詩人の詩   作:117

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031話

 

 

 ピドナに下り立つ詩人。

 経由地として来たピドナだが、せっかく来たのだからできる用事は済ませてしまいたい。詩人は宿を取り、翌日に出発するリブロフ行きの船を予約すると、足早に目的地へと歩を進めた。

 そして辿り着いたのはおなじみのレオナルド武器工房。遠慮はなにもなく、店の中へと入っていく。

「いらっしゃいませ」

 出迎えた者は若いがいかつい職人の男だった。おそらく詩人の事を知らない新人だろう、変わった男が来たものだと好奇が混ざった視線を詩人に浴びせる。

「ご入り用は? 武器かい? 防具かい? それとも修理? 卸しも請け負っているよ」

「ケーンかノーラを呼んでくれ」

「あぁ?」

 愛想なく対応する男だったが、詩人は素気が更にない。淡々と自分の要求のみを口にする。

 頭に血が上る男だが、いきなりこの工房の古株であるケーンや主であるノーラとの面会を要求する男である。目の前が万が一にでも重要な客だったりしたら目も当てられない。ようやく憧れの工房に弟子入りできたのだ、短気はいけないと自分に言い聞かせる。

「……あいよ。で、お客さんの名前は?」

「詩人だ」

「あ?」

「詩人だ。それで通じる」

「……てめぇ、ふざけてんのか?」

 名前を聞いて、返ってきた単語が職業である。詩人など世界に星の数ほどいる。それで話が通じるとは思えない。

 一般的な反応をする男に詩人は小さなため息を吐いて、背負っていた斧槍(ハルバード)を外して手渡す。

「これをケーンに渡してもらいたい」

「だからふざけ――」

 るな。続けようとして、言葉が止まった。追い返そうとした動きも止まった。

 目の前に出された武器は、職人である男が見惚れる出来栄えだった。自分では全く扱えないような素材を繊細に使い、金属部分も自身が打ち出した物がかすんで消えるほどに素晴らしく鍛錬された逸品。

 これは芸術である。これは目標である。これは至高である。

 ――こんな武器を、いつか創り出してみたい。そんな想いが溢れ出て、男の動きと思考が完全に停止してしまった。

「お~い。どうかしたか?」

 対応に出た男が戻って来ないと、ケーンが顔を出した。この工房に来たばかりの男である。面倒事に巻き込まれたかと様子を見に来たのだ。ほとほとケーンも面倒見がいい。

 そして入り口に立つ詩人を見て、失敗したと顔を歪めた。この新人に詩人の事を伝え損ねていたのだ。工房の恩人ともいえる男に失礼をしてしまったかと、慌てて頭を下げるケーン。

「すんません、詩人さん。こいつは新人でして、どうかひとつご容赦を!」

「いや、気にしてないから別にいい」

「本当に申し訳ありません。おい、お前もちゃんと頭下げろ。この人は工房で顔パスだ、よく覚えておけよ」

「……」

「おい?」

「……」

「オイっ!!」

「あっ、はい! ケーンさん、なんでしょうか!?」

 頭を小突かれてようやく正気に返る男。そこまで武器に見惚れていたのだが、それは客を前にしてする態度ではない。

 嘆息しつつ、再度詩人に向かって頭を下げるケーン。

「ホント、すんません。この馬鹿が失礼な真似ばかり……」

「なに、一本筋が通った良い若者じゃないか。大事に育てろよ、ケーン」

「そう言っていただけると……」

「あ、あの。ケーンさん、この人は?」

「恩人だよ、この工房とノーラさんの。それに武器を見たら分かると思うが、とんでもなく強い。

 貴重な素材も卸してくれるし、新しい武器の発想も考えてくれる。今回は多目に見てもらえるみたいだが、次回から粗相がないようにな」

「っ! す、すいませんでした!!」

「ああ、いや。気にするな。精進しろよ」

「はい! いつか、その斧槍(ハルバード)よりも素晴らしい武器を創って見せます!」

 言い切る男に詩人はどこか感じ入るものがあったのか、ふむと少しだけ考える。

 そしてケーンに向かって手に持った武器を差し出して、渡す。

「あ、はい。お預かりします。どうです、問題なかったでしょう?」

「ああ、流石だな。ちゃんと手入れがされていた。それから、それを置いておくのはやめだ」

「え?」

貸す(・・)

 一瞬、何を言われたか分からなかったケーンだが、その意味を噛み砕いた瞬間、驚きで顔を歪ませた。

「マジっすか。どんな心境の変化ですか?」

「飾ってくれていい。勉強してくれ。

 それとも、必要ないか?」

「まさかそんな!!

 おい、お前」

「は、はいっ!?」

「この武器を拝借できた。工房中に厳命させろ。

 決してこれを劣化させるな。そして、これを見て学び、精進しろってな」

 言われた男は驚愕と歓喜の表情でケーンから詩人の斧槍(ハルバード)を受け取り、深々とした礼を一つしてから鍛錬場へと駆けて行った。

 その喜びがまだ甘いと知るのは、彼が鍛錬場についた後の事。ケーンの言葉を伝えた時に、自分の鼓膜が破れんばかりに歓声が爆発する時だった。

 

 それはさておき、詩人はケーンと一緒に工房の奥へと進む。

 聖王の槍を取り戻すと決めたノーラは職人としては腕を落とさない最低限の槌しか振るわなかった。荒事になった時のためにバトルハンマーを振ったり、カタリナと情報を集めたりする時間を多く作っていた。今もカタリナと話し合っているらしい。

「でも、詩人さんがあの槍を貸し出すなんて。本当に何があったんですか?」

 先程までは新人の手前もあって作った喋り方をしていたケーンだが、今はそんな必要はない。ケーンが新人の頃を知っている詩人なので、必要な事とはいえ偉ぶった姿を見せるのはちょっとした気恥ずかしさを伴ってしまう。それを誤魔化すように先程起きた珍事である、詩人が自分の武器を差し出した事を話題に出す。

 詩人は際立った武人であり、故に自分の武器を容易く手放す事はしない。この工房に預けるまでは、あの斧槍(ハルバード)はどこかに隠していた。だが、おおよそ2年程前だったか。ふらりとそのハルバードを持ち、この工房で預かってくれないかとそう言ったのは。

 今思えば詩人がほんの1年程度で、聖王の槍が盗まれたこの工房に自分の槍を預ける事が普通ではなかったのだが。当時はその業物に目を輝かせ、同時にとても怖くなった事を覚えている。自分の工房で管理していた聖王の槍を失っただけでも大きな醜聞なのだ。その上に恩人の愛槍まで失ってしまったら、まず間違いなく工房は終わる。最悪、重大業務過失の罪に問われる。

 その恐怖はノーラにもあったのだろう。しかし、自分の工房を信じてくれるという詩人の好意を無為にもできない。

 そんな悩みを見透かしたように、詩人は苦笑しながら置いておいてくれるだけでいいと言ったのだ。責任は自分で取る、代わりに必要な時に届けてくれればいい、と。

 もちろんその辺に置いておけ、という意味ではない。厳重に隠しておいてくれという意味だ。

 それを聞いたノーラは斧槍(ハルバード)を奥深くに隠し、古くからいる職人が自分の監視の元で軽く見る事しか許さなかった。

 そんな扱いを受けていた武器である。全てを飛び越えて、いきなり聖王の槍と同じように飾っていい、見て勉強しろである。喜びよりも驚きの方が大きいというのが、ケーンの率直な意見だ。

「まあ、確かに思い入れが大きい物ではあるけどな。理由は三つある。

 一つは槍を盗まれるへまはしないと信じたからだ。ノーラたちは俺の槍を丁寧に扱ってくれた。二度盗まれるへまはしないだろうし、あの斧槍(ハルバード)は聖王遺物のように伝説の品じゃない。

 二つは勉強のためだ。いい武器を見て、それが職人を育てるなら有効活用するべきだろう。聖王だって、そういった意図で聖王の槍を工房のシンボルにしたんだろうし。

 三つめは更にいい武器を創れる目処がたった。フォルネウスを撃破し、集めていた素材を大量に入手できた。古いあの槍より、もっといい物ができるだろうな」

 ふんふんと話を聞いていたケーンだが、最後の言葉には思わず固まった。詩人は今、なんといった?

「あの、詩人さん。フォルネウスを、どうしましたって?」

「倒した。俺の仲間と、弟子とがな。明日にはピドナ中に広まるだろうし、近日中に世界中に広がるだろう」

 事もなさげに言う詩人だが、その内容は普通ではない。思わず絶句するケーンだが、その時間は長く続かなかった。ノーラとカタリナが話し合いをしている部屋に到着する。

 狼狽するケーンを尻目に、詩人は扉をノックして名乗りをあげる。

「詩人だ」

「ああ、あんたかい。入ってくれ」

 中から聞こえたノーラの声に従って、動けないケーンを置いて部屋の中へと入っていく詩人。

 以前と同じようにソファーに腰かけて話し合いをしているノーラとカタリナの姿があった。

「茶、飲むかい?」

「いただこう」

 恒例のやりとりをして、座った詩人はノーラが淹れてくれたお茶を一口啜る。とたんに嫌そうな顔をする詩人。

「これは?」

「トーマスカンパニーの新商品、コーヒーっていうお茶だよ。私は結構気に入ったんだが……アンタはダメだったかい?」

 その言葉に返事をせず、嫌そうな顔でもう一口コップを傾ける詩人。いいのか悪いのかよく分からない対応に、肩をすくめるノーラ。

 そんな雰囲気を変えるべく、カタリナがこほんと咳払いをして場を整える。

「状況は変わったと思います。お互い、情報交換をしましょう」

 まずはと言わんばかりにカタリナからピドナで得た情報を話す。

「詩人からの連絡を受けて、こちらはマクシムスを張りました。が、外部と連絡を取っている様子はありませんでした。よほど巧妙なのか、ジャッカルが神王教団の内部にいるのか…。

 しかし、奴は奴で独自に動いているようです。しかも、相当に悪辣。聖王様が禁じた凶悪な薬物を使うのは当たり前で、時には何も知らない信徒の良心まで利用して闇で蠢いています。また、奴自身の立場を利用して事を起こしました」

「事を起こした? …野郎、何をやらかした?」

「貧民街の子供を利用して、ミューズ様に夢魔の秘薬を飲ませたのさ」

 言葉を引き継いだノーラ。絶句する詩人。

「夢魔の秘薬!? そんなもの、どこで? どうやって!?

 いや、それもだが、ミューズに飲ませただと!? アレは夢と現実の境を曖昧にして、時間や道理を捻じ曲げるモノ。毒薬なんてものじゃない、もはや禁域の代物だぞ!? いったい何の為に!?」

 今までに無い程、激高し取り乱す詩人に。ノーラは怒りを通り越して逆に澄んだ声で応える。

「落ち着きな、詩人。それについては解決している。それに理由も分かった。順序立てて説明するよ。

 まず最初にクレメンス様は聖王遺物を良く思わなかったらしいわ。過ぎた力は全て滅ぼしかねない、そう言って娘のミューズ様や重鎮たちの前で銀の手を破壊した」

「銀の手…。確かピドナに伝わる聖王遺物の一つだったな。クレメンスが破壊したのか」

「ああ。その情報がかつてのクレメンス様の部下からルートヴィッヒに流れ、そこからマクシムスにまで伝わった」

 そこまで言えば分かる。マクシムスは夢魔の秘薬という禁断の薬を使い、ミューズの全てを否定してまで聖王遺物を欲したのだろう。

 夢と現実の境を曖昧にする夢魔の秘薬を使えば。夢の世界から、現実から喪失してしまった銀の手が復活することは可能性としてはありえる。

「銀の手は?」

「戻ったよ」

 苦渋の顔をするノーラ。クレメンスを様と呼ぶ彼女である、きっとクレメンスに少なくない恩があるのだろう。銀の手が復活したということは、少なくともミューズはマクシムスに狙われる事となる。それ故に、表情が曇るのだろう。

「マクシムスは貧民街の子供に、ミューズ様が元気になる薬だと言って夢魔の秘薬を渡したそうです。

 ここピドナでは、貧民層の言葉は酷く軽い。子供なら尚の事です。証拠にはならないでしょう」

「それを計算して動いてる奴さ。ヘドが出るね」

「そのくらいの方がいい。叩き潰して、こっちの心が痛まないくらいの方がな」

 三人三様に気分の悪い表情をしながら話を進める。

「それで、ミューズはどうなった?」

「無事さ。だけど流石にピドナに居続けたら格好の的だからね。縁があったトーマスカンパニーに協力してもらって、世界を転々としているよ。

 …時間の問題でもあるけどね。ナジュ王国を滅ぼした神王教団と、できたばかりのトーマスカンパニー。地力が違い過ぎる。いずれ捕捉されちまうよ。

 詩人、あんたならどうにかならないかい?」

「……。俺が居た方が安全性は増すだろうな。どうせ俺も世界を転々とする身だし、規則性も読みにくいだろう。

 だが、悪いが。俺は俺の目的が最優先だ。ミューズ専用の護衛にはなれないぞ」

「でも、目の届く範囲なら護ってくれるだろう?」

「対価による、ただで護ってやるほどお人良しじゃあない。

 …と、言いたいが。今回は特別だ。マクシムスの囮という名目で、奴と決着が着くまでは片手間で護ってやるよ」

「十分だよ。アンタはどう動く? 動きを聞いて、ミューズ様を合流させるわ」

「まずはリブロフに行く。そこで用事を済ませたら、仲間を迎えにランスへ。

 その後はアウナスの討伐だ、ウィルミントンを通って、陸路でモウゼス経由か、海路でアケに行くか」

「分かった。帰りもウィルミントンは通るだろ、そこに向かうようミューズ様に伝えるよ」

 一段落して、ふと思い出したカタリナが詩人に尋ねる。

「そういえばフォルネウスと事を構えるといいましたが、どうしました?」

「ああ。討伐した」

 しれっとした顔でコーヒーを啜る詩人だが、それを聞いた二人の女性は普通ではいられない。

 あんぐりと口を開き、聞き直す。

「今、なんて言った?」

「フォルネウスは討伐された。俺の仲間によって、な。近日中にピドナにも情報が回るだろ。

 その際、海賊ブラックと接触できた。奴はジャッカルの肖像画を持っていたから、この顔を覚えていてくれ」

 そう言って懐から一枚の肖像画を出す詩人。

 それを覗き込んだ女性二人は妙な顔をした。

「なんだい、こりゃ?」

「なんだって、ジャッカルの肖像画だよ」

「いえ、私たちが知りたいのはジャッカルの肖像画であって、マクシムスの肖像画ではないのですが」

 カタリナの言葉で沈黙がおりる。

 詩人はジャッカルの肖像画を出して、カタリナとノーラはそれをマクシムスの肖像画だと認識した。その齟齬を解決できる、簡単な答えが同時に閃いてしまったからだ。

「まさか…マクシムスの正体は海賊ジャッカル!?」

「ありえる、話、か? 神王教団は急激に勢力を増した。ならば、そこに異分子が混じっても、不思議ではない、か?

 ジャッカル程に能力があるなら、名前を隠し、一からでも神王教団の幹部になれる、か? ジャッカルが行動を見せなくなったのは10年は前だ。それほどの時間があれば、確かに……」

「詩人。ジャッカルの識別方法は他にないのですか? 顔が同じと主張しても証拠になりません。ジャッカルである、確かな証拠は?」

 これまでになく真剣な表情をするカタリナにまた、詩人も真剣な顔で答える。

「腕に決して消えないジャッカルの刺青がある。これが動かない証拠だ」

 詩人の言葉に、女二人の魂に激しい炎が灯る。

「……そうかい。ようやく、かい」

 激しい感情を瞳に灯してノーラが呟く。彼女の激情は尚更だろう。工房・父・親方、その全ての(かたき)がようやく手を伸ばせば叩き潰せるところまできたのだ。

 負けじとカタリナも瞳に怒りを宿すが、そこで熱を冷ますのが唯一ジャッカル個人に怨恨のない詩人である。

「落ち着け。まだ、ターゲットが定まっただけだ。奴が神王教団の幹部であり、ルートヴィッヒにも顔がきく立場なのを忘れるな」

「「でも!!」」

「だから、落ち着け。今は、落ち着け。そして機を待て。

 ピドナの支配者であるルートヴィッヒか、神王教団の指導者ティベリウスか。そのどちらかの信頼を損なう事が最低条件だ。それをせずに手を出せば、逆に奴に押し潰されるぞ」

 ぐっ…と沈黙せざるを得ない二人の女性。

 確かにマクシムスであるジャッカルは、その二つの世界最高勢力と密接に結びついている。

 しかし綻びがない訳ではない。

「ジャッカルは重罪人である大海賊だ。マクシムスと結び付けられればルートヴィッヒは処断せざるを得ない。

 また、神王教団を使って暗躍もしている。その証拠をティベリウスに突き付ければ、粛清が始まるだろう」

「…、……っ! ちっ! まだ、待ちかい!!」

「…っ、もどかしい!」

「九十九里もって道半ばと知れ。事が進んではいる。

 手順を誤れば、こちらが詰む」

 淡々と語る詩人にようやく落ち着きを取り戻す場。詩人としてはこれで落ち着いてくれて何よりである。

 何せ、人間は土壇場に追い込まれると何をするか分からない。詩人はそれをよく知っている。だから次の言葉がすぐに予想できて、そしてそれの対応もすぐに口にできる。

「私たちに、何かできることは?」

「俺はリブロフに行くが、妖精の弓を持った奴がリブロフでミューズに落ち合う予定だと噂を流してくれ。聖王遺物二つだ、噂に喰いつく可能性は低くない。

 それから、マクシムスの悪事の証拠を集めろ。これが証明できればティベリウスが動く。

 後は、奴がルートヴィッヒに公的に会合する予定を押さえろ。そこでジャッカルの証拠を言いだせば、ルートヴィッヒも確認するだろう。そこを容赦なく突け」

 とりあえずの、そして着実で堅実な方向性を打ち出す詩人。これで彼女たちが暴走する可能性は低くなっただろう。目先の目標が最終に向かうとなれば、彼女たちはその努力を無為にしない人物だと詩人は分かっている。

 詩人の予想ではリブロフにマクシムスの手の者は来ない。聖王遺物二つは、流石に怪しすぎる。だからこそ逆に、宿命の子である可能性を持つ者と詩人との邂逅が邪魔されずに済むのだ。闇で強く輝くジャッカルが警戒する区域は、全ての闇の者への牽制となる。そして光であるラザイエフ商会は詩人の味方である。つまり、敵が紛れ込む機会が限りなく少なくなる。

 そして残り二つの指示でジャッカルの急所を射止める。詩人としても、聖王遺物を強奪する不届き者を放置するつもりはない。

 

 会合が終わる。

 

 詩人は場を辞した後、ケーンの下に向かった。ノーラが機能しない今、ケーンが持つ影響力はとてつもなく大きい。

 そんな彼に、稀少な素材と多額の金。そして希望の武具とその届け先を指示した詩人は、宿で一泊してリブロフへと向かうのだった。

 

 

 リブロフ。

 聖王と縁が深いフルブライト商会の同盟者である、ラザイエフ商会が支配する町。

 しかし、今、ラザイエフ商会は家督問題で揺れていた。

 現在の会頭であるアレクセイ・ラザイエフ、彼は高齢であり後継者に悩んでいた。すなわち、長女であるベラが見染めて自分も認めた男である婿養子ニコライに任せるか。それとも、歳が離れている実の息子のボリスに家督を継がせるか。

 面倒なのは、お互いがお互いを認め合っている点であろう。例えどちらが選ばれても恨みっこなしで、相手の下についてラザイエフの為に尽力を注ぐ覚悟がある。両者がそれほど器が大きい人間であるからこそ、アレクセイも悩んでしまう。ある意味、贅沢な悩みと言えるだろう。

 だがそこで、さらにおまけの頭痛の種がついてしまった。末娘で愛娘のタチアナが、そんな家族の雰囲気を敏感に察してしまったのだ。大きく紛れもない善意の狭間にある、ほんの小さく人間ならば消しようもない微かな黒い感情。感受性が豊かなタチアナはそれを敏感に感じ取ってしまい、全てが嫌になって家から飛び出してしまったのだ。

 アレクセイは、それはもう取り乱した。年が過ぎてから生まれた、愛娘が出奔したのである。孫ほど年の差があるとはいえ、妾の子とはいえ、限りなく愛した子には変わりないのだ。…妾の子であるというナニカにタチアナが察してしまった事に、アレクセイ本人は気づいていないが。

 そして夜も眠れない、食事も喉が通らない日々をどれくらい過ごしたか。タチアナの安否を知るより前にアレクセイが衰弱死してしまうのではいかと家族の者が強く心配する程になって、ようやくフルブライトからタチアナの生存確認が取れた。曰く、タチアナ嬢は武芸者になるべく腕の立つ者の下で修業していると。そして万が一の事態には必ず伝えると。それを知った瞬間にアレクセイがへなへなと力をなくし、座り込んでしまったのは仕方あるまい。安堵と心配、その両方で。

 時が経ち、本日。タチアナの師である武芸者、詩人と会う機会を得たアレクセイは今までで最高に緊張していた。ラザイエフ会頭としてはともかく、アレクセイ個人としてこれ以上緊張したことはないだろう。そう場違いな事を思いながら、アレクセイは厳重に人払いをした部屋の中で詩人に深く深く、頭を下げていた。

「どうか、どうか、どうかっ…! お願いじゃ……!」

「……」

「我が子、タチアナを見捨てないでくれたまえ…! 儂はもうタチアナに嫌われてしまった。主に縋るしかないのじゃ!」

「……」

「っ! せめてタチアナを安全な所にっ! どうか、どうか! タチアナの安全だけでもっ!!

 申し訳ない、誠に申し訳ないがラザイエフ家は差し出せない。だが、儂の全ては差し出すから、どうかお願いじゃっ!!」

 詩人の困った沈黙をどうとったのか。アレクセイは必死に懇願してくる。

 ある意味、アレクセイの希望に沿っているとは言い難い。四魔貴族に挑むとは、自殺と変わらないのだ。

 しかしその上で、犠牲ありきとは云え、エクレアは四魔貴族の一角であるフォルネウスを既に落としている。しかも才能と実力も十分にあり、次の四魔貴族のターゲットにいれて楽しんで行動している。

 その上でこの実父の対応は困る、実に困る。適当に対応するには誠実過ぎるし、誠実に対応しようにも適当に誤魔化せない。

 結局のところ、お茶を濁すしかないのだが。この必死な父親にそれをするのは、詩人の僅か過ぎる良心がゴリゴリと削られる。何で俺がこんな貧乏くじを引かなくてはならないのかと、詩人が心で深くて深いため息を吐くのも仕方がないだろう。

「頭を上げて下さい、アレクセイ殿」

「じゃが……」

「心配せずとも、私はタチアナ嬢を見捨てません。彼女には才能があり、能力がある」

「おおっ!」

「しかし、力が支配する世界は万が一が無いとは言えません。残念ながら、安全のお約束はできません」

「……」

「しかし、タチアナ嬢はいつも笑っているでしょう、最期まで笑っていられるでしょう。それだけは、お約束します」

「っ! 感謝じゃ、感謝しかないっ……!」

 涙ながらに言うアレクセイに、詩人はとても肩身が狭い。最期まで笑っていられることを教えたのは彼ではないのだから。

 それを教えた者はもうこの世にはいない、誇り高き大海賊である。そして詩人はある意味、彼に未だ認められていないのだから。

 そういう時は逃げに限る。詩人は逃げることを嫌がる性質ではないのだ。

「ところで、ラザイエフ家が保護したという身元不明の者とは?

 私はその者に用があってきたのだが」

「あ…?

 ああっ!! フルブライトから聞いた、どこともなにとも知れぬ者を探している変わり者とは君かっ!」

「……」

「あ、いや、失敬。忘れてくれ。今、案内しよう」

 沈黙した詩人の気分を害してしまったのかと、アレクセイはそそくさと別の部屋に案内する。ちなみに詩人はアレクセイに対しては気分を害していない。どちらかというと、フルブライトに対して呆れている。

 あの野郎、こんなところでも人をおちょくって遊んでやがるな、と。

 アレクセイという、ラザイエフ家会頭が家を案内するという珍事の中、やがて一つの部屋に辿りつく。そしてアレクセイはコンコンとその部屋をノックした。

「アレクセイじゃ」

「…っ! 会頭ですか、どうぞ!」

 中から男の声がして、アレクセイはドアを開けて詩人を中に入れ、そして自分は会わず外からドアを閉める。そして詩人の目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。

「モニカ姫!?」

「詩人さんっ!?」

「それに…ユリアン!!」

「あなたが何故ここにっ!?」

 奥の椅子に腰かけるモニカと、部屋全てを警戒範囲に含めているユリアン。

 モニカもそうだが、特にユリアンの成長が凄まじい。詩人が鍛えたエレンやエクレア程ではないかも知れないが、この短期間でよくもまあ程度が知れた若造が詩人が見れる程度に育ったものだと。

 そしてベッドに横になっていた人物が起き上がる。行き倒れと聞いていたが、体調は良くなっているのだろう。その動きによどみはない。

 起き上がったその人物は、詩人を見て信じられないと目を見開く。詩人も、ここにいるとは思いもよらなかったその人物に絶句する。

「貴方、貴方はっ…!」

「リンリンっ!?」

「リンリンというのはやめて下さいっ!!」

 思わずといった詩人の叫びに、思わずといった風情で叫び返すその女性。名前は。

「ああ、すまん…。もう、大人か、お前は。

 確か――(ツィー)(リン)、だったか?」

「はい、はいそうです…! 遥か西より来た旅人、名も知らぬ詩人さん。本当にお久しぶりですっ!」

「いや、ここが西だけど、むしろ鈴が遥か東から来た旅人だけど……。

 お前、何しに来た?」

「昔に言ったじゃないですか。西を見てみたい、と」

「それで本当に樹海を超えて西に来るか、普通?」

 バイタリティー溢れ過ぎだと、詩人は顔を手で覆って上を仰ぐ。

 ゲートを閉じるというエレンといい。それについてくるエクレアといい。樹海を超えて西に来る鈴といい。本当に、詩人の知る女性はバイタリティーに溢れ過ぎである。

 それをポカンと見ていたユリアンとモニカだが、やがておずおずと口を開いた。

「えと、あの…。あなたとリンは知り合いなのか?」

「ああ、10年以上前だったか。乾いた大河を超え、死の砂漠を超えた事がある。鈴はそこにいたムング族の、族長の娘だよ」

「っ! 詩人さん、東の最果てを超えた事があるのですかっ!?」

「超えた事がないと言った記憶はないが」

 からっと言う詩人だが、その事実にはユリアンもモニカも絶句する。あの砂漠を超え、生還した者がいるなど想像もしていなかった。というか、その存在や情報がもはや国宝ものである。いや、存在が知られない東の情報なら、下手な国宝以上か。

 かつて一緒に旅をして、軽く教えを願った相手がそれ程だったのかと。ユリアンとモニカは顔色を悪くした。

 だがまあ、詩人はそんな些末事に拘る性質ではない。

「そんなことはどうでもいい。モニカ姫たちと鈴が出会った経緯が知りたいが…」

「経緯と申しましても……」

「旅の途中でリンを見つけて、保護したとしか、なぁ?」

 言葉に困る彼らに詩人は頭痛を払うように頭を振った。

「分かった、分かったから。

 モニカ姫がロアーヌを出た経緯から、全部説明してくれ」

 これは全ての話を聞かないと分からない。そう判断した詩人は今までの話の全てを求める。

 そしてユリアンも、これからの事を考えるならこの詩人の信頼を得ても損はない。そう判断して、ロアーヌに仕える事になった日からの全てを語るのだった。

 

 

 




予想できた方は素晴らしいっ! つか、いないだろ。(本音)
次回より詩人の詩。その外伝である護衛の剣が始まりますっ!!

場面としては6話が終わった後からの分岐、ロアーヌ編から始まります。主人公はユリアン予定。
詩人がほとんど関係しないお話ですが。どうかお楽しみ下さい!
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