詩人の詩   作:117

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046話 夢と現実

 

 

 

 キドラントを旅立ち、ツヴァイクに向かう一行。ユリアンにモニカ、サラに少年。そしてニーナ。

 この中で戦えない人間がいるが、それは言うまでもなくニーナである。キドラントは田舎にあったとはいえ、戦う事を専門とした守備兵が存在した。故にただの村娘であったニーナに戦うという役目は回ってこなかったのである。

 だからニーナは旅においてお荷物になる、というのは早計に過ぎる。旅とは戦う事ばかりではなく、他にも大事な事は多くあるのだ。

「とても美味しいです!」

「上手ですね、今度私にも教えて下さい!」

 顔をほころばせてモニカとサラがニーナの作った食事を絶賛する。ユリアンや少年は褒める間も惜しいと言わんばかりに出された食事をかっ込んでいた。そんな彼ら彼女らをニコニコとした表情で見るニーナ。

「お口にあってよかったです。お代わりはそんなにないので、ゆっくり食べて下さいね」

 時刻は夕方、陽が沈む前。一日の締めくくりとしての食事はニーナが作る事になった。夕食だけでなく、食事全般。それから空いた時間を利用した繕い物もニーナの仕事だし、旅に支障が出ない範囲でなるべく多くの荷物を持つのもニーナの役割である。

 旅には物資が必要であるし、毎日の食事もモチベーションを上げるのにとても大切な事だ。重い荷物を背負いながら歩き、モンスターと戦い、疲れた体で食事の支度をするというのは精神的にも身体的にもかなり疲弊する。その上、疲れから作る食事は適当にしてしまいがちであり、そんな食べ物では疲れも癒えないだろう。

 その点をニーナはフォローする。戦えないからといって足手まといとは限らないのが旅の常識。サポーターの重要性というのは馬鹿にできないのだ。もちろん戦えるに越した事はないのだが、戦えないからといって足を引っ張るとも限らない。

「食べながらだけどさ、俺たちとニーナってあまりお互いを知らないだろ? 自己紹介でもしないか?」

 もぐもぐと口を動かしながら言うユリアンに、少年も口を動かしながら言う。

「ユリアン、行儀が悪いよ」

「お前もな」

 そんな男たちの言い合いをくすくすと笑ってみる女性陣。

 コホンと咳払いを一つして、自分の分の食事を口に運びながらニーナから口を開く。

「私の名前はニーナ、キドラント出身なのは言うまでもないですね。恋人であるポールを探す目的で旅をしています。その為に皆さんにはご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

「迷惑なんてそんな。私はサラ。シノンの村の出身で、今は同じシノンの村出身のトーマスっていう人が作った会社の手伝いをしているの。トムの補佐が主な仕事かな」

「僕は少年、名前は知らない。捨て子だと思うけど、お父さんとお母さんを探すのが目的。会って、名前を教えて貰うんだ」

「俺はユリアン。サラと同じくシノンの村出身だが、まあ色々あって世界に通用する人間になるのが目的ってところか。とりあえずはもっと強くならなくちゃな」

「私はモニカ。ちょっと複雑な事情があるのだけど、自分の価値を高めなくてはならないのですわ。その為に努力は惜しみません。よろしくお願いいたしますね」

 簡単な自己紹介が終わる。にこやかな挨拶が終わり、和気あいあいと雑談をしながら美味しい食事を口に運んでいく。

 これが初日の風景だったが、短い旅の間に仲はどんどん良くなっていく。ツヴァイクにつくまでに大分打ち解けて、そのままピドナへと帰還するのだった。

 

「久しぶりな気がするね」

「俺は懐かしむ程、長居はしなかったからなぁ」

 ピドナにつき、トーマスカンパニーの本拠地でもあるベント家へ向かう最中にもサラとユリアンは雑談をしながら歩いていた。後ろではモニカと少年、ニーナが話をしている。

「俺としてはシノンが懐かしくなるはずなんだが……今が充実しているせいか、余りシノンに帰る気は起きないんだよな」

「それは私も一緒よ。会社の仕事ってやりがいがあるわ。お姉ちゃんに頼らずに自分の力で実績を出すっていうのも楽しいし」

 とめどない会話は尽きない。思えばツヴァイクの冒険はかなり苛烈だった。

 騙され、身包み剥がされるところから始まり。ユーステルムにて今までとは違う環境で働く。そして教授を取り込む事にも成功し、終わりにキドラントの怪物退治。まさに一仕事終えたといった感覚だ。

 肩の荷が下りた事を確認し合いながら歩けばやがてベント家へと辿り着く。執事の面通しはサラがいれば問題なく、あっさりとトーマスの所に案内された。社長室と呼べるところで書類仕事をしていたトーマスだが、帰ってきた親友たちを見て手を止めて顔をほころばせる。

「サラ、それにユリアンにモニカ様も。無事でよかったよ」

「ただいま、トム。今回は怖かったわ」

「ロアーヌで鍛えられなかったら危なかったな。これからの仕事も気を付けるさ」

 気安く声をかけるトーマスに、勝手知ったるといった風情で言葉を返すサラとユリアン。昔馴染みの彼らは、顔を合わせて笑い合うだけで空気が和む。

「色々と話したい事はあるけど、まずは後ろにいる二人の事を教えて貰えるかい?」

「男の子の方は少年、両親を探していつか自分の名前を教えて貰いたいんだって。腕はユリアンが認める程だし、私の個人的な護衛として雇っててもいいかなって思うわ。

 女の子はニーナ。キドラントで行っていた悪行に心を痛めて、旅人を助けていた優しい人よ。実際、ニーナに助けられなかったら私たちも生贄にされていたかも知れないわ。キドラントに居られなくなって恋人を探す旅に出たんだけど、当てが何もないからある程度はトーマスカンパニーで面倒を見てあげたいの」

 サラが簡単に紹介をして、それに合わせて頭を下げる少年とニーナ。

 それを聞きながらトーマスは軽く頷く。

「そうか。少年の方はユリアンが認めてサラが問題ないと判断したならいいだろう。給金とかは後で詰めようか。

 ニーナもそういった事情ならトーマスカンパニーとして、そしてサラやユリアンの友人として礼を言わせて欲しい。トーマスカンパニーとしても人手が足りないから、手伝ってくれるならありがたい話だ。よろしく頼むよ」

 これでこの場にいるのは一応全て身内という事が判明した。ならば込み入った話をするのも悪くはない。

 次にトーマスは話題を移す。

「それでこれからの事だけど、キドラントの一件でそちらに会社のリソースを割り振らざるを得なくなった。

 南西の安定と合わせて新しい事を始めるのはしばらく無理だろうな。ユリアンやモニカ様、それから少年はしばらくゆっくりしてくれ。サラも大変な目に遭ったみたいだし、数日はゆっくりして欲しい。ニーナも方針としては同じだね、どんな仕事を割り振るかは適性を見て考えるとして、まずはピドナに慣れてくれ」

「つまり?」

「しばらくは町で気晴らしをしてくれって話だよ」

 言いながら、トーマスは近くにある金庫からジャラジャラとした貨幣の音がする袋を取り出して、中から金貨や銀貨、銅貨を取り出す。

 まずはそれを300オーラムずつ分けて5人に差し出す。

「労わりのボーナスっていったところかな、遠慮せずに受け取ってくれ。

 都会を楽しむにはお金がないと何もできないからね」

 若干戸惑いながらもそれを受け取る一同。しかし話はそれで終わらない。次に1000オーラムを金貨で用意し、サラへと渡す。

「これが今回の危険手当だ。町ぐるみの強盗殺人なんて想像の外にあった事だし、よく生きて帰ってきてくれた」

「……いいの?」

「もちろんだ。それに今回の事件でツヴァイクには賠償金を多く請求する。まずこの位は受け取ってくれ。場合によっては更に増えるかもな」

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら大金を差し出したトーマスだが、ユリアンとモニカに顔を向ける時にはその表情は引き締まっていた。

 そして言葉を発する前にまずは頭を下げる。

「ユリアン、それからモニカ様。今回は護衛としての仕事を全うしてくれて本当に感謝している。

 特にユリアンが気を配ってくれなかったら全員死んでいたかも知れない。ありがとう」

「まっ、それが俺の仕事だからな」

「その仕事に対する正当な報酬だ。受け取ってくれるな?」

 そういって差し出す金貨が大量に入った袋。数えるのも大変な額に目を見開くユリアンにモニカ。

「……幾らだ?」

「ユリアンに1万オーラム、モニカ様に5000オーラム」

「いちっ!?」

「命の代価にしては安いものさ」

 からっというが、明らかに普通の額ではない。驚きに僅かに硬直するが、トーマスはしれっとしている。

 実際、彼にとってはこの程度の額など気安く扱う程度に過ぎない。この百倍や千倍の金を顔色一つ変えずに扱う事もあるのだから、ある意味当然と言えば当然だが。一つの、それも急成長を遂げる会社は伊達ではないのだ。

「いや、真面目な話ありがたいが、こんな大金を持って旅なんてできないぜ?」

「ああ、それなら銀行がある。お金を預けて、必要な時に引き出せる会社だ。大概の大都市にはあるし、便利だよ。

 もちろんピドナにもあるから、サラに案内してもらうといい」

 そう言って話を終わらせるトーマス。次の言葉でとりあえずの会話はお開きとなった。

「今日のところはこの辺りにしておこうか。夕食を食べてゆっくりしてくれ。

 明日からピドナ観光を楽しむといいさ」

 

 翌日からゆっくりとした時間を過ごす。

 少年やニーナはピドナが初めてという事もあって戸惑う事も少なくなかったが、そこは一度散策を楽しんだユリアンやモニカ、そしてピドナに大分詳しくなったサラが案内する。

 観劇といったものや音楽を楽しみながらする食事にはニーナがいたく気に入り、大通りの大道芸人や両親と共に笑って歩く子供に少年は微笑みを見せる。もちろんピドナ名物である魔王殿観光も忘れない。

 そうして楽しく数日を過ごしたが、そんな日もやがて終わる。翌日からサラには仕事が入り、場合によっては護衛も動かなくてはならない。ニーナもそろそろどんな仕事をするかも決めなくてはならないので、遊ぶ時間は終わりという訳だ。

 その締めくくりという訳ではないのだが、ふと思い出したようにサラが口にする。

「ねえ、レオナルド武器工房に行かない?」

「レオナルド武器工房?」

 唐突なその発案にユリアンが首を傾げた。なんか前にもあったパターンだなと思いながら。

「ええ。私やモニカさん、ユリアンは装備がしっかりしているけど、少年の防具には不安があると思うの。危険手当として貰ったお金があるし、これで少しでも少年の装備を整えた方がいいかなって」

「それ、サラのお金でしょ? 僕が使う訳にはいかないよ」

「いいから。少年が強くなってくれれば私の安全も増すし、それに少年の顔も覚えて貰わなきゃね。いこ?」

 サラがそういうならば、あえて否定する必要もないかとレオナルド武器工房へと向かう。

 前と変わらぬその外観。扉を開ければ取り付けられたベルがカランカランと音を立てる。

 そして店の中に入った一同だが、思わず目に入った光景に面喰らってしまう。入ってすぐのロビーといえるその場所に、四人の人物が深刻な顔をして佇んでいたのだから。

 その中の一人はケーン、いつも柔らかな顔を崩さない彼がしかめっ面をしている時点で只事でないのが分かる。そしてその奥にいる女性はいかにも職人気質といった女性であり、この工房の主でもあるノーラだった。そしてその側に立つ、髪の短い美しい騎士。

「カ、カタリナっ!?」

「……モニカ様、ご無沙汰しております」

 意外と言えばとてつもなく意外な人物に思わず声をあげてしまうモニカ。傍らにいたユリアンも思わず目を見開いてしまう。

「あなたがどうしてここに?」

「……任務に関係する事でございます」

 モニカの当然の質問に、言葉少なく返事をするカタリナ。マスカレイドを奪われたという事は最高機密であるため、軽々しく口にする事はできない。ややぼかした言い方だが、それでモニカには十分に意味が通じる。そしてこの事に関してはそれ以上細かい事を聞くのも野暮だろう。

「そう……」

「カタリナの知り合いかい? 悪いがこっちは取り込み中でね、申し訳ないが出直してくれないか?」

「待ってください。他はともかく、ユリアンは使い物になるでしょう。ここは一つ、手助けを願ってもいいかと」

 急な客人を追っ払おうとしたノーラだが、それを留めるカタリナ。怪訝な顔をするのはユリアンである。

「使い物、ですか?」

「ええ。あなたはそれなり以上に強かったはずです。できれば手を貸していただきたい」

「カタリナさんには世話になりましたし、モニカに危険が及ばないならいいですよ」

「モニカ様に危険を近づけないのは当然です」

「それに強さでいうなら少年も悪くないかな。今日は彼の防具を買いに来たんだが……」

 ユリアンの言葉に軽く頷いて話を引き継ぐノーラ。

「……分かった、人手は多い方がいい。それに防具をしっかりと整えた方がいいだろうね。ケーン、奥にいって防具を見繕ってやりな」

「分かりました。えっと、じゃあこっちに来てくれるかい?」

 ケーンに促されて奥へと進む少年。残った面々は顔を見合わせる。その中で代表してユリアンが聞いた。

「それで、どうしたんですか?」

「私が説明しよう」

 声を出したのはその場で静かにしていた最後の一人、かつてはクレメンスに仕えた忠義の騎士であるシャール。

 今はクレメンスの一人娘であるミューズの護衛についている。

「ミューズ様が夢魔の秘薬を呷ってしまった。私たちは夢の世界へと赴き、ミューズ様をお助けしなくてはならない。

 だが、それには大きな危険が伴う為に協力者を探していたのだ」

「ミューズ様? 夢魔の秘薬?」

「説明しよう」

 分からない単語が多く、首を傾げるモニカに一つ一つ説明するシャール。

 ミューズとは前にピドナの実権を握っていたクレメンスの娘であり、今はルートヴィッヒに追われて旧市街に身を潜めている事。彼女は病弱であり、よく寝込んでいるがとても優しく子供や他の人からはとても慕われている事。そんな中、神王教団幹部のマクシムスという男が旧市街の子供にミューズが元気になる薬として夢魔の秘薬を渡した事。それを飲んでしまったミューズは夢の世界に取り込まれ、今なお戦っているだろう事。夢魔の秘薬の残りを呷り、ミューズを助けに行かなくてはならないが、その為には腕利きが足りない事。

 現状を一つ一つ説明し、伝えるシャール。その辺りで装備を整えた少年が戻ってきた。

「もしも夢の中で夢魔に殺されれば、現実に還ってくる事はない。永遠に夢の中に囚われてしまう。とても危険だが、あいにくとこちらに出せるものはない。善意に縋るしかないが、もし腕に自信があるなら共に戦って欲しい」

 そう言って頭を下げるシャールに、考え込む一同。その中でノーラだけは気安く声を出す。

「クレメンス様にうちはお世話になった。恩は返す、私は付き合うさ」

「……今、ノーラを失う訳にはいきません。私も参加しましょう」

「残りの秘薬は2人分。万難を排して戦いに臨みたいので、他に力になれる者を探していたのだ」

 追従するカタリナに補足するシャール。少し考え込むユリアンに困った声をかけるのはサラ。

「トーマスカンパニーとしても、ミューズ様というかクレメンス様の娘を助ける義理はあるわ。けど、ユリアンに無理も言えないし」

「……いや、トーマスカンパニーとして義理があるなら俺も参加しよう。これも仕事だ。少年はどうする?」

「戦う事に否はないよ」

 これで五人、人数は集まった。

「なら、できるだけ急いでミューズ様を助けたい。今から旧市街に向かうが、構わないか?」

「あ、トーマスカンパニーから人手を出して旧市街からベント家へ眠ってしまった人たちを運ぶ手配をするわ。

 倒れている人を放っておく訳にもいかないし」

「その間の護衛は私の仕事ですわね。頑張りますわ」

 サラが追加で状況を詰めて、モニカが気合をいれた声を出す。

 

 彼らが向かうのは夢の、悪夢の世界。

 新たな戦いが始まった。

 

 

 




ちょっと短めですが、ここで一区切り。

GWがリアルきっついです。できるだけ頑張りますが、週一更新できなかったらごめんなさい……。
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