楽しんで頂けた幸いです。
ガクンとエレンの視界が下がる。目の前の光景に、足の力が抜けてしまった。
ドラゴンルーラーと戦った場所には氷の剣。それを持つエクレアの姿。ゆっきーの姿は、ない。
仲間を犠牲にした、氷の剣を手に入れる為に。
その事実が深くエレンの心を蝕む。ランスや雪のない風景といった外の世界を見る事を楽しみにしていたその仲間の命を、自分の都合で奪い取った。敵ならば容赦はないが、ゆっきーと過ごした時間は短いとはいえ、れっきとした仲間だった。出会ったばかりのエレンたちの為に命を捧げてくれた。もう、この借りを返す事はできない。
「大丈夫だよ」
エレンの顔に深い絶望を感じ取ったエクレアが柔らかく声をかける。
この優しい姉貴分が傷ついていることは、エクレアにはよく分かった。そういう人だからこそ、エクレアはエレンを信じているのだ。
今は普段とは違い、エクレアがエレンを気遣うという状況になっていた。
「ゆっきーは死んでない。私には分かるんだ、この剣でゆっきーは生きていて、世界を感じているって」
「けどっ…!」
「ゆっきーは私とずっと一緒。そりゃ、ゆきだるまとして永遠の命を無くしちゃったし、自分で歩く事も物を持つ事もできない。
その代わりに氷の剣として私と世界を見て回れる」
「けどっ! あたしは、あたしの為に、あたしの所為でっ……!!」
「…それでも、選択したのはゆっきーだよ。こうなる事を願ったのはエレンさんでも、それを実行したのはゆっきー。ゆっきーは、ゆっきーがやりたい事をやったんだよ。
エレンさんが責任を感じる事なんて、ない」
『というか、いい加減に我輩の住処から出ていけ』
爪や鱗が剥がされたドラゴンルーラーが億劫そうに言う。
『氷の剣は手に入れたのだからここにはもう用はないだろう?
いつまでも我輩の住処で話し込むな、邪魔だ』
「あ、そうだよね。お邪魔しました」
ペコリと頭を下げるエクレア。
そして歩き出した彼女の後をノロノロと着いていくエレンと、何とも言えないようせいがその場を去っていく。
居なくなった人間たちを確認してから、その場に寝そべるドラゴンルーラー。
『ふん、人間とは相変わらず不器用なものよ。聖王の時から変わらぬな』
300年前に訪れた人間たちを思い出しながらドラゴンルーラーは物思いにふける。
ゆきだるまを犠牲にしてしまった事に悲痛な声を上げた聖王。
氷の剣を手にして、その命を共鳴させた事で死んでいないと心の中で折り合いをつけたようだが、その実感があるのはその使い手だけだ。聖王と同じく悲痛な声をあげていたあの娘が、立ち直れるかは分からない。ドラゴンルーラーが知った事でもないが。
『だがしかし――』
300年前を思い出す。ついさっきを思い出す。
『――似ているな、聖王に』
ドラゴンルーラーとの戦いではようせいが戦える精神状態ではなかったが、今度はエレンが戦える精神状態ではなかった。動きは鈍く、精彩は欠くばかり。こんな状況で戦わせられる訳もなく、必然エクレアとようせいが相手取る事になる。
サイクロプスの生首は血をだいたい流し終わり、その肉も凍り付きかけている。多少は雑魚モンスターを払える効果もあるが、今までとは違い完全にとはいかない。
今もタコ型モンスターであるメーベルワーゲンを相手にしている。
「ふっ!」
エクレアは槍で胴を突き刺す。大剣で足を叩き潰す。剣でスミを払いのける。小剣でマタドールを返し刺す。
それらの攻撃を一つの武器で行っていた。手に入れた氷の剣。幾つもの効果を持つその伝説の武器は、一つの特徴に型を持たないという事があった。担い手が思った事を汲み取り、その形を自在に変える。遠い間合いでは射程の長い槍になり、相手が接近すればガントレットにさえ形を変えて打撃の威力を増加させる。変幻自在のそれは多才なエクレアと実に相性がよかった。材質が氷である為に弓としては張力がなく使えないが、そうでないならば武器にも盾にさえなるのが氷の剣というものだった。
その具合を確かめるように戦うエクレア。これだけでも十分に優秀過ぎる武器といえるが、利点はこれに留まらない。
少なくなった足でエクレアを殴打するメーベルワーゲンだが、それは盾の形にした氷の剣で耐え凌ぐ。そしてお返しと言わんばかりに、接触した氷の剣から冷気が蛸足を侵し、凍り付かせた。触れた相手に冷気のカウンターを与える追加効果。
もちろんこれらの便利が過ぎる効果が何の代償もなく使える訳がない。武器の形態変化にも、冷気による追撃にも術力が必要となっている。それはエクレアの術力でもまかなえるのだが、普段は彼女の術力を使う事はない。改めて言うが、ゆっきーは本質的に生きているのだ。だから氷の剣に姿が変わったとはいえ、その術力を使う事ができる、それは消費されるものだが、時間が経てば回復するものでもある。正にエクレアとゆっきーは一心同体といっていい。
そんなエクレアがそこらのモンスターに苦戦する訳もなく、性能を確かめたらあっさりと敵を倒してしまう。
「すごいねー」
まるで手を出す余地がなかったようせいが呆れ半分で言う。それににっこりと笑うエクレア。
そしてゆっきーが教えてくれる情報を元に、だだっ広い雪原で向かう先を明確に定めた。
「雪の町はこっちだね。モンスターは私一人で大丈夫だから、ようせいはエレンさんをお願い」
「うん、分かったわ」
精気が抜けたように佇まうエレンを、横目で心配そうに見る二人。
エクレアもようせいも、彼女に助けられた事がある。守るべき者を守る為に戦うエレンは、凛々しく雄々しく美しかった。しかし今は見る影もなく憔悴しきってしまっている。
自分の都合で仲間の命を犠牲にしてしまった。その罪悪感は、想像できないくらいの心の傷をエレンに与えてしまった。
それが逆にエクレアの心を強くした。今は自分がエレンを守らなければならない。テキパキと指示を出し、戦いでは果敢に自分が前に出て、心配なエレンはようせいに守らせる。
そう、エクレアはやればできる子なのだ。いつもは詩人やエレンが全部やってくれるから、普段はやらないだけで。
人間とは楽な環境に居続けてはいけないという見本のようだった。
エレンの記憶は途切れ途切れだった。ブラックが死んだ時も衝撃は大きかったが、今回はそれに輪をかけて酷い。歩く事さえ億劫だったが、ようせいに手を引かれて雪を踏みしめる。
雪の町に着く。ゆきだるまたちと何かを話した気もするが、内容は覚えていない。
やがてできたオーロラの道を下って元の山頂に戻る。行きでは幻想的なその光景に心に新鮮な感動が生まれた気がするが、今はどうとも思えない。
一日の時間をかけてランスまで戻る。道中、何度かモンスターに襲われた気がするが傷一つない。不思議と思う事もなかった。
そしてエクレアがとった宿で、ベッドに倒れ込んだ。エクレアはヨハンネスの所に話をしに行くとか言ってる気もするが、ぼんやりと他人事のようにしか聞こえない。
「エレンさんも少し休んだら、町を散歩したらどうかな? 久しぶりの町だし、美味しいものを食べてもいいんじゃないかな?」
「ん……」
心配そうに言うエクレアにも生返事しか返せない。後ろ髪を引かれるようにエクレアは去っていき、部屋にはエレンとようせいが残される。
お茶とお菓子を口に運ぶようせいと、横になってボーと天井を見るエレン。
しばらく時間が経ち、エレンはおもむろに立ち上がった。
「大丈夫?」
「……ん」
ようせいが心配そうに声をかけてくるが、まともに返事をする気力もわかない。とにかく、今はできるだけ人と関わりたくなかった。心に触れたくなかった。
心配してくれているのは分かっているが、エクレアやようせいさえ鬱陶しい。
「散歩、してくるわね。独りになりたいの」
そう言うだけ言って部屋を出る。
宿を出ると、ぶるりと寒さで体が震える。これも生きてこそだと思うと同時、ゆっきーが失ってしまったものだと思えば心は沈むばかり。
当てもなく、ふらふらとランスを歩くエレン。
「エレン!」
どの位時間が経ったか。分からないが、唐突に自分の名前を呼ばれて顔を上げる。
そこには詩人とユリアンとモニカと、他数人。何故彼らが一緒に居るのか、他の人間は誰なのか。そんな事はどうでもよかった。
詩人は、エレンの顔を見て表情を緩めた。
知っていたのだ。詩人は、この男は。氷の剣を手に入れる為にゆきだるまの命が必要な事も、その為にエレンが苦しむだろう事も。
それを分かった上で、表情を緩めた。良かったと思いやがったのだ、コイツは。
虚しい心に、激しい怒りと冷たい悲しみが同時に爆発する。エレンは自分を抑える事が出来ずに、詩人に駆け寄り、そして。
思いっきり、その顔に拳を叩きつけた。
その拳を甘んじて受けた詩人はのけぞり、たたらを踏む。そして口から血と共に唾を吐き出してから聞く。
「氷の剣、ちゃんと手に入れたんだろ?」
淡々とした言葉に、何故かエレンの心は怒りより悲しみが勝った。それが何に対する悲しみなのかさえ分からなかったけれども。
「しじん……。
あんた……知ってたんでしょ?」
「ああ。知っていた」
誤魔化しもせず、謝りもせず、詩人は事実だけを口にする。
分かっているのだ、頭では。アウナスを相手にするには氷の剣が必要で、その為にはゆきだるまの命を捧げなくてはならなかった。
けれどもそれを淡々とこなすこの男は…余りに悲し過ぎる。
いっそ詩人が冷血な悪漢だった方が良かった、そういう種類の敵だと割り切れたから。しかし、詩人は今まで自分を助けてくれた。鍛えてくれた。優しくしてくれた。
悪い人間ではないと思ってしまっているから――エレンには感情を振り落とす場所がなく、ギリィと歯を食いしばる。
「――殴られる事も、甘んじて受ける。いくら罵倒してくれても構わない」
「っ!」
だけど後悔はない。言外に告げられた意味に言葉を失う。
そうだ。エレンのように情に流され、ゆっきーの命を大事にしてしまえば氷の剣は手に入らず、アウナスも倒せない。そうなればサラがより危険になる、優先順位は決まっている。だけれどもそれは、エレンに決定する事のできない選択だった。その代わりを詩人が背負い、自分を悪者にして楽になれとそう言っている。
そこまで分かって詩人に当たる事など、できる訳がない。やり場のない感情に震える事しかエレンにはできない。
しんしんと降る雪の中、詩人とエレンと、困惑した数人がしばらく立ち尽くす。
やがて場を動かしたのは詩人だった。
「…いつまでもここで突っ立っていても仕方ないだろう。こっちはファルスから運んだ荷を渡さなくてはならないから、続きは宿でだ。
ユリアン、悪いがエレンと一緒に先に行って、宿をとってくれないか?」
「あ、ああ。構わない」
今まで見た事がない程、憔悴していた幼馴染に呆けていたユリアンだが、詩人に指示を出されて正気に戻る。
ユリアンが、そして彼に促されたモニカと一緒に詩人たちから離れてエレンに寄り添う。
「行こう」
「……うん」
「あの、エレンさま。何があったのかは知らないですけど、元気を出して下さいね」
「ありがと、モニカさま」
力なく笑うエレンに、心配そうな表情を更に強めるモニカ。だが事情も知らない彼女ではこれ以上慰める事もできない。
そのまま雪降る町を歩く三人。宿に着き、ユリアンが部屋を取る。
「二部屋でいいよな。いつも通り、男部屋と女部屋」
「エレンさまはどうしているのですか?」
「あたしはあたしの仲間と部屋を取っているわ。気にしないで」
手続きをするユリアンをボーと見るエレン。それが終わり、ユリアンとモニカはそれぞれの部屋に向かう。話は全員が集ってからの方がいいだろうと、ひとまず詩人たちを待つ事になった。エレンも自分の部屋に戻る。
がちゃりとドアを開けたら、ようせいとエクレアがお茶を飲んでいた。エクレアも戻っていたらしい。
「あ、エレンさん。お帰り」
「お帰り~」
「ただいま、二人とも」
変わらず力なく笑うエレンだが、それを見てエクレアはにっこりと笑う。
「よかった、エレンさんも少しは元気になったみたいだね」
「え?」
「散歩に行く前までは笑う元気もなかったじゃん」
そう言われてふと気がついた。力がない笑みとはいえ、表情を動かす事は出来ているという事に。
詩人をブン殴って、少しは元気が出たらしい。そう思って出た笑みは、さっきよりも活力がある笑みだった。
「なにかあったのー?」
「まあね、詩人と会ったわ。
人も多かったし、後で話のすり合わせをするわよ」
「詩人?」
「他の人もいたの?」
「ええ。
ようせいは詩人も知らなかったわね。エクレアも他の人は全然知らないだろうし、あたしも見た事がない人が多かったわ。
まっ、後でまとめて自己紹介して貰いましょう」
そういってエレンは用意されていたポットから自分のカップにお茶を注いで口に運ぶ。
随分ぶりに味を感じたような気がして、今までよほど自分がダメだったのだと自覚し、苦笑せざるを得なかった。
一行は随分と大所帯になっていた。
三つとった部屋のうち、一つにはエレンとエクレアとようせいが。一つには詩人とユリアンとシャールが。一つにはモニカとリンとミューズが。それぞれいる。合わせて九人にもなるのだから情報のすり合わせも大変だ。
ひとまず男部屋に全員が集り、簡単な自己紹介と各々の事情の説明をする事になった。その為にエレンはエクレアとようせいを連れ立ってその部屋に入る。どうやら彼女たちが最後だったらしく、もう他の全員が集ってお茶の用意をしていた。
「ひっ!?」
瞬間、漏れ出た恐怖の声。聞こえたのは背後から。思わず振り返ったエレンは、ようせいが目を見開いて一点を凝視しているのを見た。
いったい何があるのか。視線を辿れば、そこには驚いた表情の詩人がいた。
「妖精族? 何故ここにいる?」
「あ、あのっ! その、こちらの方々に助けていただきました!」
聞いた事のないようせいの委縮した敬語に思わずエレンとエクレアが顔を見合わせる。
視線を集めた詩人は難しい顔をしていたが。話は進めないと、とは思っているらしい。
「まずは席についてくれ。それに、そんなにかしこまらなくていい」
「そんなっ! 妖精王さまにそんな御無礼をっ!」
「お前、今凄い余計な事を言ったからな?」
とんでもない爆弾発言に、全員が全員詩人に視線を注いでいる。
詩人はバツが悪そうな顔をしているが、それと一緒にどこか諦めた雰囲気を出していた。
「まずは席に着こうか。逃げはしないから、ゆっくり話そう」
そう言った詩人に従い、全員が席に着く。とはいえ、用意されたテーブルはそこまで大きくなく、テーブルに面した場所に座れるのは六人までが限界だった。従者の立場であるユリアンとシャールが主君の背後に立ち、ようせいはエレンが膝の上に座らせる。
「まずは妖精王発言についてだが……」
「びっくりしました。詩人さんが人間じゃなかったなんて」
「いや、人間だから」
リンがそういうのに被せて、詩人は諦めて持っていた弓を取り出す。
「妖精王はコレだ」
「え?」
「これは聖王遺物、妖精の弓。300年前に妖精王がその権能全てを譲渡したという弓で、この持ち主は妖精族の王として扱われる」
聖王遺物を知らないリン、それを知っていたようせい、そしてその可能性を考えていたエレンに大きな驚きはなかったが、他の面々はそうもいかずに驚きで目を開かせた。代表してシャールが口を開く。
「あなたも聖王遺物を持っていたのかっ!?」
「まあな。だが、この場ではそこまで珍しい物でもないだろ。シャールも銀の手を身に着けているし、エレンのかぶとは聖王のかぶとだ。それにエクレアも氷の剣を入手した」
淡々と言う詩人だが、これは結構凄い事である。各国が国宝のように扱っている聖王遺物が今現在、この場に四つも集まっているのだから。
特に目を丸くしたのはユリアン。詩人はまあ彼の強さを思えば納得できないでもないし、シャールが銀の手を持っている経緯も知っている。だが、自分の幼馴染であるエレンが四魔貴族を撃破しただけではなく聖王遺物まで持っているとは。
「エレン、お前聖王遺物を持っていたのか?」
「ん、まあね。ランスに伝わる聖王遺物だけど、聖王廟の試練を突破して手に入れたわ。聖王家に確認をとって貰ってもいいわよ」
簡単に言うエレン。聖王家に確認をとれと言われても、ユリアンは聖王家に伝手などない。どうやって確認をとればいいのか。
まあ、取る気もなければ取る意味もないが。
「とりあえず自己紹介と、これまでの話とこれからの話をしようか」
詩人がそう言う。各々、それなりの事情を抱えた者が多い割に、面識は少ない。
複雑な話し合いは長い時間に及び、日はすっかり暮れてしまうのだった。
一通りの話が終わった時、ほとんどが難しい顔をして黙り込んでいた。そうでないのはリンとようせいくらいである。
彼女たちの話は相手に衝撃を与えるものではあったが、聖王が打ち立てたこの文明に来たばかりという事もあって、話を聞いただけで自分が困ったり驚いたりする事はなかった。
そのようせいの話を聞いて難しい顔をしているのは詩人である。
「ようせい…その男は、確かに魔王の盾を使うボルカノという男だったんだな?」
「は、はい…。自分ではそう言っていました」
びくびくしながら言うようせいに詩人は考え込む。
ボルカノは殺した筈だ、他ならぬ詩人が剣まで抜いて仕留め損なうなどある訳がない。しかし現実としてボルカノは生きてジャングルを荒らしている。
これは放置できない問題だ、あらゆる意味で。本当にそのボルカノは
考え込む詩人。それと同じく難しい顔をするエレン、ユリアンとモニカ。それを見て困った顔をするエクレア。
ユリアンとモニカの目的は名を上げ、影響力を増やす事。その為に四魔貴族を倒し、最高の栄誉を得る事を目的とする。
「…エレン」
「ダメ」
縋る様にユリアンが言うが、エレンはその言葉を即座に切って捨てる。
先程からこの調子だ。フォルネウスを倒した実績がある、幼馴染のエレンにユリアンが気軽に声をかけたが、返事はダメの一点張り。何がダメなのか、どうしてダメなのか。それをエレンはほとんど口にしない。
「あんたが来たって死ぬだけ。名誉が欲しいなら別の方法があるでしょ? 他を当たってよ」
「他もあるが、それでも四魔貴族を倒すっていう名誉は最上級だ! だから頼む、エレン!」
「イヤ」
必死になって頼み込むユリアンだが、エレンの固い声は変わらない。
悲しそうに顔を歪めるユリアンと、無表情のエレン。それを困惑しながらも困った顔で見るエクレアとモニカ。
その余りの頑なな態度に驚いたのはエクレアである。エレンがここまで意地になっているのだから。現状、手が足りているとは言い難い。助けてくれるというならば願ったり叶ったりだろうに、その助太刀をエレンは拒み続けているのだから。
進まないその話を聞きながら、ボソボソと話すのはシャールで聞くのはミューズ。内緒話という訳でもなく、他にも内容が聞こえている。
「フルブライト商会がドフォーレ商会にケンカを売った形になります」
「それで、どうなるの?」
「恐らくは戦争になるでしょう。それも世界を巻き込んだ大戦争に」
シャールの言葉に思わず目を見開くエレンとエクレア。
「ちょっと、シャールさん?」
「どういう事なのっ!?」
自覚がなかったのかと、シャールは哀れみさえこもった目で原因となった女性二人を見て説明する。
「細かい経緯は省くが、フルブライトとドフォーレは本質的に仲が悪いんだ。それでも表面上は今まで仲良くしていた。世界規模の戦いをフルブライトが嫌ったという事もあるし、ドフォーレも成り上がったばかりで足元が安定していなかったという理由もある。
だが、今回の件でフルブライトが擁する四魔貴族を倒した英雄がドフォーレの暗部を暴いてしまった。これを黙って見ているドフォーレではないだろうし、看過してしまえばなめられてしまう。そうなれば戦争を仕掛けるしかないが、フルブライトもこれを回避してしまえば大きく削られてしまう。
降りれない勝負に乗った以上、行きつくところまで行くしかないんだ」
世界大戦の引き金を引いてしまったと言われた二人は顔を青くして、恐る恐る詩人の顔を見る。
その視線に気がついた詩人は、淡々と容赦なく告げた。
「シャールの見立ては間違っていないだろうな」
「そんな…」
顔を歪めるエレン。
「とにかく、今は最新の情報が必要だ。なりふり構ってはいられない」
「だが、ランスは情報網が発達しているとは言えないだろう。急いでファルスにでも向かうのか?」
詩人の言葉にシャールが問い掛けるが、彼は静かに首を振る。
「それじゃあ遅い。そもそも、ファルスが味方であるかも分からない」
「じゃあ、どうするんですか?」
「レオニードに話を聞こう」
その言葉が分からなかったのは、ようせいとリンだけ。他は多かれ少なかれ、直接であれ間接であれ。かのヴァンパイア伯の事は知っている。
「レオニード伯爵が話をしてくれますか?」
「まあ、あいつとは個人的な知り合いだからな。そこは問題ないさ」
「ポドールイまで行くと時間的なロスも多いと思うわよ?」
「呼び出す。ここはランスだから、ポドールイに近い。何とかなるだろう。
本当は借りは作りたくないんだが――背に腹は代えられない」
ため息をつきつつ、詩人は弓を持って立ち上がる。
そして一同を見ながら声をかけた。
「これからすぐにレオニードと話をする。来たい奴は来てもいいし、来なくてもいい。
鈴、ようせい。お前たちはリスクが分からないだろうから来ない方がいい」
「分かりました」
「わ、分かりましたですっ!」
「さて、他の奴はどうする?」
リンとようせいの返事を聞いた詩人は他を見回す。
一瞬だけ間が空いたが、それでも即座にといえる速度で返事をしたのはシャールだった。
「私とミューズさまは遠慮しておこう、危険が高すぎる。それでいいでしょうか、ミューズさま」
「シャールがそう判断したならば、私はそれを信じます」
シャールとミューズは不参加らしい。相手がヴァンパイア伯という事と、ミューズの美しさを考えればまあ妥当だろうと詩人は頷く。
次に声を出したのはエレン。
「あたしは…行くよ。レオニード伯爵にどうしても聞きたい事があるんだ」
「エレンさんが行くなら私も行くよー」
決意の表情をしたエレンと相変わらず軽いエクレア。
エクレアはともかく、エレンの固い決意に少し表情を引きつらせつつ、詩人は個人の意見を尊重する。
そして最後に残ったのはモニカとユリアン。
「…行きましょう、ユリアン。少ない可能性とはいえ、レオニード伯の協力を仰げるかも知れません」
「そう言うのであれば。全力で御守りします」
まあ、レオニードはヴァンパイアというモンスターであるからして間違ってはいないのだが。一度お世話になった身だろうに、警戒心を解かないのは感心すればいいのか呆れればいいのか。詩人はとりあえず気にしない事にしておいた。それを無表情で見るエレンと、そんなエレンを心配そうに見るエクレア。
詩人はそんな四人を引き連れ、宿を出る。そして向かうのは町外れ。
「どこに行くのですか」
「人目のない所に。一応、レオニードはモンスターだしな。あまり大っぴらにランスの中に入れない方がいい」
「どうやってレオニード伯を呼び出すんだ?」
「それは…まあ、見れば分かる」
そんな話をしつつ、人気のない町外れの雑木林に辿りつく。そこで詩人は弓を取り出し、矢を番えた。それと同時に太陽術を矢に込める。
弓を引き絞り、天に向かって矢を放つ。
そしてそれは高く高く空へと上がると、炸裂して夜空に閃光のような光を輝かせるのだった。
それが合図だったのは明白で、誰も余計な事は言わない。しばらくの間、沈黙がその場に横たわる。
やがて。
「珍しいな、お前が私を呼び出すとは」
現れる。何百年をも生き続ける怪物、聖王に認められた伯爵であるレオニードが。いつの間にか、闇夜に紛れた木々の間にそのヴァンパイアはゆらりと立っていた。
初めて彼の者を見たエクレアは臨戦態勢を取り、そうでない三人も表情を強張らせる。そこまでの不吉な気配をこの男は纏っている。
それに全く意を返さないのはやはり詩人。飄々とした声をレオニードにかける。
「突然呼び出してすまないな」
「構わんさ。お前が私を呼び出すとはよっぽどの事なのだろう」
気安く声をかける詩人に、ゆったりとした笑みを浮かべるレオニード。
相変わらずの光景に違和感を感じる三人と、それを初見とするエクレアは驚いた顔をする。
そんな一同の顔を見るレオニードだが、エクレアを見た瞬間に固まる。
「娘」
「へ? 私?」
「…、…。それは、氷の剣か。なるほど、次はアウナスという訳だな」
フォルネウスを倒したという事はレオニードにはお見通しなのだろう。聖王を知るレオニードには持っている武器を見ただけでおおよそを察したらしい。氷の剣を手に入れてから間もないというのに、この男の情報収集能力はズバ抜けているといえるだろう。まあ、それが生かせる機会はほとんどないが。
しかし詩人が彼を呼び出したのは、まさにその情報収集能力を当てにしてである。
「少し聞きたい事がある」
「だろうな。で、何だ?」
「ジャングルで暴れている、ボルカノという男についてだ」
ふむと、少しだけ記憶を漁るレオニード。
「覚えがなくもない。比較的最近、南方のジャングルで暴れだした朱鳥術を扱うボルカノという男がいたな」
「そいつ、特別な装備をしていないか?」
「知っているのか。ボルカノという男、魔王の盾を携えているな。おかげで強力な術を使い、随分と暴れているようだ」
レオニードのお墨付きという事はやはり
そんな見慣れない詩人を面白そうに見ながら、レオニードは言葉を続ける。
「それだけか?」
「いや、ついでにフルブライトとドフォーレの戦いについても話を聞かせてくれても助かる」
「いいだろう」
そう言って現状を語るレオニード。どこの勢力がどちらの商会についたのか、あるいは中立や静観を保っているのか。
知りたい事を聞いていく中で、ロアーヌが静観を決めたという事にピクリと耳を動かすモニカとユリアン。場合によってはここで戦功をあげる事が出来れば、ロアーヌに一目置かれるだろう。その情報が手に入っただけでも収穫だ。
話を聞く詩人だが、それも終わる。
「こんな所か」
「ああ、随分助かった。ありがとう」
「構わないさ、また私の城に寄ってくればそれでいい。昔話を肴に飲もうではないか」
そう言って話を切り上げるレオニードは背を向ける。
「待って下さいっ!」
それに声をかけるのはエレン。レオニードの動きは止まり、ユリアンやモニカ、エクレアはぎょっとしてエレンを見た。詩人は少しだけ体を強張らせるが、とりあえず成り行きに任せるようだった。
レオニードは振り返る。能面のような顔で、無機質な声を出してエレンの方を向く。
「何かな」
「聞きたい事があります」
エレンの声は固い。レオニードが人に制御できない怪物である事は分かっている。だが、もう彼に聞くしかないのだ。
強い覚悟を持ったエレン。レオニードはやや不快そうに顔を歪めるが、そのかぶとを見て諦めてため息をつく。
「聖王のかぶとに免じて、今宵だけは目を瞑ろう。
で、何を聞きたい?」
「…………」
躊躇うエレン。ゆったりと待つレオニード。静かに見守る詩人。固唾を飲んでいる三人。
やがてエレンが口を開いた相手はレオニードではなかった。
「詩人、いい?」
「ああ。黙って見守ってやる」
何を聞きたいのか分からないが、レオニードに物を尋ねる危険は承知の上だろう。それを理解した上ならば何も言う事はないと、詩人は返事をした。
エレンは自分の行動が正しいのかどうか、悩んでいた。ブラックはレオニードに関わるなと言っていた、所詮はモンスターであり信じるに値しないと。
しかし、もう彼に聞くしかない。
「レオニード伯、あたしはどうしても聞きたい事があります」
「うむ、面白い。嘘は言わない事を約束しよう」
「――詩人は、妖精の弓をどうやって手に入れたのですか? どうして詩人は色々な事を知り過ぎているのですか?」
その言葉に一番驚いたのはもちろん詩人である。まさか自分の事を、自分の目の前で聞かれるとは思わなった。
「ちょ、おま――」
「黙って見守っていると言ったのはお前だぞ、詩人」
楽しそうに言うレオニードに、言葉につまる詩人。確かに詩人はそう言った。だがまずい、レオニードはマズイのだ。彼は詩人の秘密をクリティカルに知っている。そしてレオニードが面白そうな表情をしている事もマズい。彼は刺激に飢えた生活をしている為に、享楽の為に危険を冒す場合がある事を詩人は知っている。
まさかレオニードが致命的な事を言うとは思えないが、それでも不安は募るというもの。下手を言ってしまった詩人は唇を噛んでその場を見守るしかない。
「しかし、さて。嘘は言わぬと約束したが、全てを語ると約束はしていないな。詩人が様々な事をどうして知っているか、それを全て語っていては日が昇るまで語ってもまだ時間は足りぬ」
「……」
「だが、詩人がどうやって妖精の弓を手に入れたのかは簡単だ。ただ単に譲って貰っただけなのだからな」
「誰に?」
「奴の妻に」
間
「「「「妻っ!!??」」」」
詩人とレオニード以外の全員が驚きの声を上げた。それを面白そうに見るレオニード。
そんなレオニードをジト目で見る詩人。
「おい。俺はアイツと結婚はしていないぞ」
「子まで儲けておいて、その言い分は通用しないだろう。少なくとも相手はお前の妻だと思っていたようだが?」
どうやら詩人は子供までいるらしい。
その事実に何故か驚いてしまうユリアンとモニカ。エレンは頭が真っ白になって何も考えられない。
エクレアだけが詩人に問いかける。
「詩人さん、結婚してたんだっ!? っていうか、子供いたんだ!?」
「関係ない。もう、どちらも死んでいる」
上がった興奮が瞬時に冷める。それは、あまりに重い言葉。
こんな世の中だ。人が、女が、子供が死ぬのは不思議ではないだろう。しかしそれを淡々という詩人にかける言葉はない。
ただ一人、レオニードだけを除いて。
「全く、だから傍にいてやれと言ったのに。お前の目的を邪魔する訳ではないが、必要のない意地を張るから後悔するんだ」
「うるさい。俺は後悔はしていない」
「そうだな。悔いが残ると前もって分かっていたのだから、後悔では確かにない」
「ぐっ…」
「彼女はお前の目的を否定する訳ではなかったが、お前が傍にいなくて寂しそうだったぞ」
人の生き死にの話にしては随分と軽い話し方だ。だがまあ、この二人に限れば違和感はない。
そんな中、エレンは絞り出すようにレオニードに聞く。
「どんな、女性だったの…?」
「故人であり、他人の妻であるからコメントは差し控えさせて貰おう。詳しくは詩人に聞け」
「言うか」
間髪入れずに詩人が突っ込む。それらを面白そうに見るレオニード。
「追加して言っておこうか。詩人が聖王の事に詳しいのは、その妻が原因であるとは言っておこう」
「……じゃあ、詩人が聖者アバロンの子孫から、復讐の為に妖精の弓や情報を強奪したなんて事は」
「ない」
「っていうかエレン、お前そんな事考えていたのか」
断言するレオニード。ジト目でエレンを見る詩人。
それらに関わらず、エレンはへなへなとその場に崩れ落ちてしまう。
そして万感の思いを込めて、言葉を呟いた。
「――ああ、良かった」
そんな声を聞いてしまえば、詩人はもう何も言えない。きっとエレンは独りでその不安と戦っていたのだろう、詩人が悪人であって自分たちや世界を害するのではないかと。
心外と言えば心外だが、自分が怪しい自覚がある詩人としては強く責めるのも憚れる話である。眉をハの字にしながら、それでも詩人は言う。
「…いつか、言おう」
「え?」
「俺の秘密を。約束する」
言い切る詩人。それを楽しそうに見るのはレオニード。
「くくく、詩人がここまで言うとはな。面白いものが見れた。
エレン・カーソンだったか。お前も気に入った、何かあれば私のところまで来るといいだろう。今日の礼として客としてもてなしてやる」
そう言い残すと、レオニードは闇夜に消える。
おそらくは詩人以外、誰もそれを認識できなかっただろう早業だった。
そしてそこに取り残される五人。話は終わり、聞きたい事は聞けた。だがしかし、忸怩たる想いが心に沸き起こるのが一人。ユリアンである。
(なんで)
なんで、エレンだけがこうも認められるのだろうか。四魔貴族を倒し、聖王遺物を手に入れ、そしてレオニード伯に認められる。
自分だって頑張っている。モニカを護衛し、人の悪意から守り、またミューズを助けて旅をしているのにも自分が含まれているという自負がある。
だがしかし、そんな自分をエレンはあっさり超えていく。そしてそんな自分をエレンは認めてくれない。更にそんな自分の功績にエレンは頓着しない。
なんで。
なんで。
なんで。
どうして。
どうして。
どうして。
心にとめどなく湧き上がってくる黒い感情を、止める術をユリアンは持てなかった。
この話で外伝・エレン編はお終いです。
座談会を挟み、次章であるアウナス編へと移っていきます。
座談会の質問はまだまだ受け付けています。直球ド真ん中でければ受けますし、別に質問が採用されなかったとしてもペナルティはありませんので、是非ともメッセージにて連絡をください。
あ、詩人の妻はゲーム中に名前が登場したキャラではありません。少なくとも私は確認していないです。