詩人の詩   作:117

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26話にいったい何が!? と、最初は喜びよりも困惑が勝った作者でした。
お付き合いいただいている皆様に感謝を。


027話

 

 

 バンガードに帰投した一行は、ロブスター族に教えられた通りのポイントへと向かう。海底宮、フォルネウスが拠点とするアビスへ通ずる門。それが存在する真上までは海上を移動して、海中に潜りその最奥地を目指すのだ。

 海中に潜るには、バンガードに備え付けられた海底宮強襲用の別機を使う。島バンガードが戦艦だとすると、それはいわば潜水艇だ。バンガード海中部に備え付けられたそれは、聖王がかつて海底宮に突入するのに使ったものである。

 その別機の定員は約30名。運航に5名必要であり、討伐班で更に同じくらいの人数がいる。そうなると海底宮に接舷しながらこれを守り切らなければならない人員は20名程度となる。これは相当に厳しい。相手は全兵力を繰り出してくるのにそれを防衛する人数は20名。はっきり正直に言えば、無理な話という奴だ。

 故に定期的に接舷するという案が取られた。まず最初に討伐班を送り出すのに接舷し、その時はできるだけ早く離脱する。そして翌日の正午にまた潜りなおし、その際には1時間のみ接舷して退却。これを繰り返す。接舷する時刻は海底宮を発見する時間によって変わるから、具体的には決められない。

 もちろん、フォルネウス軍の本拠地と言える部分に1時間も接舷し、それをたったの20名程度で捌くのである。かなりの激戦が予想され、ここに各都市最強の手札が揃う事になった。

 モウゼスからはウンディーネの最も信頼厚い術師が5名。熟練の連携を得意とし、また周囲のサポートもこなす万能型の精鋭だ。回復役も兼ねる意味で生命線でもあるだろう。

 フルブライトは自身の護衛を繰り出した。『聖将の矛』という部隊で、フルブライト個人で持つ最高質の兵である。どのくらい強いかといえば、上位の強さは討伐班とほとんど変わらない強さを持つといえば分かりやすいだろうか。エレンやエクレア、ハーマンといったドラゴン討伐を可能としたのと同じレベルである。おおよそ30名いるその部隊のうち、半数はウィルミントンに残っており、町やフルブライトを守っている。そして、残りの全員が別機に乗り込む。

 バンガードから出す人員は1名。ただし、西部最強と名高い剣士でもある。世界中にいる強者にあだ名がつく事は珍しい事ではないが、その中でも格というのは存在する。それは高威力の技や術に例えられる事が多く、例えばハリードがトルネードと呼ばれていた事もその一例である。西部最強の剣士が背負った名前は『サザンクロス』という。彼女が最も得意とする小剣技であり、その流麗な技と素早い動きで敵を幻惑して一刺しで仕留める。そんな剣士だ。

 以上の猛者たちが別機を守る他、海底宮に攻撃を繰り出されたらバンガード船にも反撃が予想される。残りの軍はこの来襲するフォルネウス軍を相手取るのに、日夜の区別なく戦い続けなくてはならない。海底宮に大きく軍を割くと予想されるが、予断は許されない。

 この戦いの終わりは二つしかない。一つは討伐班によるフォルネウスの殲滅だ。そうすれば堂々の凱旋となり、人間側の勝利となる。もう一つは島バンガードにフォルネウスが来襲する事。ゲートを守るべきフォルネウスの襲来は、討伐班を含めた別機に搭乗する人員の全滅を意味する。精鋭全てを失うという人間側の敗北シナリオだ。また、討伐班の撤退など考えられる可能性は他にもあるが、おおよそこの二つがこの戦いの終わりだと予想された。

 

 そこまでの話し合いは既に終わっている。故に、今は海底宮の真上のポイントにつくまで、束の間の休息に各々が寛いでいるところだった。

 

 ハーマンと詩人、そしてエクレアは海際に座り、竿を持って糸を海に垂らしている。釣りだ。

 深く考える事が無くて頭を休ませつつ、最低限の緊張感は持たなければならないということで、特にハーマンは時間が空けば釣りを楽しんでいた。たまにかかる大物を釣り上げた時の爽快感も悪くないというのも理由である。

 珍しく暇を持て余した詩人と、バンガードを走り回る事に飽きたエクレアも今日は並んで釣りに興じている。

 が、経験の差は如何ともし難い。なんだかんだ芸達者な詩人や、もはや釣りはプロの域であるハーマンと違い、初心者であるエクレアは一匹も連れていない。

「…う~」

「そうカリカリするな、チビ。釣りっていうのは釣り上げる事だけを楽しむものじゃねぇ。潮風を感じて波の音を聞く。それだけでもずいぶん緊張はほぐれるもんだ」

「それに、そういった感覚は地の術の鍛錬にもなるしな。とにかく、釣れる事を目的にするんじゃなくてだな。決戦前の貴重な自由時間に、心を落ち着ける事を目的にしても悪くないぞ」

 そう言いつつ、ハーマンと詩人はまた魚を釣り上げた。中々大きいサイズであり、機嫌が上昇する二人。それに比例して機嫌が低下するエクレア。

(釣れる方が楽しいに決まってるじゃん!)

 ブスっとするエクレアだが、その眼前の海から唐突に飛沫があがり、大きなナニカが海から飛び出してくる。

 すわ魔物かと即座に臨戦態勢を整える三人であったが、それは杞憂であった。姿を現したのはボストン。ロブスター族であるボストンはモンスターが跋扈する海を泳いで楽しんでいるらしい。しかもお土産付きで。

「おお、それは釣りというものだな! 手にハサミしか持たない我々では難しい娯楽と聞く。良きかな良きかな!」

「……」

「……」

「……」

「ん? どうしたのかな?」

「あ~、ボストン。君が抱えている魚は、一体何かな?」

「これか? マグロという魚だ。海で泳いでいたら見つけてね。つい捕まえてしまった。これで今日は精がつくものが食べられるな!」

 ハッハッハと快活に笑うボストン。その彼が持つマグロは人一人くらいの大きさを持つサイズである。ハーマンや詩人が釣り上げた魚とは比べ物にならない。

 ボストンは気負う事なくマグロを担ぎ上げると、そのまま調理場へ向かって歩いていく。恐らく、今日の夕食は豪勢になるだろう。

 残された面々で、特に険悪になる男が一人。

「…ハーマン、落ち着け?」

「うるさい、釣るぞ!」

 意地になる男。もといガキ。成人した男で、爺のはずなのだが。

 それを醒めた目で見るエクレア。

「ジジィの心、狭いなぁ…」

「チビ、男には引けない事があるんだ」

「それ、絶対今じゃないと思う…」

「マイペース、マイペースな。釣りは楽しめ、な?」

 なんとかなだめようとする詩人だが、ハーマンには通じない。

 結局、釣り遊びに満足した詩人と付き合いきれないエクレアが席を外しても、ハーマンは動かなかった。日が暮れるまで釣りを続けた。

 普通サイズの魚は大量で、これはこれで喜ばれたとだけは言っておこう。

 

 夜になれば酒場が賑わう時間である。

 フォルネウスとの決戦が近づき、緊張感が日に日に高まるからこそ酒場はより一層の賑わいを見せる。

 そんな中、珍しく詩を歌う詩人。酒場の中央のお立ち台に立って、酒場中に聞こえるように、酒場から飛び出すように。その詩は響いていた。

 

 

 お前は何故剣を取る お前は何故剣を振るう?

 幼きお前の手には愛があり 昔のお前は愛を振りまいた

 今やお前の手は血にまみれ 怨嗟の声を振りまいている

 

 だが、だが それゆえお前は笑顔を守っている 幼き子供の笑顔をつくっている

 

 お前は何故剣を取る お前は何故剣を振るう?

 守るべき者を思い出せ 助ける家族を思い出せ

 幼きその子は笑いかけ 愛しきその子は愛を撒く

 

 剣を持てば忘るること 決してそれを失うな

 

 お前が願うは悲劇でない 悲しみでなく 憎悪でない

 守るは笑顔 願うは幸せ 得るは栄光

 人々に喜びを与えることに勝るものなし 忘れる事なく戦い続けよ――!!

 

 

 歌い終わった詩人を歓声が包んだ。酔っ払いたちは勇ましく優しい詩を歌った詩人へのおひねりとして、壁に下げられた布袋に銅貨を入れる。酒を飲むばかりでは味気ない、やはりこういった娯楽は適度なスパイスとなって人々の心を楽しませるものだ。

 気前よくおひねりを入れた酔っ払いたちは、更なる酔いを体験するべく酒を口に運んでいく。もう他人を気にする者はいない、メシを喰らい酒に呑まれる者ばかりだ。

 だからそれに気が付いたのは、お立ち台で詩を歌って酒を飲まなかった詩人だけだった。まあ、彼なら酒を飲んでいたとして気が付いたかも知れないが。

 それはともかくとして、一仕事終えた詩人は布袋と共におひねりを回収すると酒場を出る。少し前に酒場を出ていった後ろ姿を追いかけるために。そしてそれはすぐに見つかった。酒場を出たばかりのところで小さくうずくまっている人影。その人影の名前を優しく呼びかける詩人。

「エレン」

「し、じん…?」

「どうした? 酔ったのか? お前らしくもない」

 そんな訳ない事は、真っ青な顔で体を震わせている彼女を見ればすぐ分かる。そもそも彼女はザルというかワクであり、詩人はエレンは酔い潰れたところを見た事が無い。それがまだ宵の口であるこの時間で潰れる訳がない。

 体を細かく震わせるエレンと同じ感情の発露を、詩人は幾度となく見た。それ故の軽口だ。それは恐怖、死という終わりに対して当然の感情だった。

「詩人は…怖くないの?」

「……」

「いくら強くても、死ぬ時は死ぬわ。それが、怖くないの…?」

「……」

「あたしは、怖い。

 ……思い出しちゃった、フォルネウスと戦った事。負けた事。死にかけた事っ!」

 今までは勇気と意志力で塗りつぶしてきたそれ。だがしかし、決戦の前に空白の時間ができた事で、脳裏によぎってしまった敗戦の記憶。

 あの時、詩人が間に合わなければ死んでいた。そうでなくてもフォルネウスは巨大であり、多くの攻撃が即死級の威力を持っているのだ。エクレアと二人で挑んだ時だって、何かの間違いで死んでいた可能性も、今にして思えば高い。

 それにもう一度挑まなければならない恐怖。もちろん鍛錬は積んできた。反吐を吐きつつ血を流し、敵を屠って己を高める。更に高い威力の攻撃を逸らし減じる訓練は積んできた。だが、自分をかつて殺しかけたあの四魔貴族にそれが通用するかは分からない。自分の攻撃が通じるか分からない。勝てるかどうか、分からない。

「……それを、もう少しでも分かっていれば。何かが違っていたのかもな」

「え?」

「死ぬのは怖くなかったな、昔からずっと。

 もちろん死ぬのは嫌だから、対策はとった。だが、それだって絶対じゃない。エレンが言う通り、死ぬ時は死ぬものだ。

 ……だが、俺は、たったの一度も死ぬ事が怖いと思った事はない」

「っ! どうしてっ! どうして死ぬ事が怖くないのよっ!!」

 激高し、怒鳴りつけてしまったエレン。その揺れる瞳を視線で射抜き、詩人ははっきりと告げた。

「死ぬよりも怖い事があったからだ。

 俺が逃げれば、多くの人が傷つく。苦しむ。そして、死ぬ。その方がずっと怖かった」

「!」

 そうだ。エレンが逃げたとしたら、そのツケは誰が払うのか。

 思い出すのはサラ、そしてエクレア。自分を頼ってくれる、可愛い子たち。

「……裏切られ、全てを失ってからも同じだ。

 憎悪、悲哀、憤怒。奴等を必ず皆殺しにする。その為なら命をかけたって惜しくはない。いや、命と誇りにかけて皆殺しにしてやる。そう思えたら、死ぬ恐怖なんて感じなくなっていたよ」

 昏く激しい言葉を口にしながら、詩人は優しく微笑んでいた。その顔をエレンに向けて、言う。

「エレン。怖いなら、逃げろ。その選択肢は間違っていない。きっと、死ぬ恐怖からは逃げきれない。だから逃げていい。人である限り、それは赦される事なんだ。

 死に追いつかれるまで、逃げ続けていい」

「……」

「宿命の子が動く気配は未だない。最後には四魔貴族に世界は支配されるかも知れない。その責任は、少なくとも今のエレンにはない。

 逃げるお前を責める資格がある奴なんていない。だから、今、ここで決めろ。逃げるのか、戦うのか。

 どんな理由や事情があろうと、自分の運命の決断だけは、自分でしなくてはいけないんだ」

 優しい笑みで厳しい言葉を言う詩人。この男は決して甘くはない。だからこそ、自分自身の手でゲートを閉じると言い切ったエレンを認めて、鍛えた。

 しかしそれでも、強くなってから見えるものはある。それに怯えて折れてしまうことも、ある。それが悪いとは思わない。故に聞いた、ここが最後のチャンスだと。逃げるなら今しかないと。逃げれば信用や期待、そして人々の暮らしといったものは失われるだろう。だが、自分の命だけは助かるのだ。それを選ぶことは恥ではない。詩人はそう言っていた。

 そして、エレンの答えは決まっていた。力強く、その言葉を言う。

「戦う」

 もしかしたら、この時が初めてかも知れない。エレンが心の底から戦う覚悟を決めたのは。

 今までは戦わなければならなかった、最愛の妹であるサラの為に。逃げる選択肢を考えもしなかったのだ。

 死の恐怖に怯え、全てを投げ出したくなる心。それを自覚して初めてエレンの前に逃げるという道が拓けた。自分の命の重さを感じ取ったといっていい。死ぬかもしれない、ではない。死ぬだろうことに挑む、その無謀さがようやく理解できたのだ。

 それを呑み込んだ上で戦う覚悟。それは高みに昇るためには絶対に必要な事。エレンに欠けていた最も大きなものが、たった今埋まった。

「勝てよ」

「ええ!」

 エレンの瞳には、恐怖と共に決意が宿った。

 それでいい。恐怖を含まない、恐怖を見た事がない、恐怖に打ち勝った事がない。そんな決意は脆いか狂信かだ。長くは持たない。

 酒場から喧騒が聞こえる。彼らは死ぬ事を覚悟して笑っているのだろうか? それとも死ぬ事から目を逸らして笑っているのだろうか?

 きっと後者だと、エレンは思えた。さっきまでの自分と同じだ。死ぬ事なんて想像もしていないのだろう。戦場に行くのに、戦いに行くのに、殺しに行くのに。殺されるという可能性を直視する事は、きっと怖くてできないのだ。

「詩人」

「ん?」

「……ありがと」

「……どういたしまして」

 懐から酒瓶を二つ取り出した詩人は、片方をエレンに渡す。

 それをカチンと合わせて、一気に呷る。夜空を肴に酒を飲む二人。その顔は清らかさが混じった、清々しいものだった。

 

 

 ところ変わって、場所は宿。

 大人の飲み会など興味がないエクレアは早々に自分の部屋に帰っていた。毎日毎日よく飽きないなと、むしろ感心するくらいである。ちなみにそう思っているエクレアはこの時間、飽きもせず甘いお菓子を食べて紅茶をすすっている。

 そして今日はそんなエクレアのもとに客が訪れていた。未だに自分の立ち位置を定めていないウンディーネである。

「ウンディーネさんは酒場に行かないの?」

「品が無さすぎよ、あんなところ。もっと上品なバーがあったら行きますけどね」

 辟易としてウンディーネが言う。どうやら彼女はああいった雰囲気が嫌いなようだ。

 そもそもとしてウンディーネはそこまで酒飲みではない。夜の時間は術の研究か、それともお楽しみかに使う。こうしてエクレアのところに顔を出す事は珍しい。

「で。私に何か用があったりする?」

「まあね。私もそろそろ決めなくちゃいけないから」

 そんな珍しい事があるなら、その理由があると考えるのは当然の事だろう。エクレアがまむまむとシュークリームを齧る傍らで、ウンディーネは持参した酒を開けてグラスに注ぐ。それは高級品どころではない特級品であり、グラスも意匠がこらされていた。ウンディーネ風に言うならば品がある酒の飲み方なのだろう。

 エクレアもウンディーネが酔っぱらって絡んだり、騒いで気分を害したりするタイプでない事を知っているため、酒を飲む事自体は気にしていない。だが、別のところが気になってエクレアは素直に聞いた。

「どーでもいいけど。お酒を飲みながら、私に何か聞いて決める訳?」

「お酒を飲まなきゃやってられない事もあるのよ、大人には。勢いをつけるのも大事。行くも、戻るも」

 そう言いながら、グラスに口付けて傾けるウンディーネ。優雅にするのはこの女性にとっての癖のようなものらしい。

 軽く口を湿らせる程度に口に含み、飲み下ろしたウンディーネはしっかりとした瞳でエクレアを見据える。

「率直に聞くわ。貴女から見たフォルネウスはどう? 勝ち目は本当にあると思う?」

「バケモノだね。勝ち目は分かんない」

 真剣な言葉に軽く返すエクレア。その言葉は止まらない。

「デカい体、威力ある攻撃、タフな体力。ドラゴンとはケタが違うよ、フォルネウス。でも勝てないとは言わないよ」

「その根拠は?」

「だって、まだ負けてない」

 その意味を、ウンディーネには理解できない。

「貴女、バンガードでフォルネウスに負けたって聞いたけど」

「やられたよ。エレンさんと一緒に、それはもうコテンパンにされちゃった。ちょっと泣いたし、戦うのが怖くないって言ったら嘘になるかなぁ。

 けど、私はまだ生きていて、エレンさんと一緒に強くなった。それに今度はウンディーネさんも、ボストンもいる。ついでにジジイもだけど」

「私はまだ戦うと決めた訳じゃないわ」

「スッキリしないね、おばさん」

「あ゛!? 今なんつった、小娘」

「なんでもありませーん」

 禁句を口にしたエクレアに、ドスの効いた声と共に睨みつけるウンディーネ。それを気にしないでさらりと流す子供。

 そんなお子様をもう一度強く睨んだウンディーネは、もう一度グラスを傾けて酒を味わい、心を落ち着かせる。

「……決められないのよ。とてつもなく強いとしか分からない敵に挑めるほど、私は勇敢じゃない」

「そうかなぁ?」

「そうよ。ボルカノと戦った時だって、最後は逃げるつもりだったわ」

「ん~。ウンディーネさん、実は分かってないの?」

「何をよ」

「やらない事はやらないって、ハッキリ言う人じゃん」

「それが?」

「やりたい理由がない事を、なんでまだハッキリとやらないって言ってないの?」

「?」

「決まってるならとっとと言う人でしょ、フォルネウスとは戦わないって。勝てる理由が見つからなくて戦う理由もないんだったら、もうずっと前に戦わないって言ってる人じゃん。

 そう言わない時点で、私としてはもうウンディーネさんと一緒に戦うつもりだったよ」

 エクレアの言葉にポカンと口を開けてしまうウンディーネ。

 そうだ、ウンディーネとはそういう人間だったはずなのだ。決めるは早く、冷静に。それが今回に限ってはどうだろう。

 やらない理由を探し、勝ち目だのなんだのと口にして、決めない。決まらない。

「嫌な理由があっても決めない時点で、ウンディーネさんはきっと戦いたいんじゃないの?」

「そう、かもね。けど、それだけじゃ戦うって決められないわ。戦いたいけど、戦わない。そういった決断もあるのよ」

「じゃ、戦う理由があればいいじゃん」

 そう言ったエクレアはニッコリと笑って拳を握り、小指だけを立たせる。それは指切りげんまんをする時にする手の形。

「約束。ウンディーネさんは、私とエレンさん、ボストンとジジイと一緒にフォルネウスを倒すの」

「……倒す?」

「そう。戦うなんて約束はしない。倒すって、そう約束しようよ。一緒に四魔貴族を倒せたら、きっと最高の気分だよ。私はその気分を味わいたいな」

 にこにこと無邪気に言うエクレアに、ふっと息を吐きながら笑うウンディーネ。

 そしてエクレアと同じように小指を立てて、絡ませた。

「ゆ~びき~りげ~んま~ん、嘘ついたら針千本の~ます」

「指切った!」

 朗らかにそう言い切るウンディーネ。悩みを吹っ切ったその顔は、エクレアのように幼い笑顔だった。

「約束しちゃった。これでもうどうしようもないね、ウンディーネさん」

「ええ、そうね。約束しちゃったものね。戦うしかないわ」

 グイっと一気に酒を呷るウンディーネ。

 それは品がないと彼女が思っていて、そしてたまには悪くない。そう思える酒の飲み方だった。

 

 ほんの少し、日にちが経つ。

 

 一行のする事は変わらない。術を学び、技を磨き、乱取りをして、己を高める。

 エレンは体術を得意とするボストンとも戦った。稽古ではなく、ウンディーネと詩人に控えてもらって、致命傷を与えたらすぐに癒してもらう事を前提にした戦い。やり過ぎだと判断されたら詩人に止めてもらう、そんな本気の戦いもした。

 エクレアは罵り合いしながらもハーマンから蒼龍術を習った。よく子供染みたケンカをする二人だが、その分相性は良かったようでエクレアは格段に進歩した。ハーマンの教える才能が高い事も理由の一つだろう。

 ウンディーネは時間を見つけて部屋にこもるようになった。ボルカノから吸収した術具に関する知識を使い、未知の分野で思う存分その才覚を表している。幾つかの新たな術具も開発し、戦いに備えている。

 ハーマンは瞑想する時間が多くなった。ピリピリとした殺気を撒き散らし、集中し、精神を高める。雪辱を晴らす、その為に全力を出すつもりだ。

 ボストンだけは変わらない。バンガードを練り歩き、たまには海に飛び込んで飽きるまで泳ぎ、頼まれればエレンと戦う。これからする事は気負う事では一切ない、そう行動で示していた。

 

 

 そうしてそのポイントにバンガードは到着する。

 広い広い大西洋。その中で海底宮が存在するポイント。

 フォルネウスの居城、その真上にバンガードは存在している事になる。

 

 遥か深海での激闘が始まろうとしていた。

 

 

 




ほのぼのとした日常の話が書きたかったのに。私はどうしてこう、重くなるのでしょうね?
次回からクライマックスです。フォルネウス編が終わったらもうちょっとライトな作風で頑張りたい…。甘酸っぱい話も書くよ、きっと。
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