詩人の詩   作:117

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フォルネウスを倒してちょっと気が抜けてしまいました。まだ本調子ではないかもです。
ですが、努力目標である週一更新はまだ守っていきたいと思います!

これからもよろしくお願いいたします。


030話

 

 エクレアがすすり泣く声がこだまする、薄暗いゲートの間。命を落としたブラックの傍らで表情を固くする一同。

 だが、いつまでもこのまま立ち尽くしている訳にはいかない。詩人が懐中時計を取り出して時間を確認すると、時刻は午前1時。海底宮突入から13時間が経過していた。途中ではさんだ休憩やら仮眠やらで使った時間は6時間程で、戦闘にも数時間は使っただろう。ならば合流地点まで戻るのに7時間も見ればいいだろう。余剰の時間は3時間以上ある。

「ボストン、悪いがここでエクレアを見ていてくれないか?」

「それは構わないが…」

「泣いてもいい。今だけは」

 エレンとウンディーネに合図をして共にゲートの間から出て、玉座の間へと引き返す。そこには巨大な玄竜と、数多のオアンネスの死体が転がっていた。

 こちらも激戦だったのだろう、床や柱が大きく傷ついている。その勝利者である詩人には傷一つないが。

「あら? フォルネウス将とか、フォルネウス総帥は?」

「たぶんフォルネウスがくたばった時だな、死体も含めてとけるように消えた。原生生物型のモンスターとは違って、アビスのモンスターはそのゲートを閉じるとこちらの世界に存在を固定できないんだろう」

 言い捨てて、詩人は玉座の間から脇にそれた部屋を目指す。王座に近いその部屋のおおよそを察したウンディーネは黙って歩き、何の説明もないエレンは不審な表情のまま従った。

 そして辿り着いたその部屋は宝物庫と情報室を併せて持った部屋だった。奥には貴重で稀少な宝が積み重なり、手前にはテーブルが置かれてエレンが見た事もない文字で書かれた紙が乱雑に置かれていた。

「これは?」

「アビス文字。四魔貴族の間のみで使われる暗号文字だと聖王の遺した書物にはあったな。解読は聖王でさえできなかったとか」

「私はそこには興味ないわね。奥に行かせていただくわ」

 詩人が手前の情報に引き寄せられたことに対し、ウンディーネはそこに興味を示さずに奥へと足を進めてしまった。残されたエレンはどうしようかと足を止めてしまう。

「エレンも奥へ行っておけ。後三匹、四魔貴族は残っている。戦うつもりなら、少しでも武器や防具を補強するのも悪くない。

 …お前も、エクレアも。死んでほしくないからな」

「分かったわ」

 詩人の言葉に頷いたエレンはウンディーネを追って奥へと進む。それを見届けた詩人は、真剣な表情でアビス文字を見つめていた。

 

「ウンディーネさん」

「あら、エレンお嬢ちゃん。こっちにきたの?」

「ええ。他の四魔貴族を相手にしなくちゃいけませんし。有利になるものがあればいいかなって」

 気楽に言うエレンだが、ウンディーネの表情は固い。

 そして手を止めて、真剣な表情と声でエレンに問いかける。

「ねえ。四魔貴族を相手にするのはやめたらどう?」

「え?」

「…正直に言うわ。フォルネウスがメイルシュトロームを使った後、私の心は折れたわ。アレには勝てない、そう思わせれた」

 沈痛な表情で言うウンディーネ。そしてそれは嘘ではないだろう。ウンディーネも絶望の表情を浮かべていたし、ボストンも諦めた雰囲気を見せていた。

 それほどまでに四魔貴族の本気は恐ろしかった。

 勝てたのは、文字通りにブラックが命を燃やして、フォルネウスをその場に留めた上でエレンの必殺の一撃が決まったからだ。ブラックが命を代償にした術を使わなければ全滅していた。結果はともかくとして、内容は負けていた。そんな戦いだった。

「フォルネウスを倒せた、という事実で十分よ。モウゼスに来てくれてもいい。貴女達が命を懸ける必要なんて――」

「ウンディーネさん、ありがとうございます」

 言葉を遮り、ニッコリと笑いかけるエレン。

「エクレアがどうするかは分かりません。けど、あたしは四魔貴族を全て倒してゲートを閉じます」

「……理由を、聞いてもいいかしら?」

「それが、あたしのすべき事だからです」

 真っすぐに言いきるエレン。その瞳を見て、ウンディーネはふっと笑う。覚悟を決めた者にこれ以上を言うのは野暮だ。

 ウンディーネはこれ以上、四魔貴族と戦う事はないだろう。次は死ぬ、その確信があるが故に。けれども、それでも立ち向かう者はいる。それが戦友であるなら、手助けするのは吝かではない。いや、当然の事だと言える。

「……良い品を見つけましょう。フォルネウスの宝物庫ですもの。強い武具か、その素材が見つかるわ。

 手助けもするわ、別れるまでに術具を作ってあげる。きっと先々の旅の助けになるはずよ。それに困ったことがあったら私を訪ねてきなさい。力になってあげるわ」

「…ありがとうございます、ウンディーネさん」

「お礼なんていいわよ。貴女と私の仲ですから、ね」

 ぱちりと茶目っ気たっぷりにウインクをして見せるウンディーネだった。

 

 目ぼしい物を見つけて引き上げる一行。

 詩人はいくつかの書物を持ち、ウンディーネが選別したお宝を全員で分担して持つ。それは金になるものもあったが、ほとんどは強くなる為の武器や防具、術具の素材だった。

 そしてボストンの分の荷物は用意されていなかった。ボストンはその他全ての荷物を捨ててまで、持ってもらわなければならないものを抱えていたから。

 それはブラックの遺体。

 フォルネウスを相手取り、死んでしまった戦友。その亡骸を背負うボストンは飄々としていた。

「笑って死ねたのだ、これ以上の死に様はあるまい!」

 そう言うボストンに、エレンやエクレアは困った笑みしか浮かべられなかった。

 やがて合流地点に辿りつき、バンガードからの迎えがくる。

 フォルネウス軍の襲撃がなくなったからだろう、喜びの表情でエレンたちを出迎えた面々だったが。その沈痛な面持ちと動かない男の姿を見て全てを呑み込んだ。無傷では済まなかったのだと、それを突きつけられた面々は粛々と作業を進めてバンガードへと帰還していく。もう、海底宮に行く事はないだろう。良くも悪くも、それがこの戦いの結末なのだ。

 バンガードへ帰還した一行は、密やかに中央部へと戻り、疲れ切った体の心を癒す。その間にフォルネウス撃破の報はバンガード船中に広がり、歓喜が包み込んだ。詩人は飄々とそれから逃げて、ウンディーネは笑顔で表に顔を出して手を振る。ボストンはにこやかに対応しつつも自分のペースは崩さずに、バンガードを練り歩いて楽しんでいた。エレンとエクレアは、ブラックが死んで喜ぶということができず、部屋の中でゆっくりした時間を過ごしていた。

 今回のフォルネウス討伐で最も知名度が高かったのはウンディーネである。彼女が笑顔で人々の前に姿を現して手を振り、祝勝会に参加するだけで多くの人々が満足し、勝利に酔った。バンガードでの連続殺人事件から始まり、フォルネウスの襲来やバンガード船への攻撃など、この戦いで多くの人が死んだのだ。それが自分の知人や家族だった者も少なくない。だが、バンガードは勝ったのだ。あまりに傷が大きくとも、あまりに犠牲が多くとも、勝利を喜ぶ事が一番大事なのだと、熟練者ほど理解していた。

 数日かかったが、バンガード船はバンガード大陸へと辿り着く。そしてそこで朗報を待っていたキャプテンとフルブライトにフォルネウス撃破の報が伝えられ、第一報としてまずはバンガード中に知らされた。ここでも人々は歓喜の渦をつくりだす。そしてその情報はフルブライト商会を主として世界中に広げられるだろう。四魔貴族のその一角が落ちたのだ。これ以上の朗報は滅多にない。

 そして戦いの内容を詳しく聞き、そしてどういった方向で噂を広めようかという会議で問題が発生した。

 

「ハーマンの正体が海賊ブラックじゃっただと?」

 船が難破して死んだと思われていた海賊ブラックが生きていた。そしてブラックこそがフォルネウスを倒した立役者だと聞かされたキャプテンの表情は苦渋に染まっていた。端的に言って祝勝ムードに水を差された。

 ブラックが生きていたことは、まあまだいい。海賊団が壊滅して被害がなくなった事は事実であるし、別にバンガードがブラック死亡説を流した訳でもないのだ。生きていたとしても問題はない。しかしそのブラックがフォルネウスを打倒するのに一番活躍したというのは見逃せない。ただでさえバンガードはフォルネウス撃破に直接の人員を出していないのだ。一番美味しいところを持って行ったのが怨敵である海賊であったなどど公表するのは赤っ恥である。

 ちなみに会議の場所はバンガードでの豪華な一室で、時刻は夜。キャプテン、ウンディーネ、フルブライトがテーブルを囲いながら椅子に座り、その背後で護衛や仲間が立っている。キャプテンの後ろには西部最強の剣士であるサザンクロスが、ウンディーネの背後には高弟5人が、フルブライトの側には詩人にエレン、エクレアが。

 総勢12人が集う会議室で、キャプテンは声を荒げた。

「この話は本当かね?」

「事実よ。ブラックの顔を知っていたボストンはすぐに気が付いたし、遺体をバンガードの古強者に確認してもらったけど、やはりブラックで間違いなかったみたい」

「ブラックは脚をフォルネウスに喰われたと言っていた。同時に精気も奪われて、枯れ果てたんだろうな。それが正体を隠す役に立ったんだから、運がいいのか悪いのか…」

 力強く頷くウンディーネに、補足する詩人。

 話を聞き、キャプテンは見るからに狼狽していく。フルブライトも表面上は何でもない顔をしているが、内心ではそれなりの焦りがあった。海賊とはすなわち犯罪者であり、基本的に人権など存在しない嫌われ者。それが英雄になってしまったのだから、一歩間違えればフォルネウス撃破の報は逆に自身を刺す刃になりかねない。繊細に扱うべき情報なのだ。

 確認のため、フルブライトが口を開く。

「それで。ハーマンの正体が海賊ブラックで、フォルネウスを倒すのに大きく貢献したと知っている者はどの位いるのかな?」

「この場にいる人間とボストンだけ。ボストンには口留めをしたし、ブラックの遺体確認をした者もブラックかどうかを聞いただけよ」

 バンガード船に居た者でハーマンがいなくなっていたと気づいた者はいるだろう。しかしそれはよくある事だと流された。

 突然わいてでたブラックの死体に、それを確認した者は違和感を覚えただろう。彼の勘がいいと、ハーマンとブラックが結びつく。

 時間は無くはない。が、多くある訳でもない。なるべく早く処理するべき案件だった。

「ならば話は早い。ブラックの遺体を確認した者には奴がフォルネウスに加担していて、討伐したと伝えよう。ハーマンはフォルネウスとの戦いで戦死した。それで終いじゃ」

 言い切るキャプテンに、それで話が済む訳がないだろうとウンディーネとフルブライトは心の中で溜息を吐いた。

 いや、キャプテンの意見は為政者としては正しいのだ。最適解と言っていいし、ある意味それで済ませたいと思わない部分がない訳ではない。だがウンディーネは自分を救った恩人に、フォルネウスに組したと死んだ後に屈辱を飲ませたい訳がない。もちろん他に方法が無いならそうするが、戦う者にとって死線を共に潜り抜けた戦友は何よりも大事なのだ。

 故に。フォルネウス撃破に貢献した、若い2人の女戦士が納得するわけがない。

「ちょっと!」

「待ちなさいよ!」

 案の定。エレンが大声をあげ、エクレアが鋭く睨みつける。功罪をひっくり返して自分だけが得をするだけのようなその言葉に、強い不満の声があがった。

「なにかね」

「…ざけんな、ジジイ。なにかね、じゃないわよ!」

「ブラックがフォルネウスに組した? 命をかけて戦った男に対する、それがバンガードの礼儀なの?」

 エレンはまだ感情をギリギリ押さえつけているが、エクレアは既に怒りが理性を上回ってしまっている。このような場所で使うべき言葉でないものが口から漏れ始めてしまっている。

 それをふんと冷たい目で見据えるキャプテン。若い彼女たちは知らないが、海賊であるブラックやジャッカルは西部の海では極端に評判が悪い。それこそ、四魔貴族であるフォルネウス並だ。実際、ブラックに船を幾度となく襲われた過去がある。金や船、時には親しき者の命まで奪われた憎悪は簡単に消えはしない。

「黙れ、小娘どもが。こちらの事情を知らぬくせに口を挟むでない」

「あんた達の事情なんて知ったことか!!」

「そういうキャプテンこそ、こちらの事情を無視しているでしょう! あたしたちの仲間であるブラックがどれほど強くて、フォルネウスと誇り高く戦ったか!!」

 あの時。メイルシュトロームによってフォルネウスに心が折られてしまったウンディーネとボストン。立ち向かえたエレンとエクレアだが、余力を鑑みれば勝ち目が薄いというよりも無いと言っていい程だったのは、他ならぬ彼女たち自身が一番よく分かっている。実際は死ぬ前に詩人が加勢に来られたタイミングではあったが、しかしその前に。己の命を代償にして、いっそ楽しそうに宿敵に向かっていったブラックは命の恩人であり、最高の武人でもあった。そしてその彼は死に際にも自分達を戦友と想ってくれながら逝った。その最期を穢す事など、できる訳がない。

 だが、キャプテンも強く強く海賊ブラックを憎んでいるのだ。まとまるはずの商談がブラックに輸送船を襲われたことで消えたことなど、両手の指では数えられない。昔ながらの仲間が殺された事だってある。ブラックにとっての宿敵がフォルネウスであったように、キャプテンにとって海賊であるブラックやジャッカルは紛れもない怨敵なのだ。

「田舎娘に、下らん偽名の娘が。一端の戦士気取りか!? 強者の金魚のフン共は黙っていろ!!」

「市長、言葉が過ぎます!」

 あまりの言葉にサザンクロスが大きな声で窘める。フルブライトは公の場で激高していくキャプテンに醒めた視線を送り、ウンディーネに至っては汚らわしいものを見る目で喚き立てるキャプテンを見据えていた。

 しかしそれにキャプテンは気が付かない。あまりに強い憎悪が、キャプテンから冷静さを奪っていた。エレンとエクレアを睨めつけたまま、激高して言葉を続けてしまう。

「そんなにブラックが好きならばあの外道と一緒に死ねばよかったのだ! 海賊に命を救われた雑魚共、その海賊も結局は無駄死にじゃ! フォルネウスの足止め程度で命を使い果たす海賊程度の死など、何の意味もないわ!!」

 ブチりと、エクレアが切れた。

 キャプテンには認識できない速度で腰に手が伸び、シルバーフルーレを握る。

 瞬間、対応したのはサザンクロス。キャプテンの言葉が過ぎた事は理解しているが、まさか雇い主への凶刃を許す訳にはいかない。彼女も素早く小剣を握り、機先を制しようと動こうとする。

 エクレアのフォローをすべく、エレンも体に力を漲らせる。彼女自身も我慢の限界だった。何一つとしてこちらに配慮をしようとしないバンガードに愛想が尽き始めていたというのもある。

 修羅場の雰囲気を察して、ウンディーネの高弟たちが前に出ようとする。いざという時にはウンディーネの盾となり命を守り、その術の詠唱時間を稼ぐ為に。

 緊張が爆発的に高まり、次の瞬間には全員が動き出して戦場になるだろう前に存在する時間の空白。

 

 刹那、中央に置かれていたテーブルが微塵に切り刻まれて、その形を失った。

 

 圧倒的な剣気と殺意を撒き散らしながら、詩人が腰にある剣に手を添えながら言い捨てる。

「全員、動くな」

 視認すらできなかったその剣閃に、サザンクロスは格の違いを思い知らされて固まってしまう。非戦闘員であるキャプテンはもちろんながら、他の全員がその気迫に呑まれて動けない。

 教えられた者は知っている、詩人が使った技が不抜(ぬかず)太刀(たち)であることを。そしてその凶悪性をまざまざと見せつけられた。

 詩人にとって攻撃するには剣を抜く必要がない。ただイメージに虚の月術を合わせるだけで斬撃が与えられるのだ。その有効範囲は、詩人の言葉が正しいならばイメージできる場所全て。部屋全てを見渡している現状では、全員がその体に剣が押し付けられているのと変わらない。

 無拍子に、数多もの斬撃を、高威力で、距離を無視しつつ、繰り出せる。不抜(ぬかず)太刀(たち)の真髄と恐ろしさはそこにある。イメージに乗せて放たれる斬撃という、簡単な言葉の上に成立した圧倒的な制圧力。

 全員が動きを止め、黙り込んだのを見計らってから、詩人が口を開く。

「さて。こちらの意見を言おうか。

 キャプテンは口汚くフォルネウスと戦った勇者を罵り、その品位を貶めた。さらに挑発し、侮辱し、その勇者をけなすことで自分の発言力を増やそうとしている。

 こちらはそういった認識だが、売られた喧嘩を買ってそちらを殺してしまっていいものだと、そう理解していいのかな?」

「なっ……!」

 キャプテンは絶句する。自分にそのような意図は無かった。ただ、海賊ブラックが許せなかっただけ。奴を英雄と扱う事が、どうしても許容できなかっただけなのに。

 激高し、売り言葉に買い言葉で、そう取られても仕方のないと思われる事を口走ってしまったことに、ようやく気が付いた。みるみる顔を青くするキャプテン。

 目の前には殺意を漲らせ、睨めつけるエクレアとエレンがいる。そこまでの感情を持たれてしまう事を口にしたのだと、今になって理解してしまった。

「返答は?」

「いや、こちらに、そのような意図はない」

 動けない圧力の中、途切れ途切れにそういうキャプテン。

 ふむと小さく頷いた詩人は気楽な口調でエクレアに声をかける。

「エクレア、お前から何か言う事はあるか?

 真っ先に剣に手を伸ばしたのはお前だったな。なんなら、このまま切り捨ててもいいぞ」

 ぞっとする内容の言葉を軽く言う詩人。

 それを聞いたエクレアは。体を怒りで震わせながら、ギリリと歯を食いしばり。絞り出すように言った。

「……、ごめんなさい」

「え?」

「短気を起こして、先に手を出して、ごめんなさい。私が、私が。……悪かったです」

 想像もしなかったエクレアの謝罪の言葉。意外そうな声をあげたのはエレンで、満足そうに頷くのは詩人である。

 エクレアは動く。シルバーフルーレから手を放し、振り返って詩人を見る。

「詩人さん。……これでいいんでしょ?」

「上出来だ。よかったよ、お前を殺さずにすんだ」

「ちょ、詩人!!」

 詩人が口にした、切り捨てる対象はエクレアだった。それを理解したエレンは思わず大声をあげる。冗談ではない話だが、冗談を言っている空気ではない。

 だが、詩人の力をかさに着て、好き勝手に嫌な相手を殺そうとする。そういった人間になるならば、それは教える者の責任だ。そう淡々と言う詩人にエレンは呆れた声を出す。

「……殺す前に叱りなさい。最終手段の向こうにある責任の取り方よ、それ。

 まずはちゃんと言葉にして伝えないと」

「そうだな。先に叱っておくべきだな。

 エクレア、やるなら自分でやれ。相手を先んじて殺せるくらい強くなれば、誰にも文句は言われない」

「あんたの狂った倫理観を教えるなっ!!」

「はいっ!」

「エクレアも! 元気よく返事をしないの!!

 ああもう、あんた達には一から常識とか良心とかを教えないといけないのかしらねっ!?」

 殺伐とした雰囲気から一転、すごく軽い雰囲気になってしまった事に呆気にとられる面々。

 それを正すように、フルブライトが軽く咳払いをする。

「あ~。話を進めていいかな? 娘の教育方針は帰ってから自由に家族会議にかけてくれ」

「「「家族じゃない!!」」」

 3人の声がきれいに揃ったところで一区切り。

 仕切り直したフルブライトは鋭い視線でキャプテンを見据える。

「話を戻そうか。

 つまり、キャプテンは何が言いたいのかな?」

「う、うむ。つまりだな、海賊が英雄として広まってしまうのはどうかと、ただそれだけが言いたかったのだよ。

 フルブライト商会としてそれは困るのではないか?」

「ふむ、確かに」

「でもっ! ブラックは命を捨ててでもフォルネウスを倒してくれたっ!!」

「それもまた事実か。

 ならばこういうのはどうか。海賊ブラックはその命を代償にフォルネウスを倒した。その功績をもって、海賊としての罪を全て洗い流すと」

 ぐ、と言葉につまるキャプテンと、エレンやエクレア。

 キャプテンとしては海賊ブラックは殺しても飽き足らない人間だ。死んでなおその名誉を汚したい程に恨んでいる。だが、海賊としての罪を洗い流してしまえばそれはできない。

 エレンやエクレアとしても、死んでしまったブラックにはせめて英雄としての名誉を贈りたかった。けれども功績が罪を消されることに使われてしまっては、それも敵わない。

 言葉に詰まる両者だが、この場ではもう一人大きい発言力を持つ人間がある。フォルネウス討伐に参加した一人、ウンディーネである。

「私は賛成。妥当なところだと思うわ」

「「ウンディーネさん…」」

「折れなさい、エレンお嬢ちゃん、エクレアお嬢ちゃん。

 ブラックには確かに大きな罪があるの。無理を通して道理を引っ込めたら、それこそ社会は立ち行かなくなるわ。

 それに……あのブラックがフォルネウスを倒した英雄になるなんて喜ぶかしら?」

 

 いらねーよ、そんなもの。

 

 思わずそんな声が頭に再生されてしまったエレンとエクレアは一瞬だけ呆然となり、くすくすと笑いだした。

 言いそうだ、あの男なら。ただ自分の負けを返しただけ。それがたまたまフォルネウスだっただけ。英雄になるなど真っ平ごめんと嫌そうな顔と声で。

「あたしはそれでいいです」

「私もー」

「では、決まりだな」

「決まりね」

「決定だ」

「…仕方あるまい」

 その場の全員の意見がまとまった。

 そして他の細かい話も詰まっていく。今回の戦利品はフォルネウスを倒した栄誉と、伝説の動く島であるバンガード。四魔貴族の撃破は限りなく大きい名誉であり、また沈まない巨大な船であるバンガード船はケタ違いの信頼で大量の物資の取引を可能とする。

 フォルネウスを倒した英雄であるウンディーネはモウゼスに帰り、町を統治する。モウゼスは英雄が君臨する町として有名になるだろう。また、バンガード船を動かす動力として術師も派遣して、利益の一部を受け取る約束をする。

 フルブライト商会は大陸にあるバンガードを引き続き護衛し、更にバンガード船も一部フルブライト商会としての統治が認められた。バンガードとしては業腹だが、これまでの実績としての対価を要求されたならば断わる訳にもいかない。

 バンガードは陸からキャプテンが指示を出して、バンガート船にて利益を得ていく。モウゼスやフルブライト商会にも一部は流れてしまうが、それはしょうがないと諦めるしかないだろう。差し引いても莫大な取引で大きな利益が出ることは間違いない。復興資金はすぐに溜まるだろう。

 そうして話が終わった。その瞬間、詩人が口を開く。

「で、だ。最初の約束だな、キャプテン」

「なぬ?」

「全ての脅威の元凶である、フォルネウスを倒したから一万オーラム」

「「「あ」」」

 確かに言った、言っていた。キャプテンはおろか、エレンやエクレアすらも忘れていたが、詩人は忘れていない。

 にこにこと手を出す詩人に、苦笑いでキャプテンは大金を渡し。会合は終わりを迎えた。

 

 

「オチをつけるとは君らしい」

「約束は約束だし、大金を見逃す必要はないだろう?」

 帰り道、少しだけ話があると詩人が泊まる宿の前でフルブライトと詩人が話し込む。ちなみにエレンとエクレアは先に宿に帰ってお茶の準備をしている。これから先どうするかの相談を3人でするためだ。

「ボストンはそのままバンガードに居座るらしいな」

「フォルネウスを倒したロブスター族がいるとなれば、バンガードも箔がつく。悪い話じゃない」

 軽く世間話をした後、フルブライトは表情を引き締める。そして懐から一枚の手紙を取り出した。

 いぶかしそうにする詩人に、フルブライトが手紙と共に声をかける。

「探し者の情報だ」

「!」

 宿命の子。それを探している詩人は、それらしい年頃の人間や、身元が怪しい人間などの情報を求めていた。何度かこういった情報は貰っていたが、今までで当たりはない。

 今回こそは。期待と共に手紙の封を破り、中を検める詩人。差出元はラザイエフ家であり、行き倒れていた者を助けたが、身元がどうもはっきりしないと書かれている。

 リブロフにて保護をしていると締めくくりがなされており、できればタチアナが元気にやっているかとの話も聞きたいと綴られていた。

「リブロフか…」

 エクレアは絶対に嫌がるだろうなと容易に想像できてしまう。

「ではこれで用は全て終わった。今回も良く儲けられたよ。礼を言う」

「ギブアンドテイクだろ? こちらも最新情報に感謝するよ」

「また会おう」

 そう言い残し、フルブライトはバンガードの夜の中へ消えていった。

 それを見送った詩人は、宿へと入っていく。そしてエレンやエクレアの部屋に向かうと、ノックして中に入った。2人はそろってテーブルの前に座っていて、詩人の事を待っていた。

「あ、詩人さん」

「詩人。話は終わったの?」

「ああ。それじゃあこちらも先の話をしようか」

 そう言って椅子に腰かけて、目の前に注がれたお茶を手に取る。

 軽くそれをすすってから、詩人が話を切り出す。

「まずはフォルネウス討伐成功、おめでとう。犠牲なしとは、残念ながらいかなかったが……」

「うん。ブラックには、本当に感謝してもしきれないわ」

「それにウンディーネさんにボストン、詩人さんにもね」

「で、だ。一応確認しておこうか。エレン、お前はまだゲートを閉じる旅を続けるか? 四魔貴族を相手取ることの厳しさは身に染みたと思うが」

「もちろんよ」

 力強く頷くエレン。そして詩人は次にエクレアへと視線を向ける。

「エクレア、お前は? 無理に四魔貴族と戦う必要はないぞ?」

「私はまだ詩人さんに剣を教えてもらってないし~。それにここまで来てエレンさんを見捨てたりはしないよ!」

「そうか」

 ふっと微笑んだ詩人は話を進める。

「で、だ。次はどこのゲートを狙うつもりだ?」

「それなんだけど、近場から潰していこうと思うわ。

 ここ、西部は南のジャングルに近い。狙うゲートは火術要塞、相手はアウナス」

 地図を広げてそう言うエレン。指差すは、方向感覚を狂わす、南のジャングル。

 それを聞いて頷いた詩人。

「じゃあ、目的地は北だな」

「なんでよっ!?」

 思わず大声をあげてしまうエレン。南と北、真逆である。

 しかし詩人は真面目な顔をしたままだ。

「アウナスは強力な炎を操り、近づく者をみな燃やす。対抗する為に聖王は氷銀河にて氷の剣を手に入れて、アウナスの熱に対抗したとか。

 アウナスと戦うなら、先に氷の剣を手に入れないとな。ランスで情報を集めてみろ、氷銀河へ行く方法も分かるだろ」

「あ~も~! 分かったわよ!!」

 南に目的地を定めたのに、何故か北へ行かなくてはならなくなってしまった。その事実をやけくそ気味に受け入れるエレン。

 今の話に違和感を感じたのか、ちょこんと小首を傾げながらエクレアが問い掛ける。

「情報を集めてみろって…詩人さんは情報を集めないの?」

「俺はちょっと用事が出来てな。リブロフに行く事になった」

 その町の名を言った瞬間、エクレアの表情が固まった。

 それに気が付かないふりをしながら詩人は話を続ける。

「エレンも十分強くなったし、しばらくは別行動でも大丈夫だろ。

 エクレアはどうする? 俺と一緒にリブロフに向かうか? エレンと一緒にランスに行くか?」

「エレンさんと一緒にランスに行くっ!!」

 詩人の言葉の語尾を喰う勢いで言うエクレア。その即決に目を丸くするエレン。詩人は予想通りの返事に薄く笑った。

「じゃあ、いったんこの町でお別れだな。

 こっちの用事が終わったらランスへ向かう。ヨハンネスのところで落ち合おう」

「ええ、分かったわ」

「そういえばランスに行ったことってないな~」

 勝手に待ち合わせ場所にされているヨハンネスはご愁傷様である。

 そうして詩人はバンガードからの船の運航状況を調べる。バンガードとリブロフにはそれほど密接な繋がりはないため、直通便というのを探すのは手間である。ならば、いったんピドナを経由して行くのがいいだろう。

 エレンたちはここから北を目指す。陸路か海路かでヤーマスに行けば、ランスは近い。

 

 別れの夜は更けていく。

 これが一時のものになるか、永いものになるか。

 それはまだ誰にも分からない。

 

 

 




ここでいったん区切り。今回まではフォルネウス編の整理ですね。
次回は詩人の一人旅、そしてフォルネウス編が終わって次章への繋ぎにする予定です。

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