詩人の詩   作:117

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夏は、夏はマジでダメ……。
色々な意味でキツイです。

お待たせしました。最新話、投稿です。


053話

 

 

 

 リブロフからファルスへと向かう船は、翌日の昼の便で予約がとれた。

 ユリアンたちはお世話になったラザイエフ家の挨拶回りや、旅の支度などで時間を使う。結局、またも宿命の子を見つけられなかった詩人は町をぶらつきながらふてくされていた。

 そうして日が沈む時間帯になった時、共に旅をする一同はラザイエフ家の一部屋を借りて、酒を嗜んでいた。詩人が話を聞けば、ここ最近は気が張りつめる事が多かったと聞く。その上で二組の主従が共に旅をしているとあり、どうにも固さがとれていないと感じたのだ。

 信頼は必要だが、柔軟性を失ってはいけない。そう主張した詩人により、無礼講の酒盛りが開催された。最初はやはり固さがあった面々だが、酒はそれをほぐすもの。段々と会話が弾み、軽い言葉が出てくる。

 今、口を開いているのはリンだ。

「西に、来たかったの。昔、詩人さんが西から来た時、私の知らない世界が遠くに広がっているのだと知ったわ」

 カランと氷が澄んだ音をたてながら、リンの手の中にあるグラスを回る。

「それをいつか見てみたいと、そう思った夢。私は今、それを叶えている」

 くいっと軽く酒を呷ったリンは、にこやかな笑みと共に言葉を置いた。

 対して暗い顔をしているのはミューズ。

「……私は先日、悪夢を見たわ。死んだお父さまと一緒に過ごす、酷い夢。

 夢が夢のままで終わってしまえばよかったのだけど、私はこうして生きている。なのに、お父さまと過ごす夢を見せられたのは――今、現実に戻ったなら、悪夢だと言い切れるの」

 彼女は逆に酒が進まないらしい。辛い記憶を思い出して、憂鬱そうにため息を吐いた。それに倣うかのようにシャールも難しい顔をして黙り込んでしまっている。彼としても敬愛する主君が生きているという、溺れてしまいたい夢をみた事は悪い事なのだろう。

「私も現実は辛いものでした」

 次に口を開いたのはニーナ。彼女の頬が少し赤く染まっている。酒にはあまり強くないらしい。

「私の産まれた町はキドラント、ツヴァイクの田舎町。稼いだお金の大部分は税として持っていかれて、支配する貴族さまが豪勢な暮らしをする。そして貧しい生活を強いられて人の心が荒んでいくのを見て生きる日々は……楽しくなかったです。その上、町の側に化け物が住み着いて、明日の命も保障されない日々になり、見知らぬ旅人を生贄に捧げる片棒を担がされました」

 それでもと。ニーナは酒を呷りながら言葉を続ける。

「生きていて、よかったです。キドラントは罪を償う機会が与えられて、私は会えないとも思っていたポールにもうすぐ会える。

 ……生きていなければ、なにも望めませんでしたから」

「生きなくて何も始まりません」

 言葉を引き継いだのはモニカ。彼女はグラスを両手で持ち、そして目を瞑って感情なく口を開く。

「けれども……辛い現実や未来を見続けるのも辛いのです。希望がなくては人は生きていけません」

 静かに目を開いたモニカは、周囲を、特にミューズと詩人を注視する。

「希望は、ありますか?」

「俺はある。希望といえる程素晴らしいものじゃないかも知れないが、まあ死ねない理由くらいはな」

「……今は希望を探す最中。そう、思う事にしてみます」

「西を見ている今が最高だから、私は今は希望はいらないわ。現実だけで十分」

「私の希望はもうすぐ。ファルスでポールに、会える……!!」

 口々に紡がれる言葉に、モニカはにっこりと笑った。そしてほんの少しためらい、次の言葉を口にする。

「ユリアン、あなたはどうですか?」

「俺? 俺はまあ、悪くないですよ。目標があってそれに向かって努力するっていうのは。やりがいと挑みがいが何よりもある」

 これも希望の一種かなと、ユリアンは力を抜いて答える。

「そう、ですか」

 受けたモニカの声は固かった。やや不審に思った人も何人かいたか、モニカはぐいとグラスを傾けて胃にアルコールを流し込む。

 自分の違和感を知られたのを悟ったのか、殊更に明るい声で言葉を発する。

「みなさん、飲みましょう!!」

 

 日が昇る。

 朝食を摂った一同は、世話になったラザイエフ家に最後の挨拶をしてから船に乗り込んだ。

 昼には船が出発し、数日は船上で暮らす事になる。その為、普段よりも気楽にするために荷解きをして船でゆっくりできる環境を整える事が一般的だ。

 そうして時間を使っているうちに出港時刻になったらしく、慌ただしい気配と共に船の揺れが大きくなる。そして荷解きも一段落して、落ち着きも出だす頃合いだ。

「さて」

 声を出したのは詩人。それに顔や視線だけ向けるユリアンとシャール。船では部屋を二つとり、男部屋と女部屋で分かれていた。

「やるか」

「何を?」

「何をって、鍛錬だよ、鍛錬。夕食まで時間があるんだ、その時間を有効活用しようって話。

 船旅はいいぞ。何せ、食事も出る上に目的地までの移動も任せられるんだ。モンスターが出ないから実戦の機会はないが……まあそこにさえ目を瞑れば環境は最高だ」

 軽く体を動かしながら、詩人は自身の武器である棍棒の具合を確かめている。

 それを見て聞いたユリアンは、確かにと納得する。その上で詩人はフォルネウスを撃破したエレンを鍛えていたという。ならば自分も詩人に鍛えて貰えばアウナスを打倒するのに大きく前進するだろう。ならばこれはむしろ望むところである。彼はすぐに表情を引き締めて剣を手に取った。

 表情を消しながらそんな二人を見ていたシャールは、口を開く。

「私は見学でいいだろうか?」

「? シャールさん?」

「俺は構わない」

「そうか。ではすまないが、ミューズさまを頼んだぞ」

 見学する理由が分からないユリアンは困った顔をするが、詩人はあっさりとOKを出す。それを聞いたシャールはあっさりそう言い、体の力を抜いた。どうやら本当に参加する気はないらしい。

「あ。じゃあ、あっちに行って、完全装備の上で前甲板に集合するように伝えてくれないか?」

「請け負おう」

 詩人の言葉に、足取り軽く部屋を出るシャール。それにどこか普通でない感覚を覚えたユリアンだった。

 

「さて」

 前甲板に集まった一同。詩人、ユリアン、モニカ、リン、ミューズが鍛錬をする。少し離れた所にいるシャールとニーナは見学だ。

 詩人は前に揃った四人を見て、どうするかと頭を回転させる。

 ユリアンとモニカ、リンはいい。ある程度以上に鍛えられており、乱取りをするだけで成長するだろう。問題はミューズである。彼女は初心者の域を脱しておらず、他の三人と同じように乱取りなどしたら、詩人は怪我はしないだろうが彼らの間で偶発的な同士討ちが起きかねない。それほどミューズのレベルは低く、またユリアンたちのレベルは高すぎない。

 聞けばミューズはつい最近、ようやく剣を持ち始めたばかりだという。

 ならば。

「まずはミューズ、お前は見学だな」

「え?」

「まだ剣に慣れていないなら個別に鍛えた方がいい。そして、先にお前を鍛えるよりも余力があるうちにこれから何をするのかを見て覚えろ」

 これを見取り稽古という。まずは見て、感じて、覚える。それを模倣し、自分にあった型に落ち着かせる。武に関わらず、物事を覚えるのに最も有効な手段の一つだ。見習いという言葉が浸透しているように、見るという事は0から脱しようとするものに大きな力を与えてくれる。

 それを簡単に説明すると、ミューズは神妙な顔で頷いて少し離れる。そして残された三人は詩人に鍛えられた事がある者たちである。この男の鍛え方はよく分かっている。

「さて、と。じゃ、始めるか。全員でかかって来い」

 そう。乱取りである。

 型を覚えさせるといった事や、素振りといった基礎トレーニングを詩人は行わない。全ては実戦で学ぶ。それこそが彼のスタンスなのだから。

「手加減は?」

「いらんって」

 かつてよりも成長した自信があるユリアンがそう尋ねるも、軽く返されてしまう。これにはユリアンも少しムっと腹が立つ。

 確かに詩人はハリードが認める程に強い男だ。遭遇戦とはいえ、自分よりも強いシャールを一方的に組み伏せもした。

 だが、以前と全く同じく真剣を使い、手加減がいらないと言われたならば成長していないと言われたようで気分は決してよくない。

 鼻を明かしてやると、ユリアンが剣を構えて詩人に向かって突進する。それをフォローするようにモニカが小剣を持って走り出し、そして別方向からリンが拳を握りしめてたった一人の男に襲い掛かる。ちなみにリンが最も得手とするのは弓だが、弓だけでは接近戦に対応できないとの理由から彼女は体術も修めていた。

 ユリアンの剣が、モニカの小剣が、リンの拳が、一気呵成に襲い掛かり。詩人は軽いステップで間合いを調節すると、その全てを手に持った棍棒と空いた手でもってずらして逸らし、自分に威力を届かせない。

「成長したな」

 ポツリと呟く詩人に、空を切った剣の勢いを利用して回し蹴りを放つユリアン。逸らされた小剣を素早く引き戻し、次の突きを繰り出すモニカ。突き出した腕をくねらせて詩人の腕を狙って投げに繋げようとするリン。

 だが詩人にその全てが通じない。ユリアンの蹴りは少しだけ体を動かす事でかわし、モニカの小剣は棍棒を軽く振るって弾き返す。そして詩人の腕を狙ったリンの手を逆に掴みとり、くるっと力の向きをかえて逃してしまう。

「ユリアンは体術を合わせたのはいいが、そのレベルが低いな。破れかぶれじゃ意味がない、体術もしっかり鍛えるか剣を極めるかをしろ。

 モニカは相変わらず攻撃が軽い。疾さを求めるならせめて急所を確実に狙える正確さが必要だ。

 鈴は少しはフェイントを混ぜろ。動きが正直過ぎて次の行動が丸分かりだ。格下を圧倒できる技術は大したものだが、それじゃあ格上に通じない」

 欠点を指摘しつつ、とりあえず全ての攻撃を回避する詩人。全力で攻めているのに、三人がかりで攻めているのに。それでも柳に風といわんばかりに効果がない現実に、特にユリアンがその壁の高さを知る。

 ポドールイに向かう最中には感じなかった、その高さ。自信と実力がついたからこそ感じる、絶対的な格の差。ユリアンは自分がようやく歩き始めたばかりの幼児だと痛感せざるを得なかった。ようやくその高さを見上げる事ができるレベルに到達し、その高みに向かって足を踏み出したばかりの子供。その頂きに向かって歩く権利だけを得ただけの初心者。それが自分なのだと。

 リンにもその感覚は少なからずあった。遠い昔、東に訪れた生きた人間である詩人。幼かったリンは彼に手解きを受け、弓だけでなく体術の心得えも始めた。その時には感じなかった彼の強さを目の当たりにする。格上との戦いがほとんどなかった事までこの一瞬で見抜かれてしまった。驚愕せざるを得ない。

 モニカはまだその凄さを認識できていない。前と同じように、強い。そうとしか感じ取れなかった。これは彼女が戦う者でないのも原因の一つであるし、そもそもとして鍛える時間が足りなかった事も原因の一つだ。社交も含めてオールラウンドに時間を割いてきた彼女にとって、詩人の実力は未だに実感できる範囲にない。

 そうして全ての攻撃をかわし続けた詩人はやがて大きく距離をとり、棍棒を一度大きく振るう。

 これからは反撃が含まれる。そんな意味を込めた一振りに気が付かない程、彼らは愚鈍ではない。表情を更に険しくした三人は、まるで気負わない男に先程を上回る苛烈な攻撃を仕掛けるのだった。

 

「さて」

 軽い調子で言う詩人の背後には、疲労困憊な上に全身打撲を受けて転がされた三人がいた。揺れる甲板の上、立ち上がる気力もなく。座り込み、あるいは体を横にしてゼイゼイと荒い息を吐いている。

 詩人に彼らはもはや視界に入っていない。彼が見据えているのは鍛えるように依頼されたもう一人、ミューズだ。ポカンと目を丸くしてその光景を見ていたミューズだが、詩人の言葉に我を取り戻した。

「おおよそこんな事をやる。分かったか」

「は、はいっ!」

「心配しなくても、いきなりここまでハードにはしない。まずは好きに打ち込んでみろ」

 こくこくと頷いたミューズは、扱いなれていない剣を引き抜いてユリアンに教わった通りに構える。構えるが、素人丸出しのその構えでは剣を持っているだけで無駄な体力を使いかねない。そこからかと、心の中で軽く嘆息する詩人。

「腕の力だけで剣を持つな。体全部を使って剣を支えるイメージだ。その上で剣の重さや体重を利用して、剣を振るう。まずはそこからだ、やってみろ」

「はいっ!」

 ぎこちなく、慣れない剣を必死で振るうミューズ。斬るように振るえていない剣では、仮に当たった所で布を断つ事さえできないだろう。ダメージとしては斬撃としてより、金属の塊が振り回される打撃力の方が大きそうである。

 これは先が長いと思いつつ、詩人はそれでも剣を持ち始めたばかりのお嬢様に的確な指示を出し、そしてその後は剣を振るう事でできた隙に向かって棍棒を当て、柔肌にアザを作る仕事に従事するのであった。

 

 

 船旅が終わる。詩人の訓練を受けていた者にとっては一日中しごかれるという、筆舌に尽くしがたい苦痛がようやく終わるのだ。誰ともなしに思わず安堵のため息を吐いてしまうのは仕方ないだろう。

 対してファルスに向かうにつれ、余裕を無くしていったのはニーナ。詩人はポールとはファルスで別れ、彼はファルス軍に入ったというが、今でも無事にファルスにいるのか。そんな心配ばかりしてしまっていた。

 確かに未だにファルスにいるとも限らないし、仮にファルスに居続けたとしてもファルス軍は最近スタンレー軍と争ったばかりである。戦争自体はファルスが勝ったらしいが、死傷兵の中にポールがいない保障はない。悪い想像ばかりよぎってしまうのは仕方ないだろう。

 表面上だけでも普段と変わらないのは詩人とシャールのみである。彼らはとりあえず今日の宿を抑えた後、ファルス軍の窓口へと向かう。大なり小なりファルス軍に一般人が連絡する為の窓口がそこであり、以前に野盗の引き渡しを行ったり拠点を壊滅させて親分の首級を引き渡したのもこの場所である。気負いなくそこへ向かう詩人と、近づくにつれ心臓がバクバクと高鳴っていくニーナ。

「やあ」

「ん? なんだい? ファルス軍へ入る希望者かい?」

 窓口にいたのは中年のやや太った男。しかしそれなり以上に筋力があり身のこなしも悪くないところを見ると、負傷兵の再雇用か。軍隊を維持しているのならば珍しくない話だ。

「いや、ちょっと知り合いに会いに来た。ポールって言うんだが、知ってるか?」

「……うちは何千人も兵士を抱えている。ポールって奴が何人いるか知らないね」

 詩人の言葉に、明らかに声が固くなった窓口の男。これは何かあったと鈍くない者たちは気がつくが、それを表に出すような下手はうたない。

 気安い様子で詩人は続ける。

「最近って程じゃないか。以前に野盗を壊滅させた男たちの一人、そのポールだよ」

「ああ、英雄ポールか。彼なら面会に来る人が多くてね。会いたいっていう人は一括でお断りしている。悪いが諦めてくれ」

「まあそう言わないでくれ」

 言いながら、詩人はそっと100オーラム金貨を握り、窓口の男に滑り込ませる。

 一瞬困惑した表情を浮かべた窓口の男だが、それを認識した途端に顔色を変える。大金をさらっと渡されたのだから無理もない。

 しかして表情を引き締めた窓口の男は毅然として堂々と金貨を表に晒すと、詩人へと突き返した。

「申し訳ありませんが、無理な者は無理なのです。お引き取りを」

「いや、こっちの少女がポールの恋人でね。他に行く宛てもないから世界中を探してようやく見つけたんだ。取り次いでくれないかな?」

「お引き取りを」

 一切の妥協する様子のない窓口の男。ここまで来てのこの対応にニーナはもはや泣きそうであり、そんなニーナを見て女性陣はオロオロとしている。

 そしてこの頑固さは普通じゃないと見た詩人は柔らかな声色をガラリと変えて、小さく強い声を口からこぼす。

「おい、正直に言えよ。何故そこまでポールに会わせない?」

「ひっ!?」

「ポールは無事なんだろうな……?」

「た、確かに英雄ポールはスタンレーとの戦争にも出なかったが、その存在は嘘じゃない!! ポールは居るっ!!」

 唐突な詩人の殺気に窓口の男がようやく口を滑らせてくれた。

 どうやらポールはスタンレーとの戦争に出なかったらしい。その上で面会も一律で、賄賂を含めて断っているとなれば存在を怪しむ者も出るだろう。

 詩人たちがそれを探りに来た諜報員だと思えばそう簡単にポールを会わせないのにも納得がいく。しかしそれはポールを全般的に隠す理由にならない。

 何故ポールを表に出さないのか。それを考える前に事務所の中から剣呑な雰囲気を纏った兵士たちがドヤドヤと表に出てきた。窓口の男の異常に気がついたのだろう。誰もが武器を手にして鋭い目で詩人たちを睨みつけている。

 既にシャールとユリアンは己の得物に手をかけている。後一つきっかけがあれば血を見る羽目になるだろう。一触即発の空気の中、兵士側の一人――佇まいからして隊長だろう男が口を開く。

「今すぐファルスから出ていけ。そうすればこの話はここでお終いにしてやる」

「そういう訳にもいかない。こっちはポールに用があって来たんだ。会うまでは引けないな」

「なら、痛い目にあって貰おうか」

 武器を構える隊長。倣うように後ろの兵士たちも武器を向ける。

 シャールとユリアンも武器を構えようとするが、それを身振りで止める詩人。

「まいった。こっちに敵意はないんだが。ポールに穏便に会わせて貰うにはもう一度野盗でも殲滅してくればいいかな?」

「……なに?」

「ポールと同じ手柄をあげれば問題ないだろう?」

「……例え英雄ポールと同じ手柄をあげたとしても、それがポールに会わせる理由にはならん」

「まあ、こっちも同じ扱いは願い下げだけどな。さっきから英雄ポールと聞いているが、あんな英雄がいる(・・・・・・・・)のかよ?」

 その意味を素直に捉えた兵士たちは更に殺気立たせるが、その含んだ内容を正確に把握した隊長は目を丸くした。

「貴様、何故それを知っている……? いや、どこでそれを知った?」

「何故もどこでも。俺はポールと一緒に野盗を退治した(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「……お前の名前は?」

「詩人」

 それは名前じゃないとツッコミが入りそうな返答だが、事情を知っているならばこれで話は通る。

 その詩人の読み通りというか、隊長は後ろにいる兵士たちに声をかけて戻る様に指示を出した。

「ああ。やっぱりそういう事か」

「あの、詩人さん。私にはさっぱり意味が分からないのですが……」

 ここまでのやり取りを何一つ理解できなかったニーナが尋ねるが、詩人は困った顔をするだけだ。

「ん、詳しくは後でな。あまり人に聞かれていい話じゃない。

 まあ、ポールには会えるから安心していい」

 他の者も半分以上理解できなかったのがほとんどで、不思議そうな顔をしている。例外は一人、シャールであり、流石は元ピドナの近衛隊長というべきか、今まで集めた情報とやりとりでおおよその事を把握していた。もちろん予想の範疇を超えないが、それが外れていない自信もある。

 やがてその場に残るのが隊長のみになった時、改めて彼は宣言した。

「ファルス軍の砦へ案内しよう」

 

 ファルスは港町であり、また南北を繋ぐ中継地点としても優秀な立地でもある。必然栄え、必然軍も応じた大きさになり、必然それを抱え込む砦も相応の大きさだ。

 その内部に入り込み、人目を気にしなくてよくなった途端、詩人はずばり答えを尋ねた。

「やっぱりポールは軟禁されているんだな?」

「ああ」

 気軽に頷いた隊長。その会話に仰天したのがニーナだ。

「ポールが軟禁っ!? 何故ですかっ!?」

英雄(・・)と喧伝してしまったのがまずかったのでしょう」

 答えたのは最後尾でミューズの背中を守っていたシャール。詩人と隊長以外の全員が思わず振り返ってシャールを見る。

 その視線を受け止めて、シャールは淡々と予想を口にした。

「話を聞く限り、ポールは野盗を退治した訳でファルス軍に取り立てられたのでしょう。だが、同行したのは事実かも知れないが、実際に野盗を退治したのは詩人なのでしょうね。

 なのに実力の伴わない男を英雄として流布してしまった。その後にポールがその実力に見合わないとなれば、ファルス軍の面目は立たない。

 その事実を隠蔽する為に、ポールを英雄としたまま噂が沈静化するまで待つ。その間にポールを少しでも鍛えて実力をあげればいい。それまでは極秘任務にでもついていたとでも言えば、まあ筋は通りますし」

「……その通りだ」

 事実をズバリ言い当てられた隊長は少しだけ言葉に詰まったが、ここまできて誤魔化す必要もないとその事実を認めた。

 それを確認したシャールは呆れた顔を詩人に向ける。

「この可能性を考慮しなかったのか、貴方は」

「できないって。俺がしたのは野盗の親分の首級を換金したところまで。ポールがファルス軍に入るとは聞いたが、まさかいきなり英雄に祭り上げられるなんて予想外だ」

「ちなみに、そのポールの実力は?」

「一般兵以下」

「……それは」

「下積みから頑張っていると思ったんだよ……」

 思わず絶句してしまうシャール。困惑した声を出す詩人。疲れた表情をしている隊長。

 彼らに加えて、軟禁されてしごかれているであろうポールを思えば、誰も得をしていない現状である。すれ違いが生んだ悲劇と言えるだろう。内容はやや情けないが。

 仕切り直すように隊長はやや明るめの声を出した。

「まあそういった理由でな。ポールの実情を知られてしまう事は極力避けたかったのだ。

 しかしポールも長い軟禁生活に加えて容赦なくしごかれている事で大分憔悴してしまってな、事情を知る外の者と会わせるのはいい気分転換になると思ったのだ」

「と言っても、ここに寄ったのは人を届けるだけだ」

「なに?」

「このニーナって娘がポールの恋人なんだよ。よんどころない事情で村から離れてな、他に頼る人もいないっていうから以前に村を出たポールを探していたんだ。

 で、俺がポールを知っていたし、ニーナを送り届けに寄っただけ」

「なるほど、そういう事か。一応聞くが、お前たちはファルス軍に入るつもりは?」

「「「ない」」」

 男三人の声が綺麗に重なった。大して期待もしていなかったのだろう、隊長もそうかと軽い言葉を返しただけでそれ以上の勧誘はしなかった。

 砦の中を歩く事しばらく、一つの扉の前で隊長が止まる。扉の間隔からしてそれなりに大きい部屋であろう事が窺い知れる。軟禁されているとはいえ、それほど扱いは悪くないのだろう。まあ、仮にも英雄がいる場所なのだ。そこを適当にしてしまえばそれこそ問題である。

 隊長はコンコンと扉をノックすると、返事を聞かずに扉を開けた。

 中は予想した通り、平均以上の品物が揃えられていた。またそれと同時に窓に鉄格子がはめられている辺り、敵の貴族を捕まえておく上級の牢屋ではないかとも考えられる。

 その中で備え付けられた机に突っ伏していた青年――ポールはノロノロと顔を上げて入ってきた人間たちを見る。詩人が見る限り、少しやつれてかなり鍛えられたようだ。

「面会だ」

「し、詩人さんっ! って――ニーナ!?」

「ポールっ!!」

 目を見開いて驚きの声をあげるポールに、目尻に涙を浮かべたニーナが駆け出して抱き着く。

 やがて聞こえてくる、ぐすぐすというニーナの泣き声。それにつられるように、困惑したポールも胸の中にいる恋人を抱きしめて瞳を潤ませていく。

 ここは二人きりにしてやった方がいいだろうと気を利かせたのはモニカだった。身振りで退室を促すと、誰もがそれに従って入ったばかりの部屋を出る。

 ここまで来れば彼らに用は残っていない。目的がある旅である為、先を急がなくてはならない。ならないが――

「できればファルス軍団長にお会いしたいのですが」

「英雄ポールの後は軍団長か。それなりの理由と身分がないと気軽に会える人じゃないぜ」

「失礼。私はクレメンスの娘、ミューズ。こっちはピドナ筆頭近衛騎士のシャール。ルートヴィッヒについて少しお話ししたく思います」

 ――ミューズの目的には味方を増やすという事も含まれる。反ルートヴィッヒを掲げるファルス軍は味方に引き込める公算の大きい相手であるため、話を通さないという選択肢はミューズやシャールにはない。

 詩人としても一日くらいファルスに留まるくらいでは目くじらを立てる程でもない。そこまで極端に急ぐ旅ではないのだ。

 隊長がミューズに興味を持った事を感じ取った詩人は、軽い調子で声をかけた。

「悪いが、そっちは俺に関係のない話だ。先に宿に行っているぞ。

 出発は明日。荷運びの仕事か、護衛の仕事か。適当なものでも探しておく」

 そう言い捨てると、とっととその場を後にする詩人。間髪いれずに詩人についてくるのはリンだけであり、ユリアンとモニカはほんの少しだけどちらに行くが迷ったようではあるが、ファルス軍団長に会える機会を優先したらしい。詩人たちを追いかける様子はなかった。

 来た道をそのまま戻りながら、リンは詩人に声をかける。

「ねえ、これからどうなるのかしら?」

「んー? 誰の話だ?」

「一番気になるのはやっぱりニーナかな」

「ニーナか。まあ、そう悪い扱いはされないと思うぞ。ポールがしっかりするまで表に出される事はないだろうから、二人一緒に軟禁ってとこか。

 離れ離れになった恋人が一緒になれると思えばいい。それにポールが使い物になるようになれば軟禁生活も終わりだしな。

 さっき見た限りだと大分鍛えられていたみたいだし、そう長い期間不自由な思いはしないだろ」

 言いながら足は止めない詩人とリン。

 特に問題なく砦を出た二人を迎え入れるのは、青空。燦々と照り付ける太陽が心地いい。

「さて。仕事はすぐに見つかるだろうし、しばらくぶりに弓でも見てやるか?」

「本当っ!? 嬉しい。私、弓が上手くなったのですよ!」

「期待してるよ」

 向かう先はランス。エレンとエクレアとの待ち合わせた町。

 もう間も無く出会えるだろう。

 

 お互いに何事もなければ、だが。

 

 

 




ちょっとまだまだ忙しい日が続きそうです。
温かい目で見守っていただけると嬉しいです。

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