……短い上に更新速度低下して申し訳ないです。週一更新もできないかもですが、どうかご容赦下さい…。
「カタリナ様が長期任務でロアーヌの外に?」
ロアーヌ宮殿にある一室で、ユリアンは同僚のプリンセスガード二人とお茶を飲みながら話をしていた。プリンセスガードは十余名いる。貴族出身の者もいるが、ユリアンのように平民がその実力を認められて入隊した者も少なからずいる。数としては半々といったところか。
その中でのユリアンの評判は悪いものではなかった。副隊長に抜擢されたやっかみが無い訳ではなかったが、ユリアンの相手を敬う態度がそれを軟化させた。平民出身の者によってはユリアンがあっという間に一部隊の副隊長に抜擢されたが為に、彼が目標の人物だと言う者もいる程である。
今、ユリアンとお茶をしているプリンセスガードの女性もそんな一人である。平民出身の彼女は、文官としてプリンセスガードに採用された。予算取りやスケジュール管理など、部隊には筆をとって口で戦う事も多くある。そんな彼女はカタリナに見出された人材の一人であったこともあり、自分を引き上げてくれたカタリナの突然の異動に困惑した感情を隠せない。このプリンセスガードは平民や貴族が入り混じった部隊であり、カタリナが隊長としてバランスを巧みにとっていた部分は大きい。
そんなカタリナが隊長を外れると言ったもう一人の男は貴族だが、平民への偏見が少ない男であった。幼い頃より教養と訓練を受けた貴族が優れている場合が多いという思考はあれど、血統のみで人の価値は決まらない。そんな彼はユリアンなど優れた平民を認める器があり、カタリナのように貴族と平民の間でバランスをとる事も役目の一つと認識している。もちろん彼自身も高い腕がある。
「詳しい任務内容は極秘だそうだが、任務期間は未定だとか」
「そんな!? プリンセスガードはいったいどうなるのでしょうか?」
この二人も、そしてユリアン自身も副隊長がそのまま繰り上がるとは考えていない。深く考えなくても荷が重い。
「隊長はラドム将軍が就くそうだ。だけど忙しいお人だからな、大まかな指揮はとっても細部まで目を配るのはとても無理だろう」
「ラドム将軍ですか。悪くはしないでしょうけど……」
女性の顔が曇る。ユリアンも難しい顔でお茶のカップを傾けた。
ラドム将軍は質実剛健で、ミカエルの覚えもよく部下からの信頼も厚い。そんな彼だが、今現在は微妙な立場に置かれている。ラドム将軍の妻は反乱を起こしたゴドウィン元男爵の娘であり、反乱の最初はゴドウィン側についていた男である。故に反乱直後ともいえるこの時期は風当たりが強く、彼が隊長を務めるというだけでプリンセスガードも悪い事に巻き込まれかねない。
ちなみにだが。ほとんど誰も、それこそラドム将軍すらも知らないことであるが、彼が最初にゴドウィン元男爵側に居たのはミカエルの計略である。彼の妻が反乱者の血縁である事を利用し、微妙な立場に立たせる。そして正義感の強い彼が、汚い事をしていたゴドウィン元男爵を見限らせるように根回しをしていたのだ。結果、ゴドウィン元男爵の兵を多く奪う事に成功し、ゴドウィンを撃破するのに大きな一石となった。
そんな功罪を持つラドム将軍だからこそ、ミカエルの覚えもよく、それを敏感に察知して足を引っ張ろうという者も多い。人は良いのだが時期が悪いと言ったらいいのか。
「気苦労は増えそうだな…」
「ま、頑張れ、副隊長」
「他人事で言いやがって」
くっくっと笑う男二人に、女性の隊員は心配そうに口にした。
「でも、副隊長。本当に気を付けてくださいね。
敵は外にだけいるとは限りませんから」
笑っていた二人の表情が引き締まる。貴族出身でもプリンセスガードで不祥事を起こし、その名声を下げて反ラドム将軍の派閥へ鞍替えするという人物はいないとは限らない。出世欲が高かったり、副隊長に平民がいるのが我慢ならなかったり、そもそもカタリナには味方してもラドム将軍は嫌いだという人物だっているだろう。
だからといって平民出身だから安全とは限らない。出世欲は平民から成りあがった者の方が強い場合もあるし、金に釣られるケースも少なくない。また、家族を人質に取るという極めて悪質な例も存在する。
誰が敵で誰が味方か、それぞれがそれぞれを信じたり疑ったりしなければならないのが貴族の世界なのだ。
「ああ、肝に銘じるよ。お前たちも頼りにしているぜ」
ニヤリと笑うユリアンに、信頼を向けられてこそばゆい表情を見せる二人。
十余人はいるプリンセスガードの中で、彼らは個人的にお茶をするくらいには仲が良い面々ではあるのだ。
それからしばらく、忙しくも平穏な日々が続く。
これはユリアンも意外に思っていたのだが、自分なりに情報収集をしてみると、どうやらミカエル候自身が睨みを利かせているようだ。妹の護衛団、しかも信頼できる腹心が隊長でなくなった事でそれなり以上に危機感があるのだろう。
様々な業務に鍛錬にと日々を費やしていくうちに、ある噂がロアーヌ宮殿に広まった。
ツヴァイク公が息子や娘を伴ってロアーヌにやってくる、という噂だ。
ロアーヌはミカエルが跡を継いでからまだ日が浅く、不安視する者も多い。ピドナやツヴァイクといった強国と関係強化に手を回すのは、ロアーヌとしては当然だ。
しかし相手は北方の雄、ツヴァイク公である。ツヴァイクは聖王が認めた貴族ではないが、100年程前に北に貴族が居ないのは民に不安を抱かせるとして自ら大公国を名乗った。以来、公国王として君臨し続けられる程に実力を持っている。現状では北方の地盤は大きく固めており、北西はユーステルムにも影響力を持ち、南のロアーヌとは事を構えるか同盟を結ぶかを考えていた。今回、ミカエルの努力が功を為して会談まで持ち込めたと言えるだろう。
ちなみにツヴァイクはレオニード伯爵の事は貴族として存在しないものと扱っている。聖王がモンスターに伯爵号を与えるはずがない、という見解の元でレオニードの事を強大なモンスターとしてしか扱っていない。そんな扱いにもレオニードは沈黙を保ったままだが。
それはともかく、ツヴァイクとロアーヌでは大きく地力が違い、ツヴァイクの方が圧倒的に上である。聖王三傑の一人を祖に持つロアーヌが自称王族に後れを取るとは情けない。そういう向きもあるが、今現在の歴然とした力関係はそうなのである。
そして関係強化に最も手っ取り早いのは婚姻だ。ツヴァイク公の娘をミカエルにあてがえるか、息子にモニカを嫁がせるか。そのどちらかが実現できれば、ロアーヌとしては大きな戦果となる。だがそれに関しては不安な材料もあった。ツヴァイク公は先祖の功に胡坐をかいて内政が疎かになっている話があり、その兆候もちらほらと見られるらしい。そしてツヴァイクの次期国王である王子は、それに輪をかけた無能者であるという噂だ。
会えば分かる事ではあるが、ロアーヌの今後に相応しい国であるかは、噂を聞く限りでは微妙である。
やがてツヴァイク公とその子供を迎えて、ミカエルとモニカとの顔合わせの時間がとられる。もちろん、お互いに護衛付きであるが。
「やあやあ、ミカエル候。どうも頑張っているようではないか」
「ツヴァイク公に認められるとは喜ばしい限り」
「内乱が起きてしまった事は残念だが、それを迅速に鎮圧した手腕は素晴らしい。我がツヴァイクも手を結んでいいかとも思った訳だよ。
しかし…はっはっは。噂通り、美男美女の兄弟であるな。特にモニカ姫は息子の嫁にではなく、儂の嫁に欲しいくらいだ」
「まあ、ご冗談を」
機嫌良く上から視線で笑うツヴァイク公に、愛想笑いを浮かべるミカエルとモニカ。
モニカの後ろに控えて見ていたユリアンは表情を消しながら思う。
(なんだコイツ)
人の領土に入り込んできながら我が物顔である。その上、自分の意見が通ると信じて疑っていない。
それくらい地力に違いがあるのはユリアンも理解しているが、人に好かれるような態度でないのは間違いないだろう。
さらにツヴァイク公がモニカを見る、品のない目も気に入らない。ユリアンはモニカを守る護衛である。好色そうな視線で主を見られていい気分になる人間はいないだろう。
それでもツヴァイク公はまだ上に立つ者として最低限の礼儀はあると言える。ミカエルやモニカに言う言葉も、自分であるから許されると分かっている節はある。だが、その子供たちはダメだ。実際に地位がある立場なのかは分からないが、王子はモニカに視線が釘付けであり話を聞いていない。姫も同じくミカエルの美貌に目を奪われていて他に気を配れていない。
ツヴァイク公はそんな子供たちを溺愛しているのか窘める様子さえ見せない。現状はツヴァイクの方が上かも知れないが、ユリアンの視点からみて為政者としての器の大きさはミカエルの方が圧倒的に上である。
「さて。モニカ姫が息子の嫁になるか、娘がミカエル候の妻になるか。どちらがいいかな」
「ツヴァイク公はどちらがいいとお考えかな?」
「それは子供たちの意見を聞かなくてはな。おい、お前たち。希望はあるか?」
「俺の嫁にモニカ姫が欲しいぜ!」
「私、ミカエル様に嫁ぎますわ!」
ほとんど同時に主張するツヴァイク公の子供たち。自分の欲望に忠実すぎると、褒めればいいのか貶せばいいのか。
短い期間だけ貴族の間で揉まれてきたユリアンだが、そんな彼でも分かる。考えるならばどちらの方がツヴァイクに益があるかを考えるべきだと。
姫はまあ、仕方がない。女は嫁ぐのが仕事という面もあり、政治に疎くても許される側面もある。夫をたてて子を為すことを一番に考えて教育されれば、見た目麗しいミカエルに嫁ぎたいという気持ちが湧き出て抑えられなくても不思議ではない。
だが王子はそんな言葉では許されない。何せ、次期ツヴァイク公国王である。それが欲に溺れて簡単に女を求めるのはダメが過ぎる。
そんなドラ息子をデレデレと見守るツヴァイク公も大概であるが。
「う~む。できれば両方の意見を取り入れたいのではあるが、流石にそういう訳にはいかないな。
ではこうしよう。今日一日、息子はモニカ姫と過ごして、娘はミカエル候と過ごそう。それで夜になった二人から話を聞き、その上で儂が決定する」
「分かったぜ!」
「負けませんわよ、お兄様!」
言葉遣いに気を付けろ、ここは公の場だぞ。それからこっちの意見を聞かずに勝手に決めるな。
心の中で呟くユリアンだが、もちろん表には一切出さない。
話は終わりとツヴァイク公の面々が場から立ち去る。騒がしく退室する言葉を拾い聞くに、王子はモニカと共に外へ馬乗りに出かけ、姫はミカエルと共にお茶をして話をするらしい。
やがて完全に彼らが居なくなり、兵からここにいるのが全てロアーヌの人間であることが伝えられた瞬間、全員の表情がどっと疲労に歪んだ。
「……聞きしに勝るバカ息子ですな」
誰かがボソッと呟いたが、ミカエルさえ素知らぬ顔で流した。
それからロアーヌ宮殿を出るのにも一騒動あった。
「俺はモニカ姫と二人きりで楽しみたいのだ、余計な護衛などいらん!」
「しかし若い男女が二人きりというのも……」
「いいではないか。どうせ今日の夜にでも俺の婚約者になるのだ。多少早まっても問題あるまい」
「外聞というものもあるのです。それにロアーヌは内乱が収まったばかり、不届きな輩がいるやも知れません」
「はっはっはっ。そんな輩が出てくれば俺がこの剣で叩き切ってやるわ!」
聞く耳持たず、話にならず。あるいは無理を通して道理が引っ込むというべきか。
文字にすればそんなところだろうか。埒が明かないと判断したモニカが口を添える。
「私たちは今日初めて会ったのですから、その機会は後々にも訪れましょう。今日のところは護衛を付けていただいたらどうでしょうか?」
「モニカがそう言うならそうするか!」
今までの自分の意見はどこへやら。一瞬で意見を翻す王子。押し問答をしていた者の中には、モニカが嫁に行って内部からツヴァイクを操ってもいいのではないかと考えた者もいたくらいである。
「まあ、モニカは俺が守るからな。護衛は一人でいい」
「分かりました。ではユリアン、お願いできるかしら?」
「はっ!」
人数で揉めるとまた話が混迷しかねない。とっとと話を進めるに限ると考えたモニカは、素早くユリアンを指名する。
ユリアンも素早く反応して平伏する。そんな彼を王子はジロジロと見て、ユリアンにだけ聞こえるように囁く。
「おい、途中ではぐれるかどうかしろよ」
「は、いえ、その…」
「黙って言う事を聞いておけ、分かったな」
言いたいだけ言った王子はユリアンを一睨みすると、顔に笑みを張り付けてモニカへと向かう。
「では時間がもったいない。早速行きましょう、モニカ姫」
「はい、お伴させていただきますわ」
誰が時間を無駄にしたのか分かっていないようだ。周囲の者たちは嘆息する。
そしてユリアンは周囲よりも更に深く嘆息する。どうやら離れて気にならないように護衛する必要もあると。そして万が一の場合は姿を現してモニカの貞操を守らなくてならない。これが本当に一国の王子なのかと、ユリアンは心底疑問に思っていた。
馬に乗ってロアーヌの外の平原を駆ける王子。その前にはモニカが乗っている。
そこからやや離れた位置で、護衛として最低限の距離を保ったユリアンの馬が走っている。
「全く、気の利かない護衛だな。二人きりになりたいという俺たちの心が分からんのか」
「ユリアンは真面目な男ですので。信用できる護衛ですの」
「モニカ姫。家臣には不真面目な者を入れて、それを上手く使う事も大事ですぞ。まあ、それについてはツヴァイクで追々学べばいいか」
そろそろ本格的に言葉がなくなってきたモニカだが、これ以上の会話をする事はなかった。
キシャァァァァァ!!
突如として上空から鳥型モンスターが舞い降りて、モニカたちが乗っていた馬を強襲したのだ。
ただ遠乗りするための馬ではモンスターの奇襲に為す術はなく、その鳥型モンスターの嘴にて喉を抉られて絶命する。そして走っていた馬が突如として命を失えば、乗っていた人間は慣性に従って空を舞ってしまうのは道理。
「きゃあああぁぁぁ!!」
「うぉおおおぉぉぉ!!」
空中に投げ出されたモニカたちのうち、王子は勢いよく地面を転がってしまう。そしてモニカは空中で鳥型モンスターの足で鷲掴みにされ、そのまま捕獲されてしまった。
「モニカ姫っ!!」
地面にうずくまる王子か、連れ去られようとしているモニカか。どちらを優先するか、ユリアンは一瞬で判断して馬を加速させた。
「私はモニカ様を追います、王子はロアーヌに事態を知らせて下さい!」
すれ違い様に言い捨てるユリアン。
後ろで王子が何やら喚いているが、ユリアンの役職はプリンセスガード。モニカ姫の護衛が第一である。
空を飛ぶモンスターとはいえ、人間を一人運んでいるのである。そんなに速度は出ていないし、体力も無限という訳でもないだろう。その上、幸いにも馬で走る事を選んだ地相でもあるため、川や崖に阻まれて追いつけなくなるという事もなさそうだ。
ユリアンはモニカの身を案じながら、決して見失わないように馬を駆けさせるのだった。