ある程度方向が決まったら、悩むより書いた方がいいですね。
フルブライト23世の朝は紅茶から始まる。
夜遅くまで仕事をしていた身でありながら、朝は日が昇る前に目を覚ます。
そして彼は大きく伸びをして体をほぐすと、ベッドサイドにあるベルを二度チリンチリンと鳴らす。それを合図に彼の寝室の外に居るメイドが朝のお茶を淹れる為に動き出すのだ。
紅茶を淹れる少しの間に、フルブライトは寝間着を脱いで部屋の隅に備え付けられた洗濯籠の中にそれをいれて、朝の部屋着に着替える。そして運ばれてくる紅茶を飲みながら朝の郵便を読んでいる間に、朝食が支度されるのだ。その朝食を摂った後に流行最先端でありながら実務的な服に着替え、フルブライト商会会頭としての執務へと向かうのがウィルミントンに居る時の彼の通例だった。
今日も例に違わず、部屋着に着替えた彼の部屋がノックされて紅茶と郵便が運ばれる。優雅にお茶が入ったカップを傾け、最初の郵便を手に取るフルブライト。それはヤーマスからの手紙、そこにあるフルブライトの拠点であるシーホークからの手紙。
フルブライトが送った探る為の小石、エレンとエクレアが起こした事の顛末だろうと予想した彼は、いつもその場に用意してあるペーパーナイフで封を切り、中を検める。
「…………………………は?」
結果、こぼれた声は優雅とは程遠い呆けた声。中に書かれた内容を要約すれば重要な事は一つ。
ドフォーレ商会に喧嘩を売った。
これに尽きる。モンスターの養殖だの、人を糧にしただの。フルブライト商会としては許容できない事ではあるのだが、一番の問題はそこだ。西部にある、世界三大商会に含まれるであろうフルブライト商会とドフォーレ商会の対立、それが明確になってしまった。
今までフルブライト23世はこの事態を全力で回避してきたと言っていい。フルブライト商会を裏切ったドフォーレ商会、それは憎んでも憎み切れない商敵だ。だがしかし彼がフルブライト商会の実権を握った時にはドフォーレは強くなり過ぎていた、フルブライト商会が真っ向から対立しては世界が揺れてしまう程に。
故に彼は苦渋を甘んじた。ドフォーレ商会の跋扈と暗躍を許し、モンスターを使って他の商会を恫喝する事を許し、ベント家に頭を下げて裏工作を仕掛ける。これらは全て無辜の人々を思っての事だった。下手に騒ぎ立てれば争いは表面化し、被害は何倍も何十倍をもに広がる事が読めてしまったからである。ドフォーレ商会を潰すには秘密裏に事を運ぶ必要があったのだ。
それが一瞬で覆された。
だがこの件に、このタイミングでエレンやエクレアが関わっていないと考える程に、またそれをドフォーレ商会が感じ取っていない事に気が付かない程に、フルブライト23世は愚鈍ではない。
状況の推移は明らかだ。エレンたちがドフォーレ商会の悪意を見抜き、それを暴いた。表に立つ事を嫌う彼女たちは、その結果をレジスタンスに託した。この際にロビン
ここでエレンやエクレアが関わっていなかったらまだ話は違ったかも知れないが、そんな現実逃避的観測は持たない方がいいだろう。ドフォーレは確実に彼女たちを敵対視し、それを庇護に置いていると公言しているフルブライト商会をも潰そうと動く。
ここから先は簡単だ。
ドフォーレ商会は己が町であるヤーマスが、よりにもよってフォルネウスを倒した英雄であるエレンやエクレアによって害されたと世界中に声高く叫ぶだろう。いや、手紙が届く日数を考えればもう既にそう動いていてもおかしくはない。そしてその叫びをもって自分の不祥事を隠し通すのだ。
その対象となるのは決まっている、フルブライト商会に他ならない。彼女たちを囲っているのは事実であるし、聖王縁のフルブライト商会が他の商会を武力的に犯したとなれば、その不祥事は世界的なスキャンダルだ。ドフォーレ商会は、勝者になった後に不祥事の証拠を掴んだ者とその背後を潰せれば憂いはなくなる。力で押し通すのはドフォーレ商会の得意技、この可能性は極めて高い。
フルブライト商会としてはエレンとエクレアを売って場を凌ぐ手もなくはないが、こんな礼も恩も知らない手合いに下手に出るのは明らかな愚策。相手は調子に乗って自らの悪行など反省せずに無理な要求を押し通すのは目に見えている。最後にはドフォーレ商会にすり潰されるフルブライト商会という未来しか見えない。
結局、戦うしかないのだ。
幸い、直前にフォルネウスを倒したという実績が手元にある。これを天を焦がさんと燃やし、他を煽る。そうなればおそらく勝ち目は五分以上、戦いの火蓋が切られた以上はやるしかない。
「静かな朝食も今日までか…」
ほんの僅かな時間で余裕を取り戻したのは流石と言えるだろう。実際、ここまでの事をシノンの田舎娘やラザイエフの放蕩娘がやらかすなどとは想像していなかった。その点は確かにヤーマスへ彼女たちを送り込んだフルブライト23世のミスという他ない。穏便を保ちたかった彼は自分の不明を恥じる他ないだろう。
不本意ながら、無辜の民を巻き込んで、世界を二つに割るだろう覇権争いが行われる。舞台は西部だが、ドフォーレとフルブライトの総力戦だ。世界中が揺れに揺れるだろう。
予兆を感じ、未来を確信しつつ。フルブライト23世はドフォーレの悪行を掴んだ旨を記した手紙を世界中に飛ばす、正義を通す為に己に力を貸せと。当然ながらそれはドフォーレ商会も同じ事をしていた。
世界の中で影響力が大とされるものは、二つの大勢力の檄文を読んでそれぞれの立ち位置を明確にするのだった。
バンガード。
「むう……」
キャプテンは二つの手紙に目を通し、深く悩む。ウィルミントンとヤーマスを陸地で繋ぐ唯一の場所であるバンガードは、戦略上極めて重要だ。それぞれがそれぞれの大きなアメとムチを持って懐柔しようとする。実際、ここを制すれば陸を制するといっても過言ではない。
しかしながら、いくら悩もうとも答えは決まっているのだ。フォルネウスによってバンガード軍が半壊させられたため、バンガードの守りの半分はフルブライト商会が担っている。ここでドフォーレ商会に組しても内部崩壊するのがオチである。バンガードはそれで終わりだが、フルブライト商会には他の拠点もある為に敵対したバンガードを守る選択肢はないだろう。
「選択権はない、か。しかしある程度は吹っ掛けさせて貰おうかのう」
言いながらキャプテンは筆を取る。フルブライト商会に加勢する見返りはキッチリと取っておかなければならない。
ピドナ。
「ふふ。西部で諍いが起きたか」
この都市の支配者はルートヴィッヒ。かつてリブロフにいた男であり、クレメンスに敗れながらも彼が暗殺された為に、今はピドナの実権を握る事に成功した男。
彼の元にフルブライト商会は助力の手紙を送っていない。クレメンスが筆頭となっていたクラウディウスグループはフルブライト商会と同盟を組んでおり、その繋がりをズタズタにしたルードヴィッヒにフルブライト商会は敵意すらもってこれまで相手をしてきた。そんな折に困ったから助けてくれと言ってもロクに相手にされないのは分かり切っていたからだ。フルブライト商会としては思いっきり足元を見られればまだいい方であり、下手をすればこれ幸いとスパイを送られかねない。
「ここでフルブライト商会が潰れてくれた方が私としては助かる。一つ、ドフォーレ商会に恩を売るとするか」
自分は天に愛されている、そう確信しているルードヴィッヒは自身の勝ちを疑わずにドフォーレ商会への助力を決定する。今までどんな苦境に立たされても、まるで聖王に導かれるかのようにそれをすり抜けて来た。
おそらく、決定的に落ち目になるまで、彼はそのあてにならない運を信じ続けるだろう。その時が来るのかどうかは分らないが。
神王の塔。
「くだらん」
神王教団の最高指導者であるティベリウスは、読んだ瞬間に二つの手紙を打ち捨てた。
「我々は来るべき神王さまに全てを捧げるべきだ。遥か西で起こる人間のいざこざに構っていられるものか」
そう吐き捨てるティベリウス。どちらかに神王さまが加担しているのならば話は別だが、そうでもないのに構う義理はない。
現状、神王教団はそれなりに悪くない勢力を誇っている。金もあれば人もある。ラザイエフ商会などとも繋がりはあるし、ピドナを始めとした各国に支部もある。これ以上欲をかくべきではない。
「神王教団は不干渉、その旨の手紙を書かねばならんな」
必要でも俗世の些事に関わらなければならないという面倒事に、ティベリウスはやれやれとため息を吐くのだった。
とある闇深い場所。
「マクシムス様」
「分かっている」
表の情報網でもドフォーレ商会とフルブライト商会が争う事は掴んでいるが、その男にとって更に重要な事は他にあった。すなわち、ドフォーレ商会はモンスターを使役し、フルブライト商会はそれを許さずに立ち上がったという部分である。
モンスターを使役するという点において、彼に忌避感はない。それも当然、マクシムスという男もそれを率先してやっているからだ。
だからこそ、それを許すまじと立ち上がったフルブライト商会は邪魔の一言に尽きる。できるならばこの戦いで敗れて散って欲しいものだ。しかし最高指導者であるティベリウスから、神王教団は不干渉との命令を受けてしまった。これでは手が出せない。普通なら、だが。
「やれ」
「では、手筈通りに……」
マクシムスは側近の男に一言で命じ、彼はそれを受けて躊躇なく動く。
要するに神王教団が関わっていなければいいのだ。例えばウィルミントンの辺りでモンスターが大量発生しても、それは神王教団はなんら関係ないと見なされるだろう。精々がドフォーレ商会の工作かと思うくらいだ。
影に隠れながらマクシムスはフルブライト商会を削る為の工作を仕掛けていった。
ロアーヌ。
その執務室でミカエルは手紙を前に腕を組んで悩んでいた。
「影よ」
「はっ!」
部屋の隅、光が当たらないその場所から声が返ってくる。
「フルブライトとドフォーレが諍いを起こした。我々は様子を見るぞ」
「承知しました」
「ただし、第二軍まではすぐにでも動かせるようにしておけ。泥仕合になった時や、止めの一撃を必要とした際に速やかに西部に行けるようにな。
それまでは我がロアーヌは
一軍単位はおおよそ実働兵力として500程度であり、つまりロアーヌは1000単位の兵を自在に動かせるようにしているという事である。
彼の国にある攻撃兵力が2500程度である事を考えれば、これは相当大きな数ともとれるし、まだ出し惜しみしているともとれる。言うなれば中途半端なのだが、この兵力で決着が着かないくらい博打が大きいうちは手を出さないと彼は言っているのだ。
ミカエルの目から見て、両者の間に明らかな優劣はついていない。ならば下手をうって負け戦に組するよりも、趨勢が決定してから後乗りすべきだという判断である。
「言うまでもないが、これは速度が全てだ。情報伝達から軍の移動まで、一部の隙も見せてはいかんぞ」
返ってくる言葉はない。既に影は主君を命を受けて動き出しているのだから。
ツヴァイク。
「くそっ!」
意味がないとは分かりつつ、悪態が口から出てしまうのはツヴァイク公。キドラントに怪物が出現した辺りからどこまでも上手くいかない。
本来ならばそれを解決するべきはツヴァイクであったのに、キドラントの町長が怪物を利用して私腹を肥やしたせいで、ツヴァイクまで怪物の情報が回らなかった。結果、その事件を解決したのが怪物の生贄にされかけたモニカ姫とトーマスカンパニーの使者だというからたまらない。その情報はフルブライト商会まで回り、いいようにツヴァイクの西部を荒らされてしまった。
その上でフルブライト商会、ロアーヌ、トーマスカンパニーそれぞれに貸し一つを作る羽目になり、いつ取り立てられるのか何を取り立てられるのかも分からない状況。これらを覆す為、更なる軍備増強の為に税を課したのがまた裏目。民は反発し、内乱が起きるという結果に繋がってしまった。軍はその鎮圧に向かっているが、民とは富を生み出す種籾である。やたらと殺すわけにもいかず、手加減した分だけ軍が疲弊するという望んだ結果とは真逆の方向に着地してしまった。
従順な態度を示しているロアーヌや、まだ小さい会社であるトーマスカンパニーはともかく、フルブライト商会に睨みを利かせられるくらいには軍事力を上げたいにも関わらず、ツヴァイクという国は足元が更に不安定になっていくという現状。ツヴァイク公には焦りばかりが募っていく。
「その上でフルブライトとドフォーレが戦争するだと?」
ツヴァイクは内部で完結している国である。農業や工業が発達し、鉄鉱山もあるし芸術に明るい者も少なくない。それらの自給率は100%を超え、外部への輸出で貿易黒字を出す程だ。
普段ならばこの戦争は大歓迎だった。足りなくなる物資や人を高値で売り、荒稼ぎする好機。しかし今は内乱でむしろ自国内でさえ手が足りていない。ここでツヴァイクが余裕があるだろうと、必要なものを買い求めてくれば売る物がないツヴァイクに失望するだろう。
また、最後の手段と思っていた必要なモノの輸入も、他で戦争が起きてしまえば値が釣り上がるのは必至。今後しばらくはこの手も封じられた形だ。
「とにかく、今は静かにするしかあるまい…。
戦争が起きているのに指を咥えて見ているだけというのは業腹だが、今は忍耐の――」
「閣下!」
ブツブツと独り言を言っていたツヴァイク公だが、重鎮が慌てた様子で飛び込んできたのを契機に思考を切り替える。
「どうしたっ!」
ここ最近、ロクが事が起こっていない為にまた悪い知らせかと身構えたツヴァイク公。残念ながら、その予想は当たりだった。
「トーマスカンパニーから、約束の履行を求める便りが届きましたっ!」
トーマスカンパニー。
「えっ!? トム、あの空手形をもう使っちゃうの?」
思わずといった様子で口に出すサラに、トーマスは神妙に頷く。
「うん。うちはツヴァイクの最西部、キドラント周辺の販路を手に入れただろ?
だが、これがどうにも旨味がない。昔に稼げていたのは確かなようだが、今のツヴァイクはあちこちで内乱が起きていて、貿易に乗り出す余裕がないんだ。儲けはほとんど出ていない」
それだけならばツヴァイクが持ち直すのを待って、それから美味しいところをごっそり持っていくべきだろう。その位はサラにも当然考えついているものであり、彼女よりも頭の回転が速いトーマスが気が付いていないとは思えない。
それでもこの決断を下すという事は相応の理由があるのだろう。サラはトーマスの次の言葉を待つ。
「結果、手に入れたのはその周辺の情報網が主なものだったが、そこを調査した所でどうにもキナ臭い噂が数ヶ月前から撒かれていた。ツヴァイクが自分の村を食い潰し、私腹を肥やすとかいう噂だ。
人々は笑い飛ばしていたらしいが、噂は中々消えない。そこでキドラントの事件が起きて、町は取り潰し。更に重税が課された事により、人々の不安は一気に燃え上がり、内乱まで至った」
「……作為を感じたって事?」
「そうだ。何者かは分からないが、明らかにツヴァイクを潰すように動いている。内部の反乱分子か、よっぽど諜報活動に優れた外の勢力か……。
そこは分からないが、僕はツヴァイクを見限る事にした。これ以上ツヴァイクは成長の余地はないと判断し、今ある分を搾り取る。おそらく、時間が経つにつれてツヴァイクから得られるものは減っていく」
この決断力も、組織のトップに立つ者として重要な才能だった。もしかしたらツヴァイクが勢いを盛り返すかも知れないという期待を、スッパリ捨てる判断は中々できることではない。ツヴァイクでの販路を持っているのだから、それさえも大きな収入はないと諦めた形だ。
トーマスの判断が吉と出るのか凶と出るのかはまだ分からないが、方針は固まった。ならばどう動くかを確認するのは大事だろう。
「それで、空手形をどう使うの」
「ツヴァイクに兵を出させる。もちろん、それを補給する物資も一緒にだ。それでキドラントから西へ進み、ヤーマスに迫る。
勝てば手柄は僕らのものだし、負けた時はツヴァイクに全部押し付ければいいさ」
「ツヴァイクが兵を出し惜しむ可能性は?」
「内乱もあるし、多少は惜しむだろう。だがまだツヴァイクは外聞を気にしている段階だ。外へ自軍を出すのに余りに貧相じゃあ笑いものになる。それなり以上の兵力にはなるだろう」
リブロフ。
ここを支配するラザイエフ商会はフルブライト商会と同盟を組んでおり、フルブライトに協力するのは確定事項だ。
「フルブライトは儂等の習性を理解しておる、無茶は言わん。
我が私兵はフルブライト商会が現在保有している都市や村、商隊の護衛に入る。その分のフルブライト商会の兵力が戦争に向かうじゃろう。
また、物資の補給も怠るな。高く売れる絶好の機会じゃ、できるだけ釣り上げるっ!」
たくさんの人が行き交う大部屋の中で、大きな声で矢継ぎ早に指示を飛ばすのはラザイエフ商会会頭のアレクセイ。また、その補佐をする形で彼の婿養子であるニコライも忙しく動き、指示を出していく。
その慌ただしさも一段落し、疲れたため息を吐きながら書類を纏めたアレクセイは静かにその大部屋を出る。それに気がついたのはニコライただ一人。彼はアレクセイの行動を理解しており、それをフォローするようにアレクセイの代わりに次々と指示を出す。
一方、大部屋から逃れたアレクセイは書類を持ったまま、一つの部屋に着く。そこは彼の息子であり、ラザイエフ商会の幹部でもあるボリスの部屋。ノックをして部屋に入ったアレクセイを出迎えたのは、旅支度を整えたボリス。
「待たせたな、ボリス」
「待ったぜ、親父」
ニヤリと笑うボリスはアレクセイの手にあった書類を気軽に受け取る。
最重要機密であるそれを気安く手にするボリスは、頼もしいやら不安やら。思わず苦笑を浮かべてしまうアレクセイ。
「まとめるのは船の中でやるさ、今は時間が惜しいだろ?」
「ああ。ドフォーレ商会へ行き、うちがどの都市や商隊に精鋭を送るのか。また、どこに隙が多いのか。この情報を早く伝えないと被害が大きくなるし、信頼も薄れる」
ラザイエフ商会がやっているのは、自社の情報のリークである。精鋭を送る場所を提示する事によって、そこを攻めれば痛い目に遭うという事を教えるのだ。もちろんこれは善意からではなく、己の損害を気にしての警告と忠告を合わせたようなものだ。
そしてその結果炙り出される、フルブライト商会の補給線の隙。ドフォーレ商会レベルならばそれが分かるのは当然である。そこを攻めさせ、補給が少なくなるフルブライト商会に物資を高く売りつける算段。もちろんこれがバレてはフルブライト商会との関係が悪くなってしまうので、最も信頼できる幹部の一人であるボリスが直接ヤーマスまで行き、書類などの証拠は残さずに全て口頭で伝える。
ここが腕の見せ所で、時間をかければドフォーレ商会が集められる情報を言うのがミソだ。情報の鮮度は後になればなる程に分かり難くなり、結果的に異様な速度で情報を手に入れたとしても、実際にどの段階でそれを入手したのかは判別がつきにくい。もちろんあからさまにやればそれはそれでフルブライト商会に情報をリークした事がバレる為、その匙加減はとてつもなく難しいと言えるだろう。
だがしかし、これを上手くやればラザイエフ商会はフルブライト商会にもドフォーレ商会にもいい顔ができる上に自分の被害は軽減できる。やる価値は十分にある。
間もなく、リブロフからヤーマスへ出港する船が出る。それに乗ったボリスはその双肩にラザイエフ商会の命運を背負い、ドフォーレ商会へ交渉に出向くのだった。
世界各地にある商会や小国も、どちらに付くのかの決断が迫られる。
「……うちはドフォーレ商会に首根っこを掴まれている。選択の余地はあるまい」
「落ち目のフルブライト商会よりかは、やはりドフォーレ商会か」
「正道をいくフルブライト商会に手を貸すのが筋だろうな。実際、ドフォーレ商会が勝ってもこちらに恩を感じるとは思わん」
「様子を見よう。まだ決断には早い」
「金払いはドフォーレ商会の方がいい。売れるものはそっちに売ってしまえ」
「売るのは渋るぞ。後々、物資が不足した時に高く売りつければいい」
「おそらく、フルブライト商会の方がやや分が悪いな。勝った時の恩もデカい。うちはフルブライト商会につくぞ!」
そして世界が大きく蠕動する中、そのきっかけを作ったエレンとエクレアは。
「ん~。いい匂い!!」
「ヤーマスで新鮮な牛乳を仕入れられたからね。悪くならないうちにクリームシチューにしようかなって思って」
「おいしそ~!!」
――ヤーマスとランスの間にある道で寛いでいた。いちおう、グレート・フェイク・ショーで助け出したようせいの体力回復という名目だが、綺麗な川が流れる穏やかな場所でもう四日もまったりしている。とても世界全てを巻き込む大騒動を起こしたとは思えない呑気さだった。
もちろん遊ぶばかりではなく、ちゃんと日課である鍛錬は欠かさない。体力を取り戻したようせいも、その小さな体から想像もできない力を持っており、エクレアが貸したロングスピアを軽々と振るってみせていた。その身長よりも長い槍を操るのは高い技量が必要なのは言うまでもなく、それを察したエクレアは長い木の棒を槍に見立ててようせいと槍の稽古をしていた。
まあ、やる事をやっているとはいえ、世界を揺るがした張本人たちとして見れば緊張感が足りなすぎると言われても仕方が無いだろう。
そんなツッコミを入れる人間もここにはおらず。鼻歌を歌いながらクリームシチューを作っていたエレンと、涎を垂らさんばかりにそれを見るエクレアとようせい。
やがて完成したその料理をそれぞれの器によそい、食事を始める。
「やっぱりおいし~!」
「はふ、はふ。あったまる~!」
満面の笑みで食べるエクレアとようせいに、作ったエレンもニコニコ顔だ。自分で作った料理を口に運び、悪くない味だと心の中で自分を褒める。
やがて食事が終わり、食器や料理器具の後片づけも終わらせる。夕暮れも近づいてくるこの時間、たき火を絶やさないようにしながらそれを囲み、暖を取る。ランスに程近いこの場所では気温が低く、油断をしたら風邪をひいてしまう。
「それで」
エレンはちらりとようせいを見ながら口を開く。体力が戻るまで待っていたが、もう十分だと判断したのだった。
「ようせいは帰る場所はあるの? 後は目的とか」
「ええ。ジャングルに仲間がいるんだけど――目的があってそこから出て来たの。目的を達成するまでは帰れないわ」
「目的って?」
気安く聞くエクレアに、表情を固くするようせい。
「最近なんだけど、アウナスの配下が私たちの村を探して襲ってるの。実際、いくつかの村がやられたわ。
そこに住んでいたようせい族は他の村に移住したから人的被害はまだ出ていないけど、それもいつまでもつか分からないの。
ようせい族だけじゃ手に余るから、アウナスを倒せる人を探すためにジャングルを出たんだけど――」
そこで性質の悪い人間に捕まり、グレート・フェイク・ショー送りになってしまったのだろう。
けれどもエレンとエクレアが気になったのはそこではない。
「アウナスが暴れてるのっ!?」
「……しまった。ゆっくりしている場合じゃなかったわね」
声を荒げる二人にきょとんとした顔をするようせい。
「え…と。二人は、もしかして……?」
「うん。四魔貴族を倒す為に旅をしているわ。丁度、次の目標はアウナスだったのよ」
「アウナスの炎熱に対抗するために、氷の剣を探しているの。ランスに情報があるらしいよ!」
エレンとエクレアの言葉に、ぱっと顔を輝かせるようせい。
「凄い巡り合わせねっ! まさか私を助けてくれた人たちがアウナスと戦うつもりの人だったなんて」
実際は四魔貴族を倒すくらいハチャメチャな人材でないとドフォーレ商会を敵に回す可能性は低く、そういった意味でようせいを助けた人物がそうである可能性は低くなかっただろう。もちろん、怪傑ロビンといったレジスタンスもいるので可能性が高い訳でもなかったのだろうが。
それはともかく、アウナスを倒すという方向で一致した三人は更に話を続ける。
「じゃあようせいはアウナスを倒すまでは一緒に旅をするって事でいいのね?」
「もちろんよ。迷いのジャングルの中にある火術要塞まで案内するし、アウナスを倒したらちゃんと外まで送ってあげるわ」
「あたしとしてもこの巡り合わせには感謝ね。火術要塞をどうやって見つけていいのか分からなかったもの」
また一つ大きな難題が片付いたエレンは、少し気が抜けた表情をする。
これで氷銀河にあるという氷の剣を見つける事に集中できる。それを手に入れたら、次なる四魔貴族の元へと駒を進める事ができるのだ。
「ねえねえ、ところでようせいの村を襲っているアウナスの手下ってどんな奴?」
「アビスに魅入られた、人間の男よ。朱鳥の術を使うのはともかく、魔王の盾を操っているせいで歯が立たないの」
どこか心当たりのある特徴に、一瞬エレンたちの思考がフリーズする。
そして続けて落とされる爆弾。
「名前はボルカノとか言ったかしら?」
「「ボルカノっ!?」」
モウゼスにて詩人に殺された筈の男。
それが魔王の盾を操ってジャングルで暴れているとは、いったいどういう事なのか。
呆然とするしかない二人と、それを首を傾げて見るようせいといった光景が、しばらくその場に残るのであった。
この話にて商人の闇は終了です。
次話よりランス・氷銀河へと舞台が移ります。
そこでいったい何が待ち受けているのか。どうかお楽しみ下さい。