詩人の詩   作:117

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茶話会で他の小説の設定が他にもあると言いましたが、ごめんなさいもっとあった。
BLEACHにニセコイ、ゴッドハンド輝にヴァンパイア十字界。ポケモンもあったし、月姫も設定書いてありました。

ちなみにヴァンパイア十字界という漫画が私の中で不朽の名作です。10年くらい前に月刊ガンガンで連載されていましたが、多大な影響を受けました。FateやKeyクラスだと思っています。
興味がありましたら是非読んでみて下さい。(ステマ


069話

 

 

 朝早くに一行はランスを経つ。

 西部で戦争が始まっているならば時間の余裕はなく、早くファルスに辿りつかなくてはならない。一方で野生のモンスターと戦うという経験も得難いものである。何せ一行はこれから戦争に向かうのだから、僅かな技術の差が命の有無に関わってくる。

 かといって9人全員で戦うというのも効率が悪い。モンスターはある程度は群れを為すが、強力な頭がいない群れでは2ケタを数える事はまずない。せいぜいが3~4匹。6匹の群れで稀と言える範囲だ。数でモンスターを潰してもそんな経験はなんの役にも立たないというのが詩人の意見である。戦場では孤立する事も珍しくなく、むしろ一人でどう立ち回るのかという技術を身につけるべきだと。

 これにはシャールも同意した。彼は数で押し潰す技術までは否定しなかったが、今必要とされているのはそれではないと理解していたのだ。

 さて、ここで戦いに参加しない人物が出てくる。まずは詩人とシャール、彼らは自分の腕に自信を持っており、また僅かな戦いで急成長するレベルでもないと理解してもいる。わざわざ他の者の機会を奪う必要はないとの理由から、戦いに参加する事を辞退した。

 逆の理由で戦いに参加しない人物はミューズ。そもそも戦争に出る事さえシャールがダメを出したし、詩人としても未熟が過ぎる彼女を人と人との戦争に出すには早すぎると判断した。目下に控えた戦争の経験値を積む必要はないのだ。

 残るはエレン、エクレア、リン、ようせい、ユリアン、モニカ。この中で一番心配なのはモニカである。武功を立てる為には戦場に出なければならず、彼女は他と比べて頭一つレベルが低い。

 エレンやエクレアは詩人に散々鍛えられた上に、実戦を含めた戦いだらけの日々だったのだ。おそらくこの6人の中で他人の心配ができるレベルだろう。

 そういう意味ではユリアンも負けていない。ハリードやカタリナに鍛え上げられ、そしてモニカを護る旅で磨かれた技は他人をフォローするという点においては6人の中で一番かも知れない。

 また、リンも問題はない。弓と体術を高レベルで使いこなす彼女だが、流石はムング族族長の娘というべきか視野が広い。得意とする弓で味方全体のフォローを可能とし、はぐれたとしても体術で逃げるくらいはできるだろう。

 そういう意味で少し心配なのはようせいだろうか。華奢な体格は致命傷を負いやすく、連携も慣れていない為に難がある。勝手に戦うのが得意分野だろうが、突出した先でまた敵に捕らえられては目も当てられない。

 以上の事からモニカの総合力の底上げと、ようせいの連携に主眼がおかれる事になった。具体的には龍陣の陣形をとる。モニカが先頭に立ち、その斜め後ろにようせいを配置してモニカの援護をさせる。中央にユリアンを置き、モニカの不測の事態に助太刀を入れられるようにして、その次にエレンが控えてモンスターの数が多い時には調整する役割を負った。最後尾にリンが弓を携えてはいるが、彼女が矢を放つ事態とはすなわちモニカやようせいの失敗に他ならない。連続した攻撃を得意とするはずの龍陣だが、今回に限ってはその特徴が生かされる事はなさそうだ。

「あれ? 私は戦いに参加しなくていいの?」

 自分の名前があがらなかったエクレアが首を傾げながら言うが、それに獰猛な笑みを浮かべながら言う詩人。

「ああ。氷の剣を手に入れたのなら、いい頃合いだろう。

 本気で鍛え始めてやるよ。これを乗り越えたら、約束通り剣を教えてやる」

「!」

「最初は旅を続けるのもキツイだろうな。戦う余裕なんか残さない」

「ラジャー!」

 空恐ろしい事を言う詩人だが、エクレアの表情は喜びに満ち満ちている。

 そんな二人をちょっと引いた顔で残りの面々が見ているが、当人たちは気が付いていないらしい。

 

 ファルスへの旅。とはいえ、今更それ程騒ぐような事はそうそう起こらない。せいぜいモニカとようせいがより苦労する位であり、またモンスターの襲撃も多い訳ではなく話をする余裕くらいはある。

「なあ、詩人さん。あなたは剣は教えないんじゃなかったのか?」

 道すがらユリアンが訊く。彼の索敵能力は一級品であり、気の入れ方と抜き方に問題はない。実際、これまで戦いに全く支障が出ていないので誰も口を挟まない。

 だからこそ詩人も気軽に答える。

「ああ、まあ、な。ついついエクレアの奴は弟子にしてしまったからなぁ。剣を教える事も仕方ないと思っている。

 とはいえ、まだ先の話だ。もうちょっと基礎を叩きあげないと話にならん」

「へぇ。それって、俺も教えてくれないのか?」

「いいぞ」

 気軽に言うユリアンに、気軽に答える詩人。

 あまりの簡潔さに驚いたユリアンの首に、詩人の手刀が添えられた。

「ただし間違って育ったと俺が判断した瞬間に――命を貰う」

 唐突なその詩人の行動に、ユリアンは全く動けなかった。そして詩人の軽い口調に込められた重々しい殺気に、知らずに冷や汗が体中を伝う。

 いきなりユリアンの首に手を添えた詩人に、全員の視線が集まって動きが止まる。ただ風だけが、かさかさと音を立てながら樹々を揺らしていた。

 そのまま僅かに時間が過ぎた時、詩人はゆっくりとユリアンの首から手を外す。

「まっ、その覚悟がないなら無理だな。その気になったらまたいつでも言えばいい」

 コクコクと首を動かす事しかできないユリアン。そんな彼をやや同情的に見たのは同じような目に遭ったエレンであり、ドヤ顔で見ているのはそれを乗り越えたエクレアである。

 ちなみに一般的に考えて、相手に生殺与奪の権利を与える事はまったく偉ぶれる事ではないとは明記しておく。

「とはいえ……」

 少しだけ考え込む詩人。そして続きを口にした。

「剣での戦いをもうちょっと鍛えてもいいかも知れないな、お互いに。

 エクレア、お前の実戦稽古にユリアンとの真剣勝負を入れるか」

「「え?」」

 唐突に指名をくらったエクレアと、サラと変わらないぐらいの少女を相手に指名されたユリアンが同時に声をあげる。

「私は、そりゃあ詩人さんが言うなら構わないけど……」

「まあ、この子もそうとう出来るみたいだし……」

 お互いに大声で嫌だとは言わないが、どことなく不満げな様子がうかがえる。

 それでも詩人は自分の意見を変える事はない。

「多分だが、剣のレベルなら釣り合いが取れてる。同レベルで同じ武器同士の戦いは相当勉強になるぞ。

 俺やシャールじゃレベルが高いから、別の経験を積むのも大事だ」

 そう言われてしまえば教えを乞う立場の二人は頷くしかない。

 エクレアがユリアンと戦うくらいに体力が残るのは船旅になってからかと予想しつつ、詩人たちは旅を続けるのだった。

 

 そうして無理を押して進む一行だが、まさか休みなくという訳にもいかない。夜は見通しが悪くなる為、また体力回復の意味を込めて休む事になる。

「はぁ……」

 思わずため息をついて座り込んでしまうモニカ。少し離れたところではようせいも疲れた顔で羽を畳んでいる。ただでさえ滅多に出ない最前線で戦いを続けた上に、歩く速度は普通以上。疲れるのも道理というか、これで疲れない訳がないというか。

 そんなモニカに苦笑しながら近づくのはエレン。彼女は水が入ったコップを手渡した。

「お疲れさまです、モニカさま」

「まあエレンさま、ありがとうございます。しかし今はロアーヌを出た、ただのモニカに過ぎませんわ」

「じゃああたしもエレンって呼び捨てにしてよ。ね?」

 柔らかな笑みを浮かべるモニカに、エレンも爽やかな笑顔を見せる。

 ちなみに少し離れた所でその様子をユリアンが見守り、ようせいのフォローにはリンが向かっていた。野営の準備はミューズとシャールが行っており、夕食もシャールが作るとなるとその味を知っている人物の心の中ではげんなりとしている。そして詩人はエクレアを連れて離れた森の中へ。どうやら技の伝授を他人に見せるつもりはないらしく、徹底していると思う者も少なからずいた。

 会話を続けるモニカとエレンだが、モニカはその余りの普通さにむしろ違和感を抱いた。エレンはモニカとユリアンが四魔貴族を討伐する事に対して、頑固なまでに拒否して見せていたのである。再会の頭からそうだったのだから態度がおかしくなるのがむしろ当然と思えるが、エレンはいたって普通。シノンを出た時と変わらず、快活にモニカに接してくるのだ。

 その疑問は広がっていき、やがてモニカの口から疑問が漏れる。

「あの……エレンさん」

「どうしたの?」

「エレンさんはわたくしがアウナスと戦う事は反対ではないのですか?」

「そりゃ反対よ」

 エレンの口調は軽い。

「フォルネウスを相手にした経験から言わせて貰うけど、四魔貴族は本物の化物よ。命を懸けて当たり前、あたしも仲間を失った。

 言っちゃなんだけど、モニカは戦闘が専門じゃないでしょ? はっきり言うと、死ぬわね」

「ですが、ユリアンと一緒なら――」

 途端にエレンの表情がなくなる。

「ダメ」

「え」

「ダメ」

「じゃ、じゃあわたくしは居なくともユリアンだけで――」

「だから、ダメ」

 ユリアンという言葉が出た瞬間に、馬鹿の一つ覚えのようにダメとしか言わないエレン。モニカに対しては実力がつけば構わないともとれる会話をしていたのだが、ユリアンの話題になった途端に否定のみだ。

 モニカの視界の端では表情が強張るユリアンが映り、心がずきんと痛む。

「何故だか……聞いてもよろしいですか?」

「あたしがイヤなの。だからダメ」

 何故の答えになっているとは言い難い答えである。だがしかしモニカは鋭く観察を続けている。

 もしも誰もが納得する答えがあるのならば、それを口にすればいいだけである。それを口にしないという事は、つまりはエレンの我儘なのである。実際、詩人も否定の声は出していないし、エレンと共にフォルネウスを倒したというエクレアという少女も困惑顔だった。

 問題はそれをエレンが認識しているか、いないか。認識しているならばまだいいが、認識していないのならば意地の張り合いになって文字通り話にならない。

 そしてもう一点、モニカにはどうしても気になる事がある。エレンがユリアン参戦を拒む理由が、もしもモニカが最も恐れるものであるのならば。

(――っ!)

 想像しただけでモニカの胸の奥がズキリと痛んだ。今まで理解した事のない痛み、そして癒す事はできないとどこかで分かっている痛み。

 そうだ、モニカがユリアンと結ばれる事はない。それはロアーヌの妹姫として産まれたならば当然の事。ツヴァイクの王子と破談できたとして、代わりの相手はどこぞの有力貴族であろう。それは仕方のない事、それは当然の事。モニカが平民と愛し合う未来は、永劫存在しない。

 だから、モニカは恋を知るべきではなかったのだ。恋は痛みしかもたらさないからして、何も知らないままに誰かに嫁ぎ、形からできた夫婦で愛を育んでいくのが彼女が最も痛みを伴わない人生だっただろう。

 けれどももう遅い。モニカは恋を知ってしまった、一人の異性を愛してしまった。それも絶対に結ばれる事ない平民を愛してしまった。

 そしてその相手の心には別の女性が住んでいる。愛してしまったからこそ、最も近くにいるからこそ分かる。自分に向けられているのは慈愛や親愛であって、恋愛ではないことを。その感情が誰に向いているのかさえも。

 このことでエレンへ嫉妬心が微塵も湧かないあたり、モニカは人が良すぎるのだろう。だが、それは別に救いでもなんでもない。むしろ人に当たる事ができない激情は自分の心を傷つける一方である。エレンを見るユリアンに悲しみ、ユリアンを見ないエレンに安堵し、そしてそんな自分を嫌悪し続ける。

 黙り込んでしまったエレンとモニカ。そんな彼女たちを睨むように見るユリアン。空気に当てられて言葉を出さない全員。

 そこにガサリと音がする。咄嗟に全員が武器に手をかけるが、姿を現したのはエクレアを担いだ詩人。

「どうした?」

「……いえ、何でもないわ」

 エレンの言葉にふぅんと興味なさそうに返事をした詩人は、担いだエクレアを地面に投げ落とす。

「きゃん!」

「起きたか?」

「起きたか? じゃないでしょ! 起こし方!!」

「……思ったより元気あるなぁ。俺が甘かったのか、コイツがタフなのか」

「詩人さん!」

「文句あるなら気を失うな」

 きーきー喚くエクレアに、適当な相手しかしない詩人。

 やがて張りつめた空気はほどけて、全員の緊張がゆるむのだった。

 

(((マズいっ!!)))

 

 夕食時、別の緊張が場を支配するのは余談である。

 

 

 行きより大分短い時間でファルスまで辿りつく。

「さて、じゃあこれから別行動だな」

 詩人が言うと、全員が頷く。これは旅の間に話がまとまっていた。

 ミューズとシャールはファルス軍と接触しなくてはならない。ファルスの将軍はクラックスというが、彼に直談判をして軍を出させなくてはならない。もちろん対価としてミューズをクレメンスの娘として旗頭にする事などを含まれるため、その辺りの調整もしなくてはならない為に簡単にとはいかない。

 また、詩人としても戦争にまで発展した以上、フルブライトが自分を戦力として使いたがる事はむしろ当然の事として頭に入っている。その確認を取るためにフルブライト商会の支部に顔を出し、依頼を受ける。更にそこでフルブライト商会としてファルスを仲間に引き入れる約定もふんだくり、ミューズの交渉を援護する役割もある。ちなみに詩人にはフルブライト側の人員としてエレンとエクレアも同伴する。

 残る4人は雑務担当だ。とはいえ、リンやようせいは聖王の文化に疎い。そしてモニカもあまり旅のあれこれに慣れていない。実質、ユリアンが3人の面倒を見ながら宿を取ったり物資を補充したりという仕事を一手に受けていた。

 やがてユリアンがとった宿に疲れた顔で戻ってくる面々。それを迎え入れるユリアンも疲れた顔だ。リンやモニカも楽だったとは言い難く、嬉々としているのはこの状況でも好き勝手にふらふらしているようせいだけである。ようせいの面倒をユリアンにかけないように、リンとモニカで必死に抑えていたともいう。

 このまま寝たいというのが一同の本音だが、まだ情報のすり合わせが終わっていない。ファルス軍から元気の出るお茶として土産にもらったコーヒーをカップに注ぎながら、宿屋のリビングに集まって話し合いをする。

「結論を言おう。ファルス軍はフルブライトに付く事になった。ルードヴィッヒがドフォーレに付いた事は察知していたそうだが、表に立つ名声が足りずにどうするかを悩んでいたらしい。そこにミューズさまが名を貸すと言ったのだから、渡りに船だったんだろうな。悪くない条件を結べたと思っている」

「こっちもやはりフルブライトから戦力増強の要請があった。ファルス軍にも要請を出しているかと聞いたら、要請は出していたが返事は鈍かったと。責任者を連れてミューズとの会談に割り込み、可能な限りフルブライトに妥協させた」

 シャールと詩人が疲れながらも言い、コーヒーを啜る。

 それに少し疑問を持つユリアン。

「フルブライト商会に妥協をさせたのですか? 失礼ですが、どうやって?」

「俺を味方に引き入れたければ、まずファルス軍を味方にしろと脅しつけた。以前から俺の実力は見せてやっていたからな、フルブライトとしては下手に出るしかないのさ。ファルス支店でできる限りの融通は効かせたから、まあ話はスムーズだった」

「あの…それは後で詩人さんとフルブライト商会の間で遺恨にならないのでしょうか?」

「あいつがこんな時期にこんな下らない戦争の火種をまいたんだ。遺恨にするなら合わせて叩き斬ってやる」

 モニカの気を遣うような声に、詩人はイライラしながら答える。

 人には当たらないようだが、彼自身は相当フルブライト23世の事が頭にきているらしい。触らぬ神に祟りなしと、そそくさと話題を変えるエレン。

「それであたしたちの目的地はウィルミントンでいいのかしら? ここからなら船で行けるわよね?」

「そう簡単な話でもないらしい。ここらの海はピドナが、その先はドフォーレが制海権を握っているらしく、戦争に加わるならファルスとしてはここからピドナ海軍を挟み撃ちにするべきだという案が主力だ」

「え。じゃあどうするの?」

「まあ、いくつか方策はあるが…ピドナに行き、一般人としてウィルミントンに行く方法。ピドナの会社もいくつかはフルブライト商会についたから、敵対しない事を装って船くらいは出ているだろうな」

「ルートヴィッヒとやらはピドナの為政者なのに、ピドナ全体の統率も取れていないのですかっ!?」

 驚きの声をあげるリン。彼女としては統率が取れない無能者が上に立っているとは信じられないのだろう。

 東にある京にもいくつか派閥があるとは知っているが、配下の統率を徹底するくらいは基本であると分かっている。だがまあピドナは圧倒的に大きい都市であるからして、彼女の想像の及ぶ範囲の外という事は往々に起こりうるのだ。

 リンの言葉にしたり顔で頷くシャール。

「ルートヴィッヒがピドナで最も大きい勢力であるのは確かだが、ピドナ全体でも精々3割程度。そしてその同盟として神王教団が2割程度の影響力を持ち、ギリギリ半分以上でしかない。もちろんピドナの半分というだけで下手な国よりも強大な影響力があるが、言い換えればそれと同じ分が敵対しかねないという訳だな。もちろん半分全部が敵対しなくても、一部が敵対して争いが表に出るだけでピドナは大混乱だ。そして地盤を固めきっていないルートヴィッヒはそれを恐れているとも言える」

「それにルートヴィッヒは立場上、神王教団のご機嫌取りもしなくてはならないからな。戦争に中立の神王教団が抜けるとなると、影響力は半減だ。手が届かない部分、手を出せない部分、それは個人で見れば大きすぎる」

 詩人が補足するが、追加で言葉を続ける。

「まあ、この案はないが。徒歩でピドナまで行くとか、面倒にも程がある」

「じゃ、どーするの?」

「強行突破でいいだろ」

 エクレアの素朴な疑問に、素っ気なく答える詩人。

「とりあえず俺たちの乗った一隻がウィルミントンに着けばいいんだ。後はファルス軍は海や陸からピドナをチクチク突くだけ、ファルスとピドナのどっちが勝とうが知ったこっちゃない」

「…割り切っていますね」

「だから、その一隻をどうやってウィルミントンまで着かせるの?」

「だから、強行突破だって。ファルスがまだ表立って戦う姿勢を見せていないだけあって、ピドナの視線はウィルミントンに向いてるだろ?

 背後から術をぶつけて、怯んだ隙に押しとおる。防衛網を海上に敷いていないなら、俺とシャール、それからエクレアの術で十分だ」

「私の術?」

「ああ。要するに、全力のトルネードを唱えればそれでいい」

「おお、そういう。りょーかい」

 詩人は気楽に言い、エクレアは気楽に頷くが。それを見るシャールはやや引きつっている。

 術者は絶対数が少ないうえに、全ての術の中で最強と名高い術が蒼龍術のトルネードだ。それをこんな幼い少女が使えると気軽に言う時点で驚きだ。

 それに船で恐ろしい事柄は幾つかあるが、火事や嵐、そして竜巻はその最たるものである。船本体にダメージがあるとなれば大事で、それが致命傷なら船員全ての命に関わる騒ぎである。その大事を一人の術者が引き起こせるというのだから、海戦における術者の重要性が分かる話だ。

 絶対数は少ないとはいえ、フルブライトにドフォーレは世界最大規模の勢力だ。当然ながらそういった最上級の術者も抱え込んでいるであろう。個人の武も軍としての戦略も、何も通じず引き起こされた嵐に巻き込まれて海の藻屑となるというのは軍人として悪夢という他ない。しかも背後から奇襲をもってして、だ。仕掛ける側でありながら、相手に同情心の一つも湧いて出る。もちろん、だからといって手心を加える気は微塵もないが。

「よく分からないが、とりあえずウィルミントンに着くまでは心配しなくていいんだな?」

 術に詳しくないユリアンや、海戦に詳しくないエレンやリン、そしてそもそも人間の戦争に詳しくないようせいなどはあまり深刻な顔はしていない。というか、深刻な顔をしているのはシャールだけである。詩人はこの辺り、敵と判断すると本当に容赦がない。

「ああ。それでウィルミントンに着いてからだが、そこからはフルブライトに話を聞いて適時動くのがいいだろうな」

「これで話は終わりだ。そろそろ休もうか」

 シャールがそう言って話をしめるが、それに待ったをかけるのは詩人。

「すまない。全体の話はこれでいいが、個人的にモニカと話がある」

「?」

 怪訝そうな表情を浮かべるシャールだが、どうやらミューズとは関係ない話らしい。

 詩人にとっていい話なのか、モニカにとっていい話なのか。それは分からないが、ここで下手に首を突っ込んでも得られるのは反感だけだろう。

 軽く頷き、ミューズを伴って部屋を辞する。

「ようせいとリンも、悪いが席を外してくれないか?」

「? はい、分かりました」

「王様の言う事なら喜んでっ!」

 リンもまた怪訝な顔をするが、あまり詳しくない自分がいても仕方がないだろうと席を立つ。ようせいは言わずもがな、詩人の言葉には絶対服従だ。

 更に人数が減るその場に、緊張の色を強くするモニカ。残るのは詩人とモニカ、エレンにエクレアとユリアンで5人だ。ちなみにユリアンの表情も厳しいが、エレンとエクレアはきょとんとしている。

「ねえ、詩人。何の話? あたしたちって関係あるの?」

「ああ。ウィルミントンについてからの立ち位置の話だ」

「立ち位置と言いましても、それはウィルミントンについてからではないのですか?」

 詩人の言葉に咄嗟に言葉を被せるモニカ。

 それはただならぬ雰囲気を感じ、主導権を渡すまいとする姫の行動だった。

「もちろん、どこを攻めるかの話はウィルミントンに着いてからだ。

 だがその前に、俺たちを形の上で雇わないかって話をしたかった」

「と、申されますと?」

「ウィルミントンに着いたら、どんな形勢であれ形であれ、俺は即座に戦争を終わらせる為に動く。具体的にはドフォーレの主力部隊を壊滅させるか、とっととドフォーレ会頭の首を取るか、だ」

 あっさりと気軽に言い切る詩人に、モニカとユリアンは驚きで目を見開く。

 冗談ではないのかと、問い掛けるような視線でエレンを見てしまうユリアン。気持ちは分かると薄く諦めたように笑いながら頷くエレン。

「詩人の得意武器は剣らしいけど、そうじゃない槍でフォルネウス軍を単騎で相手取ったわ。剣を抜くなら、そのくらいやりかねないわね」

「詩人さんの剣は凄いんだからっ!」

 詩人と共に旅をする二人の、フォルネウスを倒した英雄二人からの太鼓判である。本当にそれができるかは分からないが、少なくともそれを信じさせられる実力はあるのだろう。

 東の果てを超えたという男、ハリードをして己と互角以上と感じたと言わせた男。それがこの詩人なのだと、ユリアンは改めて背筋が凍る思いだった。

「……早く戦争が終結するのは良い事ですわね」

「だろ? それでモニカたちの目的はツヴァイクを超える価値を示す事だったか。

 貸し一つで、俺はモニカの配下って形にしてもいい。エレンとエクレアもそれでいいか?」

「あたしはまあ、名声に興味ないし」

「私もいいよー。剣の腕が上がるならなんでも」

 適当に返事をするエレンとエクレア。

 これ程の戦力があっさりと手に入る事に喜色を浮かべるユリアン。

「本当か? それなら是非――」

「待って」

 快諾しそうなユリアンを一言で止めるモニカ。

 取引の流れを絶つモニカに驚きの表情を持って見るユリアン、そしてエレンにエクレア。詩人だけがほんの少し目を細めて、視線を鋭くしたモニカを見る。

「どうかしたか、モニカ姫?」

 楽しそうに聞く詩人。言葉の通りにならない、しかしより良い結果に結びつきそうな流れに、彼は楽しそうにモニカを姫と呼ぶ。

「……、…………。思えば、不思議ですね。

 詩人さん程に腕が立つ方を、お兄様が知らなかった事。その方がフルブライト商会と結びつきがある事」

 考えをまとめながら、熟考しながら言葉を紡いでいくモニカ。

「どうしてお兄様がその事を知らなかったのか? それは詩人さん自身が有名になりたくないという事でしょう。自分から積極的に名を上げる事柄を潰していった」

「え。どうして?」

「分かりません。しかし今大事なのは、どうして有名になりたくないかという話より、どうしても有名になりたくないという詩人さんの事情です」

 ユリアンが挟んだ口を、容赦なくちぎって捨てるモニカ。

 その視線が鋭くなるばかり。

「思えばフォルネウスを倒したという事に詩人さんが入っていない事も変です。

 フォルネウス軍を一人で打倒した。どう考えても一般に広まらない方がおかしいですわ。けれども、フォルネウスを倒した英雄の中に詩人さんの話は今まで聞いた事はありません。

 貴方はここでも情報操作をしましたね? 事の大きさから考えて、フルブライト商会が一枚噛んでいるのでしょう?」

 詩人は微笑を浮かべたままのポーカーフェイスでそれに答える。

「ならば戦争で名があがるのは、迷惑に思っても喜ぶ事はないでしょう。

 要らないものをわたくしに貸し一つで売りつけようとした。そう考えるのが自然ですね」

 ユリアンは。エレンは、エクレアは。驚きを持って詩人とモニカを見る。

 詩人がそこまで狡猾な考えを持って相手に利益になるように見える取引を持ちかけた事。そしてそれをモニカが看破した事。

 エレンはまたもや交渉事の妙と言えるものを見抜けずに歯噛みする。だがこれは仕方がないと言えば仕方がない。交渉に必要とされるのは商人の才や王者の才と言われるものであって、武人の才や狩人の才ではないのだから。

「貸し一つで、わたくしの名前を貸してもいいですわよ?」

「俺は別にフルブライトの名前でも構わないぞ?」

「どうぞご自由に。強く出なければならないフルブライト商会に、名前を貸してと頼めるのでしたならば。

 それとも、戦争の前線に立たないミューズさまの名前をお借りしますか?」

 モニカの言葉から一瞬の沈黙。

 そしてくすりと詩人が笑う。

「分かった、貸し借りなしでモニカに手を貸す。それでどうだ」

「詩人さんやエレンさん、エクレアさんのお力を借りれるのはとても心強いですわね」

 場が弛緩する。他の面々は詩人と正面から渡り合ったモニカに驚きの感情しかないが、彼女とて成長しない訳ではないのだ。

 自分の有利や得に惑わされる事なく、違和感を見つけて罠を回避する。これもまた得難い能力の一つであり、ユリアンの後ろから大局観を養ってきたモニカならではの才能開花と言えるだろう。

 結果として貸し一つを得る事ができなかった詩人は軽い口調でエレンに詫びる。

「すまないな、エレン」

「え? あたし?」

「貸し一つを使って、ユリアンをアウナスから遠ざける事に失敗しちまった」

「あ」

 ここでようやく間抜けな声をあげるユリアン。

 空手形を切るという事はそういう事、約束だからと動きを束縛されてしまう。ましてやこの話はどこか意地の張り合い染みた所がある。意志力が大きく左右する場では、心を縛る鎖というのは限りなく大きく働くといっていい。

「どうやらモニカがいる限り、嵌めるのは難しそうだ。できればとっとと穏便に話を進めたかったんだが…そう言う訳にもいかないな」

 やれやれと詩人は首を振る。

「大変な事になりそうだ」

「それにしては嫌そうに見えませんわね?」

「まあな。敵ならともかく、味方になるなら心強いと思えなくもない」

 軽い笑みを浮かべる詩人に、軽やかな声で話すモニカ。

 戦争で勝つ名誉は大きいが、四魔貴族を倒す栄誉とはまた別物である。両方手に入るならばそれに越した事はない。

 何よりモニカには分かっていた。四魔貴族を倒すという事は、場合によってはツヴァイクを超える価値を示すと一発で証明できてしまうと。フォルネウス撃破の報を聞いた時、その事の重大さに気がついたのだ。

 そしてアウナスに対する切り札として氷の剣があり、火術要塞を見つける為に妖精族の案内もいる。大きなハードルを越えつつある現在、命を懸ける場所であるとモニカは感じつつあったのだ。

 ここは決して引かないと、声色の軽さとは裏腹に重い決意で口にする。

「わたくしたちは四魔貴族を倒したという事実が是非欲しいのですわ」

「だ、そうだ。今回の相手は手強いぞ、エレン」

 気楽に言う詩人。表情が強張るエレンに、そんなエレンをどこか悲しそうに見るエクレア。ユリアンは挑むようにエレンを見返している。

 とはいえ、話し合いは終わった。とりあえずフルブライトとドフォーレの戦争を先にどうにかするべきであって、その為には今は休むのみ。

 詩人に促されて場が解散する。

 全員がその部屋を立ち去り、バタンとドアが閉まる。

 

 苛烈な争いがされたその部屋に残された緊張は、しばらく消える事はなかった。

 

 

 

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