ただ、頑張って書いていきます。
「あっつ……」
思わずユリアンがぼやく。モニカに至ってはそんな言葉を呟く気力もないようだった。
ジリジリと火に炙られるような感覚を与えてくれる砂漠の太陽。その日差しは砂漠を歩く商隊に容赦なく照り付ける。
そう、リブロフから出発したのは商隊である。様々な物資を運び、行く先で売りつける事を目的とした集団。もちろんまた、行った先で買い付けも行うのは言うまでもない。
ティベリウスとの会談が第一目標であるとはいえ、行くついでに稼ぐ事を忘れないのは商人らしいと言えるだろう。神王の塔に向かって彼らは歩を進めていた。
「疲れていますね」
やや苦笑気味に言った者は、ニコライ。初老と中年の間くらいに歳をとった男ではあるが、戦う者として体を鍛えたユリアンよりも余裕がありそうだった。これは彼が何度も砂漠の旅をしていたからに他ならない。
ラザイエフ商会の娘であるベラと結婚できたのである。商人として最上級といえる実績を叩き出す事は最低条件。その一環として、世界中を旅するくらいの下積みは必要だった。ユリアンよりも体力的な余裕があるのは、このような経験のおかげと言えるだろう。
「ニコライさん、すいません。みっともない姿をお見せして」
「いえいえ。私も初めての砂漠ではとても余裕は持てませんでしたよ。なんせ、他とは訳が違う」
ユリアンの言葉を受けても柔和な笑みを崩さないニコライ。
実際、砂漠の環境は過酷である。そもそも彼らが騎乗しているのは馬ではなくラクダであり、この時点で慣れていない者は初めて馬に乗るような疲労を抱えてしまう。
その上でジリジリと火で炙られるような太陽が上から降り注ぎ、下の砂からの照り返しでも浴びせられる。このせいで暑くてたまらないのに、体を覆っている布を脱いでしまえば暑さに苦しむのではなく、熱さで死ぬ。比喩なしで太陽に焼かれて火ぶくれをおこし、火傷で死ぬのだ。
気温が40°にも50°にもなるこの世界で、厚着をしなくてはならない苦痛。これは実際に体験しないと分からない。ユリアンも城勤めをした時に軽く行軍の話で聞いた覚えはあるが、文字通りに聞くと感じるとは大違いだった。
柔和に微笑むニコライとは違い、疲れた笑みを浮かべたユリアンだったが、その顔を即座に引き締める。
それを見たニコライは柔和な笑顔のままで、ほうと感心の声を心の中で漏らした。暑さにだれて仕事をしない無能ではないらしいと。
チラとユリアンの横を見れば、モニカも疲れ切った表情を変えて無表情になりながら弓に矢を番えていた。表情を引き締める気力こそなかったらしいが、それはそれ。仕事は結果が一番大事であり、成果さえ出していれば過程が多少悪くても許されるものだ。
ニコライは利き手で懐の短剣を探りつつ、反対の手で頭に被っているフードを更に深く被る。
「間違いありませんか?」
「ああ。他の護衛はまだ気が付いていませんが、時間の問題でしょう」
ユリアンが言い終わる頃には他の護衛たちも雰囲気の違いに気がついたらしい。違和感の段階で報告すべきか、確信を持ってから報告すべきか。そんな戸惑いを含んだ空気が流れてニコライもユリアンやモニカの感覚が正しい事を
万が一、この瞬間を強襲されると致命的だ。それはユリアンは知っていたが、彼よりもそれに詳しい男が大声を張り上げる。
「襲撃! 商隊を中心に、迎撃態勢を取れ!!」
厳しい表情をしたニコライが告げる。その顔は先程までの柔和な顔とは程遠い。生き死にの場を見据えた、一流の男。
とはいえ、彼は商人であって戦闘員ではない。むしろこの隊の隊長といってよく、一番安全な場所に身を置くべきだ。よく言い換えれば死なない事が仕事と言っていいだろう。
そんなニコライを囲むように、商品を持った売り買いを主な仕事にする者が密集隊形を取る。そしてその周りを覆うようにして武器を持った、戦う事を仕事とした者たちが周囲を警戒する。どこから敵が襲ってくるのか分からない現状では理想的といえる。彼らはラザイエフ商会であり、世界有数の商会だ。更に砂漠の行き来には慣れたものであるので、このぐらいは当然のようにできる。
まあ、普通の範疇に納まらない者はこんな悠長な事はしないのだが。すなわち、サーチアンドデストロイ。襲いかかってくる敵がモンスターと分かり、砂の中をかき分けるように近づいてくる事を察知したユリアンは、その微細な砂音の違いを聞き分けてその方向に走り出す。彼は既にラクダからは降りていた。ユリアンはラクダに乗り慣れていないので、攻撃にも回避にもラクダは邪魔なのだ。そしてラクダはそう簡単にモンスターのエサにしていい程安くはない。砂漠限定であるからか、原価が馬よりも高いのだ。
モニカはラクダから降りず、そのまま弓を構える。前衛をユリアンが引き受ける以上、彼女も一緒に前衛に出るというのは効率が悪い。むしろ後衛としてユリアンをフォローした方がずっといいのだ。
それを理解している彼女はユリアンが走る方向に弓を向け、そして矢を引き絞る。そのまま術を唱えるとその鏃に炎熱が纏い、突き刺さる以上の攻撃力を持ち、そして放たれた。
エアスラッシュを鏃に纏わせたその一矢は鋭く放たれ、ユリアンの先の頭上にいた空飛ぶ昆虫型モンスターであるバガーの羽に突き刺さる。そしてそのまま炎熱の衝撃がその体を焼き、バガーは聞き苦しい苦悶の音をたてながら墜落していった。空飛ぶ術を失った飛行する生物の末路は哀れだ。羽を焼かれて失ったバガーは他のモンスターに喰われるか、それとも砂漠の熱に炙られて渇いて死ぬか。悲惨な最期を哀れに思ったかどうかはモニカの表情からは読み取れないが、彼女の次の一矢を二つの瞳の中心に受けたバガーは一瞬の苦しみをもってその生を終わらせた。
そしてユリアンだが、砂の中を移動するような音の方向に駆け出したはいいが、何せ慣れない砂漠である。地中の敵の正確な位置までは判然としない。
故に彼は己が最も得意とする戦法にシフトする。すなわち、後の先。相手が襲い掛かってきた瞬間を狙い、反撃するという方法だ。
敵に十分近づいたと思えた場所でユリアンは立ち止まり、剣をやや下に構えた。正面や上空から襲ってくる敵がいれば隙が大きいといえるが、そのような敵の相手はモニカがしている。彼は何の憂いもなく、地中を蠢くモンスターに集中できた。
そしてすぐに砂が盛り上がり、ユリアンの眼前で四散しその巨体が現れる。メルドウォームと呼ばれる、ミミズを化物のようにしたモンスターだ。地中を移動するそのモンスターは目が退化してなくなり、優れた聴覚のみを頼りにした地中からの奇襲を得意とする。
しかしまあだからこそ、その奇襲が察知されてしまえば勝負にならない。飛び出したメルドウォームは目の前の獲物を咥えて再び地中に沈み、砂で圧殺したエサを貪るつもりだったが。そのエサが白銀の剣を構え、メルドウォームが飛び出してくるのを今かと待ち構えていたのである。奇襲と呼べるはずもない。
縦と横の斬撃を瞬時に与える技、十文字斬りにてメルドウォームは四つの肉片に切り分けられ、ボトボトと地面に落ちて絶命する。
ユリアンは嫌そうに剣を振るい、ついた血を払う。だが、砂漠ではこんなモンスターの死骸さえ何かの恵みになるのだ。早晩、この肉片はこの地に生きるものの糧になり、また別の命を育むのだろう。それが動物なのか、また別のモンスターなのかはユリアンの知った事ではない。
彼は違和がないかどうかに神経を集中し、真剣な顔でモンスターの気配を探る。他に敵対するものがいないと確信できた時にユリアンは振り返り、動いて増した暑さを気怠い表情に出しながら言う。
「終わりました」
それをポカンと見るのはニコライ他のラザイエフ商会員。砂漠の民でないどころか、初めて砂漠を旅すると言った彼と彼女がここまで鮮やかにモンスターを仕留めるのが信じられないらしかった。
「いや、昼の戦いは見事でしたね、ユリアン」
「どうも」
夕方までに商隊は神王の塔に辿りつき、ラザイエフ商会の売買を主とする者たちはそれぞれの商品を手にまずは持ってきた品を卸し始めた。それが終わったら砂漠の特産品を買い集めて、日が昇ったらまたリブロフに戻る。慣れたものでその作業にかかる時間は短く、僅か以上に睡眠もとれるというのだから驚きである。その中でもニコライは上物を持って神王の塔の内部に上がり込み、神王教団の主であるティベリウスと交渉をするらしかった。ティベリウスは自身の贅沢に興味はないが、やがて迎える神王の為に贅沢品を求めるらしい。
まあ、そんな特上の品はラザイエフ商会といえど早々に手に入る訳もなく、ニコライのみで持ち運べる量である。故に神王の塔に入る事が許されたのはニコライのみで、他の者たちは神王の塔周辺に広げられた、砂漠の街での商いに精を出していた。
護衛であるユリアンたちはその手間すらない。行き帰りに命をかけて戦う彼らは、町にいる間は十分な休息を取る事が許されている。まあ、戦う事が仕事といっていい護衛たちも今回はそのほとんどをユリアンやモニカに取られており、普段の旅に比べてずっと疲れがなくて楽な様子で陽気な夜を過ごしているのだが。
そんな上機嫌な面々に囲まれているユリアンは、下手に有能なせいで他の者の仕事を多く奪っており、既に疲れきって眠そうである。モニカに至っては眠そうではなく、とっくに夢の中だ。彼女は護衛の女性たちに囲まれており、ある意味で客分という事を考えれば心配はいらないだろう。後はユリアンがとっととモニカを警戒範囲に入れた上で休めればいいのだが、他の護衛たちのテンションが高くて寝かせてくれる様子がない。
実はそれもそのはず、慣れた護衛職とはいえ砂の中から奇襲するメルドウォームや、空から強襲を仕掛けてくるバガーを相手にすれば苦戦以上は免れない。死ぬ気はないが、場合によっては傷ついた者を置き去りにして退却する事も珍しくなく、死と隣り合わせの仕事なのだ。それなのに、今回は負傷者どころか戦闘すら0である。戦う分の体力が有り余ってしまい、それが喜びとなって軽い宴会状態となっているのだ。これは女側の護衛でも同じ状態であり、その真ん中でくぅくぅと気持ちよさそうに寝ているモニカはそれだけ疲れているのか、それとも豪胆なのか単に無神経なのか。
「どうだい、ユリアンもラザイエフ商会で働かねぇか? お前さんがいれば砂漠の被害がなくなるぜ!」
「そうそう。モンスターの気配をどうやって察知するかとか、教えて下さいよ」
「いや、俺はラザイエフ商会に仕える気はないので」
ボーと疲れた顔をしたユリアンは、やや離れた場所で無邪気に眠るモニカの寝顔を見つめながら気もそぞろに言葉を返す。
「まー、こればかりは無理は言えねぇけど。せめて、地中のモンスターを察知する方法は教えてくれねぇか? それには予算も出せるんじゃないですか、隊長?」
「そうだな。得難い技能だし、高く買わせて貰いたい。俺から更に上に話を通して……そうだな、ニコライ様はユリアンの戦いぶりを見たはずだし、値切ったりはしないと思う。むしろ色をつけてくれるぞ」
話を振られた護衛隊長も頷きながら言葉を続けるが、ユリアンとしても困るのだ。
つまるところ、ユリアンが地中のモンスターを見つけられたのは術でもなければ技でもない。耳に聞こえた音を違和感として知覚し、集中して音を聞き分けたに過ぎない。
言わば耳がいいといった体質的な特徴から始まり、それを詩人との訓練やハリードとの特訓で気配察知と呼べるレベルまで叩きあげただけなのだ。最初にそのような感覚が良くなければ覚えられず、更に詩人やハリードといった世界屈指の人間が丹念に指導した上で身につくかどうか分からない範疇の能力なのである。
そしてユリアンもそれを体系だった技能として己の中で確立している訳ではない。人に教えられる程に身についている訳ではなく、端的に言えば未熟なのだ。そんな未熟なユリアンでも、幾度となく砂漠の旅をした者が得られていない技能を身に着けているのは事実であった。上に行く程急勾配とは、さて誰が言った言葉であったか。
とにもかくにも、護衛達はそれを秘伝の技で出し惜しみしているとしか捉えられず、ユリアンとしても説明したくてもできない。そんな場になりつつあった。
「気が付いて、耳をすませば分かるとしか言いようがないんだが……」
「そう言うなって、ユリアン。ちゃんと対価は払うからよ、教えてくれよ」
「よっぽど足元を見なければニコライ様も頷いてくれるさ。それにお前さん、ラザイエフ商会に借りがあるんじゃないのか? その借りを返す絶好の機会だぜ?」
「いや、本当に。違和感を見つけたら耳を澄ますだけで――」
言いながらそれを行ったユリアンの顔色が変わった。怪訝な顔でそれを見る一同。
「どうした?」
「――人がいる」
「は? そりゃ、俺も皆も、お前もいるが?」
「砂漠に、人がいる」
ユリアンの言葉に要領を得ない一同。神王の塔に広がる街の端とはいえ、ここは人の領域。モンスターが近づけば撃退する警戒区域だ。人が集まるのは自然である。
まあ彼らも戦える人間であるために、完全に安全な場所をあてがわれている訳ではない。街の最も外周に陣取らされている為、モンスターへの警戒は最低限はしている。
とはいえ強いモンスター程賢く、人が密集する場所を襲う事は滅多にない。愚かで弱小なモンスターが紛れ込んでただちに滅殺されるか、強く賢いモンスターが集落に忍び込んで数人喰らい逃げるか、血に酔ったモンスターがそのまま居座り強者に首級をあげられるといった事は、少ないながらもたまに話を聞くくらいの頻度では起こりえる。
だからまあ、モンスターがいると言われれば、彼らは驚きながらも武器を手に取っただろう。だが、人がいると言って顔色を変えるユリアンを理解はできない。神王の塔に向かって広がる街並みには、人が無数にいるのだから。
しかしその反対、砂漠の闇を睨みつけるユリアンに多くの者は更に当惑の表情を浮かべた。
その中で視線を鋭くした者が一人、護衛隊長だ。
「賊か?」
その言葉に、起きている全員に緊張が走った。砂漠に陣取る賊はやはり存在し、行商人を襲う。神王の塔を襲う賊となれば人数を揃えてくるだろう。
その為の緊張であったのだが、ユリアンは軽く首を横に振って否定する。
「いえ。
そう言うや否や、ユリアンは武器を片手に走り出す。後ろから声が飛んでくるが、それを無視して月灯りの砂漠を駆けるユリアン。集中するは闇の中にある頼りない足音。フラフラとしたそれは、歩く者の体調を的確に教えてくれた。
そしてすぐにといえる時間を費やし、ユリアンはその足音の主に辿りついた。
月に照らされたその体は細く、女性だと教えてくれる。着ている服は見た事がなく、もしかしたら砂漠の僻地で暮らす民なのかも知れない。そういった知識はユリアンにはないが、そんな事は彼にとってはどうでもよかった。重要なのは、この女性が衰弱しているという事実のみ。
「おい、大丈夫か? しっかりしろ!!」
「こ、ここ、ここは……?」
声をかけ、女性を抱きとめたユリアン。そして女性も人の体温に気が抜けたのか、足の力がなくなりユリアンに寄り掛かってしまう。
酸えた臭いがユリアンの鼻を刺激して僅かに顔が歪んでしまうが、今はそれどころではない。
「ここは神王の塔だ。すぐに人が来るから安心しろ」
「神王の、塔? 聞いた事が……ついに…………に、し、に」
「死なないっ! 大丈夫だ、安心しろっ!!」
微妙に噛み合わないセリフを交わしたまま、女性は気を失ってしまう。そんな女性を抱えたユリアンの元へ、護衛隊の多くが助けにくるのはほんの数秒後。
行き倒れた女性を看病する一行。
そのままこの街の人に預かって貰うか。そう考えた護衛隊長だったが、戻ってきたニコライは行き倒れの女性の姿を見た途端にその女性をリブロフまで連れていく決断を下した。
その理由は、女性の服が見た事がない物だったからである。先だってタチアナを保護してくれたフルブライト商会は、どうやら正体の知れない人々を探しているらしいと聞き及んでいた故の決断だった。この女性がフルブライト商会の求める者かどうかは知らないが、今現在の同盟者に配慮の一つもしていいだろう。そういった判断である。
こうして女性――
ところ変わってピドナ。
戻ってきたサラと少年は、ひとまず町が穏やかな事に安堵の息をついた。そのままベント家へと辿り着くが、出迎えたのは難しい顔をしたトーマス。
「戻ったか、サラ。少年」
「ただいま、トム。難しい顔ね、どうしたの?」
騒ぎが起こっていない町でこんな表情をするトーマスに不安を隠せないサラ。それが分からないトーマスでもないだろうに、しかし彼の表情は晴れない。
そのまま戻ってきた彼女らを館の奥、社長室へと導いて現状を話してくれる。
「水面下で戦いは始まっているという事だよ。何人か、ベントの使用人がいなくなった」
「いなくなった?」
「金に誘われたか、誘拐されて拷問にかけられたか……それは分からない」
急激に血生臭くなった話に、サラは顔を青くして少年は表情を強張らせる。
「わ、分からないの?」
「ああ、分からない。カタリナ殿が神王教団から引き出した情報で、ベント家の情報がいくらか漏れた事が判明しただけだ。
居なくなった者が知っている事は、ミューズ様たちがリブロフに行った事や、その護衛の人数か。既にリブロフは神王教団が張っているだろうな。ラザイエフ商会に協力してもらいつつ、ならべく気取られないように離れたいものだ」
どうやってカタリナが情報を聞き出したかはトーマスも知らない。知りたくない、といった方が正しいかも知れないが。どうせ真っ当な方法でない事は分かっているし、それを咎めるつもりもない。ならば単なる情報源として活用した方が精神衛生上、いいだろう。
騒ぎになっていないピドナの裏側は、既に魔都といって差し支えない悪意に満ち満ちている。その中で特にサラはよい獲物になってしまうだろう。
トーマスは鋭い視線のまま言う。
「少年も分かっていると思うが、特にサラは気を付けてくれ。ならべく一人にならないように。ベント家から出るのも最低限にしてくれ」
「分かったわ」
固い声で頷くサラだが、少年は返事をしない。
それにトーマスは少しだけ怪訝な表情を浮かべる。
「少年?」
「うん。……けど、そういった仕事なら僕の得意分野でもある」
「まさか、少年?」
「僕も戦うよ、裏で。カタリナさんと一緒に」
「……いいのか?」
トーマスが問う。
単純な感情としてトーマスは少年に思うところはない。せいぜいがサラのお気に入りの護衛程度の認識だ。それでもユリアンが認めるくらいには強い事は分かっている。だからこそサラを守って欲しかったところはあるがしかし、トーマスカンパニーは攻め手に欠けているのも事実だ。カタリナと共に少年も攻撃に参加してくれるならば、それも一手だと思えた。
守りならば心当たりがあるが、こういった都市部の攻めというのは限りなく難しい。何故ならそれは犯罪に直結してしまうからであり、一歩間違えればこちらが犯罪者になってしまうからだ。歴史がほとんどないトーマスカンパニーは、そのノウハウが全くない。カタリナも同盟者として情報を受け取っているが、いざという時は彼女を切り捨てて知らず存ぜぬを通す準備はできている。
「トーマスカンパニーは、守れないぞ? 君が犯罪者となってピドナに追われても助けない」
「分かったよ。その場合は切り捨てて貰って構わないです」
厳しいトーマスの表情に、はっきりした声で返す少年。
そんな二人を泣きそうな顔で交互に二人を見たサラだが、決意を感じて覆らない事だと理解してしまったのだろう。心配に歪んだ顔で少年を見やる。
「絶対に、絶対に無茶はしないでね?」
「大丈夫、僕は死に嫌われているんだよ?」
そう言って微笑みを浮かべた少年は、カタリナと話をつめるためにベントの家を出る。
そして向かうはレオナルド武器工房。カタリナの拠点となるその場所。基本的な少年の居住はベント家だが、
歩を進める少年。ベント家からレオナルド武器工房はそう遠くなく、歩いて5分といったところか。その上で人通りも多く、闇で動く者には奇襲さえ難しいと言わざるを得ない。
少年はそれでも油断しない。ベント家から出るところは見られているだろうから、強引な手を使われる事も考慮に入れて歩く。ここまで人通りが多ければ、数回剣を合わせれば正当防衛が成り立つだろう。そしてその上で相手を倒せる自信が少年にはあった。
だがしかして、人の思う通りに運ばないのが世の常。奇襲とは物理によるものではないと想像できなかった辺り、少年はやはり甘かった。甘すぎたといっていい。
「もし、そこの少年」
声をかけられた少年は早速かと思い、それでもきょとんとした顔をして周囲を見回して、かけられた声が自分に向けられている事を確認する。
「僕?」
「ああ、そうだ。実は私は神王教団でしがない地位についている者でね。こうして教徒の勧誘をしているんだよ」
たはは、と情けない笑みを浮かべる人の良さそうな男が一人立っていた。だが、まさかこの現状でその言葉を額面通りに受け取る程に少年は能天気ではない。
少年は無邪気な笑みを浮かべると、軽く探りを入れる。
「どうして僕に声をかけたの?」
「別に君だから声をかけた訳じゃないんだよ。色々な人に声をかけているのさ。
神王教団は、いずれくる神王様を崇める教団だが……まあ、正直な話、運営に農耕や商売もやっていてね。簡単な仕事をすれば対価を払えるんだ。どうだい、お金が必要なら少し稼いでみないかい?」
「ふ~ん。神王教団とか言っても、そんな事をやってるんだ」
「人は霞を喰って生きていけないからねぇ。全く、世知辛いよ」
この男は裏の人間か、それとも何も知らない表の人間が体よく使われているのか。それは少年に判別は付かなかった。
だが、この男についていく選択肢が全くないのは確認するまでもない。
「悪いけど、お金にはそんなに困ってないんだよね。またの機会って事で」
「そうかい? まあ、困ったら北にある神王教団のピドナ支部に顔を出しにおいで。
神王様は懐が広い。何か手助けできる事もあるだろうし、仲良くなった信徒同士で結婚したりもする事があるんだよ?」
君にはちょっと早いかな? そういって笑う男に、冷笑を浮かべて言い捨てる少年。
「おあいにくさま。僕と関わった人間は皆死ぬんだ。そんな縁起の悪い奴に近づく人はいないだろ?」
「そうかい。しかし、神王様は万能だ。君もいつかきっと幸せにしてくれるよ」
そう言って別れる二人。少年はレオナルド武器工房へ。男は神王教団ピドナ支部へ。
男は歩きながら、必死だった。笑いをこらえるのに必死だった。柔和な笑みを浮かべたまま、その心の中で今の会話を反芻していた。
(関わった人間は皆死ぬ? そしてあの年頃。まさか、まさか――)
宿命の子、か?
可能性は、ある。宿命の子は未だ動き出していない。それがあのように自覚していないだけの少年だったら?
だがまだ確定ではない。そして最優先で確定させるべき情報である。宿命の子を確保できれば、大きく他の陣営を出し抜ける。
張り付けたような柔和な顔のまま、心の中で狂笑をあげる男――マクシムスは世界中に散った自分の配下を使い、少年の情報を丸裸にする事に全力を注ぐ準備を始めるのだった。
次回から詩人が合流する予定。
……あれ? 本当に詩人ってオリ主だよね?