…リマスター出る前に8人全部クリアしてしまう。
まあ、まだエレンもカタリナもクリアしてないんですけどね!
「そのモンスターは恐らくオーガだな。結構強いモンスターだが、よく勝てたな」
「あはは。あたしもちゃんと強くなっているって分かってよかったよ」
「エクレアも大変だったな。…命があって本当によかった」
「えへへ。私、まだまだだよね。もっと強くなりたいから、よろしくお願いします」
ピドナの宿に帰ってきた詩人と、エレンとエクレア。何をしていたかの話をしていたのだが、エレンとエクレアが想像を超えた冒険をしていた事に驚く詩人。
自分がいないところで無茶をすると呆れるべきか、自分がいなくても戦えていると褒めるべきか。もちろん、後者であるのだが。詩人は二人を鍛えているが保護者ではない。自分に目的があり、エレンにも目的がある。その為に協力している仲間であり、その仲間が自立して強くなるならそれは歓迎するべきだ。
エクレアは――まあ、置いておこう。
「そんな二人にプレゼントだ。
エクレアには小剣と弓、それから特注の剣を買ってきた。防具もな。お前は色々な才能があるからな、たくさん手を出して経験を積んでおけ」
「わーい。詩人さん、大好き!」
詩人から手渡されたのはシルバーフルーレとカナリアの弓、そしてバスタードソード。他にも防具がいくつかある。エクレアにまだ武器の良し悪しが分かるとは思えないので、多少は詩人が面倒をみていく事になっている。
ファルスで買ったブロードソードは早くもお役御免だろう。レオナルド武器工房にて詩人の発案で創られたバスタードソードは、そのサイズが絶妙であり、大剣でありながら剣としても取りまわせるという特徴がある。
「あたしにもあるの?」
「ああ。特注品だ」
そう言って詩人は奇妙な武器を取り出す。ちなみにそれも詩人が発案した特注品である。
その武器は棒に刃物がついた武器だった。殴るでなく、切るでなく、今一つ用途が分からない。手に取ってみるが、奇妙な重心をしていて振るにも向かない。
「なに、コレ?」
「ま、実際に見ないと分からないよな。ちょっと実践しよう。町の外で使い方を見せてやるよ」
変わった武器にエレンは困惑した顔をして、不思議な武器にエクレアは目がキラキラと輝かせている。
そして町の外に出た一行は、その武器の使い方を見て驚きの表情をした。
「――これは」
「すっご…」
「もう一度やるぞ?」
詩人はそう言って、その武器を振り上げて投げる。トマホークの要領で投げられたその武器は、的にした木に当たりその表面を削り取る。
だがこの武器の真価はそこで終わらない。ぶつかった衝撃を反発力に変えて、なんと詩人の手元に戻ってくる。そしてそれをキャッチする詩人。
「この武器専用の技、ヨーヨーだ。いや、この武器がヨーヨーの為に作られたから、武器の名前もヨーヨーというのだが。ちなみに慣れるとこういうこともできる」
詩人はまたヨーヨーを投げる。そしてぶつかって戻ってきたヨーヨーを受け止めると間髪入れずにまた投げつける。それを連続で行うと、あっという間に的になって木はズタズタになり、やがて音を立てて倒れてしまった。
その破壊力を生み出した武器を、詩人は気軽にエレンに手渡した。
「いつまでも小さな手斧でトマホークをしている訳にもいかないだろう。使いこなしてみな」
「…ありがとう。あたしも、もっと強くなるよ」
感謝と共に笑みを浮かべてエレンは礼を言う。気をするなと言わんばかりに手を振る詩人。
これでひとまずピドナでの用事は終わった。次に目指すのはバンガード、聖王が船としてフォルネウスに戦いを挑んだ島であり、現在はその上に町が作られている。
バンガードに何が待ち構えているかも分からないまま。彼らはバンガード行きの船に乗り込んだ。
揺れる船の上では娯楽も少ない。特に船に乗る事が仕事の船員では、必ず飽きというものができてしまうものだ。
しかし人間は強いもので、飽きが強ければ強い程にそれを潰すものを探してしまう。人間観察などはその代表的なもので、旅人を眺めて多くの暇を潰す。楽しい人間もいれば、つまらない人間もいる。何もおこらない平凡な旅もあれば、行き連れの旅で恋人ができることもある。今回の船旅では、特に三人の客がそんな好奇の目に密かに晒されていた。
バンガード行きに乗った三人の客、その日課がまた特徴的なのである。朝に甲板の広い所を陣取って鍛錬をする。その動きが曲芸染みているので、見ていて飽きないのだ。
そして平穏な船旅が続く今日もまた精を出していた。
「やややややややややっ!」
「はっ! ふっ! とっ!」
美少女と美女が一丸となって一人の男を攻めている。くまのぬいぐるみの形をしたバッグを背負った美少女は、小剣で刺突を繰り返している。その速度は目で追うのがやっとというレベルで、相手が動かない壁ならばあっという間に穴だらけになるだろう。全身をしなやかに鍛え上げた美女は、その合間を縫って拳や蹴りを繰り出して避け続けるその男に攻撃を当てようとしている。
そして美少女と美女の相手をしているのは詩を読むことを生業とする男、詩人。常人では一撃もかわせないような嵐のような攻撃を、一撃の被弾なくかわし続ける事ができている、ちょっとおかしい男である。
触れていない、というのではない。詩人と武器や腕は触れている。だが詩人に触れているのではない。詩人が触れているのだ。二人がかりでのあらゆる攻撃を、詩人はその棍棒や体で逸らし受け流し、あるいは弾き。有効打を一つとして許さない。
(チィ!!)
エレンは心の中で舌打ちする。オーガとの死闘を制し、ついた自信は早くも無くなっていく。新たに得た技、短勁や逆一本も使う隙がない。
短勁は込めた力を相手の内部に浸透させる技だ。その特徴としては有効打に威力を上乗せするタイプの技であり、かすらせない詩人の回避力の前には効果を発揮することができない。逆一本は更にそれが顕著であり、相手の腕を取って極めた上で自分を支点に大きく弧を描きながら投げて地面に叩きつける技。これも相手の腕を取るという最初のハードルがクリアできない。
まずは相手の隙をつくる。閃いた技を当てるために、自分が相手の隙を無理矢理つくりだすのだ。少なくとも、詩人は自分から隙を作るほど甘くない。小さな技を、相手に当てるのでなく、相手の動きを阻害するように相手が嫌がるような方向に持っていく。
これは武術の中では崩しと呼ばれる技法である。それも熟練の冒険者などが自分の弟子に伝えるか、もしくは国や大きな傭兵団の強者が奥伝に近い形で秘匿する技術。長い試行錯誤の中で限られた者のみが気づき、体系化されたそれを。エレンは詩人という大きな壁がある前提だが、自分自身の考えでそこに至り、精練させていく。
技を閃いた自信と引き換えに。エレンは着実に、そして普通ではあり得ない速度で強くなっていく。その事実を未だ彼女は自覚していない。
「やややややややややっ!」
対してエクレアの考えは対極的で単純だった。
繰り出している全ての刺突。それがかわされる、逸らされる、弾かれる。ならばもっと速く、もっと多く、もっと強く。単純にそれだけを考えて攻撃を繰り出していく。
言葉にすれば単純だが、実現できる人間はこう呼ばれる。すなわち、天才と。
ただでさえ秒間一撃に迫る速度で繰り出すそれを、更に強く更に速く更に多くという発想がまずおかしい。そしてそれを現実に反映させているのだからもっとおかしい。目指す地点はエレンと同じ、詩人に一撃与える事。その為に必要な速度と数はどれほどになるのか。それは分からないが、とりあえず増やし続けていく。徐々にだが、確実に、限りなく。
攻撃に没頭していたエクレアはふと防御のことを忘れてしまう。そして詩人は、それを忘れた瞬間には容赦がない。
詩人は叱るような威力で、棍棒を回転させてエクレアの頭を叩きつけた。
「痛いっ!」
またやってしまった。隙を作るとそこを攻撃される。
……隙を作ると、そこを攻撃してくる?
思いついたら即実行、エクレアの美点の一つである。全く同じように刺突を繰り返し、全く同じように意識を散漫させ、そして出来た隙。いや、作った隙。そこを目掛けて詩人は棍棒を振りかざした。
(きたっ!)
内心で笑うエクレア。来ると分かっている一撃ならば回避はできなくもない。頭上から降ってきたその棍棒を紙一重で回避して、棍棒を振りきった詩人に向かってシルバーフルーレで刺す!
「マタドール…カウンター技を自力で編み出すか。なら覚えておけ、さらにそれに合わせるカウンター技もあるってな」
振り切った棍棒。それに合わせて出された小剣。さらに小剣よりも速くエクレアに到達する詩人の蹴り。棍棒を振り切った動作を利用して、体の捻転だけで威力を加えた詩人の蹴りはエクレアの体に深々と突き刺さる。叱るような威力から、芯に残る威力へ。つまりエクレアへの評価がまた上がった訳だが、くらったエクレアはそれどころではない。たまらず武器を手放してお腹を押さえてしまう。
「クロスカウンター。特殊な技だが、カウンターを警戒されたらありえる技だぞ。
それと――どんな時でも武器を手放すな!!」
「きゃん!!」
やや強めの拳骨を脳天をにもらい、エクレアはとうとう撃沈する。
「きゅう…」
「しかしこの短い時間でカウンター技に辿りつく、か」
やはり、と考える詩人だが手を止めたエレンに怪訝な表情を向ける。エレンもまた怪訝な表情で詩人を見ていた。
「ねえ、なんでエクレアがカウンター技を狙ってるって分かったの?」
「ん? さっきまで上がっていた攻撃の精度や威力、速度の成長が突然止まったからだ。だから他の何かに意識を集中させているって分かった。その上で直前と全く同じ隙の作り方をしたからな」
そこまで分かって、エクレアにマタドールを仕掛けさせ、さらにクロスカウンターで沈める。上げて落とすとか、この男は本当に容赦ない。
「エレンも崩しに入ってるし…。本当に、もしかすると、もしかするかもな……」
「崩し?」
「ああ、さっきからエレンが試みているやつだ。
――体感してみるか?」
受け一方だった詩人が突然エレンに迫る。驚いたエレンは迎撃しようとするが、それよりも速く詩人の拳がエレンに迫る。
とっさに迎撃ではなく回避を選択してしまったエレンだが、避け方が少しまずかった。バランスを崩し、体に力が入らない。体勢を立て直すために一瞬の時間が必要だが、その前に詩人の攻撃がとんでくる。体に力が入らないエレンの選択肢に受けは無く、回避する。そして回避した後の体勢はさっきよりなお悪い。
それが数回繰り返されると、もはやエレンの体勢は死んでいた。動けない、力が入らない、そんな体勢。
「おまけだ、勉強しておけ」
詩人は動けないエレンの腕を掴むと、絶妙な力加減で腕を極めつつ投げの構えに入り。そしてエレンの体は詩人を支点に、宙に大きな弧を描かされて甲板に叩きつけられる。
自分の編み出した技、逆一本。その威力をエレンはしかと味わらされた。
「かはっ!」
「追加だっ!」
まだ足りないと言わんばかりに、肺から空気を吐き出したエレンの腹に向かって詩人の掌底が繰り出された。その衝撃は外部でなく、内部に浸透される。
これもまたエレンが使おうとした技だ。詩人が見本とばかりに繰り出した短勁でエレンは悶絶した。
船員はそんな三人の訓練を見て思う。飽きない旅だ、と。彼らがどれだけハイレベルな戦いをしているかは分かっていない。
彼らにとって。また、外から眺めている分には。それはただの曲芸と変わらなかった。
午前中に訓練が終わると、彼らは比較的穏やかに過ごす。例えば昼食はいつも、まとまって食堂でとっている。
そこでかわされる何気ない会話。
「う~。またかすりもしなかった~」
「ははは。千年早いな」
「うううぅ~! くやしぃぃ~!!」
エクレアは涙目で騒いでいるが、彼女の攻撃の威力は既に楽に人を殺める域にある。先程のマタドールも相手が詩人でなかったら、体には確実に穴が空いていただろう。そろそろ手加減を覚えてもいいだろう。全力を出すだけでなく、制御する訓練だ。
もっとも詩人が鍛えてはいるが、別に彼女たちは彼の弟子という訳ではない。そこまで配慮するつもりは詩人にない。今までと同じように乱取りをするだけである。必要なら、自分で気が付いて自分で学んでいけばいい。
エレンも憂鬱そうにキャベツの酢漬けを口に運びながら、ため息をついた。
「あたしも自信なくす…。オーガを倒せたからちょっとは成長したつもりだったんだけど、さ」
「いや、十分成長はしているから安心しろ。ただ、ガルダウイングはオーガの何倍も強いからな」
「――あ」
確かに。ガルダウイングはオーガよりも圧倒的に死の気配を濃く感じた。それを瞬殺した詩人の強さを考えると、現状はストンと腑に落ちる。
「っていうか、エレンさん。キャベツの酢漬けとかよくパクパク食べられるよね…。
私、それ嫌いなの」
「酢漬けとかは保存食で村でよく作ってたわ」
「それに船の上で摂れる野菜や果物は少ないからな。好き嫌いはしている場合じゃないぞ」
「だって酸っぱいんだも~ん」
「そりゃ、酢漬けだもの」
その言い分に苦笑するエレンに詩人。そしてやれやれと詩人はエクレアの頭をなでる。
「我慢して食べなさい。そうしたら後で焼き菓子をあげるから」
「ほんとっ!?」
「本当だ。保存がきくお菓子をいくつか買っておいた。エクレアはお菓子が好きだからな」
「わーい! じゃあ、頑張って食べる」
そんな二人の様子をみてエレンはふふっと微笑む。
「なんか、詩人ってエクレアのお父さんみたいね」
「……」
エレンの感想に、詩人は壮絶に厭そうな表情をした。
「――そういうエレンはお母さんみたいだな。いい人、いないのか?」
ピキっとくる。確かにエレンは恋人の一人が居ていい歳である。早い人ならば子供がいる場合もあるだろう。
それでもここで怒っては負けである。エレンは種類の変わった微笑みを浮かべたままで言葉を続ける。
「あたしよりも詩人の方が問題だと思うけど。あなた、歳は幾つなの?」
「そんなのいちいち数えてない。男より女の方が気にした方がいいと思うが?」
うふふふふ。あはははは。
修羅場である。
そんな二人を見てつまらそうに言うエクレア。
「お父さんとかお母さんとか、そんなの居ない方がいい。家族なんて、ギスギスしてていいことなんてないよ」
そういえばエクレアは家出娘である。詳しい事情は聞いていないが、彼女にとって家族とはいい思い出がないのだろう。
それに沈黙するのは詩人。彼も決して交友関係に恵まれていない。ナイーブな年頃の少女を上手く慰めることは苦手である。
対してまた種類の違った微笑みを浮かべるのはエレン。彼女のカーソン家は仲のいい家族である。家族とは良くないところもあるが、それだけではない事をエレンは知っている。
「エクレア。別にあなたが実家が嫌いなのは構わないと思うの。家族にいい感情がないのも仕方がないと思ってる。
でも、それが全部じゃないのよ」
「……」
「例えばあたしとサラだけど、あたしはサラが大事だし、サラもあたしを慕ってくれていると思っているわ。喧嘩することがない訳じゃないけど、家族ってそういうものだと思う」
「ふんっ! 嫌いなものは嫌いなの!」
「別に今の家族を好きにならなくてもいいと思うわ。子供は親を選べないからね。
けど、エクレアが将来いい人を見つけて家族をつくるかも知れないでしょ? そうなった時に、幸せな家族を作って欲しいの。エクレアみたいに子供が嫌になるような家族じゃなくて、子供を愛して子供に愛されるような、そんな家族を」
「……想像できない」
「好きな人に優しくする。そして、辛そうなときには助けてあげる。苦しかったらそう言って、助けてもらう。そんな簡単なことでいいのよ」
「難しいよ、それ」
「じゃあ、あたしたちで練習しようか。旅の仲間として、もっと遠慮なく話をしましょう。
嫌なことは嫌って言って、嬉しかったらありがとうって言おう。まずそこから始めようよ」
少しだけ沈黙したエクレアだが、やがておずおずと頷いた。
「分かった。練習、する」
「うん。無理はしなくていいから、ね?」
照れくさそうにするエクレアに、詩人は感嘆の息を漏らした。
「本当、母親みたいだな」
今度の言葉にはエレンが反発することはなく、にっこりと受け入れた。
遠く遠く 夜空も違う
もう辿りつけない故郷よ 懐かしく温かき故郷よ
お前は私を恨んでいるか お前を見捨てた私を憎んでいるか
嫌いでお前を捨てたのでない どうか私を許しておくれ
いつか朽ちるその時に 私の心が還る場所
笑って私を受け入れてくれ
夜。星空の下で詩人が詩を唄う。
故郷を偲ぶその詩を、エクレアはつまらなそうに。エレンはなんとも言えない表情で見ていた。
聞こえてくる。詩人の詩と、夜風と波の二重奏がその背景に。もう間もなく眠りの時間。気が向いたのか、詩人は珍しく詩を歌っていた。…詩人を名乗っているくせに、余り歌わない男である。
だがレパートリーは多いし、その歌声やメロディは素晴らしい。心が奪われる音楽を奏でている。調子のいい英雄譚を歌えば楽しくなるし、静かな歌ではセンチな気分になる。今回、エクレアがつまらなそうにしているのは選曲が問題なのだろう。故郷を歌っては彼女が楽しくなろうはずもない。エレンとしてもシノン村を出てから日が浅いし、そもそも帰ろうと思えばいつでも帰れるのである。故郷を想うほどの重さはない。しかし詩人は違うのだろう。彼が歌うその詩には確かに故郷への想いが感じられた。
やがて詩が終わる。拍手をしながらエレンは詩人へ声をかけた。
「流石ね。もっと頻繁に歌えばいいのに」
「気が向いた時に歌う方が性に合ってるんだよ。金は力で稼げるから、詩はまあ趣味や副業みたいなものさ」
「…それでよく詩人を名乗るわね」
「傭兵って名乗っても数が多いからな。詩人だと比較的覚えられやすいんだよ。腕の立つ詩人って言えば話も通じやすいしな」
じゃあ名前を名乗れ、とはエレンも言わない。レオニードも言っていた、名前を隠していると。何か理由があって隠しているのだろう。
エレンが詩人を信用しきれないのはそこだ。宿命の子を探すというのであれば、別に名前を名乗って不都合があるとは思わない。何か別の目的があって名前を名乗れないと考えた方が自然である。
ならばその目的が何かというと、分からない。名前を隠して有利になる、もしくは名前を晒すと不利になる、などということはエレンの想像できる範囲の外にある話だ。
「詩人さんはさー。いつか故郷に帰るの?」
エクレアはつまらなそうな顔のまま、つまらなさそうな声で聞く。それに首を横に振ってこたえる詩人。
「まさか。俺は故郷を捨てたから帰る資格はないし、帰る気もない。それに――」
詩人の最後の言葉は小さく、波の音に消されて散った。エレンはおおよそ想像がつくが。おそらく、詩人の故郷はもう無いのだろう。
「帰る気ないの? ずいぶん懐かしそうに歌っていたけど」
「ああ。故郷で一緒に過ごした仲間たちのことを考えたら、な。仲が良かったし、いい奴らだった」
「その人たちに会いに行けばいいのに。そんなに懐かしいなら」
失言だ。エレンは分かるがエクレアには分からなかったらしい。詩人の次の言葉は容易に想像できる。
「死んだ。殺された。全員、な」
「……ごめんなさい」
「いいさ、昔の話だ。それに、珍しい話でもないだろ」
「その…怒ってない?」
「こんなこと、怒るほどじゃないさ」
本心からそういう詩人にエクレアはほっと息を吐いた。だが、エレンはその言葉の裏にある意味がぼんやりと見え、なんとなく詩人が意図することが見えてきた。
こんなことでは怒らない。怒ることは別にある。もしそんなものがあるとすれば、殺した敵たちへの復讐か。それともやるべきは怒ることでなく、仲間たちへの供養なのか。
詩人の本質に触れられそうな話題だが、下手に触れても心を傷つけるだけだろう。このような話題は繊細に扱うべきことだ。
急ぐことはない。そう考えてエレンは話を終わらせようとした。
「さ、そろそろ寝ましょう。明日にはバンガードにつくわよ」
「ああ。忙しくなるな」
「美味しいお菓子、あるかなぁ?」
会話をかわしながら寝室へと戻る三人。
新たな大陸と冒険とは、すぐそこに迫っていた。