西海岸にある町、モウゼス。玄武術師、ウンディーネが支配していた町。
そこは今、荒れ果てていた。
「なんじゃ、こりゃ」
思わず詩人がそうこぼしてしまったのも無理はない。同行していた二人の女性も絶句している。家は壊れ、道はボロボロ。廃墟と言える程ではないが、それに近い様子を醸し出すのが現在のモウゼスという町だった。
町の入り口で呆然としていても仕方がない。町へと入っていく一行。活気なく道を行く人々。そうでない者はピリピリとした空気を撒き散らす兵士や術師といった面々だった。
「戦時中の雰囲気だな」
ぽつりと詩人がこぼす。それも、相当に劣勢な方の立場だ。ウンディーネとボルカノが争っているのは知っている。問題はこれがどちらの陣営かという事だ。
(ウンディーネならいい、大きな恩が売れる。だがボルカノ側だったら厄介だな)
そう思いつつ、目指すは酒場。最も情報が集まりやすい場所だ。傭兵などが集まって仕事を求める事も多いため、兵力が必要な場合はここに網を張る場合も多い。
エレンはボロボロの街並みを痛ましげに見て、エクレアは好奇心を隠そうともしないで見て回る。そのうちに酒場に辿りつき、中に入る。情勢が芳しくない事も影響してか、中は閑散としていた。誰だって負け戦に参加したくはないものだ。おそらく敵対している方の酒場はいやに繁盛しているだろう。
あまり人のいないその場所を軽く見渡して、目的の人物を見つけた詩人は内心でほくそ笑んだ。酒を飲んでいない男の術師が一人いる。情報を手に入れるには手ごろだろう。近づく詩人にそれに付き従うエレンとエクレア。
「よう」
「ん…。ああ、傭兵か?」
「似たようなものだ。この町には天才玄武術師であるウンディーネがいると聞いてきたんだが、大事になってるじゃないか。何かあったのか?」
詩人の言葉に術師の顔が歪む。
「まあ、な。ウンディーネ様になんの用事だ」
「ちょっと頼み事をしたくてな。何とかして会う事はできないか?」
「難しいだろうな。ウンディーネ様は現在、町の防衛に手一杯だ。少しの時間も惜しんでらっしゃる」
「防衛?」
「ああ…。町の南から攻めてきた朱鳥術師のボルカノという男が町を荒らしてな。しかも奴はアビスのモンスターとも手を組んでやがる。流石のウンディーネ様も手を焼いている。
お前も傭兵ならウンディーネ様に雇われてみないか?」
「いいぞ」
「……だろうな。
は?」
てっきり断られると思ったのだろう。詩人の即答に間抜けな声をあげる術師。ここは町の北側であり、南からきたボルカノの敵対しているウンディーネの領地だ。それがここまで荒廃しているという事は趨勢がどちらにあるかなどすぐに分かる。
それを分かった上でウンディーネに会うという。そういえばこの男はウンディーネに用事があると言っていた。戦力になるかも知れない。だが、刺客の可能性も捨てきれない。
これ以上は下っ端である彼の手に余る話だ。とりあえず上に取り次ぐしかない。元々、彼はそういった事を仕事としている。懐から紙を一枚取り出して詩人に手渡す。
「これをウンディーネ様の館に持っていけ。俺よりかもう少しましな奴が取り次いでくれるはずだ」
「傭兵ですか」
「正確に言うと違うが、まあ似たようなものだ。ウンディーネに用事があってきた」
ウンディーネの館はすぐに見つかった。ボロボロの町の中で比較的ましな、一番大きな館。それがウンディーネの館だったからだ。
中に入り渡された紙を見せたらすぐに応接室に案内され、執事の格好をした男と向かい合わせで座り、茶が出された。格好こそ執事だが、この男からも魔力を感じる。おそらくは術師だろう。
(どうでもいいけど、イケメン多いよね)
(しっ。聞こえるわよ!)
後ろでこそこそと女二人がそんな会話をしている。確かに酒場の術師といい、目の前の執事といい、顔が整っている。ウンディーネとやらは面食いなのかも知れない。
(詩人さん、有利じゃない?)
(だから聞こえるって!)
執事に聞こえない程度の声で話しているのもあって、詩人は基本的に後ろの事は無視している。
「用事とは何か、聞いても構わないですか?」
「直接ウンディーネに交渉がしたい。3つ程頼み事がある」
「3つも、ですか?」
「ああ、しかも大仕事だ。報酬は期待してくれていいぞ」
そう言いながら今度は詩人が紙を一枚差し出して執事に見せる。
いぶかしげにそれに目を通す執事だが、その署名と印を見ると目を見開いた。
「フルブライト商会!?」
「同盟者だ」
「うん、確かにこれは本物…。しかし用事を聞かずに、ウンディーネ様にお目通りさせる訳にもいかない」
「道理だな。そこでだが、ボルカノとの諍い、ずいぶん旗色が悪そうじゃないか。手付代わりに手を貸してもいいぞ。腕には自信がある」
「…分かりました。とりあえず、ウンディーネ様の時間をとる対価として仕事を頼みたい」
そう言って執事はモウゼスの地図を取り出す。
細々とした事が書き込まれているが、それぞれの勢力範囲と重要施設、それから兵の配置状況が書かれているようだ。ぱっと見て情勢がよくない事が分かる。
「ちなみに今の状況についてどこまで知っていますか?」
「ウンディーネが劣勢である事と、ボルカノが朱鳥術師でアビスの魔物と手を組んでいることくらいだな」
「そうですか。ボルカノという男、言いたくはないが手強い男です。本人の強さもそうですが、道具の作成にも秀でた男でして。火星の砂という炎を巻き起こす術具を作り出し、弱いモンスターに持たせて攻撃力をあげています。
奴の側近もそれなり以上の術師ですし、強いモンスターはその頑強さに任せて突撃してきます。何より厳しいのが弱いモンスターの補充は際限なくしてくるところなのです」
「持久戦は不利。かといって数を頼りに時間を稼ぎ、ジワジワと削ってくる訳か。
こちらの状況は?」
「アビスのモンスターを嫌ったのと、本来町を治めていたウンディーネ様を慕って兵士や住人の8割方はまだこちらの味方です。しかしつい先日、ついに町の半分まで侵攻を許してしまいました。これ以上は信頼を失いかねません」
そう言って町の中央にある小島を指さす執事。ここが最初の重要地点だという訳だろう。
ならば話は早い。
「ではまずはその小島のボルカノ勢力を追い出そうか。そうすればウンディーネも話を聞いてくれるだろう?」
「…確かにそれができれば、そのくらいは問題ないです。むしろお釣りがくるでしょう。
だが、できますか? ボルカノもかなりの戦力を注ぎ込んでいます」
「やるさ。ウンディーネの信頼を得られるなら安いものだ」
そう言って立ち上がり、場を辞する詩人。それに付き従うエレンとエクレア。
「ああ。占拠した小島に入る人員の手配だけは頼む。何せ、こちらには3人しかいないからな。小島の奪取はできても維持は無理だ」
そう言って部屋から、館から出る詩人たち。館から出きった時にエレンが不安そうな声を出す。
「詩人。小島を奪取なんてできるの? 相手の戦力も分からないでしょ?」
「小島の大きさと勢力図から、おおよその敵の数は知れる。30程度だろう。不確定要素は火星の砂とかいう道具と、側近やモンスターがどの程度強いかだな。
入口は狭く、一度に攻め込める数はおおよそ5くらい。それならお前たちで対処できるだろ。大半は雑魚だという話だしな」
「お前たちはって…詩人さんは?」
「密かに南に回り、ボルカノの情報を抜いてくる。小島が攻められれば混乱もするだろう」
言いながら町の中央にある小島が見える位置まで歩いていく3人。小島からの攻撃を警戒し、その道を塞いでいるウンディーネ兵がいるのが見える。さらにその先にある小島にいるのがボルカノ配下の術師とモンスターだろう。
そのモンスターを見て目を細める詩人。
「アビスのモンスターとは聞いていたが…あれはアウナスが一枚噛んでいるな」
「詩人さん、分かるの?」
「まあな。確かにアウナスの属性も朱鳥だったか。ボルカノとやらと相性がいいはずだ」
「アウナスのモンスターと戦う上で何か注意事項ってあるかしら?」
「獣タイプが多く、頭は悪いがとにかくタフだ。その体力に任せて突進してくる攻撃力も面倒だな。先手をとって押し切るか、もしくはカウンター技でも叩き込んでやれ。お前たちなら問題ないだろう。
問題は術師の方で、今まで術を使う奴らとの戦闘経験はあまりなかったな。雑魚に持たせるレベルの術具ならいい塩梅だろ、ボルカノと戦う前に勉強しておけ」
そう言い残して詩人は近くの屋根に飛び移り、そのまま素早く移動して姿を消す。後の仕事は任せたという意思表示だ。
「じゃあ、あたしたちも行きましょうか」
「うん! 強くなったところ、見せつけてあげるんだから!」
小島での戦闘は、詩人が予想した通りとはいかなかった。
最初は問題ない。狭い道で少数を相手にするのならば、エレンとエクレアの方が質は高く、雑魚をなぎ倒して小島までは容易に辿り着くことができた。
だがそこからがよくない。小島とはいえ、その広さはかなりある。攻め込んできた小娘二人を容易に取り囲むくらいには。更にボルカノの領地から続々と援軍が押し寄せてくる。
結果、エレンとエクレアは背中合わせになり、死角を減らしてひたすら目の前の敵を倒していくという形になっている。
「こっちの数、足りなくない!?」
叫びながらクリプトマギにバスタードソードを叩きつけるエクレア。獣人系のモンスターといっていいだろう、おそらく火星の砂であろう術具をばらまき、炎を巻き起こす厄介なモンスターだ。
物理的な攻撃ならともかく、術の防御方法などロクに学んでいないエクレアが無傷で済まそうとするならば避けるしかないだろう。しかし、後ろにエレンがいる以上はそれもできない。結果、術具を使われる前に倒すのが最適で、使われたら武器や防具で振り払うことしかできない。ダメージは着実にたまっていく。
「数で攻められるっていうのも厄介ね!」
エレンも目の前の敵を倒すのに必死だ。今回は素手ではなく、ウィルミントンで購入した上質の戦斧を持って戦っている。理由はエクレアと同じで、炎の攻撃が飛んできた時に少しでも盾になるものが必要だからだ。
また、大柄で体力がある敵を相手をするにも質量がある大きな斧はいいものだ。体術よりも戦斧を振り回した方が与えられる衝撃は大きい。バーゲストといった大きな猪型のモンスターを吹き飛ばすには適しているといえる。
「援軍はまだ!?」
「もうちょっと打ち合わせしてから攻め込むべきだったかもっ!」
必死になって敵を捌く二人。彼女たちが後悔している通りにウンディーネ側への説明は不十分で、話を適当なところで切り上げて敵陣に切り込んでしまったツケを今支払っている最中だ。ウンディーネ軍の準備する時間が足りず、その時間を自分達で稼いでいる。
そしてウンディーネ側に時間が必要な分、ボルカノ側に時間があるのも道理である。向こう側から雑魚ではない敵が小島に来るのが見えてしまった。他の敵は彼らに道を開ける為に大きく後ずさる。
現れたのは、小柄でローブを被った男が一人と、バーゲストよりも一回り大きい猪型モンスターが二匹。
「これはこれは。大暴れする敵が二人いると聞けば、こんな小娘だとは。まったく、不甲斐ない奴らだ」
「そんな不甲斐ないのを配置したあんたのミスじゃないの?」
「黙れ小娘!!」
嘲笑われれば嘲り返す。当然と言えば当然のエレンの言葉に、術師はカッと目を見開いて唾を飛ばしながら叫び返す。
「貴様らのような小娘共を倒せない無能が悪いのだ! 決して儂のせいではない、儂のせいではないぞ! それなのに何故ボルカノ様に儂が叱られなければならないのだ!
そもそも貴様らが、貴様らが悪いのだ! 何故ボルカノ様に逆らうのだ! 何故儂の邪魔をするのだ!!」
ぜいぜいと激しく息をする術師に、思わず目が点になるエレンとエクレア。反応がちょっと普通じゃない。
ボルカノとやらはよほど激しい性格なのだろう。エレンはほんの少しだけその配下たちに同情した。
「死ね! 儂の邪魔になる奴は、みんな死ね!!」
そう言って一回りは大きい猪型モンスターであるショックをけしかける術師。それが戦いの始まりだった。
2匹のショックがそれぞれエレンとエクレアに向かって突進する。まともに受ければただではすまないだろうが、当然まともに受けてやる義理もない。エレンは素早く身をかわし、エクレアは短く持ったバスタードソードで、繊細にショックの突進方向を変える。剣技のパリィ、その応用だ。
突進をいなされて隙を晒す羽目になったショックたち。威力は強く、突進は早くともバーゲストとそんなに変わらない。そう、ここまでは。
「火星の砂!」
反撃しようとした瞬間、離れたところにいた術師が炎を巻き起こして、彼女たちに降り注がせる。
「わわわっ!」
「危なっ!」
雑魚が使う火星の砂とは威力が違う。物が違うのか、魔力によって威力が変わるのか。それは分からないが、実際としてまともに喰らったら大きなダメージになるだろう。慌てて回避する二人。
「このぉ!」
やられた仕返しをしようとギロリと術師を睨みつけたエクレアだが、背後からの突進音に気が付いて慌ててその場を跳んで逃げる。
直後、彼女のいた場所をショックが突進して通り過ぎた。そしてショックは獲物に当たらなかった事を確認すると急停止し、振り返って大きく嘶く。
前衛として獣型モンスターを常に配置して、後衛の術師がその隙をフォローする。また、合間を縫って術を仕掛けてくる。前衛と後衛がしっかりと分かれた隙の少ない編成だ。
ならば隙を無理矢理にでも作ってやればいい。エレンはちらとエクレアに目配せをしつつ、地面を足で叩いて合図をする。エクレアは斧を担ぎ上げたエレンのその意図を正しく読み取り、頷いた。彼女たちとて、短い旅の間に遊んでいた訳ではない。むしろ少しでも強くなろうと、連携にも磨きをかけていた。
「地走り!」
唐突にエクレアはバスタードソードを地面に突き立てると、そこからショックと術師を巻き込むように衝撃波を巻き起こす。
「ブモゥ!?」
「おわぁ!?」
咄嗟に回避するショックと術師。回避できるだけ上等といえば上等だが、それでもまだ甘い。
ギロリとエクレアを睨みつける術師。その体に、飛来した戦斧がめり込み、血反吐を吐く。めり込んだ斧からは大量の血が溢れ出し、致命傷という事は一目でわかった。
それを為したのはエレン。大きな戦斧をトマホークで投げつけて術師を仕留めたのだ。
彼女にとっては初の殺人である。顔は嫌悪で歪み、気分は最悪だったが、ここは戦場。相手はそれに構ってくれる訳ではない。術師を仕留めて隙ができた二人にショックは突進を仕掛けてくる。
エクレアは突き立てたバスタードソードから離れるとシルバーフルーレを取り出す。そして突進をしかけてくるショックに合わせて、回避しつつも鋭い一撃を放ってその命をえぐり取る。マタドールだ。
エレンは突進するショックの足元に滑り込み、前足を極めつつ勢いを利用したまま地面へと叩きつける。逆一本ならぬ前一本。自分の突進力を硬い地面にぶちかまさせられたショックの顔面は悲惨なことになっている。
襲ってきた術師とショックを撃破したエレンとエクレアには傷一つない。何でもないように立ち上がった二人は、戦斧とバスタードソードを回収し、まだ周囲にいた敵たちを睨みつける。
「今よ! 攻め込みなさい!!」
そのタイミングで威厳ある女性の声が響いた。
エレンとエクレアの背後から、人間の兵士と術師とが一気呵成に攻め込んでくる。頼みの綱だった術師とショックが簡単に打倒されてしまったボルカノ側にもはや戦意はなく、戦う事無く小島から逃げ出してしまった。
小島から敵を追い払った女性は手早く指示をして小島の防衛に兵を割り振る。それが一段落したところでにっこりと笑いながらエレンとエクレアに話しかけてきた。
「貴女たちが協力者ね? 話は聞いていたけど、予想以上だったわ。とても助かった、ありがとう。
私はモウゼスのウンディーネ。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします。あたしはエレン・カーソンです」
「私はエクレアって言うの。よろしくね、おばさん」
ピキ
「エレンとエクレアね。
もう一人、男がいるって聞いたけど?」
「あいつなら今、ボルカノ側で情報を抜いているはずです。仕事が早い奴ですから、すぐに戻ってくると思います」
「分かったわ。じゃあ、いったん館に戻りましょうか」
そう言ってちょっとだけ顔が引きつったまま、身を翻すウンディーネ。それを確認してからエレンは小声でエクレアをたしなめる。
(エクレア! ウンディーネさんをおばさんって言うのやめなさい! お姉さんよ、いいわね!)
(え~。おばさんじゃん)
(いいから! 礼儀正しくしないと協力してくれないわよ! 詩人にも迷惑がかかっちゃうわ!)
(…は~い)
全然納得していない声で返事をするエクレアだが、これで一応はおばさん呼ばわりはやめるだろう。
子供の自由奔放さに大変な思いをするエレンは、どこかお母さんのようであった。
それらを眺められる位置で弓を携えていた詩人は、一連の流れを読み込んでいた。
ボルカノの情報を素早く集めた彼は、万が一のためと戦場の動きを俯瞰してみる為に大きな建物の上に陣取っていたのだ。
(やるねぇ。ウンディーネとやらも)
ウンディーネ側は、攻め込もうと思えばもっと早くに攻め込めたはずだった。少なくともその準備は終えていた。
それでも攻め込まなかったのは、まだ小島に敵が多数いたのとボルカノの主戦力が出てきていなかった為だろう。自軍の損失を気にしていたのだ。
それが悪いとは思わない。所詮、エレンやエクレアは協力者でウンディーネの味方と決まった訳ではない。その上、こちらは頼みに来ている立場だ。劣勢な今、下手に自分の戦力を減らすわけにはいかないのは道理だろう。それにケチをつけるつもりもないし、むしろよく現状を把握しているともいえる。
(まあ。多少は吹っ掛けさせてもらうが)
手助けできたところを遅れさせた。その事実を視認できたことも十分な戦果のうちに入る。
その上で小島を奪取し、ボルカノの情報も得ることができた。
上々だと機嫌よくウンディーネの館へ向かう詩人であった。