詩人の詩   作:117

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明日にはとうとう投稿6ヶ月目になります。
半年、思えば遠くにきたものです。

付き合っていただける皆様に、感謝を。


048話

 

 

 

 ベントの屋敷、その一室。

 そこでトーマスとサラ、そしてモニカは静かにお茶を飲んでいた。

 その表情は、険しい。ミューズを夢の世界へ助けに行った面々がこの屋敷に運び込まれて、もう四日が過ぎた。青白い顔色の彼らが死んでいないと分かるのは、細々とした脈うつ心臓しかない。その鼓動がなければ死んでいると判断してもおかしくない容態だ。

 いつ戻ってくるのか、全く分からない現状。もしかしたら全員、悪夢の世界へ取り込まれてしまった可能性は、口にするまでもなくそこにいる三人の脳裏によぎっていた。

 だがしかし、それを口にする者はいない。下手な事を口に出して不安を共有したくなかったのだ。こんな弱気なのは自分だけで、他はみんな無事を信じていると。その最悪の可能性は見て見ぬふりをしている。

 もちろん人間は食べなければ死んでしまう。トーマスは手配して、寝たきりの彼らに粥を流し水を含ませ、生命活動に支障がないようにはしている。だが、それがいつまで続くのか。先の見えない戦いに、精神的にすり減り切っていた彼らだった。

 起きるにしろ、死ぬにしろ。その時が来れば即座に使いが来る手筈になっている。どちらでもいいから、知らせを持って使いが来て欲しい。その心境になる一歩手前だろうか。

「トーマス社長っ!」

 その心境に至る前に、ノックもせず部屋に飛び込んできた使いの者。三人とも顔を強張らせ、次の言葉を待つ。生か、死か。果たして――

「六人、全員が目を覚ましましたぁ!!」

 ――聞こえた言葉に。サラとモニカは思わずへたり込み、トーマスは四日ぶりに肩の力を抜く事ができた。

 誰ともなしに動き出し、夢の世界へ旅立ち、そして戻ってきた戦士たちが横になっていた部屋へと向かう。その部屋の前に辿りつき、部屋の扉を開け放つ。

「ミューズ様、よくぞご無事で……」

「ユリアン、カタリナ。本当によかった……」

「ユリアンも少年も無事で……」

 三者三様に声を出しながら部屋に入ったが、言葉がすぼんでしまう。

 ジト目でシャールを見るカタリナにノーラ、ユリアンに少年。その視線を受けて全力で頭を下げるシャール。そしてオロオロと狼狽しかしていないミューズ。

 入り込んだトーマス達には現状が全く理解できなかった。

 

 

 シャールがいかに役に立たず、あっさり夢に取り込まれてしまったのかを愚痴を交えて語るノーラ。一番役に立たなくてはいけない人間が一番迷惑をかけたのだから、まあその心情は理解できる。

 カタリナも遠まわしに嫌味を言うくらいはする。手伝った相手と殺し合いをして、その上相手が自分と同等以上だったのだ。生きた心地はしなかったし、戦士としてプライドも傷ついた。彼女としてもシャールを庇う気はない。

 少年もカタリナが一瞬遅かったら殺されていただろう。悪気がなかった事は分かっているのであまり厳しく責め立てはしていないが、当然言うべき事はハッキリと言っている。

 そんな彼らを見てユリアンは顔を引きつらせている。言いたい事はあるが、それら全てを言われている上におまけまで乗せられているのだから、彼としてはこれ以上の文句の言葉はない。

 全てを受け止め、神妙に頭を垂れるシャール。今回の件に関して彼に弁明の余地はない。

 事の発端となったミューズにも発言権はない。むしろ彼女が責められる前にシャールが率先して頭を下げた為、一番最初に夢魔の秘薬を呷ってしまった失敗がうやむやになっているところはある。

「ま、まあシャールさんが助けを呼んだ判断は正解だったという訳だな」

 言葉でシャールをぼっこぼこにするのが一段落ついた時に、トーマスがそう締めくくった。というか、第三者が止めないと永遠とシャール叩きが続きそうである。ある程度の憂さが晴らせたのならば建設的な話をしなくてはならない。

「さて。問題はなぜ神王教団の幹部であるマクシムスという男がミューズ様に夢魔の秘薬を盛ったという事だな」

「? ミューズ様を殺すためじゃないのかい?」

 トーマスの問題提起に首を傾げながら答えるノーラ。あのままではミューズは醒めぬ夢を見続けていたのだろうから、その線が一番濃いように思える。クレメンスの一人娘というだけで殺される要素は十分である。

 だが、それに首を振って否定するのはカタリナ。

「いえ。殺すならもっと直接的な毒を盛るでしょう。夢魔の秘薬を使用するのは迂遠に過ぎます。他に目的があったと考えていい。

 例えば昏睡状態のミューズ様を捕え、何かに利用しようとしたか。ミューズ様を助ける為にシャールも夢魔の秘薬を呷ると考えれば、護衛がないも同然。それを狙っていた可能性もあります」

「確かに、神王教団の奴らがベント家を見張っていた形跡はあった。ミューズ様を捕え損ねたと考えれば自然だが――」

「ないな。奴らがそんな不手際をするとは思えない。ミューズ様が昏倒し、私が助けを求めた隙をついた筈だ」

 カタリナの言葉をトーマスが継ぎ、そしてそれすらもシャールが否定する。

 しかしでは何が目的か、今一つ判別しない。誰もが首を傾げる中、ふとミューズがシャールの腕につけられたそれ(・・)に気がついた。

「あら、シャール。あなたの腕に……」

「? 銀の手……?」

 ふとシャールが自分の利き腕に視線を落とせば、夢の中でクレメンスに授けられた銀の手がそのまま腕にくっ付いてきている。反対の手で触ってみるが、やはりそこに実在しているのは間違いがないようだった。

「これはクレメンス様が破壊したはず。なぜ――」

「そういう、事ですか」

「……チ。胸糞悪い」

 首を傾げるシャールとミューズだが、おおよその事情を察したカタリナとノーラが一気に顔をしかめた。

 必然、彼女たちに視線が集まる。何か知っているなら教えろと言った意味がこめられたそれに、カタリナはゆっくりと言葉を選びながら口を開く。

「――神王教団の内部に極悪人がいます。人を利用し、弄び、そして殺してでも自らの欲を満たそうとする者が。

 そいつが求める物は聖王遺物。その一つである銀の手を求め、既に破壊された事を知ったのでしょう。

 それでも諦めなかったそいつは、ミューズ様の夢から銀の手を回収しようとしたのでしょうね」

「! じゃあ、シャールさんが仲間を集めた事を看過した理由は……」

「夢の世界から銀の手を確実に回収する一手、という訳か」

 ユリアンの驚きにトーマスが補足をして、少年が一言。

「まあ、シャールは役に立ってなかったけどね」

 

 それはともかく。

 

「実際、銀の手は回収された。ならば奴は強硬手段を取るでしょう。

 ――おそらく、ミューズ様やその護衛であるシャールを殺してでも銀の手を奪い取る」

 その言葉にさっと顔を青くしたのはミューズ。

「ピドナだけでなく、神王教団も私を狙うのですか……。先だって、再び銀の手を破壊してしまうというのはどうでしょう?」

「それは得策ではありませんな、ミューズ様。確証が得られない時点で夢魔の秘薬を使うという暴挙に及んでいるのです。銀の手が回収できると判断したのならば再び夢魔の秘薬を盛るか、もしくはそれ以上の外道を行いかねません」

 トーマスが首を振ってミューズの案を否定する。

「ならば、銀の手を差し出せば……」

「あの手合いに下手にでるのはお薦めできませんよ、モニカ様。調子に乗って口封じまではたやすく持っていくでしょう。

 ここにいる面々は、既に奴が夢魔の秘薬を使う外道だと知ってしまった。機あれば殺しに来ると考えていいと思います」

 次のモニカの言葉はカタリナによって否定された。

 口には出さなかったがマクシムスと繋がっているであろうジャッカルは、分かっているだけで既に聖王遺物を二つ、聖王の槍とマスカレイドを奪い取っているのである。それ以上が手元にあるかどうかは分からないが、敵の打倒まで視野に入れている身としてはこれ以上の戦力増強を防ぎたかったという面もある。もちろん、主君の妹君に言った事も偽りではないが。

「じゃあどうするの?」

「……難しい問題ですが、銀の手がこちらにあるという優位を崩してはいけません。どこかに隠すなり、身につけるなりすれば盾にはなります。

 その上で暗殺や襲撃を警戒し、大本を断たなくては」

 カタリナの言葉に現実味が感じられないと、その場にいる全員が感じた事である。相手は歴史あるゲッシア王朝を滅ぼした神王教団、世界最高勢力の一つ。

 10に満たない人数で相手にするには余りに大きい。

 と、なればどうしても数が必要になる。全員の視線は自然とこの中で一番大きな人と金を動かせる男、トーマスへと向かっていた。

 難しい顔をする彼が、共に戦ってくれるか否かで選択肢も難易度も大きく変わる。トーマスがミューズに協力しない場合、自然にユリアンやモニカ、サラや少年といった面々が外れる。残るのはミューズとシャール、ノーラとカタリナのみだ。

「先に明言しておきましょう。私は、戦います。私には戦う理由がある」

「私もさ。ちょっと複雑な事情があってね、降りる気はさらさらないよ」

 悩むトーマスに、言い切るカタリナとノーラ。彼女たちは奪われた聖王遺物を回収するという動機がある。敵がさらなる聖王遺物を求めたとして、今更だ。

 特にノーラにとってクレメンスは工房に良くしてくれた恩人であり、その娘を助けるのは情に厚い彼女にしてみれば当然といえた。

「私はミューズ様を守る。今回晒したような無様は二度と見せん!」

 言い切るシャール。ミューズは信頼の目だが、他の大多数は視線がちょっと生暖かい。トーマスとサラは魔王殿まで子供を助けに行く彼を見ているが、その他の面々にとって説得力のある言葉でないのは仕方が無かった。

 とにもかくにもこの場にいる三人はミューズの味方になると明言した。立ち位置を選べる者として、後はトーマスと少年くらいか。まあ、少年はサラと一緒にいることを止めないだろうから、実質トーマスのみである。

 深く考え込んでいた彼はやがて顔をあげ、ミューズの瞳を見る。

「ミューズ様、私は商人です。故に、益無き取引はしません」

「……はい」

「この件は貸しで手を打ちましょう」

 断られると思ったのだろう。暗い声を出したミューズだが、次の言葉に顔を輝かせた。

「本当ですかっ!?」

「もちろんです。ただし、決して軽いものではないので覚悟して下さい」

 その喜色に冷や水をかけるような、トーマスの鋭い顔。

 喜びがみるみるうちに醒めていく。その変化を理解しつつ、トーマスは淡々と告げる。

「大きな話になります。神王教団の、その一部でも戦うという事になれば、こちらもそれなり以上の勢力にならねばなりません。その事自体は私にも無益でない為に、貴女の味方をするのです。

 貴女を旗頭にクラウディウス縁の者を再結集し、対抗します。その過程でルートヴィッヒとも事を構えるでしょう」

「トム、本気!? 神王教団とピドナ、その両方を敵に回すなんて!?」

 思わずと言った声をあげるサラ。しかしてトーマスは冷静に頷く。

「ここまで来たら半端が一番ダメだ。やるならミューズ様を売るくらいはしないといけないが、そうすればフルブライト商会やラザイエフ商会を敵に回す。どちらにせよ、トーマスカンパニーは争いの真っただ中に放り込まれるのさ」

「……すまない」

 深く深く頭を下げるシャールだが、そんな彼をトーマスは一顧だにしない。ごめんで済む段階は過ぎ去っているのだ。実利の伴わない謝罪など、1オーラムの得にもならないのだから。

 ミューズは自分がとてつもなく大きな事に巻き込まれつつある事を理解して、顔を青くしている。

 逆に目に力が入るのはモニカとユリアンである。この二人はツヴァイクを超える価値を示さなくてならないのだ。そんな奇跡を願っても叶わないような無理難題が相手となっては、この大騒動も一つの好機である。勝率は分からないが、勝ち切れば相応に巨大な見返りがある事は想像に難くない。やる気も出るというものである。

 事の大きさに戸惑うのはサラで、そんなサラを気遣うように見るのが少年。

 だが、この場にいる全員の指標は一致した。すなわち、マクシムスと戦うという事だ。

「まずはミューズ様には生きていて頂かないと話にならない。その上で、仲間を多く集める。その両方を表立って動く訳にはいかない、バレた時点でルートヴィッヒを敵に回す。いずれその時が来るが、できるだけ遅くしたい」

「ミューズ様の護衛は私に任せて貰おう」

「守りだけではダメでしょう。攻め手は私に」

 トーマスの言葉に、シャールが真っ先に声をあげてその補足をカタリナがする。

 相手は夢魔の秘薬まで使っているのである。先手はあちら、ならば反撃くらいはしないと削られる一方だ。

 こっくりと頷いたトーマスは続ける。

「ミューズ様の護衛も、闇で戦う事もできればお願いしたい。こちらとしてはその分野は不得手だからね。

 ……ただ、ミューズ様はピドナを離れた方がいいかも知れない。神王教団であれ、ルートヴィッヒであれ、ピドナでは影響が強すぎる。

 トーマスカンパニーの伝手を使って世界を転々とするのがいいかと」

「わ、分かりましたわ」

 青い顔のまま、それでも頷くミューズ。

 トーマスは頭の中で素早い計算をしつつ、指示を出す。

「……ピドナはしばらく静かでなくなるな。サラもミューズ様についてしばらくピドナを離れてくれ、万が一を避けたい。ユリアンとモニカ様は引き続きサラの護衛を。少年もサラについてくれるかい?」

「分かったわ」

「分かった」

「分かりましたわ」

「分かったよ」

「もちろん、離れるだけじゃない。ミューズ様についていくという事は、先々で仲間を集めるという事でもある。

 この成果の多寡でこちらの命運が決まる可能性もある。くれぐれも、よろしく頼むぞ」

 人を遊ばせる余裕はない、動く人間に仕事を割り振るのは当然である。全員が全員、真剣な表情で頷く。

 そこでふと思い出したようにユリアンが声を出した。

「なあ、ニーナはどうする? こんな大事になっちまったけど、恋人を探しているんだし。旅に連れていって、恋人を見つけてそいつに預けるのがよくないか?」

「……そうだな、まだ彼女の処遇も決まっていなかった。ミューズ様の世話係という体でユリアンの言う通りにしよう」

 ユリアンの案にOKを出すトーマス。

「どこに行くかは今日中に急いで決めよう。とにかく、ミューズ様は一刻も早くピドナを離れる必要がある。いつ暗殺されても不思議ではないからな」

「っ!」

「ご安心を、ミューズ様。このシャール、必ず御身を守り切ります」

 告げられた言葉に体を固くしたミューズだが、即座に臣下の礼を取りながら言い切るシャール。

 それをあながち笑って見過ごせないのがカタリナだ。ため息をつきつつ、補足する。

「まあ、シャールは私と同じか、それ以上に強いですから。彼以上の護衛はいないでしょうね」

「カタリナより強いのっ!?」

 思わずモニカの口から驚きが漏れてしまう。それに表情を引き締めて、カタリナは言いたい事は口にする。

「同じくらい強い、と言わせていただきます。もちろん、銀の手で利き腕が使える前提ですが」

 それはそれとして。そう前置きをするカタリナ。

「私とノーラは工房に戻りますが、それを機に相手もこちらが悪夢から醒めたと気がつくでしょう。その動きを見逃す手はありません、そのまま追撃をかけます。

 混乱が起きているうちにミューズ様がピドナから脱出できれば最高ですね。万が一の事態の為、私とノーラはミューズ様の行先は知らない方がいいでしょう。知って得もない」

「分かった、可能な限り素早く手配する。

 ……今、この瞬間にも相手方に情報が漏れている可能性もある。可及的速やかに動くとしよう」

「あなたができる男でよかったですよ、トーマス。頼もしい限りです」

 ここでようやくカタリナがふっと笑った。それは思い返してみれば、あまりにしばらくぶりの笑顔だった。

 笑う余裕をなくしてはいけない。そんな当たり前の事に気がついた全員は、力を適度に抜いて静かに笑いを浮かべる。中には引きつったような笑みの者もいたが、そこはまあご愛敬である。

「また、全員が生きて出会いましょう。幸運を」

 

 

 

 その日、ピドナの闇と影で大きな騒動があった事に気がついた一般人はいなかった。気がついた者はある程度の実力者であり、一般人の範疇ではない。

 神王教団のその暗部や、ロアーヌやクレメンスに認められていた騎士たちが戦い、殺し合う。

 いや、殺し合うという表現は正しくないだろう。虚をつかれた神王教団の暗部は攻撃する事も出来ずに殺されたのだから。

 だが、所詮ここで殺されるものはその程度の使い道しかないとそう判断されているに等しく、痛手を与えるとはいかないと。その事実に気がつく者は気が付いている。この騒ぎすらも、嵐の前の静けさに等しい。先が見えている者ならばそう評するだろう。

 夢から醒めた後に迫る現実はあまりに大きく、そして冷たい。

 避けられぬ大騒動が忍び寄る事を感じつつ、その大都市から逃げ出す事に成功したミューズたち。

 目指すはリブロフ。大商人、ラザイエフ家を味方にする為に最初に向かった場所がそこだった。

 

 

 

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