詩人の詩   作:117

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024話

 

 

 

 ブラックの洞窟はグレートアーチから遠い。それはそうだ、海賊の宝が人里近くにある訳がない。

 十日ほどかかるその旅の間に、少しでも強くなるべく鍛え上げる一行。

 エクレアの槍の訓練は、ほとんど自習だ。詩人が槍を教える時間はほんの一分程度。その僅かな時間にエクレアは詩人の技を脳裏に焼き付けて、模倣し、磨き上げる。それに対して詩人は何も言わない。ただエクレアの進歩を見て、槍を見せつけるだけ。基本は教わるものではなく盗むもの。そう言っているようだった。

 対してハーマンがエレンに教える斧は理論的で時間もじっくりと取る。例えば、最初は斧についての背景を教える事から始まった。

「そもそも、斧は武器じゃねぇ」

「え? 斧って武器じゃないの?」

 いきなり根本を否定する事を言いだすハーマンだが、その顔は至って真面目だ。

「ああ、斧は木を斬り倒す為の道具だ、開拓民の必需品だな。だが、開拓にモンスターの襲撃はつき物だ。武器と斧の両方を持つのは効率が悪い。そこで斧を武器として扱えないかと考え出したのが斧技の始まりだ。

 それが発達してから斧は海戦にも使われ始めた。斧は船のマストや操舵輪を攻撃するのにも使えたからな、物資が少ない船では備品に対する攻撃も有効だった訳だ」

「へぇ~」

 自分が漫然と使っていた武器の歴史を知り、感嘆の声をあげるエレン。

 真面目に自分の話を聞くエレンに、ハーマンは気を良くする。

「だが、斧の本質は変わらない。木や、動かない大きな物に高威力を与えるものだ。それが武器にも使われ始めると、方向性が二つに絞られる。

 相手を動けない状態にして一撃を加えるか、威力を捨ててとりあえず当てにいくかだ。例外にトマホークなんて裏技もあるが…そっちはとりあえずいいだろう」

 そうして実演して見せるハーマン。彼は片方の足がなく、義足である。それを感じさせない素早い動きで手頃な木に突進し、斧の刃を食い込ませた。

 直後、斧を引く勢いを利用してグルリと一回転すると、その勢いのままに斧を水平に薙ぎ払い、木を斬り倒す。

「最初の技がハイパーハンマー、そして次が大木断だ。

 ハイパーハンマーは勢いをつけるが狙いが甘くなりやすい。それを補おうとすると斧を持った体当たりに近くなっちまう。威力を犠牲に距離を縮めて当てにいく技だな。

 そして大木断は一撃必殺。隙はやや大きいが、斧の重量と遠心力を乗せた強力な一撃になる」

 理論を説明し、効果を見せる。やり方や長所、短所までも説明する。そしてそれを実際にやらせて、おかしなところを咎めてよいところを褒める。

 ハーマンという男は存外、師として優秀らしい。理屈派であるエレンと噛み合っているといってもいいだろう。

 

 他に鍛錬する時間として、ウンディーネによる術の講義は続いている。既に話をする段階は卒業して術を実際に使い、その流れを矯正するという手順に入ってきていた。術の天才とフルブライトに評される通りに、その指導は非の打ち所がないと詩人が評価するほどだ。

 また、詩人による乱取りの時間も減っていない。エレンとエクレアにとっては一方的にボコボコにされるやや憂鬱な時間だ。それでも目に見えて実力が上がってきているのだから嫌とも言えない。ちなみに、その訓練を見てハーマンはエクレアに対して粗を探すことを完全に諦めた。ここまで動けるのなら文句をつけようもない。フォルネウスに対して十分に戦力になれるだろう。

「ねえ、ジジイも乱取りしないの?」

「儂には儂のスタイルがある。チビには分からんだろうがな」

 そういって煽り合って口喧嘩をするのも、もはやお約束である。もう三人はロクに反応もしなくなっていた。

 メキメキと上がる実力だが、その猶予期間も間もなく終わる。ブラックの洞窟に着いたのだ。

 

 

 

「ここのモンスターは外のモンスターよりか一段強い。気を抜くんじゃねぇぞ」

「いい実戦の場になりそうだな。俺は一歩引いて見ていてやるよ。最悪、フォローはしてやる」

 洞窟に着いて警告をするハーマン。詩人は言葉通りに一歩引いて弓を携える。この十日程の鍛錬を試すのに、外よりも強いモンスターというのは理想的なのだろう。

「じゃあ、しゅっぱ~つ!」

「あ」

 洞窟の中へ一歩踏み出そうとするエクレア。間抜けな声をあげるハーマン。

 その間を縫って、鋭い一矢がエクレアの踏み出そうとした足元へと放たれた。矢は地面に当たり、刺さる事無く突き抜けていく。落とし穴だ。矢が抜けた穴からは金属製のナニカが鈍い光を返している。

「エクレア、一回死んだな。これからはハーマンの言う事に従うように」

「……」

「おう、チビ。いきなり歩き出すからビビったぜ。ここはブラックの洞窟だ、罠だらけだから気をつけな」

 無言で頷くエクレア。

 だが。

 宝箱が見える。警戒したエクレアは一歩後ずさると、その位置でスイッチがカチリと鳴る。四方から矢が飛び出し、全力で回避するエクレア。

 これ見よがしに宝石が置かれている。思わず立ち止まったエクレア。その位置でガコンという音と共に少しだけ地面が下がり、上から岩盤が落ちてくる。咄嗟に詩人が割り込み、棍棒で粉砕しなければペシャンコにされていただろう。

 何も見えない広間を恐る恐る歩くエクレア。ゆったりとしたその速度に慌てた詩人がエクレアを抱きかかえて、その広間を脱出する。その一見何もない広場は無臭の毒ガスで満たされており、一定の時間留まる者に死を与える罠だった。

「この洞窟作った奴、性格絶対悪い!」

「それ、罠を張る側にしてみたら最高の褒め言葉よ」

 もはや自分から罠に突っ込むレベルで全てに引っかかるエクレアに対して、ハーマンは呼吸困難になるほど笑い転げていた。

 思わず声を荒げたエクレアにウンディーネが冷静にツッこむ。詩人はエクレアのフォローに全力であり、もはや他に気を散らすどころではない。最高に集中力を高めていた。

 エレンの影が薄いのは仕方ないだろう。ここまで派手に罠にかかる馬鹿より目立てという方が無理である。というか、ハーマンと同じ行動をしていれば罠にはかからない。それに気が付いたエレンはむしろ罠を仕掛ける側の思考になったくらいだ。その視点でみるとハーマンの爆笑も理解できるし、詩人が罠を看破する理屈も分かる。妙に真面目な納得をしてしまうエレンだった。

「まあ、罠はここまでだ。これから先はモンスターの巣窟、チビでも頑張れば汚名返上できるんじゃねぇか?」

「ブっ飛ばすわよ、このジジイ!?」

 罠の悉くに引っかかったエクレアは小さなからかいに対してさえも過剰に反応してしまう。

 だがそれもハーマンを機嫌よくする肴にしてしまうと気が付いた瞬間、怒る方が馬鹿に思えてしまった。力を抜いて側にある悪魔像によりかかるエクレア。モンスターの巣窟に入る前のちょっとした息抜きだった。

「あ」

 その行動に、洞窟に入った時と同じ間抜けな声をあげるハーマン。

 ガシャンと音が鳴って、悪魔像に石化回復薬が降りかかった。たちまち色と体温を取り戻す、石になっていた悪魔。至近には無防備な少女がいて、血に飢えた悪魔が襲い掛からない道理が無い。悪魔は嬉々として爪を振りかぶり、そのあまりの展開に詩人さえも反応できずにいた。

「きゃあああああぁぁぁぁぁーーーーー!」

 悲鳴と共に繰り出される見事なカウンター。岩をも砕く拳が悪魔の腹に突き刺さる。たまらず、くの字に折れ曲がる悪魔。

 だが動転したエクレアはそこで終わらない。流れるような回し蹴りで悪魔の顔を蹴り飛ばし、踵落としでその頭を地面にめり込ませた。首から下が硬い地面に埋まり、ピクピクと痙攣する悪魔。その首から下の、地面上に残った体に向かって錯乱したように蹴りをみまうエクレア。実際、混乱していた。

 想像したのとはちょっと違う惨状に、少しの間言葉を失う一行。

「あ~。すまん、あまりに下らない罠だったから忘れてた」

「咄嗟に反応できるとは…修行の成果が出ているようで何よりだ」

「詩人。その感想もちょっとズレてる」

 一応エレンがツッコミを入れて一段落、それからエクレアが落ち着くまで悪魔に蹴りを入れさせてもう一段落。ようやく真面目にモンスターの巣窟に足を踏み入れる一行だった。

 

 汚名返上。名誉挽回。そんな言葉はさておいて、今までの鬱憤を晴らさんとばかりに八面六臂に暴れ回るエクレアに、他の面々は出す手が無い。

「修行の成果が出ているようで何よりだ」

「ええ…っと。ごめんさい、返答に困るわ」

 ボケか天然か。そうこぼす詩人にどう返事をしたらいいのか困るウンディーネ。ちなみにエレンは完全に無視を決め込んでいた。相手をするだけ損だと気がついたらしい。

 その中で真面目は表情をするのはハーマン。

「そこで止まれ、チビ」

「何よ!!」

「止まれと言った。その先にはこの洞窟の主がいる、流石に一人で突撃させる訳にはいかん」

「仕事はするんだな、ハーマン。俺が止める手間が省けた」

 詩人の補足でようやく洞窟の最深部に限りなく近づいた事に気が付く女性陣。色々とアレ過ぎて実感はなかったが、ここはブラックの洞窟の、云わば警戒地域。危険で当たり前なのである。

 その主となれば危険度は如何ほどか。具体的に口にしたのは詩人だった。

「これは――ドラゴンか」

「そうだ、この先には洞窟の主であるブルードラゴンがいる。ブラックは一週間に丸一日眠るドラゴンを掻い潜り、その奥に天然の宝物庫を作った。

 さて、どうする? このまま一週間、ここで待つという手もあるが」

「冗談。ドラゴン如きに怯んで四魔貴族を相手取れるか」

 たるんだ空気はここで終わりと、詩人は声色で命令する。

「エレン、エクレア。始末しろ。ウンディーネ、お前はどうする?」

「参加しましょうか。ドラゴンの部位は良い魔術の素材になるわ。武器や防具にもいいのではなくて? 貴方は何もしないの、詩人?」

「負けた時の後始末はしてやる」

「何もしないじゃない」

 笑うウンディーネ。笑う詩人。

 反するように気を引き締めるエレンとエクレア。エレンは戦斧を握りしめ、エクレアはバスタードソードを両手で携える。

 それに嬉しそうに笑うハーマン。確かにここでひるむようでは、フォルネウスを相手にするには不足に過ぎる。最強種であるドラゴン程度など容易く蹴散らすくらいでないと、彼が困るのだ。

「行くぞ」

 そう言って真っ先に次の部屋に入り込むハーマン。戦いが始まった。

 

 どうやらブルードラゴンも部屋の外にいた敵を感知していたらしい。真っ先に飛びこんだエクレアの奇襲とはならなかった。十分に警戒された上で迎えられる。もちろんそれに戸惑うエクレアではないが。

 いっさいためらう事なく疾走するエクレアに、ブルードラゴンは攻撃の拍子を外されてしまう。小さく速いエクレアは、巨大な竜種にとっては攻撃が当てにくいのだ。冷静に動きを見計らって迎撃するにはエクレアが早すぎて後手に回ってしまう。一撃を受ける覚悟を決めて、反撃で小さな人間を叩き潰そうと決めるブルードラゴンだが、それは余りにエクレアを甘く見過ぎていた。

 最高速のまま、巨大なブルードラゴンの腹を目掛けて走り抜けるエクレア。大剣には速度を保ったまま接敵して、その重さと合わせて薙ぎ払う技、払い抜けが存在する。それは力ももちろんだが速さにも大きく影響し、小柄なエクレアにとっては大剣で大威力を出せる貴重な技だ。

 炸裂。

 硬いドラゴンの鱗を引き裂いて、その内側にまで損傷を与える一撃は、ブルードラゴンをして予想外だった。確かに一撃はくらう予定だったが、それは小柄な人間の攻撃であって、まるで巨人がするような威力の攻撃ではない。

 たまらず悶絶するブルードラゴンは、最初よりも大きな隙をさらす嵌めになる。その隙をついたのはエレン。エクレアの直後に部屋に入ったエレンは、ブルードラゴンの意識が突進するエクレアに向いている事に気づき、それ以上前に進むことをやめた。エクレアは大丈夫だと確信し、敵に気づかれないまま近づく事にしたのだ。

 ブルードラゴンは地面を走るエクレアに注視しているならば、上は意識の外になる。ただでさえ巨体で上を取られたことは少ないだろう事に加えて、ここは洞窟。天井が存在し、ブルードラゴンの高さはそれをほぼ埋めるほどだ、恐らく上空に対しての警戒心はない。

 だが、天井というブルードラゴンよりも高い位置は存在する。エレンは高く天井まで飛び上がると、クルリと体を反転させて天井を地面のように踏みしめる。そして天井を蹴ってブルードラゴンに突撃をかますエレン。竜種のその頭に最短で辿り着いたエレンは、錬気拳の弾き飛ばすような力を使い、拳を叩き込む。

 死角から一撃をくらったブルードラゴンは更に混乱した。何せ腹に想像以上の激痛が走ったと思ったら、今度は頭に想定外の一撃だ。グワンと脳が揺れると同時に、不可思議な力で頭の重さが一気に増し、たまらず倒れ込むように地面に伏してしまう。

 大きな振動をたてて倒れ込んだブルードラゴンだが、まだ体力は十分にある。起き上がり、自分に与えられた痛みと屈辱を倍にして返してやろうと思い立つが、体が動かない。かじかんで動けないのだ。

 その原因は術師ウンディーネ。彼女は呼吸するように自然に玄武術の基本であるスコールを使える。だが、単なるスコールでは効果が薄いと判断した彼女が選んだ術は月属性であるソウルフリーズ。夜闇の冷たさを体現するその術を発動すると同時に慣れたスコールをも発動させ、単独にて合成術を使うという天才に恥じぬ熟練さを見せた。降り出した雨は瞬く間に凍りつき、拡散するように周囲に広がる。その冷気は一瞬にして温度を奪い、相手を行動不能に陥らせる。その温度の低さに空気中の水分まで凍り付き、周囲を輝きで満たさせる。ダイヤモンドダスト、そうウンディーネが呼んでいる術である。実際、北国では似たような現象が起きるらしい。

 エクレアが先手を取り、エレンがその地面に叩き伏せ、ウンディーネが動きを止める。それを待っていたかのように準備をしていたのがハーマン。彼は蒼龍術を使い、持っていた斧に幾重にも風を纏わせていた。斧が歪んで見える程に圧縮された空気を纏った斧を担ぎ、ブルードラゴンに走りよるハーマンの狙いは首。一撃で命を絶てる、生物共通の急所の一つ。もちろん、ドラゴンの首を断てるほどの威力をこめた攻撃など、普通の状態ならば喰らう訳がない。鈍いモンスターに攻撃したとして、避けられておしまいだ。だが、今のブルードラゴンは普通の状態ではない。どんな攻撃だろうと受けざるを得ない状態に陥ってしまっている。

「風刃斬っ!」

 ハーマン渾身の一撃は吸い込まれるようにブルードラゴンの首に突き刺さり、斧と同時に纏った真空の刃が頑強な首を削りとり、抉り切る。斧は動かないものに高威力を与える武器だと自身が言った事を証明するような威力で、乱雑な切り口でその首を落としきる。

「流石だな」

 詩人の言葉はハーマンを褒めると同時に、その技を成立させた全員も含めての言葉だった。ふたを開けてみれば、ブルードラゴンはたった一度の攻撃をすることなく死んだのだから。

 

 

「わぁ!」

 ブルードラゴンを仕留めた一行は、更に奥へ足を進めた。そこが海賊ブラックの宝物庫だとは分かっていたが、聞くと見るとは大違いである。所狭しとという表現が使われる程ではないが、それが視界に大地の色や形を残して海賊っぽさがあり、エクレアは目を爛々と輝かせている。

 そして別の意味で目を輝かせるウンディーネ。流石は名高い海賊ブラックの宝物庫というべきか、稀少な術の素材などがちらほら見られる。中には長年追い求めていた、伝説に近い物まであった。一人の術師として目を輝かせるなという方が無理だろう。

「ここに罠はねぇ、好きな物を持って帰りな。ブラックはもういないんだ、文句を言う奴もいねぇだろ。

 いるとしたら儂くらいなもんだが、もう不要な物だ。好きにしてくれ」

「そう。じゃあ遠慮なく」

 ちらちらとハーマンの様子をうかがうウンディーネに、苦笑しながらの言葉。それを聞くなり、普段のクールさを忘れたウンディーネは、足早に宝に寄る。お子様であるエクレアよりも行動が早い。

 それでも、ブラックの宝で特に貴重な物ばかり集めるウンディーネに、ハーマンは感心したような表情をした。一見して価値があるように見えない物も回収している辺り、見る目はあるらしい。エクレアなどは海賊旗やキャプテンハットを手にしてはしゃいでいる。ロマンはあるだろうが、価値はない。こっちはウンディーネとは逆にそんな物ばかりだ。

 エレンは手早く、分かりやすく価値のありそうな宝石や金貨などに絞って集めている。宝の量に驚きはしたようだが、欲に曇った目はしていない。宝探しの成功報酬以上の興味はないようだった。

 そして意外にもというか、詩人は動き出さない。動かずにハーマンに問いをかける。

「で、ぱっと見たところ、オリハルコーン製のイルカ像はないようだが。どこにある?」

「ああ、あれはここからは見えんな。左側に棚があるだろう。そこに飾られてあったはずだ」

 目的が最優先、詩人にとってはオリハルコーン製のイルカ像以外は二の次らしい。ハーマンの言葉を聞いた詩人は左の棚に向かうと、そこは美術品関連の棚らしく、様々な種類の像が並べられていた。

 さらっと見渡して一つのイルカ像を見つける詩人。間違いなくオリハルコーン製のイルカ像だと手を伸ばしたところでハーマンから声がかかった。

「よくそれがオリハルコーン製のイルカ像だと分かったな?」

 ハーマンの言葉に、しまったと顔を強張らせる詩人。夢中になって気が付かなかったが、確かにイルカ像は幾つかある。洞窟の中で薄暗い事も重なって、純金の物ならともかく美しく見せる為の合金像などとオリハルコーンの物は一見して分からないように見える。ましてやオリハルコーンは伝説に近い金属であり、普通は見覚えがないはずである。

 ハーマンがもしやと思って仕掛けた罠に、詩人は引っかかってしまった。ウンディーネたちに自分で宝に触らせたのもこの伏線である。詩人だけに宝を選ばせるならともかく、全員がそうだとしたら詩人も同じように動いてしまう。フルブライト家にあると確信していたオリハルコーン製のイルカ像が無く、今度も無いのではないかという不安もあった。それがハーマンの仕掛けた罠に詩人を嵌める事に成功した一因でもある。

 やや近くにいたエレンは思わず聞き耳を立ててしまう。ウンディーネやエクレアは宝に夢中でハーマンと詩人の間の緊張感に気が付いていない。この二人が短慮を起こすとも思いにくいが、何もないとは思えない雰囲気である。この緊迫した空気は、ブラックの宝よりもエレンの興味をひくものだった。

「グレートアーチで話していた時にもおかしいと思っていたが…てめぇ、オリハルコーン製のイルカ像の事を詳しく知っていたな?」

「……」

「西の果てにいるロブスター族の事といい、ブラックの秘密に詳しすぎる。

 かと言って、この宝物庫の事は知らねぇ。チグハグ過ぎる、怪しいぜ」

「……それで? 何を聞きたい?」

「お前は何者だ? まずは名前を言って貰おうか」

「……」

 躊躇う詩人。エレンも詩人のおかしさには気が付いていた。だが、具体的に何がおかしいかと言われるとコレといった思い当たる事はなかったし、本人に直接聞いてもはぐらされてしまう。

 そのおかしさの尻尾を、とうとうハーマンが掴んだ。出会って十日程しか経っていないのにも関わらず、である。その手腕に感嘆半分、詩人の秘密に関心半分で聞き耳を立てる。

「……断る」

「なに?」

「名前は、明かせない」

「てめぇ、フザけてんのか?」

 宝探しに夢中な面々に気を使っているのだろう、ハーマンの声は小さい。しかしこもった怒気はとてつもなく大きい。傍で聞いて震えがくる程だ。そこらの人間だったらちびっているかも知れない、そんな気迫。

 しかし詩人には通用しない。申し訳なさそうな顔をしながら言葉を続ける。

「俺には俺の目的がある。名前を言う事はそれに影響が出かねないし、そもそも騒ぎになる。偽名を使わない事をせめてもの誠意と思ってくれ」

「……」

「それから俺はブラックの秘密に詳しいんじゃない、聖王に詳しいだけだ」

「聖王、だと?」

「ああ。聖王家で書物を読んだのは本当だ。そういった事から情報を拾い集めたりもしているのさ」

「……なるほど。確かにブラックに詳しいというより、聖王に詳しいと言った方がお前の怪しさに近い気はする」

「逆に聞く。そちらの目的はなんだ? フォルネウスと戦う俺たちについてくるお前の目的はなんだ?」

「敵討ちだ」

 その言葉に、詩人の目が僅かに見開かれる。それは聞き逃しにくい言葉だった。

「ブラックの船は嵐で沈んだんじゃねぇ。いや、嵐で沈んだのは事実だが、その嵐を引き起こしたのはフォルネウスだ。

 そして儂に喰らいついて脚を奪っていった。奴は、儂とブラック一味の全てのカタキだ。倒さなければならんのだ」

「フォルネウスへの怨念、か」

 どこか嬉しそうに言った詩人に、ハーマンはきょとんとした顔で返事をする。

「怨念? なんじゃそりゃ?」

「は? お前は仲間を殺され、脚を奪われた。その原因であるフォルネウスを恨んでいるのだろう?」

「いいや、ちっとも」

 カラっとした調子で言うハーマンに嘘は感じられない。唖然とする詩人にハーマンは言葉を続ける。

「儂は海賊だぞ? 海に生き、海に死ぬ。そこに文句はねぇ。が、それはそれとして、負けた事は事実だ。負けっぱなしは性に合わん。

 ブラックに負けをくれやがったフォルネウスには、キチっとノシをつけて負けを返してやる」

 ハーマンがフォルネウスに執着するのはただの勝ち負けの話で、恨み辛みが原因ではない。

 それを理解した時、逆に詩人にとってハーマンは理解不能になった。

「なぜだ? なぜ、お前はそんな事を言える?」

「ん?」

「恨むはずだ、憎むはずだ。自分と、その大事な物を奪われたら、裏切られたら、全て失くしたら。

 何故、お前はそれを感じない?」

「裏切り…? お前さん、誰かに裏切られたのか?」

「っ!」

「あ~。その復讐がお目当てって訳かい? 生きている事を相手に知られたくないから名乗らないってところか。

 窮屈な生き方をしてるな、お前さん。一応聞くが、その相手はブラックかい?」

「? いいや、違うが。そもそも死人に復讐なんて意味が分からない事はしない」

「そうだ、そうだな。訳の分からん事を言った。すまん」

 なんとなく詩人の背景が知れた上で、自分とも関係がない事と分かったハーマンの様子が軽くなる。

「で、どうして怨恨がないかだったか。んなもん、生き方の違い以外にあるめぇよ。

 儂はな、自分の人生をそんなつまらん感情で塗りつぶしたかぁねぇ。生きるなら前向きに、死ぬのなら笑いながらだ。殺されたって、間違っても化けて出やしねぇよ」

「……」

「だが、お前さんはそうじゃない。受けた事実じゃなくて、裏切られた事で湧き出てきた、自分の感情そのものに囚われちまってる。

 そりゃ、許せるものも許せんさ。自分は、自分だけは許せないものだ。お前さんは、自分の恨みを自分で許せないだけだろ。

 それを復讐だのなんだのと、理屈をつけて相手に八つ当たりしてるだけだ。そりゃ窮屈にもなる」

「……復讐が間違いだと、そう言うか?」

「言わん。そもそも何があったかも聞いておらん。正当な復讐か、逆恨みかどうかすら儂には分からん。

 そして興味もない。恨もうが恨むまいが、過去は変わらん。変わらん事に心血を注いでどうする。すっきりするために戦った方が、よほど楽な生き方だろうよ」

「その程度の…すっきりするから程度の理由で。四魔貴族を、フォルネウスを相手にするのか…?」

「儂にとっては重要な理由だ。むしろお前さんこそ、自分の恨み程度で人生を無駄にしている方が哀れだ。短い人生、楽しむべきだろう」

 どうやら言いたい事はお互いに言い終わったらしい。空気が緩む。

 詩人はハーマンを理解しないし、する気もないだろう。復讐を選ばないという選択肢は彼の中に存在しなかった。

 また、ハーマンも詩人を理解するつもりもない。自分を犠牲にして復讐に走るだけなど、湿っぽいにも程がある。何故人生を楽しめないのかが不明だ。

「……そうだ、ブラックの宝物庫で思い出した。できれば欲しい物があるんだが、他に心当たりがない」

「ん? なんだい?」

 重い話を終わらせた詩人。それにのるハーマン。

 詩人が欲しいものを聞いたハーマンは少しだけ考え込む。

「そりゃ確かにブラックくらいしか持ってないだろうな、海賊ジャッカルの肖像画なんぞ。

 しかし、そんな物をどうするつもりだ? 奴はここ十年以上、温海で活動しとらんぞ?」

「海賊ジャッカルは闇で動いているとの情報が入った。しかも俺もターゲットに含まれる。

 やられる前にやりたいが、こちらは満足にジャッカルの顔も知らないんだ。それと、顔以外にも情報があれば知りたい」

「ジャッカルの一味の証は赤サンゴの装飾品、それから本人の腕には決して消えないジャッカルの刺青があったな。姿を変えたとしても腕の刺青だけはどうしようもない。疑わしい奴がいたら腕を見ろ」

 そう言いつつ、書庫へと消えていく二人。

 それを見送ってから、エレンは静かにため息を吐く。

 

 詩人の目的は本当に復讐だった。同じ境遇であるハーマンに対する反応からして間違いないだろう。

 だが、いったい誰に対する復讐なのか。宿命の子を探しているというが、宿命の子の顔も知らない詩人がいったいどんな関係で復讐に利用するつもりなのか。

 そう、利用だろう。復讐の相手が宿命の子でなく、その顔も知らないのならば、利用する以外に考えられない。

(サラにはなるべく会わせない方がいいわね)

 詩人の強さは異常だ。彼が本気で行動した時、エレンに止められるとは思えない。

 ならば詩人の目的を更に調べる必要がある、サラに危険が及ばないと確信できるまで。

 

 

 

 サラが宿命の子だと、絶対にバレる訳にはいかないのだ。

 

 

 




この話でバンガードを動かす準備は完了。次回よりフォルネウス編の終盤に近づきます。

ちょっと忙しくなるので、感想返しとか即日にはいかなくなるかも知れません。更新の週一回以上は守りたいと思います。



2018/1/29 追記
ハーマンの地の術が玄武ではなく蒼龍だと指摘が入りましたので変更しました。
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