詩人の詩   作:117

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016話

 

 

「イルカ像がない?」

「ああ、過去にあったのは事実みたいだが…」

 翌日。詩人は再びフルブライトの屋敷を訪ねてその報告を聞いていた。フルブライトとしては別に詩人を泊めてもいいと思っているのだが、詩人自身が小さくてもフルブライトに借りを作るのを嫌がっているため、ウィルミントンの宿屋に泊まるのが通例だった。

「10年以上前の先代の時分だな。屋敷の物の価値を計るために、家財のいくつかを鑑定に出したらしい。そのうちの一つにイルカ像があったと当時の者が証言した。

 それで運輸するために船に乗せたまではよかったが、海賊ブラックに襲われて金目の物は全て奪われたらしい」

「おいおい…」

「ジャッカルだったら皆殺しに遭っていただろうから、まだ運がいいといえばいい。情報は残ったのだから」

「だが、確かブラックは死んだだろう?」

「ああ。数年前に嵐に巻き込まれたとあるな。一応生死不明の扱いだが、音沙汰が全くない。

 普通に考えて死んでいる」

「じゃあ結局イルカ像は行方不明か…。新しいオリハルコーンを探した方が早いか?」

「そうでもない。グレートアーチに、海賊ブラックに詳しい男がいるらしい。ブラックの船に乗っていたことがあるらしく、財宝の洞窟の情報を売って生計を立てている。

 ハーマンという老人だ。一度会ってみてもいいだろう」

 そこで話を区切る。

「現物を渡せなかったのは心苦しく思うが、これで約定は果たしたと考えていいかな?」

「…ああ。正直不満だが、仕方ないな」

 フルブライトはイルカ像を渡すとは約束していない。フルブライト家に本当にイルカ像があるかも確認していないのに、安易にそれを渡す約束などする男ではない。最悪、詩人がフルブライト家にイルカ像があると嘘をつき、フルブライトがイルカ像を渡すと確約してしまったら。フルブライト家にイルカ像があった痕跡が無かったとして、それでもイルカ像は渡さなければならない、フルブライトがイルカ像を用意しなくてはならないのだ。このくらいのペテンは商人同士なら当たり前にやる。

 だからフルブライトはイルカ像に関する全てを渡すと、やや条件をぼかして約束した。その用心は実ったと言っていいだろう。フルブライト家にイルカ像があった事、奪われた経緯、その相手。そこまででも良かったのだが、ハーマン老人の事を伝えたのはフルブライトなりの誠意だった。フルブライトとしても詩人は敵に回したくないのだ。イルカ像がフルブライト家にあると突き止めてやってきて、それを受け取る交渉までしたのに現物がない。これはかなり不満に思うはずだ。上げて落とされたのだから。

 そこでフルブライトが誠意を見せることによって怒り難くする。悪意はなかったし、協力もするから落ち着いてくれという訳だ。詩人としても怒ればイルカ像が出る訳でもなし、協力してくれるなら強く出る意味もない。自身が言った通り、仕方なくこれで話をおさめるしかないのだ。

「それじゃあ俺はイルカ像を探しに行く。また何かあったら連絡をくれ」

「納得して貰って嬉しいよ。頑張ってくれたまえ。何かあったら頼りにさせてもらう」

 そう言って詩人はフルブライトの屋敷から出て、ウィルミントンから旅立つ。ひとまずバンガードに戻り、道連れ二人の様子を確認しなくてはならない。エレンはともかくとして、エクレアの面倒は見なければならない。もちろん、それを本人に言うつもりはないが。

 しかし、簡単に入手できると思っていたイルカ像だが、幸先悪く行方不明。宿命の子の可能性があったエクレアもそうでない事が判明してしまった。

(前途多難だな…)

 悪いことは続くという言葉もあるが。これ以上続かないことを願うしかない詩人だった。

 

 

 バンガード。

 数日前までは姿を見せない殺人鬼に怯えていたが、キャプテンがフォルネウス兵が犯人だと宣言してから一転、大規模な侵攻に方針を切り替えてきた。

 より正確に言うならばキャプテンが原因でなく、それを看破されたフォルネウスが方針を変えたのだろう。夜の闇に紛れて一般人を殺戮するのではなく、数多のモンスターやフォルネウス軍をバンガードに向けて進軍させてきた。

 もちろんただ蹂躙されるだけのバンガード軍ではない。海軍をバンガート近海に配置して前線部隊として、陸軍は水路が張り巡らせている半島部分や運河周辺に半分を配置して奇襲に備える。そしてもう半分は海岸に配置し、正面から押し寄せるフォルネウス軍と激戦を繰り広げる。

 その中で一際活躍する二人の女性の姿があった。エレンとエクレア、その二人は最前線に立って押し寄せるフォルネウス軍の多くを殲滅していく。

「稲妻キック!」

 隙を見つけて技を決めるエレン。基本的に地味な体術を使って抜け目なく敵軍を削る彼女だが、見つけた隙は見逃さない。ひるんだ敵に必殺の蹴りを見舞って撃沈する。

 フォルネウス軍としてはたまったものではないだろう。数を頼ってもかすることなくこちらが削られ、体勢を立て直そうとすれば致命の技で追撃してくる。そして怯えて距離をとれば安全という訳ではない。手足が届かない範囲まで距離をとればエレンは詩人から貰った武器を取り出し、投げつけてくる。

 ヨーヨーと呼ばれるその技はトマホークに近く、そして異なるもの。フォルネウス兵の顔面を削ったその武器は、反動を利用してエレンの手元に戻る。そして離れた敵に対するエレンの対応は同じで、何度でも何度でも手元にある武器を投擲して一方的に殲滅していく。

 破れかぶれに突っ込めばまた体術にて迎撃される。エレンの体には傷一つない。もはやエレンに数の優位は通用しない。それを理解した時、赤い鱗のモンスターが前に進む。

「見事ナリ。ソノ武勇、将デアル我ガトルニ値スル首級ト見タ」

「フォルネウス将ね。上等、返り討ちにしてやるわよ!」

 静寂は一瞬。隙を伺っていた両者だが、先に動いたのはフォルネウス将だった。

「スコール!」

 使ったのは術。玄武術の初級に値するその術も、魔力が高いフォルネウス将ならば十分以上の威力を発揮する。

 もちろん、これだけでエレンをどうにかできるとは思っていない。だが、距離をとっては自分が一方的に削ることができるという意思表示。武器を投げてくるあの技は脅威だが、これだけ間があればかわす事はできなくもない。それはエレンも分かっているだろう。故に、エレンに先手をとらせてそれを迎撃することこそがフォルネウス将の狙い。

 エレンはそれを分かっていつつ、激しい雨に打たれて体力を削られるだけでは不利と悟ったのだろう。フォルネウス将に向かって突撃する。もとより彼女の得意分野は体術であり、近づかなくてはその真価を発揮できない。

 エレンのみを打ち付ける雨が降る中、彼女と将は有効打撃範囲内に入る。鋭い爪を振るい、その足を薙ぐ将。跳んでかわし、空中で体をひねりつつ蹴りを繰り出すエレン。受けることなくバックステップでそれをかわす将。着地の隙と引いた隙、それらが相殺されて二人は同時に動き出す。

「はぁぁぁ!」

「オォォォ!」

 激しく打ち合うが、有効打といえるものはお互いに一つもない。エレンはもちろんだが、この将も理性があるだけあって目先の一撃に固執しない。崩しを理解しているのだ。

 次の一瞬に優位に立てるにはどうしたらいいか、次の一瞬に不利を押し付けるにはどうしたらいいか。全力で体を動かしつつ、頭もフル稼働させる。そうしなければ死ぬしかない。エレンは詩人との訓練に感謝していた。あれがなければ徐々に劣勢に追い込まれ、そして致命の一撃をくらっていた。モンスターとはいえ流石は一軍を預かる将、伊達ではない。

 そして崩れない均衡を破ったのはフォルネウス将だった。

「援護ダ!」

 その声に応じるは控えていたフォルネウス兵たち。接近戦ではエレンに勝てる道理はないが、今はフォルネウス将が相手取っている。ならば遠距離攻撃の格好の的だ。

「スコール!」

「スコール!」

「スコール!」

「「「「「スコール!!」」」」」

 何十もの術が重なり、豪雨となった局地的な雨がエレンのみを打ち据える。これは決闘ではなく、戦争。一対一ではないのだ。負けた方が、死んだ方が悪いのである。フォルネウス将の手段は極めて正しい。

 もはや滝に近い雨をまともにくらい、エレンの体勢が思いっきり崩れる。フォルネウス将の狙い通りだ。

「貰ッタ!」

 崩れたエレンに渾身の一撃を加えようと腕を振り上げ、その腕に矢が突き刺さる。腱を射抜かれたか、振り上げた腕はそのままだらりと力をなくした。

「!?」

「隙あり!」

 今度はフォルネウス将が大きな隙をさらしてしまう。それを見逃さず、エレンはその顔面に拳を打ち付けた。そしてその威力を内部に浸透させる特殊な打ち方で大きくダメージを与える。

 脳が揺らされる感覚にフォルネウス将の視界がぶれる。その中で、やや離れた位置にいた紅髪の少女が弓をこちらに向けていた。

(アアァ…)

 消えゆく意識の中で己の失策をさとる。目の前の女のみを強敵と定め、外への注意を怠っていた。自分も使った手だというのに、なぜ相手が使わないと思ってしまったのか。

 腕を極められ、体が宙を舞う。後一瞬、それが自分の命が消えるまでの時間と分かってしまった。

(フォルネウス様ニ栄光アレ! アビスノ加護ガアランコトヲ!!)

 祈ることだけは、間に合った。

 

「っし!」

 エクレアはエレンの敵であるフォルネウス将が倒された事を確認してガッツポーズをとる。事前にエレンに言われていた通り、フォルネウス将が出てきたら隙を見つけて崩してくれという頼みに応えられた。

 彼女たちにとって、もはやフォルネウス兵は敵ではない。雑魚を相手取りながら外に意識を向けることはそこまで難しくなかった。

 そして将を失った兵たちは狼狽する。指揮系統が乱れ、逃走する兵と突撃する兵とに別れた。逃走する先は海であり、追撃するのは難しい。ならば為すべきは突撃してくるモンスターを逆に食い破ること。

「行くよ、エクレア!」

「はい、エレンさん!」

「総員、突撃! 破れかぶれの敗残兵共に引導を渡してやれ!」

 エレンとエクレアが真っ先に駆け出し、そしてバンガード軍も士気が下がったフォルネウス兵におどりかかる。

 大勝が得られるまでの時間は、短かった。

 

 夜。酒場で騒ぐ兵士たち。

 その渦中で大騒ぎをするエレンを、遠くからぽけーと見るのはエクレアだ。

 彼女は酒が好きではない。だから飲まずに甘いお菓子をもむもむと齧っていた。そして酔わない人間は、酔っている人間に混じる事は難しい。必然、彼女は騒ぎの外から眺めるだけになってしまう。

 面白いと思わないが、しかしそういうものだとも理解している彼女はふと考え事に没頭する。

(なんだかなぁ)

 悪くはない。襲ってくるフォルネウス軍は撃退でき、こちらの被害は軽微。

 順調だ、順調すぎて違和感がある。四魔貴族とまで言われたフォルネウスはここまで呆気ないのであろうか。もしそうなら、少しだけつまらない。

 …ある意味でエクレアの感想は間違っていた。フォルネウス兵は十分強く、バンガード軍の兵士とほぼ同じ強さを持つ。戦う事が仕事の人間と同じくらい強いとは、モンスターの中では手強いと評されるレベルだ。それが軍となり、津波のように襲ってくる。しかもそれを率いる将は更に強い。本来のバンガード軍で対処できるレベルでなく、エレンとエクレアの存在がどれほど大きいかがよく分かる。

 ただ、将はエレンが相手取るとなると、エクレアに任されるのは遊撃と掃討。まだ幼いといえるエクレアは格下相手だとすぐに飽きてしまう。エレンにも頼りにされていて、悪い気分ではないのだが。

(早く詩人さん、帰ってこないかぁ…)

 比べると詩人との訓練はとても楽しかった。自分がどんどん強くなっていく実感もあるし、詩人は高い壁として挑みがいがある。創意工夫を凝らす楽しみもある。

(あれ?)

 じゃあ、今の状況も同じように楽しめばいいのじゃないだろうか?

 そこに思考が辿り着くまで、そう時間はかからなかった。

 詩人に対してより素早くより力を込めて戦ったように。フォルネウス軍に対しても、より効率的により的確に殲滅をする。

 考えてみるとそれはとても楽しそうに思えて、エクレアはむふふと笑いをこぼす。

 虫を潰す無邪気な子供のように、エクレアの機嫌は回復していく。酔って騒ぐ周りの大人たちはそれに気が付かない。

 

 また一日が終わろうとしていた。翌日も変わらない戦いの日が来ると、バンガードにいる誰しもがそう思っていた。

 

 

 明けた翌日。

 やはり敵は多く押し寄せる。バンガードに向かってくる大勢のモンスター達を相手に、兵士や傭兵は敵を迎え撃つ。

 その中で八面六臂の活躍をするのはやはりエレンとエクレアだ。彼女たちは危なげなくフォルネウス兵たちを下していく。

「調子良さそうね、エクレア」

「うん。楽しもうと思って、ね!」

 突進してきたフォルネウス兵を紙一重でかわし、シルバーフルーレで突き刺す。詩人との訓練で得た技であるマタドールの練度はどんどん高くなっていく。

 一歩引いたフォルネウス兵に素早くシルバーフルーレを突き出す。顔に向けられたそれを思わず腕で庇ったフォルネウス兵だが、腕に痛みは走らない。エクレアは当たる直前に武器を引き、相手の動きを誘導した。フェイントとよばれる技である。

 そして無防備に空いた腹に蹴りを叩きこむ。苦悶の表情で吹き飛ばされるフォルネウス兵に追撃するエクレア。その手にある小剣で、今度は確かにその眉間を貫いた。

 調子よく前進し、撃破していくエクレア。だが、違和感を覚えたのはエレン。

(…フォルネウス将がいない?)

 何百に一体くらいの割合でいた赤い鱗のモンスターが、今日は全く見えないのだ。視界に映るのは青いモンスターのみ。これでは彼女たちはもちろん、連戦連勝を重ねるバンガード軍も止める事はできないだろう。

 実際、突出した実力を持つ彼女たちはあっさりと敵陣を切り裂いて波打ち際まできてしまった。海に入る選択肢がない以上、ここで現れるモンスターを倒していけばそれですむ。

 満足そうな顔をしているエクレアだが、エレンは先程感じた違和感を深く考えていく。

(フォルネウス将がいないから、相手は突撃しかしてこない。対してこちらは圧倒的で、現にあたしたちは波打ち際まで――)

 ――おびき、寄せられた?

 海に意識を向けると、敵の気配がない。いや、命の気配がない。嵐の前の静けさのようで、エレンが感じた嫌な予感を肯定している状況だった。

「引くよ、エクレア!」

「どしたの? エレンさん?」

「早くっ!!」

 気を抜いていたエクレアは、エレンの豹変についていけない。その気迫に押され、コクコクと頷いた。

 バンガードに戻るように全力で駆けだすエレンに、付き従うエクレア。その間、敵の姿を見つけても無視して全力で後退する。

「ヤバイヤバイヤバイヤバイ…」

 ぶつぶつとそう言いながら、顔面を蒼白にするエレン。何がそんなにまずいのだろうとエクレアは首を傾げる。

 すれ違う兵士たちは手ごたえのない敵を屠り、得た勝利に上機嫌だ。

「ようエレン。顔色を変えてどうした? トイレか?」

「逃げろっ!」

 自分の足を止めないまま、一言だけ投げつけて引くエレンとエクレア。きょとんとする兵士たち。エクレアも訳が分からず、不可解な表情のままエレンに追随する。

 海に何があるのかと、速度を緩めないまま後退する。目に映るのは凪いだ海に、前線部隊としてバンガードの戦艦が浮いている。あの船が襲撃されないとそのまま陸に向かって挟撃できる形になるため、フォルネウス軍は船の上にあがって襲撃しなくてはならないという、モンスター側にとってはやっかいな部隊だ。もちろんそれが落とされてはバンガードが一気に不利になるため、精鋭が乗っている船である。

 その戦艦が、海から飛び出した何かによって一撃で砕かれた。

「…は?」

 その声は誰が出したか。少なくともエレンでない事だけは確かだ。彼女はこの可能性を考えて引いたのだから。

 飛び散る木片。吹き飛ぶ船員。飛沫があがる、凪いだ海。その光景にエクレアの足が止まり。兵士の動きが止まる。

「エクレア!」

 エレンの一喝で正気を取り戻したエクレアは、全力で足を前に進める。深く考えなくても分かる、アレはヤバイ。ヤバ過ぎる。

 退却できただけ彼女たちは強かったのだろう。他の兵士たちはその光景に、そしてそれを為した怪物に思考が硬直して動けない。

 砕かれた船の周辺の、その海ごと渦を巻いて沈んでいく。代わりに姿を現したのは巨体。魚人の姿をした大災害、たった一つの船以外を全て沈めた海の覇者。

「フォ」

「フォルネウスだぁ!」

「フォルネウスが出たぞー!!」

 その叫び声を無視して、フォルネウスは吸い込んだ海を吐き出した。それは津波となって陸に迫り、海際に誘い込まれた兵士たちを飲み込んでいく。

 突如現れた大災害に、兵士たちは為す術がない。ある者は固まり、ある者は走り出し、その全てを津波は飲み込み海に還していく。その津波はやがてバンガードの城壁に当たり、引いていく。海から城壁にあったものは、例えそれがフォルネウス兵であろうとも津波に巻き込まれて消え去っていた。

「はぁ…はぁ…」

「ひぃ…ひぃ…」

 その城壁にて。間一髪逃れたエレンとエクレアはへたり込んで息を荒くしていた。ほんの少しだろうと、今は心を落ち着ける時間が必要だった。

 あと少しエレンが気が付くのが遅れていたら、彼女たちも海の藻屑となって消えていた。

「これが、四魔貴族。これが、フォルネウス…!」

 戦艦を一撃で砕き、津波を引き起こす、災害そのもの。それが明確に意志を持ってバンガードに襲い掛かる。

 この時初めて、エレンは自分が挑むものの恐ろしさを見た。見せつけられた。

 それでも引く選択肢は彼女にはない。脳裏によぎるのは最愛の妹の姿。なんとかしないと、自分がなんとかしないと、生まれた時期だけが原因で彼女に全てが押し付けられる。

 それにこれは見方を変えれば好機でもある。海底宮に行かなくては戦えないと思っていたフォルネウスが姿を見せたのだ。自分の領地である海からあがってバンガードに進撃する巨体を、陸で仕留める絶好の機会。

「エクレア、いける?」

 その言葉に、エクレアは呆けた顔を引き締める。そして力強く頷いた。

 エレンは拳を握りしめ、エクレアはバスタードソードを掴み取り。そして城壁から飛び出した。

 

 フォルネウスは飛び出してきた二つの人影に足を止める。自分の作戦で、強者と数とはまとめて仕留めたはずだ。その上でこのフォルネウスに抗う気骨を持つ者がいたのかと。

 まあ、戦力を温存してもおかしくはないかと、そう考えたその目に映ったのは二人の女戦士。これはおかしい。フォルネウスは敵の主力であろう二人の女戦士は確実に巻き込むため、彼女たちが戦場に現れたことを確認してから津波を引き起こしたのだ。

 策が読まれたか。そう考えたら忸怩たる想いが湧き上がるが、すぐに思考を切り替える。問題は何もない。たった二人で自分を止められるはずもなく、逃げ出したとしてもバンガードは破壊できるだろう。そうなればもはや海底宮に乗り込む手段はない。このまま足を止めずに蹂躙する、ただそれだけでいい。フォルネウスという存在で相手を踏みつぶせばそれでいいのだ。

『アビスの力を知るがいい――!!』

 挑みかかってくる人間二人に、フォルネウスは一切の容赦なく、その力を振りかざした。

 

 矢面にエクレアは立たせない。その思いから正面はエレンが受け持って、側面にエクレアを回らせる。数はこちらが有利なのだ、固まって正面からぶつかるほど馬鹿ではない。

 エクレアに攻撃が向かないように、エレンはフォルネウスの巨体に正面から挑みかかる。そのエレンに向かってフォルネウスは口から水鉄砲を出して迎撃した。表現上水鉄砲としたが、その太さは柱に匹敵する。それが水鉄砲といえる頻度で襲い掛かってくるのだからたまったものではない。

「くっ!」

 細かくステップを刻んで的を絞らせず、エレンはなんとか水鉄砲をかわしていく。幸いといっていいのか、その水鉄砲は中心部の威力は高いが水全部が高威力という訳ではないらしく。かするくらいではダメージにもならない。

 そうしてエレンが攻めるに攻められない状況を見せつけているうちに、エクレアが側面深くに潜り込んだ。

 大剣を大きく振りかぶり、その重さを利用した一撃を与えた。巻き打ちと呼ばれる技法だ。続けて大剣を全力で叩きつける、スマッシュ。更に軽やかに重い剣を振り回し、駆け抜け際に一撃を加える、払い抜け。

『グ!』

 流れるような連撃を受けて、フォルネウスがあげた声はそれ一つ。エレンが命がけで囮になり作った隙にエクレアが全力をこめた成果はそれだけだった。

 自身に痛みを与えた小さき者を、フォルネウスはギロリと睨む。腕を振り上げて、その巨大な爪をエクレアに叩きつけた。

「エクレアっ!」

「だいじょーぶ!」

 その爪を大剣で受け流し、返す刃で無防備になった体に一撃をくわえる。切り落としと呼ばれる大剣のカウンター技だ。

『グゥゥ!!』

 思わぬ反撃にフォルネウスは苦悶の声をあげた。それにエクレアはニヤリと笑う。

 確かに強いしタフだが、それだけだ。大きすぎる体は次の動作が読みやすく、攻撃も当てやすい。ならば自分は軽やかに攻撃を当てていくべき。

 そう考えたエクレアはバスタードソードを短く持ち、大剣ではなく剣として扱う。そして真横に振り抜き、フォルネウスの腹に刃を食い込ませる。飛水断ちと呼ばれる剣技の一つ。

 エクレアに意識を向けたフォルネウスに対し、エレンも攻勢に出る。挟み撃ちにするように移動し、その巨体に拳を打ち込む。もちろんただ拳を打ち込むだけでは体格差のせいで全く有効打にはならないだろう。故に衝撃を内部に浸透させる技――短勁を連続で打ち込む。

 それらの攻撃は確かにフォルネウスにダメージを刻んでいく。刻んでいくが――全く足りていない。フォルネウスの命には届かない。

『小賢しいわぁ!!』

 痛みはあるだろう。ダメージもあるだろう。だが、それを全く感じさせない。実際、その巨体にフォーカスを合わせてみれば、与えた傷は余りに小さい。

 フォルネウスは体を震わせると、体を回転させて周囲を一気に薙ぎ払った。

 爪や水鉄砲にばかり注意を向けていたエレンとエクレアは、その動きに対応しきれない。殴りつけていた壁が、蠕動して迫ってくる事は完全に想定の範囲外だった。

「きゃあ!」

「くぅ!」

 結果、エクレアはその体当たりをまともに受けて吹き飛ばされ、荒れた地面をゴロゴロと転がるはめになる。エレンはすんでのところでその巨体を蹴り、距離をとって回避する。

 だがそれは良策とはとても言えなかった。咄嗟の回避だったため、エレンの体勢は崩れて立て直すのに一瞬の時間が必要だった。

 そして一瞬の後、改めてフォルネウスに向き直ると敵はギョロリとした目で睨みつけ、口から水鉄砲を吐き出す直前。

「――ぁ」

 呆ける時間も僅かのみ。エレンはその水圧をまともに受けて、その場に叩きつけられた。

 

『ふん。手間を取らせおって』

 数多くのフォルネウス兵を屠ってきた二人に対する戦後の感想はそれだけだった。

 止めを刺そうとその巨体をエレンに向かって倒れ込ませ、押しつぶして終わらせる。そのはずだったが、寸前に小さな影が割り込み、エレンを掬いあげてその攻撃範囲の外に出た。

『ん?』

 当たるはずの攻撃が外れ、自分から離れていく人間を見る。それはもう片方の人間だった。全身を擦り傷だらけにして、自分より大きな女をおぶり、泣きそうな顔で必死になってバンガードへと向かって駆け出していた。

『愚かな』

 その遅い動きにフォルネウスは呆れ声を出す。自分から逃げられる速度では、とてもない。故に、焦る必要もない。

 ゆっくりとした動きでバンガードへと向かうフォルネウス。途中で人間二人を踏み潰すだろうが、ここまできたら些末な事だろう。もちろん方向を変えてバンガードを目指さなくても、彼女らを見逃す程フォルネウスは甘くない。多少遠回りをしててでも、踏み潰す事は確定事項だ。

 ズシンズシンと地響きをたてながら、進撃を開始するフォルネウスだった。

 

「エクレア…」

 持っていた傷薬を己と少女に振りかけて、僅かでも傷を回復させるエレン。そして優しい声で自分を運ぶ少女に語りかける。

「エクレア、降ろして。このままじゃ、逃げ切れない…」

「っ!」

 それは分かり切ったこと。振り返らなくても、背後から聞こえてくる足音が距離を広げるのではなく、狭めていることを教えてくれる。

「あたしは時間を稼ぐわ…。あんたは逃げて、詩人と合流しなさい。きっと悪くはしないわ…」

 エレンの言葉には力が無い。エクレアが逃げ出す時間を稼ぐどころか、戦うことさえ怪しいだろう。

 だがエレンを置いていく事には意味がある。単純に人一人分の重さが減り、その分逃げ足は速くなる。

 どうせこのままでは二人とも踏み潰される。そしてエレンは走る体力はない。だから見捨てろと、そう言った。そもそもエクレアはただついてきただけで、四魔貴族と戦わなくてならない自分に付き合う義理はない。生き延びれるならそうした方がいい。

「――いや!」

 しかしエクレアは拒絶する。見ず知らずの自分を受け入れて、優しくしてくれた人。こんな時まで自分を大切に思ってくれる人。そんな人を見捨てるなんて、とてもできなかった。

「…エクレア。お願い、一生のお願いだから…聞き分けて」

「いや、いや! 絶対いや!!」

 ズシン、ズシンと背後から聞こえてくる足音はとても大きい。時間はほとんどない。

「エレンさん、言ったじゃん! 家族の練習をしようって! 嫌なことは嫌って言えって!」

「エクレア…」

「絶対に嫌だから! 絶対に、絶対に……!」

 フォルネウスの影が二人を覆った。

「いや!!」

 あがく小娘たちを見て、フォルネウスはニタリと嗜虐の笑みを浮かべた。後一歩、この足を踏み出せばプチリと潰れる。そしてそれをためらうつもりは一切ない。

 それを為そうとした瞬間、フォルネウスに向かって無数の矢が飛んできた。

「撃て! 撃って撃って撃ちまくれ!! あのデカさだ! 外す方が難しいぞ!!」

 バンガードの城壁からの攻撃に一瞬意識を向けるフォルネウス。だが、雑兵程度の矢でダメージをうける訳もない。

 バンガード軍の大半は壊滅させた自信はあったが、全滅まではしていないだろうと想像していた。持久戦の面もあったのに戦艦を全て出すわけにはいかないだろうし、歩兵だって今のように城壁から打ち下ろす人数はいるだろう。

 つまり現状の攻撃はフォルネウスにとって想定の範囲であり、怯む要素は全くない。指揮官さえ潰せば静かになるだろう。その後ゆっくりと女二人を始末して、バンガード自体をすり潰すか。

 そう思ったフォルネウスは口に水を集めて射出する準備をし、城壁の上にいる兵士の中で指示を出している者を探す。ほどなくそれは見つかり、弓を持ちながら大声を出している男に標準を合わせた。

『死ねっ!』

 発射。勢いよく放たれた水鉄砲は男に迫り、男はそれを流れるような動きで回避した。

 そして男はフォルネウスを見据えると、にやりと笑って弓を向ける。

『!!』

「技後硬直は生物共通…。ぬるい攻撃をした後ならなおさらな!」

 強く引き絞った弦から放たれた矢は、瞬速をもってフォルネウスの眼に突き刺さる。回避する猶予なぞ、一瞬も与えない。

『がぁぁぁぁぁ!!』

「おまけだ、取っておけ!!」

 男は槍を担ぎ上げると、大きく跳躍してフォルネウスの頭上をとる。

 槍は高い位置から矢のように放たれて、そのエネルギーで白熱させながらその巨体に突き刺さる。

 流星衝と呼ばれる槍の大技である。しかも投げつけられ突き刺さった槍は矢のようなかえしがついており、簡単に引き抜けるような構造にはなっていない。それが深々と腹に突き刺さり、フォルネウスは悶絶する。

 一方で槍を投げつけた男は着地すると、エレンを担いだエクレアに駆け寄って彼女らを両脇に抱えて逃走する。

「――し」

「詩人さん!」

「すまない、遅くなった。…しかし、あのデカブツに挑みかかるとか、無茶をするな」

 全力で逃げる詩人だが、フォルネウスは残ったもう片方の目で自分にここまでの苦痛を与えてくれやがった下手人を睨みつけた。素早い男で、間もなくバンガードの城壁に逃げられそうだが、言いかえれば時間はまだ少しは残されている。

『逃がすかぁ!』

 逃げる男に標準を合わせ、その口に水をためる。

 今、男の両手はふさがっていて、足は逃げるのに全力である。口くらいしか動かせない男など、ただの的だ。

「幻日」

 その男は口さえ動かせれば十分だったのだが。太陽術の奥義とも言える言葉を口にした途端、彼の体は空気にとけるように朧気になり、代わりに薄ぼんやりとした分身がいくつも現れる。

『な、なぁ!?』

 あまりの現象に狼狽するフォルネウス。とっさに視覚を捨てて走る音で大雑把な辺りをつける。が、それは遅かった。

 詩人の足音は既に城壁の真下まで来ており、一飛びに城壁の上へと至ってしまう。フォルネウスはバンガードまでの逃走を許してしまった事を痛感した。

『おのれ!!』

 ならばこのままバンガードを蹂躙してやるか。

 そう思ったが、城壁に戻り弓矢を向けてくる例の男が目に入り、踏みとどまる。そして今度は残された目を腕で庇うと、間一髪のタイミングで矢が腕に突き刺さった。

『くそっ!』

 片眼は潰され、腹には穴があけられた。現状で攻め続けるのはリスクが高い。そう判断せざるを得なかったフォルネウスは冷静だった。

 男に隙を見せぬよう、後退し、海へと潜っていく。

『貴様は、貴様だけは必ず殺してやるぞ、男よ! その顔、覚えたぞ…!!』

 そう言い捨てて逃げていくフォルネウス。それを聞いてぽつりと詩人は言葉をこぼした。

「顔を覚えた、か」

 無表情に、平坦に、詩人はフォルネウスが消えていった海を睨みつけていた。

 その傍らで九死に一生を得たエレンは、震えるエクレアを抱きしめていた。その瞳から、光はまだ消えていない。

「フォルネウスは強い。まだ、勝てない」

 勝てないのだ、まだ、という条件付きで。

 彼女は四魔貴族を倒すことを全く諦めてはいなかった。

 

 

 




技道場・フォルネウス編。
全滅した一行を生かして帰すとか、四魔貴族は何を考えてるの?
という訳で、殿にチートを用意してみました。詩人がいる限り、四魔貴族戦は退却可能です。
まあ、尺をとるのでもう退却する予定はありませんが。

ほら、一回くらい大勝しておかないと、四魔貴族の名が泣くし。
ビューネイくらいしか外出してないけど、フォルネウスだったらゲートの位置的に出陣してもおかしくないし。
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