嵐の夜が明けた。
モニカがミカエルの下に辿り着くのは、順調に行けば夕方前になるだろう。
「フォーメーションを確認しておくぜ」
ハリードが話し始める。
「陣形はデザートランス。俺と詩人が突出して敵を引き受ける。他の奴らは打ち漏らしや側面背面からのモンスターに備えな」
「俺も先頭に立つのか?」
「当然だ。相当強いだろ、お前」
「自信はあるけどね」
おどけた様子を崩さない詩人をハリードは軽く睨むが、その内心は大きく異なっている。
コイツは全く信用できないのだ。武の腕も、その真意も、底が見えなさすぎる。自分の側に置いて片時も目を離さず監視して、なお油断ならない。
「モンスターに足止めを喰らって遅くなっても厄介だ。早速出発するぞ」
圧倒的な強さだった。
「フッ!」
「よいしょっと!」
ハリードは舞うような動きで敵を翻弄し、その背中を斬る。詩人は攻撃を受け流し、その隙を叩く。
地狼やアルカノイドといった獣族や昆虫族の最下級モンスターだが、シノンの村の面々では一対一でも倒すのにてこずる相手を、あの二人は瞬く間に数多のモンスターを蹴散らしていく。
「すごい…」
「俺らの出番、ないなぁ」
サラが、そしてトーマスが呆然と呟く。
「カタリナとどちらが強いのかしら」
モニカも、自分が知る限りで最も強く忠実な女騎士とどちらが強いのか、現実逃避気味に考えてしまう。
そんな彼らに、気の抜けた詩人の声がかけられた。
「後衛~。右陣後方からゴブリン3匹きてるからよろしく~」
緊張感のない声に反応が遅れる面々だが、ガサガサという不穏な音に正気に返る。
「っ! 俺が出る!」
「一人じゃ危ないでしょ、あたしも出るよ! トーマスは援護、サラはモニカ様を守って!」
詩人のフォローがあったおかげか、ギリギリだが陣形を崩されず戦闘に突入する。
先頭にユリアン、その後ろにエレン・トーマスと続き、サラが弓を番えて最後列から隙を伺う。モニカは護身用の小剣を携えて己の身を守る。
彼らに襲い掛かってくるゴブリン達だが、先手を取ったのはユリアンだ。
「シッ!」
手にするのはどこにでもある数打の長剣。切るには鈍く、ゴブリンの手首は叩き千切れたといった有り様。
もちろん、致命傷には程遠い。
「キシャァァァ!!」
痛みと怒りとで半狂乱になったゴブリンは反対の手に持っていた、錆びて切る能力がなくなったナイフで突いてくる。
ユリアンは冷静に武器とも言えない金属片を手に持った剣でパリィして身を守り、そして続けて襲い掛かってくるゴブリンに目を向けた。
対処しようとすればもちろんできるが、彼はそれをする事なく傷を負ったゴブリンの息の根を止めることを優先し、その首を断つ。
「ゴ、ギャ…」
情けない声をあげて絶命するゴブリン。仲間を殺されたゴブリン達は、激怒に身を任せてユリアンに襲い掛かるが、次の瞬間に彼らが見たものは斧の刃と槍の柄だった。
「ッラァ!」
「そら…よっと!」
エレンは力任せにゴブリンの顔面を斧で叩き割り、トーマスは鋭く払った槍でその足を砕き潰す。
「やっ!」
そして足を奪われたゴブリンの眉間にサラが放った矢が突き刺さり、ゴブリン達はあえなく全滅の憂き目に遭った。
「ははは、おみごとだね!」
「口が軽いくせに仕事はするか。文句も言えねぇな」
「どんなことだろうと隙は作らない主義なもので」
「可愛げのないヤロウだぜ」
ちなみにシノン組がゴブリンを殲滅している間に、前衛を務めている2人はそれぞれ10以上のモンスターを仕留めている。
通常ではありえない数である。二人の行動範囲もさる事ながら、モンスターの沸きがおかしい。とめどなく襲い掛かってくる。
「こりゃ、おかしいねぇ」
「同感だ」
そんなモンスターの津波ともいえる軍団を息一つ乱さずに捌ききる二人は、手を休める事なく言葉を交わす。
「数もおかしいけどさ」
「ああ、正面からしか襲ってこない。いるな、大物が」
その言葉が終わった瞬間、鋭い鳴き声が森中に響き渡った。
周りの木々は震え、モンスター達は怯えて八方に散り、戦いなれていないシノンの村人やモニカは身を竦ませて硬直する。
それほどの威圧がある音だった。それだけ不吉な声だった。
それに全く意を介さないのが二人。言うまでもなくハリードと詩人である。彼らは素早く視線を交わし、どちらにするかを確認した。
彼らは時間を無駄にしない。意思疎通を瞬間で終わらせると、ハリードは素早く後ろに下がり、詩人は少しでも足場のよい場所に移動する。
「おっさん! アンタ、何で下がってるのさ!!」
「怪物がいるぞ! 全員でかからないと!!」
ハリードは、大声で抗議するエレンをどついて、飛び出そうとしたユリアンの首根っこを引っ掴む。
何か言いたそうな残りの面々は一睨みで黙らせた。時間は減るが、それ以上に一ヶ所に集まらないと命が減る。それを説明する為の時間は惜しむべきではない。
「囀るな、ド素人のガキ共が。
この威圧感。お前たちじゃあ囮にも、何の役にも立たん。ただ殺されるだけだ。
俺の前に出るな、守り切れん。攻め手はあの詩人に任せておけ」
徐々に、段々と奇声が大きくなり、威圧感が膨れ上がってくる。深窓の姫君はもちろん、シノンの村でもまず感じる事のない殺意の塊。
サラは体の震えが止まらず、モニカはユリアンの服の裾を無意識に掴んでいた。エレンは思わず妹を抱きしめ、トーマスは足を震わせて顔面蒼白だった。そしてユリアンは、守られている中でユリアンだけは剣を握りしめ、前方を睨んでいた。
その様子をちらりと見てから、改めて前を見るハリード。その鋭敏な勘がソレの来訪を告げていた。
「来るぞ」
ギシャァァァァァッ!!!!
鋭い声をあげながら、空から舞い降りたのは巨大な怪鳥。
その爪はそこらの槍よりも鋭く、嘴は獲物をたやすく抉るであろう。そして大きすぎる翼は、巨体にあり得ない素早さを与えていた。
「ガルダウイング…? この辺りの生息モンスターじゃあない」
ハリードがその正体を看破するが、それは文字通り何もならない。他の面々の恐怖が揺らぐ事もないし、ガルダウイングが数匹の獲物を見逃すこともない。
まずは手始めにと言わんばかりに、ガルダウイングは最も近くにいた詩人に襲い掛かった。
身動き一つない詩人に対し、それでもガルダウイングは油断しない。真正面からの全速での突進、に見せかけての急上昇急降下での爪撃をその脳天に叩き込み、頭蓋をかち割る。
…ことが、目的だったのだろう。
シノンの村人には分からなった。モニカにも間違いなく分かっていない。ガルダウイングが分かったかどうかは――知る術がない。
空から爪を振り上げて襲い掛かったガルダウイングは、詩人の頭に爪を当てる直前にその標的を見失い。そして、詩人が持っていた棍棒と呼ばれる種類の武器で、怪鳥の狙いとは真逆にその頭を粉砕されていた。
真上からの攻撃にも対応し、反撃する棍棒のカウンター技・ジャストミート。それによって一瞬で勝敗は決してしまった。後衛にいた彼らが感じただけで死を覚悟させたモンスターを、詩人は雑魚のように潰していた。
「あ~あ。ガルダウイングの頭は金になるっていうのに。お前さんはつまらん男だな」
「言ったろう、隙は作らない主義だって。時間をかけると少年少女たちが暴走しかねなかったからな」
その光景。ただ儲けが減ったとばかりに嘆くハリードと、飄々と自分が頭を潰した怪鳥から金になりそうな素材を回収する詩人。
ここに至ってようやく面々は理解した。偶然シノンの村に寄り付いたこの二人は、自分たちが想像していなかったモンスターさえも容易に蹴散らせる化物なのだと。
「さて。いい時間だし、ガルダウイングの死体もあるとなれば他のモンスターも近寄ってこないだろう。ここらで昼飯にしよう」
「俺も賛成。ゆっくり飯は喰いたいし、ガルダウイングの素材も剥ぎ取りたいしね」
あっけらかんと、とんでもない事を言う化物二人。
ちなみに周辺には、詩人が仕留めたガルダウイングの死体だけでなく、その他多くのモンスターの残骸が在る。
「…ここで、食事を?」
「ああ。ちなみに強制だ。食わずに不覚をとったら話にならん」
先程とは違った意味で青ざめるモニカだが、残念ながら彼女に拒否権はなさそうだ。直前の光景をみて、ハリードと詩人が決めた事を否定する勇気を持てというのが無茶だろう。
ノロノロと動く面々。
楽しくない昼食の始まりだった。
ガルダウイングは雑魚扱い。
でも、ハリードがいないと苦戦ってレベルじゃないと思うのでこのような形にしました。
本当はガルダウイングは雑魚じゃないんです。ハリードと詩人が化物なだけなんです。