詩人の詩   作:117

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057話

 

 状況を整理しよう。

 まずフルブライト商会はヤーマスへとフォルネウスを倒した英雄を送り込んだ。目的の深奥を探るのは難儀だが、おおよその目星はつく。彼の英雄をもってヤーマスの、ひいてはドフォーレ商会をかき乱すのが目的だろう。その合間に工作を仕掛けようとしているのか、はたまた別に目的があるのかは不明だが、ドフォーレ商会の安定を崩す事を目的としているのは疑う余地はない。

 次にドフォーレ商会は今回は守備側だ。フルブライト商会が送り込んだ英雄に対し、どう対処して動揺を少なく凌ぎ切れるか。そのような戦いになる。ドフォーレは四魔貴族の一角を落とした英雄を相手にして、無傷である事を楽観する程に愚鈍ならばここまで大きな商会になっていない。どれだけ傷を浅くすませるか、それを計算しているだろう。

 最後にエレンとエクレア、人間が争う渦中に放り込まれた人物。彼女たちの意見はシンプルだ。すなわち――

 ――面倒臭い。

 これに尽きる。

「もうさー。フルブライトさんの仕事とか無視してランスに向かっちゃわない?」

 人同士が醜く駆け引きをする現状に引き込まれたエクレアはやる気がなさそうに、姉貴分であるエレンに問いかける。実際、実家のドロドロとした部分に嫌気が差して家出した彼女にとって、現在の状況は不本意に過ぎる。積極的に関わりたくない部類の最先端である。

 そしてエレンもこの現状に満足している訳がない。下手に手を出せばドフォーレ商会の恨みを買う状況を目の当たりにして思うところは多くある。

「そうね……」

 空返事をしながらエレンは思考を回す。

 彼女は本気でフルブライトの仕事を無視することを考えていた。四魔貴族を倒した英雄の負う責任と栄誉については聞いていたが、別にエレンはそれを望んだ訳でもない。彼女の目的はただゲートを閉じてサラを守る事であって、四魔貴族を倒した栄誉やらなんやらには全く興味がない。それに対する責任なら尚更で、そういった事を一纏めにした面倒事などジャイアントスイングで彼方へと投げっぱなしにしたいくらいだ。

 それでもいいか。そう思う自身の心をエレンは必死で繋ぎ止める。短絡はいけない、時間が差し迫っているならともかくとして今はそこまで性急な結論は求められていない。少なくとも、ヤーマスで数日留まるくらいは落ち着く時間は与えられている。

 フルブライトからの面倒な仕事をスルーする。それは確かに簡単で容易だが、安易にそれを選んでいいのか。

 その選択肢を選べば、もうフルブライト商会から信用される事はないだろう。忘れてはならないが、フルブライト商会は世界有数の勢力を持っている。その伝手を面倒な仕事を押し付けられたから程度の理由で切ってもいいものか。

 考える。フォルネウス討伐に必要だったのは、動く島であるバンガード。その為に必要だったのはバンガードそれ自体と優れた玄武術師であるウンディーネ一党と、その術力を増幅させるオリハルコーン。

 考える。ウンディーネやオリハルコーンの情報は、フルブライト商会の協力があったから見つかったのではないか。オリハルコーンに関しては詩人が最初の情報を握っていたとはいえ、自分たちを海賊ブラックへと繋げたのはフルブライト商会だ。世界最高勢力とはそういった意味合いをも持つのだ。

 考える。滅多に繋がる事ができない縁を、こんな簡単に切り捨てていいのか。落とした四魔貴族はまだフォルネウスのみ。先々に困る想像は出来ても、簡単に済ませられる予想はつかない。その時にフルブライト商会に伝手があれば打開できる可能性は多くあるだろう。

 その代償は何か。言われている、フォルネウスを倒した英雄としてヤーマスで情報を集めること。ただそれだけでいい。少なくとも、試さずに捨て去る程に重い代価ではない。要はどれだけ負担なく済ませられるかに尽きる。向こうが無意識の善意を期待しているならば、こちらはそれを積極的に裏切ればいいのだ。表向きの要請は保持したままで。

「決めた。エクレア、今日は遊ぶわよ!」

「唐突にどうしたのエレンさん!?」

 方向性がいきなり明後日に向いたエレンに思わずエクレアが突っ込んだ。が、エレンとしても無意味にこの提案をした訳では無い。

 まずはドフォーレ商会としての言い分を、素直な旅人として得られる情報を集める。そして翌日にスラムなどに行き、その当事者の話をフォルネウスを倒した英雄として纏める。それが終わったその時にヤーマスから立ち去り、集めた情報をランスからフルブライト商会に送ればいい。それで彼の要請を最低限であるが満たしている。向こうが何を想定しているかに気が付いても、こちらがそれに合わせる必要はないのだ。できる限り波風が立たないようにヤーマスから逃げるのならば最善の手段だろうとエレンには思えた。

 ちなみにだが。当然ながらフルブライトはそのくらいの機転を利かす事を考慮に入れている。彼女が彼女の思った通りに動くのならば、支払う賃金は最小限に良い人材が見つかったと喜ばせて終わっただけだっただろう。

 方針が決まったエレンたちは早速ホテルの外に出る。そしてその瞬間、ゲンナリとした。

「……見張られてるね」

「監視が付いたわね」

 並の人間では気が付かないだろうが、フォルネウスを倒した一因である彼女たちはもはや並ではない。ホテルを出た瞬間に体にへばりつく視線まで感じ取れてしまうのだ。

 もちろん、ドフォーレ商会としてフルブライト商会の手垢がついた英雄を野放しにできないという事情はあるのだろう。だが理解はできても納得はできない、人間とはそういったものだ。更にその上でそれを許容できない少女にとっては次の一手は不快でしかなかった。

「おや、このホテルに泊まっていた方ですね? こちらでは一日でヤーマスの見どころを余す処なく見て回れるツアーを開催しています。よかったらどうですか?」

 さも偶然通りかかったかのように営業をしてくる満面の笑みを浮かべた青年。その色のある笑顔も裏を感じてしまえばドロリとした悪意でその艶顔が汚されてしまう。実際、エクレアは嫌な感情を抑える事無く表に出している。

 そしてエレンも嫌悪感は辛うじて表情に出す事を抑えたものの、さりとて途端に笑顔を作れる程に腹芸に優れている訳でもない。

「ええ、お願いできますか?」

 嫌悪感一杯の美少女と能面のような顔をした美女が、営業スマイルを満面に浮かべた怪しげな勧誘に着いていく。

 あからさまに怪しいそれに一番困惑したのは勧誘した青年であったのは、笑い事にしてしまってもいい話なのかもしれない。

 

 エレン達にはドフォーレ商会に思うところはない。だからこそツアーコンダクターの青年が企画したであろう接待じみたそのツアーを楽しむ事ができた。

 実際、そのツアーは決して悪いものではなかった。油断を誘う意味もあっただろうし、もしかしたらドフォーレ商会に取り込む算段を立てていたのかも知れない。

 上質のお菓子を食べさせる喫茶店でゆっくりする事から始まり、芸術館にて世界中の名品を鑑賞する。午後いっぱいを楽しんだら次は夕食が待っており、段々と人気のない方へ案内された。

「…ちょっと。どこに連れて行こうっていうのよ?」

 警戒してエレンが問い掛けるも、ツアーコンダクターはにこやかな笑みを崩さない。

「この先に珍品ばかり集めている場所があるのですよ」

「こんな人気のない所に?」

「ええ。防犯上の理由などから、人気のない所を好んでいます。ほら、テントが見えてきたでしょう?」

 ツアーコンダクターが指し示す通り、彼女らの行く先に濃い原色があしらわれたテントの数々が見えてきた。

「本来ならば外部の方には見せれない物も多いのですが、お客さんたちはラッキーですね。これがドフォーレ商会が誇るグレート・フェイク・ショーです!」

 そうして案内されるエレンとエクレア。その場所は空き地にたくさんのテントが立っている場所であり、その中央と呼べるべきところにお立ち台が据えられていた。その前面に幾つものテーブルとイスのセットが設置されており、テーブルの上に用意された食器などを見るにここで食事を取りながらお立ち台に乗せられたものを鑑賞する趣向であるらしい。

 勧められるままにイスに座る彼女たちだが、嫌な予感は消す事ができない。

「…なんか嫌な感じ」

「……」

 ツアーコンダクターがいなくなったタイミングでぽつりとこぼすエクレアに、厳しい表情をしたままのエレン。とりあえずは警戒をしたままで様子を探る。今までは危害は与えられていないが、ここは目撃者もいない郊外である。襲い掛かってくるには適した場所である。

 結論から言えばそんな彼女たちの心配は杞憂に終わる。しかし、エクレアの言葉が的外れだった訳ではない。彼女たちはこれよりこの世で最もおぞましいものの一つを見せられる事になるのだから。

 徐々に人が集って客席が埋まり切り、そして前菜より配膳がなされたタイミングでお立ち台の上に身なりのいい男が上がり、腹の底から言葉を出す。

「レッディィィーース、ェェェンド、ジェーーントルメェェェン!!」

 会場中に声を響きわたらせる司会の男。

「さあさあ、今宵も行われますっ! 世界の生きた(・・・)珍品名品を魅せるグレート・フェイク・ショーォォォ!!

 ここにいらした方はいずれも素晴らしき社会的地位を持った方々ッ! 安易な贅沢はもはや飽いておられることでしょうっっ!! ご安心下さい、我々はそんな紳士淑女に新たな『刺激』を提供する事をお約束しまーーーすぅ!!

 では前置きはこのくらいにして早速、最初の展示品をご覧に入れましょうぅぅぅ!!」

 そしてお立ち台に首輪をつけられて引きずられながら登場した()にエレンとエクレアは思わず目を見開いた。

 登場したのはモンスター。獣人族の最下級のゴブリンとはいえ、それは確かにモンスターであった。首輪で繋がれたいくつものゴブリンが登場し、それらのあるものは全身をアザだらけにしてビクビクとおびえるままに歩いており、またあるものは正気をなくした虚ろな瞳で半開きの口から涎を垂らしながら足を進める。

 思わず絶句する彼女たちだが、そんな彼女たちの耳を滑るように説明の大声が響く。

 モンスターとはいえ、生き物には違いはない。ならば動物と同じように調教(・・)する事は可能であると。例えば痛みで、例えば麻薬で。コントロールしきったモンスターはもはや脅威ではなく、人間の便利な道具に過ぎないのだと。モンスターテイマーと呼ばれる専門職がそれを可能としたと。

 その説明に酷い嫌悪感を覚えるエレンとエクレア。

 敵対した相手を殺す事までは彼女たちも許容している。実際、数多の相対したモンスターを仕留めてきた。だがしかし、コレ(・・)は違う。戦いの結果死なすのではなく、自分の敵対者であるから排除するのでもなく、自由と尊厳を剥いで扱いやすく改造する。アビスのモンスターなどが持つ他生物への残虐性とは違う、また別方向の加虐性。対象の全てを否定し、自分への服従しか認めない子供染みた支配力。力を持ち過ぎた子供が持ったような、癇癪を起こしたような悪意。奴らは自分が認めないものと向き合う事をせずに完全に破壊する。例えそれが心であってもだ。自分に従わない心は不要とばかりに、お立ち台に上げられたゴブリンたちは都合よく造り変えられていた。

 他の席の人々はソレを拍手喝采で迎え入れている。これは革新的な技術であると、人間がモンスターを支配する礎を築く偉業であると。迎合する人々にさえ嫌悪を募らせていく二人。

 だがしかし。例えばここに無垢な子供がいたとしたら、こんな疑問が出るかも知れない。あなた達とドフォーレ商会はどこが違うの? と。そう言われたら彼女たちはなんと返すのだろうか。

 ヤーマスに至る道中で、エクレアはロックアイアンたちを嬲り殺しにした。モンスターであったのは事実だが、またその一方で生物でもあるその番を、己の技術を高める為に惨たらしく殺した事には違いない。また、それは見ていたサザンクロスも顔を歪める程だった。それも為したエクレアも、看過したエレンもドフォーレ商会を責める資格はあるのかと、視点を変えればそんな意見が出てもおかしくない。

 綺麗事だけで世の中を渡っていけないという言葉は通じない。それならばドフォーレ商会を糾弾する事は出来なくなるからだ。己の肉体や技を磨くか、モンスターさえも武器として使いこなすか。方法の是非を問う事はできないだろう。

 エレンやエクレアは結果を出したという言葉も重みはない。倒した四魔貴族はフォルネウスのみであり、この先ドフォーレ商会と手を組んでモンスターをも上手く使えば更に多くの四魔貴族を倒せる可能性が高くあるのだから、以降の結果にドフォーレ商会が絡む余地は十分にある。先々を見据えられないのは愚かな事だろう。

 言ってしまえば、エレンやエクレアの嫌悪感というのは独善と表裏一体である。既存の倫理観と常識で感じたもののみで判断し、自分で許せる範囲でそれを広げてきた。身勝手であり、自分以外の価値観を認め得ないというならば交渉の余地はないだろう。

 お立ち台には様々なモノが乗せられていく。禁薬でも使われたのか、明らかに普通でない肉体と表情をした大男。グロテスクな外観の不定形型モンスター。調教師の思うままに動く虎。篭に閉じ込められた羽が生えた小さな人型。

 そしてやがて、ショーと食事とが終わる。

 たった二人を除いて、満場の拍手喝采でその日の夕食は終わるのだった。

 

 ツアーが終わり、宿へと帰ってきた二人。

 エクレアは顔を青くしながらも瞳は怒りに燃えており、エレンは瞼を閉じて静かに考え込んでいた。

「エレンさん、アレは…ないよ。酷すぎる」

「……」

「黙って見過ごすなんて…できないよ!」

「……」

「エレンさんっ!」

「……」

「エレンさん、どうしたの? このままでいいの?」

「……エクレア、ここではアレが法なの」

「エレン、さん?」

「ヤーマスはドフォーレ商会が実権を握っているわ。そのドフォーレ商会が良しとしているアレを否定すれば、ドフォーレ商会を敵に回す」

 信じられない事を口にするエレンにエクレアは自分の耳を疑う。この、共に旅を続ける気さくな女性が、そんな事を吐くとは思えなかった。

 呆然とするエクレア。そんな彼女に向かってエレンは瞼を上げて、にかっと笑った。

「そういう訳よ、エクレア」

「エレン、さん」

「敵は倒さないとね」

 その瞳だけは笑っていない。憤怒と激怒、義憤と敵意を宿してメラメラと燃え盛っていた。

 ドフォーレ商会は敵であると、彼女は明確に定めていた。

「荷物を纏めるよ、この宿もいつまで安全か分からないわ。

 フルブライト商会が経営している酒場があったはず。確か、シーホークとかいうらしいわ。そこのお世話になりましょう」

「うん、うんっ!」

「……こんな所業、四魔貴族と変わらないからね」

 以前にエレンは、詩人が行った悪魔の如き拷問を見た。野盗に行ったソレを見せつけた詩人は言っていた、四魔貴族はこれを上回る所業を世界にばら撒いていると。

(ドフォーレ商会の悪意は四魔貴族級ね)

 エレンはそう判断する。ならば、フルブライト商会と共に戦うのも悪くはない。思うように使われてやろう、結果としてこの悪辣な行為を潰せるのならば構わない。四魔貴族を倒す事といい、ドフォーレ商会を倒す事といい、利害は一致している。

 ただエレンやエクレアは前線に立つ事を選び、フルブライトは後ろからの援護と商会としての戦いを選んだというだけだ。ドフォーレ商会という敵を前にして、エレンは初めてフルブライトを仲間だと思う事ができた。

 エレンやエクレアは身勝手なまでに己自身の価値観を信じ、そしてそれに合わないドフォーレ商会とは交渉の余地はなく、故に敵対して押し潰す。独善かも知れなかろうが、相手が人間の大商会だろうが。そんな理由で尻込みをして戦う決断が出来ずに力を振るえないというならば、それこそ彼女たちの行動に正当性はない。

 超えてはならない一線は決して超えず、間違えてはならない選択は決して間違えない。そんな心の強さというものをしっかりと持っているからこそ、彼女たちは最後の最後までフォルネウスと戦い、打倒できた。メイルシュトロームを喰らった後も戦意を示せた。今更、この程度でその意志が止まる事はない。

 手早く荷物をまとめ上げた彼女たちは、ヤーマスの夜の闇へと消えていく。相手はヤーマス、ドフォーレ商会。四魔貴族とはまた一味違う戦いが始まった。

 

 あなたとドフォーレ商会はどこが違うの? もしも無垢な子供がこう聞いたら、詩人ならばこう答えるだろう。

「相手を尊重するかどうか、それが違う。相手が悪いと思える事も、尊重の一つ。悪い行為でも認める事は尊重だ。

 認めた上で許せないから戦うんだ。相手の都合を無視してはいけない。俺たちは、ドフォーレ商会の強大な支配欲や苛烈な手法を認識して、それを潰すように戦える。

 あるいはこれを自由と言い換える人間もいるかもな。ドフォーレ商会は相手の自由を心でさえ認めず、抗うという選択肢を殺さずに奪い不自由に生きさせる。

 けれども戦う自由はあらゆる生物が権利として持つべきであるとも思う。それを失った存在は余りに哀れだからな。

 俺は相手から戦う自由を殺す以外で奪った事はない。どんなに相手が憎くてもな。

 ……いや、憎いからこそか。憎むべき相手と同じには、成り下がりたくないからな」

 

 

 




今回もギリギリ7000文字超えた程度。
だんだん短くなってきているなぁ…。

頑張ります。
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