この時期は忘年会シーズンでもありますので、まったり待って頂けたら嬉しいです。もちろん投稿ペースも、質も、見放されないように頑張らせていただきます!
014話 海を舞台に
バンガード。
今でこそ町の名前ではあるが、聖王詩によれば島であり、船であるとされる。
海を支配した四魔貴族、フォルネウスと戦うために大地を切り離したのが最初とされ、フォルネウスを撃破した後は悪用されないように大陸に封印されたと記される。
また、島を船として動かす為に必要な物資や人員は大量であり、大陸に封印された後はその資源を元にバンガートを町として発展させた、とある。
そういった経緯と、周りを海に囲まれているという立地条件から、バンガードは海運や漁業などといった海に関する事が発展した。そんな背景がある町に詩人たち一行が到着する。そしてすぐに異常に気が付いた。
「妙だな」
「おかしいわね」
「? なにが?」
詩人とエレンは即座に気が付くが、エクレアはそうもいかなかったらしい。町に漂う不穏な雰囲気に気がつけない。
そんなエクレアに、エレンがささやいて伝える。
「見回りの兵士が多すぎるわ。それに、物陰まで見張っているみたい」
言われてみてエクレアはようやく多すぎる兵士たちに気がつく。その上で、なんというか、殺気立っているというのもなんとなくわかった。
何か事件がなければこんな重い雰囲気は作らないだろう。その事件を知っているのか、兵士たちにあてられているのか。普通の人々もどこか重苦しい雰囲気をまとっていて、お世辞にもいい雰囲気とは言えない。
「まあ、これだけ表立って警戒してるんだ。情報はすぐに手に入るだろう。
宿を先に取ろう、そしたら休んでいていいぞ。俺は何が起きたか聞いて回る」
「はいは~い。私も行く!」
「一人に仕事を押し付けないわ」
「…何が起きてるのか分からない、俺一人がいい。
バンガード軍がここまで多く動くなんて、普通じゃない」
鋭い目つきをして言う。こういう時の詩人にはあまり逆らわない方がいいと知っているエレンは即座に前言を撤回する。
「分かったわ。無理はしないでよね」
「…一応言っておくが、ゲートを閉じるって相当な無理だからな。自覚してるか?」
「……」
すっと無言で目を逸らし、適当な宿に向かうエレン。ため息を吐きながら続く詩人。そして騒がしいエクレア。
「ね~。私も行きたい! 聞いてる?」
駄々をこねる少女を完全に無視する二人。エクレアは構えば構うほど調子にのると、そろそろ薄々気がついてくる。
宿に入り、一人部屋と二人部屋をとって銅貨をジャラジャラと支払う。詩人は部屋の鍵だけ受け取ると、さっさと町に繰り出した。エレンはエクレアのお守りである。
部屋から外を眺めると、やはり雰囲気がおかしい。バンガードの兵士たちの数が尋常ではない。
当たり前の話だが。どんな国、どんな町、どんな村だろうと武力はある。モンスターが跋扈するこの世界ではむしろ当たり前の話である。最低でも自衛する手段がなければ、どんなに大きな国でもただのカモだ。むしろ大きな武力を持ち、それを支えられる経済を持ったところが強国と呼ばれるといっても過言ではない。
そこでバンガードであるが、武力としては中の中で軍隊の総数は3000といったところ。内訳に海軍も含まれるため、陸に対する武力は弱い。武力は控えめにして商業的な成功をした町と言えるだろう。
そんな町であるのに、商業に影響を及ぼすほど軍が町を闊歩している。これはかなりの異常事態だと普通は分かる。暢気にお茶を飲んでいる家出娘のような世間知らずは、もちろん普通の範疇に入らない。
果たしてそんなエレンの想像は当たった。情報を集めてきた詩人の話に目を丸くする。
「連続殺人事件!? こんな町中で!?」
「ああ。被害は数十人にのぼるらしい」
町の外で人が死ぬのはよくある話であるが、その反対に町の中で人が死ぬのは非常に稀有といえる。モンスターや別国、野盗といった直接的な脅威が多いこの世界は、モンスターが存在しない平和な世界とは比べ物にならないほどに殺人に関する忌避感は強い。訓練をうけた兵士や傭兵、良心がふりきれた野盗、色々とおかしい詩人はともかくとして普通の感覚はそうなのだ。
それなのに数十人が殺害される連続殺人がおきる。これは確かに軍が町を闊歩する異常事態だといえる。何故なら、犯人が人間にせよモンスターにせよ、数人殺せばだいたい足が付く。それでお縄になるなり討伐されるなりで終わりだ。それなのに被害者は数十人。
「バンガード市長はこの件に関して1000オーラムもの懸賞金を出している。逆に言えばそれほどまでに持て余している事件だ。市長の信頼を得てフォルネウスに対する味方にするのに、これはある意味チャンスだな」
「殺人事件をチャンスっていうのは……」
余りに容赦ない詩人の言葉に顔をしかめるエレン。他人の不幸を利用して自分が得をするのに抵抗感があるのだろうが、今更である。世界には常に不幸があふれているし、ゲートが開きかけてアビスの力が流れこんできている昨今ではその風潮はなお強い。むしろこういう機会に恩を売っておかないと旅人としてやっていけない。
なので、詩人はエレンの嫌そうな顔を無視して話を続ける。真っ白な紙に大雑把なバンガードの全景を書き、そして区画を分けて被害があった場所を書き込む。
バンガードは大きく、半島部位と大陸部位に分けられる。小さな半島全部を町にして、そこから大陸にまで広がっていったという歴史だ。そして大陸部位には西から東に運河が作られており、そして平坦な半島部位には水路を張り巡らせて水の便をよくしている。
被害が出ているのは大陸の運河周辺と、半島部位全般だ。
「明らかに犯人は水路を利用しているな。水棲モンスターの可能性が高い」
「でもバンガードの半島部位はだいたい水路が通っているわよ。次の犯行現場を特定するのは難しくない?」
「確かに。犯行に規則性も見えないし、バンガード軍の人海戦術でも手掛かりもつかめない」
「じゃ、どうするの?」
全く考えないでエクレアは聞く。やはりというか、彼女は頭を使うことはあまり好きでないみたいだ。
かといって頭を使えばなんとかなるという問題でもない。エレンはうんうんと知恵を絞っているが、しょせん田舎娘の知恵である。バンガード軍が成果を上げられないのに彼女にいい案が浮かぶ訳もない。
それでは詩人はというと、ため息をついていた。
「仕方ない。発見までは俺がなんとかしよう」
「できるの?」
「多分な。疲れるからあまりやりたくなかったんだが…」
「どーやって?」
「こうやって」
ボコリと、詩人の影が盛り上がる。思わず硬直する二人だが、状況は変わらない。盛り上がった影は鳥を形つくり、それが次々と生まれ出てくる。それが10程になると、ようやく影の鳥の増殖は止まった。
「月術の奥義、シャドウサーバント。影を使役し、使い魔にする術だ。脆く、攻撃を受けたら即座に崩れてしまうが、汎用性は高い」
そう言った後に影の鳥たちは次々と窓から飛び出し、空を舞う。遠くから見ればカラスにしか見えないだろう。
そして詩人はというと目を閉じて椅子に座り込んだ。
「今、俺と10の影の鳥は視覚を共有している。外で異常があればすぐに分かるだろう。それに攻撃を喰らわなければ影にもそれなりの戦闘力がある。俺たちがつくまでの時間稼ぎはできるだろうな」
しばらくは待ちだと詩人は言う。体を休めつつ、緊張は解くなと告げて自分は影の鳥から入ってくる情報に集中する。
…さりげなく難しいことを要求してくる詩人だが、本人が一番負担がかかることをしているので文句も言いにくい。発見の報に備えてエレンは静かに集中力を高めるのだった。
「あ、このお菓子美味しいよ~」
「あんたはもう少し真面目にやりなさいっ!」
何事も起こらない平和な昼下がり。
魚介をたっぷり使った美味しい夕食。
遠い大海原に日が沈む。
「ひ~ま~」
「出ないわね、殺人鬼…」
「…だからやりたくなかったんだ」
監視に専念するということは、待ちということ。相手が動かないとやることがまるでない。それなのにこちらは消耗していく。普通に考えて悪手だ。相手が確実に動くであろう今回や、監視することによって相手に圧力をかける、もしくは水を漏らさぬ防御にしか使われない所以である。
ただ暇をしているエレンやエクレアはもちろん、町中を上空からひたすら監視する詩人も半日で辟易としていた。
「もっとこうさ、悪いやつがバーンっていてさ。それをスカっと倒す方が楽~」
「世の中そんな単純なら苦労は無いんだよ…」
詩人の言葉もキレが悪い。っていうか、四魔貴族がいる時点で悪い奴はバーンといる。それに今回に限っても連続殺人鬼が分かりやすくいる。しかもそれを発見する労力は詩人が頼りなのである。エクレアはもう少し苦労した方がいいんじゃないかな、と思うのは多分間違っていない。
文句を言わないエレンも疲れ気味だ。
「でも、どうするの? このまま徹夜する? 一日は持っても何日もは持たないわよ」
即座に殺人鬼を特定できれば話は早かったが、さすがにそう上手くはいかない。どうするのかの方針を決めるため、エレンは話を進める。
いつ休んで、いつ動くのか。自分達だけで動くのか、協力者を探すのか。そういった諸々をこめてどうするかを問い掛けた。
「あ、いや、待て…。水路に波紋ができた。おそらく、当たりだ」
思った矢先、話が進んだ。詩人は素早く筆をとり、描いた地図に印をいれる。この場所からやや離れているが、辿りつけない距離ではない。
そして詩人は影からもう一体のシャドウサーバントを作り出す。鳥よりもなお小さい、仔猫の使い魔だ。
「そいつを先行させる。お前たちは最低でも敵を撃退、できれば死体の確保までやれ。俺はこのまま術を制御する」
気楽に言うが、とんでもない話である。町一つを範囲として、術者は動かないでそれを知覚範囲と迎撃範囲の中に納める。単体で戦術級どころか戦略級の働きをしている。しかも自身が苦手と言っている術で、だ。
術や策略を得意としていない二人はそんなとんでもない話に気がつかず、呑気に真剣な表情で詩人の言葉に頷いた。
「わかったわ」
「任せてよ!」
仔猫は駆け出し、エレンとエクレアはその後を追う。それを確認した詩人は窓から素早く身を翻し、宿の屋根に登る。そしてそのまま屋根を飛び跳ねながら、二人とは別口で現場に急いだ。そしてその手には弓が握られている。
軍を出し抜くその手腕、相手の底が知れない。だからこそ二人で解決する意義があり、そして自分が見守らない理由はない。万が一に備えて詩人は格好の狙撃ポイントを探すのであった。
「キモ…」
辿り着いた先でエクレアがこぼした言葉がそれであった。
水路から出てきたその体はヌラヌラとした粘液にまみれていて、全景は二足歩行した青い鱗の魚のよう。ただし手には鋭い爪があり、それがまた造形に異常さを際立たせている。さらにその顔は陸上生物と水棲生物が混ざった
だが、エレンの心はそんな心情からは離れた場所にあった。相手はバンガード軍を抜いて数十人を殺害したモンスターであり、その恐ろしさは言うまでもない。見た目なぞ、気にしている余裕はないのである。
先手必勝とばかりに仕掛けるエレン。それを見て咄嗟に後ろに下がり、弓を携え矢を番えるエクレア。油断せず相対した二人に水棲モンスターが気づき、身構える。その構えを抜けてエレンは懐に潜り込み、腹に牽制の意味を込めた一撃をいれる。
「ギャオオオォォォーーー………」
一撃で沈んだ。殴られた腹をおさえてのたうち回るモンスター。目が点になるエレン。ポカンとして力を抜いてしまうエクレア。
それが決定的な隙になった。
「ギィギャァァァ!!」
苦し紛れ、と言っていいだろう。だが実際にそれは発されて、響いた。
エレンたちに油断はなかった。ただ想像が足りていなかった。連続殺人鬼が、集団であるという想像が。
モンスターの叫び声に呼応して水面から飛沫があがる。悶絶している青い鱗のモンスターと同じのが二体、赤い鱗のモンスターが一体。
見て分かる。赤い鱗のモンスターは、強い。
「っ! エクレア、あたしが赤をやる。他は頼むわよ!」
「りょーかい、エレンさん!」
エクレアはカナリアの弓からバスタードソードに持ち替えて、嬉々として青い鱗のモンスターにおどりかかる。あの程度のモンスターなら何匹いてもエクレアでお釣りがくるだろうと判断したエレンは赤い鱗のモンスターに集中した。
姿形は青色のモンスターと変わらない。威圧感もオーガとの戦いを経験したエレンが初めて感じるものではない。しかし、それとは違う何かを赤い鱗のモンスターから感じる。
「愚カナ」
それは知性。赤い鱗のモンスターは、本能だけで暴れる獣ではない。ある意味で人間と同じく、知恵と共に技術を持っているのだ。
「抗ワナケレバ安ラカニ死ネタモノヲ。人間ドモガ、フォルネウス様ニ勝テルハズモナイ」
「! フォルネウス!? お前はフォルネウスの先兵!?」
「然リ。我ハフォルネウス様ノ一軍ヲ預カル将ヨ。アア、人間ゴトキニ名乗ルツモリハナイ。故ニオ前ノ名前ヲ名乗ル必要ハナイ」
「…妙に律儀なモンスターね」
自分は名乗らないから相手にも名乗りを求めないとか、モンスターにしては騎士道精神にあふれている。
「将トハソウイウモノヨ。デハ、死ネィ!」
だがそれで殺意が減る訳ではない。その鋭い爪を闇雲に振るうのではなく、的確にエレンの急所に向かって振るうフォルネウス将。だが、それは詩人と比べて遅すぎる。体の捻転、腕の振り。それで爪の軌道を僅かに逸らし、紙一重で当たらない位置に攻撃を誘導する。
そして眼前にさらされたその爪の鋭さを見てゾっとした。こんなものがかすりでもしたら、ただではすまない。なぜ詩人が隙を見せたらあれほど容赦がないのかをエレンはようやく理解する。
隙とは無防備、そして無防備とは必殺。ある程度以上になればそれは必然なのだ。全方位にアンテナを広げ、攻撃は逸らすか回避する。それでもどうしようもない攻撃はいなして守り、被害を最小限にする。そうしなければ、即死なのだ。ここでようやくもう一つ、詩人が何故あれほど攻撃を受けないことに慣れているかも理解する。一撃を喰らわない戦闘に彼は慣れているのだと。それほどまでに過酷な状況、いや死線を彼は潜り抜けてきたのだと。
そして自身の一撃を回避してみせたエレンにフォルネウス将はその醜悪な顔を歪める。人間に換えるとするならば、その表情は笑みだった。
「ホホゥ。コレヲ避ケルカ。今マデ我等ノ動キヲ察セナカッタ愚鈍ドモトハ確カニ違ウヨウダ」
そうしてちらりと、既にエクレアに倒された青い鱗のモンスターを一瞥すると、フォルネウス将は一切ためらわないで後ろに飛び、水路の中へ消えた。
戻る静寂、夜の闇。
「逃げた…?」
その事実を鑑みて、情報を抜き取られた事に気が付くまで数秒。
知性があるとはそういうことだ。技術を使って殺しにくる。また、必要とあれば引いて仲間に情報を伝えて共有する。それが出来るからこそ、ただ暴れまわるモンスターとは一線を画する。
少なくとも。エレンがフォルネウス将と戦える事と、エクレアが青い鱗のモンスター――フォルネウス兵を楽に倒せる事は伝わってしまうだろう。敵はそういう相手がいるという前提でまた攻撃を仕掛けてくるに違いない。
「詩人の情報が洩れなかったのがせめてもの救いね」
そう思わないとやってられない。
だが、こちらとしても収穫があったのは事実。連続殺人鬼の正体はフォルネウス軍である事が判明し、その証拠であるフォルネウス兵の死体も確保した。これでバンガードも得体の知れないナニカではなく、フォルネウス軍に標準を合わせて対処ができるだろう。痛み分けといえば痛み分けだ、どちらに分があるかは判断しにくいが。
こうして夜と、第一戦が終わる。
これからバンガードと、フォルネウスとの戦いが激化するのは火を見るより明らかだった。
「あ~! 買ったお菓子がグチャグチャになっちゃった!」
「だからあんたはもう少し緊張しなさいっ!!」
まあ、だからといって張りつめれば良いというのでないのは事実である。エクレアはもう少し緊張してもいいと思うが。