しかし段々と文字数が多くなる…。とうとう1万字を超えました。
ベント家。
大都市であるピドナにおいても有名な家の一つであり、町の中心部に近い場所に屋敷を構えられる程の家である。
そこに二人の客が訪れていた。この家で商売の勉強をしている分家の男、トーマスの友人であるエレンとその連れであるエクレアである。
さらにエレンは連れであるエクレアを家の者に任せて、自分はこの家でトーマスの手伝いをしている少女と二人っきりで話をしていた。話し相手はサラ、エレンの妹である。
「詩人が言うには宿命の子を求めて世界が大きく動いているらしいわ。詩人自身も、自分の目的が宿命の子だって言っていた」
「……」
サラの顔色は、悪い。そんなサラを気遣いながら、エレンは穏やかに話しかける。
「あんたは心配しなくていいから、全部あたしに任せておきなさい。ここでトムの世話になってもいいし、もし嫌になったらシノンに帰ってもいい。本当にどうしようもなくなっても、お姉ちゃんが助けてあげるから」
「お姉ちゃんは…」
絞り出すように、サラは言う。
「お姉ちゃんは、無理をしないよね…?」
「もちろんよ。あんたと違ってあたしは大人ですからね!」
エレンは、満面の笑みを浮かべながら嘘をついた。
個人的な話が終わり、エレンとサラは客間へと移動する。そこにはお茶を飲みながらお菓子をかじっていたエクレアがいた。少女は戻ってきた二人を見つけると、ふくれっ面で抗議する。
「エレンさん。お~そ~い~!」
「ゴメンゴメン。久しぶりだったから話し込んじゃって」
「もう! 一人で寂しかったんだからね。そっちのお姉ちゃんがサラさん?
…サラさん? 大丈夫? 顔色、悪いよ?」
「…あ、大丈夫、よ?」
「そんなにエレンさんが怖かった?」
「大丈夫。お姉ちゃん、私には優しいから」
「ちょっとサラ。その言い方、大分引っかかるんだけど? あとエクレア。後でお話があるから」
「遠慮しま~す」
ケラケラと笑うエクレアに溜息をつくエレン。サラはちょっと思いがけない単語が固有名詞として使われていることに強い違和感を覚えた。
「エク…レア…?」
「あ~。この子の名前よ。あんまり深く突っ込まないであげて」
エレンとて、まさかエクレアが本名だとは思っていない。自分の娘にお菓子の名前をつける奴がどこにいるのか。パティシエか。
だが、彼女に複雑そうな事情がある事は察しているし、この無邪気な少女に悪意がない事も分かっている。なら、年長者として笑って流すくらいはしてもいい。
…同行者の、両方の本名を知らない事はどうかとも思うが。
そうしてお茶を飲み、お菓子を食べながら歓談する事、しばらく。
扉を蹴破る勢いでトーマスが飛び込んできた。
「サラはいるか!? あ、エレン! …に、誰?」
「落ち着きなさいよ、トム。いったいどうしたのよ? あ、この子はあたしの連れよ」
「~~~!! 今は時間と人手が惜しい! 戦えるなら、全員着いてきて来てくれ!」
エレンは驚いていた。ここまで余裕がないトーマスは見たことがない。彼はいつも冷静に一歩下がってユリアンの無茶を見守り、そしてフォローをしていた。そんな大人な男だ。その男が余裕をなくしている。トーマスへの信頼が、事態の異常さを雄弁に伝えていた。
…冷静に見守られていた内にエレンが含まれていることに、彼女は気づいていない。
「分かった。サラ、エクレア、行くよ!」
「は、はい!」
「んっ!」
状況の異常さが分かったのか、サラはともかくとしてエクレアさえも素直に頷いて駆けだす。トーマスはそれを見る事なく走り始めていた。まるで、旧友が自分を信じてくれると疑っていないよう。
ならばその信頼には応えなくてはいけない。エレンはトーマスの後を続きながら苦笑した。
状況を聞いた後、その苦笑は凍り付くことになったが。
「魔王殿で子供が行方不明!?」
「ああ。目撃情報からゴンという少年が魔王殿に入ってしまった事は間違いない。そして魔王殿は言うまでもなく、アラケス配下のモンスターの巣窟だ。さらに神王教団のゴロつき共がお宝を探して這い回っているとも聞く」
「大問題じゃない!」
「だからこうして人手を集めているんだ!」
話を聞いたエレンは激高し、トーマスも喚き散らす。サラやエクレアは顔を青くすることしかできない。
それを制した男はシャールという、かつてピドナの実権を握っていたクレメンスの右腕だった傑物。彼の者が亡くなった後、その愛娘であるミューズを守ることを表明し、それ故にクレメンスの政敵だったルートヴィッヒの反感を買った男。代償として利き腕の腱を切られて戦士としては絶望的になったが、それでも術を磨き上げて今でもミューズの身を守る忠義の男。
「落ち着け!」
一喝する。その威容に、強さに。思わずエレンとトーマスは黙り込む。
それを好機と見たシャールは言葉を続け、白熱する言い争いに冷や水をかける。無駄にできる時間は一切ない。
「私たちでゴンの捜索を開始する。捜索範囲を広げるために二手に別れよう。私とトーマスが組むから、エレンはサラとエクレアを率いてくれ。
最低目標はゴンの遺体を見つけること。それが達成されない限り、魔王殿から出ることは許さない。ゴンを見つけたら彼の身柄を優先し、魔王殿から脱出する。
相手方への報告はゴンの安全を確保してからでいい。いいなぁっ!!」
その気迫。頷くことしかできない面々を尻目に、シャールは魔王殿に向かって走り出す。それに追従するトーマス、エレン、サラ、エクレア。
その中で比較的早く冷静さを取り戻したトーマスはシャールに並行し、先程下した強制に疑問を呈する。
「なあ、シャールさん」
「…なんだ?」
「男二人が同じ班っていうのはどうなんだ?
それに俺はともかく、ただ連れてこられた彼女たちに行方不明になった子供の安否が確認されるまで魔王殿の捜索をさせるっていうのは余りにも――」
「今回はミューズさまの指示だ。ゴンを魔王殿で見つけなさい、と。私はそれを最大効率で行ったまで」
冷血なその言葉に怒鳴り散らそうとしたトーマスだったが。シャールのその苦渋の表情に、心無い言葉は口から出ずに済んだ。
そしてシャールはそのまま真意を口にする。
「故に、私の目の届く範囲で撤退は許されない。だが、見えない範囲で諦めても、それに口出しする権限や罰則を私は持たない。ああ、できるならこの言葉を、誰かが女性達に伝えてくれる人がいればいいのだが。
――それと、これは独り言だ。すまない、一人の男を、私の道連れにしてしまった」
その言葉に。トーマスは一言も発する事は出来なかった。走りながらも敬礼をし、エレンへその呟きを伝える為に彼の元を離れる。
シャールのような騎士にとって、主君の言葉は絶対である。それと同時に守るべき民衆の命も絶対である。その両方が天秤に載った時、それでも近衛騎士はその重さを計らなくてはならない。手を貸してくれる勇者には感謝を、守るべき人々には慈愛を。シャールはその両方を決して忘れない。
彼らはアラケスのモンスターの巣窟である、魔王殿に辿りつこうとしていた。
魔王殿。
600年前に実在した魔王の居城であり、アラケスが拠点とするゲートが最奥にあるとされる忌地である。
魔の空気が強く、特に15年前に死食がおこりゲートが開き始めてからはモンスターの数も質も向上したモンスターの巣でもある。
だが同時に聖王の封印が効いているのか、モンスター達は一定の範囲の外へ出ようとしない。また、ある程度奥へ入ると強く封印された扉もあり、そこから先に侵入することも不可であるとの報告もある。その奥から更なる邪気を感じたとの報告も、また。
彼女らの目的は魔王殿に入り込んでしまったゴンという少年の救出、もしくは安否の確認である。女性陣は、それとなくシャールに危なかったら撤退してもいいとは言われたが、もちろんそんなつもりはエレンにはない。全力を尽くして結果をもぎとるつもりである。頑張りました、でもダメでした。そんな甘えが通用する子供ではないのだ。
魔王殿の表層に入り込んだシャールとトーマスとは別行動を取る。魔王殿はかつて世界の覇権を握った魔王の居城だっただけあって、とにかく広い。最低限の戦力に分けて数を頼りにするのは間違っていない。
女性陣の指揮をとるのは自然とエレンの役割になった。サラは奥ゆかしい性格をしているし、エクレアは幼すぎる。そして何よりエレンはサラの姉であり、エクレアの姉貴分である。自然な配役といえるだろう。
そしてエレンは縦列に隊列をとる事に決めた。先頭に自分が立ち、中衛にサラを配置、後衛にエクレアを置く。これはバックアタックを警戒した配置でもあり、サラの弓の腕を最もいかせる配置でもある。数が少ない中での強行軍、それぞれがそれぞれの持ち味を最大に生かさなくては危ない場所なのだから。
侵入して程なく襲い掛かってくるモンスター共。前を進むエレンはもちろんの事、後ろからモンスターに強襲されることもどうしても多くなってしまう。また一匹、ゴブリンの上位種であるブラザーが背後から襲い掛かってきた。ゴブリンより知能があり、力があり、武器も巧みに使うモンスターだが、ゴブリンよりは強い程度であり、分類すれば雑魚だ。
「行っくよ~!」
対するのはエクレア。それなりに切れ味の良さそうなブロードソードを振りかざし、ブラザーと正面から打ち合う。打ち合うといっても形勢は圧倒的であり、ブラザーは時間が経つごとに剣が振りにくい体勢に追い込まれ、そしてエクレアは体勢を崩すように見えて、一撃の重さは決して衰えない。
ファルスにて詩人がエクレアの訓練をした結果、彼は少女に一つの評価を下した。万能の天才、と。
とにかくセンスがあり、才能でいえばあのハリードに匹敵するのではないか。そう聞いた時にはエレンは目を丸くした。短い間しか関わっていなかったが、あの曲刀使いの強さは詩人に勝るとも劣らないと感じたものなのに、同クラスの才能があると言われた幼い少女。それを証明するかのように、詩人が僅かに指導しただけで一端くらいに戦えるようになった事実があった。
また、武器を選ばないのも強みであるだろうと言える。例えばエレンはあまり器用でなく、斧や体術や剣といった力技は得意だが、小剣や弓といった技巧が高く必要とされるものは苦手である。サラは逆で器用に弓や小剣は使うが、いかんせん力不足。比べてエクレアは力も標準以上はあり、そして器用である。どんな武器でも使いこなせる下地があり、またその高い戦闘センスでどんな武器でも使いこなせるだろう、と。
それを実証するかのように、ファルスで詩人はエクレアにブロードソードを買い与えた。彼女は今まで小剣を主に使っていたと自己申告したのにも関わらずである。そして詩人と乱取りをした結果、戦いのコツを乾いた砂が水を吸うように吸収し、あっという間に雑魚には負けないレベルまで強くなってしまった。
「ギャシャァ!」
「よっと!」
苦し紛れに大きくブラザーが剣を振れば、エクレアは地面にへばりつくように身をかがめてかわし、そしてその体勢は軽業師のようであり、無茶なかわし方をした割には体幹が崩れていない。地面から飛び上がるように素早く剣を叩きつければ、ブラザーはなんとかそれを盾で回避する。そしてそれが精一杯。
ブラザーは剣と盾を持ち、エクレアは剣のみを持つ。そして突進して距離を詰めた両者の間合いは剣を振れる隙が無い。できる攻撃といえば拳を叩きつけるような体術の間合いであり、エクレアの片手は空いている。もちろんその手には体術にも防御にも使える、金属製のガンドレットが装着されている。
「よい…しょっと!!」
「ブゲラギャ!!」
その顔面に拳を叩き込み、ブラザーは顔を潰されて息絶える。
このようにエクレアは間合いを支配するのがとても上手である。エレンは自分が負けるとは思わないし戦う予定もないが、心強い旅の仲間であると信頼できる程度の実力は認めていた。
ちなみに詩人曰く欠点もあるようで、その才能に大きく依存して独特な動きをするが故に、他人と息を合わせるのが難しく他人も息を合わせるのが難しいらしい。ワンマンプレーに向いているという訳だ。また、才能ありきで戦っているため、人に教えることは苦手だろうとも。天才肌に多い欠点らしい。
これは鍛えがいがあると詩人が黒い笑みを浮かべていたのは、エレンは見なかった事にしている。
などとよそ事を考えているエレンではあるが、その攻撃の手は全くぬるくない。むしろ先陣をきっている為に一番数を相手にしている。今も骸骨型のモンスターと悪魔型のモンスター、そして不定形のモンスターが行く手を阻んでいた。
「やっ!」
そのうち、不定形のモンスターはサラの弓矢で接敵する前に仕留めてもらう。相性が悪い不定形のモンスターを真っ先に仕留めるように指示を出したエレンは、それ以外のモンスターは全て相手取る覚悟で交戦する。
剣を振りかぶる骸骨型のモンスターの攻撃を潜り抜け、爪を振るう悪魔系のモンスターの攻撃をそらして無力化する。詩人に比べれば、こんな奴らは相手にもならない。
「はっ!」
飛び上がり、足を高々と上げ、思いっきり振り落とす。踵落としの形になった変則的なキックで骸骨型のモンスターの体を一撃で粉々にする。
そしてその着地の勢いをそのまま飛び上がるエネルギーに変え、悪魔型モンスターに組み付く。素早く関節をとり、流れるように首を絞める。もちろん、そのまま窒息を待つ程エレンは悠長にはしていない。
ゴキリと、首の骨を折り砕く。力を失った悪魔型モンスターは、そのまま地面に倒れ伏した。
詩人に教わった通り、体術とは五体全てを使う事から始まる。殴り、蹴り、投げ、
そうして快進撃を進めた一行に、微かな声が聞こえた。
「お姉ちゃん!」
「しっ! 耳を澄ましなさい!」
サラが注意を呼び掛けるが、そんな雑音が邪魔になるほど微かな声だった。子供が泣き叫ぶ声だった。
今までの大暴れが嘘のように身じろぎ一つしない三人。聞こえてくる声は
「…あっち!」
そして一番に気が付いたのはエクレアで、一つの廊下に飛び込んだ。慌てて後を追うエレンとサラだが、エレンはサラを中衛に置くことを忘れない。陣形を維持することは大事で、それに気が回らないエクレアはやはり子供で経験が足りてないと言わざるを得ない。
走っていくうちに子供の叫び声が大きくなっていく。エクレアの耳が間違っていなかった証拠だ。そして廊下が終わり、その先にあった扉を潜り抜けた先にあったのは大部屋だった。
獣人族の巣であろうその部屋はその種族がひしめいており、その中央では泣きながら喚きながら少年がその体を押さえつけられている。そしてその周りではゴブリン共が怪しげに踊っていた。おおかた、生贄を捧げる儀式とかそんなつもりだろう。
そしてそれを全て通り越し、エレンたちは最奥にいたその巨体に目を見開いた。エレンよりも高い身長に横にも大きいその体は鈍重そうだが、見るからに怪力を誇ってそうである。それを証明するように、その手には人一人程の大きさがありそうな棍棒が握られていた。
彼女らは知る由もなかったが、そのモンスターの名前はオーガ。少なくとも、漫然と旅をしているだけで出会ってしまうようなモンスターではない。どこかに縄張りを持ち、配下のモンスターを統べる支配階級のモンスターだ。ガルダウイング程の規格外ではないが、その威圧は勝てると確信できない強さがある。
だが、子供が捕まっているのだ。撤退はできない。
モンスター共は儀式の最中に飛び込んできた侵入者たちに呆然としている。その僅かな時間を利用してエレンは作戦を立てた。といっても、作戦というほど立派なものではない。言うなれば、ただの方針だ。
「エクレア、一緒に突っ込むよ! 奥のデカブツはあたしがなんとかするから雑魚の片づけは頼むわよ! サラはとにかく数を減らしてから、子供を確保して。援護は任せたわ!」
聞いた瞬間、真っ先に動いたのはサラだった。今まで温存していた力を惜しむ事なく使い、先制をとる。
白虎の術を使い、矢を作る。もちろん工房で作られるように真っすぐな矢ではなく、所々が歪で真っすぐ飛ぶとは思えない矢。それを弓に番え、連続して放ち続ける。
でたらめ矢と呼ばれる、れっきとした弓技の一つである。ひたすら数を撃ち、数を撃ち、数を撃つ。大量の敵がいる時に使われる技であり、掃討技としてある程度優秀だ。ちなみにだが、弓の上級者になると使われない技でもある。速射でも全ての矢が狙いを違わないため、でたらめにうつ必要がないのだ。
サラは子供に当たらないようにだけ気を付けて、後はひたすら術で矢を作り出して撃つ。そのおかげで部屋の中にいた獣人族、ゴブリンやブラザー共は瞬く間に混乱した。
その隙を見逃さず、エレンはモンスターの群れに突進し、エクレアはそれに追従する。慌てるゴブリンどもは殴り飛ばされ、切り裂かれ、それでも乱入者に怒りの攻撃を加える。それを捌きながら瞬く間に子供の下に辿りつき、その体を抱きしめるエレン。
「ゴンね? 助けにきたわ!」
「あ…あ……」
あまりの恐怖からか、子供はまともに言葉を返せない。
しかしそれに気を配る余裕は、エレンにはない。奥にいた巨体のモンスター、オーガがのっそりとした動きで近づいてきているのだから。
矢を撃ち終えたサラは護身レベルしか使えない小剣に持ち替えて、エレンたちの側まで走り寄ってきた。エクレアはその場で雑魚モンスターを遊撃し、サラは子供を抱きかかえて混戦の場から離脱する。そんなサラを狙うゴブリンもいたが、エクレアから意識を外した途端に彼女から背中を斬られる羽目になる。こうなると、モンスター共は先にエクレアを狙うしかない。
そしてエレンは近づいてくるオーガに待ち構えるような事はしない。自分から仕掛ける為に、突進して先手をとる。
「やあああぁぁぁ!」
勢いをつけた、その一撃。だが、その体格差は明らか過ぎる。正面から攻撃を仕掛けたが、適当には攻撃しない。狙いは、その指。体の中では細いその部位ならば、殴りつければ骨を折れる自信がある。そして体の先端であり器用さの起点でもあるその部位を損傷させることができれば、力も半減する。
そんな思惑のなか、拳を振るうエレン。だがオーガは腕を自分の体に向けて肘を出す格好により、指を守り腕でその一撃を受けた。そして返ってくる衝撃にエレンは舌打ちをする。やはりこの体格差ではまともに攻撃は通らない。
そしてオーガはお返しとばかりに棍棒を無造作に振るう。およそ聞いた事のない空気の音に、エレンは慌てて身を翻してかわす。ブォンと空をきったその攻撃は、一撃でもまともに受けたら死にかねない。全ての攻撃をかわさなくてはならないプレッシャーに、エレンは僅かにひるむ。
距離を取り、小さな手斧を取り出して、振りかぶりブン投げる。そのトマホークは狙い通りにオーガの顔面へと向かい、そしてその手が持った棍棒に撃墜された。ここで威力を犠牲にした弊害が出た。一定以上の体力や防御力を持つ相手には、小さな手斧では攻撃力が足りないのだ。
「まいったね…」
こちらの攻撃は通らないのに相手の攻撃は即死級。できれば撤退をしたいところだが、雑魚モンスターの数が多すぎるし、エクレアもまだ幼い少女である。数に押されて段々と動きに精彩が欠けていた。下手に背中を向ければモンスターの群れとオーガの挟み撃ちに遭い、却って危険な事になりかねない。
コイツはここで仕留める。その覚悟でエレンは改めてオーガに向き直った。そして、大きく息を吐き出して仕切り直し、詩人の教えを思い出す。
(強力なモンスターと相対した時、その対処も教えてくれた…。ゲートを閉じ、四魔貴族と戦うならこのくらいは切り抜けなきゃいけないのよね)
まだ手詰まりではない。エレンは再びオーガに突進を仕掛けるが、今度は愚直。真っすぐにただ突進する。
分かりやすすぎるその攻撃に、裏があると考える知能がオーガになかったのが幸いだった。棍棒を振り上げて馬鹿正直にエレンを迎撃しようとするオーガは、その体勢が前にのめって勢いをつけてしまう。それこそがエレンの狙い。
突進した勢いから、更に無理をして前進する速度をあげる。足が悲鳴をあげるが、今その無理をしなくては悲鳴すらあげられない肉塊に変えられてしまう。ギリギリが過ぎる際どさでオーガの棍棒を通り過ぎ、エレンは限界を超えたその突進力を打撃力に変える。そしてオーガも前進して渾身の力を前に押し出している。そのオーガの無防備な顔面に、合わさったエネルギーが拳を通して叩き込まれる。
体術技の一つ、カウンター。敵の勢いも利用し、攻撃力を倍加して打つ技であるが、見ての通りに敵の攻撃を紙一重でかわした上に威力が上がるタイミングは僅か過ぎる時間。ハイリスクハイリターンの見本のような技である。
「グギィィィ!」
エレンの渾身の一撃が自分の攻撃力と合わさって、顔面に叩き込まれてはタフネスに自信があるオーガもたまらない。棍棒を取り落とし、顔を庇うその巨体に、エレンは…行動を見失っていた。
自分の攻撃力ではオーガの肉を突破できない。しかし今できた隙は一瞬で無くなってしまう。どうしようもない、どうしようもできない。
その極限状態の中、エレンは信じられない結論を出してしまった。確かに打撃でその肉を突破する事はできない。ならば、肉を無視して内部に衝撃を与えればいい。
(そういえば、詩人も言っていたっけ…)
『棍棒で不定形のモンスターにダメージを与える事は難しい。体術でも同じだ。だが、衝撃を中に集中させる技法はある。
外を殴ろうとするんじゃない。衝撃が浸透するように、拳で内部を狙うんだ』
腕に溜めた力を振りかざし、外部を殴るのではなく、内側に威力を浸透させるように叩き込む。
ぶっつけ本番、練習なんてしていない。だが手応えは固い肉の殴ったそれではなく、内側に吸い込まれてかき乱すような、そんな不思議な手応えだった。
それは短勁と呼ばれる技。とっさにこそ、今までの積み重ねがものをいう。エレンが詩人に鍛えられていた日々は決して無駄ではなく、彼女を大きく前進させていた。そしてエレンの進化は終わらない。
内臓にダメージを与えられるという、今まで味わった事のない苦痛を味わったオーガは狂乱しながらエレンに向かって手を伸ばす。無防備に伸ばされたその手は、エレンには絶好の機会にしか見えなかった。
重心を前のめりにしてしまったら、いくら巨体とはいえ投げ技の格好の獲物である。無防備に出された腕を取り、その巨体を浮き上がらせる。そして見事な弧を描き、オーガは全体重を地面に叩きつけられた。
逆一本。大きな相手でも投げられるように開発された投げ技であり、また自重に勢いをつけて叩きつける事から相手が大きければ大きい程威力があがる技でもある。
そうしてオーガは頭から地面に叩きつけられた事により、首の骨が折れて砕ける。即死だった。
「…ふ~」
確実にオーガが死んだことを確認したエレンは大きくため息をついた。
厳しい戦いだった。死んでもおかしくない戦いだった。しかし自分はそれを潜り抜け、勝利を掴んだ。これから先は、これよりも厳しい戦いが続くのだろう。これはその第一歩に過ぎない。だが、ずっと先まで歩いていき、そして四魔貴族を撃破してゲートを必ず閉じる。
そう決意を新たにしたエレンだが、彼女は失念していた。オーガは確かに倒したが、戦いはまだ終わっていないということに。
「エクレアちゃん!」
サラの悲鳴に我に返る。目を向ければ、傷だらけになったエクレアがそれでも剣を構えて、四方から襲い掛かってくるモンスターを迎撃しようとするその姿。
けれども一目で無茶だと分かる。アレは詰んでいる。助けなければと手斧を取り出すが、間に合わない。
「エアスラッシュ!」
「サンシャイン!」
しかして。エクレアが切り刻まれるという未来は訪れなかった。遠くからでも効果を発する術がエクレアを包囲するモンスター共に殺到する。
不自然な太陽光が雑魚モンスター全体を焼いてひるませ、熱で編まれた刃が危険な位置にいるモンスターどもを焼き裂いていく。
「ギリギリよ。トム、シャールさん」
「悪い。無理をさせた」
トーマスは死体となったオーガを見て顔を固くする。その巨体を見ただけで恐ろしさが分かるというもの。そしてそれを倒したエレンには畏敬の念がわく。
詩人と共に行動し、己を鍛える。どこを目指しているのか怖くなるほど、エレンは僅かな間に強くなっていた。
そんな事を考えている間にサラはエクレアの下に駆け寄り、シャールはゴンに気遣っていた。
「大丈夫か、ゴン」
「…ねえ、ミッチは? ミッチは無事?」
「ああ、今はミューズさまの所にいる」
「…、……。あ~~ん! 怖かったよぅ!!」
「よしよし、お前は立派だぞ、ゴン」
シャールに抱き着いて泣き出すゴン。自分が危険な目に遭ったというのに、真っ先に友達を気遣うその高潔さにシャールは誇らしい気持ちになる。
自分が守ってきたピドナの子供たちは、真っすぐ健やかに育っていると。
そして一番大きな傷を負ったエクレアにはサラが癒しの術をかけていた。
「アースヒール!」
「あはは…。ドジっちゃった。私もまだまだよね…」
「もう、無茶したらダメよ! 本当に…無事でよかった」
サラは死にかけたエクレアが無事だった事に涙ぐみ、エクレアはそれでも明るく笑う。
「サラさん、ありがとう。痛みはすっかりないよ!」
元気元気とポーズをとって無事をアピールするエクレア。その明るさと優しさは美徳だろう。
やや弛緩した空気を挟み、シャールが場を仕切る。
「まだここは安全じゃない。至急、脱出しよう。そして気が早い話だがまずは言わせてくれ。
ありがとう、君たちのおかげでゴンを助け出せた」
その言葉がなによりの報酬だと言わんばかりに、その場の全員が微笑んだ。
全員が無事に魔王殿を脱出し、ミューズに元気な姿を見せたのは間もなくの事だった。
魔王殿に生息するオーガをボス扱いにしました。
ここで閃きのお世話になった方も多いはず。
エレンも新しい技を二つ程閃きました。極意習得するまで頑張れ。