二日が経ち、夜。この日はドフォーレ商会が掴んだ、エレンとエクレアによるグレート・フェイク・ショーを襲撃する決行日。追加で、彼女らに乗じた反ドフォーレ商会の武装勢力も行動を起こすとの情報も入手した。
これに迎え撃つ選択をしたドフォーレ商会は、グレート・フェイク・ショーがある郊外の土地に私兵を多数投入。どこから攻撃されるかも分からない為、全方位の防御が求められ、その外周を守る人数は100名を超えていた。
ドフォーレ商会が敷いた守りは三重のライン。外周に侵入を防ぐ、もしくは既に侵入されていた場合、外へ出ようとする敵をその場で仕留める部隊。
そして見られてはいけない物は中央奥にある大テントに集められており、敷地内に侵攻を許してしまった場合でも物陰に隠れたアサシン染みた連中が攻撃する。これが第二のライン。
最後に中央奥に存在する、ドフォーレ商会として決して見られてはいけないモノを守る最終ラインを守る精鋭。これらで構成されていた。
(さあ、どうくる…?)
第一防衛ラインの指揮を任された男は煙草を吸いながら、利き手に持った剣の具合を確かめる。彼がいるのは防衛ラインの奥にあるテントであり、各所に指示を飛ばしやすい位置でもある。
相手は女二人とはいえ、四魔貴族であるフォルネウスを倒した実績がある。今までのレジスタンスより段違いの実力があると言っていいだろう。もしかしたら指揮官の想像を超えた奇襲をしてくるかも知れない。
背面側面からの奇襲はもちろんの事、二日という時間があれば何かに紛れて既にグレイト・フェイク・ショーの内部に入り込んでいてもおかしくない。中と外とが呼応して、挟み撃ちをしてくる程度は覚悟している。
そんな自分の想像の範疇で済めばいいが、と考えている指揮官の耳に怒号が届く。
(来たかっ…!)
「報告しろっ!」
「敵襲、敵襲ですっ!」
転がる様に指揮官の前に出てきた男の当たり前の言葉に苛立つ指揮官。今日にここが強襲される事は通達していたはずである。分かり切った事を今更ながらに口にする無能な男に苛立ちを覚える。
「そんな事は分かっているっ! どこから攻めて来たぁ!?」
「そ、それが……」
さあ、どんな手で攻めてきたか。驚かないように心を引き締めながら次の言葉を待つ。
「しょ、正面口に敵影、2! こちらは把握しているだけでも10やられましたっ!」
身も蓋もない、真正面からの
「馬鹿野郎! 正面からの攻撃だったら数で押し潰せ!」
「そ、それが、何人同時に仕掛けても傷一つ与えられず――」
そこで報告に来た部下の言葉が途切れる。闇の中から飛んできた、斧の形をした氷の塊がその頭に直撃したのだから。
遠心力たっぷりに数キロはあろう氷塊が頭にぶつけられては、たとえ兜を被っていたとしてもたまったものではない。むしろその防具が無ければ即死だっただろう。その場で崩れ落ちる部下を呆気に取られながら見る指揮官。
続けざまに闇の中から斧の形をした氷塊が指揮官に向かって飛んでくる。
「うおおおぉぉぉ!?」
剣を抜き、音を頼りにその変則的なトマホークを回避する指揮官。
術を修めていない指揮官にとって、遠距離から一方的に攻められるのは望むところではない。意を決してテントの外にある闇の中に足をかけた。
「
その指揮官の腹部に強烈な衝撃が幼い声と共に叩き込まれた。闇にかけた足が地面から離れ、元のテントの中へと叩き戻される。
「がはっ…げぇっ!」
余りの威力にえずきながら土の上を転げまわる指揮官。そんな彼に向かって斧の形をした氷塊が飛んでくる。
かわす力を奪われた指揮官は、飛来する氷塊をもろに喰らい、そしてその激痛で気を失うのだった。
「どっから攻めよう?」
二日前。エレンとエクレア、二人きりの作戦会議。といっても、彼女たちは戦略的に基地などを襲撃した事はない。
強いて言えばモウゼスでの戦いがそれにあたるだろうが、あの時も詩人やウンディーネの言葉に従ったのみであり、作戦を立てた事はなかった。
「奇襲って言うなら、相手の意表を突かなきゃいけないよね」
「でも、あたしたちはヤーマスの地理に詳しくないし、隔離されたグレイト・フェイク・ショーなら尚更よ」
「中に忍び込むのも、バレたらその場で奇襲じゃなくなっちゃうし……」
「そもそも忍び込む技能があたしたちにはないじゃない」
軽い話し合いで彼女らは自分の手札の少なさに絶望する。たったの数日で満足のできる情報収集を行う能力もなく、また隠遁し忍び込む事も出来ない。
戦闘・戦術・戦略。この中で彼女たちは明らかに戦闘のみに特化した存在だった。
「じゃあ、やっぱり?」
「仕方ないわね…」
「「正面突破で」」
わりかしあっさりと辿り着いたその結論に、もしも聞いていた者がいるなら呆れただろう。特に彼女たちを教えている詩人がこの結論を聞いていれば、顔を手で覆い隠していてもおかしくない。
あまりに短絡的に見える決め方をした彼女たちだが、その根底には二つの考えが流れていた。
一つは不信である。ドフォーレ商会は当然だが、フルブライト商会も場合によっては自分たちを使い捨てにしかねない事は薄々理解している。下手にシーホークに助けを求めても、その情報を元に囮のように敵をあてがわれる可能性を考えていた。この場における決して裏切らない味方は自分たちだけという考えがこびりついていたのだ。
そしてもう一つは自信。フォルネウスを倒す手伝いをした自信もあったし、またサザンクロスも十分な力を持っていると認めてくれた。下手な相手には遅れは取らない、そんな自信があったのだ。敵の規模などの情報を知らないうちにはそれが過信になる可能性もあったが、それは当人たちには分からない。
かくして決行された襲撃は、エレン達が敵の思惑の下を行くという結果をもって奇襲足りえた。
ドフォーレとしては相手は仮にも四魔貴族を倒した相手であり、自分の想像を超える危険性を共通認識として、こちらに情報が漏れていない事を前提に奇襲をかけてくると考えていた。
しかしエレンとエクレアはバンガードでフォルネウス兵による連続殺人の状況を思い浮かべていた。たった一日でも人は気を張っているのは難しいと理解していたのだ。そこへきて、もしも正面から敵を叩く事ができれば相手は必ず混乱する。そう考えた。
もしも情報が漏れていなければ、正面は一番警戒が強い所である。エレン達を倒す事は出来ずとも、数によって迎撃して追い返すくらいは出来たに違いない。拠点防御とはそれ程有利なのだ。
だが結果として、他の場所の奇襲を強く警戒してしまったせいで正面の警戒が薄れていた。そこにきてエレンとエクレアの迷いのない強襲である。想像を下回った所為とはいえ、思惑を外した事には違いない。狼狽した相手をとって、二人は殺さない余裕を持って敵を無力化していた。
そしてほんの数分で正面口の外にいた敵を全て叩きのめす事に成功していた。
「ふぅ」
「らっくしょ~!」
軽く汗をぬぐうエレンと、ぴょんぴょんと飛び跳ねるエクレア。
エレンの手にはブラックの斧が握られて、その両手には鈍く輝くガントレットが装備されている。防具は斧を持った反対側の手に小型化された騎士の盾が腕にはめられて、他にも兜や軽鎧。そして蹴りの威力をあげる打点を金属で補強したブーツが履かれていた。
エクレアは右手にバンガードで仕入れた曲刀ファルシオンを持ち、左手に小剣のシルバーフルーレを持った二刀流。詩人に買って貰ったバスタードソードはフォルネウスとの戦いでボロボロになってしまい、新しく武器を求めた結果である。背中に変わらずくまの形をしたバッグを背負い、動きを妨げない強化道着を着込む。後は頭と下半身を守る防具をつけていた。
一息ついた彼女たちは目の前の大扉を睨みつける。グレイト・フェイク・ショーと外部を仕切る、頑丈な塀に取り付けられた高さ三メートルを超える大扉。閂が掛けられているだろうそれは、外部からの侵入を頑なに拒んでいた。
だが、もちろんはいそうですかとその場を辞する程度の心持ちで彼女たちがここにいる訳がない。
「エレンさん」
「まかせなさい」
エクレアの装備はどちらかと言えば対人向きであるといえる。対してエレンはそれ以上のサイズに対して攻撃を加える事も想定していた。エレンは大きく飛び上がると、ブラックの斧を大きく振りかぶる。
「マキ割ダイナミックッ!」
一撃。それにて大扉を破壊したエレン。メキメキと音を立てながら崩れるそれに対して、エレンはダメ押しと言わんばかりに気を
大扉の奥に控えていた男たちがいたが。彼らは大扉がいきなりひび割れた上に、大きな破片となって吹き飛んでくるというのは全く想定していなかった。ほとんどの者は勢いがついた破片を喰らって意識を飛ばし、そうでない少数の者は戦意を失ってグレイト・フェイク・ショーの内部へと逃げ出し始めた。
「行くよ、エクレア!」
「りょーかい、エレンさんっ!」
そのうちの一人に当たりをつけ、尾行を開始する二人。やがて男が辿り着いたのは一つのテント。その入り口で報告している相手は上級兵だろうと想像がつく。
エレンとエクレアがいるのは闇夜の中。おそらくまだ敵には補足されていない。そう考えたエレンは玄武術を使い、氷で形作った斧を作り出す。玄武術で場当たり的に作ったせいで切れ味は全くないが、それはさておき数キロになる氷塊である。振りかぶり、トマホークの技法にて投げつければ十分な攻撃力を持つ。事実飛来したそれは報告に走った男の頭に当たり、彼を昏倒させた。
(ちょっと当たり所が悪かったかな……)
殺してしまったかも。そう考えたエレンの動きが一瞬止まるが、ピクピクと痙攣している男を見る限り、生きてはいるらしい。続けて同じように氷の手斧を作り出し、上級兵に向かって投げつける。
だが一瞬の躊躇がいけなかったのか、心を立て直した上級兵はそのトマホークを躱しながら剣を抜き、テントから一歩出ようとする。
だが、狭いその出入り口を使うというのが狙い所なのだ。エクレアは蒼龍術を発動し、小剣にウインドダートを纏わせていた。それを小剣を突く動きに合わせて、倍加した速度で打ち出す合成術技。
「
腹のど真ん中に不可視の一撃を喰らった上級兵は、訳も分からずテントの中へと吹っ飛ばされ返される。エレンは間髪入れずに氷塊トマホークにて追撃し、今度は注意して頭に当たらないようにする。その心遣いは意味を為し、腹部に突き刺さったそれによって与えられた激痛の後に意識を刈り取る。おそらく意識を取り戻したら内臓を痛めた事で悶絶するだろう。数日くらいは食事をとれなくてもおかしくない。
そこまで敵に関わる気がないエレンは致死性の一撃を与えなかった事に満足そうに頷き、周囲を探る。闇夜に紛れたこの場所では視覚があまり役に立たない。その代わりと言わんばかりに耳を澄まし、聞こえる喧騒で状況を把握。
グレイト・フェイク・ショーの内部に入ったといえるこの場所では、多くの音が遠く聞こえた。そして外周部、特に大扉があったところでは騒ぎが大きい。他のレジスタンスも大きくポッカリと開いた風穴に殺到し、またグレイト・フェイク・ショー内部にいる人員も、その大穴から敵が雪崩れ込まないように現場に急行せざるを得ない様子だった。
この時点でドフォーレが用意した防御ラインのうち、第一ラインと第二ラインは機能しなくなったといっていい。いや、それどころか、その移動音によってエレンたちに多大なヒントを与える結果となっていた。
彼女たちの耳に届く移動する人々は、ある一定の流れがあるように思えたのだ。終点は当然ながら大扉があった外周部だが、ある通路を通る人数が明らかに多い。そしてそれはつまりその通路こそ守らなければならない場所であり、超えた先こそドフォーレ商会が最も隠し通したいモノがある。
その判断に至った彼女たちは焦らない。移動する人が居なくなるまでじっと待ち、その上で出来るだけ要所である通路に触れずに、脇道やテントの中を通って先へと進んでいく。そしてやがて一つのテントの前に導かれるのだった。
赤く大きなテント。その周囲には篝火が焚かれており、忍んで近づく事は不可能だった。少なくとも、エレンやエクレアには無理な話だった。
よく見ればテントの裾は地面に埋め込こまれており、それだけでも他のテントと比べて警戒度が高いのは分かるが、それよりなにより分かりやすいのがテント唯一の出入り口に立っている三人の男女。
一人は少年。線の細い中性的な美少年であり、その手に短弓と小剣を持っている。
一人は美女。エレンが健康的と表現されるならば、この美女は妖艶といっていい様子を漂わせている。鈍く光るガンドレットを装着しているのが酷く不釣り合いである。
一人は身の丈2メートルになるかという大男。重鎧を着こみ、全身を覆っている彼の武器は大剣。幅が厚い刃を肩に担いでいる。
全員が全員、拭っても消せない血の臭いを漂わせていた。それはエレンたちもそうだが、彼女たちがモンスターの死を運ぶのに対し、彼らは明らかに人を殺し慣れている。尋常な者の物腰では全くなく、対人としてはトップクラスの脅威を誇るだろう。
「警告する」
重鎧を着こんだ大男が声を発する。
「俺たちの仕事はここの警護であり、お前たちの殲滅ではない。ここで退くならば追いはしない」
「信じるか。ばぁ~か」
「残念だけど、あたしたちもこのテントの中に用があるの。貴方たちも大人しく退くなら死ななくて済むわよ」
その言葉を切って捨てる。エクレアとしてはここまで来たのに逃がしてやるなどと信じるまでもなく、エレンも目的を忘れていない。
少なくとも、グレイト・フェイク・ショーを壊滅に追いやれるスキャンダルを見つけ、ドフォーレ商会に打撃を与えるまでは帰るつもりはない。ここまで大きく喧嘩を売って、戦果なしで終わる訳にはいかないのだ。
そんな不退転の彼女たちを見て、美少年が酷薄な笑みを浮かべる。
「期待はしてなかったけどさぁ、ざんねぇーんだよ。背中から切り付けて動けなくして、ジリジリといたぶってやるのが最高なのにぃ~」
「さいってい~。なんか、アンタだけとは気が合いそうにはないわね」
「同感だね、チビ」
「……私をチビって呼ぶな」
殺意が膨れ上がるエクレア。その呼び方は、深海で散った大海賊のみが呼んでいた呼び名。それをこんな低俗な小僧に汚されたのが気に喰わない。
「あれ、気に障ったのチビ? チビをチビって呼んで何が悪いのさ、チビ。どうした、何か言ってみろよ、チビチビチビチビ」
「……」
「落ち着きなさい、エクレア」
人が嫌がる事を喜んでやる捻くれた性格の美少年。それに殺意を際限なく高めるエクレアだが、挑発に乗って単身挑む無謀はしない。
そうでなくても一対一で互角と見ているのだ。二対三で戦って勝てるかどうかという戦いになるだろう。下手に動けば自分だけでなく、残されたエレンも危ないとなれば下手は打てない。
「あらぁ、思ったよりも冷静なのですねぇ~。おチビさんはてっきり挑発に乗ってくるかと思いましたのにぃ~」
妙に間延びした声を出す妖艶な美女だが、そこにチビという単語を混ぜ込む辺り、この女も相当に性格が悪い。
ただ、こちらは人をからかって楽しむのではなく、挑発の一つでもやって損はないという狡猾な知性が瞳に見え隠れする。性格は美少年の方が悪いが、妖艶な美女の方も全く油断ならない。
「ちょっと、人の獲物を取らないでよ、ババァ。あの子は僕が嬲り殺すって決めたんだから」
「う~ふ~ふ。次に言ったら、後で殺しますわよぉ~」
相変わらず間延びした声で洒落にならない事を言う妖艶な美女。
「好きに闘え。ただし、隙を見つけたら遠慮なく俺が英雄の首級を貰い受けるぞ」
出入り口を守る様に立つ大男は大きく動く気はなさそうだが、フォローはするつもりらしい。あの質量ある大剣で的確に戦場を掻き回せれたら分が悪くなる所の騒ぎではない。
数が足らない、単純にそれだけが優劣の差になっている現状。しかし彼女たちに揺らぎはない。これでもかつて味わった最悪よりかは悪くない。すなわち。
((フォルネウスに比べたらまだヌルい!!))
二つの剣を構えるエクレア。弓を向ける美少年。
斧を掲げるエレン。篭手を頬に当てて笑う妖艶な美女。
大剣を構える大男。
「ハハハハハハ!!」
そして、突如響く高笑い。警戒態勢は崩さずに、エレンとエクレアの目が点になる。敵対勢力の目が鋭くなる。
「天知る地知る、ロビン知る!
怪傑ロビンがいる限り、この世に悪は栄えない!!」
どこからともなく空から降り立つ、全身黒尽くめの上に黒いマスクで顔を隠した長身の男。闇に隠れて見えなかったが、多分テントの屋根から飛んだのだろう。それ以外に高いところは存在しないし。
「悪辣にモンスターを隷属させて、自分の手は汚さない。そんな外道はこのロビンが許さんっ!!」
「近くで見るとマジで変態だこの人っ!」
「うむ。人の外観にあまり鋭い指摘をしてはいけないよ、レディ?」
余裕たっぷりな口調でエクレアを嗜めるロビン。
それを隙と見たのか、敵方の一人がロビンに走りよる。妖艶な美女が、そのおっとりとした口調と動きを一瞬で脱ぎ捨てて接敵する。エレンはその動きを見て、やはり擬態だったかとの思いを深めた。戦う前はゆったりとしながら速攻を好むタイプがいると、詩人に教わっていなかったら危なかったかも知れない。そして同じく詩人に教わっているエクレアも間の抜けた油断はしない。
そしてロビンはというと、余裕の態度を崩さずに、妖艶な美女が拳で繰り出した強打をふわりと躱していた。
「ロビン、貴様は今日ここで叩き潰すっ!!」
「こちらのレディは随分と情熱的だ。いいだろう、今宵は私がお相手しよう」
悪鬼の如く顔を歪めた妖艶な美女は、彼女自身がロビンに個人的な恨みがあるのだと明確にその表情で語っていた。
ロビンとしてもいくらでも恨みの心当たりはあるので、妖艶な美女の憎悪に応じる。レイピアを取り出して応戦するロビンだが、差は歴然。まず間違いなくロビンが勝つであろう実力差。おそらく妖艶な美女以外の全員がそれを察しただろう。
「くそっ、この馬鹿女が。てめぇが感情的になってどうするんだ。
おい、小僧。ロビンが来て形勢が一気に悪くなった、とっとと片づけて援護に向かうぞ」
「知らないよ。僕の頭はこのチビを切り刻む事でいっぱいさ」
「こっちもかよ」
大男は呆れた声を出すが、それを無視して空弓を構える美少年。
そして瞬間に鈍い色をした矢が弓に番えられる。そしてそれを速射して、エクレアに向かわせた。
迫る矢をファルシオンで叩き落とすエクレア。パリィするというより、本当に無造作に払い除けたという風情だった。
そしてその手応えで矢が白虎術によって作られたものだと理解する。目の前の美少年も、術と技とを同時に修めたオールラウンダー。奇しくも、エクレアとどこか似ている戦闘スタイルだった。
美少年の短弓は有効射撃距離はおそらく5メートル程だろう。普通の弓よりも短い弓は力を蓄えるのに向かず、長い距離を制する事ができない。しかしその分、速射性と連射性は高い。術によって矢玉が尽きないというなら更に。槍も届かない中距離を制するのが美少年の得意戦法らしい。
それにギリギリと歯を食いしばるのは、誰であろうエクレア。術と技を両立させ、遠距離からでも攻撃を可能とする発想。
エクレアはシルバーフルーレにウインドダートを纏わせて、突きに合わせて射出するという
「ムカつくムカつくムカつくムカつくぅぅぅ~~~!!」
「そうかい? 僕はチビを切り刻める未来を想像して楽しいばかりさ!!」
中距離の応戦。しかし美少年は弓だけでなく小剣も携えているとなれば、接近戦も疑いようなく可能だろう。エクレアが彼を上回れるか、否か。決着までの時間と合わせて全く読めなくなったのがこの戦いである。
そして最後に残った戦場。大剣を構えた大男とエレンの対決。
「さて、仕事をするか」
大剣を軽々と片手で扱い、振り落とす大男。それを担いだ斧で受けるエレン。
ガキィィと鈍い音が闇夜に響いて消えていく。
結果は、エレンの力負け。地面にめり込むように少しだけ食い込んでいた。
しかしエレンのみならず、大男も驚きを持ってその結果を受け入れていた。エレンはともかく、勝った大男が何故驚くのか。それをポツリと口にする大男。
「そうか、お前も気を使うのか……」
流石はフォルネウスを倒した英雄、それなりに使える引き出しも多いらしいと驚いたのだ。
大男は練気を使って大剣を振り下ろし、エレンを一刀両断にしようとした。エレンも練気を使い、大男の大剣を弾き返そうとした。
その結果、練気は相殺して単純な力比べでもほぼ互角。上を取り、体格で勝る大男が僅かにエレンより上回ったという引き分けに近い終わり方をしたのだ。
「……ふ。練気の技を使う者同士、競い合うのも一興か」
「体に合わないわね、その気障ったらしい言い回し」
大剣を地面に突き立て、徒手空拳の構えを取る大男。斧を背中にしまい直し、打にも投にも動ける体勢を取るエレン。
両方とも、必勝の確信を持って練気拳への戦いへと移行した。
向かい合ったまま、静寂の時間が流れる。しかしそれは決して穏やかな時間という訳ではない。
今この瞬間、大男とエレンの間には相手を操り崩し、自分は崩れず優位を保つという駆け引きが行われていたのだから。目に見えない練気によって相手の動きを誘導し、あるいは自分を重く動かさず。どちらともなくジリジリと汗が流れ、ポタリと夜の地面に消えていく。ピクピクと、全身の肉体が細かく微動する。
それはあたかも綱引きに似た崩し合い。お互いに全力で引き合いつつ、僅かなやり取りで相手を崩す。そうなるだろうと予想がついたからこその、大男の勝ちの確信。練気の掛け合いならば、体格で勝る自身が有利なのは先刻承知。下手にリスクのある大剣と斧の斬り合いよりも、一度勝っている土俵に相手を引きずり出す冷静な戦略眼。
その眼を宿した瞳は、エレンによって大きく体勢を崩された事で見開かれる。
これがエレンの勝利の確信。練気の引き合いなど、詩人を相手にして何度もしているのだ。そして詩人以上の使い手は自分は未だ見た事がなく、大男の練気の技術も自分よりも下。経験で勝り、練気の質で勝るエレンは戦う前から勝ちを確信していた。
「バ――」
最後まで言葉を言わせる程、エレンは優しくない。驚愕を張り付けたその顔にある顎先を蹴りつけ、脳を揺らして意識を刈り取る。
大男はグルンと白目を剥くとその場にズズンという音を立てながら倒れ伏した。一瞬、その体を縛り付けようとしたエレンだが、やめた。手持ちのロープなど、この大男ならば持ち前の怪力で引き千切りそうな予感がしたのだ。
かといって放っておく訳にもいかず、斧を振るって大男の両手両足の筋を断つエレン。敵には一切容赦なく、その戦う者としての生命線を絶っていく。命を残すだけ自分はまだましだという考えもあった。
そしてさあエクレアを援護しようとその戦場を見た時が、正に戦いが終わる瞬間だった。
美少年の矢玉を掻い潜り、その懐に入り込んだエクレア。体を沈み込ます捻転をも利用して、ファルシオンを横に溜める。低身長のエクレアにとって、相手の下というのは死角を取れる絶好の角度であり、敵にとっては反撃しにくい攻撃に不慣れな位置。美少年も高身長とはいえず、その分下からの攻撃には不慣れだろう。
地面ギリギリまで沈み込むエクレアは必殺の位置を取り、美少年は焦った様子で小剣を剣の軌道上に差し込んで攻撃をパリィしようとする。
次の瞬間を思って、ニヤリと笑ったのは両方だった。
「クラック!」
美少年の足元から地割れが起こる。自分の領域と思っていた場所なのに、その更に下からの奇襲にエクレアの顔が驚きに染まった。
それでも、バランスを崩しつつも、一撃は加えられる。不完全とは知りつつも、剣を横に薙ぐエクレア。
「飛水断ちっ!」
その刃は空を切る。一瞬の隙を突き、美少年は大きく跳躍。テントからも離れた、僅かに篝火が届く遠間に着地した。
「何を…?」
「負け戦に付き合うのはゴメンでねぇ。じゃあ、またねぇ」
どうやら抜け目ない性格も兼ね揃えているようで、大男が倒れたのをしっかりと確認していたらしい。後の事は知ったこっちゃないと言わんばかりに闇夜に消える美少年。
それに地団駄踏んで悔しがるエクレア。
「くそぉ~! そのムカつく顔、一発殴らせろぉぉぉ!!」
「相手を退散させただけでも十分よ、お疲れエクレア」
なだめるように優しく声をかけるエレン。先程の戦いの容赦のなさとは雲泥の違いである。
「うむ、そちらも終わったか」
「あ、変態」
「そちらも終わったの?」
「どうやら興奮していたようでね、レディの肌に傷が残らないようにするのに苦労したのさ。
それと私の事は怪傑ロビンと呼んでくれたまえ」
「……アレを相手に加減する余裕があったのですか」
やや呆れた口調で言うエレン。野獣の如き俊敏さを持ち、金属製の篭手を使って破壊力を上げた妖艶な美女を無傷で制する自信は彼女にはない。上手く気絶させることができたとしても、大男と同じように無力化しなければ安心できない相手だ。
ロビンの腕は自分以上、あるいは詩人に匹敵するのか。そう思い、そもそも彼が味方とは限らなかった事を思いだす。
「おっと、警戒しないでくれたまえ。私はドフォーレ商会の悪に立ち向かう人々の味方だ。つまり、君の敵ではないよ」
「……まあ、シーホークでもそう言われてましたし、信じるわ」
フルブライトの味方ではないかも知れないが、敵の敵というだけでひとまずは十分。残りの仕事はこのテントの中を検めるだけであり、それでエレンたちはヤーマスを去るのだ。
争う余地も極小だろう。
「では、行こうか」
やや固くなったロビンの声を合図に、テントの出入り口を隔てていた布を取り除く。
その先にあったのは、地獄絵図。
ムシャムシャと明らかに人の肉であろうものを食べている、檻に入ったナッツたち。体中を縛られて、涙を流しながら自分に寄生していく胞子の感覚を味わされるキノコ人間になりかけの元人間。水槽に入ったゼリーたちの体からは人の骨がのぞいている。
モンスターを使役する為に、人間を消費する非人道的な生産工場。それがグレイト・フェイク・ショーの正体であり、ドフォーレ商会のやり方。これが人間の領域でやられているというのだからたまったものではないだろう。
思わず顔を歪め、自分の顔を覆い隠すエクレア。しかしモンスターの巣窟ともなれば目を逸らす訳にもいかず、その地獄絵図を直視せざるを得ない。
怒りを通り越して無表情になったエレンは冷静にテントの中を見渡していき、まだ助けられる命があるかを確認していく。
ロビンはおおよそ予想出来ていたとしても、助けられなかった人々を目の当たりにして拳をキツく握りしめていた。
「……なんで、こんな事をするのかな?」
ポツリと呟くエクレアに、平坦な声で答えるロビン。
「ドフォーレ商会が手を汚した証拠を隠す為さ。人間なら捕えられて口を割る事はあっても、モンスターなら討伐するしかない。少なくとも情報を聞き出そうという発想は出てこない。
そこに付け込み、襲いたい相手にモンスターをけしかける。死ぬまで何度も、何度でも」
「それ、だけの為に」
「ああ。たったそれだけの虚栄心の為に、モンスターが飼われて人間がその餌になる」
理解まではできなくもない。だが、実行するには人の心があってはできないだろう。そんな発想をする邪悪な心を持つ人間こそが敵。
その容赦のなさに、思わず身震いをするエクレア。
ロビンは比較的ダメージが少なさそうなエレンを目の端で捉えて意外そうに声をかける。
「君はあまり動揺しないのだね」
「……グレート・フェイク・ショーを見た時から、この光景は予想していたわ。それに前もって教えられていたもの、人はどこまででも残酷になれるっていう、その一例を」
エレンには今更ながらに詩人の気遣いが身に染みる。
四魔貴族と戦うとは、こういった光景を乗り越えていく事だと、彼は最初から知っていたに違いない。その上で順序立てて、無理のない範囲で鍛えてくれていた事にようやく気がつく。
ならば先達の役目は自分も負わなければならない。真っ先にはエクレアに対するフォローも必要であるし、また他にも救える命があれば救ってみせる。
その執念のもと、薄暗いテントの中を血眼で睨めつけてエレンは一つの消えかけている命を見つけ出した。
「――いた!!」
「へ、何が?」
「助かるかもしれない、命!!」
「手遅れになっていない人がいたのかっ!?」
驚愕の声をあげるのはロビン。ここに連れてこられた時点でモンスターのエサになるのは確定事項。万が一に抜け出されるリスクを考えると、
その中で見つけた命の灯。それは残念ながら人間ではなかった。
「カゴに入れらているね。それに小さくて、羽が生えた……ヒト?」
「いや、この子はおそらくジャングルに住むという妖精族ではないだろうか? 確かにモンスター並に見られてはまずいというのは分かる」
「これは、毒? 痺れ薬? どっちにしても体力も無いわね。
――神秘の水」
エレンの玄武術にてようせいを蝕むモノが解毒されていく。それでようやく薄っすらと瞳を開けられるようせい。やはり基本的な体力がもう無いのだ。
「気休めだけど――生命の水。
大丈夫、あたしたちは敵じゃないわ。あなたをここから出してあげる」
「ぁ…が、と」
それだけ言って、ようせいはまた気を失ってしまう。
エレンは手荒くカゴの鍵を壊すと、優しくようせいをそこから取り出す。
そしてざっと他を見渡すが、やはりもう手遅れになった人間しかいない。悲し気に首を振ってエレンは出入り口に向かう。その後に続くエクレアと、一応警戒して最後尾につくロビン。
その心配は幸いな事に無駄に終わり、無事に魔窟と呼べるテントから脱出する事に成功する一同。冷えた夜の空気がどこか心地いい。
「君たちはどうする?」
グレート・フェイク・ショーはヤーマスの郊外にある。つまり、ここからヤーマスを脱出するのは簡単だという事だ。
ロビンはヤーマスから離れる方に先導している事からして、直後の行動を聞いているのではない。これからドフォーレ商会に対してどう当たるのかという質問だ。
「ドフォーレ商会は許せません。けれど、あたしには目的があります。ドフォーレ商会にかかり切りにもなれない身です。
フルブライト商会に協力して、要請があれば敵対する形になるかと思います」
優しくようせいを抱き上げながら、エレンが答える。口も動きもよどみない。
「うむ。ドフォーレ商会と戦うならば、また会う機会もあるだろう。
君たちは信じるに値する相手と見た。何かの折には頼りにさせて貰おう」
「こっちはあなたを信じていませんけどね」
ちょっと鋭い軽口でロビンの口元に苦笑が浮かぶ。その口調から本当に信じていないかどうかは丸分かりだ。
やがてグレート・フェイク・ショーの端に辿りつき、ロビンは優しく抱えられているようせいを愛おし気に見た後、ふっとニヒルに笑う。
「では、また会う日までさらばだっ!」
素早い動きで建物をよじ登り、闇夜に消えていくロビン。漆黒の衣装を着ているせいか、その姿は瞬く間に見えなくなってしまう。
「今日は助かったわ。ありがとう!」
「また美味しいミルクちょうだいね~!」
どこかでブフゥと吹き出す音が聞こえる。
「エクレア、あんたミルクなんて貰ったの?」
「へ? エレンさん、見てたじゃん?」
「ん?」
「へ?」
「「んんん~?」」
意志疎通は為されなかったらしく。幸いながら、数奇な運命を持って怪傑ロビンの正体は少女の心の中にしまわれて、隠されるのであった。
次話はしっかりと設定を固めないと後で泣きを見るかも知れないので、ちょっとじっくり腰を据えて創作させて下さい。
出来る限り来週中には投稿したいとは思っております。