詩人の詩   作:117

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本日、二話目の投稿です。

この話で序章は終わりです。
これまでの話やプロットを見直したりするので、次の投稿まで時間が空くかも知れませんが、どうかよろしくお願いします。


007話

 ガランとした酒場だった。

 もう明け方であり、客はたったの独り。ロアーヌを救った英雄の一人とされる、エレン・カーソンその人である。

 ポドールイで飲んだ時とは違い、その表情は呆然としたものだった。

 

 彼女は一晩で多くを失ってしまった。

 自分に好意を寄せてくれていたユリアンはミカエルに認められ、モニカの護衛であるプリンセスガードに入隊すると嬉しそうに語り、エレンに背を向けてロアーヌ城へと走り去っていった。

 ずっと自分が守ってきた(サラ)は、故郷に帰ろうという自分に反発して飛び出してしまう。トーマスについてピドナへ行き、商売の手伝いをすると、トーマスが伝えてくれた。

 ハリードはミカエルと契約を交わし、しばらくロアーヌに留まるらしい。

 誰が悪いという訳でもないのだろう。だが現実として、エレンはたった一人ですることもなくぼんやりとしている。目標が、やる事がないのだ。仲の特に良かった者が誰もいないシノンの村に帰る気持ちは、起きない。

 迷惑そうなマスターを無視して、酒を飲むでもなく酒場でぼんやりとする。いや、ぼんやりとしかできない。

「まだここにいたのか、エレン」

 ギィと音を立てて扉が開き、男が一人入ってくる。詩人だ。べらぼうに強いくせに、自分の目的も素性も、名前さえも明かさない変わった男。

「ああ、あんたか。どうしたの?」

「他の奴らの話は聞いたが、エレンがどうするかの話は聞かなくてな。トーマスから事情だけは聞いたが」

「…あのおしゃべり」

「で、どうする? ユリアンと一緒にミカエル候に仕えてみるか? ピドナに行ってサラと一緒に商売の手伝いでもするか?」

「あんな薄情な連中、知らないね!」

 ふんっ、と鼻息荒く言い捨てる。

 詩人はそうかと頷き、エレンに話しかける。

「行くあてがないなら、一緒に来るか?」

「は? あんたと? どこへ?」

「ランスへ。聖王廟を見るだけでもいいし、もし手を貸してくれるなら手を貸して欲しい。

 お前たちなら協力を願おうかと思ったが、みんな素早くてな。捕まらなかった」

「のろまで悪かったね! …で、何に手を貸せばいいんだい?」

 エレンは問い掛けるが、詩人は意味ありげに数枚の銀貨を取り出してマスターに握らせる。

「30分でいい、二人で話がしたい」

「…。俺はこれから夜の営業の用意で外に出なきゃならん。お前さん方、30分で戻るから、そうしたら帰ってくれ。もううちは店じまいだよ!」

 足早に出ていくマスター。

 その足音が完全に聞こえなくなってから、詩人はエレンの近くに座る。人払いをした上で、かすかな声でエレンにしか届かない声で言葉を紡いだ。

「宿命の子を探している」

 びくりとエレンの動きが止まり。錆びついたような動きで詩人を睨む。

「…なんだって?」

「ランスにヨハンネスという学者がいるが、その研究成果によってゲートが開き始めているのは確実だ。

 宿命の子は、間違いなく生きている。それを探すため、俺は全力を尽くしている。

 今の世の中は混乱している。ゲートの影響でアビスの力の恩恵を受け、暗躍する者。それを阻止しようとする者。神王教団。四魔貴族。全てが宿命の子を探している」

 想像もしていなかった事態に、エレンの目は丸くなる。

 田舎村で過ごしていたエレンには世界情勢など、知る由もない。世界が宿命の子をかけてそんな大事になっているなんて、夢にも思わなかった。

「で、あんたは宿命の子を見つけてどうしようっていう訳よ?」

「四魔貴族と戦う」

 言い切る。

 名前も明かさない男がその目的を。

 信用は、できない。

 口ではなんとでも言える。まだ信用はできない。

「…とりあえず、ランスには行く。ヨハンネスって奴の話を聞いてみる。

 そして自分で考えて、自分で結論を出す。もしそれで目的が一緒なら、手を貸してもいい」

「そうか、それでいい」

「あ、ついでにあたしを鍛えてくれると嬉しいね。あんたに教わってから自分でも分かるくらいに強くなった気がするんだ」

「ちゃっかりしているな」

 苦笑いで応える詩人。

 

 マスターが帰ってきた時、誰もいない酒場が彼を迎えていた。

 ようやくいつもの日常がかえってきたと、マスターは安堵のため息をはいた。

 

 

 

 ロアーヌ城、執務室。

 ミカエルは今回のゴドウィン男爵の反乱についての結果をまとめていた。

 被害はやはり内紛による傷が大きい。民に被害が出ないように気を使ったが皆無ではないし、何より皺寄せにより軍が大きく疲弊してしまった。

 利益もある。ゴドウィン男爵の領地は完全にミカエルの支配下に入り、不当に得ていた巨額の財も手に入れた。それに何より、ロアーヌの膿を出せた事が大きい。これで後顧の憂いなく外に立ち向かえる。

 また、新たに得た人材も忘れてはいけない。多めの賃金に加えて神王教団と必要以上に協力しないことを条件に、トルネードの異名を持つハリードを引き込めた。軍は量も大切だが、質も重要だ。そういう意味でハリードの加入は大きい。更にそのハリードが見込みありと言ったユリアンという若者も囲い込む事に成功。失った穴を埋めてくれる人材に育つ事を願おう。

 …人材と言えば、今回の事件で結局名前すら判明しなかった男もいた。ガルダウイングを瞬殺できるなど、放置できる男ではない。

「影よ」

「は」

 天井から一人の男が降りてくる。その男はミカエルにそっくりだった。顔や服はもちろん、その所作まで。

 この男こそがミカエルが最も信頼する者の一人。闇に紛れ影に潜み、あるいは堂々とミカエルの代わりに光に当たる事さえある。

 カタリナももちろんだが、この男がいたからこそゴドウィン男爵の手元にモニカを置いたと言ってもいい。モニカを囮に使う程に油断を装わなければならなかったのが、ゴドウィンという男だったのだが。

「詩人について情報は集まっているか?」

「完全にとはいきませんが、多少は」

「よい、聞かせろ。なぜあれほどの男が噂にのぼらなかった事も含めてな」

「結論から申し上げれば、奴はフルブライト商会と繋がりがあります」

「…フルブライト商会の手先、もしくは間者という訳か?」

「いえ。繋がりがあり、フルブライト商会も情報操作をしているようでしたが、奴の本拠地はランスでした。

 世界のあちらこちらに出向いているようですが、定期的にランスで奴を目撃したという情報が入っています」

「ランス…。聖王家があったな」

「それからゲートが開くと予言し、火あぶりになった学者の家族も移り住んでおります。奴はその両方と接触している模様」

 ふむ、と静かに考える。

 レオニード城でモニカが聞いた言葉をミカエルは聞き出していた。

 15年前にできた探し物で、レオニード伯爵を頼るほど。そして見つかっていない。

 そんなもの1つしかないだろう。

「宿命の子、か」

「間違いないかと」

「どうするつもりだ? いや、なにをするつもりだ?」

「そこでフルブライト商会が出てまいります」

 影はそこで一呼吸おく。

「フルブライト商会は奴を使い、アビスに魅入られ悪事を働く者たちを潰し、自分の求心力を高めているようです。

 奴から足がつかないように、また奴が警戒されないように情報を隠蔽したとみられますが、重要なのはフルブライト商会は聖王と縁の深く王道を歩みたがります。奴がフルブライト商会と繋がっているなら、とりあえずアビスに魅入られている事はないかと」

「そう見せかけて最後に裏切り、全てかっさらうかも知れんぞ」

「これ以上の判断は自分の身に余ります」

「…ちなみに奴はどこへ行った?」

「ミュルスからツヴァイクへ。ランスへ向かっているものと推測されます。同伴者としてエレン・カーソンがついています」

「そうか。とりあえずロアーヌに害を為さないなら放置でいい。

 だが、情報だけは集めておけ。特にエレン・カーソンが不審死した場合は即座に伝えろ。奴が動き出した可能性が高い」

「はっ」

 詩人についてはとりあえずこれでいい。手元にハリードを置けたのだ、得体の知れない者まで抱え込む必要はない。

 もしも何かあって協力を求めるようならば、高く売ってやろう。そして敵対するなら容赦なく潰す。今はその両方の可能性を考慮すればいい。

 目的が不明なら、尻尾を出すまで待てばいい。あまり奴にばかり気にかけてもいられない。

 ミカエルは次の案件へと考えを巡らせた。

 

 

 

 雪が溶けない町、ランス。

 聖王廟があり、聖王の姉の子孫が聖王家を継いでいる町。ゲートの開き具合を観測する男、ヨハンネスが住む町。

 …宿命の子と、最も縁が近い町の一つ。

 そこでエレンは、詩人の紹介でヨハンネスと話をしていた。

「じゃあ、ゲートが開いているのは…」

「開きかけているが正確ですが、事実です。死食の前と後で星の位置が僅かに違います。ゲートは星の位置をずらしますが、差異は僅か。完全に開ききっていない証拠です。

 そしてゲートに干渉する能力は宿命の子しか持たないことも事実。私は今も観測を続けていますが、星の位置は僅かにずれ続けています」

「じゃあ、宿命の子がゲートを開いている…?」

「いえ。ゲートを開くには宿命の子が直接ゲートに干渉しなくてはいけないということは、聖王家の書物により分かっております。それにゲートを開けたにしては星のずれが小さい。分かっているのは宿命の子がゲートに干渉している、つまり生きているということだけです」

 次の言葉を吐くと、エレンは自分の人生全てを穢すことになりかねない。それでも、自分が穢れる程度なら甘んじて受け入れられる。腹に力を入れて、エレンは、言ってはならない事を、何でもない風に、口にした。

「じゃあ、宿命の子が見つかったとしてさ。その宿命の子がゲートを閉じる保障はあるの? 魔王みたいに世界を滅茶苦茶にしない保証は?」

「それは…ありません。ですが宿命の子を見つけない事にはゲートに干渉することはできません。

 なので私は詩人に依頼し、宿命の子を探してもらっているのです。もし善なるものなら良し。悪なら――」

「悪なら?」

「……」

 ヨハンネスは良くも悪くも一般人なのだろう。その次の言葉を口にすることはできなかった。

 だがエレンは容赦なくせめる。もう彼女に怖いものはない。一番大事なものを穢したのだから。

「殺すって? 殺して、開きかけたゲートが閉じる確証は?」

「そ、それは…」

「宿命の子なんて、頼りにならない。あたしは、あたしの力で何とかしたい。方法は何かないの?」

「…可能性は、零ではありませんが」

「あるんだ」

「…はい。ですが、危険すぎて詩人にすら断られた話です。

 ゲートを門と例えるならば、宿命の子は鍵。鍵がないなら、力づくで門を破壊すればいい」

「それは可能なの?」

「理論上は、としか。しかもゲートがある場所は全て難所である上、ゲートが開きかけている以上は四魔貴族がそのゲートを守っていることでしょう。

 この方法を選ぶということは、比喩でなく聖王の(ごと)くあらなくてはならないのです」

「やる」

「は?」

 たった一言で言いきった目の前の美女に、ヨハンネスは間抜けな声をあげた。

「だから、やる。聖王の真似事だろうが、なんだろうが」

「ほ、本気…いえ、正気ですか…!?」

「正気で本気よ。どこにいるか分からない宿命の子を探して、その宿命の子が善人であることにかけるなんて、性に合わないわ。

 このあたしが! 全部のゲートを叩き壊してやるってのよ!!」

 力強く言い切るエレンに気圧されてヨハンネスは何も言えない。言えるのはずっと黙っていたもう一人の男。詩人。

「ふむ。そうか、やるか、ふむ、ふむ…」

「なによ、あんた。何か文句でもあるの?」

「…。いや、それもいいかと思っただけだ。俺は引き続き宿命の子を探すが、別のアプローチもあってもいいかと思ってな。

 だがエレン、お前の実力だと確実に死ぬぞ。自殺と変わらん」

「実力差くらい根性でなんとかするわよ!」

「根性でなんとかなる差じゃねーよ、阿呆。

 俺が鍛えてやるよ。しばらくは俺の旅に同行しろ。

 何せ、宿命の子が生きていることは分かっているが、心当たりはだいたい潰した。後は行き当たりばったりだ。

 それならゲートに近づくように行動してもいい。もしかしたら宿命の子が独自に動いてゲートを閉じようと、もしくは開けようとしてるかも知れん」

 にやりと笑ってエレンに手を差し出す詩人。

 にっこり笑ってその手をとるエレン。

「協力しよう、平和の為に」

「協力しましょう、世界の為に」

 その様子を呆然と見ていたヨハンネスだが、気を取り直すと本を一冊取り出してエレンへと手渡す。

「あなたの決意は分かりました。これはゲートの場所を記し、聖王がそのゲートにどう行ったか、そしてそのゲートの四魔貴族をどうやって打倒したのかを調べたノートです。

 使うことはないと思っていましたが…いやはや……」

「ありがとう。頑張るわ」

 そう言ってノートを受け取り、エレンと詩人はヨハンネスの家を出る。

 かすかに雪が降る中、二人はとりあえず宿屋に向かって歩いた。

「さて。まずはどこのゲートから行きましょうか?」

「その前にやることがある」

 やる気があるのはいいことだが、水を差さなくてはならないこともある。

「ゲートが開きかけている影響か、モンスターの動きが活発だ。それにアビスに魅入られた愚か者が犯罪や事件を起こす事も珍しくない。

 そういった事で人々の生活が脅かされれば、こちらの活動にも支障が出る。

 っていうか、普通に迷惑で妨害行為だ」

「…つまり、そういった事件も解決しなくちゃならないってこと?」

「そうだ。例えるならゴドウィン男爵の反乱、あれもその一種だった。ゴドウィン男爵はアビスのモンスターと手を組み、反乱をおこした。ロアーヌ城から運び出されたモンスターの死体に、アビスのモンスターも混じっていたから間違いない。位置関係から言ってビューネイだろうな。

 もしもゴドウィン男爵の反乱が成功していたら、いずれロアーヌはビューネイの支配下に入り、ビューネイのゲートを閉じる事は絶望的になっていたはずだ」

「分かったわよ。で、まずはどうするの?」

「ユーステルムでモンスターが活発らしい、駆除しにいくぞ。鍛錬にもなるし、暇な時間にヨハンネスのノートでも読んでおけ。

 …ゲートがいつ開くかも分からんし、時間が経つにつれ開きは大きくなり敵は強くなる。猶予はない、死に物狂いで強くなれ。手助けはしてやる」

「…もちろんよ」

 

 雪をかき分け、二人行く。

 徐々に強くなるモンスターを倒しながら、自分も強くなりながら。

 目標はゲート、それを守る四魔貴族。長く困難な旅が、今始まった。

 

 

 




ルートはエレン風味。ハリードはミカエルに雇われ、代わりに詩人が納まった形です。
序章・完といった感じの中、詩人について作中で言っていたことをまとめたいと思います。



名前・詩人(本名は不明だが、レオニードは知っているらしい)
性別・男
年齢・不明(15年前にレオニードに会える程度の年齢)
目的・復讐 平和 四魔貴族と戦う
武器・棍棒を主に使うが、あらゆる武器や体術に精通している。だが、剣だけは決して使わない。
術・地の術が使えない代わりに、天の術の月と太陽の両方を使える。
活動・アビスに敵対する。モンスター狩りも行い、気が向いたら詩を歌う。宿命の子を探して世界を旅している。
経歴・かつて弟子をとっていたが、苦い思い出がある。目的である復讐の為に一人の女性を見捨て、泣かせた。
主義・隙は作らない
宣誓・欺こう、偽ろう、殺戮もしよう。ただし決して裏切らない。奴らの同類には決してならない。
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