詩人の詩   作:117

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前話でハーマンの地の術を修正。玄武術で書いていたのを、原作の通り蒼龍術に直しました。

UA5000を突破しました、お付き合いして頂いている皆様、本当にありがとうございます!


025話 伝説の船バンガード

 

 

 バンガードを説得した。

 優れた玄武術師を確保した。

 オリハルコーン製のイルカ像を入手した。

 これで準備が整ったのかというと、そうではない。バンガードを動かすと言葉にすれば簡単だが、具体的にどこがどう動くのか、大地を切り裂いた時のダメージはどのくらいか、フォルネウスと戦う際に必要な兵力はどのくらいか、さらにそれを維持する物資はどのくらいか。

 ざっと考えただけでもこれだけの問題がある。もちろんそれ以外にも問題が山積みになっているのも事実だ。これらの問題を解決するために、フルブライト・キャプテン・ウンディーネはバンガードに集まり、夜に寝る間を惜しんで会議をしたり、指示を出したりしている。

 先にバンガード市長であるキャプテンが説得できた事もあり、バンガードを動かす中枢を見つけ出して入り込む事はできた。更にウンディーネが優れた術師を多く派遣したこともあり、術増幅器を使わない試運転でだいだいどの位置が海に浮かぶ船になるかの予想もついた。大陸部分はそのまま残り、半島部分がまるまる切り離されて船として機能するらしい。

 そうなると、残された大陸バンガードの護衛軍も必要になる。フルブライトはかなりの兵力を捻出しなくてはならいだろう。頭を抱えたくなる案件だ。今日もまた、その話し合いをする為にフルブライトとキャプテン、ウンディーネと詩人が集められていた。ちなみにエレンとエクレア、ハーマンも詩人に呼ばれてその会議に参加している。

「フォルネウスの居城である海底宮に侵入するのに、軍が必要ないだと?」

「ああ。もちろん、海底宮からバンガードへの攻撃はあるだろう、接舷するから当然だが。それを迎撃する為の兵力は必要だ。

 だが、フォルネウスに向かう人数は最小限の少数精鋭がいい。敵陣に乗り込むんだ、身軽が一番だ」

「しかし、敵の本拠地に乗り込むのじゃろう? フォルネウスに辿りつくまでのモンスター共はどうするつもりじゃ」

「俺が片づける」

 言い切る詩人。

 それを否定できない一同は押し黙る。ハーマンもエレンとエクレアにつけている稽古は見ているし、キャプテンはフォルネウスを撃退した張本人が詩人だと聞いている。ウンディーネも魔王の盾を抜いてボルカノを瞬殺した現場を目撃しているし、フルブライトについては言わずもがな。

 しかしそれでも人間である以上、体力が無限にあるとは言えない。キャプテンは重ねて問い掛ける。

「それでフォルネウスと戦うまで体力は持つのかな?」

「俺はフォルネウスとは戦わないぞ」

「なに?」

「俺は、フォルネウスとは戦わない」

 てっきり詩人がフォルネウスと戦うと思っていたのだろう。キャプテンは詩人の返答に思わず聞き返してしまった。それでも力強く言い続ける詩人に狼狽してしまうキャプテン。

「で、で、で、では。フォ、フォルネウスとは、誰が戦う、のじゃ…?」

「ハーマンは戦うって言ったよな?」

「おう」

「エレンはどうする? 逃げても仕方ない相手だぞ」

「冗談。ここまできて引かないわよ」

「エクレアは? 無理にとは言わないが」

「エレンさんだけに無理はさせられないよ」

 応えるのは、爺と女と少女である。キャプテンの顔が一気に絶望に染まった。それに追撃をかけるのはモウゼスの覇者、ウンディーネ。

「それで、この三人だと勝ち目がどのくらいあると、詩人は思っているのかしら?」

「間違いが起きたら、かな」

 順当にいけば負けるだろう。そう言われても揺るぎはない三人だが、キャプテンはガックリとうなだれてしまう。そしてフルブライトは表情を動かさない。

 続けてウンディーネが重ねて問う。

「そこに、私が含まれたなら?」

「十に一つ」

「……そう」

 ウンディーネはフォルネウスを見ていない。だから詩人の言葉が本当か嘘かは分からない。分からないが、少なくとも言葉以上の確率はない事は事実だろう。そこで嘘をつく意味がない事は、ウンディーネもよく分かっている。

 考え込むウンディーネに、ハーマンが問い掛けた。

「それで、だ。姐ちゃんはフォルネウスと戦うのか? 尻尾を巻いて逃げるのか?」

「……」

「どうなんだ?」

「……保留ね。とりあえず、バンガードを動かす手伝いまでは喜んでさせて貰うわ」

 フォルネウスと戦うかはともかくとして、バンガードを動かすことには価値があると見出したのだろう。自身が直接戦うかは保留しつつ、協力する立場は崩さない。

 空気を変えるように口を挟むフルブライト。

「それで。必要な兵力は、バンガード船の防衛、大陸に残るバンガードの防衛、モウゼスの防衛。これだけでいいはずだが。

 我がフルブライト商会はどの程度協力(・・)をすればいいのかな?」

 その言葉にキャプテンとウンディーネの思考が切り替わる。

 ここで言う協力とは、言わば借りだ。どれだけ相手に権利を譲るか、と言い換えてもいい。既に二人ともフルブライト商会に兵は借りているが、バンガードの旗色はかなり悪い。モウゼスはウンディーネの支配下にフルブライトの兵が収まっている形になっているが、バンガードにおけるフルブライトは対等な協力者だ。これ以上の借りはフルブライトに主権が移りかねない。

「モウゼスは現状維持で結構よ。これ以上、忙しい方の手を煩わせる訳にはいかないわ」

 先に口を開くのはウンディーネ。実際、モウゼスは戦場からは程遠い。ボルカノの乱で疲弊した分と、己自身を含めたバンガードに居る術師以上の損失は見込めないので、借りがいらないのだ。バンガードを動かす術師はモウゼスからでないと捻出できないとなれば、価値は既に十分である。

 対して返答に困るのはキャプテンである。フォルネウスの攻撃でバンガードは瀕死に近いダメージを負ってしまった。既にフルブライト商会の手を借りて生き長らえている現状の上に、バンガードの陸海両方を守らなければならない。更にフォルネウスを倒す兵は出せないだろう。

 そこに気が付いたキャプテンは詩人の意見を採用するしかない事に気がつく。フルブライト商会はともかく、モウゼスやバンガードには攻撃を繰り出す体力がもはや存在しないのだ。ここでフルブライト商会にフォルネウスを倒す兵を出させるように進言すれば、もはやフォルネウスを倒したのは共同戦線ではなく、フルブライト商会になってしまう。モウゼスは後乗りでウンディーネ自身が参加すればいいだけの話。結局、バンガードだけが波に乗れないという状況になってしまうのだ。

 かといって防衛にフルブライトの兵を借りるのはもっとマズい。自身の兵が町を守らなければ、その瞬間フルブライト商会はバンガードの主権者に向かって牙を剥くだろう。フォルネウスを倒した後に迎え入れるのは、バンガードの主に変わったフルブライト商会だ。

 結局、キャプテンは言われた通りにするしかない。現状維持よりも良い案が浮かばないのだ。

「…バンガードもそのままでいい。海と陸で防衛力は分かれるが、割合はそのままで結構じゃ」

「承知した、フルブライト商会は無理は言わないとも。協力者の意見は最大限尊重しよう」

 爽やかな笑顔で答えるフルブライト。それに詩人は心の中で嘆息しながら思う。

(まーた腹黒い事を考えてやがる)

 その言葉が欲しかったとばかりの爽やかな笑顔を、詩人は何度見た事か。この男が交渉の場で爽やかな笑顔を繰り出す時は、何かを企んでいる事は確実なのだ。

 詩人は自分に実害が及ばないだろうから、その爽やかな笑顔を無視をする。例えフルブライトがバンガードやモウゼスを嵌めたとして、影響は何もないから問題ない。後でフルブライトが刺されるような事態になったとしても、それを助ければ貸し一つだ。むしろ美味しい話である。

 こんな事を考えている詩人もそれなり以上に黒いと、本人だけが気が付いていない。

 

 

 会議が終わり、個々人で動く時間もある。極一部を除いた誰しもが、他に知られたくない事をする時間というのは必要になる。フルブライトやウンディーネ、キャプテンといった政治家の側面を持つ人間にとって、その時間を守る事はとても重要だ。そして荒らす事も重要だ。

 情報が漏れないよう、厳重な警戒をしたバンガードにあるフルブライト商会所有の建物。そこでフルブライト23世と詩人が向かい合っていた。

「で、今度は何を企んでいる?」

「企むとは人聞きの悪い事を言うな」

「誰も聞いてない場所で人聞き悪い事を言って何が悪い」

 くくっと笑うフルブライトに詩人がため息を吐く。

「今回に限っては彼らを嵌めようとはしていないよ」

「彼らを、か。じゃあ、誰を嵌めようとしている?」

「おいおい、私が嵌めたような事を言うのはやめてくれたまえ。相手が墓穴を掘っただけさ」

「はぁ…。何でもいいが、俺には関係ないんだな?」

「おそらくな。問題が起きたのはツヴァイクで、王家が醜聞を晒してくれた。それをトーマス君が真っ先に拾ってくれたのさ。

 ロアーヌと一緒に責め立てる準備が進んでいる。君がユーステルムで一緒に仕事をしたウォード君にも動いて貰う予定さ。ある程度北にも人員が必要でね、向こうからこれ以上の人員が必要ないと言ってくれたのは助かった」

 フルブライト商会の人員も無限ではない。更にフルブライト23世が自在に動かせる兵力にも限りがある。

 まず動かせない兵力としてあげられるのが、町や商隊を守るための兵力だ。これらは減らしてしまうと即座に命や金が減ってしまうので、普通では減らせない。そしてグループとしての兵力もあるが、こちらも動かすのは大変だ。例えばラザイエフ家に協力を求めれば場合によっては兵を貸して貰えるが、時間もかかるし何より借りができる。

 そうしたものを削ぎ落としたものがフルブライト商会の実働兵力となるが、これが案外低い。数字にして2500程である。だがこれもいざという時の為に用意されている換えの効かない虎の子の兵力であり、そして金喰い虫だ。いざという時には働いてもらないと困るけれども、いざという時がなければバカ高い維持費のみが取られる。そして増やそうとしてもなかなか増えないため、高い維持費を払わなくてはいけないという、経営者としては頭痛と儲けの種である。

 今回は、最初にその虎の子の兵力全てを出して、バンガードとモウゼスを取り急ぎ守った。そして各所に根回しをして、町の兵のシフトを組みなおしたり稼ぎの少ない商隊の兵力を集め、1500名もの人員を捻出した。これでもフルブライトとしては虎の子の兵力1000を出している計算になる。確かに北に何か起きたとしたら、これ以上はここに人員は割けないだろう。

「代わりにここでこれ以上の影響力を増やす事は難しいぞ?」

「何を言う。バンガードの実権を必要以上に奪わないでくれと言ったのは君だろう? モウゼスにしてもウンディーネ君に恩が売れ、術も教えて貰えるなら十分以上だ。しっかり稼がせてもらった。この上でフォルネウスを倒せれば笑いが止まらないが」

 顔を真面目にして言うフルブライト。

「勝てるのか?」

「…分は、悪い」

 フルブライトは腹を割れと言う。しかし詩人の顔は苦いままだ。

「さっき言った事は嘘じゃない。エレンとエクレア、ハーマンだけじゃほぼ負ける。ウンディーネが混ざったところで十に一つ勝てるかどうか」

「ふむ。しかし、君の感じだと勝機があるようにも見える」

「ああ。勝機はある」

(西の果てにあるロブスター族、その助力を得られれば半々といったところか)

「が、それを言う訳にはいかないな?」

「なぜ?」

「ちょっと前、墓穴を掘った」

 苦々しく言う詩人にフルブライトが呆れた顔になる。

「お前、またミスしたのか?」

「相手が上手だったんだよ、お前と同じくな」

「はぁ。それで相手は誰だ? フォローは必要か?」

「相手はハーマンだ、言質を取られたに近いな。フォローはいらん。とりあえず納得して貰った」

「……まあ、気をつけろよ。私はお前の名前を知っているからいいが、他の者にとっては不気味過ぎる。探られて、痛い腹が見つかっても知らないぞ。なあ、アバロン11世?」

「……俺の名を気安く呼ぶな」

 殺意を込めた詩人にも飄々と崩さないフルブライト。彼とて場はわきまえている。

「お前が言ったのだろう? 誰も聞いていないところで聞かれて不味い名前を言って何が悪い?

 同じ聖王12将を祖に持つ我々だ。たまには親しく名前を言ってもいいだろう?」

「知るか。いつ、どこであれ、俺の名前を口にするな」

 殺気を止める気がない詩人に、おどけながら話題を変えるフルブライト。

 脇に置いてあった槍に手を伸ばし、掴んで詩人に手渡す。それを気軽に受け取る詩人。それと同時に殺意をしまう。流石に武器をもったまま殺意があるというのは色々とマズい。一応、誰にも聞かれていない前提でフルブライトの発言も許しているのだ。

 ピドナのレオナルド武器工房に保管して貰っている、詩人愛用の槍。ハルバードと呼ばれる斧槍をベースしたそれは、詩人が各所で集めた最高の素材で補強された特級品。

 彼がこれを持ち運ばないのは、単に重いからだ。各所を旅する詩人の持ち物は絞らなけらばならないが、いざという時の為に剣は手放せない。棍棒は普段使う武器であるし、遠距離攻撃の手段として弓も必須だ。そうなると、得意分野とはいえ槍を常に携える意味は薄くなる。そもそも、普通の敵なら体術で何とでもなる男だ。剣を持っている時点で弓以外の必要性は薄い。いや、弓さえも術を使えばどうにでもなる。

 そんな燃費のいい男である。滅多な事では槍を使わない訳で、普段はどこかに預けて必要に応じて取り出す体を取っている。現在の保管場所は先述した通り、世界の中心にあるピドナのレオナルド武器工房だ。

 軽く具合を確かめて、問題が無い事を確認する。これから起きるは大一番、フォルネウスの居城へ突入だ。愛槍を使うのもやぶさかではない。

「まあ、最悪フォルネウスに負けたとしても、エレンとエクレアは連れて帰ってやる」

「ラザイエフ家令嬢はともかく、エレン君を連れて帰ってくるとは?」

「トーマスが傘下にいるんだろう? 確か、妹のサラも居たはずだ。エレンの命も貸しにはなるだろうさ」

 一緒に旅をして、教えている者を貸し一つ扱いである。この男の死生観も大概だろう。

「ったく。お前には大事な者はいないのか?」

「……」

「おい?」

「大事な者がいない奴なんて、存在しない」

 固い声で返す詩人に、肩をすくめて返すフルブライトだった。

 

 詩人がフルブライトと密談を交わす一方で、また別の密談を交わす者達もいる。

 夜の宿に二人、エレンとハーマンだ。

「チビは?」

「もう寝たわよ。あの子、バンガードが動くのが楽しみで仕方ないみたい。はしゃいで昼間はバンガード中を走り回っているわ」

「それで詩人はフルブライトと密談で、ウンディーネは優男とお楽しみ、か。じゃあ手紙を見せろ」

 鋭い目つきをしたハーマンに、エレンは困惑顔で手紙を出す。それは聖王家に出した手紙の返答であり、詩人に内密で調べるように頼んだ物だった。

 それも当然、詩人の秘密を調べる事柄だからだ。フォルネウスを倒せる機会に倒さなかった事実を併記して、詩人を信じる為にも協力して欲しい、詩人から何か情報を引き出せたらそれを教えるとの条件付きで。

「けど、大した事は分からなったらしいわよ」

 ハーマンに手紙を渡しながらエレンは言う。

 手紙には無数にある蔵書を詩人が流し読みした事。書籍も数が多くてどれに目を通したのか分からない事。ただ、宿命の子については念入りに見つかったら連絡が欲しいと言っていた事。それくらいしか書いていない。

 しかしハーマンはそれを読んで顔をしかめる。あり得ない事が書いてあった。いや、あり得る事が書かれていなかった。

「おかしい」

「? なにが?」

「蔵書を流し読みしたってところだ。聖王家が把握しきれない量の本を流し読みしたって事は、内容はほとんど頭に入っていなかったはずだ」

「あ」

「それなのに、オリハルコーン製のイルカ像がフルブライト家にあった事や、その形。バンガードが動くと確信的に言った事。

 重要な事をピンポイントで知り過ぎている」

 ふむと考え込むハーマンに、真剣な顔をするエレン。

「つまり、詩人には他の情報源があるって事?」

「そうだ。聖王家にはその証拠作りの為に寄った可能性が高いな」

「……あいつはレオニード伯爵とも繋がりがあったわ」

「レオニード伯爵? あの吸血鬼か?」

「ええ。その事は積極的に言う事はなかったけど、隠す気もなかったみたい。

 それと、レオニード伯爵は詩人の本名を知っていた。そしてそれを詩人が知られたくない事も」

「なるほど。聖王家よりも吸血鬼伯爵の方が詩人に近そうだな」

「調べる?」

「やめておけ、吸血鬼は所詮モンスターだ。下手に手を出せば火傷じゃすまんぞ」

「じゃあ、どうすればいいの?」

「どうもしなくていい。どうやら詩人は今のところはこちらに害意がないようだ。とりあえず、四魔貴族を倒す手伝いをしてくれるならそれでいい。

 後はカマをかけるなり、ボロを出すなり、向こうから出る情報を集めろ。向こうが近場に居て違和感がない距離感を崩すな。幸い、チビはその辺りをかき乱す。ちょっとくらい不審に思われても問題はないだろう」

「率直に聞くわ。詩人はそこまで警戒しなければいけないの? あたしは命を助けて貰った事もあるし、今も鍛えて貰っているわ。恩人で恩師よ」

 エレンの言葉に目を細めるハーマン。その鋭さに、思わずエレンは怯んだ。

「世の中を舐めるんじゃねぇ。恩人? 恩師? そいつが裏切らない保証がどこにある? 親、兄弟、親友。それらは信じる根拠にはならん。信じていいのは三つだけだ。

 一つ目は自分。自分だけは裏切りを信じちゃいけねぇ。裏切る事も、たまにはある。けれども自分だけは信じ続けなけりゃいけねぇんだ。

 二つ目は自分が信じた者。これは変わるものだ。今日は信じられても、明日は信じられないなんてザラにある話だ。今、この瞬間、信じられるかどうか。それを考え続けろ。

 三つ目は自分が裏切られてもいい者。裏切りを許せる者は信じていい。どれだけ深い傷を負おうが、殺されようが、後悔しない者を選べ。

 詩人はお前自身か? お前が信じた者か? お前が裏切られてもいい者か?」

 ハーマンの言葉に無言で返すエレン。

 確かに詩人とは利害関係の一致で一緒にいるに過ぎない。エレンはゲートを閉じたい、詩人はゲートに近づくかもしれない宿命の子を探したい。

 そう考えると、エレンを鍛えているのだって簡単に死なれては困るからかも知れない。四魔貴族が劣勢に、もしくは人々が優勢にならないと宿命の子が動かないと思っているからなのかも知れない。詩人の心の裡など、エレンには計り知れないのだ。

「じゃあ、なんでハーマンはあたしを鍛えてくれるの? あたしに助言をくれるの?」

「ハッ! それはお前さんがフォルネウスを倒すと言ったからだ。あれだけ強いくせにフォルネウスと戦わない詩人にムカっ腹が立ったってのもあるな。

 ……とにかく、儂を信じろとは言わん。むしろ信じるな、さっき言った三つに当てはまらないならな。

 だが、それと同じように詩人も信じるな。奴は得体が知れん。その上で復讐に取りつかれておる。そういう奴は、最後に全てを裏切るぞ。いつかは自分自身さえも、な」

 ハーマンの言葉は重く響き、エレンは深く頷く。

 強い、自分より。ただそれだけで、相手を信じるのは難しくなる。何かあった時、自分が相手にならないからだ。

 

 

 ふと、エレンは詩人の心に思いを馳せた。

 彼女が知る誰より強い詩人は、どれだけ孤独なのだろう。どれだけ信じられていないのだろう。

 純粋に笑いかけるエクレアに、どれだけ救われているのだろう。こんな薄暗い宿で密談を交わす自分が、酷く汚らわしく思えた。

 願わくば。

 ああ、願わくば。

 彼を、いつか、信じたい。

 

 詩人をいつか信じてみたい。

 

 そうだ。信じるのではない、信じたいのだ。

 あの、強く、優しく、悲しい。そして恩人で恩師を。

 

 

 そう思った時、エレンの顔には笑顔が浮かんだ。

 突然笑ったエレン。その顔を見たハーマンは脈絡なく思ってしまった。

 まるで聖王のように美しい、と。

 

 

 




区切りでいいのでここで。
次回、伝説の船バンガードがとうとう動く!

と、いいなぁ…。
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