もしも本編にて詩人の謎を公表する前までに、詩人が失った『大切なもの』をメッセージにて正解された方には。詩人の設定と、詩人の前夜談を先読みする権利をプレゼントです。
……最近、リアルが忙しくて。それもモチベーションも下がり気味で申し訳ないです。
もう少ししたらリアルも落ち着くと思いますので。どうかお付き合いをよろしくお願いします。
朝一で届いた特急便から話が始まり、ユーステルムを発つ事が決まったのは昼であった。
今から出発しても中途半端な時間になると判断した一行は、出発を翌日の日の出前に決定する。それまでは手元に残った金で、もっといい野営道具や旅に必要な消耗品などを買ったりして過ごす。
それが終わった夕方。モニカが言いにくそうに口を開いた。
「あの、ユリアン。サラさん」
「どうかしましたか、モニカさん?」
ちょこんと首を傾げるサラに対して、ポツリとこぼすモニカ。
「酒場に、行きませんか?」
思わず目を見開いてしまったユリアンである。ここ、ユーステルムの酒場の利用者はその住人がほとんどで、ウォード隊のような荒事を仕事にする者たちも多く含まれる。そこに世間知らずで美女のお姫様が紛れ込むとは、カモがネギを背負ってやってくるに限りなく近い。
正直に言えば即座に却下したかったユリアンだが、それはぐっとこらえる。頭ごなしにダメだと言われていい気分になる人間はいないだろう。まずは理由を聞く事から始めた。
「どうしてまた酒場に行きたいと思ったんですか?」
「昼間にウォード隊の皆さんの給仕をして、よくお酒に誘って下さったのです。ウォード隊の方々には大変お世話になりましたし、そんな方々が誘う酒場に興味がありまして」
「酒場ならポドールイでも行ったじゃないですか。あそこよりかは活気があると思いますが、本質的には余り変わりありませんよ」
「ああ、ユリアンとトーマスさん。エレンさんが大変な事になってたあの時ですね」
悪気なくさらっと人の黒歴史を引っ張り出したモニカにユリアンの顔が歪み、サラは吹き出しかけた。まあ、確かに大変な事になっていた。っていうか、端的に言って酷かった。
今思えば、あの時もモニカの護衛という役割があったのである。アレは護衛のとる態度ではなかった。本当に今更の話ではあるが。
「あの時は呆気にとられてあまり楽しめませんでしたから。今度は雰囲気やお酒も楽しみたいのです。ユリアンとサラさんも一緒に飲みませんか?」
「え、私もですか?」
「ええ。お酒を飲むと親睦が深まるとか。一度試してみたかったのです」
瞳をキラキラと輝かせてそういうモニカ。これは止めても無駄だな、と薄々気がつくユリアン。なんというか、このまま断固として拒否していたら、一人で勝手に行くような気さえする。案外、お転婆な面がモニカにあると気が付いているユリアンである。
「分かりました。ただし、俺は飲みません。何があるか分かりませんから、シラフでいます。それから時間は2時間までです。モニカやサラはお酒に慣れてないし、明日もある。それ以上は旅に響きかねない」
「むぅ。ポドールイではユリアンは思いっきり羽目を外しましたのに」
「それはそれ。これはこれです」
モニカから思いっきり視線を外しながら言うユリアン。正直、そこを責められるとユリアンとしては大分辛い。
だが、あの時より旅のペースや自分や他人の力量を把握する能力は高くなっている。ある程度自分がフォローできる範囲を考え、そして翌日に影響がない範囲を考えた結果このような結論が出た。酒の量はユリアンがそれとなく注意すればいいし、2時間なら絡む男どもを適当にあしらった上で逃げ出すにはいい時間である。最初から慣れるために2時間しかいないと宣言し、後ろからユリアンが睨みをきかす。そして雰囲気を楽しんで時間になったらすぐに撤退する。大丈夫そうだと、思われた。
ユリアンが引かない事に気が付いたのだろう。むぅと不満そうな表情を浮かべたまま、モニカはしぶしぶ頷いた。
「決まりですね。では行きましょう、サラさん!」
「え、えっと…。私の意見は……?」
サラ・カーソン。仕事モードに入っていない時は引っ込み思案で流されやすい少女である。彼女はモニカに引っ張られて酒場に向かう羽目になるのだった。
ユーステルム。その酒場の扉が開かれる。とたんにムワっと漂う酒気と、活気。
「はいはーい。鹿肉の燻製、お待ちっ!」
「おーい、こっち酒まだ来てねぇぞ」
「テメーはママのおっぱいでも飲んでろって事だよ」
「かーちゃんのおっぱいなら毎日揉んでるぜ!」
ぎゃはははと下品な笑いが響く。
思わずユリアンは顔をしかめる。これは明らかにモニカにいい影響を与えないと判断せざるを得ない。サラは比較的平然な顔をしている。このレベルの酒場はまだ健全な方だと、商売の勉強をした際に叩き込まれた。
そしてモニカは。キラキラと瞳を輝かせていた。
「わぁ……!」
期待たっぷり。そんな声をあげるモニカに、やはり失敗したかと思わず天を仰ぐユリアン。せめて変に染まりませんようにと、聖王に祈る他ない。
怖いもの知らずにずんずんと酒場の中に入っていくモニカに、後ろを歩くユリアンとサラ。彼女等の姿は非常に目立ち、すぐに一つのテーブルから声がかかる。
「お~!! モニカちゃんに、サラちゃん、それから――」
ギロ!!
「――ユリアンさん、じゃないですか…」
「こんばんはー」
後ろで鋭い目で睨みを利かせているユリアンには気が付かず、モニカはかけられた声にトテテテと近づいていく。
そんな二人を見たサラは。微笑ましいような面白いような、そんな気分でモニカの後を歩き、二人が同時に視界に入る場所を見つける。モニカももちろんだが、ユリアンの過保護っぷりが面白い。……シノンにいた時のエレンにそっくりだとは、サラもユリアンも気が付かない。
モニカがちょこんと座ったのは男4人が囲む四角いテーブル。その短辺にあった椅子に座る。
「おー。ようやくモニカの嬢ちゃんも酒場デビューか。飲め飲め、俺がおごってやるよ!」
「かっかっかっ。ならサラお嬢ちゃんは俺の奢りだな」
奥に居た熟練の男たちは軽く笑いながら娘に近い年ごろの女性を歓迎する。彼らにユリアンの威圧は効かないらしい。
対して手前に居た年若い男の二人はユリアンの一睨みでしっかり委縮してしまっていたが。
ニコニコと座るモニカに、近くから椅子を持ってきてモニカの側に座るサラ。ユリアンはモニカの後ろで仁王立ちだ。そんな頑固親父のようなユリアンに、流石に融通が利かな過ぎると顔をしかめる熟練者二人。
「ユリアン、お前少し肩の力を抜けよ……」
「普通です」
「ま、固くなんなって。一杯飲めよ」
「明日から旅に出るので」
取りつく島もないユリアンにダメだこりゃ、と早々に諦める。
下手に手を出さなければいいだろうと、ユリアンの存在は頭から消す熟練の男たち。
「ま、お前さんがそれでいいならいいけどな……。
姉ちゃん、麦酒の軽いの二杯。特急でな!」
「はいはーい」
近場にいた比較的若い給仕が愛想よく応えて奥に引っ込み、あっという間に両手に麦酒を持って戻ってくる。威勢よく酒を置く給仕に、銅貨を握らせる男たち。
これが特急の意味である。可能な限り早く、その代わりチップを出す。こういった常識はマナーの一種であり、守らないと酒場では酷く嫌われる。店に金払いがいい貴族連中が嫌われる要因の一つといっていい。
ここでさらりと給仕に銅貨を滑り込ませる事ができるから、ユリアンは分かっていると言われるのだが。若い男たちはそれができていない。別にユリアンは下心や別意があった訳ではなく、しっかりとした仕事をしてくれた給仕に対する謝意だった。しかし、それをしっかりと示せるかどうか。そういった対人関係の基本をユリアンはしっかりと学んでいた。
「気安く呼んでねっ!」
にっこりと愛想笑いをした給仕はガヤガヤと騒がしいホールへと戻っていく。
モニカは酒を手に取り、どうしたらいいのか戸惑うが。熟練の男たちコップを掲げて少女たちの目の前に掲げる。それに追従するサラと、モニカと、若者二人。
「んじゃ」
「出会いに」
「「乾杯だぁ!!」」
そうしてゴッキュゴッキュと酒を飲み始める熟練者たち。それを真似して軽く酒を湿らせるモニカと、一気に酒を飲むサラ。
「あ」
それを見て忠告が一歩遅かったと顔を曇らせたユリアンだったが、サラはコップの中の酒を笑顔で飲み干した。
「おいし~。あ、お姉さん。麦酒強め、特急でね!」
「おう、飲め飲め!!」
「かっかっかっ。サラお嬢ちゃんは威勢がいいな! よっしゃ、俺の財布と勝負だコラァ!!」
流石エレンの妹だなと、ユリアンは思った事を口にしなかった。
「きゃははは!!」
モニカは顔を真っ赤にしてちびちびとお酒を飲みつつ、普段はしないような笑い声をあげていた。どうやら彼女は笑い上戸で、そしてあまりお酒に強い方でもないらしい。そして適応力はかなり高めで、既に場に馴染みきっていた。
対してサラはというと、エレンと同じでザルというかワクである。グビグビ飲んでいる割には酔った雰囲気は全然出さない。しかし引っ込み思案な性格が段々と出てきてしまったらしく、主に話を聞きながら曖昧な笑みを浮かべるばかりだ。
そうしてだいたい2時間くらい経ったか。ユリアンはそう感じ、2人に話しかける。
「さ、そろそろお終いだ。明日もあるし、宿に戻ろう」
「あら~。もうそんな時間なのですか~。楽しい時間が経つのは早いですね~」
ぽやぽやとしながら駄々をこねないモニカにユリアンはほっとした。酔っ払いは謎の理論でもっと飲みたがるものだが、モニカはしっかりと理性が働いているらしい。
そしてサラは全く酔っぱらっていなく、更にこういった雰囲気はあまり好きではないだろう。問題なく帰れる。
「ユリアン、ちょっとだけ時間いいかな?」
と、思ったのだが。意外な事にサラがそんな事を言いだした。予想外の言葉に、ユリアンは思わずキョトンとしてしまう。
「サラ?」
「あ、ううん。もうお酒は飲まないよ。
だけど、あの子。ちょっと気になって……」
サラの視線の先にはカウンターの端に座る、色黒の少年。大剣を壁に立てかけ酒は飲まずに食事をしている。
「あの少年か?」
「うん。ちょっとだけ、お話がしたいなって」
そういうサラに、顔をしかめるのは熟練の男たち。
「あのガキには関わらん方がいいぞ、サラ嬢ちゃん」
「別に害はないが、とにかく関わるなの一点張りだ。たまにモンスターの素材やらを売りにくるが、それだけだ。サラのお嬢ちゃんが気にするタマじゃねぇと思うがなぁ」
それを聞いて、顔を痛ましそうに歪めたサラは色黒の少年に向かって歩き出す。男たちは肩をすくめて見送り、ユリアンはぽやぽやとしたモニカの手を引いてサラについていく。
そしてサラが色黒の少年の隣に座り、話しかける。
「ねぇ……」
「僕に関わらないでっ!!」
まるで熱した鍋を触ったような、激しい拒絶。これは無理かと思うユリアンだが、そこでサラは一歩踏み込んだ。
色黒の少年の手を握り、その瞳をしっかりと見据える。
「怯えないで。私はあなたを傷つけたりしないわ」
サラの言葉があまりに真っすぐだったからだろう。思わず色黒の少年の方が目を逸らしてしまった。
しかしそれでも色黒の少年は言うべき事をはっきりと言う。
「……僕に関わった人はみんな死ぬんだ。僕を殺そうとした人も、僕を助けようとした人も。
だから僕に関わらないで」
「人は、死ぬわ」
思わぬ言葉に目を見開いてサラを見る色黒の少年。
サラは澄んだその瞳のままで、少年を見つめて言葉を紡ぐ。
「だから、生きている間に笑わなきゃダメなの。笑わないと、貴方を助けようとした人が報われないわ」
サラの脳裏に浮かぶのは最愛の姉の笑顔。心配するなと西に行った姉の為にできる事は、笑って過ごすことだとサラは思っていた。いや、信じていた。
「私の名前はサラ。貴方の名前は?」
「……知らないんだ。僕は、僕の名前も」
「そう。じゃあ、一緒に名前を考えましょう」
「いい」
サラの言葉を切り捨てた少年。だが、その口調は優しい。
「僕は……夢があるんだ。いつか、僕のお父さんとお母さんを見つけて、名前を聞くんだ。
それまで僕は、ただの少年。それでいいんだ」
「そう。じゃあ、少年って呼ぶね。私と、私たちと一緒に旅をしない?」
「……僕と一緒にいると、死ぬよ」
「今まではね。これからは、違うかも知れない。
一緒に生きて、一緒に笑おう?」
迷い、悩む。その時間は僅か。
「……、分かった」
泣きそうな顔で、少年は頷いた。
「一緒に、行く」
「ええ!」
「絶対に、死なないでね!」
そう言った少年の顔は、最初に見た時以上に幼く見えた。
翌日にはユーステルムを出ると伝え、日の出の時間に町の東で待ち合わせをしたサラは、ユリアンとモニカと一緒に宿へと戻る。
モニカは歩いてはいるが、ぽやぽやと酒に飲まれて話には参加できていない。必然酒を飲んでいないユリアンと、酒には飲まれないサラの会話になる。
「サラ、どうしたんだ。急な話だったけど」
話題になるのは当然最後の少年の事。あれよこれよという間に話が進み、終わってしまったが。なんというか、不自然だった。
話しかけたのは引っ込み思案なサラらしくないし、少年も最初の頑なさが嘘のようにサラには心を開いたように見えた。
「う~ん。本当になんとなくだけど、少年を見た時から放っておけないっていうか、そんな感じだったの。
ゴメンね、勝手に決めちゃって。苦労するのはユリアンなのに」
「いや、それは構わないが……。それにあの少年、かなり強いぞ」
「そう?」
「ああ。なんとなくそういった事も分かるようになってきたんだ。少なくとも旅の足手まといにはならないだろうさ」
ユリアンも伊達に鍛えられていない、という事だろう。断言するくらいには少年は
「サラはそう思って旅に誘ったんじゃないのか?」
「ううん。本当に、単純に、放っておけないなって思っただけよ。
なんていうか……」
他人じゃ、ないみたい。
そう言ったサラの言葉は、ユーステルムの冷たい星空に溶けて消えた。
翌日早朝。少年を伴った一行はユーステルムを旅立つ。
目的地はツヴァイクとの国境を南にいった所にあるという教授の館だが、ツヴァイクというかキドラントに近づきたくなかった面々は。まずは南下してから東に進み、教授の館を目指す事にした。
ユリアンは周囲の警戒をしつつも、モニカに旅の仕方や野営についての話、それに護衛として注意すべき点などをあげて教えていく。
サラは新しく旅の道連れになった少年とお喋りをしながら歩いていた。これには少年が一番心を開いているのがサラであり、サラと仲良くなる事から始めるべきだという考えもあった。
「へえ。じゃあ少年は各地を転々としながら過ごしてきたんだ」
「うん……。一ヶ所にいると、どうしても人とも関わりが大きくなるから」
「最初の記憶ではどこにいたの?」
「分からない……。最初の記憶は、檻に入れられて運ばれていたんだ」
「檻に?」
「奴隷商人とか、そういうのだって今思えば分かったかな。町じゃなくて、木がまだらに生えた草原だったよ。
そこで、モンスターに襲われたんだ」
少しだけ言葉を躊躇する少年。
「みんな、みんな死んだ。奴隷商人たちも、他の檻に入れられていた子供たちも。
僕は壊れた檻から這い出して、この剣を見つけたんだ。そして、モンスターを全部斬り殺した」
少年は自分が背負った大剣の重さを噛み締めるように言う。
「その後は、昨日言った通りさ。
僕を捕まえようとした商人。僕を助けてくれた冒険者。僕を殺そうとした野盗。僕にご飯をくれた宿の人。
みんな、みんな死んだんだ。まるで、僕が死を運んだみたいに……」
「そう思わないで。貴方が死を望んだ訳じゃないんでしょう?
それに貴方だけは死なない。少年はきっと、死に嫌われているのよ」
サラの言葉にきょとんとした顔をする少年。
「僕が、死に嫌われる?」
「そう。だって皆が
「……そうか」
少年はぽろりと涙を一粒零し、口から言葉を連ねる。
「そう考えた事は、なかったなぁ……」
日が暮れ始めてから野営の準備をしても遅い。やや早めの時間に悪くない場所を探し、準備を始める。
正直、モニカはまだまだ旅の役には立たない。戦闘なら術を効率的に使い、小剣や弓も使えるために足手まといとまでは言わないが。こういった日常茶飯事に関しては手馴れているとは余りに言い難い。なのでこの時間のモニカは見学で、翌日に気になったところやコツなどをユリアンに聞いて勉強するのだ。
そしてこの日はユリアンとサラがその支度をする事になったため、少年と話す時間が取れた。
「まだちゃんと話した事がなかったかしら。私はモニカ。よろしくね」
「僕は……少年。よろしく」
少年に名前がない事やその理由は既に聞いていた為、モニカはそこをつっこむ事はしない。にこやかに笑って話題を振る。
「でも、少年もユリアンも、サラさんも凄いわね。手際よく野営の準備をするのだもの」
「旅をしてきたから……。モニカさんは違うの?」
「モニカでいいですわ。
私はあまり外に出た事はなかったかしら……。主に刺繍や儀礼、歴史の勉強。それにマナーとかもね。内緒で馬術とか武術、術の練習とかもしていたけど」
「へえ。町で過ごす人はそんな事をするんだ」
世間知らずなところがある少年はそんな事を言う。モニカとはまた違う意味の世間知らずだ。ある程度常識をしっていたら、そんな金にならない事ばかりするのは上流階級のお嬢様ばかりだと分かるだろう。
幸か不幸か、少年の世間知らずに気が付かずにモニカは微笑みながら言う。
「旅にはあまり役にたたないけどね。町で落ち着いたら美味しいお茶を淹れてあげるわ」
「お茶に美味しいも不味いもあるの? お茶はお茶でしょ?」
「人と同じでね、お茶にも個性があるの。それを上手く引き出せば美味しいお茶になるわ。
だから茶葉の香りをかいで、手触りでも理解して。どのくらいの温度がいいのか、どのくらい蒸らせばいいのか。その茶葉に一番いいところを見つけてあげると美味しいお茶が淹れられるのよ」
ここでモニカは少し声を小さくする。
「大きな声じゃ言えないけど。ユリアン、これが凄く下手!
人の良し悪しはよく見えるんだけど、お茶の具合は分からないみたい」
その言葉にぽかんとした少年だが、やがてくすくすと笑う。
「ユリアンさん、固い人みたいだけど……ちゃんと人間らしいところもあるんだ」
「あら、ユリアンはとっても素敵な男性よ。強いし、真面目だし、それに絶対に信じられる人だから」
優しく笑いながらそう言うモニカに、少年もにこやかな笑みを浮かべながら言葉を出す。
「モニカはユリアンさんが大好きなんだね」
その言葉に少しだけ顔を赤くするモニカ。だが、すぐにその表情は曇ってしまう。
「……ええ」
「僕、何か悪い事を言った?
……ごめんなさい」
急に意気消沈してしまったモニカに謝る少年だが、慌ててモニカは首を振る。
「いいえ、少年は悪くないわ。
私はユリアンが好きだけど、ユリアンが私を好きかは分からないから」
「ユリアンさんもモニカが好きだと思うけどなぁ。好きじゃない人に、あんな優しくできないよ」
「その好きと、私の好きは、違うものかも知れないの……。
けれども、それでいいのかも知れない。だって私は――」
そこで言葉を切り、赤く染まる空を見上げるモニカ。
少年にはそれが、流れる涙をこらえるように見えた。
「――ううん。何でもない。これは本当にユリアンにも、誰にも内緒よ?」
「分かったよ」
「うん。ありがとう」
やがて夜がやってくる。
最初の夜番はユリアンと少年。サラとモニカが手を繋いで火にあたりながら眠る傍らで、少年とユリアンは眠気覚ましに熱いお湯を啜りながら話をする。ちなみにお茶ではない。雪国でお茶は栽培できないため、高くつくのだ。ピドナから多めに持ってきた茶葉はキドラントにて全て奪われてしまった為、少なくとも大きな都市で安く仕入れられるまでは旅にお茶はなしである。
「どうだい、誰かと一緒にする旅も悪くないだろ?」
気安く話しかけるユリアンに、戸惑ったような笑いを返す少年。
「うん。きっとサラやモニカ、ユリアンさんがいい人だから、かな」
「おいおい。俺だけさん付けか?」
「だって、サラはなんていうか、他人の気がしないし。モニカもさんづけしなくていいって言ってたし」
「じゃあ俺もさんづけしなくていいよ」
「そ、そう。じゃあこれからはユリアンって呼ぶね」
照れたように言う少年に、ユリアンは静かにコップを傾ける。
(少年もサラと同じような事を言うんだな……。他人の気がしない、か。
運命の人って奴かもな。エレンが聞いたらどんな反応をするかな?)
ふっと笑うユリアンを見て、少年はちょっと目を丸くした。
そしておずおずと問い掛ける。
「ねえ、ユリアン。今、モニカの事を考えた?」
「ん? 違うが、なんでだ?」
「モニカがユリアンの事を話していた時と同じ笑い方をしていたから」
その言葉に。目を見開いたユリアン。
「どうしたの?」
「……いや、なんでも、ない」
まさか、と思う。まさか、ロアーヌの妹姫が自分に、なんて。しかし、モニカがツヴァイクの王子と結婚させられそうになった時、モニカが真っ先に声をかけたのはユリアンだ。
いやいや、ロアーヌはミカエルの意向に従う者ばかり。それもミカエルが間違えた時に諫言をするならともかく、ツヴァイクという大国との繋がりを否定するモニカの頼みを承諾する者は少ない。ユリアンが頷いただけモニカの運がよかっただけだ。
そう。モニカが自分に懸念しているなど、そんな世迷言なんて。
(それに)
モニカを美しいと思った事は数知れない。素晴らしいと思った事も、また。慈しむべきだとも思ったし、
プリンセスガードに入ってモニカと添い遂げる未来を空想した事はない。むしろ、そこで名をあげた自分を瞳にいれるエレンの姿が――
そこでユリアンは
「どうしたの?」
自分の思考に入り込んでいたユリアンに、少年が声をかける。
柔らかく笑うユリアン。
「なに、ちょっと考え事さ」
「考え事?」
「ああ。大人の悩みって奴さ」
「僕が大人じゃないっていうの?」
少しむっとした声を出す少年だが、ユリアンはさらりとかわす。
「それで分からなきゃ、男の悩みとでも言おうかな」
「僕だって男だけど」
「……いつか、分かるさ。君にも、必ず悩む時が、訪れる」
「……?」
「悩む時がくれば分かる。その時は同じ男として相談に乗ってやるよ」
「……それまで、ユリアンは僕を大人とも男とも認めないんだ?」
「拗ねるなよ。少なくとも、強くて信じられる奴とは思ってるぜ」
「……? なのに、僕が大人じゃないっていうのかよ」
純粋に拗ねる少年。それはユリアンから見ればまさしく子供だった。
恋という、甘く苦いそれを少年は未だに知らない。
だが、それを真っ向からぶつけても意味がない。ユリアンはとんがっている少年をやんわりと正す。
「大人になるにはな、人とたくさん関わらなきゃいけないんだ。そして傷つけたり、傷ついたり。そうして大人になっていくんだよ」
「……」
「だから少年は焦らなくていい。今はゆっくりとサラとモニカに、それから段々と他の人とも関わっていけばいいさ」
そう言われては少年も黙るしかない。確かに彼は人との関わりは極端に薄い。
「じゃあ、悩む時が来たらユリアンは僕を大人の男だって認めるんだね?」
「ああ。その時は一杯おごってやるよ」
「僕、お酒は嫌いなんだけど」
「やっぱりガキだな、お前は」
ユリアンの忍び笑いはますます少年を不機嫌にさせるのだった。だが、少年はなぜか心地悪いとは思わない。それはとても不思議な気分だった。
その旅は南にある、教授の館に辿りつくまで続くのだった。
小説大賞の問題で、来週は投稿できないかもです。
どうかご容赦下さい。