……本当に心の清涼剤だったんだなぁ、タチアナは。
キドラントの町、その町長の家。
その執務室といえる場所で初老の男が執務に励んでいた。執務に励むといえば聞こえはいいが、その内容は魔王もかくやという所業である。キドラントを訪れる旅人や冒険者を怪物の生贄として差し出し、町の被害を軽減する。そして奪った金銭を町の為という名目で着服し、私腹を肥やす。その瞳は欲望と他者の命を自在にするという陶酔でギラついており、見る者に不快感を与えるものだった。
キドラントのその町長は手元にある備忘録に目を通す。村と大きさが変わりのないようなこの町で、人手が足りるという事はない。荒事ならまだしも教養ある上に立てる人間は少ないのだ。その上、やっている事が悪事だという認識くらいは町長にもあったので、その内容を認めたものを他人と共有するなど、他人の命を無下に扱う男にできるはずもない。
(怪物の食欲が増えているのか? 最近は森で骨だけになっている動物の目撃例が多いな。まあ、町の裏切り者が炙り出せたし次の生贄はニーナで問題あるまい。
金も順調に溜まってきておる。しかしいつまでこんな事を続けていられん。儂だけでも助かる方法をいい加減に考えねばな)
町長はキドラントという町をもはや見限っていた。近くに怪物が住み、安全が保障されない。頼りのツヴァイクも動かない。倒そうにも腕が立つ傭兵を雇う金もなく、奪った金銭を工面して頼んだ傭兵は帰ってこなかった。
もう、どうしようもないのだ。それを町長は何度も何度も確認した。ならばこそ、自分とその家族だけは助かりたい。
人間は窮地こそ、その本性が現れる。飢えきってなお仲間の為に目の前の食事を断ったユリアンのように、どうしようもなくなった現在、町長の本性が顕わになっていた。余裕があるうちに自分だけでも逃げ落ちられる準備を整えて、それを実行する。
それが間に合えば確かに有効だと言えた。善悪を無視すれば、一つの手段ではあったのだろう。
だがそれを容易く成功させるほど、世界は優しくない。
最初は少し騒がしいなと思う程度だった。外から騒ぎ声が聞こえ、うるさい奴らだと悪態をつく。それだけだ。
だが、一向に騒ぎが収まらない。それどころか段々と大きくなっていく。
異常事態だと町長が気が付いた時には、もはや手遅れになっていた。
数刻前。
キドラントからほんの少しだけ離れた場所で、ウォード隊の百人弱が待機していた。ユーステルムには最低限の人数だけを残しており、隊のほとんどをここに集結させたのだ。さらに後詰めとして、後日にフルブライト商会からの増援が送られる手筈になっている。
ウォード隊だけでキドラントを落とし、そして悪事の証拠を確保する。その上で後詰めと共にツヴァイクを攻撃していく。大雑把な作戦でいえばこんなところだろう。拙速を尊んだため、キドラントだけはウォード隊のみで落とさなくてはならない。ウォード隊が手練れ揃いで、更にウォード本人やトーマスカンパニーからの助っ人であるユリアンがいるとはいえ、一つの町を攻撃しようというのである。準備は入念に行われ、奇襲をかけるという形に落ち着いた。
本来ならば国や町、村の争いではまず話し合う。それでも解決できない問題があるならば、お互いに声高く正義を主張してぶつかり合う。それが一般の常識であるがしかし、今回は奇襲であり宣戦布告などはしない。
これはフルブライトの判断であり、命令でもあった。
助け出された被害者などからある程度の証拠は確保しているが、ツヴァイクに非を認めさせるには足りない。しかしてキドラントの悪事は明白であり、問い質している間に証拠を隠滅されかねない。よってキドラントに対しては野盗などと同じ対処をするべきだ。と、言うのが建前である。本音はツヴァイクが事態を察知して動き出す前に、削るだけ削ってしまいたいのだ。
故に先手必勝、グレーゾーンの奇襲である。相手が黒だと確信しているからこそ有効な、終わってみたら相手が悪だったという結果論ありきで許されるようなその手法。もしもここでキドラントで悪事の証拠を掴めないと、逆にこちらが人道的な戦いをしなかったという事になりかねない危険な賭け。失敗は決して許されない、大成功しか期待されていない。そんな戦いである。
それが分かっているのか、斥候が戻ってくるまでの僅かな時間に張りつめた緊張は強い。ウォードは深く帽子を被ってその表情を隠し、ユリアンは目を閉じ木に寄り掛かって集中力を高める。サラとモニカは後方支援であり、前線には立たないが戦闘がないとも言い切れず、人同士の戦いを前に顔を強張らせている。少年はそんな少女たちの護衛が仕事だ。人を殺した事があるという少年に、ユリアンは女性二人を任せる不足はないと判断した。
やがて斥候が帰ってくる。
「キドラント、異常なし」
それを聞いたウォードは顔をあげ、命令を出す。
「……。全隊、寡黙突撃、開始。
事前に周知した作戦を遂行しろ」
奇襲であるがゆえ、大声は出さない。囁くようなその声は、伝播するように何人もの人間を介して隊全体に広がっていく。
勝つか負けるか、生きるか死ぬかの大一番。撤退が許されない戦いが、どちらかが終わる戦いの火蓋が切って落とされた。
この作戦において、ウォードは隊を大きく三つに分けていた。
一つは後衛部隊、数少ない術師や新兵に傷薬を持たせたいわば衛生部隊である。最悪の時には重要な役割を果たす部隊でもあるので、精鋭が守りについている。数は約20で、サラやモニカに少年が属している部隊だ。
そしてウォードがいる本隊。50人程度で構成された主力部隊だ。決定打を与える部隊であり、攻撃力に優れた部隊でもある。
最後にユリアンが属する先遣部隊。数は約30程で、素早い者が集められた。キドラントに気が付かれる前に先手を取る重要な部隊であり、更に潜入して妨害工作も行う仕事もあるため、本隊とは別の意味で戦局を左右する重要な部隊である。
キドラントを攻撃するその隊の最先端にユリアンはいた。ウォードに頼まれた一番槍をユリアンは承諾し、木々の間を疾走してキドラントに迫る。やがて木が薄くなり、町の家々が見えてきた。それはつまり、それを警備する敵もいるという事である。
やる気がなさそうに立っていたキドラントの警備兵。突如と現れた、剣を持った
「な、なんだお前!」
慌てて槍を構える警備兵に突撃するユリアン。襲い掛かってくるのに抵抗しない訳もなく、警備兵は槍をユリアンに向けて迎撃しようとする。
が、その動きが硬直してしまう。ユリアンの後ろから、木々の闇から這い出して来るように。何人、十何人の男たちが武器を手にして現れたのだから。ここに至ってようやく警備兵は、これが盗賊などの単純な攻撃でない事を理解した。理解したが、理解できない。なぜ、こんなに統率が取れた者たちが自分の村を襲うのかを。
……キドラントの町が起こした凶事を、警備兵は正確に理解していなかったのだ。それから逃れた者がいたと言う事もまた、知らされていなかった。町長が自分の統率力が問題視されて刃向かう者が生まれるのを恐れたため、その情報は上で止まってしまっていた。それが全てではないにしろ、奇襲が成功した一因であるといえるだろう。
「しゅ、襲撃――」
「遅い」
大声をあげようとした警備兵の槍を剣で叩き落としたユリアンは、反対の手を強く握りしめて警備兵の顎をかすめるように拳を突き出す。
グワンと脳を揺さぶられた警備兵は、口から涎を垂らしながらぐるりと白目を剥いてその場に倒れ伏してしまう。ユリアンは用意していた縄でその警備兵を手早く縛り上げていく。もちろん他の先遣部隊はその場に留まってユリアンを見守ったりはしない。次々にキドラントの町へと侵入していく。
始まりは戦いにしては静かだった。だが、それは決して悲鳴がなかった訳でも血が流れなかった訳でもない。鋭い刃を刺すように、ウォード隊は鋭利にキドラントを切り裂いていく。
できるだけ殺すな。
それがウォードが出した命令であった。誰がどんな情報を持っているか分からない為、こういった命令が出されたのである。もちろん
ユリアンは剣を振るい、一人の男の喉を切り裂いた。町長の家の近くにいた、騒ぎと混乱に気が付いたその男は、喉から血を溢れさせて倒れる。こひゅこひゅと喉を押さえてもだえる男に対するせめてもの慈悲として、ユリアンは白銀の剣を振るってその首を落とした。
ユリアンが人を殺すのはこれが初めてではない。ロアーヌで、罪人の首を切った事がある。シノンの開拓民だったユリアンは、ロアーヌに仕えるまで人を殺した事は当然のようになかった。だが、戦う者としてそれは甘すぎると、ハリードがミカエルに進言。即座にそれを受けたミカエルは、ユリアンに人を殺させた。
その夜は、吐いて喚いて泣いて大変だった。カタリナが根気よく相手をしてくれたからいいものの、仮にもプリンセスガードの副隊長がするべきではない醜態だっただろう。だがユリアンはたった一度で人を殺すということを乗り越え、噛み砕き、自身の経験として身につけていた。
ユリアンにとって二度目の殺人。しかし最初のように、泣いて喚くようなことはしない。その強靭な意志力をもって、ユリアンは人を殺すという事に慣れていた。例え相手が善人だろうが、子供だろうが、敵ならば倒して無力化する。その手段の一つとして、殺すということはとても有効な手段であり、そして取り返しのつかない事であるということをユリアンは学んでいたのだ。
彼の側には屈強なウォード隊員が三人いた。そして眼前には町長の家。最重要人物である町長を捕縛するため、合わせて四人もの人間が集っていた。
視線で合図をして、まずはユリアンが扉を蹴破って入る。町長の家に僅かでも入った事のあるユリアンが先陣をきるのは当然だった。
「ひっ!」
小さなエントランス。その奥にあるドアから様子をうかがっていた人物があげた小さな悲鳴を聞き逃がさず、ユリアンたちはそこに近づき、ドアを開ける。
そこには年若いメイドの姿が。がたがたと震えて屈みこみながら、顔を真っ青にして剣を携えたユリアンたちを見返していた。
「た、たす、いのち、たす……」
「町長はどこだ」
恐ろしさのあまりロクに声も出せないメイドに苛立った一人が武器を持って近づこうとするが、ユリアンは身振りでそれを制する。
そして腰を落とした彼は、メイドに視線を合わせてふっと微笑んだ。
「君に危害を加えるつもりはない。町長がどこにいるのか教えてくれないだろうか?」
「ちょう、ちょう……?」
「ああ。このキドラントの町長は怪物に旅人を喰わせ、金品を奪っていた。俺たちはその蛮行を止めるために戦っているに過ぎない。無抵抗の者を斬ったりはしないさ。
だから頼む、町長がどこにいるのかを教えてくれ。奴に命令してキドラントの抵抗を止めさせれば、戦いも終わる」
ユリアンのその言葉に、メイドの呼吸が落ち着いていく。そして冷静になりきるのを根気よく待ったユリアンに、この家の情報がもたらされた。
「ちょ、町長は、二階の書斎にいるはずです。家族の方はどこにいるかは分かりません。
それから、地下に次の生贄であるニーナが囚われています」
「!? ニーナが、生贄!?」
「は、はい。はい、そうなんです! 生贄になるはずの旅人を逃がしたということで、次の生贄にはニーナが!!
お願いです、ニーナを助けて下さいっ!!」
「分かった。君はこの部屋に隠れているといい」
ユリアンはそう言い切ると、待っていた男たちに声をかけた。
「一人は二階で町長を確保してくれ。残りで他の場所を制圧、俺は地下にいく」
頷き合い、動き出す男たち。ドタバタと家中で暴れる音が響いていく。そんな中、ユリアンは恩人でもある女性を助ける為に地下へと向かうのだった。
地下に入るユリアン。町長の家が町一番に大きいとはいえ、村と変わりない集落での最大である。地下室といってもたかが知れている。
雑多な物が置かれた土壁の部屋、申し訳程度にワインが置かれている。そんな地下室で、布で目を隠され手足を雁字搦めに縛られた女性が横たわっていた。
ユリアンの足音に気が付いたニーナは身じろぎをしながら、足音の方へ声をかける。
「話す事は、何もありません」
「……」
「私は、私の良心に従って行動したまでです。恥じ入る事は何もしていません。
協力者も居ません。全て私の独断で行った事です」
「……」
「好きに、しなさい……」
毅然とした声に混じる怯え。それを感じ取ったユリアンは小さな声を出す。
「すまない、遅くなった」
「?」
「けれど、間に合った。助けにきたよ、ニーナ」
ユリアンは短刀を取り出して目を覆っていた布を切り、手足を縛っていた縄を解く。
パチパチと瞬きをする女性はユリアンを見て首を傾げる。
「……誰ですか?」
「ユリアンだ」
「ユリアンさんっ!?」
驚きと喜びの表情をする女性の顔をユリアンも見る。思えば最初に会った時は暗闇の中で、顔も見ていなかった。その女性、ニーナの顔を見たユリアンは不謹慎ながら思ってしまう。想像した以上に美しいと。
ニーナもまじまじとユリアンの顔を見た後、当然の疑問を投げかける。
「ユリアンさんは何故ここに?」
「そうだな、時間はないがかいつまんで説明するよ」
そしてユリアンはニーナと別れてから何があったかを話した。
捕まって生贄にされかけた仲間を助けたこと。這う這うの体でユーステルムまで逃げたこと。そこのウォード隊に助けを求めたこと。
そして極悪をするキドラントを誅罰すべくフルブライト商会が動き、戦いになってしまったこと。
「そう、ですか……」
自分の生まれ育った町が蹂躙された事実に表情を暗くするニーナだが、彼女はキドラントがどれだけの悪事をしていたのかを理解していた。これは仕方のない事だと、そう理解する程には聡明だった。
そんなニーナを痛ましげに見やるユリアン。
「慰めにはならないかも知れないが、君や君の手伝いをして正道に適った行動をしていた人たちは罪を減じるようにお願いしよう。特に君はキドラントの裏切り者として捕まってしまった。このままこの町で暮らす事は難しいだろうな」
「他の町の人たちはどうなるのでしょう?」
「……。隠しても仕方ないな、町民には厳罰が下るだろう。特に首謀者である町長は――」
そこで言葉をきるユリアン。町長がどんな目に遭うかは彼には想像もできない。
それを理解したニーナの顔も暗くなる。自分の町の人が辛い目に遭うのがいたたまれないのだろう。だがしかし、仕方のない事でもある。それだけのことをキドラントはしてしまったのだから。
「すまないが時間がない、上に戻ろう。上でメイドが隠れている部屋があるから、そこに案内するよ。しばらくそこで息を潜めていてくれ」
「……分かりました」
地上に戻り、メイドとニーナを会わせるユリアン。彼女たちは友達以上の存在だったようで、実は町長の情報を横流ししていたのはこのメイドだったらしい。
メイドはニーナの無事を泣いて喜び、ニーナも笑って心配かけた事を謝った。
それを見届けたユリアンは二人をその場に残し、二階に上がる。その中の一室に町長の家族が集められ、さらに執務室には町長が縛られて床に転がされていた。
この期に及んで町長は見苦しく叫び喚いていている。
「これは侵略行為だ! ツヴァイクの管轄であるキドラントにこんな事をしてタダで済むと思っているのか! この外道、悪魔、人でなし!!」
出るわ出るわ、自分の行為を棚に上げた罵詈雑言。ウォード隊員たちはそれを相手にもしていない。一人は町長の家族を見張り、一人は町長を制圧したことを町中に喧伝しに行っていた。そしてもう一人は執務室の物色し、金品や貴重品の押収をしていた。
「おう、ユリアン。遅かったな」
「すまない、遅れた。で、どうだ、証拠は見つかったか?」
「ああ。奇襲して正解だな。町長の覚書きや、日記。それから奪った金品の明細まであったぜ。ったく、几帳面なのはこちらにもいいが、少しは良心の呵責ってもんはねぇのかねぇ?」
「そんなものを期待するだけ損だろ」
「違いない」
ククっと笑い合う男二人。そしてウォード隊の男はずっしりとした金属が入った袋をユリアンに手渡す。
「ボスの読み通りだ。封蝋印もしっかりため込んでやがった。モニカ嬢ちゃんやサラ嬢ちゃんのものがあったら回収しておけ」
「ああ、ありがとう。確認させて貰うよ」
袋に詰められた大量の封蝋印。これが全て犠牲者の物だと思うと気が滅入るが、そうとばかりも言ってられない。
中を漁り、奪われた封蝋印を確認して回収するユリアン。
これで一段落である。町長が捕縛されたことが知れわたったせいか、外の騒ぎも収まってきている。恐らく本隊が上手く制圧したのだろう。
見苦しく喚く町長を睨みつけるユリアン。だが、今は手出しをするべきではない。それは全てが終わってからだ。ユリアンは後の事はウォード隊員に任せて、本隊の加勢にいくのだった。
戦後処理は粛々と進んだ。
キドラントは完全にウォード隊に制圧されたと言っていい。その上でその悪事の証拠を押さえる事にも成功した。大勝利といっていいだろう。
町民は基本的に武装解除をして、各々の家に押し込んだ。外出禁止、不穏な動きをしたら痛い目をみて貰う。そう脅しつけて、それでも何かあったら融通をきかせるくらいはするという温情も見せた。
その中でも例外は存在する。まずはニーナ、彼女はキドラントの悪事を告発するのに大きく貢献したということで特に優遇された。キドラントにはいられないが、最大限その自由意志を尊重し、さらに旅の支度金も渡すという高待遇である。急展開する事態に混乱する頭を落ち着ける時間も必要だと、今は家財をまとめながらこの先どうするかを考えているところだろう。
また、ニーナに秘密裏にだが協力した僅かな町民も悪いようにはしないという決断が下された。支度金こそ渡されないが、家財の没収などはなく、またキドラントに居られないならばユーステルムにて面倒をみてもいいという判断が下された。人の集落の庇護を失った人間の末路は悲惨である。ユーステルムに移住できるならばこれはこれで破格の待遇に近い。
だが、旅人や冒険者を怪物の生贄にしていた人々の先は決して明るくない。家財没収された上で、キドラントでしばらくの軟禁生活を送る羽目になるだろう。そしてその先も、強盗殺人の片棒を担いだ者達として罰される事は間違いがない。仕方のない事とはいえ、特に慈悲深いモニカは痛ましい顔をしていた。
そして一番の悪人、首謀者である町長は更なる地獄が待っているだろう。町ぐるみの強盗殺人、その主犯である。しかも彼自身に自覚がなかったとはいえ、ロアーヌの妹姫であるモニカやトーマスカンパニーの使者であるサラもその犠牲にしようとしたのだ。高度な政治問題になりかねない。いや、上の方は積極的に問題にするだろう。少なくとも死一等は免れず、その過程でどんな酷い目に遭うのかは想像できない。
そんな町長の前にウォードや、ユリアンたち一行が集っていた。場所は町長の執務室。縛られた町長は、飽きもせずにまだ喚いている。
「こんな、こんなことが、許されると、許されるとぉぉぉ!!」
「悪いが町長さんよ、アンタの悪事の証拠は確保した。更にアンタに騙されたり捕まったりした旅人や冒険者、傭兵も何人か助け出して保護している。言い逃れができるとは思わんことだな」
淡々とウォードが事実を並べる。
自分の日記や裏帳簿、そして備忘録を確保された現場を見ていた町長は言葉に詰まってしまう。
だがしかし、それでも責任逃れをしようと聞くに堪えない言葉を口から喚き散らす。
「ならば、ならばどうすればよかったのだ! 町民を守る義務が儂にはある! ツヴァイクは動かない! 怪物に犠牲者が出る! 儂等が自分の身を守って何が悪い!」
「身を守るのは悪くはねぇさ。だが、その為に見ず知らずの者を捕まえ、騙し、生贄にするのは人道に外れ過ぎだ。その上で金品の強奪だと? 強盗殺人って言うんだよ、それは。悪いというならそれが悪い。
被害者の恨み、味わえよ」
そう言ってウォードは場をユリアンたちに譲る。その顔を見て町長は顔を歪める。
「被害者だと? 勝手に被害者を仕立てあげて、儂を悪人にするつもりかっ!?」
「騙した人間の顔も覚えていないのか。俺は宿で茶に睡眠薬を入れられた者だ。その上で逃げた俺を盗人として指名手配したらしいな?」
「!!」
その情報に、町長の記憶に引っかかる人物が一人だけいた。勘のいい奴で、結局キドラントから逃げ出した男が一人だけいたのだ。
ユリアンは瞳に強い怒りを宿しながら、激情を抑え込むように淡々と口にする。
「ギリギリで逃げ出し、仲間を助ける事には成功したが、身包み剥がされたおかげで酷い旅だったぜ。おまけに仲間は怪物の生贄にされかけて恐ろしく怖い目に遭った。それもこれも、全部お前のせいだ。
言い訳は聞かない、お前が奪った封蝋印に仲間のものがあった。ロアーヌの妹姫と、トーマスカンパニーの使者だ。そんな重要人物をお前は生贄にしようとしたんだよ」
「そ、そんな、バカな、バカな……」
もはや呆然とするしかない町長に近づいたユリアンは、気を失わないように加減した上で苦痛が残るような一撃をその腹に叩き込む。
悶絶しながら転がる町長に、醒めた視線を送るユリアン。
「殴ったこっちが汚れるが、諸々こめて一撃は落とし前として少しでも苦痛を味わっておけ、外道」
言い捨てたユリアンはサラとモニカを見る。
気弱なサラには珍しく、彼女も怒りを瞳に宿していた。当然であるといえば当然だが。
だがしかしサラは町長に視線を向けもしない。
「関わっても心は晴れないわ。……後はトムや、他の人たちに全部任せたい。早く忘れた方が幸せになれる気がするの」
モニカは悲痛な顔で町長を見る。だがしかし近づこうとは決してしない。近づきたくもないのだろう。気持ちはその場にいる者たちにはよく分かる。
「……許されない罪はないと、私は信じています。が、あなたに罰が下される事は間違いがないでしょう。
せめて悔い改めて下さい。罪を罪と認め、懺悔をすればきっと聖王様の慈悲が与えられます」
それだけ言うとモニカも町長から視線を逸らす。彼女をして、もうこの男は見たくもないのだろう。
話が終わったと判断したウォードは、全員連れ立って部屋を出る。そして部屋の外で待機していた隊員に声をかけた。
「話は終わった、見張っとけ。……死なすなよ」
「うっす」
入れ替わりで町長の軟禁場所になった執務室に入る隊員。
それを見届けたウォードは誰もいない客室を選び、中に入る。そして一緒についてきたユリアンにモニカ、サラと少年たちと一緒に椅子に腰かけて落ち着いた。
モニカが素早く用意されていたお湯と茶葉を使い、お茶を淹れる。サラが配り、一服して心を落ち着かせる。
「で、だ」
ウォードが切り出した。
「キドラントの怪物の正体は、教授が生み出した天才ネズミのアルジャーノンだってな?
その攻略法も聞き出したとは聞いたが、ちぃっとばかり難易度が高くねぇか?」
「それは否定できません。けれど、アルジャーノンをツヴァイクに始末されては攻め手を一つ失います。できればここは私たちが倒したという実績が欲しいのです」
サラの言葉にふむと考え込むウォード。
確かにツヴァイクが逃がした生物兵器が原因でここまで大事になっているのである。ここでアルジャーノンまで始末すれば、ツヴァイクは本格的に何をしていたんだという話になる。逆にアルジャーノンをツヴァイクが始末すれば、最終的に自分自身で問題解決したのだからと一方的に責める事は難しくなる。
そこまで計算したウォードはよしと頷いた。
「分かった。ウォード隊はキドラントの制圧があるから動けないが、俺が手助けをしてやる」
「本当ですかっ! ありがとうございます、ウォードさん!」
「かっかっかっ。まあ、大船に乗ったつもりで任せておけ!」
モニカの笑みに笑って応えるウォード。
キドラントの怪物、アルジャーノンに挑むのは五人。ユリアンにモニカ、サラに少年。そして助っ人のウォード。
戦いは翌日に決まった。作戦を練り、話し合う。
人々を苦しめたアルジャーノンとの戦いが迫る。
勝てるかどうか、犠牲が出ないかどうか。それはまだ分からない。