詩人の詩   作:117

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間章
052話


 

 

 

 リンを休ませている部屋で、今までの話をするユリアンとモニカ。

 時に片方が話の補足をし、時に自分が見てきた事を詳しく語る二人。もちろん短くない旅をしてきたからして、その話は長い物になる。

 まずは腰を落ち着けてお茶でも飲みながら、とお茶を淹れたのはモニカ。ユリアンにお茶の腕を期待してはいけないのである。聞かれて困る内容でもなし、ベッドにいるリンにもお茶がふるまわれた。リンも自分を助けてくれた人物の話を興味深そうに聞いている。

 

 ロアーヌに雇われたユリアン。ツヴァイクとの同盟の証に嫁入りさせられそうになったモニカだが、ツヴァイクが暗愚だと見抜きロアーヌを脱出。その際、ハリードからの伝言でミカエルからツヴァイクを超える価値を示せと言われたこと。

 先立つ物がなく、トーマスカンパニーを頼った事。そこで見聞きした情報から世界中でくすぶっている人を集め、ロアーヌで新たな産業を興す事がいいのではないかという事。そんな旅の途中で立ち寄ったツヴァイク領のキドラントでの事件。

 

 お茶のお代わりまでしてたっぷりそこまで話をするユリアンとモニカに、詩人も苦労していたんだなと感嘆のため息を漏らした。道理でユリアンがここまで成長する訳である。ある程度以上の修羅場をくぐらないと人は成長しない。その点、モニカも腕はあがっているが、如何せん心構えがなっていないと感じていた。所詮、土壇場での苦労はユリアンに任せているお嬢様である。そこは仕方ないのかも知れない。

 そんな事を取り留めなく考えていた詩人だが、コンコンとドアがノックされた音を聞き、怪訝そうな表情をする。ユリアンはここに敵はいないと思っているので、気軽に声をあげた。

「誰だ?」

「シャールだ。そろそろ訓練の時間かと思ってな」

「ああ、もうそんな時間ですか。申し訳ないですが、今は客と話をしていまして……」

「客?」

 言いながらドアを開けて室内に入ってくるシャール。そして中にいた詩人の姿を認め、視線を合わせる。

 その瞬間、詩人が動いた。激しい怒気を発しながら、一息でシャールの前まで移動する。その間に腰から棍棒を引き抜き、その肩を砕くように振り下ろした。

「なっ!?」

「詩人さんっ!?」

「どうしたのですかっ!?」

 訓練前だった事が幸いしたのか、シャールは持っていた槍でなんとか詩人の一撃を受け流し、ひとまず距離を取って構える。ここは流石にピドナで近衛隊長をしていただけはある。唐突な奇襲にも動じず対処ができていた。

 驚きに身動きが取れないのは他の面々だ。唐突にシャールに襲い掛かる詩人だが、その理由が分からない。彼らにとって詩人は見知った仲であるし、シャールも良い人だと分かっている。どう動けばいいのか分からないのだ。

 そんな困惑の視線を受けながら、詩人は感情を押し殺した声で言う。

「コイツは危険だ、最悪の人物の手下でもある。どういう理由でモニカ姫に取り入ったのかは知らないが――情報は全て吐いてもらうぞ」

「よく分からんが……大人しくやられるほど私としても甘くはないっ!!」

 意味の分からない事を言う詩人だが、シャールはこの男が敵対していると理解し、それ以上を考える事をやめた。実際、そんな余裕はない。

 この男、詩人は強い。もしかしたら自分よりも。それを感じ取ったからこその切り替えだ。やらなければやられる。それを理解したシャールは、槍をひいて突進と同時に突き出す刺突技を繰り出す。

「チャージ!」

 鋭いその一撃は、ユリアンではとても対応できないものだった。しかし、それでも詩人には通用しない。

 詩人はその一撃を横から棍棒で殴打する事によって逸らし、槍の攻撃範囲の内側に滑り込む。シャールは武器も間合いを外された事を理解して槍を手放すと、徒手空拳にて詩人を迎撃しようとする。が、やはりそこでも詩人の方が一枚上手だった。

 殴りかかるシャールの拳を受け止めた詩人は、流れるように関節技を極めて彼を地面に押し倒してしまう。

「ぐっ!」

「動くな。お前がつけているその聖王遺物――銀の手について、知っている事を洗いざらい話して貰うぞ」

 淡々という詩人に、シャールはようやく詩人の目的を知った。この男はマクシムスの手下、聖王遺物を狙う悪党であると。

 ギリギリと痛みつけられる関節に歯を食いしばりつつも、シャールの答えは当然一つだ。

「っ! こ、断る!!」

「構わない。言いたくなるまで、壊してやるよ。この外道」

 その言葉を聞いてようやく我に返るユリアンたち。

「ちょ、詩人さん。やめて下さいっ!」

「まずは落ちついて話をしましょう。話せばきっと分かってくれるはずですっ!」

 だがそんな取りなしの言葉にも詩人は反応しない。冷たい目を向けるのみだ。

「どうしてそこまで信じているのか分からないが、こいつのそれは擬態だ。この男は聖王遺物を強奪する外道の配下だ。加減はしない」

「シャール、どうしたの? 大きな物音がしたけど……」

 詩人がそこまで言った時、ふらっと部屋に入ってきてしまった者がいた。訓練の為にユリアンを呼びにいったのに、戻ってこない事を疑問を覚えたミューズだ。

 シャールはその姿を認めた瞬間、大声で叫ぶ。

「ミューズさま、お逃げ下さい! この男はマクシムスの配下――聖王遺物を狙う敵ですっ!」

「っ!? シャール、銀の手を渡しなさい! 貴方の命を捨ててまで守るものではありませんっ!!

 こちらに戦意はありません、どうか銀の手を持っていきなさい!!」

 組み伏せられたシャールを見て、ミューズは咄嗟に大声を出す。自身が狙われている事は知っている。銀の手が奪われたら用済みになった自分達が殺されるだろうことも。

 しかしそれでも、一縷の望みをかけてミューズはそう叫んだ。そして詩人を睨みつけるが――シャールを組み敷いた男はポカンとした表情でミューズを見ていた。

「……ミューズ、お前がか?」

「? そうですが、私を狙って来たのではないのですか?」

「いや、全然。むしろ守る為に来たんだが……何故、お前が持っているはずの銀の手をこの男が?」

「シャールは私の騎士です。その為に貸し与えた物ですが、命には代えられません。持っていきなさい」

 毅然と言い放つミューズ。

 詩人は罰が悪そうにシャールを解放すると、数歩離れた場所へと移動する。

 解放されたシャールは詩人の真意を掴めず、やや困惑したまま槍を拾い上げ、ミューズの側に立つ。

 突然の修羅場にユリアンもとりあえずモニカを守れる位置に動き、剣の柄に手を添えていた。モニカもようやく立ち直ってきたのか、携えた小剣の感触を確かめている。武器を持っていないリンも、いつでも逃げ出せるようにベッドから降りて何が起きてもいいように構えている。

 そんな全員を見渡した詩人は、頭を深く下げた。

「すまない、俺の早とちりだ。どうか理由を聞いてくれると嬉しい」

 

 つまり。

 詩人は銀の手はミューズが持っているものだと思い、それが見知らぬ男が身に着けていたのをみて、既にミューズから銀の手は強奪されたと判断してしまった。守るように頼まれたミューズが既に敵の手に落ちていると思ってしまい、ミューズの情報などを銀の手を持った男から引き出そうと考えたのだ。

 もちろんそんな事実はなく、シャールはシャールで銀の手を狙う詩人の事をマクシムスの手の者だと思ってしまう。

 そこで現れた、ミューズ。実情は彼女の采配で、利き腕の腱を切られたシャールに銀の手は預けられていただけ。

 つまりは何のことはない。味方の顔を知らず、同士討ちをしてしまっただけの事だった。

「申し訳なかった」

 話が一区切りしたところで、詩人は平謝りするしかない。一歩間違えれば怪我人が出ていたのかも知れないのだ。場所を変えた別の部屋、リビングにて部屋にいた人物とニーナを合わせて情報のすり合わせを行っていた。

 ミューズとしても善意でやってくれた事と、実害がなかった事でこれ以上の文句を言う気もない。それに見方を変えれば、シャールと同じかそれ以上に強い人間が味方になってくれるというのである。最初にちょっとした行き違いはあったが、これはこれで悪いばかりの話ではない。

「もういいですよ、詩人さん。それに貴方は私を守ってくれるのでしょう?」

「ああ。マクシムスの件が落ち着くまでの間だけだが」

 しかし、冗談で言った銀の手がリブロフにあるという事が本当だったとは。嘘から出た真とはこの事かと、詩人は軽く驚いていた。

 そしてユリアンたちから残りの話も聞いていた。キドラント出身の恋人を探しているニーナ。ミューズたちの護衛を兼ねる事になったユリアンとモニカ。そしてマクシムスから身を隠し、対抗勢力を集めるミューズとシャール。

「まあ、おおむね事情は把握したつもりだ」

 まだややバツが悪そうに言う詩人。それでも言うべき事は言わなくてはならず、話を進める。

「それで、これからどうする? 俺としては俺の目的があり、そちらの都合にばかり合わせてはいられない。こちらの移動に合わせてくれるなら、もちろん手助けはするが」

「こちらとしては協力者を募らなくてはならない。クレメンス様の威光がどこまで通用するかは分からないが……やれるべき事は全てやるつもりだ。そこで、最新情報を入手した」

 おおよその話の矢面にたつのはシャールだ。この中で最も経験があり、実力もある。ミューズもよほどの事がなければ彼に全てを任せるつもりだし、モニカも同じ。モニカはユリアンの顔をうかがう事はたまにするが、ユリアンにとって詩人もシャールも敬意を払うべき相手であり、自分よりよほど熟練した人物であると分かっている。口はほとんど挟まない。

 ほとんど詩人とシャールで進められる話し合い。そこでシャールは仕入れたばかりの特大の情報を投下する。

「四魔貴族、フォルネウスが討伐されたらしい」

 一瞬。ほとんど全員、何をシャールが言っているのか分からなかった。

 しかしてその意味を噛み砕いていくにつき、表情が驚愕に染まっていく。

「討、伐された……? 四魔貴族が……?」

「嘘……」

「そ、そんな。本当なの、シャール?」

「ええ。フルブライト商会が喧伝していた事です。あの商会は聖王に縁深く、嘘でそんな事を言わないでしょう。本当と判断してもよいかと。そしてその話が本当なら、四魔貴族を討伐した者を味方に引き入れれば――」

「本当だぞ」

 情報の精度からして疑いを向けながら、それでもそれが真実として行動しようとしていたシャールたちに、あっさりと言う詩人。

「……詩人さん?」

「本当、とは?」

「いや、そのまま。フォルネウスは討伐され、西部はモンスターの脅威を大きく減らした」

「それを何故、言い切れる? まさかお前がフォルネウスを倒したという訳か?」

 鋭く、そして疑いの濃い目で詩人を睨むシャール。だが詩人は飄々とした調子を崩さない。

「海底宮に突入したのは事実だがな。俺の仕事は雑魚の露払い、討伐隊が消耗しないようにフォルネウス前のモンスターを全て相手取った」

 軽い調子で言うが、それがどれだけの難度があるのかは想像しようともできない。

 海底宮はフォルネウスの居城であり、いわばフォルネウス軍と呼べるものの本拠地だ。その中でフォルネウス以外を全てなぎ払うとは、フォルネウスを討伐するのとどちらが難しいのか。

「で、では。フォルネウスを倒した英雄の名前は、もちろん知っているのだろう?」

「もちろん。一番有名になったのはモウゼスのウンディーネだろうな、術の天才。そして西の最果てで出会ったロブスター族のボストン。あいつは確かバンガードに居ついたはずだったな」

 シャールが仕入れたばかりの情報をあっさりと口にする詩人。これは冗談ではないと、全員の顔色が変わっていく。

「海賊ブラック。フォルネウスとの戦いで戦死したが、奴が命を散らさなければフォルネウスを倒せなかっただろうな。ちなみにブラックはフォルネウスを倒した功をもって海賊としての罪を全て赦された」

「……確かに、そのようには聞いている。しかし、残りは無名の人物。うまくいけば引き入れられるやも――」

「可能性は低くないぞ」

 試すようにシャールが情報を出し渋るが、詩人はごくあっさりしたものである。やはりこの詩人がフォルネウスを打倒した事に関与したのは本当か。そう思うシャールだが、次の言葉に誰よりも驚いたのはもちろんユリアンだった。

「残りは二人。俺の弟子であるエクレアと、シノン村のエレン・カーソン」

「っ!!?? エ、エレンが!?」

「ああ。むしろあいつが中心人物だ。エレンは何故か四魔貴族を倒す事に意欲的でな、次はアウナスにターゲットを定めて、今はランスの辺りにいるはずだ」

 まさかの名前に今日一番の驚きを口にしてしまうユリアン。

 そして心の奥から染み出してくる、黒い感情。自分は最大限努力してきたのに、あの快活な女性は自分の上を簡単に行ってしまう。

 ユリアンは、自分がどれだけ努力してきたのかを認めている。そしてそれは間違った評価ではないだろう。しかし、四魔貴族を討伐するよりも上の評価とは到底思えない。いや、四魔貴族を討伐するよりも高い評価はほとんど存在しないだろう。

 これまでの自分の努力が根こそぎ否定されたかのようなその話に、ユリアンは足元が崩れ落ちるような感覚を覚えた。もしもエレンでなければここまでの感覚は覚えなかったであろう。他の誰でもない、一番に認めて欲しかった女性が、自分など歯牙にかけない栄誉をその手にしてしまったのだから。

 手を真っ白になるまで握るユリアンを、痛ましそうに見るのはモニカは。意を決して声をあげる。

「……つまり、エレンさまを味方につける為には私たちも四魔貴族を倒すのがいいですね。またその栄誉は私にとって欲するものです」

「いや。気軽に言うな、モニカ姫」

「あ、今は姫の身分は隠してますの。モニカで構いませんわ」

「じゃあ、エレンをさま付けするのとかやめたら?」

 軽い言葉が交わされて、ほんの少しだけユリアンの緊張がとける。そうだ、エレンが自分よりも成果を上げたのならば、自分も成果を出せばいいだけの話。ここで腐っても、何も変わらない。

 そしてモニカの言葉は正しい。ツヴァイクを超える価値を示すのに、四魔貴族を倒したという栄誉は申し分ないものだ。他の誰かが四魔貴族を倒したというのならばその才能に嫉妬するだけかも知れないが、少なくともシノンの村ではエレンと自分の間に大きな差はなかったように思える。

 ならば、自分でも四魔貴族を倒す事は不可能ではない。ユリアンはそう判断する。

「むぅ……。確かに四魔貴族を倒すという事は協力者を作るのに大きな武器になるだろうな。しかし、まさかミューズさまをそんな危険な目に遭わせる訳にもいかん」

 難しい顔をするのはシャール。栄誉は欲しいが、ミューズはそもそも戦いを習い始めたばかりだ。まさか四魔貴族の前に連れていく訳にもいかない。

 ミューズもその選択肢は恐ろしさが過ぎたのか、やや顔を青くして首を横に振っている。

 だが心配しなくても、ここにいる全員がミューズを四魔貴族の前に連れていくのに反対するだろう。というか、クレメンスの娘というのが最大のアドバンテージである彼女をそのような目に遭わせるメリットは皆無だ。する訳がない。

「その役目は俺が」

「私も。私は、四魔貴族を倒したという実績が欲しいのです」

 そしてシャールにはミューズを守るという役目がある。自然、戦うのは残り二人、ユリアンとモニカになる。

 だが、ユリアンはいいとしてロアーヌの妹姫であるモニカを死ぬ可能性の高い四魔貴族の前に連れていっていいのか。ほんの少しだけ悩んだ詩人だが、まあいいかと思い直す。自分が強制した訳でもなし、自己責任の範疇だろう。

「目的を同じくするエレンさんとは一度会ってお話がしたいですわね。知らない仲ではありませんし、何か協力していただけるかも知れませんわ」

「ああ、そうだな。それから詩人さん、できればまた俺を鍛えて欲しい。いや、俺だけじゃなくてミューズ様もだが。

 貴方は教えるのが上手い。俺がミューズ様を教えるよりもずっといいと思う」

「ん。まあ、旅の間は暇だし、いいぞ。それにユリアンも四魔貴族と戦うっていうなら強くなって損はないだろうしな」

 少しずつ話が煮詰まってくる。

「それに長い間一ヶ所にいたら、マクシムスの的になる。いくらリブロフがラザイエフ商会の支配下にあるとはいえ、多少は動いてかく乱した方がいいだろう」

「それで向かう先はエレンがいるランス、ですか」

「俺の向かう先はな。お前たちが付いてくるかどうかは別の話だが……どうする?」

 詩人の言葉に少し考え込むシャール。

「……ランスに行った後はどうする? 私としてはミューズ様を安全な場所に置いておきたいが」

「そうだな。ランスで目的のものを手に入れたら、向かう先は南のジャングルだ。

 中央から南に行くには補給場所がないし、西部から向かう事になるな。ウィルミントンか、モウゼスか。フォルネウスがいない今、モンスターへの警戒を厳しくしなくても済むそこが、現状安全そうではある。神王教団の影響力も少ないし、な」

「分かった。私たちはそこまでついていって、待機しよう。できればウィルミントンのフルブライト商会か、モウゼスのウンディーネが味方になってくれるとありがたいが……」

「話くらいはつけてやってもいい。あとはそっちの努力次第だな」

 さて。そう前置きして、まだ処遇が決まっていない二人に目を向ける。リンとニーナ、二人の女性である。

「まずは鈴か。西を見てみたいからと、東からきたじゃじゃ馬娘、お前はどうする?」

「……その言い方には棘を感じるのですが」

「当たり前だ。あの妖怪婆に絶対に後で嫌味を言われるんだぞ、俺は」

 気が重いとばかりに溜息を吐く詩人。それをしれっとした顔で流すあたり、リンもやはり面の皮が厚い。

「まだ西に来たばかりですもの。もっと西を見て回りたいわ。

 それには知り合いである詩人さんに着いていくのが一番ですし。また、弓を見て下さいねっ!」

「……りょーかい。悪くはないけどね、ホント」

 天真爛漫というべきか、向こう見ずというべきか。まあ、次の四魔貴族の相手はアウナスである。弓を得手とするリンが付いてくるのは悪い事ではないだろう。

 そして最後の一人、ニーナに視線を向ける詩人。

「で、ニーナだっけ? 君はどうする?」

「えっと……。旅に出た恋人を探していまして、彼が見つかるまでミューズ様のお世話係として行動したいと思っています」

「旅に出た恋人、ねぇ」

(生きているかどうかも分からないのに)

 口に出さない程度の配慮はするが、紛れもない詩人の本音である。成り上がってやると息巻いて村を飛び出す者の末路など、だいたいが悲惨だと相場が決まっているのだ。

 モンスターに殺される。金がなく野盗に落ちぶれる。人に騙されて使い捨てにされる。

 適当な働き口を見つけて真っ当に生きていれば運がいい方だが、成り上がろうと身の丈に合わない野心を持った若者はそういった事を嫌う。そういった意味を含めて、可能性が全くといっていい程見当たらない。

 このままミューズのお付きとして働いていく程がよほどニーナにとっていいか。いいや、激動の世界に投げ込まれたミューズから離れた方がいいか。そんな事を取り留めなく、そしておざなりに考えながら会話を続ける詩人は、次の言葉に少なからず驚かされてしまう。

「で、その恋人の名前は?」

「ポール、と言います」

 ずるっと、体の力が抜けてしまう詩人。聞き覚えがある名前だった。彼が助けた男の名前だった。

「……そのポール、比較的背は高めで、金髪で?」

「ポールを知っているのですかっ!?」

「ああ、まあな。……そういえば、恋人に見合う男になる、とか言っていたか」

 遠い目をして呟く詩人に、ニーナの顔が喜色に染まる。

 詩人と同じような心配は、当然ニーナもしていた。彼ほど具体的に世界の悪意を感じてはいなかったが、それでも危険が多い事は分かっていた。自分の知らないところでもうすでに亡くなっている可能性は頭に入っていたのだ。

「ポール、ポールは今どこに!? 無事、ですよね!?」

「落ち着け落ち着け。ポールとはファルスで別れた。軍に入るはずだったな。悪いが、その後は知らん」

 そこに割って入ったのはシャール。

「ファルスか。あそこは反ルードヴィッヒを掲げていた町だったな。確かスタンレーと小競り合いを起こし、制したとか。

 ……力を蓄えている最中なら、ミューズ様の立場を使って協力してくれる可能性はあるな」

「ランスに行くにも船で行ける、最も近い町ですね」

 モニカも補足する。ファルスに行く事を反対する者は誰もいなかった。

 

 

 

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