完結を目指して頑張ります。
どうかよろしくお願いいたします。
「さて」
バンガードから旅立った日の夕方。食事を終わらせた三人は修行に入る。
受けるのはエクレア、教えるのは詩人。エレンは見学だ。詩人に教えを受けたいのは山々だったが、詩人に不本意な結果になったら殺されると言われて謹んで辞退した次第だった。別に詩人から本格的な稽古を受けなくては強くなれない訳ではないし、今まで通りに乱取りをしてくれるというならそれで十分だろうという判断である。
「とりあえず、厳しい事から言わせてもらおうか。これから先の訓練は命を落とす危険性がある」
「はいっ」
「その上で技が身につく保証もない」
「はいっ」
「さらに一通りの武器を使えるようになってもらう。いいな」
「はいっ! 私は剣を教えて貰いたいです!」
「却下」
「え~。一通りの武器を使えるようにって言ったじゃん!」
「剣で乱取りはしてやる。技も教えてやる。ただし、剣筋は教えてやらん。自分で覚えろ」
素っ気ない詩人に頬を膨らませるエクレア。そんな様子を見てエレンが疑問に思い、声をかける。
「そんなに剣が上手いの? こんなに強いのに?」
「うん! とっても素敵だったわ!」
「本来、俺は剣が得手なんだよ。訳あって特定の相手にしか振るえないんだけどな」
驚愕を顔に出すエレン。あれほど強い詩人がさらに得意な武器があるという。あらゆる武器に通じているのではなく、得意じゃない武器であれほどの強さを見せた詩人に戦慄する。
「じゃあまずは大剣でいいか、教えるぞ。
俺は大剣は持ってないから、ちょっと貸せ」
「はーい」
バスタードソードを手渡すエクレア。受け取る詩人。彼はそれを手にしたまま、近くの木へと向かう。
そして大きく振りかぶり、木に向けて切りつける。巻き打ち。
そのまま勢いを利用して強力な打撃を浴びせかける。スマッシュ。
さらに体を横にひねり、走り抜けながら木を一閃する。払い抜け。
「これくらいは楽に覚えてもらおう」
そう言って振り返った詩人を出迎えた顔は、驚きではなく呆れだった。エクレアとエレン、その両方ともが。
「……」
「……」
「どうした?」
「それ、全部使えるけど」
「なにぃ!?」
ドヤ顔で見せた技が全て会得済みだったことに変な声を出してしまう詩人。
証拠を見せると、詩人からバスタードソードを受け取ったエクレアは木に向かって技を繰り出す。巻き打ち、スマッシュ、払い抜け。威力こそ詩人よりも低いが、確かに会得していた。
「フォルネウスと戦った時に閃いたの。すごい?」
「……ああ、凄いな。正直、侮っていた」
バスタードソードを返されながら詩人は引きつった笑いを浮かべていた。
想像以上だ。そしてランクを一つ上げるべきだと判断する。
「威力を上げることは自習してもらうとして、そこまで出来るなら次の技を教えようか。スマッシュの上位に当たる技だ」
そしてまたも木に向かう詩人。大剣を下げて構えると、一回動きを止める。そこから爆発的に動き出し、残像すら見える速度で振り回された大剣は炎熱を纏う。それらは威力を保ったまま、大剣は木に叩きつけられそれをへし折った。
バキバキと音を立てながら倒れる木。その傷口は焦げ付いている。それほどの威力を出した詩人は涼しい顔をしているが。
「それ、確かウォードが使ってた…」
「そう。大剣技の奥義の一つ、ブルクラッシュだ。ウォードみたいな大男に向いた技だが、覚えて損はないぞ」
そういってバスタードソードをエクレアへと返す詩人。
「やってみろ」
「うん、やってみる!」
木へと向かうエクレアを見た詩人は心の中で思う。
(よかった…。これも使えるとか言われたらどうしようかと…!)
そんな詩人の安堵をよそに、エクレアは大剣を下に構えて思いっきり振りかぶり叩きつける。
「ブルクラッシュ!」
「ダメだ、速度が全く足りていない。それじゃあ、ただのスマッシュだ」
「ブルクラッシュ!」
「剣先がブレてる。勢いが殺されてる」
「ブルクラッシュ!」
「インパクトに威力を集中させろ! 加速させたエネルギーを一点で爆発させるんだ!」
5分も振り続けていただろうか。やがて顔を歪めてエクレアは大剣を取り落としてしまう。
まだ幼いといえる少女が負担の大きい技を何十と出していればそうなる。それを当然と考えている詩人は彼女を責めたりはしない。
「自分の限界は掴めたか? そうなる前に勝負を決めるか逃げるかを成功させろ。さて、そろそろ乱取りするか。エレンもかかって来い」
「ちょ、エクレアの体力は限界よ!?」
「体力が限界だからって動けなくなるようでは話にならん。利き腕が使えないなら、反対の手で武器を握れ。敵はこちらの事情など鑑みてくれないぞ」
本当にエクレアに関してはレベルを一段あげるらしい。前にもまして容赦がない。
顔が引きつるエレンだが、エクレアはむしろ望むところと握力がなくなった利き手とは反対の手で小剣を握る。
当然、気迫でなんとかなる訳もなく。甘くなった防御をいつも以上に突かれて、ボコボコにされたエクレアだった。
「やあ、詩人くん。思ったより早い再会だっだね」
「全くだ、フルブライト。時間をとって貰って感謝する」
何とも言えない笑みを浮かべるフルブライトに、疲れた顔をする詩人。詩人にとってはウィルミントンから急いでバンガードへ戻り、そして夜に一騒動あったその日にウィルミントンにとって返したことになる。冷静に考えるとなかなかの強行軍だ。
フルブライトは詩人から視線を外し、一緒に来訪した二人の女性達に顔を向ける。
「それで君たちは誰かな? ああ、詩人の連れならもちろん歓迎させてもらうとも。ただ、名前を知らないからね」
「あたしはシノン村のエレン・カーソンと申します。よろしくお願いいたします」
「私の名前はエクレア! よろしくね」
余所行きの仮面を被ったエレンといつも通りのエクレア。エクレアはともかくとして、世界的に有名な商会のトップに挨拶をするのだから、エレンの態度はむしろ当然といえる。もっとうろたえてもいいくらいだ。
爽やかな笑みを浮かべながら、気づかれない程度にエクレアを観察するフルブライト。確かに、ラザイエフ家に言われた通りの特徴の少女だ。家出をして素性を隠したいのならもう少し気を使えとも思う。
「よろしく。私はフルブライト23世。フルブライト商会の会頭をしている者だ。
エレン・カーソン君だったかな?」
「え、ええ。はい。そうです」
「君の話はトーマス・ベント君から聞いているよ。トーマス君は出来た青年だ、既にフルブライト商会である程度の発言力がある」
「トーマスが!?」
エクレアから視線と話題をそらすために、エレンに話しかけるフルブライト。
「おや、知らなかったのかい?」
「商売をしている、とだけ。ピドナに会いに行った時も忙しそうだったし、少し挨拶をしただけですし…」
「それだけの手腕が彼にはあるからね。少しの時間も惜しい時期なのさ。足場を要領よく固めれば時間も取りやすくなる」
さて、といったん話を区切るフルブライト。
「私は詩人君と話がある。君たちは別室で寛いでくれたまえ。お茶とお菓子を用意しよう」
「お菓子! いただきます!」
喰いついたエクレアに引っ張られるように退室するエレン。彼女は妹分の自由さに、申し訳なさそうな表情でお辞儀をして退室する。それを柔和に送り出すフルブライト。
そして残されたのは詩人とフルブライト。詩人の表情は最初からニュートラルだが、フルブライトは女性達に向けていた表情を変えて、気合いの入った表情にする。
「それでまた短い間に何用かな?」
「まあ、儲け話だと思ってくれればいい」
そう言って懐から手紙を差し出す詩人。それを受け取ったフルブライトは、封蝋がバンガート市長のものだと理解する。
そして中を検めると、バンガードがいかに死力を尽くしてフォルネウス軍と戦ったか。そして協力者と共にフォルネウスを撃退させることに成功させるも、勝ち切るためには兵力が足りないと書かれている。
そこで聖王を助けたフルブライト殿に、助力を求める。共にフォルネウスを倒す栄光を掲げようという言葉で締めくくられていた。
読み終わり、ふむと考えるフルブライト。そして開けた手紙をそのまま詩人に見せる。
「バンガードがフォルネウス自身に襲われたという話は聞いている。またフォルネウスを撃退したとも。実際、バンガード軍がフォルネウスを撃退できたのかな?」
「無理に決まっている。俺が追い払った」
「だろうな。君の事は協力者の一言で済まされているぞ」
「協力者がいたと明文してるだけ誠実な範囲だろう」
「確かに。嘘は言っていないな」
くくくと笑うフルブライト。彼としては嘘を書かずにここまで的確な内容で表現している事に悪くないと思う程度だ。
「バンガードの被害状況は?」
「一般市民に被害なし。代わりに軍は半壊だな、すでに町の防衛機能に支障が出るレベルだ。次にフォルネウスが直接攻めてきたら持たないだろうな。
いや、大軍に襲われても危うい。撃退はできても町としては維持できない」
「それでフルブライト商会を頼ったか」
「そうなるように俺が仕向けた。感謝してくれていいぞ」
「そうだな。感謝はタダだし、いくらでもしていい」
ここでフルブライトが私兵を差し向ければそれなり以上の恩を売れる。いや、積極的に防衛したとなれば、バンガードを半属国くらいにはできるだろう。
兵士の育成は楽ではない。また、傭兵を繋ぎ止めるのも金がかかる。そこでフルブライト商会の兵が長期間防衛任務をこなしたらどうなるかは言うまでもない。市民はフルブライト商会に感謝し、実権があると思うだろう。
「いちおう、市長にある程度の実権は残してくれ。そうしないと俺が恨みを買う。ある程度の利権をもぎ取り、フォルネウスを倒した栄誉があれば安いものだろう?」
「さて、それは君が求める対価によるな。君相手に貸し一つは気味が悪い。要件を言いたまえ」
「突出したレベルの玄武術師の情報が欲しい。優秀ではない、天才レベルだ」
「世界最高峰という訳だね。心当たりはある。西海岸にあるモウゼスという都市に天才玄武術師のウンディーネという才女がいるとか」
「モウゼス?」
「特に特産品がない町だが…そのウンディーネという才女が優れた玄武術師を輩出し、一種の傭兵団として出稼いでいると聞いたな。最近、ボルカノという朱鳥術師が町の実権を握ろうと諍いを起こし、混乱しているとも聞いた」
「なるほど。ウンディーネに恩が売れそうな話だな」
視線で会話をする。
十分か、と。
十分だ、と。
商談成立だ。
「今夜はここに泊まるといい。君のためではない、私とラザイエフ家のためだ。タチアナ嬢をもう少し観察したい」
「分かった。今回は借りと思わないでおいてやる。それにレオナルド武器工房に手紙を一通送りたい。手続きをしてくれると助かる」
「構わないとも。今夜はささやかながらパーティをさせてもらおう。君が宿泊するなんてとても珍しい事だからね」
その夜、ウィルミントンでパーティが行われた。
エレンとエクレアはフルブライト家にあった衣装でドレスアップされる。ちなみに詩人はそれからは逃げた。全力で逃げ切った。
「あ、あの、こういった格好は不慣れで…」
そもそも逃げるという選択肢が思い浮かばなかったエレンはフルブライト家のメイドによって徹底的にエステを施され、彼女に似合った白いドレスを着つけられていた。真っ白な衣装という訳ではなく、蒼や紅といった鮮やかな糸で様々な刺繍がされた単純でないドレスだ。エレンの魅力を最大に演出できる物を即座に用意できるのは、流石フルブライト家といったところだろう。
それを恥じらいながら身につけるエレンだが、彼女の得意分野は体術である。誰もが見惚れる魅力を醸し出しながら、自分の姿を恥じらいながら、いざという時に繰り出される拳は必殺である。それをみる機会がない方が人々として幸せであろう。
「もー。エレンさんは綺麗なんだから、もっと堂々としていいんだよ?」
「そういうあんたは妙に慣れているわね…」
ジト目で見るエレンの視線の先にはエクレアがいる。彼女の幼さを感じさせない、大人な衣装を身にまとっている。彼女の紅髪を際立たせるような淡い蒼の生地で、エレンと違い刺繍は一切ない。その生地の美しさのみで彼女の美しさを演出する、シンプル故に誤魔化しがきかないドレスだった。
エレンの衣装はともかくとして、こんなラインを強調した衣装を即座に用意できるかというと、できる訳がない。これはラザイエフ家が末娘の為に、自身が要請を出した各所に送ったものである。いざという時に娘が恥をかかないように、美しく着飾れるように。
そうと気が付かない家出娘は、久しぶりに綺麗な洋服を着てご機嫌である。嬉しそうに着飾った自分を鏡で見て頷いている。
「エレン様、エクレア様。そろそろお時間です。会場にご案内致します」
メイドがそう言って二人を連れ出す。案内された部屋はフルブライト家にある一番大きな部屋で、十数人の着飾った客とそれより少し多いくらいの使用人がたむろしていた。それでも部屋に余裕が感じられるのだから、結構な大きさの部屋である。
今日のパーティは着席してコース料理を楽しむのではなく、いくつかあるテーブルに置いてある料理から各自が取り分ける立食形式だった。そうしたのもフルブライトからエレンへの気遣いでもある。上流階級が集まる中、細かい作法ができない田舎娘が混ざるのだから、コース料理などにしたらただの嫌がらせである。
もちろん壁際には椅子とテーブルが並べてあり、ゆっくりする事もできる。込み入った話をしたい客がいれば、個室へ案内して見合った食事を運ぶこともする。パーティ自体はそこまで堅苦しくしないで楽しんでくれという主催の意図がそこにはあった。
「来たか」
そんなパーティ会場で異彩を放つ男が一人。洗練されたとは言い難い、いつも通りの旅装束のまま会場にいた詩人である。
宴に詩人がいてもおかしくはないのだが、このパーティの格を考えるともう少し綺麗な服はなかったのかと言いたい。現に数人は胡散臭い者を見る目で詩人を見ている。
「詩人さんも、用意して貰えるんだからもっと格好いい服に着替えればいいのに」
「絶対にゴメンだな」
「なんでよ?」
「この格好が一番戦いやすいし、逃げやすい」
軽い色合いと動きに惑わされがちだが、詩人のいつも通りの格好とはかなりの重装備だ。腰に剣、反対に棍棒、背に弓矢。外套は風雨に晒されて色褪せているが、その下に着込んだ軽鎧は手入れが欠かされていない。手甲とブーツも戦闘向けだし、被っている帽子も一級の防具であると彼女たちは知っている。
さらに腰の後ろには荷物入れがあり、そこに大金が仕舞われていることも知っている。確かに今すぐに、戦う選択肢も逃げる選択肢も選べるだろう。
だがそんな格好でパーティに出るのはどうだろうか。フルブライトの警備を信用していないと公言しているようなものだ。何気にそのような常識を持っているエクレアが口を開けかけたその時、一人の男が会話に割ってはいる。このパーティの主催者、フルブライトだ。
「このパーティは好きな格好でいいのだよ。堅苦しいパーティにしたくはないからね」
「その割には毎回着飾らせようとしやがって」
「君は素材がいいからね。ちょっとしたお茶目だと思ってくれたまえ」
気安く話すフルブライトと詩人。ふとエクレアは気がつくが、詩人を胡散臭く見ているのはほんの数人である。会場にいる大半の人間は詩人の奇異な格好に注目していない。おそらく慣れているのだろう。
それから二言三言話したフルブライトはエレンとエクレアに笑顔を向ける。
「お嬢さん方も美しい。ドレスを用意させてもらった甲斐があったよ」
「あ、ありがとうございます…」
「ドーモ」
爽やかな笑みと共に発された言葉にエレンは赤面した。男勝りだのとよく言われる身の上である。女性の美しさを全面に出した衣装に袖を通したのも初めての上、こんな真っすぐに褒められることに慣れていないのだ。
対してエクレアはこの手の称賛に辟易し、実家を思い出して嫌になったくらいである。
そして女性二人に軽く一礼すると、また別の客の言葉をかわす。それを繰り返してやがて会場の中央に立つフルブライト。
「皆さま、今日はよくお越しくださいました」
やや大き目な声で会場中の注目を集める。
「本日はフルブライト家、フルブライト商会にとって縁の深い大事なお客様を集めた宴です。
皆さまと一致団結して、ドフォーレ商会などの悪辣に稼ぐ者達に対抗していきたいと願っております。
この機会に皆さま、親睦を深めていただきますようお願い申し上げます。
では、乾杯!!」
――乾杯!!
あげた声に、客は持った杯を傾けて喉を潤す。ちなみに、酒でないのは飲めないエクレアと、酔うのを嫌った詩人くらいだ。二人はノンアルコールのカクテルを手に持っている。
そして三人の中で唯一ワインを喉に流し込んだエレンはふと思う。
(あれ? あたし、いつの間にかフルブライト商会に組み込まれてない?)
詩人と共に行動しておいて今更であるが、詩人がフルブライト商会と懇意であることもよく分かっていなかったエレンである。いつの間にか決められていた自分の立ち位置に、ようやく気が付き始めていた。
このパーティは本当に気心が知れた人間だけを集めたらしい。それに気が付いたのはラザイエフ令嬢でもあるエクレアだ。人々に警戒心が極端に少なく、食事と他愛のない会話を楽しんでいる。下手な事を言うつもりはないが、相手を嵌めようと言質を取ったり情報を抜いたりはしない。そんな雰囲気だ。
彼女たちは初参加だが、この類いのパーティはフルブライトがそういったものも必要と考えて行われている。仲間うちで疑心暗鬼が過ぎてはいけない、本当に気心が知れた仲間同士で胸を開けて話す機会を作り出す為のものだ。
現にこのパーティでは仲がいい者ばかり集めているが、別の似た趣旨のパーティでは面子がガラリと変わったりする。フルブライト商会という大きな船を巧みに操るには、敵と戦うばかりでなく身内をまとめるのもまた大事なのだ。
詩人も幾人かと談笑をかわしている。彼の目的の為に力を貸している者たちで、対価としてフルブライトを通じて困った事を助けたこともある間柄だ。フルブライトがいなければ成り立たない関係とあって、彼の顔を潰すようなことはしないだろう。少なくとも、利害が一致しているうちは。
そして、そういった雰囲気があると困るのは新参者であるエレンとエクレアである。気を使った者が声をかけることもあるが、初対面であるせいで切り込んだ話ができない。その上に片方は全く場慣れしていない田舎娘で、もう片方は上流を嫌う一流のお嬢様である。会話が弾むはずもない。むしろ話しかけた方がさらに気を使って離れてしまうくらいだ。
「退屈しているようだね」
そんな彼女たちに話しかける優男。このパーティ主催者でもあるフルブライトがシャンパンを片手に近寄ってくる。
「す、すいません。あたし、こういった事に慣れてなくて」
「いやいや、そんな場に連れ出してしまって心苦しく思ってしまうよ。
だが、今日呼んだ人々は特に詩人と懇意の者たちばかりだ。彼と一緒に旅をしているなら無下に扱われる事もない。
彼の不興を買ったら事だからね」
クスクスと上品に笑うフルブライト。だがそれに不快感を示したのはエクレアだ。
「それって私たちが詩人さんのおまけって事?」
「世辞を抜きにしてその通りだ。彼には実績があるからね、まだ何も商品価値を示していない君たちは、詩人のオマケさ」
「ふ~ん。そうはっきり言ってくれるのは嫌いじゃないよ」
「それが嫌なら軽く会話をしてもいい。何か困っていることを受けてもいいし、困ったことを相談してもいい。そうして自分のできること、相手のして欲しいこと。それらを上手くかみ合わせれば信頼も生まれてくるというものだよ」
「興味な~し」
「ま、まずは場に慣れることから始めます…」
「奥手なお嬢さんたちだ。全く、詩人も女性のエスコートを忘れて挨拶回りなんて扱いがなってないな」
「失礼をしないようについてくるなと、言われました」
小さくなるエレンに、肩をすくめるフルブライト。
「全く。荒事にはあれだけ飄々としているのに、こういった場では本当に余裕がないな、あいつは」
「余裕がない?」
あの詩人が? と顔を見合わせるエレンとエクレア。
それに鷹揚に頷くフルブライト。
「何かあった時にフォローできる自信がないのさ。だから自分だけで動く。余裕がない怖がりの商人の典型だよ、彼は。本質的に誰も信じていないのさ」
「…それ、撤回して」
機嫌が悪くなったどころではない。今にもフルブライトに殴りかかりそうな顔をしたエクレアが腹の底から声を出した。エレンも怯えたような顔から打って変わり、フルブライトを睨みつけている。
それでもフルブライトは揺るがない。表情を申し訳なさそうな形に直して聞き直す。
「なにか気に障ってしまったかな?」
「詩人さんが誰も信じてないって、撤回して。詩人さんは損得なしに私を助けてくれたし、強くしてってお願いしたら応えてくれた。誰も信じていない人ができる行動じゃない。誰かは信じていなくても、人間を信じている人だよ、詩人さんはきっと」
「詩人は今まであたしを鍛えてくれました。まだあたしには力が足りないけれど、それでも手を貸してくれるっていってくれました。命を助けられた事もあります。
確かに隠し事もしているけど、詩人はいい人です。悪く言わないで下さい」
にこやかな笑みを浮かべながらフルブライトは驚く。よくもまあ、あの男がここまで信用されたのだと。
自分はある程度信じるに足る根拠があるからいいとして、見ず知らずに近いはずの人間に信用される要素はないはずだ。現に詩人は自分がそう思われるように動いている節があることにフルブライトは気が付いている。
だからこそこういったパーティでは挨拶や談笑はしても、決して仕事の話にならない。相手が詩人を信用しきれないからだ。何か有事の際はフルブライトに依頼をして、彼が信頼している詩人を動かすという形をとっている。もちろん、それがフルブライトにとっても詩人にとっても都合がいいことは確かなのだが。
「言い方が悪かったね、補足しよう。彼は商人として才能がない事を自覚しているのさ。信じられないのは商う者としての視点であり、いざという時は頼りにしているさ」
「……」
「それに私と彼の仲だ、このくらいの言い方は冗談のうちだよ。
詩人も私の事をひ弱な頭でっかち野郎と言うだろうさ」
「……」
「……オーケイ。分かった、私が悪かった。我が友、詩人への言葉が過ぎたことをここにお詫びしよう。
これでいいかな、お嬢さんたち?」
折れたフルブライトに、こっくりと頷く女性二人。あの詩人が慕われたものだと微笑ましい気持ちになる。
ちなみに彼はお詫びはしたが前言は撤回していない。詩人が本質的に誰も信じていないというのはフルブライトの本音でもあるのだ。
詩人は自分に対しても利害の一致から行動しているに過ぎないと理解している。その利害が一致しなくなる事態というのも、なかなか起きないとも理解しているが。結局、彼の処世術は対人までが限界なのだ。より大きな、人々という輪に弾かれないようにするにはフルブライトのような力が必要となり、詩人もそれを自覚している。またフルブライトとしても破格の戦闘力を持つ詩人は、頼み事を聞いてくれるくらいの関係は築いていきたい。
フルブライトの三番目に嫌いな事は時間がかかる仕事。二番目に嫌いな事は損が大きい案件。一番嫌いな事は金で解決できない問題。その一番嫌いな事の大半を解決してくれる詩人に気を遣うのは当然である。
(まあ、彼女たちもいつか気が付くだろうな)
詩人は自分の邪魔になると判断した事には容赦がない。彼女たちはその事例に自分が当たっていないだけで、詩人の邪魔になると判断された途端に切り捨てられるだろうという事を。
それでも未確定の事を言って不興を買う必要もない。後は彼女たちの問題だと、思考をにこやかな笑みの裏に隠す。彼もお人よしが過ぎる訳ではないのだ。
「ではパーティを楽しんでくれたまえ。
明日にはモウゼスに出発するのだったかな? 旅の無事を祈っているよ」
そう言って別の客へと向かうフルブライト。
残された二人はある程度食事を楽しんだら早めに切り上げて休むことにした。
相手はフォルネウス、まだまだ自分達は弱いことを思い知らされた相手。旅の途中で強くなるため、その余力を残すために早めに休む事を選ぶのだった。