、だって私も詩人さんを信じてるし」

 タチアナはカラカラと笑いながらエレンの肩を持つ。彼女としても、今までお世話になり続けた詩人が自分から悪人になるのを見て楽しい訳がなかったのだから。

 本格的に味方がいなくなった詩人はげんなりとしてうなだれた。悪役になろうとして、後ろから裏切られた彼を助ける者は誰もいなかった。

 そんな三人を黙って見ていた、ユリアンとシャールにカタリナ。その中でとうとうカタリナが意を決して口を開いた。

「詩人殿、あなたは本当に一体何者なのですか?」

「ん? 前に言っただろ、聖者アバロン」

 詩人の気安さは変わらない。当然のごとく、そんな信じ難い内容を口にする。

 だが、だがだ。そんな嘘くさい言葉をエレンとタチアナが否定しない。そんなバカな事を言うなとたしなめない。故に、その言葉が段々とじわじわと真実味を増して三人に届いて来る。

「ほ、本当、ですか?」

「本当本当。ま、信じろとは言わないけどさ」

 300年前に生きた、伝説の聖者アバロン。しかし人が300年も生きるなんて有り得るはずがない。その有り得ない前提を、エレンやタチアナは呑み込んでいる。

 確認するように二人の女性に目を向ければ、肩をすくめながら頷かれてしまう。

「実際に生きてるんだからしょーがないよね」

「グゥエインも詩人が聖者アバロンと認めていました。300年前からの生証人にそう言われれば信じざるを得ないです」

 全肯定。ここまで清々しいと反論もできなくなる。

 まさか。本当に。

「聖者、アバロン?」

「どう言ったら信じるんだよ、お前ら」

 いまだ疑問形をつけるカタリナに、詩人が先ほどとは別種のため息を吐く。

 だから名乗るのが嫌だったのだ。どんなに言葉を尽くしても信じられることはなく、いきなり詐欺師扱いされることもザラ。そして信じられたとしても、詩人にメリットは一切ないのである。これでは名乗る気も失せるというものだ。

 特にカタリナやシャールなど、教養ある立場の者ほどに動揺と不信は大きい。未来を語るならともかく、偉人を騙るとなれば明らかに詐欺師であるのだから。

 だがそれ故に、教養が少ない者は案外受け入れるのである。

「へぇ。マジで聖者アバロンなんだな、アンタ」

「そもそも、その聖者っていう称号が慣れないんだよなぁ。俺が聖なる者って柄かよ、ってな。

 いや、伝説って怖い」

 ユリアンは詩人がアバロンとイコールである事実を呑み込んだ上で、興味を持って気さくに話しかけた。詩人としてもこのくらいの距離感の方が心地いいので、容易く軽口にのる。

「いや、俺も実は歴史の勉強として叩き込まれただけで実感があまりないんだ。

 それで聞いた話によれば、アバロンって聖王の師でもあったとか聞いたけど?」

「有名だよな、アリィの師匠って。口止めしとけば聖者とか呼ばれなかったんじゃなかったと心底思う」

「アリィ?」

「アウレリウスの愛称。ほら、弟子だし」

「嫁だし?」

「触れるな、エレン」

 よめ? 読め? 夜目? 

 ……嫁?

 エレンの言葉を理解するのに必要な時間は、さてどのくらいだったか。

「あ、あの……。聖王は、未婚で」

「結婚はしなかったけど。聖王との間に子供を作って逃げたらしいわよ、コイツ」

「うえ、詩人さん、マジ?」

 軽蔑の視線を向けるユリアンから流れるように視線を逸らす詩人。

 否定はしないらしい。

 もう、なんというか、聖者アバロンという人物の像がガラガラと崩れていく。とにかく少なくとも詩人は詐欺師ではないだろうことはなんとか理解する。ここまで自分が名乗る伝説的人物の評判を落とす真似は、詐欺師なればこそ絶対にしない。

 というか、事実であろうとなかろうと。詩人は聖者アバロンの偶像を持つ者に何か恨みでもあるのだろうか。ここまで憧憬を木っ端微塵にする奴はそうそうない。

「だから伝説なんてそんなモンなんだって。アリィだって人間だよ、普通の」

「へえ、普通だったんだ」

「うん、そうそう。タチアナみたいな奴だった」

「――普通?」

「おっしユリアン、その喧嘩買った」

 和気あいあいとする焚火を囲んだ一同。じゃれるタチアナとユリアンにエレン、そして詩人。そんな彼らを静かに見る少年。

 未だ呆然とするカタリナとシャールに、詩人は笑いながら語る。

「変わらんて。今も、300年前も」

 懐かしさと親しみがこもったその言葉に、ようやくカタリナとシャールは詩人を信じた。信じることができた。

 聖者アバロンだと信じた訳ではない、300年も昔を生き抜いた人間だと思った訳でもない。詩人という男が、今を生きて、そして共に戦い背中を預けるに値する者だと信じたのだ。

 詩人は強すぎる、背中を預けては不安な程に。だからこそ彼は信じられない、気を許されることがない。確かにあった冷厳なる不信の壁。しかし、その冷たい壁が溶けていく。詩人個人が信じられると思えた為に。ユリアンが、エレンが、タチアナが。詩人を無垢に信じているからこそ、そしてその信頼を詩人が裏切らないからこそ。

 人の信頼というのはそうして紡がれていくのだ。そもそも、過去に何があったかなど些末事だ。他人の今までを全て把握できる人間なぞ、居る訳がない。問題とされるのは、今信じられるかどうか。

 それは奇しくも――いや、ある意味当然ながらハーマンと名乗っていた男がエレンに語り聞かせた事だった。

 詩人は他人から信じられない。そもそも彼が自分を信じさせる気がないが故に。だからこそ、それでも彼を信じる人たちによって、詩人は少しずつ信じられていくのだ。

 アビスに挑む。聖王さえ為さなかった偉業を為すため、集った7人は士気を高揚させる。揃えなければならないピースが、ゆっくりと形作っていくのだった。

 

 洞窟寺院跡と呼ばれるその場所は、聖王文化を汚しているといっても過言ではない。

 死を讃えよ 死は幸いなり いざ幸いの地へ

 その教えである。そう唱える人々は、他から見れば呪いの言葉をまき散らしているよう。たとえその信徒がそれこそが真の幸福だと信じ切っていても、生を望むものが付き合わされてはたまったものではない。比喩なし文句なし、ただの殺し合いに発展するのは自明の理。

 己全ての価値を懸けたその戦いは凄惨を極め、やがて死を幸福とする人々は滅び去った。かれこれ600年前の実話らしい。もはや己の経験としてそれを語れるのはレオニード伯爵か四魔貴族くらいだろうから、ほとんど伝聞になってしまうのは仕方ないだろう。

 そして滅び去ったそれは、アビスと極めて相性が良かった。モンスターですら生を育むというのにアビスには適合したというのが、()がよほどのものだと伝えるのは十分だろう。

 故にというべきか。その洞窟寺院跡には、生を育む必要のない死霊系モンスターや悪魔族モンスターたちが住むに恰好の瘴気が満ちることになった。

「キョエエエェェェー」

 骨だけとなり、しかし殺意を衰えさせないフリスベルグの群れが殺到する。奥にいるのは鎌を持った悪魔であるリーパーだ。

 詩人は手を出さず、そして少年も戦わない。詩人はともかくとして、少年が戦わないのは彼が死というものを深く観察するためだ。そういう意味でこの洞窟寺院跡は最適の場所といえた。

 残る5人は当然ながら戦う。座して死ぬほど諦めがいい人間ならば、そもそもここに足を運ばないのだから当然だ。

 とはいえ、今更フリスベルグ程度に手こずっていては話にならない。ユリアンが、エレンが、シャールが、カタリナが。絶妙に連携をしながら骨の群れを仕留めていく。数に押されれば僅かながらも隙を晒さざるを得ないのが道理であるが、それを覆すのもまた数。お互いがお互いをフォローし合い、かすり傷一つなく数十の敵を葬り去る。

「大将首貰いっ!」

 そしてフリスベルグたちを操っていただろう、悪魔族のリーパーを攻めるのはタチアナ。もはや恒例となった長剣と小剣の二刀流で躍り掛かる。

 リーパーがギラリと鋭い眼光でタチアナを睨みつけ、振るう鎌は必殺。死神の鎌とも言われる致死の刃である。

 魂を直接刈り取るそれを、タチアナは容易に避ける。その技はアウナスが使っていた。それを遠くから観察できた。ならばこそ、たった一度でも見た技を格下が使おうとも通用するタチアナではない。

 温い、甘い、弱い。ただただそれに尽きる。

「十文字斬り!」

 ユリアンが得意とするその技をいつの間にか会得した少女は、二撃を以てリーパーを切り裂く。切り裂き魔の異名を持つ悪魔としては皮肉な末路であろう。

 もっとも、タチアナがそんな繊細な事に気を留める筈もないのだが。

「ふぅ、終わった終わった」

 湿り気なく言葉にするタチアナの通り、もはや敵というものはない。全て殲滅した後である。

 だが、彼らの意識はもはやそこにはない。眼前にあるのは、赤子を抱いた母の石像。しかしながらその像は、母も子も血の涙を流している。無機質な石像にはあまりに有機的で、そして忌避を感じさせる。

 理解せざるを得ない。これこそが死、これこそが終焉。生きとし生けるモノ全てが辿り着く境地なのだと。

 死を讃えられたその像は、静かに全員の意識に語り掛けた。

―我はガラテア。汝、安息を欲する者か?―

「否!」

 ここにきて力強く少年が答える。もしもここで是と答えたのならば、ガラテアは一同に安息を与えるべく殺しにかかってきただろう。

 しかしガラテアは安息を否定する者にも寛容だった。

―佳い。全てはいずれ安息へ至る。過程にはあえて言及するまい。しかしそれでは何故我を求めるか―

「死を扱う為に! 死を従える為に! 死に振り回されぬ為に!」

―佳い。死は忌むべきものではない。死は悟るもの。死は甘受すべきもの。死は穏やかであるもの―

 死の体現者であろうガラテアは静かに少年の激情を受け入れた。

 長い年月を過ごしたであろうその石の身体は、やがて全ての生物が受け入れるであろう死を急く事はしなかった。ガラテアが詩人について理解が及んだのならばそれはそれで興味がわくが、話がこじれるだけなのは理解できるのでスルーする。

 問題は、少年が死というものにどれだけの造詣を得られるかである。

「問う、死とはなにか? 我は死を運ぶ者、我が運ぶ死の意味は何か!?」

―答える。死に意味はない。死に価値はない。死は、ただ尊ばれるものである―

「っ! 問う! ならば生に意味はあるか、苦しみに意味はあるか、戦いに意味はあるか!!」

―答える。生に意味はある。苦しみに意味はない。戦いに意義はある―

「その心はっ!?」

―生は死の猶予也。死に意味を与えるのが生である以上、生に意味はある。

 苦しみは感情也。苦しみに意味はない。苦しむことに意味がある。苦しむことで生を理解し、やがて死を受け入れる。

 戦いは作法也。生きる為に必要なこと。戦いなき死には安息のみ。苦悩と納得はそこに無し―

「では、死とは!」

―安息也。全てが休める、その極地―

「死を運ぶ僕はなんだ! 生あるものを死に誘う僕は何なんだぁぁぁ!!」

―死を運ぶ者は伝道者也。忘れるな、安息の地は必ず在る―

 叫ぶ少年に、ガラテアは淡々と答える。

 それは一種の死を超越したものに他ならないだろう。正解か、理解するか。それは問題ではなく、ガラテアはもはや死に納得しているのだ。

 少年が、それに共感できるか否か。理解できるか否か。支配できるか否か。彼は端的な質問でガラテアに問いかけた。

「ならば死を如何に扱う?」

―どうとでも。尊ばれるものに価値はなく、過程に示される結果には恐怖有り。

 それは死がある者が見つけるべき也―

 少年は目を瞑って瞠目する。見えないものことこそ、その価値がある。少年はゆっくりとかみ砕きながらそれを心に染み込ませる。

 その問答を詩人は哀しく見守っていた。ガラテアは、おそらく詩人自身と同等だ。何がしかの理を以て、己に訪れる筈の死を拒絶している。詩人はただ生きる為に、ガラテアは苦しむ者に安息を与える為に。

 だからこそ詩人はかつてここを訪れてもガラテアを破壊できなかった、この石像を詩人は否定できなかったから。死が幸いとは思わないが、少なくとも死は安息だろう。己の安息を否定してまで苦しみ生き続け、そしておそらくは人のカタチさえも喪ったそれを。詩人はどうしても否定も破壊もできなかったのだ。

 死の体現者。ガラテアをそう理解していたからこそ、詩人は少年をここに連れて来たのだった。

 その結果。

「わかった」

 少年は何かを掴めたらしい。ガラテアに向かっていた少年が振り返った時、彼の表情は憑き物が落ちたようだった。

「もういいのか」

「うん、もういい。行こう、サラの元へ」

 言い切る。もはや少年はガラテアに何の執着もなさそうだった。

 しかしながら、吹っ切る事が全て好転するとは限らない。詩人の心に僅かな心配がよぎったことは仕方のないことだろう。

 だがそれを理解できるのは、恐らく多分詩人だけ。他の仲間たちは、少年が死の宿命を乗り越えたのだと錯覚して素直に喜んでいる。その間違った解釈による善意の困惑を感じ取れた詩人はより一層心配を強くする。ここに来たのは死の宿命を打倒する為ではなく、受け入れる為だと。少なくとも少年が間違った解釈をしなかった事だけは歓迎すべきだろう。

 

 そのまま。ある者はより団結力が増したと感じ、ある者は互いの齟齬に不安を強くしたままピドナへと戻る。

 皮肉にも、そこにまた一つ死の運命が待ち構えていた。それはリブロフから送られた伝令。

 ラザイエフ商会会頭、アレクセイ。病に伏す。

 明日とも知れぬ身であり、可及的速やかな末娘の帰還を乞う。せめて死に目に会えるようにと。

 

 タチアナの顔から血の気が引いた。

 

 

 

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