「トーマス殿、ツヴァイクに来て頂いて感謝する」
「感謝は必要ありません。わが社がツヴァイクに要求するのは一つのみです」
「……承知している。詫びる用意は十分にある」
ツヴァイク城にやってきたトーマス、その表情と声は固い。彼につられるように歓待の笑みを引っ込めるツヴァイクの外交官。トーマスが怒り心頭な事に気が付いたのだろう。そのような心境の相手に愛想笑いは逆効果であると分かるくらいには、その男は場数を踏んでいた。
引き締めた表情で城内に案内されるトーマス。彼の側には護衛として屈強な男たちが10人程度着いてきていた。これもある種の威嚇であり、招待を受けた上で礼儀を失さない最低限の、そして最大限の武力を誇示する事により激怒している事を知らしめているのだ。
それでも招待を受けたという事は、少なくとも対話をするつもりはあるという事でもある。招待状を無視される事に比べれば、落としどころを探れるだけツヴァイクとしては悪くない。
とにもかくにも、相手を知らなくては始まらない。外交官は応接室の一つにトーマスを案内し、侍女にお茶を用意させる。外交官が毒見をし、その上でお茶を飲むトーマス。
「いいお茶ですね」
「上客に出すものです」
何気ない会話をしつつ、外交官はトーマスという男を分析している。
目に通した資料ではフルブライト商会やラザイエフ商会の使い走り程度だと書かれていたが、想定以上にできる男というのが外交官の分析だ。
お茶の話にも戸惑いなく応じ、所作も悪くない。その瞳は野望にギラつくという程ではないが、その向上心と意志力は隠そうともせずに輝いている。顔立ちも悪くないのは外交をする上で一つのアドバンテージである。
この男を取り込めという指示だったが、中々どうして手強そうだと外交官は判断した。
「そろそろ本題に入っていただきたい」
「分かりました」
トーマスの言葉に覚悟を決める外交官だが、まず一手目から思惑を外された。
「それで、ツヴァイク公には何時会わせて貰えるのか?」
「……この件については、私が全権を預からせていただいております」
「話にならないですね。公爵でなければ一切の謝罪を受け取る用意は当方にない」
渋い顔をしながら、この若造がと心の中で激怒する外交官。確かにできる男のようだが、過ぎて可愛げがない。使者を害されるというのは確かに最上級に相手を侮辱した行為だ。相手方のトップに謝罪を貰いたいだろう。だがしかし、こちらは天下のツヴァイクである。その外交官が矢面に立っているのだから委縮の一つもしろと言うのに、公爵以外は眼中にないという。怒りに狂っているのか、その気になればツヴァイクはトーマスカンパニー程度、あっさりと潰せるというのに。
……いや、この男にそれはない。そう判断した外交官は怒りを無理矢理収めた。この件についてはフルブライト商会が出張ってきている。おそらく、その庇護にあれば大きく出ても問題ないと考えているのだ。フルブライト商会は威を出し、自身は正当性を示す役目で、この瞬間のみ世界トップクラスと対等に渡り合えると理解しているからこそのこの強気。
ならばその強気を包むように懐柔してやればいい。外交官はそう判断する。
「公爵に都合をつけるように手配しましょう。その間に交渉の内容を詰めていきたいと存じます」
まずは相手の要求を飲む。公爵とて、ここでトーマスカンパニーを丸め込む重要性は理解しているだろう。頭の一つを下げる程度なら安いものだと判断できるはずだ。
「交渉の内容、ね。こちらとしてはそちらに誠意を見せて貰いたいものだが」
「もちろんです。まずは一千万オーラムを用意しましたので、受け取りをお願いします」
額を聞いてピクリと反応するトーマス。それはトーマスカンパニーという会社を始めるにあたって、フルブライト商会やラザイエフ商会、そしてベント家が用意した資本金を合わせたのとほぼ同じ額である。そのくらいの情報は得ているのだというのと同時、その額を最初に出すということでその大きさに見合った評価をしているという意思表示。愚鈍な者には効果がないだろうが、この男ほど聡いならばそれに気がつくだろうと予想し、一瞬の表情の変化で成果を確認する外交官。判断は上々、相手に自分を認識させる事に成功した。
「しかし、返す返すも頭を下げざるを得ない。まさか我が国の領土で使者を襲い、金品を奪って殺そうとするとは。前例が限りなく少ない、凶悪な事件だと反省すること然りでございます。
そして前例が少ない以上、トーマス殿に納得して頂く事が最上と思うのですが、如何ですかな?」
「……こちらはそう簡単に納得するつもりはないという事を最初に明言しておきましょう」
「当然ですね。では、具体的な話をしましょう」
そこで話を区切り、側に置いておいた書類を取り出してトーマスに手渡す。
受け取ったトーマスはそれを見て、今度こそ確かに目を見開いた。そこにあったのは権利書、キドラントからツヴァイクまでの販路とキドラントとユーステルムとの貿易を一任するという証明書であった。
「これは……」
「今まではキドラントが所有していた権利です。今はキドラントはフルブライト商会に握られていますが、それを奪還した証にはその権利を全てトーマスカンパニーに譲渡したい」
ある種、破格といっていいだろう。既に存在している販路を丸ごと得られるという事は、その利益も全てトーマスカンパニーの物という事だ。もちろん税はとられるだろうが、やりようによっては大きな利益が出る。それこそ腕次第である為、トーマスカンパニーならば大丈夫だろうとツヴァイクが彼の会社を大きく評価している証でもある。
誰でもすぐに飛びつきたくなる美味しそうな話だが、トーマスは軽々に動かない。これには大きな問題が二つあるのだ。
「しかし、現状キドラントを始めとした西部はフルブライト商会が手に入れている筈です。ツヴァイクの支配下にない。
その上で資本金もいる。最初の操業資金がなければ貿易をするにも困った事になる」
「でしょうな。初期の操業資金はもちろんこちらが出させていただく。賠償金も含めて、三千万オーラムの用意があります」
「操業資金だけならそれでいいでしょう。ですが、賠償金込みならば頷く事はできない」
トーマスの言葉はある意味正しい。使者を害するという事は、その本元全てを侮辱するに等しいのだ。つまりこの場合、サラ個人に対する賠償ではなくトーマスカンパニー全体の賠償になる。トーマスカンパニーの資本金は三千万オーラムだが、動かせる金は一億オーラムを超える。前者にフォーカスを合わせるならば三千万オーラムは妥当だが、後者にフォーカスを合わせるのならばまだまだ足りない。
そしてその言葉を聞いて外交官は心の中でほくそ笑む。つまりトーマスは最大で一億三千万オーラム程度で賠償に納得すると言っているのだ。ツヴァイクの財力からすれば、ギリギリで妥協できる範囲である。そしてその上でツヴァイクの販路を与える事で、トーマスカンパニーをツヴァイクにも配慮するように誘導する。折角の販路を与えられてもそこで金にならなくては意味がない。
「では、操業資金で三千万オーラムを用意させていただきます。その上で賠償金として五千万オーラムでいかがでしょうか?」
「……トーマスカンパニーが受けた侮辱を考えれば、五千万では足りないな」
「なるほど……。非はツヴァイクにあります、承知しました。賠償金としてさらに二千万オーラムを出しましょう。賠償金として七千万オーラム、合計で一億オーラムを」
「いいでしょう。直接的な金銭面での折り合いはその額でつけましょう」
トーマスが頷く事によって、ツヴァイクにとっての最初のハードルは越えた。そして次こそが本題だ。
「そして販路の話ですが……」
正直、ツヴァイクとしては販路を手に入れるのは誰でもいいのだ。
いや、誰でもいいといっては語弊がある。言うならば、より優秀な人材が望ましい。利益を大きく上げれば上げる程、税収が増えるのだから。その意味でトーマスカンパニーに販路を渡すのは問題ない。
問題なのは領地を取り戻せるかどうかだ。今現在、約20の村や町がフルブライト商会に摂取されている。これはまずい、これはよくない。なのでここは販路をエサに、是非ともトーマスカンパニーには領地をツヴァイクに返してもらうように進言してもらいたいのだ。そうしなければ譲るはずの販路も台無しだと言葉を添えて。
「ツヴァイクが非道を行ったのは確かだ」
「否定はしません。しかし、その被害者はトーマスカンパニーである貴方の会社だ。その貴方が賠償金と販路の権利を譲るという事で納得していただいた。ならばフルブライト商会が我が領地を占領し続けるのはおかしい話だと思いませんか?」
「トーマスカンパニーとしては今回の件でフルブライト商会には大変お世話になった。わが社のみではキドラントの悪行の証拠を掴むことはできなかったであろうからな。手を貸してくれたフルブライト商会に強く言う事はできない」
トーマスの言葉に、ここが踏ん張りどころと外交官は気をしっかり持つ。威のフルブライト商会、正当性のトーマスカンパニー。ここでトーマスカンパニーを説得出来なければ、本当にツヴァイクは大きく削られてしまう。
「当然、フルブライト商会には納得できる額を支払いましょう。その上で、本来の我が領からは兵を引いていただきたい。トーマスカンパニーとしても販路を約束しているのはツヴァイクであり、フルブライト商会が販路を譲るなどはしないでしょう。正当な額を払ってフルブライト商会が引く事は道理に適う事であるし、トーマスカンパニーも不義理をしたという事にならないのでは?」
外交官の言葉にしばらく考え込むトーマス。
コッチコッチと時計の秒針が刻む音が静かな部屋に響く。
やがて頷いたトーマスに、外交官は一山超えたと安堵の息を吐くのだった。
また日にちが経つ。
この日、フルブライト商会から一人の使者が遣わせられた。フルブライト23世は現地で重要な仕事の最中という事で都合がつかず、その腹心が派遣されたのだ。だが、たかが腹心と侮る事なかれ。フルブライト23世が全権を委任するという書状を持った、フルブライトの代官だ。彼の決定はフルブライト商会の決定に等しい。
それに合わせて他の関係者も揃い踏む。使者が被害に遭った会社のトップであるトーマスに、加害者側のトップであるツヴァイク公爵。そしてツヴァイク側の同盟者としてミカエル候もその場にいた。その四名での会談である。
その会談は、ツヴァイク公が頭を下げる事から始まった。
「まずはツヴァイクの上に立つ者として、キドラントが起こした凶悪事件について謝罪したい。フルブライト商会から引き渡された物的証拠に、主犯であるキドラント町長の証言からしてこちらに非がある事をまずは認めよう」
誤魔化しきれない悪事が露見したのならば、まずは深く頭を下げる。その程度の外交ができる程度にはツヴァイク公も政治というものが分かっていた。
「そして特に使者を害されたトーマスカンパニーには、賠償金など合わせて一億オーラム。そしてキドラントを中心とした販路の所有を認める。
これを詫びとして、矛先を収めてくれるという事で間違いないか」
「ああ。トーマスカンパニーとして、それで文句はない」
これでトーマスカンパニーの賠償は終わった。次はフルブライト商会に対する賠償だ。
「フルブライト商会にも迷惑をかけた。まずは軍事行動にかかった経費として一千万オーラム、更に賠償金として二千万オーラム。以上が相場であると思うが、如何かな?」
「……トーマスカンパニーと比べて大分安い額だと思うが」
憮然とした腹心の言葉だが、ツヴァイク公の表情は変わらない。
「トーマスカンパニーには使者を害してしまったという大きな負い目がある。それゆえの額であるが、フルブライト商会にはそのような負い目がない。適正な価格を提示したと思うのだが」
そう言ってちらりとトーマスとミカエルを見るツヴァイク公。その視線の意味を理解して、ツヴァイク公の言葉に乗る二人。
「そうですね。フルブライト商会は軍を動かし、それに見合った額が得られる。使者が害されたわが社とは少し立場が違う」
「同感です。ロアーヌとして考えましても、総じて三千万オーラムを渡されるならばむしろよい条件であると考えます。それとも、フルブライト商会は他に成果を出したのでしょうか?」
ツヴァイクを擁護するようなその言葉に、満足そうに頷くツヴァイク公。
彼はこの茶番劇に気が付いていない。つまり、フルブライト商会が他に成果を出していれば更なる要求をしてもおかしくないというニュアンスが含まれているという事に。
まるで敵であるような、実質的な味方の言葉を聞いて腹心はニヤリと笑う。
「それが、あるのですよ。フルブライト商会が出した成果が」
「……なに?」
「フルブライト商会はキドラントを襲っていた怪物を討伐する事に成功しました。
それは雑多なネズミを操る、天才ネズミ。数千のネズミの軍隊を率いるその怪物を討伐する事に成功しましたが、そんなネズミが自然発生するとは考えにくい。調べてみましたら――」
言葉をためて、ツヴァイク公を睨みつける腹心。
「――ツヴァイクに住む、教授を名乗る者が天才ネズミのアルジャーノンを生み出したというではありませんか。
その上で天才ネズミのアルジャーノンはツヴァイクの軍部に引き取られたとか」
その言葉にさっと顔を青くするツヴァイク公。正直に言えばツヴァイク公の与り知らぬ話である。しかし大国であるツヴァイクは、その全てをトップである公爵が把握している訳ではない。各々で任せている裁量のうちでそんな事があったとしても不思議ではない。
声が震えそうになるのを全力で抑えつつ、ツヴァイク公は口を開く。
「証拠はあるのですか?」
「もちろん、ここに」
そう言って教授の契約書を取り出す腹心。ツヴァイク公は知らぬことではあるが、こうなる事を見越してトーマスから腹心に渡された切り札だ。
つまりツヴァイクは自ら怪物を生み出し、その生贄にロアーヌの妹姫やトーマスカンパニーの使者を捧げようとしたあげく金品を奪った。その上でその始末さえフルブライト商会がした訳であり、これ以上ない失態の上にどでかい失態が積み重なってしまった。
あくまで偶発的な怪物の発生の前提で矛を収めたトーマスカンパニーや、目の行き届かなかった辺境で起きた事と折り合いをつけたはずのロアーヌ。その代表者の目が一気に鋭くなる。
「さて、申し開きはありますか? ツヴァイク公?」
穴が空くほどにその書類を見るツヴァイク公だが、内容は変わらない。想像もしなかった失態に、とうとう公爵のキャパシティーが超えてしまった。絶句して次の言葉が出てこない。
「……」
「……」
無言で絶句するツヴァイク公を睨むトーマスとミカエル。だが、ツヴァイク公が再起動する様子は見せない。それを察したミカエルがため息をつきながら言葉を添える。
「まず、ロアーヌとしては責任者の処罰を願いたい。事を考えれば、キドラントの町長と合わせて死一等を減ずる訳にはいかないと思うのだが」
「確かに。トーマスカンパニーも同じ意見です。その天才ネズミのアルジャーノンとやらを引き取った者の名前はここにある。ならばこそ、その責任者の罪を追求せねば始まらない」
「その上で証拠を握ったフルブライト商会と、よりツヴァイクの責任が重くなったトーマスカンパニーへの賠償を考え直して頂きたいが、如何かな?」
三者三様にツヴァイクを追い詰めていく。だがしかし、今回の賠償金ですらツヴァイクとしてはかなりギリギリの額である。追加で支払えと言われたら、それこそ国が立ちいかなくなる可能性も出てきてしまう。
……ここに節約という概念が混じらない辺りにツヴァイクという国の本質が出ていた。上げた水準を下げるという発想がない。権力を集中した弊害が出ているといえばそうなのだろう。王家も上級貴族も、金を吐き出す事までは我慢できたとして、使う金を減らす事に我慢できないのだ。
賠償と、保身と。その両方に心が引き裂かれそうになったツヴァイク公は思わず危険な思考に至ってしまう。つまり、賠償を全て無視してトーマスカンパニーやロアーヌ侯国、そしてフルブライト商会に戦争を吹っ掛けるのだ。戦争が起きれば敵国に賠償などという必要はなくなる。その戦争に勝てば、支払うべきものは全てチャラ。フルブライト商会はともかく、トーマスカンパニーとロアーヌ侯国に勝てる自信はツヴァイクにはあった。
だが、それはツヴァイクが大きな十字架を背負う事にもなりかねない。勝てば官軍との言葉通りに、勝てれば何の問題もなく全てを手中に収められるだろう。だが、世界に轟くフルブライト商会に勝てるか。勝った上で、戦争を吹っ掛けた理由と原因であるキドラントの不祥事を揉み消せるか。
分が悪いと、言わざるを得ない。
どうするべきか、最悪の手段まで考慮し始めたツヴァイク公だが、彼の口からそれらの手段が語られる事はなかった。考えがまとまる前にミカエルが口を挟んだのだ。
「まあ、ツヴァイク公も急な話で混乱しているでしょう。ここはそれぞれに貸し一つという事で納得しては如何かな?」
貸し一つ。本来ならば空手形を切るような愚は最優先で回避すべきである。しかしツヴァイク公は追い詰められており、さらに他の三勢力が結託した空気を出している現状がある。
しぶしぶといったミカエルの言葉に、これまた仕方なくという表情と声色で頷いたトーマスとフルブライト商会。
「……同じ被害者であるロアーヌがそう言うのであれば、トーマスカンパニーとしても嫌とは言えませんな」
「二方がそのような意見を出すのであれば、一番被害が少なかったフルブライト商会が文句を言うのも違うだろう」
「どうかな、ツヴァイク公? とりあえず今回の事はこれでいいとして、残りは未来に回してしまってはどうだろうか。
幸い、ツヴァイクならば時間をかければどうとでもなる問題でしょう」
相手が頷いたと見るなり、ニヤリと笑ってそう言葉を繋げるミカエル。それにしまったと顔色を変えるトーマスたち。
空手形を切ったという事実はあれど、それを行使する段階で大きな力の差があれば要求を飲ませる事は難しい。特にフルブライト商会はともかく、トーマスカンパニーは地力の差が大きすぎるのだ。武力を背景に高圧的な外交を押し通す事も不可能ではない。
そこに瞬時に思考が辿り着いたツヴァイク公は鷹揚に頷いて意見を呑んだ。
「承知した。では、ツヴァイクはアルジャーノンを管理できなかった責任として、それぞれに借り一つと関係者への厳罰を約束しよう」
そう言ってさっさと書類を作って、自身のサインを入れるツヴァイク公。内容はもちろん空手形、ツヴァイクは要求を一つ呑むというその証文。それを苦渋の表情で眺めるトーマスとフルブライト商会の代表者。
してやったりと、全員が腹の底で思っている事は、ある意味では笑い話なのかもしれない。
「いやはや、今回ばかりは助かったぞ、ミカエル候」
「とんでもない。今までツヴァイク公に助けていただいた事を思えば、今回の事で恩を返せたとは到底思えません」
「謙虚よな。しかしそれでは儂の気が済まん。何か希望があればできるだけ叶えよう」
「では、ロアーヌで安定しない産業がありますが、それに対するツヴァイクからの融資をお願いできますか?」
「うむ……。融資先を少しずらす位は儂の裁量でなんとでもなる。その願い、聞き届けたぞ」
「ありがたき幸せ」
追加としてきっちり益を取るところまでが一区切りである。
数日後。ツヴァイクの城門前広場でお祭り騒ぎが起きていた。
お祭りといえば聞こえがいいが、これから行われるのは公開処刑である。今回、強盗殺人を重ねて行いツヴァイクの名を貶めたキドラント元町長と、その原因となった怪物の管理不行き届きをした軍部の役人が大勢の人の前で盛大に罰されるのだ。
ツヴァイクの首都に住んでいるだけで世界有数の富裕層であり、勝ち組である。そのような人々は刺激に飢えていた。自分達の与り知らぬところで重罪を犯した者達を、平気で罵り笑いあう。少し視点を変えてみればどちらが悪魔が分からない所業だが、これもある意味人間の一側面を表しているといえよう。アビスに魅入られる人間が元から悪人と限らないように、人間である以上はこのような一面は必ずしも存在する。それを大きく切り取った場面ではあろうが、これもやはり人間だといえた。
酒を飲み、串焼きを齧り、これから起きる正義の執行を心待ちにする人々。やがて現れたのは、拷問を受けて憔悴しきった初老の男と、顔を真っ青にした軍の青年。彼らをみて、人々は喝采をあげながら石を投げつける。ひぃひぃと顔を庇う罪人に対して、人々が更に投げつけるのは嘲笑だ。
引っ立てられる者達は自分の悲運と運命を嘆きながら絞首台へと引きずり込まれる。嫌だ嫌だと喚いて暴れても、もはやこの流れを止める事はできない。殴り蹴られ、痛みに泣きながら引きずられる。
やがて首に縄がかけられた彼らだが、その命が尽きるまでもうしばらくの時間があった。彼らが何故処刑されるのか、その凶悪性と執行するツヴァイクの正義。それを長々と読み上げるという儀式が待っている。その十数分に及ぶ死へのカウントダウンの間、首に縄がかかった者達は最期まで喚き、泣き、絶望と怨嗟の声を上げ続ける。
その猶予も終わり、執行の合図が出される。
床下が抜ける。
首に全体重がかかる。
骨が折れ、絶命するその刹那。
キドラント元町長は自分が謀殺した人々も同じ思いをしたのかと、そんな考えが脳裏に過ぎり。
そしてその意識は永遠の闇に閉ざされた。
「これで一安心だな」
城の高台の上から処刑を見下ろしていたツヴァイク公は、手にしたワインを呷りながら喝采をあげる人々を眺めていた。
今回の事件の黒幕は処刑され、ひとまず被害者に対しての格好はついた。それに安堵の息を吐きながらワイングラスを傾ける公爵だが、その余裕は長く続かない。側に控えていた高官の一人が進言をした。
「しかし陛下、この度の賠償としてツヴァイクの財布は大きな痛手を受けました。更に奴らがいつ空手形の行使を望むか分かりません。至急対策が必要かと」
「うむ、分かっておる」
苦みが混ざった表情で答えるツヴァイク公。無い貯金を嘆いても仕方がない。絞れるところは絞らなくてならないのだ。
「まずはキドラントだ。あそこの町民は強盗殺人の共犯者が全てといっていいだろう。少しは奴隷としてユーステルムに連れられたらしいが、まだ大分人数が残っていたはずだ。全員重犯罪者としてひっ捕らえ、労働力として酷使しろ」
「それから税率を一律で1%上げる。それでこの度の支払いは補填できるであろう。そして福利厚生といった内政を削り、軍部の強化に充てるのだ」
「御意に」
ツヴァイク公の指示は瞬く間に公国中に流布された。
それを人々は驚きを持って聞く。ツヴァイクはただでさえ貧富の差が激しい国であり、1%の増税でも苦しくなる家は数多い。それに豊かな首都に住んでいるツヴァイク公は気が付けない。
そして以前から流れていた冗談のような噂、ツヴァイク公が自らの村を滅ぼして財を奪うという有り得ない話。良い国主ではなかったかも知れないが、それでも最低限自分達の暮らしを守ってくれたはずの国。そのはずなのに、キドラントという町は町長が絞首刑になったあげくに町人全てが重罪人として連行されたという。ならばその財の行方は聞くまでもなく、冗談のような噂が現実になってしまったという恐怖。
食うに精一杯の人々が得られる情報の貧しさ。貧富の格差はそのまま情報の格差にも繋がってしまうという事を、ツヴァイク公は気が付けない。
ツヴァイクが正義を為したという話は、以前から流布されていた最悪の噂が的中した事によって上書きされてしまった。
人々の心に恐怖が宿り、治安が急激に悪化していくツヴァイクという国に。ツヴァイク公はしばらく気が付けなかった。
おかしいと気が付いた時にはもう手遅れ。よくある話である。
ツヴァイクに内乱の火種が散乱し、燃え広がっていった。
今回で内政はいったん終了です。
視点はユリアン達に戻り、詩人と合流するまでを描く予定。