新章のエレン編、美人道中膝栗毛。
どうぞお楽しみ下さい。
055話 商人の闇
時間は詩人がエレンやエクレアと別れた時まで遡る。
詩人がリブロフへと速やかに出発したのに対し、エレンとエクレアは未だにバンガードに残っていた。
「ええっと…水の予備はこの位で…いや違うここで補給できるから……」
「もー、町でまた人に追っかけられた! 店でもいちいち話しかけられるし!!」
要領が良い上にフォルネウスを倒した訳でもない詩人は上手く有名人になる事から逃げたのだが、彼女たちはそうもいかなかった。その直接の原因はフルブライトであり、彼は自分の商会の関係者である事を強調して彼女たちの存在を公表したのだった。
フォルネウスを倒した人物は5人いて、うち一人は死亡した上にその栄誉に預かれていない。ウンディーネは彼女自身がモウゼスの支配者であり、ボストンはバンガードに居つくという。そういった訳で、フルブライトが手を出せるのが彼女たちしかいなかったという事情はあった。
それでも一応フルブライトを弁護しておくならば。四魔貴族を倒した人員を世界が放っておく訳がなく、いずれかの形でどこかの勢力に属さなければ余計な火種が世界に生まれ、その火の粉は彼女たちをも焦がしただろう。その面倒さや大変さを考えれば世界最大勢力の一つであり、詩人と繋がりがあるために配慮されるフルブライト商会の元で英雄として祭り上げられるのは相対的に悪い事ではない。
しかしそれは大局的な見方であり、エレンやエクレアにはフルブライトに説明されてもぼんやりとしか理解していないものだった。まあ別に有名になりたい訳でもなく、多少はお世話になったフルブライトならば名前くらい頼まれたら貸してあげてもいいかなといった考えの結果。彼女たちはバンガードにおいて
更にその上で、今まで旅の熟練者としてフォローしていた詩人の助力がなくなったのである。支度が遅々として進まないのは仕方がない。
イライラしながら地図を睨みつけ、必要な物資を書き出していくエレン。
町に買い出しに行ったはいいが、ロクに目的を果たせずに逃げ回ったせいでぐったりしているエクレア。
この宿はフルブライト商会所有のホテルだからプライベートまで市民が影響してくる事はないが、その原因を作ったフルブライトには感謝がある訳でもなく、当然のように面倒事に巻き込んでくれた悪感情しかない。彼女たちは別に英雄になりたい訳ではないのだから。
「エレンさま。エクレアさま。
フルブライト会頭が来られています。是非、お二人にお会いしたいと」
と、正にその元凶が彼女たちを訪ねてきたらしい。ドアの外から聞こえてきたホテルマンの声に思わず二人の動きが止まり、顔を見合わせる。
「…いいわ。この部屋に来ていただいて」
「分かりました」
別にフルブライトの事を顔も見たくない程嫌っている訳ではない。むしろこの状況を作りだした事に文句の一つも言いたいくらいだ。
沸々と湧き出る感情のそのままに、エレンはそうドアの向こうのホテルマンに聞こえるような大きめの声を出した。
そのエレンの感情は読み取れただろうに、ホテルマンはそれを意に介さずに粛々と対応する。そしてその空白の時間を縫って、エレンはお茶の準備をしてエクレアはお菓子の用意をする。
「やあ、お邪魔するよ」
やがて爽やかな笑みと共に彼女たちの泊まっている部屋のドアを開けたフルブライト商会のトップ、フルブライト23世。
その顔をジトーと見る女二人。
「まあ、そういう反応をされるとは思ったよ」
爽やかなまま、表情をやや苦くするフルブライト。彼とて暗愚ではない。彼女たちが未だにバンガードに留まっている理由や、その原因などは把握している。
だが、相手に悪感情を持たれているからといって商売が出来なければ話にならないのが商人だ。彼は彼なりの手土産と勝算を持ってこの場にいた。それはもちろん爽やかな顔の裏に隠しているが。
「ま、色々いいたいことはあるんですけど、立ち話もなんですし。お茶でも飲みながらお話しません?」
「いただこう」
優雅な所作で歩き、椅子に座るフルブライト。ここで感情的になっても意味がないと理解しているエレンはとりあえず冷静に同席し、そこまで大人になっていないエクレアは不機嫌さを隠そうともしないでテーブルを囲む。
「難儀しているようだね」
「その原因、アンタ」
さらりと言うフルブライトに、さらりと毒を返すエクレア。
エレンも今この瞬間に置いては決してフルブライトに好意的という訳ではない。
「おかげさまで大変難儀しておりまして、今は僅かな時間でも惜しいのですが。その頃合いにフルブライト会頭はどのようなご用件でしょうか?」
「おいおい、そんなに邪険にしないでくれたまえ」
分かりやすく慇懃無礼なエレンの態度も柳に風とばかりに受け流すフルブライト。この辺りは流石に役者が違う。
落ち着きながらカップを手に取り、紅茶を口に運ぶフルブライト。
「まあ、悪い話ではない事は約束しよう。お茶を飲みながら話をしようと言ったのはそちらだろう?」
言われて、しぶしぶと紅茶を口に運ぶエレンとエクレア。
温かいものを飲み、ほっと一瞬だけ心がほころぶ瞬間にフルブライトが口を開く。
「前にも言ったが、四魔貴族を倒すというのは大偉業だ。それを成し遂げた人間を隠しきるのは容易でも良策でもない。
これでも我がフルブライト商会は君たちに最大限の便宜を図っているのだよ?」
隙のある一瞬を突かれた彼女たちは即座に対応できない。一拍子あけ、エレンはやや戸惑いながら口を開く。
「でも、あたしもエクレアも英雄になりたかった訳じゃないし……」
「甘いね。四魔貴族を倒すとは、英雄になってしまうものなのだ。望むと望むまいとね。フォルネウスを倒したいから倒した、その結果を受け入れないというのは少し虫のいい話だとは思わないかい?」
「でも、詩人さんは自由にやってるよ?」
「あいつは直接フォルネウスを打倒した訳ではないからな、そこら辺まで計算して立ち回っているんだろう。バンガードに襲来したフォルネウスを撃退した時も、キャプテンの功名心を利用して協力者の立場で逃げ切ったしね。
まあ、あいつ程巧みに生きられれば大したものだよ」
それでも不満の表情をする女性二人に、フルブライトはにこやかな顔のままで別のありえた可能性を提示する。
「それともバンガードの英雄にでもなりたかったかい? キャプテンが君たちに配慮をすると思っているのかな?」
その言葉を聞いて同時に嫌な顔をするエレンとエクレア。ブラックを口汚く罵ったキャプテンは、彼女たちにとって嫌悪の対象だ。その手下扱いなんて頼まれてもやりたくない。
「比べてフルブライト商会は君たちの名前を貸して貰っているだけだ。ウィルミントンに縛り付けようともしていないし、広告塔になってくれた礼金も出しただろう?
他でここまで良く扱ってくれるとは思えないが?」
「ウンディーネさんの方がよかったと思っている最中ですけど」
「ああ、確かにウンディーネ君も悪く扱わないだろう。しかし、それが良く扱われるとは限らない。彼女にバンガードで有名になる事を阻止することはできないだろうし、礼金だってうちよりも出せないだろうね。
その点、フルブライト商会ならば世界中に支店がある。何かと協力できることも多い、という訳だ。もちろん快くフルブライト商会に手を貸してくれた君たちだ。こちらとしても最大限に手伝わせてもらうよ」
「……怪しいんだけど。商人が得もなくそんな事、する?」
「得はあるとも。君たちが更に四魔貴族を撃破してくれれば、フルブライト商会の名声は際限なく高まっていく。これを得と言わずになんというのかな?
祖先であるフルブライト12世も聖王を助け、四魔貴族をアビスへ追いやったと聞く。四魔貴族と敵対するなら望むところさ」
論点をずらし、自分をよく見せ、フルブライトは言葉巧みにまだ若い英雄を翻弄していく。
実際、フルブライトとしてはここが本日一番の正念場だ。彼女たちがウンディーネの世話になると言いださない確信は、彼にはなかった。
「……まあ、詩人もフルブライトさんのお世話になっているみたいだし。確かにフォルネウスを倒しておいて、扱いが良い事に文句を言うのも違うかもですね」
「分かってくれて嬉しいよ」
フルブライトの気楽な言葉に隠された冷や汗に、エレンもエクレアも気が付けない。
一山超えた事を感じさせないまま、フルブライトは話が蒸し返されないようにスライドさせていく。
「さて。それで今日ここに来た訳だが、どうやら旅支度にも大分てこずっているようだね?」
「そうだよー。フルブライトさん、お偉いさんなんでしょ? なんとかできないの?」
「なんとかしに来たのさ」
無遠慮なエクレアの口調を嗜めようとしたエレンだが、間髪入れずに返答したフルブライトに思わず動きが止まる。
爽やかな笑顔を浮かべながらそんなエレンを見て、言葉を続けるフルブライト。
「どうやら君たちが大変な目に遭っている原因の一端も私にありそうだからね、何とかできる範囲で何とかするさ。
というか、君たちから私に言いに来てもよかったのだよ?」
「……こんな些末事にフルブライト商会の会頭を煩わせられる訳ないじゃないですか」
小さい声でボソボソと言うエレン。まあ、間違っていない意見である。常識的な意見でもある。しかしフォルネウスを倒した彼女たちはその常識から外れている事には気が付いていないらしい。フルブライト商会としては彼女たちの要望を叶える事は最優先事項の一つなのだ。少なくとも、一言相談してくれれば旅慣れたアドバイザーを派遣するくらいは融通を利かせるだろう。なかなかそういった動きがみられなかったため、今回はフルブライト自身が様子見を兼ねて来訪したのである。ウンディーネの所に行かれたら商会として事であるし、更に目的はもう一つある。
「まあ、私がするのは旅慣れた者の手配だけだから、そんなに手間はかからないのさ。一声かけて、後で書類にサインをするだけ。気に病む程時間は頂かないよ」
「え? じゃあ、本当に?」
「ああ。旅のフォローはこちらでしよう。ついでにその者から今後の旅の勉強もしておくといい」
その言葉にぱぁと明るい顔をするエレン。ここ数日の懸念が一瞬で片付いたのだから、その心境の変化は分からなくもない。
対してエクレアは上手く恩を着せられた事になんとなく気が付いており、ジトっとした視線をフルブライトに向けている。ここは流石にラザイエフ家令嬢といった所か。
エクレアからの視線をさらっと無視したフルブライトは話を進めていく。
「さて、ここで誰を紹介するかなのだが、君たちには2つ選択肢がある」
「2つ、ですか?」
「そう2つ」
フルブライトはゆっくりと指を一本立てて説明を始める。
「1つはフルブライト縁者の旅達者を用立てる案。まあ、こちらは分かりやすいね」
「もう1つは?」
「バンガードの力を借りる案」
地雷を思いっきり踏み抜いたフルブライトに顔が引きつるエレンとエクレア。
そして否定の言葉を吐こうとしたその瞬間。またその寸前の意識の隙間に入り込むようなタイミングでフルブライトの声が滑り込んだ。
「この場合、派遣されるのは西部最強の剣士であるサザンクロス。ヤーマスまでの旅の間、君たちの手解きもしてくれる手筈になっている。
これはバンガード市長からの詫びも入っているね。サザンクロス君が教える剣技の授業料はバンガード持ちさ。
これからも四魔貴族と戦うならば悪い話ではないだろう?」
反論しようとした声が止まる。
フォルネウス撃破の戦功はブラックに多くあり、まだまだ自分たちのみで四魔貴族を倒せるとは流石に二人とも思っていない。
強くなる機会を逃すべきではない。それは当然だ。
キャプテンを許したくない。これが本音だ。
「一応言っておくが、サザンクロス君が手解きをするのはこれが最初で最後の機会だと思っておいてくれたまえ。
今回は四魔貴族を倒した英雄を鍛えるということ。フルブライト商会の後押し。そして何より、現在の雇い主であるバンガードの意向と何より巨額の授業料が大きい。
これらが揃ってやっと彼女が首を縦に振ったのだからね」
いつかサザンクロスも弟子をとり、その技術を後世に残す可能性はある。だがそれも可能性であり、するとは限らない。それよりなによりその弟子に彼女たちが選ばれる確率は限りなく低いし、そもそも今現在四魔貴族を相手取っている現在、いつかとる弟子の話は遅すぎる。
感情論を除けば最善で最高の機会であることは間違いない。これを用意したバンガードは本気で彼女たちとの関係修復を図りたいと願っていた。問題はまだ年若い彼女たちが、頷くかどうか。
「…………」
「…………」
「…………」
今までの騒がしさが嘘のように静まり返る。
そして。
やがて。
口を開いたのは、エクレア。
「サザンクロスさんにお願いする」
「エクレアっ!?」
許すのか。思わずエクレアを見たエレンだが、彼女の強い意志を湛えた瞳に思わず気圧された。
「ブラックみたいに、また大切な仲間が死ぬのはイヤ。弱いままじゃ、ダメなの。
今は怒るより、強くならなくちゃ」
エクレアの言う通りだと、エレンは己を恥じた。
過去の怨恨に囚われて強くなる機会を逃してどうするのか。そんな余裕が自分たちにあるのか。ブラックを犠牲にして生き延びた以上、生き抜いて目的を達成する事があの大海賊に対する最大の返礼になるのではないのか。
そんな当たり前の事さえ、こんな小さな憎悪で見えなくなってしまう。エレンは頭を振って正しい答えを口にする。
「エクレアの言う通りね。サザンクロスさんに鍛えて貰いましょう」
「確認するが、これはキャプテンを許すという事と同義だ。フルブライト商会も関わっている以上、この件で表立ってバンガードを責めてはいけないぞ?」
そうなればフルブライト商会も敵に回る。
暗にそう言いながらも、少女たちは揺るがない。
「「ええ」」
「分かった。キャプテンには色よい返事が貰えたと伝えよう。サザンクロス君はヤーマスまで同行するから、そこまでに十分に学んでくれたまえ」
そう言った後、ふと思い出したかのようにフルブライトは言葉を続ける。
「そうそう、ヤーマスで思い出した。ちょっと頼まれ事をしてくれないかな?」
「頼まれ事、ですか?」
「まあ、仕事と言い換えてもいい。ちゃんと報酬は出すよ。
ヤーマスを通るなら、ついでにその内情も探ってきて欲しい」
「内情って……あたしたち、ヤーマスは通過点で長期滞在する予定はないんですけど」
「長期でなくていいさ、フルブライト商会でもある程度情報は仕入れているしね。
ただ、君たちはフォルネウスを倒した英雄だからね。その立場で聞ける話を手紙に書いて私に送ってくれればいい。一日で終わる仕事さ」
「一日で終わるなら、まあ。それでいくらくれるんですか?」
「一人50オーラム、合わせて100オーラム。ついでに有益な情報が入ったら追加報酬も出すよ」
「分かりました」
簡単な仕事、安い報酬。本当に気軽な話に頷くエレン。
それを見て爽やかに笑うフルブライト。
胡散臭そうに彼を見るエクレア。
「じゃあこれで話は終わりだ。明日にもサザンクロス君が来てくれて、旅の支度を手伝ってくれるだろうな。
またいつか会える時を楽しみにしているよ」
そう言って颯爽と立ち去るフルブライト。エクレアがなんとなく引っかかるものがあると感じ取ったため、さっさとお暇する事にしたのだ。
部屋から立ち去り、ホテルを出る。そして夜の闇の中で、先程の爽やかさが嘘のように不敵に笑うフルブライト。
「やはり、まだまだ青い」
万事上手くいった事にふと零れた黒い笑み。やはり詩人がいなければ彼女たちはこの程度の腹芸にも騙されるのだろう。まあ、それを見越して詩人が立ち去るまで手出しを控えたのだが。一手で一つの意味しか持たせないのは二流であり、一流ならばいくつもの伏線をばらまくもの。ましてやフルブライトは超一流、経験が浅い若造を転がす事は容易だった。
エレン達を英雄として祭りあげる事でバンガードに足止めし、フラストレーションを溜める。それを解消させる善人として自分は登場し、彼女達を恩に着せる。
着せた恩をそのままに、僅かに話題変換。バンガードへの悪感情を利用し、それを解消させる役を担う事で彼女たちとバンガードの両方に恩を売る。
そして最後の小さな頼み事。
「フルブライト商会に関係ある英雄がその立場を利用してヤーマスで聞き込みをすれば、ドフォーレ商会が穏やかに済ますはずもない」
ドフォーレ商会は必ず手出しをしてくるだろう。大きな情報を得た時の為に、一万オーラムを既に用意していた。それ程の情報が釣れる可能性さえ彼は見越していた。口にした100オーラムなんて小金は、エレンたちに行動を起こさせて波紋を起こす為の小石に過ぎない。
それにどう対処するか。どこまで情報を得られるか。これらは武力だけではない、エレンとエクレアの試金石となる。
この情報は彼女たちを使う者として、値千金の情報だ。重要な仕事を頼んで失敗しましたでは、冗談にならないケースも多い。
また、この程度で死んでしまうならその程度であっただけという話。詩人とラザイエフ商会には上手く話を伝えよう。実際に手を出すのはドフォーレ商会だ。場合によってはフルブライト商会は関わらずにドフォーレ商会は大きな敵を作る事になる。
フルブライト商会の会頭、フルブライト23世。
彼もまた世界トップクラスの一人として、決して甘くはない。