詩人の詩   作:117

41 / 107
小説大賞への応募、無事に終わりました。
これからも頑張っていきますので、どうかよろしくお願いしまう。


041話

 

 

 

 鬱蒼と茂る森の奥。そこに不気味な洋館が佇んでいた。

「ここが、教授の館……」

 誰ともなしに声が漏れた。

 レオニード城のような邪気は感じないがしかし、薄気味悪さは漂っている。ナニカ、良からぬ気配を感じるが、ここまできて帰る訳にもいかない。

 ユリアンは視線で合図をして、少年を最後尾に立たせる。そして自分が先頭に立って歩を進める。万が一、敵に襲われるような場合でも、被害は最小限にしなくてはならない。ならばこそ、矢面には自分が立って、下がる時に接近戦に優れた少年を最後尾に置くのは当然の事だった。

 意を決して館の扉をノックする。すると、その扉は自動でギィィと開いていった。

「レオニード城を思い出しますわね」

 モニカがぽつりとこぼす。口には出さなかったユリアンとサラも同じ感想である。

 心臓を高鳴らせながら中に入ると、バタンとこれまた自動で扉が閉まった。少年は冷静に閉まった扉を調べ、鍵がかかっていない事と開く事を確認する。

「大丈夫、いつでも逃げられるよ」

「そうか」

 退路が確保されているのならば構わない。先に進もうとユリアンが視線を前に向けた瞬間、目の前が一気に明るくなった。

「!」

 日の光でも、火の明かりでもない。今まで見た事がない種類の光。幾多のそれがまるで光線のように部屋の奥に集中し、一つの扉を大きく輝かせる。

 そしてその扉が開く。出てきたのは、美人と評されるだろう女性。歳のほどは、20後半か、それ以上か。その女性は入り口で固まっている四人を見ると茶目っ気たっぷりにウインクを決めてみせた。

「お客さまなんて珍しいわね。ここはどこだかご存知? きょ・う・じゅ、の、館よ」

「はい。その教授にお願いがあって来たのです」

 代表して答えたサラに、女性はにこやかに笑って言葉を返す。

「ふふ……。教授を頼るなんて、なかなか見る目があるのね。

 ミュージック、スタート!」

 女性がパチンと指を鳴らすと、途端に流れる陽気で呑気で間抜けなリズム。そしてそれに合わせて唐突に踊り出す女性。歌も歌うが、その歌詞も酷い。前人未踏はまだいいとして、針小棒大を組み込む意図が謎だ。五里霧中は悪口ではないのか。自画自賛と言い切っていいのか。難しい言葉を使えば賢く見えるだろうという、頭の悪い人間の典型ではないだろうか。

 だがまあ、人の趣味に口を出す事もない。頼み事があってきている身分であるからして、変にツッコんで目の前の、教授の関係者らしき人の機嫌を損ねても事だ。

 一同は歌とダンスが終わるまでじっと待った。やがてそれが終わり、いい汗かいたとばかりに額を拭って笑う女性。喉まで出た言葉をグっとこらえる。

「とにかく教授は素晴らしいのよ!」

「それはよく分かりました。私たちはその教授に用があって来たのです。教授はどこにいらっしゃるのでしょうか?」

 サラの問い掛けに、フフッと笑う女性。

「教授は貴女達の瞳の中にいるわ。そう、私が教授。私は万才、私はさんじゅ――二十歳」

「ねぇ、帰らない?」

 少年が言う。思わず頷きかけた他の面々だが、その前に教授が口を挟んだ。

「お待ちなさい。私、頭がいいだけじゃございませんの。最高の美、究極のプロポーションも兼ね揃えてるのよ。ここまでくると、存在そのものが罪だと思わない?」

「ますます腹が立ってきた。帰ろう」

 少年が言う。今度は疑問形ではなく、断定だった。

 それを笑う教授。見る者を苛立たせるように指を振り、声をかける。

「せっかちは凡人の証明よ。何かこの天才に用事があってきたのではなくて? もちろんこの頭脳が必要ないというのなら構わないのですけど」

「……えと、あの。あなたになんとかできる問題とは、思えないのですが」

 言葉を選びつつ、断る方向に話を持っていこうとするサラ。だが、それは逆に教授の自尊心を傷つけたようだ。

「要件を聞く前にそう言われるのは心外ですわ。せめてお話をしてはいかが?」

「ネズミの群れを退治する方法が聞きたいんだが」

 ユリアンが捨て鉢にそう言い捨てる。自分に自信があるならば、ネズミの駆除の話を出されてまさかいい顔もしないだろう。

 が、教授はその言葉を聞いた瞬間に顔色を変えた。冗談のような今までの雰囲気を捨て去り、瞬時に瞳を鋭くする。

「そう……。アルジャーノン、ね」

「え?」

「詳しい話が聞きたいわね。奥へいらして。お茶を淹れるわ。

 もちろん、私は万才。お茶を淹れる才能も兼ね揃えているわ」

 そう言ってウインクする教授は最初と同じく、軽い様子を見せていた。

 だが、それを見る四人はもはやその態度を鵜呑みにはしない。一瞬だけ見せた鋭い瞳は、彼女の本質を雄弁に語っていたからだ。

 

「美味しい……」

 モニカが思わずそう漏らしてしまう程だった。

 場所は教授の館の応接室。滅多に訪れないだろう客にも万全の対応ができるように片づけられた部屋だった。そこで教授は自身で淹れたお茶を振るまい、茶菓子も併せて出した。その両方が、ロアーヌの姫君として過ごしてきたモニカをうならせる出来であった。万能の才があるかどうかともかく、少なくともお茶と接客の才能はあるようだ。

 そんなモニカや、他の面々を見てニッコリと笑う教授。

「お口に合ってよかったわ。お話、してもよろしくて?」

「あ、ああ……」

 ペースを崩さない教授だが、対する四人はやや狼狽している。教授の本質が測りにくい。只者ではなさそうだが、有能かどうかは分りにくい。

 そんな一行を見抜いた教授は自分の手札を晒す自己紹介を始める。

「私は教授と名乗っているし、そう呼ばれているわ。本名は秘密。

 何でもできるし、何でもやれる、万能の天才。けれども全知全能という訳でもない。

 最近のお気に入りは機械分野と生物分野」

「キカイ?」

 聞きなれない言葉にサラが首を傾げるが、教授は笑って流す。

「新機軸の分野だから知らなくても仕方がないわね。けど、もう一つの分野はきっと分かって貰えるわ。

 生物分野の研究。これは対モンスターに特化していると言っていいわね」

 そこで教授は自分で淹れた紅茶を一口飲む。

「想定通りの味ね。我が事ながら面白みのない……。あ、ごめんなさい。私の研究の話ね。

 私は生物を研究・改造する事によってモンスターにする術を編み出しているわ。百聞は一見に如かず、ね。来なさい!」

 教授の声が響くと同時、奥の扉が唐突に開く。出てくるのはウサギ、植物、リス、ドラゴン。人の言葉に従うそれらに、ユリアン達は呆気に取られた。

 それらの、モンスターに分類されるだろう生物は、部屋の隅に並んで止まる。

「この子たちは私が作ったの。動物をベースに強化して命令に従うようにした子、モンスターを改造した上で命令に従うようにした子、色々な生物の遺伝子を集めた合成獣(キメラ)

 それに対する面々の表情は様々だった。モニカはその成果に目を開きながらも輝かせ、サラはどこか痛ましいようにペットたちを見る。少年は自分が勝てるかどうかを計っている。

 そしてユリアンは、瞳に怒りを宿していた。

「お前か……」

「? ユリアン?」

「キドラントの、ネズミの群れを操るモンスターを作ったのはお前かっ!!」

 ユリアンのその言葉に、ようやくモニカとサラも気が付いた。

 ネズミを操る能力。その脅威は、身をもって知っている。そしてそれは、生物を操る範疇に入る。ならばこの教授こそがその生みの親である、そう考えるのは不自然ではない。それを肯定するように教授は自嘲的な笑みを浮かべた。

「私はキドラントのモンスターを知らないわ。だからその問いには答えられない。けれども、天才ネズミのアルジャーノンを作ったのは、私ね」

 それを聞いたユリアンは一層の怒りを瞳で燃え上がらせる。そして静かに瞼を閉じ、そして数秒経ってから開く。

 怒りは、宿している。しかしその中身は冷静さが多くを占めていた。

「あら意外。責めないのね」

「責めて解決するならそうするさ。それよりもキドラントのモンスターをどうにかする方法が聞きたい」

「ふぅん。いい男、気に入ったわ」

 蠱惑的に笑う教授。思わず睨みつけてしまうモニカ。

 視界の隅に捉えたモニカをさらりと流し、教授は他人事のように言葉を続ける。

「仮にキドラントのモンスターがアルジャーノンだったとして、それをどうにかできる方法があったとして。貴方たちにそれを教える義理はないわねぇ。

 私のパトロンはツヴァイク。お金を出して貰っているのですもの、裏切るような真似はちょっとできないわ」

「っ……! お前がキドラントのモンスターを作り出して! それが人々を脅かしてっ!!」

「私に責任のない話だわ」

「っ!!」

 剣に手が伸びるユリアン。そして柄を握りしめて、抜く直前にその動きが止まる。

 違和感。それがユリアンの動きを止めた。そして教授の言葉を吟味する。

 パトロンはツヴァイク。ネズミの群れをなんとかする方法は裏切り。そして責任はない。

 話を総合すれば、それは。

「……貴女は、キドラントの怪物を作り、そしてそれをツヴァイクに渡した?」

 にっこりと笑う教授。思えばウォードも言っていた、ツヴァイクが教授を支援していると。ネズミを戦術的に操るモンスターは実用的と言っていい。それを大国であるツヴァイクが求めても不思議はない。手元に置いて利用しようとしたが、何らかの不手際で逃がしてしまう。そのモンスターは自身で群れをつくり、やがて怪物と言われるまで変化した。

 全てが符合する。いや、符合するように教授が情報を出したのか。教授の笑顔を見ればその感想が間違っていないと思えた。他人を掌の上で弄ぶ笑顔を、教授はしているのだから。

「……、アルジャーノンについて、できる限りを聞きたいのだが、いいだろうか?」

「貴方が剣から手を離してくれる事を対価に」

 教授の言葉にユリアンは柄から手を離す。とたん、堰を切ったように話し始める教授。

「アルジャーノンは天才ネズミ。人を超える知能を持ち、ネズミを支配する能力を持つわ。その支配方法は声、アルジャーノンが発する声によってネズミの脳に快楽物質を生成し、それによってネズミを意のままに操るのよ。

 性格は支配者気質で傲慢、人の言う事なんて聞きはしないでしょうね。現在地はツヴァイク、その軍部が使い勝手のいいモノはないかってここに来たから、アルジャーノンとかその他のガラクタを紹介したの。あんな欠陥品なんて売れるとは思わなかったのだけど、まさかまさかの高値で売れたわ。それから年1万オーラムを支給するから見合った成果を出すようにって言っていたわね。高慢チキで嫌な役人だったけど、まあ適当な失敗作でも納得しそうだったから頷いておいたわ」

 聞いていない事までペラペラと話す教授。その裏を読み取れたのはサラだった。

「教授。私はトーマスカンパニーのサラと申します」

「あら、ご丁寧にドーモ。それで?」

「私の裁量で使えるお金で、年間5000オーラムあります。これでトーマスカンパニーに雇われませんか?」

「ツヴァイクの半額? 頷きにくいわね」

「我がトーマスカンパニーは、貴女の作品を正しく使う事を約束します」

 教授はサラの瞳を見る。揺れる瞳、薄弱な意志。だが、そこに嘘はない。そう読み取れた。

 機械だろうとなんだろうと、その深奥までを測るのはまだ足りないと教授は思っている。いずれは何かしらで測ってみせるが、今はまだ自分の天才的な感覚を超えるものはない。故に、最後の最後に教授は己自身を信じるのだ。

 そして教授が己を信じた時、目の前の者たちは間違いないと確信した。これに勝る信頼は存在しない。

「……基本給が5000オーラム。出来高で追加を貰うわ。それなら頷いてあげる」

「私の裁量では、5000オーラムしか約束できないのです……」

「構わないわ、私は天才ですもの。グウの音が出ない成果をあげて見せますわ。それでいいでしょう?」

 茶目っ気たっぷりにウインクをする教授。それにようやく、肩の力を抜く一同。

 場の空気が変わったところで教授が口を開く。

「仮契約、でいいわ。まあ、私の価値が分かった上でトーマスカンパニーさん? が、手放すとは思えませんけど」

 その言葉で話はひとまず落ち着いた。

 仕切り直すように口を開くのは少年。

「それで、アルジャーノンとかを駆除する方法を知ってるの?」

「もちろんよ。けど、ネズミの群れまで作っちゃってるのはマズイわね……。アルジャーノンは天才ネズミだけど、単体ではただのネズミ。処分しようと思ったなら難しくない。これといった対抗策はあまり用意していないのよ」

「打つ手なしってことですか?」

「まさか、なくはないわ。ほんのちょっぴり大変ですけどね」

 教授はそう言いつつ、ちらりと壁際に寄った動物たちの一匹を見る。

「マコ、アレを持ってきて。G―487よ」

 リス型の動物がちょこちょこと退室し、少しの時間の後に戻ってくる。その手には、小瓶に入れられた薬品が握られていた。

 それを受け取った教授は、目の高さまでそれを持ちあげると、軽く振って説明する。

「これは、そうねぇ。ねこがいなくてもネズミを駆除できる薬品、ねこいらずとでも名付けましょうか」

「ね、ねこいらず、ですか……」

 安直な名前に曖昧な笑みを浮かべるモニカ。まあ、この際ネーミングセンスはどうでもいいだろう。

 重要なのはどのような効果があるかだ。それを説明をする為に口を開く教授。

「アルジャーノンは識別するためにちょっとだけ工夫したわ。普通のネズミの瞳は赤いけど、アルジャーノンの瞳は青いの」

「……いや、あのネズミの群れから一匹の瞳が青いネズミを見つけるのは無理だろ?」

「もちろん。しかもアルジャーノンは自分が矢面に立つ事は絶対にしないでしょうね。そこで出てくるのがコレ、ねこいらず。万一アルジャーノンを見失った時に作ったものなの。

 アルジャーノンが他のネズミに快楽物質を発生させるという事は話したでしょう? これはアルジャーノン自身に快楽物質を発生させる薬なの。これを嗅ぎ分ければ、アルジャーノンはその本能に対抗できずに必ず近づいてくるわ。

 だから使い方は簡単。ネズミの群れの前で、この小瓶の蓋を開けるだけでいいわ。そうすればその小瓶を持った人にネズミの群れが殺到するでしょうね。そしてその人物を守り切り、前に出てきたアルジャーノンを仕留めれば勝ち。命令する存在を失ったネズミの群れは自分よりも大きな動物を襲う事無く逃げ出して、自壊するでしょうね」

 つまるところアルジャーノンを始末できるかどうか。その一点に全てはかかっていると言っていい。そしてそれをおびき寄せる為の道具がねこいらず。

 確かにアルジャーノンをおびき寄せられるなら勝機はなくもない。しかし、その難易度もまた低くない。あのネズミの群れを前にしてしばらく耐久する必要があるし、アルジャーノンを見つけたとしてその小さな体を確実に狙うのも難しいだろう。ユリアンは少しだけ考え込む。

「……なんとかなる、か? ありがとう、教授。有効活用させて貰うよ」

「ええ、頑張ってね。何か困った事があったらまたいらっしゃい。そこのサラさんが所属するトーマスカンパニーは私のパトロンですからね、多少の融通は効かせるわよ。

 あ、近いうちにどんな発明がお好みか教えていただけると助かるわ」

「分かりました。要望をまとめて、またうかがわせていただきますね」

 話がまとまる。

 アルジャーノンの被害は無視できないからして、すぐに動かなくてはいけない。まずはユーステルムまで戻り、ウォードに話を通す必要があるだろう。アルジャーノンを退治するのにウォード隊の力を借りられれば心強い。

 出口まで歩く一行。それを見送る為に一緒に動く教授。彼女は少しだけ何かを考えていたようだが、出口につくまでにその考えはまとまったらしい。エントランスに着いた時、唐突に声をかけた。

「待ちなさい」

「どうかしましたか、教授?」

「ごめんなさいね、急いでるのに。けど、あなた達に必要な手紙を書かせて貰いたいから少しだけ時間を頂戴な。

 トーマスカンパニーの社長のお名前はなに?」

「トーマス・ベントといいます」

「そう、分かったわ。あ、ほんのちょっとだけ時間があるけど、何か欲しいものはある? お土産になる範囲だったら用意させて貰うわよ」

「え~と。それじゃあ、茶葉があったら少しだけ分けて貰っていいですか? 手持ちが無くて」

「茶葉、ね。分かったわ。じゃあ手紙をすぐに書くから、ちょっとだけ待っていてね」

 パチンとウインクをした教授は奥へと引っ込む。

 そのまま10分程時間が経っただろうか。少しだけ待つ事に飽きた頃、教授は小包と手紙を持って戻ってきた。

「ハイ。これが茶葉ね。で、こっちがトーマス社長へのお手紙。きっとお役に立てるはずだわ」

「ありがとうございます。では、私たちはこれで」

「ええ。それじゃあ、幸運を!」

 そういって教授はユリアンの頬にチュと、触れるようなキスをする。それを見て、思わず固まってしまうモニカ。

「勝利の女神からの熱いベーゼよ。これで勝ったも同然ね!」

「あ、え、いや、教授。えっと、その……」

「あら、ウブね。こんな美人の口付けが貰えたのですもの。素直に喜んでおきなさいな」

 くすくすと笑う教授に見送られて、彼らは教授の館を後にするのだった。

 

「…………」

「ねえ、モニカ。なんか機嫌悪くない?」

「気のせいですわっ!!」

 

 

 




少し短めですが、キリがいいのでここで区切らせていただきます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。