60日で23話、数年スランプが続いた身としては約16万字を書けている事にびっくりです。
このまま完結まで息切れしないように頑張ろうと思います!
弓を外す。棍棒を置く。剣を手放す。
防具は既に体にはない。握った手を、見つめながら開く詩人。
「……よし」
準備を整えた詩人は部屋を出る。休暇は今日までで、疲れのせいか昨日は醜態をさらしてしまった。ならばたまには一日リフレッシュするのも悪くはない。
武器も防具も、完全に手放すのはどのくらいぶりか。思っていた以上の解放感に、詩人自身が驚いていた。張りつめてばかりで遊びも必要だと思っていたが、自分がそれを上手にできていなかった事を実感する。
女性は時間がかかるだろう。先に海に繰り出した詩人だった。
「あら。今日は遊ぶのね」
「ああ。明日から忙しくなるから、たまにはな」
浜辺に寝そべり、体を焼いていた詩人にウンディーネが声をかける。彼女は昨日と同じくゆっくり雰囲気を楽しむスタイルのようで、パラソルの下に陣取ると優雅な所作でジュースを飲む。
そしてちらりと詩人の体を見る。黒いトランクスの海パンのみを身につけた、ラフな格好。普段から警戒心が強いと思っていた詩人がそのような格好でのんびりとしている姿を見て、ウンディーネは満足そうに頷く。
「よかったわ」
「? なにがだ?」
「貴方がちゃんと休める人で。実はちょっと心配だったのよ。余裕、無いように見えたから」
くすりと笑って付け加える。
「大人なら、自分で余裕を作るくらいじゃないとね?」
ぐうの音も出ない詩人。確かにそこら辺は余り上手くできていなかったと自覚したばかりなので、反論の一つもできやしない。
「貴方なら、良い人を見つければ落ち着きそうね。真面目だし、強いし。幸せとか探すならそういうのもいいんじゃない?」
「なんだそれ。世話を焼くな、思ったより」
「これでも術を教える者として、それなり以上の教育を経験しているのよ。人生を楽しむ事は私より経験値低そうだし、主導権を握れるところは握っておきたいわ」
「ふーん」
「エレンお嬢ちゃんか、エクレアお嬢ちゃんか。教えているのなら、それなりに心を開いているのでしょう? 真面目なお付き合いとかも考えてみたら?
私たちは、人生を楽しむ為に強くなったんだから。色々と楽しまないと損よ」
その言葉に、海で戯れる二人の少女をちらりと見る詩人。それ以上は言葉を発する事なく、目を閉じて太陽を楽しむ。
一つの言葉が引っかかっていた。
(人生を楽しむ為に強くなった、か)
自分が強くなろうと、そう思った理由。遠い昔に決めたその決意。それをゆっくりと思い出しながら、ゆるやかに溜まった緊張を解いていく。
どうして強くなりたいと語る瞳に弱いのか。答えは分かっている。ただ、忘れていただけだ。
裏切られて。喪って。傷ついて。最初の願いを忘れていた。
(ただ、安心して欲しかった。それだけが始まりだったんだ)
自分のためではなく、他の人の為に。それが始まりだった。笑っていて欲しかった、安心して欲しかった。
ひたむきに、辛かったけど充実していた遠い昔を思い出しながら。詩人はまどろみの中で溶けるように心を休める。ふっと顔に微笑みが浮かんだ事は、ウンディーネの見間違えではないだろう。
昼に遊び、その後は術の勉強をした。それが終わり、とうとうエクレアが待ち望んでいた時間がやってくる。
詩人が得意武器を教えてくれるのだ。まずは槍、そして剣。わくわくしながら待つエクレアと、既に自主トレに入っているエレン。そんな二人のもとに詩人は槍を二本持ってやってくる。
「じゃあ、まずこれを」
詩人が用意したのはロングスピア。言い換えれば、木の棒の先に小さな刃物をつけた物。
槍の中で最も原始的で簡易的なそれは、この時間を楽しみにしてたエクレアにはひどく粗末な物に見えた。
そんな落胆を見透かした詩人は、エクレアが動くよりも早く釘を刺す。
「基本なくして奥義なし」
「!」
「覚えておけ。どんな派手な技を覚えようとも、基本がなってなければ根本から腐れ落ちる。ロングスピアはシンプルだからこそ無駄がなく、槍術を覚えるにはもってこいだ。
俺はいきなり槍の極意を掴んで欲しい訳じゃない。まずは槍がどんな武器か、それを理解するところから始めるつもりだ」
詩人の目は鋭い。もしかしたら、今までの稽古の中で一番かも知れない。それほどまでに詩人は自分の得意武器を教える事に厳しさを持っていると、言外に伝えていた。
特訓を始まる前の一言でこれなのだ。自然、エクレアの気は引き締まった。それを感じ取った詩人は良しとし、エクレアに槍を構えさせて自分も槍を構える。お互いに構えた槍の穂先を相手に向ける。突き出せば、そのまま当たる距離だ。
「よし。このまま動くな」
「え?」
「動かずに、このままでいるぞ」
「え?」
そのまま本当に動かない詩人。戸惑いつつも、それに従うエクレア。
一分ほど経ったか。
体を動かさないまま、詩人は口を開く。
「今、お前は何をしていた?」
「え? 槍を…構えていましたけど……」
真剣な声に、ますます戸惑いが強くなるエクレア。その雰囲気がなければ、からかわれているのかと思ってしまう程、意味が分からない。
鋭い視線のまま、詩人は言葉を発する。
「俺は、考えていた。槍を向けあって立っている相手の隙はどこか。突くか、払うか。
突くならどこか。腹の中心か、心臓か、目か。
払うならどこか。足元か、胸か、頭か。
突かれたらどうするか。避けるか、払うか、撃ち落とすか。
払われたらどうするか。受けるか、屈むか、跳ぶか。
今の時間、ずっと考えていた」
詩人の言いたい事が分かったのだろう、エクレアの顔が後悔に歪んだ。それでも言うべき事は言い切るとばかりに詩人は追い打ちをかける。
「対してお前はなんだ? ただ槍を持っていただけか? 槍を構えた相手が目の前にいて、ただ突っ立っていただけか? 遊びの時間だと俺は言ったか? 動かなければ戦いじゃないか?
全ては考える事から始まる。戦いの場において、動いていなくても考える事はやめるな。それを忘れた時、俺の剣は容赦無くお前の首を断つぞ」
「はいっ!」
技より、槍より、何より先に心構えから説く。詩人が本気でエクレアに稽古をしようとしている、その証拠だった。今まではただの乱取り、ただ技を教えていただけ。そこから何を掴むかは自分次第、そんな方針を取っていた。
だが、これからは違う。詩人は本格的にエクレアを鍛えようとしている。もしもエクレアが強くならなければ、それは詩人にも責任があるという事。教えるという事はそういう事なのだ。
「じゃあ、いくぞ。集中しろよ」
返事を聞かずにエクレアに向かって動き出す詩人。
胸と腹に向けて突きを放つ。二段突き。
足首よりやや上に向かって薙ぎ払う。足払い。
槍の中心を持ち、穂先とは逆側で振り当てる。石突き。
そのまま槍の中心を持って回転させ、穂先と石突きで打ち払う。風車。
それらの技を流れるように繋ぎ、成立させていた。寸止めでなければ今の一瞬で幾度となく死んでいただろう。一般人ならば突風が吹いたとしか感じなかっただろう技のキレだ。
これが得意武器と、そうでない物との差。知覚できなかった
「分かったか?」
「…分からない事が、分かった」
詩人の言葉に、正直にそう返すエクレア。文字通り、理解が及ばない。どうすればあそこまで速く動けるのか、どうすれば技と技の間に拍子を置かずに行動できるのか、どうすればここまで強くなれるのか。
そういった想いをこめたエクレアの言葉に笑い返す詩人。
「そりゃそうだ。あっさり分かられたら俺の立つ瀬がない。
後は自習しておけ。理解できなかった事を少しでも理解できるように、槍で遊んで槍を理解しろ」
その言葉に力強く頷いたエクレアは槍を構えて、突きを二回放つ。
確かに二段突きと呼ばれる技として成立しているが、詩人のそれとは練度が違う。詩人のそれとエクレアのそれを同じ二段突きと呼ぶのもはばかれる程に明確な違いがあった。それがずっと先に行っている者と、たった今一歩を踏み出した者との違い。エクレアはそれに幻滅することなく、愚直に突きを繰り返す。
そんなエクレアを、詩人はもう見ていない。努力の過程に興味を示す段階は過ぎた。結果のみを見て次の指導をする予定である。
「さて、エレン」
「え? はい」
声をかけられると思っていなかったエレンは間抜けな声をあげてしまう。
そんなエレンに苦笑しながら近づく詩人。
「そろそろ一段、レベルを上げようか。このままだとフォルネウスに届かないだろ?」
「え? あたしも教えてくれるの?」
「…当たり前だろ。エクレアとは違って、エレンは今まで通りだ。ただ、決戦は近いからな。レベルはあげていくぞ」
てっきり覚悟を示していないエレンは教えを請えるとは思っていなかったので、詩人の言葉に意外そうな声をあげてしまったが、詩人はそういうつもりらしい。
エクレアは本格的に、エレンは今までと同じく。四魔貴族に勝てるかはエレン次第というスタンスは変わらないらしい。
「エレンは短勁を覚えて、慣れた頃だな。次の段階にいこうか」
「次の段階?」
「ああ。気の運用というか、使い方をもうちょっと深く、な。
短勁は衝撃を内部に打ち込み、防御を貫いたり柔らかい物に打撃を浸透させる技だ。この感覚は気と呼ばれる。魔力に似て非なる力。
これを応用するとこういった事もできる」
歩いて五歩ほど離れていた詩人とエレン。そのエレンの体が、グンと吸い寄せられるように詩人に向かう。
驚きに目を見開くエレンだが、そんな余裕はない。吸い寄せられたエレンに向かって詩人が拳を振りかざしているのだ。
咄嗟に両手をクロスして防御するエレンと、その防御した部分に向かって拳を叩きつける詩人。そして触れあった瞬間、詩人の拳から勢いよく吹き飛ばされたエレン。その感覚は短勁に似て、ほんの少し異なっていた。短勁ならば衝撃を内部に浸透させるが、詩人の一撃は浸透する分の衝撃を弾かれる威力に変えられたような、そんな感覚。
歩いて十歩程も吹き飛ばされたエレンは、それでも受け身を取って追撃に備えて構える。だが詩人は最初の位置から一歩も動かないで軽く講義をするのみだ。
「錬気拳。気によって生じる力を操れば、それで相手を吸い寄せる事も弾く事もできる。短勁と組み合わせれば攻撃力も、よりあがる」
言いつつ、今度はエレンに変化はない。ただ、エレンの近くにあった小さな貝殻が数十、まとめて詩人に向かって飛んでいく。
詩人はそれら全てに拳を合わせていた。そのうち半分は勢いよく弾かれてエレンの後方へ飛んでいき、もう半分はその拳で砂のように粉々に砕かれる。小さな貝殻が砂のように、である。
「…それも術だったりするの?」
「これは技の一種だ。エレンにはできない事はしてないぞ。
さて、錬気拳は離れていても有用な技だって事は分かったと思うが、至近距離だとさらに凶悪性が増す」
言われなくても解る。下手をすれば全く動かないで、振り下ろされた剣を弾く事さえできそうな話だ。というか、たぶん詩人はその位はできる。そしてそのレベルをエレンに覚えさせようとしている。
変わらずに容赦なく、本当に難易度は上げるらしい。思わずエレンの顔が引きつった。
「じゃ、乱取りだ。
いつもと同じ、防御は忘れるなよ。ところどころに錬気拳を混ぜるから、慣れろ。体で覚えろ」
覚えられなくても責任は持たないが。言葉にされないその意図に、エレンの負けん気が燃えさかる。
っていうか、そろそろ色々と溜まった分で一発くらい殴っておいてもいいと思う。思うというか、殴りたい。一方的にボコボコにされるのは、それはそれはストレスが溜まるのだ。
突進するエレン。棍棒を構える詩人。
とりあえず、その日の内にエレンの目標は達成できなかった、そんな一日だった。
日が明けた翌日。休みが終わる。休みという割には結構な濃度で訓練をしていた気もするが、息抜きの時間も取れたという意味で休みの分類に入っていた。
「よう、兄ちゃん。待っていたぜ」
「ハーマン、よろしく頼む。
こっちがウンディーネ、エレン、エクレアだ」
グレートアーチの出入り口で待っていたハーマンに近寄り、気軽に挨拶をかわす詩人。それと一緒に旅の道連れを紹介する。
だが紹介された人物がハーマンにとってはあまり良くなかった。フォルネウスと戦うのがどんな人物かと思えば、女三人である。思わず剣呑な空気を醸し出すのは仕方ないだろう。
「…おい、兄ちゃん。もう一度聞くが、本気で正気なんだな?」
「だとよ、エレン。ハーマンはお前がフォルネウスと戦えるとは思えないらしい」
ハーマンの言葉も尤もだと思えるので、話は本人に任せる。エレンがフォルネウスと戦う事を強制している訳ではないので、結局はエレンのやる気次第なのだ。
そしてエレンは自分の未熟も分かっている。返す言葉は、その無念をにじませたものだった。
「フォルネウスとは戦うわ。でも、まだ勝てるなんて言えない。だから強くなる。フォルネウスと戦うまでの時間を使って、今よりも」
「ほぉ…」
未熟を自覚し、決意はある。そう感じたハーマンはそれ以上に侮蔑の言葉を口にするのをやめた。
その代わりに背負われた斧に目をつける。
「エレンは斧を使うのかい?」
「ええ。それと体術を使えるわ」
「そうか…。何なら、儂が斧を教えてやろうか? フォルネウスと一緒に戦うなら少しでも強くなってもらって損はない」
その言葉にちょっとだけうろたえるエレン。確かに体術と比べて斧にかける割合は少ない。詩人が斧をあまり得意としていない事もあり、乱取りで使う他は素振りと実戦くらいしか上達の機会はないと言っていい。
一応、うかがうように詩人を見るが、彼も異論はないらしい。軽く頷いて返された。
「じゃあ、お願いするわ」
「ああ。しっかりついてくるといい」
それでエレンについての話は終わり。次に見るのは最も若い、むしろ幼いと言っていいエクレア。
「ん~。エレンさんが戦うなら私も戦うよ。詩人さんも戦って強くなれって言ってるし」
「…おい」
一段と声が低くなるハーマン。流石に返す言葉がない言い草だ。四魔貴族を正確に理解した上でのセリフとは到底思えない。
だが、エクレアは一回フォルネウスと対峙し、そして生き延びている。惨敗したとはいえ、いやだからこそフォルネウスの強さは骨身に沁みているはずなのだ。その上でこの気楽さを発揮できるのは、得難い才能だと詩人は思っている。
とはいえ、それを説明するのは難しい。口にしたところで信憑性は無いだろう。
「エクレアについては俺が責任を持つさ。納得できないならそう言ってくれ。無いだろうが」
言い切る詩人に、いったん言葉を引っ込めるハーマン。だが、彼はふざけた奴と肩を並べるつもりは毛頭ない。粗が見えたら本気で叩き出す心積もりである。そう時間も経たずにその粗を出すだろうと思って、ひとまず引いたに過ぎない。
そして最後に残った女性に目を向ける。鍛えられた体ではない。しかし、修羅場を何度も潜り抜けた者だけが持てる威圧感がある。感じる魔力の強さから考えても術師だろう。
「ハーマンだ、よろしくな」
「ウンディーネよ。よろしくするかどうかはそちら次第ね」
ウンディーネの言葉に思い出すのは詩人。ハーマンにはフォルネウスと戦う前提の話しかしていなかったが、ウンディーネとの契約はそこまでではない。バンガードを動かす事と、エレンとエクレアに術を教える事だ。
やる気がないなら戦わないと、既に言い切っていてもいい性格である。思い返してみればウンディーネは、フォルネウスと戦うとも戦わないとも明言していないのだ。
「儂次第とはどういう意味だ?」
「四魔貴族に勝つ栄誉は大きいわね、できるなら欲しいわ。けど、勝てない勝負に乗るほど愚かじゃないの、私は」
「…儂ではフォルネウスに勝てんと、そう言うのか」
「まだ、言わない。勝てるかも知れないし、勝てないかも知れない」
そう言ってちらりとエレンとエクレアを見るウンディーネ。彼女は思った以上に彼女たちに期待しているらしい。少なくとも、頭ごなしにフォルネウスに勝てる訳なんて無いと、そう言い切れない程度には。
冷静なウンディーネにそう思われていた事に、その場の全員が驚く。エレンとエクレアは自分達に対する期待に驚いたし、詩人も驚いた。そしてハーマンも、この見るからにできそうな女が子供たちに目をかけている事に驚く。どうやら彼が思ったよりも粒が揃っているらしい。
「要するに、保留よ。とりあえずはこの子たちの教師役としてついていくわ」
「期待するぜ」
そう言って笑うハーマン。
顔合わせはすんだ。そう判断した詩人は視線でハーマンをうながした。時間がもったいないと。
「それじゃあ行くか。向かうのはブラックの洞窟、財宝にモンスター、それから罠がてんこ盛りだ期待してくれていいぜ」
「本当っ!? 楽しそう!!」
ハーマンの言葉に本気で目を輝かせるエクレア。あんまりにもあんまりな言葉に、ハーマンの毒気が抜かれた。
「遊びに行くんじゃねぇぞ、チビ」
「チビって言うな、ジジィ!」
「だーれーがー、ジジィだコラァ!」
「ジジイはあんた以外にいないでしょ! イーだ!!」
見物人である三人は思う。レベルが低い、と。そしてレベルが一緒だとも。
想像するよりもハーマンが溶け込むのは早いかもしれない。そう感じながら、ギャンギャンと口汚く罵り合う二人を見つめていた。
しばらく以上の時間が経過するまで続いたそれが終わり、ようやく出発する一行。
想定以上に紹介時間が取られてしまった事に、詩人は小さくため息を吐くのだった。
ちょこちょこ修業回を挟みますが、フォルネウスと戦えるレベルにはまだなっていないと思うのでどうかご了承下さい。
そしてメンバーにエクレアがいて本当によかった。彼女がいないと話が重く沈む一方です。正直、もうニ・三人エクレアが欲しい。