詩人の詩   作:117

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003話

 

「報告致します! 南の方向に追い散らしたモンスターの群れ、四散し壊滅しました!」

「…なに?」

 斥候からの報告に片眉をあげるロアーヌの君主、ミカエル候。

 この遠征の目的として掲げてているのはモンスターの討伐だ。それを目的としているのに、聞き逃せぬ一言が今の報告にあった。

「確認する。壊滅させたのではなく、壊滅したのだな?」

「はっ! 先日確認し、仕留めそこなったガルダウイングに引き連れられたモンスターの群れが突然秩序を失いました。

 ガルダウイングが撃破されたものとみていますが、我が軍でガルダウイングを仕留めた者はおりません」

「ふむ、分かった。引き続き調査せよ。

 下がってよい」

「はっ!」

 近衛兵が下がって誰もいなくなったミカエルのテントで彼は一人嘆息した。

 モンスター討伐に来たと謳いながら、モンスターを討伐していない。これは体面にも士気にも関わる。

(ガルダウイングほどのモンスターがそこらの者に倒せるとは思わないな。数がいるか、質があるか…)

 何にせよ穏やかには済まないだろう、この後に起こる事も含めて。となればこの状況をどう捉えて、どう動かせるかが肝要になる。ミカエルはそう考える。

 ほんの僅かな綻びさえも見逃さず、そしてほんの僅かな追い風さえも捕まえなくてはならない。

 間違える訳にはいかない。ミカエルの背中には、数多の運命が背負われているのだから。

(モンスター討伐に兵失は許されないし、斥候がどれだけ早くゴドウィンの反乱の証拠を掴めるかだな。

 それにガルダウイングを討伐した何者かも味方に引き入れたいものだ)

「ミカエル様、ご注進!」

「何事だ!」

 先程の堂々とした近衛兵とは違い、今度の報告は慌てたものだった。

 今回の遠征はその都合上、量を制限しなくてはならない為に質にはこれ以上なく気を使ったはずだ。

 それなのにこの慌てようとは。良いにせよ悪いにせよ、よほどの事態が起きたのだろうと気を引き締める。

「モ、モニカ様がガルダウイングを撃破して我が軍に接触しました!」

「…、……。もう一度言え」

「モニカ様がガルダウイングを撃破、その証拠にガルダウイングの素材が多数ありました。その上でミカエル様にお目通り願いたいと!」

「分かった。モニカは一人か? カタリナがついているのか?」

「いえ、素性の知れぬ怪しい者が6名いるのみです」

「…。通せ」

 普通に考えればその素性の知れぬ者がガルダウイングを討伐したのだろう。

 だが、そのような者とモニカが繋がっているとは考えにくい。

 いくらなんでもこの状況は斜め上過ぎた。これは会ってみなくては分からないと判断する。

 モニカを知る者は陣の中に多くいる。まさかロアーヌの姫を全員が見間違えるとは思えない。

(やれやれいったい何事なのか…)

 強張る顔を抑え込み、モニカと素性の知れぬ6人を迎え入れる。

 もちろんその周囲にはミカエルの近衛兵が取り囲んでいるが。モニカだけならまだともかくとして、得体の知れない者が引き連れた上、護衛なしでミカエルとの謁見などを許すほど、ロアーヌ軍は甘くない。というか、それがまかり通ってしまったら軍として失格である。

「何事だ、モニカ! いや、それより体は大丈夫か?」

「わたくしの体を心配していただき、ありがとうございます。

 しかしお兄様、それどころではありません! ゴドウィン男爵がお兄様の留守に、反乱を起こしました!」

「なにぃ!?」

 ざわりと、周囲の兵から動揺が漏れた。ミカエルもまさかその情報がモニカからもたされるとは想像していなかった。

 だが他の者にはともかく、ミカエルはその事を予見していた。いや、そうなるように誘導したのだ。最重要の情報が手に入ったこと、それ自体は喜ばしいことである。

 そして重要な情報がもう一つある。ガルダウイングをモニカが討伐した、ということだ。まさかモニカがそんな腕利きであると考えるほどミカエルは能天気ではないので、自然視線は周りの者に向かう。

「そうか。ご苦労だったな、モニカ。

 それとガルダウイングを討伐したとの話も聞いたが、それはその他の者の功績か?」

「はい。数多のモンスターはこちらの方々によって討伐されました。

 紹介します。シノンの村の住人である、ユリアン様。トーマス様。エレン様。サラ様。それから護衛して下さったハリード様――」

「ハリード! お前はあのトルネードか!」

「確かに俺をそう呼ぶ奴もいるな」

「これはよい所に現れた。なるほど、お前ならばガルダウイングを討伐したとしても納得だ」

「褒められるのは嫌いじゃないし、ガルダウイングなら始末できた自信もあるが、残念ながらあの鳥を仕留めたのは俺じゃないぜ」

「なに?」

 その言葉にはミカエルも困惑した。噂に名高いトルネードならばガルダウイングを討伐できたとしても納得だが、あのモンスターを倒したのはトルネードではないという。

 では誰なのか、そう口にすることはなかった。モニカ達の視線は一つに集まり、視線を集めた者は数歩歩いてミカエルに平服したからだ。

「お初にお目にかかります、ロアーヌ領のミカエル候。

 ガルダウイングを討伐したのはこの私でございます」

「貴様が? 風貌に聞き覚えもないが、貴様はいったい何者だ?」

「ただ、詩を携えながら世の中を回る者です。名乗る程の名前はありません。詩人、とだけ呼んでいただければ」

「…そうか」

 周りの者は益体のない詩人の言葉に殺気立つが、ミカエルはむしろ逆に安堵した。

 悪意があれば偽名でも名乗ろうが、この男はそれさえも拒否した。名乗りたくない理由か事情かがあるのだろう。少なくともここまで表立って怪しさを隠そうとしないという事は、少なくとも今は敵ではないと判断していい。

「まあ、名前はひとまずいい。詩人よ、お前がガルダウイングを討伐したというのは話は真か?」

「真でございます。トルネードの英雄譚を一つ減らしてしまい、不手際を恥じいるのみでございます」

 ミカエルはそっとモニカに視線を向けると、何やら青い顔で頷いた。

 顔が青くなるのは気にならなくもないが、強大なモンスターとの戦いを見たのである。顔が青くもなるだろうと、その事は意識の外に追いやった。

 そして改めて現状を考える。

 モニカという足手まといは増えたが、代わりに素早く情報が得られた。更に名高いトルネード、そしてガルダウイングを討伐できるという詩人が手中に入ったことは喜ばしい。

 モニカの身の安全さえ確保できれば、状況は劇的に改善するといえるだろう。

「とにかく皆の者、ご苦労だった。十分な恩賞を出すべきだが、残念ながら今すぐにというのは無理がある。

 私がロアーヌに戻るまで待ってもらえないだろうか?」

 もちろんというか、当たり前というか。ミカエル候の言葉に逆らえるはずもない。

「俺は前金じゃないと仕事をしない主義だが…まあその分、報酬に色をつけて貰えるのなら良しとするか」

 いや、一人例外がいた。

 その例外を見てミカエルは苦笑する。確かに彼は軽口を叩くに値する強者だろう。

「…あの、ミカエル様!」

 と、シノンの者のうち、一人から意を決したような声があがった。

 気の強そうな顔立ちは、今や不安に揺れている。名前は確か――

「ふむ、なにかな? エレン、だったか?」

「はい。名前を憶えて頂き、恐悦至極でございます。

 ゴドウィン男爵の反乱とモニカ様は仰られましたが、これからミカエル様はゴドウィン男爵と戦うことになるのですよね?」

「当然だな」

「それは、その――内紛、戦争ということでしょうが…自分たちも参加しなくてはならないのでしょうか?」

「ふむ」

 エレンの目は一瞬泳ぎ、彼女の傍らで縮こまっている少女をみた。自分というより、その少女の方が心配なのだろう。

 どうやら政治には慣れていない女性らしいが――まあ、当たり前といえば当たり前の事でもある。ただの村人が政治に慣れていたら、そちらの方が怪しさが増す。

 そうして一つの結論を出した。

「強制はできない」

「お前たちは既にモニカの護衛という大役を果たしてくれた」

「我が臣下でもないのに、だ」

「これ以上を強制することは私にはできない。事が済んだ後にロアーヌに来てくれれば、相応の礼をすると約束しよう」

「だがしかし、君たちがまだ手伝ってくれるというならとても喜ばしい。何せ、今は猫の手も借りたいからな」

 そうしてミカエルは言葉を区切った。

「これより我が軍はロアーヌへと帰還・進撃する準備に入る。おそらく夜通しの作業となるだろう。

 協力者たちは一晩、この宿営地で過ごすといい。豪奢なもてなしは出来ないが、十分な休息は約束しよう。

 明日になったら方針を決定する。それまでは是非くつろいでくれ」

 そうして謁見が終わる。

 副官に誘われてゴドウィン男爵の反乱を知らせたモニカと、その護衛をした者たちはミカエルのテントを後にする。

 その中で一人の人物に、ミカエルの視線は注がれていた。

 

 

 

「で、俺を呼んだのはどういう訳だ?」

「まあ駆けつけ一杯、一口飲んでからにしてくれないか?」

 夜。ミカエルのテントに招かれたのは色黒で曲刀を刷いた傭兵剣士。

 ハリードは勧められるままにミカエルの対面に座り、テーブルに置かれた極上のワインで喉を湿らせた。

「いい酒だ。遠征でここまでの酒が飲めるとは思わなかった」

「酒の違いが分かるとは。…流しの剣士と聞いていたが、ただものではないな」

「俺の素性が気になるか? 金を積めば教えてやるぜ」

「いや、それは金ではなく信頼で買いたいものだ。

 しかし、くくっ、金に汚いという噂は本当なのだな。そんなお前がいったいどんな訳でモニカの護衛をしてくれた?

 私はアレにお前を雇える程に価値があるものを与えた覚えはないし、前金でなければ仕事をしない主義なのだろう?」

 とたん、ハリードの顔が嫌そうに歪む。

「あの胡散臭いヤロウが原因だ」

「詩人か。確かにあれほど信じにくい人間もそうはいない」

「モニカ姫の護衛として、前金で500オーラムも出しやがった」

 懐から証拠の金貨を取り出して、見せつけながらハリードは語る。ミカエルも金貨に驚くような人種ではないが、不審そうな顔は変わらない。

「あの詩人が、か? いったいどんな理由で?」

 ハリードは黙り、指先でテーブルを叩いた。自分の手の内を晒すのは有料という訳だろう。他人への評価もその例外ではないらしい。

 ミカエルは真面目な顔で銀貨を一枚テーブルに乗せ、それを受け取ってからハリードは口を開いた。

「分からん、全く分からん。が、ただの善意でないことだけは確かだろうな」

「ゴドウィン男爵と繋がっている、という可能性は?」

「ほぼない。反乱に全力を注ぐべきあろう男が、ガルダウイングを仕留められる戦力を辺境の村に配置するという愚を犯すはずがない」

「なるほど、やはりお前は見る目がある」

 笑いながらミカエルはもう一枚銀貨を差し出した。ハリードは多少不機嫌そうにそれを受け取る。

 試されたことは気に入らないが、金を払うならば構わないといったところか。後、純粋に金に罪はないのだろう。

「さて、本題だ」

 ミカエルは仕切り直す。

「私はモニカをレオニード伯爵のところに送ろうと思っている」

「レオニード…あの吸血鬼か」

「レオニード伯爵は世俗に興味がない。モニカを送ることに借りとも思うまいし、モニカを守ることを貸しとも思うまい」

「俺はレオニードを個人的に知らんが、吸血鬼はいくらか知っている。あいつらは人を襲うモンスターの一種だぞ?」

「その枠を超えているからレオニードは伯爵と呼ばれるのだ。

 ここでモニカに手を出したらレオニードはロアーヌの敵になる。それを許容する伯爵ではない」

「門前払いにされる可能性は?」

「それは、ある。また、レオニードの配下が勝手にモニカを襲う可能性も。その為に最低限の護衛はモニカにつけてやりたい」

「…俺かい?」

「シノンの者達と、詩人に頼もうかと思っている」

 絶句した。

 正気かと目で問い掛けた。

 その瞳には苦渋の葛藤が隠れもしていなかった。

「詩人を、信じるのか?」

「全く信じられん。だが、あれほど信じられぬ者をロアーヌまで連れていく訳にはいかん」

「それで妹に押し付けるのか? あの胡散臭い男を」

「それだ。何かあった時、シノンの者はモニカを託すに値すると思うか?」

 ハリードは、ほんの少しの時間、熟考してから言う。

「直接、あの胡散臭い野郎が危害を加えたらどうしようもないから、そこは見ないでおく」

 前提を黙って聞き、ミカエルは頷く。ガルダウイングを単騎で殺せる者はそうはいない。ましてや一瞬でというならばなおさらだ。

 その前提があり、詩人に対抗できる戦力を送れない以上、その可能性は無視するしかない。

 そうではなく、直接的ではない陰謀にモニカが巻き込まれる時、また道中のモンスターやレオニード配下のモンスターに襲われた時、シノンの村の者は助けになるのか。

 詩人を無視した上でモニカを託すに値するか。それをミカエルを聞いた。

「…賭ける価値はあると、俺は思う」

「そうか…。賭けになるか…」

「どうしてもな。ただ――」

「ただ?」

「ユリアンとかいう若者はモニカ姫を見捨てないだろう。

 例え、自分の命を懸けてもな」

 その答えを聞き、ミカエルは深く考え込む。託すか、否か。時間はあまり残されていない。

 そんな若き侯爵を尻目に、ハリードは極上の酒を楽しんだ。自分の仕事は終わり、という訳だ。

 

 夜は静かに更けていく。

 

 

 




詩人がびっくりするくらい信じられていないのに役目が与えられる理由。

通りかかっただけの人が、大金をポンと出して助けてくれれば当然信用されません。
お金持ちのお嬢様が相手だと知っていたら、なおさら。
そいつが桁外れに強かったら、更に倍で。

でも目的が見えないから否定しきる事もできないし、無かった事にするには惜しすぎる上に、目を離して相手側に行かれたら辛すぎる。

そういった諸々が重なっています。



それを作中で表現しろって話ですよね。
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