クロノトリガーをプレイ中。往年のスクウェア作品は良作が多すぎる。
ミュルスから船に乗ってピドナへと向かうユリアンとモニカ。とりあえず大きな都市に行き、行動する範囲や視野を広げなければどうにも動きようがない。
朝食が終わった彼らは部屋に戻る。その表情は暗い。食後のお茶をユリアンが淹れて向かい合うように座り、今後どうするかを話し合う。
まずはモニカが口を開いた。
「お兄さまに認めて頂くために、ツヴァイクを超える価値を示さなくてはなりません」
「はい」
「だがしかし、ツヴァイクを超える価値を示すとはどういった事なのでしょうか…」
「……」
困った顔をするモニカに、固い表情のままのユリアン。言われた事の内容が抽象的過ぎる上、最難関といえる難易度を誇っているのである。即座には答えが出ない。
何せ、ツヴァイクは世界最高峰の勢力の一つに数えられるのである。それを超える価値を示すとはただ事では済まない。ドラゴンを狩ってこいと言われた方がよほど指針に目安がつくだろう。
「まず、単に強くなればいいという話ではありません」
「ええ、それは分かります。そもそも私がハリード様やカタリナの様に強くなれる自信はありません」
「ツヴァイクよりも価値を示す…。例えばドフォーレ商会や神王教団、ピドナの信頼を得るというのはあるかと思います」
口にしてなんだが、酷く現実感のない話だ。それらのトップと会うことすら至難、その上で融通をきかせて貰えるほど信頼を得たり貸しを作れたりというのならばどれほどの時間がかかるのか。一生のうちに達成できれば奇跡だろう。
考えても煮詰まる一方である。切り替える為にユリアンは自分で淹れたお茶を口にする。
マズイ。
やはりユリアンでは経験が浅すぎて、お茶のうまみや香りを全く引き出せないでいて、その上で苦みや渋みが残ってしまっている。モニカをチラと伺うが、素知らぬ顔でお茶を飲んでいた。
だが、このお茶よりもマズイ話もしなくてはならない。
「他にも問題があります」
「それは?」
「金の話です」
いまいちピンと来ていないのかボンヤリとした顔をするモニカに、ユリアンは自分達の状況を説明する。副隊長としてカタリナや同僚から学んだ事も多く、時間や信頼、そして金の大事さは特に身に沁みて理解していた。
だからこそユリアンは自分の手持ちをしっかりと管理して把握し、使いこなさなければならなかった。
まずはモニカだが、彼女は基本的に現金を使う生活をしてこなかった。必要なものは侍従長――昔はカタリナだったが――が用意し、モニカが個人的に欲しいと思った物は侍従長と相談してその承認が必要だった。お忍びでロアーヌの城下町に出る事があったので金の使い方は流石に分かるが、物の価値などはほとんど分かっていない。そんな世間知らずの姫は性格が慎ましい事もあって、高価な物はほとんど手にしていなかった。強いていうなら、ポドールイの洞窟で見つけた財宝くらいだろう。現金化した分け前の150オーラムと生命の杖、そして澄んだ綺麗な色をした宝石が一つ。その宝石はモニカが気に入り、自分へのお土産として手元に置いておいたのだった。
なので多くはユリアンの手持ちから出さなくてはならないが、彼とて金が潤沢な訳ではない。シノンで溜めた貯金は雀の涙であるし、任給も一回しか貰える程度しかロアーヌにいなかった上、必要なものを揃える為にあっという間に消えてしまった。手元にある大きな金といえば、モニカ護衛で下賜された2000オーラムくらいである。
「宿の相場は素泊まりで1オーラムですが、食事を頼んだりすれば一人5オーラムはかかるでしょう。ただ暮らすだけでも一日10オーラムが消えていくことになります。単純計算で200日、半年程度しか持ちません。これに旅をするのに必要な経費や、それぞれの手持ちを考えればさらに減りは早くなります。
楽観視して二ヶ月、もしかしたら一月も持たないかもしれないです」
「まあ……」
モニカは目を丸くして、現状を苦々しく語るユリアンを見る。詳しいことはあまり理解できなかったとはいえ、一ヶ月かそこらで自分達の旅が行き詰ってしまう事は理解できた。これでも一月の猶予があるだけマシな方なのだが。
人が生きていくならば稼がなくてはならない。強くなる旅で一番大事なのは金だと言っていた詩人の意味が、ようやく身に沁みてきた。目的がある旅では出費も大きい場合が多い。稼ぐ手間が大きな足枷になってしまう。
そしてモニカの貧困な想像ではどうやって金を稼げばいいのかも分からない。酒場で給仕でもするか、市場で物でも売るか。給仕だってコツがあったりして大変な仕事であるし、商売をすると損を出す可能性もあるとはモニカの頭の中にはない。
ユリアンだって儲け話に詳しい訳ではない。シノンの開拓地ではそもそもロアーヌから支給金が出ていたし、ユリアンとしては日々の食べ物の確保やそれを加工して行商人に売る物を作っていたくらいだ。その交渉すらユリアンはやった事がないので、実質的な経験は皆無といっていい。
「どうしましょう。ユリアン、何か考えはあるのかしら」
「はい。困った時は、やはり友を頼るのが一番かと思います」
ユリアンは考える。ここは下手に素人が手を出す場面ではないと。儲けようとして、逆に身包み剥がされかねない。信頼できる友がいるなら、是非頼るべきだと。
幸い、ユリアンにはその心当たりがあった。親友であり、ユリアン個人としては誰よりも信頼している男、トーマス。確か彼はピドナに商売の勉強をしにいくと言っていた。頼り切るとまではいかなくても、相談くらいはしていいだろう。
「申し訳ありませんが、私たちの状況は決してよくありません。モニカ様にも働いていただくことをお願いしたいのですが……」
「当然です」
主をこき使うという、限りなく言いにくい事を恐る恐る口にしたユリアンだが、モニカはきっぱりと口にした。
「私の勝手でユリアンに苦労を強いているのです。むしろ、私が一番苦労しなくてはならないというのに……。
ユリアン、この旅で私を姫として扱う必要はありません。ただの同行者として扱い、必要な事は遠慮なく言って下さい」
なかなか難しい事を言ってくるお姫様である。そう簡単に割り切れたら苦労はしない。
「分かりました、モニカ様」
「まず、私を様とつけないで呼ぶところから始めましょうか。それに私なんて言わなくてもいいですよ、俺と普段の通りの口調で結構ですから」
クスクスと笑うモニカと、苦笑いのユリアンを乗せた船はピドナへと向かっていった。
そしてピドナについた二人は、早速トーマスを探し出し、自分の身の上の相談をするのだった。
「ふむ…」
ピドナにあるベント家の屋敷、その一室に四人の人間が集まっていた。トーマスとサラ、ユリアンとモニカである。
突然訪ねてきたユリアンをトーマスは驚きながらも笑顔で迎えいれて、一緒にモニカがいた事に更に驚く。そしてロアーヌを出る事になった詳しい事情を聞いたトーマスは、顎に手を添えながら話を噛み砕いて吸収し、理解していた。
「ツヴァイクを超える価値を示せとは……。ミカエル様も無理難題をおっしゃられるな」
「何かトーマス様に案はありますか?」
「いきなり言われても流石に妙案は出ませんよ、モニカ様。
まあ、ツヴァイクが嫌ならば他の巨大な勢力に嫁ぐのもありですが……論旨はそこではなさそうですね。
自分がそんな勢力になってしまうというのが早いですが、確かに強くなればいいという訳でもない。それに簡単に強くなるのも無理な話です」
(……漠然とした方法なら一つあるが。これは口にしない方がいいだろうな)
トーマスはにこやかな顔を変えないまま、モニカとユリアンを見て話を続ける。
「まあ、今日明日中に結果を出せという訳でもないのでしょう。ゆっくり考えられるのが吉かと」
「その、ゆっくりする時間もあまり無いんだ」
ん? と重い顔をするユリアンを見るトーマス。ちょっと言いにくそうにしながら、ユリアンはトーマスを訪ねた本題を話す。
「ぶっちゃけると、金がそんなにない」
「ぶっちゃけたな、お前」
端的にはっきりと現在の問題点を言い切るユリアンに、一瞬トーマスは外用の顔を捨てて呆れた。
「流石に金をたかろうとは思わないさ。だが、仕事の選び方のコツとか、やっちゃいけない事とか。そういう話をトムに聞いてから動いた方がいいと思ったんだ」
「まあ、信頼は大事だよ。信じられない相手に金は出せない。裏切られる事は警戒しつつ、自分は相手を裏切らないとか。逆に落ち目になった相手はとことんまで叩くとか」
「トム、ユリアンはそんな大きな商売での相談をしている訳じゃないと思うわ。要するに日銭を効率よく稼ぐ方法を知りたいんじゃない?」
ちょっと話が逸れかけたトーマスを戻すのはサラ。
こほんと咳払いをしてトーマスは考える。
(ユリアンは信頼できる男だし、モニカ様も裏はなさそうだ。
なら……ここは一つ)
「そうだな。ユリアン、モニカ様。どうです、私に雇われてみませんか?」
「「え?」」
突然の話にきょとんとした顔をしてしまう二人。サラもちょっと驚いた顔をしている。
そんな場を無視しつつ、淡々と話を続けるトーマス。
「私はピドナを拠点にトーマスカンパニーという会社を作りました。後ろにフルブライト商会やラザイエフ商会がいますが、名目上はどこにも属していない新興の小さな会社です。
ですが最近南部で大きな成果を一つ出せました。これから大きくなっていく商談などに暴力はつきものです。ですが、急場しのぎの傭兵はいても信頼はそんなにない。そこでロアーヌの一部隊の副隊長を信頼して雇えるならば、それなりの給金は出させてもらいますよ」
思わず顔を見合わせるモニカとユリアン。一つの会社が面倒を見てくれるというならば確かにいい話である。そして相手は信頼できるトーマス、受けない理由はないだろう。
「喜んで受けさせてもらうよ、トム」
「よかった。正直、腕の立つ者が欲しくてね。
前はエレンがいたからよかったが、あんなに運がいい事は滅多にない」
「エレン?」
そう言えば彼女の行方が不明だった。ロアーヌにいた頃は仕事に忙殺されていたが、馴染みの名前を聞いてユリアンが思わずその名前を繰り返してしまう。
正直、少しも心がざわめかなかったと言ったら嘘になる。
「ああ、その話はサラから聞いてくれ。僕はユリアンたちに振る仕事の資料を取ってくる」
そう言ってひとまず席を外すトーマス。残されたサラに視線が向けられた。
「サラ、エレンは何をしてるんだ? 何かあったのか?」
「お姉ちゃんは世界を旅してるわ。詩人さんと、可愛い女の子と一緒に」
「詩人? あの人か……。じゃあ、結構強くなってるのか?」
「それはもう。この前なんてオーガを一人で倒しちゃった」
そのモンスターの名前を聞いて、ユリアンとモニカは目を見開いた。オーガは支配階級のモンスターであり、ユリアンでは単独で倒せる自信はない。モニカは言わずもがな。部隊を組んで倒すか、もしくはハリードなどにお出ましを願う必要があるだろう。ハリードならば瞬殺しそうではあるが。
それを倒せるとは。それも驚きだが、そもそもオーガと遭遇するという事が普通じゃない。
「オーガなんてどこにいたんだ?」
「魔王殿。数日前ね、子供が一人魔王殿に迷い込んじゃったの。その子を探すためにトーマスが呼び出されて、たまたまピドナに来ていたお姉ちゃんも手伝う事になったんだ。一緒にいたエクレアって女の子も凄く強かったよ」
「エク…レア…?」
有り得ない単語が人名として使われて、数日前のサラと同じ反応をしてしまうモニカ。
それを苦笑いで見るサラ。
「ちょっと複雑そうな背景がありそうな子でした。お姉ちゃんもそこは承知だったから問題ないと思います。
それで、オーガを中心にした獣人族のモンスター達に子供が捕まっていて、なんとかギリギリ助け出せたんです。ほんの数日前の話ですけど」
「エレンはもういないのか?」
「うん。バンガードに行ったみたい」
「バンガード? 西部の町だったはずだけど、何しに?」
「……さあ、知らないわ」
嘘をついている時のクセを出しながらサラが答える。それに気がつくユリアンだが、本人が言いたくないのならば無理を言っても仕方ないだろう。
サラとしてもエレンが自分の為に四魔貴族と戦う事に薄々気が付いている。だが、その確認をとった訳でもない。正直、詳しく知りたくないというのが本音で、曖昧にして誤魔化したい内容である。それに加え、仮にそれを口にしたとしたら、エレンが四魔貴族に挑む理由だって聞かれるだろう。サラが宿命の子だという事実は隠し通さなくてはならないのだと、エレンの話を聞いてサラの心は引き締まっている。例えユリアンだろうと漏らす訳にはいかない。
そんな真面目な話の傍らで。モニカはエレンの事を詳しく聞いていくユリアンをどこか複雑そうに見つめていた。それに気が付かないユリアン。
ちょっとピリリとした場だが、トーマスが戻ってきて雰囲気が切り替わる。世界地図を広げ、チェスのコマの白黒をいくつか持っていた。
「まず簡単に現状を説明しようか。まずここピドナは少し前までクラウディウス家が実権を握っていた。クラウディウス家はウィルミントンのフルブライト商会やリブロフのラザイエフ商会と縁が深く、世界の中心に貿易の軸を作っていたんだ」
言いながらトーマスは世界の中心のピドナ、西部のウィルミントン、東部のリブロフに白のコマを置いていく。確かに世界のど真ん中に一本白いラインが出来上がった。
彼は続いてヤーマスとツヴァイクに黒いコマを置き、ランスには白いコマを置く。
「ヤーマスのドフォーレ商会とフルブライト商会は表向きはともかく、実際を見ると仲が悪い。ツヴァイクも独自の路線を貫いていて決してこちらの味方じゃない。聖王家があるランスはフルブライト商会よりだが、あまり力はなくてね。北に影響力はほとんど無いと言っていいかな。
ここまでが過去の状況。ルートヴィッヒがクレメンスを倒し、ピドナの実権は彼に移った。反クレメンスを掲げるルートヴィッヒはフルブライト商会やラザイエフ商会とは仲良くできなかった。それにクレメンスよりも有能な手腕を発揮できている訳でもなく、ピドナはルートヴィッヒを頂点としながらも、世界中から勢力を送り込まれて混沌とした状況になっている」
ピドナの白いコマを取り除き、黒いコマを置くトーマス。中立か、やや敵対寄りか。そのように変わってしまったという事だろう。
「そこでフルブライト商会が手を回したのがベント家であり、動きやすい僕が新しく会社を作って根回しをしている。ピドナの実権を握るのは無理でも、影響力を増やして東西のラインを繋ぎ止めたいっていうのがフルブライトの本音だろうね。
だが、僕がその思惑通りに小さく生きる必要はない。南に大きな勢力がない事に気が付いた僕は、そこに手を出して取りまとめ、実績を叩き出した」
ニヤリと笑いながら白いコマを南西に置くトーマス。ここはトーマスの影響力が強いという事だろう。
「だけど手に入れたばかりの南西はまだまだ不安定で目が離せない。それにそこからの影響を強くさせるためにもピドナへのパイプを太くしたいし、身動きが取れないんだ。
そして南に力を注いだ結果、北の情報がほとんど集まっていない。下地が何もないから、現地に行ってその下地を作ってきてもらいたい。最低でも情報を持ち帰ってもらいたい」
「それが仕事、ですか?」
「言いたい事は分かったけど、俺は商売の事なんて何も分からないぜ?」
「分かっている、そこはユリアンにもモニカ姫にも期待していない。南にはサラも一緒に行って、もうノウハウは叩き込んだ。
けれどもサラ一人じゃ、襲われたりしたらひとたまりもないからね。どうしようかと悩んでいたんだ。頼みたい仕事はサラの護衛だよ」
全員の視線がサラに集まる。ちょっと照れて顔を赤くしてしまうサラ。
「北部の情報ならどこも歓迎だけど…モニカ様の事情を鑑みればツヴァイクが一番かな。
ツヴァイクを超える価値を示すというけれど、ツヴァイクを詳しく知らなければそれを超える価値を示すというのも難しいでしょう。この際です、ツヴァイクがどんな国なのかよく見てくるといいですね。
ランスやユーステルムならば少しはフルブライト商会の影響力がある。トーマスカンパニーの一員なら少しは融通を利かせてくれるでしょう。直接ツヴァイクへ行くか、歩いて北へ向かうか。それはそちらに任せます」
そこで話を区切るトーマス。
聞きたい事はあるかと見渡すが、誰も声をあげない。ならば良しと話を終わらせる。
「この屋敷を使ってくれていい、話は通しておく。
サラ、予算とかの細かい事は後で書類を作って渡すよ。どうするかは基本的に君に任せる」
「分かったわ」
話が終わる。
ユリアンとモニカはサラと共に北へ、ツヴァイクへ向かう事が決定した。
ツヴァイクを超える価値を示すこと。そのきっかけを掴む大きなチャンスだろう。
幸先悪くない旅の始まりにも油断することなく、ピドナでの日々は過ぎていくのだった。