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では最新話をどうぞ。
ファルスの船が海をいく。
船といっても種類は様々で、大雑把に分類しても漁船・客船・商船・戦船などに分けられる。詩人たちが乗っているのはもちろん戦船だが、その中でも更に細分化というものはされるもの。
速度を重視して哨戒や伝達を主とする快速船。装甲を厚くして乗員を増やし、攻撃力と耐久力を上げた殲滅船。そして術師が乗る事を前提とした術船などだ。
船は海の上に浮かんでいるからして、陸での戦いとはまた違った制約がつきまとう。補給が港でしかできないのは当然だし、動かすのだって急停止や急発進が出来る訳がない。慣性を理解し、風や潮の流れを読み切り、また旗を使った伝令も正確に理解する。その上で船を操作する帆の動きを繊細に動かしたり、船底から重い荷物を運んだり。とにかく力を必要とする業務が多いため、自然と船乗りは筋骨隆々になりがちだ。
そんな中、力よりも魔力が優先される術船はかなり特徴的だ。攻撃がそもそも術に依存し、人ではなく船を狙うという戦法が有効となる為に、他の船で重視される繊細さというものに重点が置かれる事がない。他の船では正確に他の船に寄せる必要があるが、それがない術船はそのリソースが速度や装甲に回される。重い武器防具や兵を乗せる必要がなく、ただ遠距離から一方的に術にて敵船を攻撃できるのだから、万が一の為にそれを可能とする術師を守る為と接敵や退却を速やかにする為の速度が優先されるのだ。
まあ、今回詩人たちの一行が乗っているのは術船ではないのだが。
理由は大きく分けて3つ。
1つは可能な限り早くウィルミントンについて加勢するという知らせを伝えたかった為、速度の面においては術船よりか快速船の方が向いていたという事。
2つ目は術船が希少だという事。戦略的・戦術的に有用な術師がそう多くいる訳もなく、自然と術船の数は減る。数が減れば大量生産できなくなる為、単価が上がるのは道理。更に術師それぞれに合わせてカスタマイズした船では使われる術の効果も大きく、ファルス軍でも術船はほとんどそれぞれオーダーメイドの補強がなされている。詩人たちに最適ではなく、更に最適に使いこなせる術船が1つ減るというだけで強大なピドナに戦争を仕掛けるならば無視できないロスとなる。
3つ目は術船は目立つということ。想像してみて欲しい。それぞれに用途がはっきりした船団の中で、明らかにおかしいチューニングされた船が大真面目に混じっているところを。素人でも術船だと分かるだろう。それだけ術船というのは特徴的なのだ、敵の目を集めたくないのならば術船になど乗る訳がない。ただの快速船ならば誤魔化しもきくかも知れないが、ピドナの支配領域でピドナのものではない術船を見かけたら敵船一択だろう。
以上が大きな理由だが、それでも反対意見は出た。主にはシャールから。速さを最大限に追求した快速船はつまり、装甲がほとんどない事を意味する。また、術船ほどではないにせよ、そんな船は稀だ。見かければ怪しまれる事は確実で、ピドナの支配海域を突っ切る以上は前に敵船がいることになる。敵の中にそれこそ術船がいれば取り返しがつかず、数に任せて捕縛される可能性もある。数日ロスしようとも商船などに紛れてウィルミントンに向かった方がいいという訳だ。
シャールの言い分にも一理ある、というよりも大局的に見ればそちらの方が正しい。そしてそんなシャールに対して素っ気なく詩人は強制しないと言ってのけた。エレンとエクレア、鈴とようせいは詩人についていき、フルブライトと縁のないモニカとユリアンも彼らについていくしかない。ファルス同盟の使者という立場でシャールとミューズだけは別行動が取れなくもないが、ファルスはピドナに程近い。神王教団から暗殺者を差し向けられれば、場合によってはシャール一人では危険になる。結局、詩人の案が採択される事になった。
快速船で戦いに向かないとはいえ、戦船である。外観に重苦しさを感じる船が波を割っていく。ザザンザザンと、一刻も早い到着を目指しつつ、敵に見つからないよう緊張を持ちながら。
「――ですから、デュライン作曲のフルブライト将軍歌がクラウディウス家では重んじられていましたの。フルブライト商会とも縁が深かったですし、お父さまのお気に入りでしたので」
「ああ、フルブライト将軍歌ね。確かにあれはいい曲だと思う。でもそれなら、フェルディナンド小夜曲も好きだったんじゃないか?」
「まあ! やはり音楽に精通している方は違いますわね。フェルディナンド小夜曲は私が好きでしたわ。ヒルデ姫への愛を囁く場面ではいつもうっとりしてしまいますもの。思えばそこを演奏したいと思った事が音楽に関心を持った始まりだったかも知れません」
「ミューズさまがフェルディナンド小夜曲を好きだったとは意外でしたわ。わたくしのアウスバッハ家はフェルディナンド様の血筋を持っている事もあり、そっちの方は義務教育に近かったですわね。わたくしはヒルダの子守歌をよく聞いていましたわ」
「ヒルダ姫が自分の子供の為に歌った子守歌を、当時の音楽家が組曲にしたアレか。寝る時とかお茶の時間に聞くにはいいんだけど、酒場じゃ流行らないんだよなぁ」
和気あいあい。外から感じる緊張はなんなのか、船室では非常に和やかな雰囲気が流れていた。
詩人とミューズ、モニカが音楽を話題にお喋りに興じている。シャールとユリアンは苦笑いで同席しているが、それを少し離れた席で面白くなさそうに見ているのはエレン。
「ナニアレ?」
「さー?」
「知らない」
「ランスの町で詩人さんとミューズさんが一緒に詩を歌った事がありまして、その関係で話が膨らんだみたいね」
同席しつつも興味なくお菓子を頬張るエクレアとようせい。リンはランスの件では同席しただけであって、適当に答える。彼女の意識は西での音楽の話に大半が割かれていた。
エレンはシノンの田舎娘である。当然、貴族や上流階級で流される音楽に造詣はない。
そもそも詩人と音楽家は別物だ。詩人は吟遊詩人とも言われ、各地で起こった出来事や過去の逸話を集め、それを詩にして各地を回り、市民に歌って収入を得る。それが一般的。対して音楽家は貴族を相手にして複雑な音楽を織り、披露する。その特性上、曲を作成するのに時間がかかり、一年で数曲できれば御の字である。また楽団を作って音楽の精度を高めていく必要もあり、こういったケースでは貴族などのスポンサーに抱えられる場合も珍しくない。
エレンは行かなかったが、ピドナにある劇場では劇だけではなくこういった音楽を楽しめる公演も人気を集めている。本来上流階級しか楽しめない演奏をちょっと奮発した値段で楽しめるとあって、特に若いカップルに人気だ。余談だが、ユリアンにはモニカがそこに行きたがっていたのが不思議だった。彼女の身分を思えば聞きなれているだろうに。
それはさておき、上流階級のお嬢様たちとしっかりと音楽についての話を合わせていく詩人。それを見てシャールは心の中で推測する。
(この男、もしやどこかの貴族のお抱えだったのか?)
そうとしか思えないくらい音楽についての造詣が深い。普通ならば知りえない話題に容易についていく。シャールは近衛騎士だった関係上、そのようなことも頭に入れなければならなかったが、ユリアンにはこの音楽の話がさっぱり分かっていないだろう。
つまりこの差が教養の差という事であり、詩人はユリアンとシャールを比べたらシャールよりだという証拠である。どこかの貴族のお抱えであったというのはありえる話だ。
いや、もしかしたら身分を隠して動いている貴族かも知れない。何せ、自分の名を頑なに明かそうとしないのだ。その可能性も十分にある。
そうしてしばらく話が弾んでいたが、転がり込んできた伝令の声でとうとう船内にも緊張の糸が張りつめられた。
「ピドナの戦船が見えました!」
全員が甲板に上がる。術師は珍しいと言われる中で、ユリアンとミューズにようせい以外の6人が術を扱えるというのは相当に珍しい。まあ、その程度の能力がなければ貴族と関係を持ったり四魔貴族と戦うなんてできる訳がないのだが。
そしてユリアンとミューズが表に出たのも当然理由がある。万が一の時、ユリアンはモニカを護る為。ミューズはシャールによって船を脱出する為だ。
シャールは詩人を信じ切ってはいない。可能性としてこの船が撃沈する可能性もあると思っていた。その時は速やかに脱出ボートに乗って退避しなくてならない。その為には船室にいるよりかは甲板にいた方が都合がいいのだ。
「あれがピドナの戦船か」
そんなシャールの内心を全く知らず、詩人は遠くに見える船を睨みつける。
浮かんでいる船は三隻。一隻は伝令用の快速船で、残り二隻は戦闘用の殲滅船だ。
海戦は術船のような物でない限り、普通は近づいて矢を射かけて、その後に乗り込んで白兵戦というのが普通だ。この時に相手の兵や操行能力を一定以上に奪えば勝ち目のない側は降伏するというのが一般的である。何せ船に戦闘要員しかいないというのはまずない。コックや航海士といった操船の専門家もいる。降伏をしなければそのような者たちまで巻き添えにして皆殺しにしかねない。
さて。この場合だが、ピドナ側は色々な意味で極めてスタンダードだと言えた。配置からして三隻一組というのは普通だし、こちらを認識した瞬間に快速船を背後に下げて、殲滅船を前に出す。そして旗を上げて不審船に恭順させる意志を示した。
「自分、領域、退避、確認、停止、平和」
「? なにそれ?」
詩人の言葉にエクレアが聞き返す。
それに対して詩人はピドナの船にあげられた6種類の旗を指さしながら答える。
「あの旗の意味だ。旗にはそれぞれ意味があってな、単語だけなら簡単に伝えられるんだ。
今回は『ここは自分達の領海だ、立ち去れ。そうでないならば確認の為に停船して調べさせろ。逆らわなければ危害は加えない』といった意味だな」
ふんふんと頷くエクレアとエレン、ユリアンにモニカ。
そんな事は知っているシャールは話の続きを促す。
「それでどうするんだ?」
ちなみに詩人たちが乗っているこの船は、速度のみを重視して設計されている為に戦闘能力は皆無といっていい。極限までスリムにして兵を乗せず、荷物も少なく、最速で動ける。巡廻任務を持っている相手の快速船よりか速く動けるだろうが。
「撒けるか?」
「無理だろうな。行く手を阻まれているんだ」
「だろうな」
詩人は分かっている事を聞き、当たり前の事を返すシャール。だが無駄な事ではない。海戦の基本も知らない人員が多いのだから、いわば勉強の為だ。
色々と話し合い、その常識を理解させていく。
「かといって停戦して調べを受ける訳にもいかない」
「当たり前だ。こちらにはミューズ様もいるし、ファルスのフルブライトへの協力する旨を認めた親書もある」
すなわちピドナの敵だ。敵船を拿捕しつつ、はいさようならといく訳がない。
「そしてウィルミントンに行くためには退却する訳にもいかない。となれば、一戦交えるしかないだろう」
「それができれば苦労はない。こちらで戦えるのは数十人といったところだが、相手の殲滅船には一隻につき100以上の兵が乗っているだろうな」
勝ち目はない、普通に考えれば、だが。
ニヤリと笑みを浮かべるのは詩人。術船には基本的に術師が乗っているものだが、別に術師を乗せなければいけない理由はない。そしてまたその他の船に術師が乗っていていけない訳ではない。
それで油断する方が悪い。意地の悪い笑みでそう語っていた。
「とはいえ、一応退却する選択肢くらいは与えるべきだろうな。
おい、こっちも予定の旗を上げろ」
詩人は近場にいた船員に命令を下す。
船長以下の人員はもちろんファルスの配下だが、詩人はフルブライト商会の客分として、またミューズもファルスの旗頭としてそれぞれ権力を持っている。
この事態は前もって想像できていたものであり、このなった時にどうするかはもう相談がまとまっていた。それを決めたのはファルスの海軍代表者と詩人、シャールだが。
詩人としては沈黙を保ったまま不意をついて攻撃したかったのだが、それをしてはファルスの名誉に関わると却下され、ならば正々堂々と真正面から戦えばいいと言ったのはシャール。それに勝てる訳がないと答えたのがファルスで、問題ないと答えたのが詩人。それから多少の言い争いはあったものの、術師の多さと問題に直面する詩人が大丈夫だと言ったことを合わせて、全責任をフルブライト商会が取る事で話し合いはまとまった。詩人はとりあえず責任をフルブライト商会に回して憂さを晴らしている。
やがてこちらの船からもするすると旗があがっていく。それの意味を代表してリンが聞いた。
「こちらの意味はなんでしょうか?」
「戦闘、勝利、勧告、退避」
「…真っ向からケンカを売ったわね」
呆れたようにエレンが言う。こちらの意図を要約すれば、こっちが勝つからとっとと逃げろである。これを貧弱な快速船が出しているのだ、普通逆である。
当然ながら相手がそれに従う訳がない。張る帆を増やし、明らかに速度を上げながらこちらに迫ってくる。
それを見つつ、のんびりと準備を整え始める詩人。
「じゃあ確認しておこうか。こちらの目論見としては、向こうが矢を射かけてくるまでに戦闘不能状態にしておきたい。できれば沈めてもいいが、そっちはオマケだな。
それで術が使えないユリアンとミューズ、ようせいは見学」
「私もミューズさまの護衛に専念させて貰おう」
これでユリアンとミューズにようせい、そしてシャールが戦闘から遠ざかる事になる。
詩人が次に目を向けたのはエレン。
「エレン、お前はなんとかなりそうか?」
「…無理ね。多少近づけば戦力になれると思うけど」
エレンの遠距離攻撃はほぼ玄武術頼みだ。一応トマホークもあるが、いくらなんでも弓矢より射程はない。そしてその玄武術も癒しの力やサポートに重きを置いており、遠距離攻撃を想定して鍛えていない。精々が中距離であり、遠い敵とは戦わないのが基本的な彼女のスタンスだった。せめて相手の矢が届くくらいでないと効果的な攻撃はエレンにはできない。
そのくらいは詩人も分かっている、伊達に彼女を鍛えている訳ではないのだ。しかし何度も言うが、こうして言葉にして仲間と共通認識にする事が大事である。
「エクレア、お前は?」
「んー。結構ギリかな」
海上では自分と相手の距離が測りにくい。指標となるものがなく、海と空だけが広がっているのだから当然だが、それ故に距離感が狂うのだ。
その点で言えば相手は海戦になれていると思った方がよく、海戦になれていないエクレアの距離感は当てにならない。こちらが確実に射程距離といえる範囲と、相手が射程に入ったと確信した範囲がどちらが広いのかは分からない。術の方が射程に優れているとはいえ、これでは確実に先手を取るのは難しい。
そう思うのは、距離を測れないからであり。要するに距離が測れればいいのだ。
「ドビーの弓を持っていただろ? 多少の矢は無駄にしていいから、それで距離を測れ。お前の術が一番威力が高いからな、あてにしている」
「あ、その手があったね。分かったよ」
エクレアは自分の矢がどのくらいまで飛ばせるかくらい把握している。それを利用して距離を測ればいいという訳だ。
「鈴、お前は弓も術も使えるはずだが、どうだ?」
「海戦は初めてですからなんとも…。でも、私の術では威力が足りませんよ?
蒼龍術は大型船を相手にしては相性が悪そうですし、太陽術だってそこまで効果があるかどうか。そもそも術は得意ではないですし」
「そうだな、そこは合成術でなんとかならないか? どうせあの妖怪婆に仕込まれているだろ?」
「まあ老師には教わりましたよ、合成術も。じゃあ私は詩人さんと組んでですか?」
「いや、俺は天術しか使えないし、できれば遊撃要員として動けるようにしておきたい。
モニカ、鈴と組んでくれ」
「わたくしですか? もちろん構いませんが…」
急に話を振られたモニカだが、問題なく頷く。
とはいえ、モニカは合成術の事は何も知らない。その単語を聞いたのも初めてだ。
「けれども、わたくしは合成術とかいうものの事は何も分かりませんわ」
「そこは鈴がなんとかするだろ。モニカは鈴に合わせればいい」
「また詩人さんは。面倒な事を私に投げるんだから」
形だけ憤ったリンがいうが、それには親しみしか感じない。ミューズなどはクスクスと笑っている。
言っている間にエクレアは矢を番え、第一射を放つ。たったの一射だが、エクレアはそれだけでおおよその距離を掴んだらしい。
「問題ないね、だいたい分かったよ。後…40秒くらいでトルネードの詠唱に入るよ」
「よし、任せた」
「合成術はもう少し近づかないとダメね。モニカさん、使える術の属性は?」
「朱鳥と月です」
「そう、私は蒼龍と太陽」
「あ、私と同じだ」
最後に一言だけ言って、エクレアは集中を始める。
このような海戦では詠唱速度などに意味は少ない。それよりも術威力をあげる方が肝要となる為、エクレアはそっちに重点を合わせて術の詠唱を始める。
「天術が違うならそっちの合成術は攻撃には向かないわね。それじゃあ地術の合成でいきましょう。
モニカさんは朱鳥の術力を高め続けて。それを私の術に乗せてくれるだけでいいわ」
「は、はい」
何気に難易度が高い事を要求されている事に少しだけモニカも声が引きつる。まあ、やるしかないのだが。リンとモニカも術力を高めていく。
段々と船同士が近づき、目視で敵船の兵が弓に矢を番えるのが微かに見える頃。
「トルネード!」
エクレアの術が発動された。
威力を高める事に集中したその最強の蒼龍術は、海上にて竜巻を作り荒れ狂いながら戦艦の一つをズタズタに引き裂いていく。
沈める事はかなわなかったものの、装甲はボロボロに、帆やロープはズタズタに、船員も怪我を負った者から海に落ちた者までいる。戦闘能力は完全に削がれたといっていいだろう。
まさか快速船に術師がいるとは思わなったのだろう、相手方から動揺がひしひしと伝わってくる。そしてそれが攻撃の機会をなくしてしまった。
リンはモニカと合成術を発動するのが初めてであり、少しだけ術の発動に手間取ってしまい、矢の射程内に入ってしまっていたのだ。もしかしたらその矢によって術者を仕留められれば、まだ勝つ可能性はあったかも知れない。詩人にユリアンやエレン、シャールが護りに入っている中でそれを抜けて術師を仕留められる可能性がどれほどあるのかは知らないが、それを知らない側ならば攻撃するメリットはあったはずなのだ。少なくとも矢を射かけるデメリットはないといっていいだろう。
だがその好機はもう存在しない。モニカの術力を一致させる事に成功したリンは、二人分の魔力を解放して合成術を発動させる。
どうやらモニカの方が術者としてのレベルは高いらしく、威力はそちらに引きずられる。対抗できなくはないのだが、する意味もないのでそのまま術力を解放。朱鳥の炎の属性が、蒼龍の風を受けて一気に燃え上がる。
ライジングフレーム。そう呼ばれる炎の風がマストを燃やし尽くしていく。帆だけならまだしもその支えとなるマストを燃やされては、帆船はもう自力で動く事はできない。他の船に牽引されない限り、ただ漂流する事しかできない。
「お見事」
唖然とするユリアンやミューズ、ようせいを目に捉えながら満足そうに頷く詩人。
しかし、悔しそうなエクレア。
「うー。もうちょっと威力あるかと思ったのに」
「十分だ、殲滅船にあれだけダメージを与えられればな」
「だが相手の快速船はもう逃げに入っているぞ? 逃がしていいのか?」
シャールが口にした通り、相手の最後の一隻はグルリと小さく回ってこちらに尻を向けている。
だが逃がしてやる選択肢はない。下手に警戒されてはやりにくくなるのだ。ファルスとしては正々堂々と相手取りたいらしいから撃沈させる気はないが、この船がウィルミントンに着くくらいまでは無警戒でいて貰いたい。
ニヤリと笑った詩人は術を唱える。快速船というだけあって足が速いその船は逃げると判断するまでにこちらに近寄り過ぎており、そして反転したばかりの今ならばまだ術の効果範囲内だ。
「太陽風」
その術で最後の一隻の帆やロープが燃え始める。慌てて消火活動に移るが、船とは基本火に弱いのだ。唐突に燃え出した上空にあるそれらを鎮火することなど容易くできる筈がない。すぐに消火を断念し、せめてマストに延焼しないようにするのが手一杯だ。そして走行能力が無くなったのに、こちらには術師が健在。もはや分があるなしのレベルではない。
そしてするするとあがる白旗。勝ち目がない事を相手も悟ったのだろう。
「勝ちだ」
「…なんか戦った気がしないなぁ」
言い切る詩人だがエクレアはそうぼやく。
実際、彼女がやった事とは相手の手の届かない距離からトルネードを一発放っただけである。剣を合わせる事に調子を合わせて戦う気でいたとすればその感想は間違いではない。そして海戦の常識に合わせても間違いではない。術船がどれだけ非常識なのか分かるだろう。
まあ、これは極端な例であるのだが。エクレアにしろ詩人にしろ、このレベルの術者はそうそういない。また合成術という概念も、ウンディーネやボルカノにバイメイニャンといった世界に数人しかその発想に至っていないのだから。そんな規格外が術船ではなくただの快速船に乗っている方がおかしいのであり、むしろピドナの方が哀れである。
ともかくどこか不服そうなエクレアは無視して、詩人は近づいてきた船長に声をかける。彼はこの船にいるファルス側の最高責任者だ。
「見ての通りだ、問題ないだろう?」
「驚くより呆れるしかないな。術師がここまで非常識だったとは、な」
「ケースバイケースさ。で、降参した奴はどうする?」
「どうもせんよ、ここで数隻潰す時間が惜しい。ただし勝鬨だけはあげさせて貰うがな」
そう言って船長は一枚の旗をあげるように指示する。
それはファルスの国旗。自軍の所在を明らかにして、それをピドナに見せつけながら触る事なく間を抜けていく。
ピドナとしては、いやルードヴィッヒ側としてはさぞや悔しいだろう。雑多な相手と見下していたファルスにズタボロにされ、白旗をあげて降伏すればお前らなど眼中にないといわんばかりに無視される。
そんな相手の屈辱が手に取る様に分かるから、ファルスの船員の気分は最高によかった。ルートヴィッヒ最大の敵はファルスだと思われるのが痛快だった。
詩人は勇ましい勝利の詩を歌い上げ、ミューズやモニカも一緒になって高らかな歌声を響かせる。
陽気な船は調子をあげて進んでいく。
何度か敵船との遭遇はあったものの、同じような戦いを経て一行はウィルミントンに無事に辿りついたのだった。
「やっぱ私は海戦は性に合わないなー」
エクレアの愚痴に船員の顔が引きつったのはご愛敬。
感想やお喋りなども大好きですので、気が向いたら是非是非お言葉をください。
作者のやる気がモリモリあがるので!
…しかし、リマスターの情報が未だに更新されないのが気になるなぁ。