是非楽しんでください。
ひとまずは助かった。キドラントから離れたその場所で、たき火に当たりながらユリアンはそう判断する。
目の前にいる二人の少女は部屋着であり、武器も荷物も金も何も持っていない。かろうじてユリアンが携帯していた旅の道具と僅かな金が、三人の持つ所持品の全てであった。
寝込みを襲われて縛り上げられたため、靴すら履いていない少女たちの足は傷だらけである。モニカは自分の肩を抱いて蒼白な顔で黙り込んでおり、サラはひっくひっくと泣きながら座り込んでいた。
これ以上ない悪意で自分の善意を穢された上、怪物の前に無防備に捨て置かれたのだ。そのショックははかり知れないだろう。とりあえずユリアンはそんな少女たちの足を消毒し、持っていた布で巻いていく。雪が残るこの地方で素足で居続けるのは危険だ。気休め程度だが、やらないよりはマシだろう。
そうしてから、ユリアンは焼き固めた携帯食料を二人に手渡し、自分の分も取り出して齧る。ぼそぼそとして美味しくないが、携帯食料に美味しさを求めるのも違うだろう。サラやモニカも渡された携帯食料を齧り、ひとまず腹を満たす。
人は食べれば落ち着くものだ。ようやく冷静さを取り戻しつつある二人。
「それで、どうする?」
ユリアンが口火を切った。サラもモニカも、現状が極めて悪いと理解せざるを得なかった。
おそらく、キドラントの嘘の情報によって自分達はツヴァイクではお尋ね者だろう。頼りには全くならない。
「……西へ、行きましょう」
サラがそう言う。幸い、キドラントは国境に近く、ツヴァイクの影響から逃れるのには西に行くのがいいだろう。いや、西に行くしか方策はないと言っていい。
それに、トーマスカンパニーの同盟社であるフルブライト商会が手中に収めている町もある。目指すならそこだろう。サラはいくつか覚えていた町の中で、最もツヴァイクに近い町の名前を思い出す。
「西の、ユーステルムを目指しましょう」
向かう場所は決まった。後は、それが達成できるかどうか。
サラとモニカは完全に無防備であり、モンスターに襲われたら術を使うしか抵抗する手段はない。その術力にも限りがある以上、二人をユリアンが護衛する旅になるだろう。
それに食料も心許ない。水だってない。土地勘もない。あまりに心細い、この現状。
生きてユーステルムに辿りつくには運も必要になる。そんな厳しい旅が始まった。
ツヴァイクの領地ではどんな話が出回っているか分からない。一度だけ危険を冒して、手持ちの僅かな金を使いきって最低限の旅の道具を買いに集落に入ったが、明らかに旅をする格好でない一行に人々はいぶかしそうな視線を向けていた。下手に噂にのぼり、キドラントに伝わってしまったら命が危ない。人気のない道を選択せざるを得なかった。
そういった道は人通りが少なく、モンスターが多数出現する。少女二人を守りつつ、ユリアンは必死で剣を振るっていく。
寒さだって大きな障害となって、一行の旅の邪魔をした。霜が降りる夜にはサラとモニカは身を寄せ合い、抱き合って体を暖める。
やがて食料も底をついた。シノンでは食べられる野草を知っているユリアンやサラだが、ここでは余りに植生が違い過ぎてほとんど当てにならない。ほんの僅かに見つかった確実に毒がない物だけを選んで口にするが、調理する方法もないのだから生である。もそもそとしたそれで飢えを凌ぐのは、自分が酷く惨めに思えた。特にお姫さまとしてロアーヌで暮らしていたモニカは、弱音こそ吐かなかったがとてつもないストレスとなって心が圧迫される。夜に涙が流れてしまうのは仕方がない。
身も、心も。すり減らしながら西へ進む一行。結局、その旅は報われる事となる。
ガサリと、先の草陰が音を鳴らす。とっさに警戒態勢をとる三人。ユリアンは一歩前に出て敵の視線を集め、サラとモニカは後方で左右に散っておもちゃのような弓矢を構える。
クローズデルタ。そう呼ばれる陣形で敵を迎え撃つ。もちろん体力や気力も底を尽きかけている以上、敵の質や量によっては退却も視野に入れなくてはならない。一度道を外れてしまえばまた大きな回り道になってしまうため、極力避けたい選択ではあるが無理を通して殺されては元も子もない。極めて難しい判断は、ユリアン一人に委ねられていた。多数決をとっている場合ではないし、サラよりもモニカよりもユリアンが最もその点では優れていると全員が理解していた。最善の行動をとらなければ死ぬしかない現状、それを選ばない訳にはいかない。
だが、果たして出てきたのはモンスターではなく人間の男。しかし安心はできない。人間だから敵ではないというには、彼や彼女たちが受けた仕打ちは酷すぎた。むしろ人間の方が笑顔の裏に刃を隠し持つと学んでしまった今、下手なモンスターよりも警戒すべき相手である。
出てきた男はボロボロの三人に驚いた表情を見せるが、自分を見て警戒を強くするのを見て眉を細める。
「どうした? 野盗にでも襲われたのか?」
「そうだな、野盗よりかよほど性質が悪いのに襲われた」
「……いちおう聞くが、助けてやるって言ったら頷くか?」
「いらない。今はユーステルムの信頼できる人間以外、頼りたくない」
距離を離し、剣を構えたまま。ユリアンはきっぱりとそう言い切る。自分ももちろんだが、サラやモニカはキドラントの仕打ちと酷い環境が続く旅で疲弊しきっている。相手が下手な動きでもしたら敵対行動と判断し、襲い掛からないとも限らないほどに追い詰められていた。
おそらく男はそんな少女たちに気が付いているのだろう。ユリアンたちに気を遣ってか、必要以上に近寄らない。
「ユーステルムを目指しているのか? すぐそこだぞ? 俺はそこの警備部隊のウォード隊の一員だ。村まで案内しようか?」
その言葉に僅かに動揺するユリアン。サラやモニカの動揺は更に大きい。
もしも男が本当の事を言っているのならば、地獄に仏といった状況だろう。だが、行きずりの者を信じるには、今の彼らは余りに人間不信が強すぎた。助けようとした相手に殺されかけ、身包み剥がされ、モンスターに襲われて、人も信じらず、食べ物も飲み物もロクにない旅を強いられたのだ。それもむべなるかな。
しかし、いつまでもどこまでも信じない訳にもいかない。第一、男が言っている事が本当だったとしたらこの辛い旅もようやく終わるのだ。
信じたい。けれど、信じられない。その葛藤。判断はユリアンに任されてる。
「……ユーステルムまで案内してもらえれば嬉しい。
ただし、俺たちは少し離れてついて行かせて貰っていいだろうか」
「構わないよ」
その酷いとさえ感じられる警戒心にも男は応じる。これはよほどの目に遭ったのだと理解できたのだ。ユリアンたちの頬は窪み、目はこけて、血色は悪い。特に背後で怯え切ったネコのような警戒心を隠そうともしない少女たちはそれが顕著である。そこまで追い詰められて、まだ助けてくれるという人を信じられない。
これはトラウマとして一生心の傷になりかねないような、そんな裏切られ方をしたのだろう。どこまでも強い警戒をするユリアンに、いっそ同情心まで湧き出たくらいである。
男が先導し、歩いて10分程度。本当にすぐそこにあった村まで到着した。
だが、それでもユリアンたちは警戒を解かない。それに男は自分の想像以上の目に遭ったのだと、理解しつつあった。
村とは人間の集まりで、人間が集っている場所ではある一定の安全は保障されている。もちろんそれを破る犯罪者は往々にして出てしまうものであるが、取り締まる側もそういった輩には容赦しない。酒に酔って暴れる程度なら可愛いものとすぐに釈放されるが、悪意は決して許さないのが世界の常識だ。
まあ、よほど貧しい村で旅人を襲わなくては暮らしていけないほどだと話は違うだろう。だが、ユーステルムは一見してそんな村でない事は分かる程度には満たされていた。また、大金を持っての旅ならば騙されたり強盗に遭ったりしないように身構えるのは仕方ない。だが、彼らは明らかにそんな金を持っているようには見えず、むしろ襲われて身包み剥がされた後だとぱっと見て分かる程だ。
なのに、村に着いてまで安心せず、警戒し続ける。どんな目に遭ったのか想像もできない。いや、したくない。
「……ここがユーステルムだ」
「ありがとう、助かった」
礼を返すユリアンだが、その声は固い。
「他に何かできるお節介はあるかい? あんたら、よほどの目に遭ったみたいだな。ある程度の融通は効かせてやるよ。
ユーステルムの信頼できる人間以外は頼りたくないって言っていたな。そいつの所まで案内くらいはしてやるぞ?」
男の言葉に顔を見合わせる三人。そしてユリアンが頷くと、彼の後ろからサラが緊張に満ちた声で頼み事をする。
「では、フルブライト商会に縁のある方を紹介していただけませんか?」
「フルブライト商会? それならうちのウォード隊がそうだな、パトロンになって金を出して貰っている」
「!! 貴方がたがそうなのですかっ!?」
「ああ、援助金を貰って、ユーステルムで集めた情報やらなんやらを送っているよ。後はまあ、北で取れる特産品とかもか。
あんたら、フルブライト商会の人間かい?」
「いえ、私はサラ・カーソン。フルブライト商会と関係ある、トーマスカンパニーの人間です」
「トーマスカンパニー? 聞いた事ねぇなぁ……」
「最近できたばかりの会社で、南で主に活動してますから」
顔が曇るサラ。知名度のなさが響いて話が通らないとなったら事だと、心が心配で濁ってしまう。だがそれは杞憂で終わった。
どんな事情があろうと、聞いた事がない会社を名乗ろうと、目の前に三人は明らかに困っている類いの人間だ。ならばそれを助けるのが人の道だろう。
「まあいいや。とりあえず、あんたらはよほどの目に遭った旅人なのは間違いなさそうだしな。
ボスに会って話をしてくれ。場合によっては、さっき言っていたフルブライト商会にも話を通してもらわなきゃならん」
そう言って男はまた歩き出す。
三人はユリアンを先頭に、少し距離を置いて歩き出す。まだ警戒を解けないのかと、そろそろ本気で三人の身の上を心配し始めた。
やがてやや立派な建物に辿りつくと、男は門番に気さくに話しかけた。
「よう。悪いがボスに取り次いでくれないか、厄介事の気配がプンプンする奴らを拾ったんだ」
「おう。ボスなら奥の部屋で寛いでるよ。今年の掃除は氷湖の主まで仕留められたからな、モンスターが減って暇でしょうがねぇ」
「いいことだろ」
「違いない。が、そろそろ飽きてきたな。
……厄介事か、腕が鳴るな。通っていいぞ」
そんなやりとりをした後、あっさりと門を通される一行。
それに慌てるのはむしろユリアンである。
「お、おい。そんな簡単にボスに会わせて貰っていいのか? それに俺は剣も持ってるし……」
「あん? しみったれた事言うなよ、男だろ? 緊急事態だってのは、見りゃ分かる。伊達に俺もウォード隊じゃねぇ。報告を聞くのが最優先だと判断したまでだぜ。
それに兄ちゃん、うちのボスは強ぇぞ。疲れ切った三人相手に遅れは取らねぇ」
かっかっと笑いながら男は奥を目指す。
建物の中は火の暖気で満ちており、冷え切ってパサついた肌に染みわたる。
「あ……」
「あら?」
ほろりと、たったそれだけでサラとモニカの瞳から涙がこぼれた。雪国に部屋着で放り出されて、ようやく感じた文明の温かさに一本だけ緊張の糸が切れたのだ。
それに気が付かないで男とユリアンは先を目指す。そしてやがて一つの部屋の前で立ち止まり、ノックをした。
「ボス、客人を連れてしました」
「客ぅ? んな予定は入ってねぇぞ」
「厄介事を抱えた旅人です」
「ん? まあいいや、入れ」
部屋の中から聞こえてくる野太い声に扉を開ける男。
そして中へ入る男とユリアンたちだが。中にいた大男はユリアンやサラ、モニカを一目見るといきなり大声をあげた。
「バカヤロウッ!!」
「ッ!!」
思わず腰の剣に手が伸びるユリアン。その怒りで身が竦むサラとモニカ。
だが、それは三人に向けられた怒声ではなかった。
「先に着るものと温かい食事を用意しねぇか!!」
「す、すいませんっ!」
「俺に謝ってどうするっ! もういい、客人の対応は俺がする。お前は早く温かいシチューでも用意してこい!!」
「はいっ!」
直立不動で返事をした男は脱兎の如く部屋から飛び出していった。
残されたのは茫然としたユリアンたちと、申し訳なさそうな表情の大男。
「いや、うちの若い者が不作法をしたようで申し訳ない。俺はウォード、ここのユーステルムを仕切ってるウォード隊の隊長をしているモンだ。
まずは火に当たって暖まってくれ。すぐに食事がくるはずだ。それが終わって一息ついたら、休んでくれ。話はそれからだ」
「あ、いや、その……。まずはフルブライト商会の関係者に会いたいっていったのはこっちだし、彼はここまで案内してくれたんだ」
「それでも、だ。寒さに凍えた旅人にする仕打ちじゃねぇ。まずは頭として詫びを入れさせてくれ」
会ったばかりの、何も持たない人間に対してこの対応である。まさか一つの村のトップがここまで低姿勢だとは。あまりの事に目が白黒してしまうのは仕方ないだろう。
それを気に止めず、暖炉の側のソファーまで自ら案内するウォード。
「そりゃ、あんたたちの様子は普通じゃない。村の真ん中まできて、切った張ったの緊張で顔を強張らせてやがる。大事だってのは俺にも一目見て分かった。
だが、それはそれで、これはこれだ。雪国で凍えた人間がいたら、まず暖めてやる。腹を減らしてたら食わしてやる。それが助け合いで人の道ってもんだ。大事だからってそれを無視しちゃいけねぇ」
その余りの器の大きさに、受けた仕打ちの分だけ優しさが身に染みた。
ウォードが軽く語り、暖炉で身を暖めている間に先程の男が湯気の立つシチューと、柔らかいパンを三人分のせたお盆を持ってやってくる。
「鹿肉と野菜のクリームシチューです。パンもどうぞ食って下さい」
「おう、食え食え。遠慮はいらねぇ。まずはここまで無理した体を労わってやんな」
カラカラと笑うウォードだが、三人の誰も手を伸ばそうとしない。寒いだろう、ひもじいだろう。
なのに、なぜ?
「……どうした?」
「サラ、モニカ。君たちは喰え。俺が喰わない」
「でもユリアンっ!!」
「貴方が一番苦労したではないですかっ!!」
「いいから。
君たちはもう限界だ。俺はまだ持つ。いいから、喰え。何か仕込まれていても、俺が居る」
怪訝な顔をするウォードだが、彼らの会話の内容でおおよそどんな目に遭ったのか想像がついた。
善意で差し出されたかのような食事に、睡眠薬でも仕込まれたのだろう。それが直前の話ならば、この警戒にも得心がいく。
だが、ユリアンの言う事も正論だった。ウォードから見ても、特に少女二人の消耗が激しい。ここで喰わなければ、本当に体を壊してしまう。
だからこそ、仲間内で一人は喰わない者を作って安心したいのだろう。もちろんユリアンという青年にも余裕がある訳ではないのが分かる。むしろ自分が率先して温かい飯にありつきたい体調だろうに、連れの心の心配を先に立たせる。
それがウォードにはとても良いものに見えた。苦境に立った時ほど、人の本質が出る。今すぐ目の前の食事をかっ込みたいだろうに、それを辞退する。相当の意志力がなければできないだろう。
ユリアンに促され、おずおずとスプーンを持つ少女二人。彼女たちはシチューにそれを入れると、すくいあげて口に運ぶ。そうなるともう止まらない。競うようにシチューを口に入れ、パンをちぎって噛み、胃に流し込む。
食べながら、暖まりながら。少女たちはやがて涙を流していた。ぐすぐす、ひっくひっくと泣きながら食事を口に運んでいく。殺されかけ、雪降る見知らぬ土地を歩く旅。装備は貧弱で食べるものもロクにない。そしてようやく口にできた温かい食事に、感極まってしまうのは仕方ない。
そんな疲れた旅人を温かい目で見るウォード。そうなのだ、雪国で困るとはここまで堪えてしまうのだ。だからこそ、そこに住む人は見捨てない。その辛さを身と心に沁みて分かっているから。
ただじっと、少女二人の食事が終わるのを待っていた。
「ごちそうっ、さま、でした…」
「おい、おいっ。美味し、かったです」
「おう、お粗末さま」
落ち着いたら気恥ずかしさが出るのは年頃の娘として仕方ないだろう。泣きじゃくりながら食事を掻っ込むなどという不作法をした事と相まって、二人の顔は真っ赤である。それに触れてやらないのが大人の優しさだろう、ウォードは手早く食事を片づけさせる指示を出す。
そして、真面目な顔で三人を見た。
「さて。俺としてはこのまま一眠りして貰ってから話をして貰いてぇが、その男がメシを食わなかった辺りが気になる。
話が先かい? 休むかい?」
「急いでしなければならない話があります」
毅然とした声で言い切るのはモニカ。ロアーヌの姫として鍛え上げた表情が、食事をしてようやく戻ってきた。
キドラントの現状は酷すぎる。急いで対応をしなければ犠牲者は増える一方だろう。
「キドラントへ向かう旅人を全員止めて下さい」
「は? おいおい、いきなり大きく話を出したな。それをすると村の損失も大きい。はいそーですかとは、言えねぇなぁ」
「火急なのです。とりあえず、一日でもいいです。止めて下さい」
「わ、私からもお願いします。損失は全てトーマスカンパニーが出します!」
モニカの言葉に渋い言葉を出すウォードだが、サラもそれに追従した。
「損失額を聞く前から空手形を切っていいのかい?」
「貴方たちは、私たちを助けてくれました。その恩を返さない方が、よほど人の道を外れています!」
「私からも出来る限りのお金は出しましょう。お願いします、人の命が危ないのです!」
「……分かった。出る損失は、とりあえず折半といこうか。幸い、今年の掃除で被害はほとんど出なかった。余裕はある」
切羽詰まった様子を感じ取ったのだろう。ウォードは人を呼び、とりあえず一日村から外へ人をを出さない強権を発動させた。
村人や旅人の不満は溜まるだろうが、例えば殺人事件や強盗事件が起きた場合に犯人を逃がさない措置としてこういった事は起こりえる。その上、よほど損が出る場合はその具体的な証明ができればユーステルムがその補填までするというのであるからして、不満が溜まるで済むレベルだろう。
一先ずこの村から次の被害者が出ない事を理解した三人はほっと息を吐く。
「これでいいのかい?」
「ええ。ウォードさんに事情を説明し、村に周知していただければ以降の犠牲者は出ないでしょう」
「犠牲者ったぁ穏やかじゃねぇ。が、そっちの兄ちゃんや嬢ちゃん方の対応を見れば普通じゃないのは分かる。腰を据えて話をしようか。
まず、あんたらの名前も聞いてねぇ。聞かせて貰っていいかい?」
「はい。私はトーマスカンパニーのサラ・カーソンと言います」
名前を聞いたウォードだが、サラのその姓を聞いて目を丸くした。
「カーソン! あんた、エレンの親戚かい!?」
「お姉ちゃんを知っているのですか!?」
「妹さんかい! …似てねぇな」
「お姉ちゃんはランスに行ったって聞きましたけど……」
「ああ、エレンはランスから来たって言っていたな。確認だが、同行者は知っているか?」
その問いに答えるのはユリアン。
「本名は知らないが、とても強い詩人を名乗る男と一緒だったはずです」
「それと、エクレアって名乗る少女も」
「詩人も知ってるか、本当の話っぽいな。ちなみにエクレアって女は知らねぇ。ここを出た後に会ったかな。
まあ、エレンの妹さんならなおさら悪くしねーよ」
上機嫌にエレンの名前を繰り返すウォードに、サラが怪訝な顔をする。
「あの、お姉ちゃんはここで何を?」
「ん? 氷湖でモンスターの掃除をな。詩人とエレンがいたおかげでこっちの被害は極端に少なかった。
しかもおまけで氷湖の主まで仕留められて、モンスターはすっかり大人しくなっちまったよ」
「ああ、門番とかがそんな話をしていたな」
「つー訳で、詩人とエレンには借り一つってとこだな。もちろん相応の金は払ったが、怪我人が少なくすんだ事に感謝してない隊員はいねーよ。
話がそれたが、もう一人の嬢ちゃんと兄ちゃんの名前は?」
「モニカと申します」
「ユリアン・ノールです」
「モニカとユリアンね。改めて俺はウォード、このユーステルムを守るウォード隊の隊長をやらせて貰っている」
そこでいったん話を区切り、鋭い目で問い掛ける。
「で、何があった? 詳しく聞きて―な」
キドラントであった話を全て語った三人。
サラとモニカは町長が糸を引き、旅人を生贄に捧げている事。そして逆らう者を次の生贄にすると脅している事。
ユリアンはニーナから聞いた事を語った。町長が恐怖政治を敷いている事。旅人の金品まで奪っている事。そして、できるなら怪物を倒して欲しいと言っていた事。
それら全てを聞き、ウォードは自分の顎をさすって考え込んでいた。
「にわかには信じられん話だな…」
それも当然。町ぐるみで旅人の強盗殺人をしているのである、これほど醜悪な話はそうそうない。それもこことも取引のある町が、だ。良くしていた隣人が実は凶悪な殺人犯だったとは、いくらなんでも呑み込みにくい。
だが、ここに姿を現した三人と状況は合致する。矛盾は見当たらない。見当たらないが、ウォード程の立場になれば、はいそうですかとあっさり信じる訳にもいかないのである。
「だが、笑って流すにゃデカ過ぎる話だ。確かにキドラントから来る旅人が減っていて、気になってはいたんだ。そこへきてこの話は――」
「信じて、いただけますか?」
モニカの真剣な瞳に、誠実に応えるウォード。
「可能性としてあり得るってレベルだがな。
ウォード隊にも諜報に優れた奴はいる。こっちからも人手を出して調べよう。
それと悪いが、キドラントへの旅人は制限できん。まだ確証も持っていないのにキドラントが犯人だと言い切れないんだ。ただ、キドラントに怪物が出たから近づかないようにという指示は出そう」
「こちらからも動きたいと思います。私は現状を認めた手紙をトーマスに――あ」
「どうかしたかい?」
「……封蝋印も、取られてしまいました」
「あ」
「……モニカも取られたな」
今の今まで命がかかっていたから仕方ないとはいえ、封蝋印の事がすっかり頭から抜けていた。封蝋印は身分証明にも使える貴重品であるし、手紙を出す事もできなくなってしまう。相手方が受け取っても、封蝋印がなければ信頼ない手紙として読まれないのだ。
いや、それどころか他人のそれを入手してしまえば。悪用しようと思えばどこまでも悪用できるものなのだ。二人の顔が青くなるのは仕方ない。
が、それを逆に捉えたのはウォードである。
「……封蝋印か。それがキドラントにあれば、一つの証拠にはなるな。普通忘れる物じゃない。金品を奪っている程に強欲なら、ため込んでいる可能性もあるな」
「トーマスカンパニーへの手紙はどうしましょう……?」
頭を抱えるサラに、ユリアンが言う。
「ああ、それなら俺の封蝋印を貸してやるよ」
「いいのっ!?」
「場合が場合だろ。モニカにも貸さなきゃマズイし、サラだけのけ者にはしないさ」
「モニカさんに?」
「ああ。正直、俺やサラのはともかく、モニカのは洒落にならない」
何せ、ロアーヌ妹君の封蝋印である。権力の度合いが違った。
それに訝しい顔をするのはウォード。
「モニカ嬢ちゃんは貴族かい?」
「……ここまで誠実に対応して下さった方に嘘は言えませんね。
私はモニカ・アウスバッハ。ロアーヌ候、ミカエルの妹です」
「ミカエルの妹!? お前さん、あのガキかっ!?」
「え?」
またも目を丸くして大声をあげるウォードに、きょとんとするモニカ。
「アンタがガキの頃、遠い親戚筋だってフランツが子供二人連れてきた事があるんだ。まあ、アンタはまだ幼すぎたし、覚えてなくても無理はねぇ。
しかしとなると、ユリアンも何かあるか?」
「多分ないと思う。エレンの幼馴染でモニカ姫の護衛だから、そういった意味じゃ二人よりかは縁が薄いかな」
「そうか。まあ、とりあえずユーステルムはあんたらの味方だ。まずはゆっくり体を休めてくれ。
その間にこっちも情報を集める。話はそっからだな」
ウォードの言葉で場が閉まる。
部屋を辞した三人は、それぞれあてがわれた部屋へと案内された。久しぶりの暖かいベッドに倒れ込みたい気持ちでいっぱいだったが、その前にやる事があった。
サラはトーマスに手紙を書き、モニカはロアーヌへ手紙を書き、ユリアンは温かい飯をかっ込んだ。そして出来た手紙に蝋で封をして、ユリアンの封蝋印を押す。これはトーマスには教えてあるものであるし、ロアーヌでも隊長格の封蝋印は全て抑えてある。名前を表に書けば間違いないだろう。
そして手紙を出したところで、ようやく苦難の旅は一区切りついたといっていい。三人は安全で暖かい場所で、ようやくぐっすりと眠る事ができるのだった。
手紙は南へ。野盗が殲滅された為、紛失するという心配は大きく減った。
しかも今回は緊急で確実に情報を届けなくてはならない為、それぞれが別の経路で三通ずつ手紙を送るという念の入れようである。
まずはトーマスの下へサラの手紙が届く。
表書きはサラとユリアンの連名だが、封蝋印はユリアン。ユリアンの連名がある時点でおかしいし、そこは譲ってユリアンの情報が入ったとしても、普通に考えて印は主役であるサラの物のはずである。
首を傾げながら封を開けて中を検めたトーマスだが、その表情はみるみるうちに激怒に染まった。温和で冷静なトーマスにしては珍しい感情の発露であり、近くにいた秘書は思わず顔を強張らせてしまった。
だが、こういった時こそ落ち着かなければならないと、トーマスは温かい紅茶を用意させる。
(まずはサラに送金しなくちゃな、無一文じゃ身動きが取れない。衣食住はユーステルムに頼れたのは大きい。サラとユリアン、モニカ姫の安全はひとまず確保されたな。
そして相手はツヴァイクか。僕一人だけではどうにもならないな、フルブライト商会とラザイエフ商会を頼るか。ここまで非道をしてくれたんだ、相応の礼はキッチリと返してやるっ……!!)
気炎を上げながら同盟者へ筆を取るトーマス。その文面を考えながら、ふとモニカへと想いを馳せた。
(しかしモニカ姫は……なんというか、強運だな。まさか都合よくこんな場面に出くわすとはね。僕も想像はしたけど、現実になるとは思わなかった)
モニカの手紙はピドナから海を越え、ロアーヌへ。
そこの宮殿で間違いなくユリアンの封蝋印であり、連名の字がモニカのものだと確認された手紙はミカエルの下へ届けられた。
もちろん担当者もトーマスと同じく、印がモニカのものではなくユリアンのものであること。そして連名の不自然さには気が付いたが、ユリアンはロアーヌの一つの隊の副隊長、実質の隊長である。しかも現在はモニカの護衛を一人で行っているとの噂もある。手紙が無下に扱われる事はなかった。
そしてその手紙を開けて中を検めたミカエルは、トーマスとは逆にその表情を喜色に染めた。
「でかしたっ!!」
「どうした? 大声をあげて」
ミカエルの警護という、実質的に座ってお茶飲むだけという仕事をしていたハリードが問う。
「お前も読むか? さっそくモニカが成果をあげたぞ」
「モニカ姫が? こりゃまた早い成果だな」
ミカエルも近くまで寄り、その手紙を受け取る。それを読んだハリードは喜ぶよりも先に呆れた。
「なんじゃこりゃ。
ツヴァイクは怪物を放置し、その被害に遭っていた村は怪物を利用して強盗殺人を繰り返していた。その被害にモニカ姫が遭い、ユリアンが間一髪救っただぁ?
こんなの、モニカ姫がツヴァイクに謀殺されかけたようなものじゃねぇか」
「ああ。しかもツヴァイクはまだこの事を知らない。先んじて攻めれば相当大きく削れるぞ」
モニカやユリアンは想像もしていなかった。トーマスがふと気が付いた程度である。
ツヴァイクを超える価値を示せ。
これはモニカの価値を上げろと言ってるのは間違いない。だが、もう少し先を読めば、ツヴァイクの価値を下げろと受け取ってもいいのだ。
モニカは気が付いていない。自分がこの手紙一つで、どれほどの成果をあげたかなど。
「だが、ツヴァイク相手じゃ真正面から行っても潰されるぞ」
「分かっている。少し一人で考える時間が欲しい。ハリード、お前は退室していいぞ」
「あいよ」
ハリードは気楽に命令を受け取り、部屋から出ていく。残されるのはミカエル一人。
いや、違う。いつの間にか、部屋の片隅にできていた闇にその人物は佇んでいた。
「影よ」
「はっ!」
「情報操作を先んじて行え。ツヴァイクは自らの村を滅ぼし、その財を奪うつもりだと、それとなくツヴァイク中に流せ。
浸透はさせるな。酒の冗談程度が一番だ。やれるな?」
「御意」
そしてふと気がつくと、今度こそ確かにミカエルは部屋に一人だった。
ロアーヌ一国でやれることなど知れている。それはミカエルが一番よく分かっている。そして手紙にはトーマスカンパニーのサラ・カーソンも同じ目に遭ったと書かれている。
トーマスカンパニーの名前はミカエルも知っている。それほどの手腕をあげた会社だといっていい。最初はフルブライト商会の使い走り程度しか力を持っていなかったのが、ピドナの混乱の隙をついて海運の一部の権利をもぎ取って、未開の南であっという間に成果を出した。おそらく既にフルブライト商会も一目置いているだろう、今一番勢いがある会社だ。
そんな会社がまさかここまでコケにされて泣き寝入りもしないだろう。最悪、なめられて会社が終わる。しかしトーマスカンパニー一社とツヴァイクという大国では分が悪いどころの話ではない。比喩なしで産まれたての赤子と大人くらいの実力差がある。
ならば、そんな赤子が泣きつくのは親だろう。すなわち、フルブライト商会やラザイエフ商会だ。幸い、トーマスカンパニーの泣き声が届く位には彼の会社は大きいと言っていい。
(モニカの被害を全面に出してロアーヌがツヴァイクを相手取り、気を引く。それに気を取られているうちに背面側面からフルブライト商会やラザイエフ商会に叩いてもらうのが上策か。
それが成功してからロアーヌもツヴァイクの味方の顔をして中を荒らしてやればいい。
ツヴァイク王子はモニカを犠牲にしようとしたキドラントを許すまい。いや、こちらから怒りの抗議をしてやればいい。そうすれば勝手に向こうが粛清するだろう。ついでに賠償金も貰ってやるか……)
色々と考えを巡らせながらミカエルは手紙を書く。
フルブライト商会やラザイエフ商会としても、北方の雄であるツヴァイクを削れる機会は逃さないだろう確信がある。そして味方の顔ができるロアーヌの役割は大きく、美味しい。
ミカエルとしても、ツヴァイクを削った上でフルブライト商会などといった大商会と繋がりができるなら、そちらの方がいいと考えた。以前会ったツヴァイク王家を見れば、間もない凋落は火を見るより明らか。沈む泥船に乗るよりかは、同じ聖王十二将を祖に持ち正道を歩むフルブライト商会の方がずっといい。
それにこれが成功すればモニカが戻ってくる。ツヴァイクにあてがう予定だったモニカを別の方法で使えるのだ、リターンは余りに大きい。
(いや)
いきなりここまで成果を出せたのだ。自分が下手に動かすよりも、モニカは自由にさせた方がいいかも知れない。ミカエルにはそんな考えも浮かんでいた。
ロアーヌの発展が第一であり、ミカエルさえもその歯車である事は間違いない。だが、強くなればそれなりに自由も与えられる。モニカも、そしてミカエルも。
段々と現実味が帯びてきたロアーヌの躍進と、諦めていた自由の獲得。
(もしも許されるなら……)
ミカエルは想像しようとして頭をふる。まずは目の前の大きな仕事を成功させなくては、話は夢物語で終わってしまう。
ツヴァイクを追い落とすために、ミカエルは全力を注ぐのであった。
今回も黒かった。
小説大賞に出すオリジナルも書きたいので、更新速度は落ちるかも知れません。
週一更新は守りたいと思いますので、みなさまどうかよろしくお願いいたします。