詩人の詩   作:117

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063話

 

 

 

 オーロラの道ができると聞いた山の頂上まではランスから一日しかかからない。

 しかしそれが簡単な道のりとも限らない。普段、何もない雪山など当然人の手が入っている訳ではなく、必然モンスターの巣窟になっているのだ。

 熱を操る小型のドラゴンであるブレイザー。悪魔族の中でも大きな体を持つ残虐な羅刹。弓を操り遠距離から射抜く技術をもったドビー。そんな難敵が先を目指す一行に襲い掛かる。

 本来ならば、モンスター達は普段ありつけない人肉のご馳走に歓喜する事だっただろう。不運だったのは、ここに訪れた者たちが尋常な人間に非ざる力を持っていた事だろうか。

「ギュウゥゥゥー!」

「きゃははは。まてまてまて~」

 空中にて追いかけ回すのはようせい、追われるのはブレイザー。今までになかったこの事態に、ブレイザーは激しく混乱していた。彼にとって空とは不可侵なもの。矢や術に狙われる事もなくはなかったが、雪で身軽に動けずにその場で攻撃を仕掛けてくる人間の攻撃など当たってやる義理もなく、上空から一方的に火炎を吹きかけて焼けた肉を喰らうのが今までの狩りだった。

 だったのだが、今日は何故か羽の生えた小型の人間が空を飛び、あまつさえその身長よりも長い槍を軽々と振り回してくるのだ。牙や爪もあるブレイザーだが、いくらなんでもリーチが違い過ぎる。結果、生まれてからずっと狩る側にいたはずのそのモンスターは、初めて一方的に狩られる側となって必死に空を逃げ回っていた。

「とうっ! エイミング!」

 狙いすまされた一撃がブレイザーの翼をかする。まただ、とブレイザーは忸怩たる感情をその胸に募らせる。当たらないのではない、コイツは当てていないだけなのだ。やろうと思えば即座に突き殺して命を絶てるにも関わらず、自分の命で遊んでいる。楽しんでいる。弄んでいる。

 その増長した慢心が付け入る隙だと思い知らせてやる為に、口から炎のブレスを吐き出すブレイザー。しかしそれは敵の眼前にて回転させた槍にて吹き飛ばされ、僅かな熱風がようせいの体をなでるだけだった。

「かっざぐるまー」

 楽しそうに言うその小さい敵に、ブレイザーは絶望しか感じない。こちらの攻撃は一切通じず、相手はいつでも殺せる現状。これでどのような希望を持てばいいのか。せめて逃げられればいいのだが、散々嬲られた翼は傷だらけで素早い逃走はできそうもない。

 哀れな鳴き声をあげながら必死に槍をかわすブレイザーと、笑顔でそれを追いたてるようせい。

 そしてそれを地上から見ていたエレンは嘆息する。

「趣味悪いわね、あの子…」

 空を飛べるからとブレイザーを相手取ったようせいだが、倒せる時に倒さないで楽しむというのは見ていてあまり気分のいいものじゃないと、難しい顔で考えるエレン。まあ、過程はどうあれ、長い時間をかけられない事はようせいも理解しているだろうし、もうすぐ仕留めるだろうとは思う。モンスターは人間の敵であり、いくら哀れみを誘う姿になったとはいえ見逃す選択肢はない。羅刹だったモノの近くで、思いに耽る。

 彼女の相手は首が断ち切られている羅刹だったモノ。その体はいくつかの打撲の跡が残っているとはいえ、最も大きく目立つ傷はそれだった。

 エレンと羅刹の戦いもまた一方的だった。ただようせいとは違い、エレンには一切の遊びがない。

 敵対した瞬間に敵を仕留める思考に入ったエレンはまずは格闘戦にて羅刹に挑んだ。体格に劣る人間に近接戦を挑まれた羅刹は一瞬だけ虚を衝かれたが、しかしそれでも迎撃に迷いはなかった。問題だったのは、エレンが練気拳の使い手の上に体術においても羅刹を上回っていた事。鋭い爪は躱し逸らし、羅刹の大きなリーチの内側に入り込んで自分だけが有効打を打てる態勢を整えるエレン。これには羅刹も嫌がり、距離を取ろうとしたその刹那にブラックの斧が一閃してその首を落とす結末を迎える事になった。

 誰よりも早く勝負を終わらせたエレンは氷でできた斧を手に持ち、いつでもトマホークにて援護できる状態になりながら他の戦況を眺めていた。仲間になったばかりのようせいに少しばかり注意していたが、どうやら心配するだけ損だと理解してもう一つの戦場であるエクレアの戦いを見る。比較的付き合いが長いエクレアは心配いらないと思っていたエレンだが、やはりその想像に間違いはなかったらしい。

 エクレアが相手に取ったのはドビーだが、何の問題もなく対処できていた。狙わずに撃つでたらめ矢や影ぬいといった弓技も既に見切り、両手に持ったファルシオンとシルバーフルーレを巧みに使って雪という悪い足場をズンズンと突き進むエクレア。近づかれる事を嫌がっているドビーだが、いかんせんこの獣人型モンスターは体が小さい。人間の中では小柄なエクレアに比べても体格で劣る上に、彼女は素早いためにみるみるうちに距離が縮まっていく。

 ドビーは弓を諦めて棍棒を手に取るが、エレンからすればそれこそ無茶な選択だ。エクレアを相手に、弓を得手とするのが接近戦をするなんてよほどの実力差がなければ成立するはずもなく、それが成立するならば弓で仕留められているはずである。

 つまりは詰みなのだが、かといって命を諦める訳もない。果敢に棍棒を振り上げて挑んだドビーは、ファルシオンで攻撃をパリィされた直後にシルバーフルーレのマタドールにてその眉間を貫かれて絶命する事となった。

「おっ? これ、案外いい弓じゃない? もーらい!」

 あげく、自慢であったであろう弓を敵に奪われる始末。もしも死んだドビーに感情があったのならばさぞ悔しがっただろう。アンデッドになって恨みを振りまかない事を願うばかりである。というか、その心配をするなら対処は一つだ。

「エクレア、とっとと処理しちゃいなさい」

「は~い」

 言いながらエクレアはファルシオンで死体となったドビーの首を断つ。ゴースト系のモンスターならばともかく、ゾンビ系や骸骨系のモンスターはすべからく首が弱点になっている。もっと言うのならば、脳と体が繋がっている事がアンデッドであることの成立条件なのだろう。そういう意味でアンデッドを生み出さない一番の方針は首を落とす事なのだ。

 もはや恨みを晴らすにはゴーストになるしかない状態までもっていった後、止めと言わんばかりにエクレアは太陽術を唱える。

「スターフィクサー」

 光を屈折させて一点に集め、その光熱にて体を縛りながら焼くその術は。死体となったドビーと羅刹に火を付けてジワジワと焼き滅ぼしていく。ここまでやってゴーストになってしまったら、よほど生前の恨みが強いということだろう。流石にそこまでの責任は持てない。

 やれる事は最大限にやった彼女らは、空でまだ遊んでいるようせいに声をかける。

「おーい」

「もう行くわよー」

 その声が聞こえたのか。ようせいは槍の一撃にてブレイザーの脳を貫き破壊し、ようせいなりのやり方でアンデッドになる可能性を潰す。そして、いい運動をしたといわんばかりの表情でエレンとエクレアの所へ戻ってくるのだった。

 

 数回モンスターの襲撃があったものの、かすり傷一つなく夕暮れの山頂に到達した三人は思い思いに体を休めた。

「えーと。オーロラを待てばいいんだっけ?」

 どこから取り出したのか。砂糖をたっぷり使った甘いクッキーを齧りながらエクレアが小首を傾げる。

「オーロラが見えるのは夜だよね~」

 ぱたぱた飛びながら、ゆっくり辺りを旋回するようせいが補足する。

「そうらしいわよ。

 ま、少し暖まりましょうか」

 エレンは雪上用の携帯コンロを取り出し、ナベの中に綺麗な雪をいれて携帯燃料を燃やし始める。

 雪とは溶ければ水になり、それは火を消す要因になる。故に雪国では簡易の火熾し機器を持ち歩く事も珍しくない。形としては三段の板が隙間を開けて並んでおり、下段は雪でも安定するようにやや幅が広く、中段の中央には金属製の火皿が設けられていてそこで火を熾し、その真上にある上段の穴にナベをはめ込んで水を温めるという形だ。

 やがて湯が沸いたらエレンはすぐに火を消す。雪の中での旅では、気軽に火を熾せる携帯燃料は貴重で高価なのである。無駄使いはできない。

 用意した湯で手早くお茶を淹れると、手持無沙汰の二人を呼ぶ。

「お茶、入ったわよ」

「はーい」

「飲む飲む」

 わらわらと集まるお子さま二人にカップを渡し、エレンは自分の分のカップを持つ。

 雪が積もる山頂。そこで温かい紅茶を口にしながら、彼方へと沈む夕日を見つめた。

「オーロラの道ってどんなのかな?」

「行きつく先はすぐに氷銀河なのかしら?」

「む~。空を飛んで行ける場所じゃないよね?」

 思い思いを言葉にして、あるいは答え。

 やがて日が沈み、星が輝く。月はなく、この日は新月のようで。それがさらに夜の闇を際立たせている。

 その中で空に広がる美しく輝くオーロラ。それはまるで暗闇に敷かれたカーテンのような、絨毯のような。

 星空を彩るオーロラは複雑に形を変えながら、やがて坂のように雪山の頂上に道を作る。言われなくても分かる、これがオーロラの道なのだと。

 空を飛べるようせいが真っ先にソレに足をかけて、間違いなく人が乗れるものだと確認した。

「問題ないよ」

「…じゃあ、行きましょうか」

「う~…! 楽っし~~!!!」

 真面目な場面では冷静なようせいが太鼓判を押し、エレンが方針を決定する。そしてエクレアは相変わらずの軽さで重くなりがちな空気を吹き飛ばした。

 輝く道を足に敷き、三人は黙々と星だけが輝く闇夜を昇っていく。

 

 

 

「おおっ! 人なのだっ!!」

「300年ぶりなのだな~。聖王以来なのだな~」

「こんな所まで来るなんて、さては暇人なのだな?」

 着いた先は、ゆきだるまが動き回る能天気な町だった。夜空の先に来たはずのなのだが、何故かどうしてか下には分厚い雪が敷き詰められていて歩くには問題ない。

 というかそれより。

「あ。なんかデジャビュ」

 例えば世界の果てにある陽気な島の様に。緊張感や緊迫感が皆無といった風情のゆきだるま達にエレンは軽くめまいがした。

 まあ、ここではいくらなんでも自分の土地が滅ぼされかけているという事態でもなかろうに。つまりは呑気でも問題はないのだが。

「おお~。ゆきだるまが動いてる! 喋ってるっ!! どうなってるのそれっ!?」

「? どうと言っても、こうなっているのだ」

「分かんな~い」

 そして相変わらず即座に適応するエクレアの順応力の高さよ。ゆきだるまと会話をして、ケタケタ笑っている神経の図太さには一目置く価値があるのかも知れない。

 一方、ようせいは少し青い顔でカタカタ震えていた。

「さむい、さむいの…。雪はもういいの……」

 体の大きさは、すなわち保温力に直結する。子供のように小さいようせいは体が冷えやすいのだろう。ただでさえ温かい南国出身であるからして、興奮が冷めれば雪と相性が悪い事に気が付いても不思議ではない。

 そんなようせいに苦笑しつつ、エレンはゆきだるま達に声をかける。

「ねえ、ちょっといいかしら」

「おお、なんなのだ?」

「あたしたち、氷の剣を探しに来たの。氷銀河にそれがあるって聞いたんだけど、ここは氷銀河じゃないのかしら」

 瞬間、ゆきだるま達がピタリと止まった。同時に緊迫した空気が流れる。

 それに驚いたのはエレンである。

「え…? あたし、何か変な事を聞いた?」

「お前たち…氷の剣を取りに来たのだな?」

「ここは雪の国、氷銀河ではないのだ。氷銀河はこの国を抜けた先にあるのだ」

「氷の剣は、確かに氷銀河で手に入るのだ」

 直前までの雰囲気とは違い、途端に空気が重苦しくなる。

 それにエレンは狼狽し、エクレアは疑問符を頭に浮かべる。ようせいは寒くてそれどころではないらしい。

 とりあえず話を進めなくてはと、エレンは会話を続ける。

「あたし、何か変な事を言ったかしら?」

「…。確認するが、氷の剣を手に入れる為に何が必要かなど、知っているのかな?」

「ごめんなさい、知らないわ。とりあえず氷銀河で聖王が氷の剣を手に入れたとは聞いたのだけど…何か準備が必要だった?」

 エレンの言葉にホっと安堵の空気が流れる。彼女には何がなんやら分からない。

「準備というか、案内が必要なのだよ。ゆきだるまの誰かが氷銀河を案内し、そこにある永久氷晶を手に入れ、氷銀河の中央に行かなくてはいけないのだ」

 それのどこに先程の空気が流れるのか疑問に思うエレン。

「何か問題があるの?」

「着いていくゆきだるまがいるかどうかが問題なのだ。

 我々は老いず、雪の町で暮らせばいいというだけの種族。偶然に雪が固まれば新たなゆきだるまが生まれる事もあるが、そのせいで我々は何かをするという感情に乏しいとアバロンは言っていたのだ」

「僕たちは何もせずとも生きていけるし、何もせずとも死なないのだ」

「わざわざ氷銀河に行く必要性を感じないのだ」

 口々に言う、やる気のない言葉。どうやら問題なのはゆきだるまの気質らしいと気がついたエレンは、一つ気になる言葉を拾った。

「ちょっと待って。あなた達は聖王も知ってるし、聖者アバロンも知っているの?」

「ん~。せいじゃ? 聖王やアバロンは知っているが、せいじゃとやらは知らないのだ」

「そのアバロン。聖者かどうかは置いておいて、アバロンの事を知っているの?」

「まあ、300年前にあったのだ」

「会話した事は覚えているのだ」

 詩人の秘密に繋がる可能性がある聖者アバロン。その情報をここで拾えると思わなったエレンは瞳を輝かせる。

 が、そんな彼女に水を差すようにちょんちょんと背中を指でつつかれる。何事かと振り返ったエレンだが、困った表情のエクレアと顔を真っ青にしたようせいが映り、今度はエレンの顔が青くなった。

「あ」

「気が付いてもらえてよかったよ、エレンさん。ようせい、もう限界だよ?」

「しゃ、しゃむいぃぃぃ~~」

 ガタガタと震えるようせいに、確かにこの気温は凍死してもおかしくないとようやくエレンは思い出した。

 ごほんと仕切り直し、エレンはゆきだるま達に問いかける。

「ちょっと聞きたいのだけど、どこか暖まれるところはないかしら?」

「我々はゆきだるま。(だん)は必要ないのだ」

「けれど確か、聖王が泊まった場所がそのまま残っているのだ。ひとかいう、嫌なものがある凄く居心地が悪い場所で、凄くくつろいでいたのだ」

「あ~…。悪いんだけど、そこで火を使わせて貰えないかな? そうじゃないとホントに死んじゃうから」

「なんと!? それは大変なのだ!」

「ひができる部屋は、あっちの壁を削ってできた洞窟の中にあるのだ。案内はしてやるのだが、僕たちはできるだけひに近づきたくないのだ」

「十分よ。そこまで案内して貰えるかしら」

「ひができる前ならお安い御用なのだ」

 ゆきだるまの一人(?)が歩き出し、案内を始めてくれる。

 それを見たエレンは視線でエクレアを促した。

「ちょっとあたしは話したい事があるから、エクレアはようせいと先に行ってて」

「? うん、分かった。エレンさんが聞きたい事って、聖者アバロンについて?」

「まあね。後、氷の剣を案内してくれるゆきだるまも見つけなくちゃならないしね」

 素っ気なく答えたエレンに不服そうな顔をするエクレアだが、ようせいを優先すべきと思い直したらしい。エレンに背を向けて火を熾せるだろ場所へと向かう。

 それを見送ったエレンはゆきだるま達に向き直る。

「ごめんなさい。それでアバロンについて聞きたいのだけど」

「アバロンについてか?」

「僕はあまり知らないぞ」

「僕も知らない」

「僕も」

「僕も」

「話したのはだいたい聖王とだったのだ」

「アバロンは、何というか、愛想のない奴だったのだ」

「でも礼儀正しかったのだ。挨拶をしたら丁寧に返事をしてくれたのだ」

「どこか遠くを見ているような、そんな奴だったのだ」

「生きるのに飽きているような、そんな奴だったのだ。ゆきだるまでもあんな奴はいなかったのだ」

「歌を一度だけ聞いたが、すごく寂しそうだったのだ」

「あまり他と関わりたくないような、そんな奴だったのだ」

「でも、聖王とその仲間にだけは心を開いていたのだ」

「そうだったのだ?」

「そうだったのだ」

「まあ要するに、つまらなそうな奴だったのだ」

 アバロンという人物を総括して教えてくれるゆきだるまだが、その人物像がエレンにはどうにも釈然としない。

 ランスで聖王家当主に聞いた話によれば、聖王を守りそれを害した相手を殺すような苛烈な人物だったらしいが、ここでゆきだるまに聞いたアバロンとは余り一致がしない。強いて言えば聖王に関して強い感情を持っているようだが、それだけだ。

 まあ、長い伝承や記憶の間では色々な不合理も起こるだろうとそこはエレンは置いておく事にした。問題なのは、別にある。

「それでアバロンの目的について何か知っていないかしら?」

「アバロンの目的?」

「誰か知っているのか?」

「さあ?」

「あいつに目的なんてあったのか?」

「目的を探して生きている…感じではなかった、のだ」

「けど、諦めた雰囲気があったのだ。時間がかかる、とか言っていた気もするのだ」

 エレンの目つきが鋭くなる。

「後は、少しだけとか…」

「どういう意味なのだ?」

「さあ? 分からないのだ。そもそも独り言を聞いただけなのだ。目的かどうかも分からないのだ」

「他には何か知らない? アバロンについて」

 答えるゆきだるまは、いない。

「知らないみたいなのだ」

「そもそも、僕らはアバロンとあまり話をしていないのだ」

「分かったわ、ありがとう。参考になった」

 エレンはゆきだるまから聞いたアバロン像を反芻する。

 排他的な性格だが、聖王やその仲間にだけは例外だった。加えて諦観を持って生きていた。そして時間がかかる案件を抱えていて、それを達成するまでもう少し。つまり完全まであと一歩だった。

 想像に因るが。諦観が含まれていたのならば、彼の人生の間にそれを為すのが不可能だった可能性もある。ならば己が子孫にそれを託した可能性は、ある。詩人の目的、もしくは彼が奪ったアバロンの情報にそれが含まれている可能性は高い。

 一方でそれが何なのかという具体性は一切ない。あえて言えば、もう少しという言葉。300年前にほとんどが終わり、そして足りない部分を先送りにして、それは未だに達成されていない…?

 いや、目的が達成されて安穏とアバロン一族が生き残っていた可能性はある。そして復讐の為に詩人が襲ったとも。

 やはり情報が足りない。だが、300年前から存在するゆきだるま達の実際の言葉だ。心に留めておく必要はあるだろう。

 一方でエレンの最大の目的は変わらない。それはゲートを閉じる事であり、過程で四魔貴族を撃破しなくてはならない。次の目的はアウナス、それの撃破に必要なのは氷の剣。

「アバロンの話はいいわ。ところで、氷の剣まで案内してくれる方はいないかしら」

 エレンの言葉に返るは沈黙。すなわち、消極的否定。嫌だというつもりはないが、いいというつもりも無いのだろう。

 しばらく、雪がちらつくその場所を静寂が支配する。

「ねえ」

「……」

「ねえ、誰か」

「……」

「誰か、いない?」

「……」

「いない、の?」

 

「僕がいくのだ」

 

 声があがる。

「行くのか?」

「ああ、行くのだ。ここまで必死になるのだ、興味があるのだ」

「いいのだな?」

「いいのだ」

 やがて一人(?)のゆきだるまが進み出る。

「僕が氷銀河の案内をするのだ」

「ありがとう」

 案内人が見つかった事にエレンは安堵の表情を見せた。それに安心させる声で答えるゆきだるま。

「僕が決めた事だから、別にいいのだ」

「それでもありがとう。それで、出発だけど……」

「君たちはひに当たって休まなければならないのだろう? ゆきだるまは雪の国にいる間はずっと絶好調なのだ!

 そちらが落ち着いたら声をかけてくれればいいのだよ」

「そう? 悪いわね」

 そう言ってエレンはぶるりと寒さで体を震わせる。どうやら彼女も体の芯まで冷えてしまっていたらしい。

 これは一度仕切り直さなければならないと苦笑する。

「お言葉に甘えさせていただくわ」

「僕はそこの家にいるのだ。準備ができたら声をかけて欲しいのだ」

 そう言って、そのゆきだるまは近くにある雪と氷でできたかまくらへと入っていく。そして他のゆきだるま達も三々五々に散っていく。

 話は終わったと、エレンも火があるエクレアたちが先に向かった場所へと足を進めた。

「あ、エレンさん。おかえり~」

「エクレア、待たせたわね」

 果たしてそこは木で僅かな居住場所を確保しただけの小さな洞穴だった。

 簡素な暖炉からは火が熾り、パチパチと冷えた体に優しい音を立てている。その近くでようせいが横になっていた。すーすーと小さな寝息が聞こえる。

「ようせいは? 寝てるの?」

「うん。寒さで疲れてたみたい」

 声の大きさを下げて会話するエレンとエクレア。エクレアは暖炉にかけていたナベを手に掴み、熱いお湯でお茶を淹れてエレンに差し出す。

 それを受け取ったエレンはそれを喉の奥へと流し、温かな液体を胃の中に注ぎ込んで体の中から暖を取る。

「は~。あったまるわ」

「この寒さじゃ、温かいお茶は最高だよね~。

 それでエレンさん、氷の剣を手に入れる算段はついたの?」

「ええ。悪くないわ」

 そうして先程のゆきだるまとの会話をかいつまんで伝える。

「ふ~ん、よかったじゃん。ところでアバロンの情報は?」

「ボチボチ、かしら? 決定的な情報は手に入らなかったわ」

「ふ~ん」

 ちょっと疑いある目でエレンを見るエクレア。

「なによ?」

「……」

「なによ!?」

「……率直に訊くけどさ。なんでいきなり聖者アバロンに関して、そんなにエレンさんは喰いつきがいいの? 前までそんなそぶりも見せなかったのに」

 本当に率直に訊くエクレアに一瞬言葉につまるエレン。

 だが、考えてみれば当然の疑問である。詩人についてエレンが情報を集めている事をエクレアに伝えていないのだ。疑問に思うのは当然である。

 

―俺様の言葉、忘れるな―

 

 エレンの脳裏にブラックの言葉が蘇る、信じるべき人の見分け方。エクレアは果たして、詩人と対した時にもエレンの味方をするか否かを考える。

(……それは、分からない)

 分からないが、自分に全幅の信頼を置いてくれているこの少女を騙す気にはエレンにはなれなかった。

 あるいはこれを指して言うのかも知れない、裏切られても後悔しないと。

 覚悟を決めたエレンは口を開く。

「実はね、エクレア。詩人が聖者アバロンの子孫かも知れないの」

「……へ? ええっ!? それマジ、エレンさんっ!?」

「分からないわ。聖者アバロンの子孫かも知れないし、そうじゃないかも知れない。全く関係ないかも知れないし、もしかしたら聖者アバロンの子孫を殺してその情報を奪ったのかも知れないわ」

「……。エレンさんは、詩人さんがそんな悪人だと思うの?」

「正直に言って分からないわ。あたしも詩人が悪い人じゃないと思うけど、それにしては詩人も目的も不穏だわ」

「詩人さんの目的?」

 そこからかー。と、密かにエレンは思う。

 この奔放娘はその辺りの事情も知らないでエレンや詩人と一緒にいるのだ。あまつさえフォルネウスを撃破してゲートを一つ閉じているとは、改めて思えばとんでもない話である。

 ようやくと言っていいのか。エレンは詩人が復讐を目的として動いているという話をエクレアに聞かせた。

「……詩人さんが? そんな感じしないんだけど」

「気持ちは分かるけど、これはブラックが確認を取ったわ。まず間違いないの」

「で、なんで私は今までそれを知らなかったの?」

「だってあなた、詩人から離れて密談をしようとする時には町を走り回ったり、先に寝ちゃったりしたじゃない。詩人には秘密の内容なのに、詩人がいない時に居ないんだもの」

 呆れた声のエレンに、やや気まずそうに視線を逸らすエクレア。心当たりはあるのだろう。

 というか、本質的にエクレアは意味なくエレンや詩人の旅についてきただけである。そういった裏を探る事は興味の範疇になさそうだ。

「まあ、詩人さんの目的が復讐なのは別にいいけどさー。それ、エレンさんには関係なさそうじゃん」

 エクレアに関係あるかも知れないというニュアンスは伏せる。ラザイエフは大商会であり、どこかで恨みを買っていても不思議ではないのだから。その娘であるタチアナには悪意の矛先が向いてもおかしくない。

 幸か不幸か、エレンは微妙なニュアンスに気が付かない。彼女は彼女で妹のサラが宿命の子である事実は隠さなくてはならないのだ。

「関係ないかも知れないけど、関係あるかも知れないでしょ? もしかしたらそれこそエクレアにも関係ある話かもしれないわ」

「あー、まーねー。絶対に関係ないって言い切るには詩人さんの目的を知らなくてはいけないのね」

 あはははと、空々しい笑い声をあげる女性二人。

 暖炉の傍でいつの間にか寝息を止めて薄眼を開けていたようせいに、二人は最後まで気が付かなかった。

 

 そのまま温かい飲み物を飲んで、暖炉の傍で就寝する。

 ゆっくり休んだ後に三人揃って起き出して、暖炉の火を使った温かい食事をとって調子を万全に整える一行。

「じゃあ行こうか」

「うん」

「はい」

 エレンの声に力強く答えるエクレアとようせい。そして温かな暖炉の部屋から出て、雪がちらつくゆきだるまの町へと繰り出す。

 そして約束のかまくらへ辿りつき、件のゆきだるまに話しかけた。

「準備はいいのだな?」

「ええ」

「じゃあ、氷銀河に行くのだ!」

 ゆきだるまを先頭にして、雪の町を横断する一行。

 やがてかまくらがなくなり、雪原をしばらく歩き、氷の島とその合間から見える果てしない夜の闇が見える場所に辿りつく。

「ここが氷銀河。一歩間違えて転落すれば、この世ではない場所に落ち続けるこの世の果て」

「…………」

「…………」

「…………」

「そしてここは世界に馴染めなかったモンスターが集う場所でもあるのだ。凶暴なモンスターが集う、危険地帯」

「…………」

「…………」

「…………」

 ここからでも分かる。遠くに見える、一つ目の巨人であるサイクロプス。

 それが何匹も何匹もうろついている。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………? 知らなかったのだ?」

「「「知るかーーーーっっっっ!!!!」」」

 きょとんとしたゆきだるまの言葉に、思わず叫ぶ三人。

 

 ここにきてようやく、何故ゆきだるまが氷銀河に来たくなかったのかを理解したエレンだった。

 

 

 




前回のお話、リクエスト。
色々と頂きましたが、これはと思う事がいくつかありました。

その中の一つ、メタな座談会を開催したいと思います!
タイミングとしては。間もなくエレン編が終わりますが、それに合わせてこれまでを振り返るお話を挟もうかと思いますので、もしも詩人の詩に関する質問があれば受け付けさせていただきます。もちろん詩人の正体はなに? とかいうストレートなものは見送らさせて頂きますが、ちょっとした疑問などはどしどしご応募下さい。

メッセージにて。メッセージにて! 受け付けをさせて頂きます。近いうち、活動報告にも上げた方がいいかな?
楽しみにして下さい!!



……そういうのはいいから早く先が読みたい。これが一番多かったのは内緒です。
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