詩人の詩   作:117

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頑張っています、週一以上の更新を目指して。


072話

 

「モンスターが多いな…」

 ウィルミントンとバンガードの間にある、野営に向いた場所。そこで夜を迎えた一行は静かに焚き火を囲んでいた。そこでぽつりと声を漏らしたのは詩人である。

 それに全員が頷く。エレン、エクレア、ユリアン、モニカ、リン。普通ではあり得ない量のモンスターに襲われた事はシノンから出た時、ガルダウイングに率いられた群れと戦った事に酷似しているが、もちろん違いもある。

 まず一つ目は全員が騎乗していた事。ウィルミントンからバンガードまで徒歩で行くと詩人の足でも数日かかるのに、城暮らしだったモニカが含まれるとなれば時間は更に消費されるだろう。最も遅い者に行軍を合わせるのが当然なのだから。

 今はとにかく時間が惜しい為、詩人はフルブライトに要請して全員分の馬を用意させた。軍馬となればもちろん安くもないが、詩人たちをバンガードを送る事に変えられる訳もなく、全員の分が直ちに用意された。とはいえ馬に乗れなかった者もいた。誰であろう、エクレアだ。彼女は女の子であった為、実家では基本的に教養を主に習わされていた。武術もさりげなく認められていたとはいえ、彼女がリブロフから離れる事を想定していた訳でも無し、馬に乗るという事に興味があった訳でもなし。馬術の能力は彼女に備わっていなかったのだ。

 ここでどうしたかというと、エクレアをモニカの馬に乗せる事を選んだ。馬とて重い荷物を乗せて走れば当然ながら疲弊する。ならば最も体重が軽いモニカとエクレアを合わせるのが合理的だった。また、何かあった時に一番心配なモニカに護衛を付けるという意味合いもある。

 そして5頭の馬は十字型の陣形にて二つの街を繋ぐ道を疾走し、知る者がいればそれはインペリアルクロスという陣形になっていた。先頭にウィルミントンで買い求めた槍を持った詩人を置いて突破力を上げ、中央に鈍いモニカとエクレア、両翼にユリアンとエレン。最後尾に弓を携えたリンが備える。一応明記しておくが、疾走する馬上において槍や弓を扱うのは至難の業である。それを事もなくやり遂げるのが詩人とリンなのだが。

 そうして彼らは…というか、詩人とリンは。遮るモンスターを蹴散らし刺し貫き射抜いて仕留めていく。エレンやユリアンの出番は全く存在しなかった。一応、襲撃に備えてはいたのだが。

 やがて馬の体力にも限界が見え始め、更に日も暮れ始めていた為に野営をしたという具合である。朝から晩まで馬を駆けさせれば一日で着く距離とはいえ出発したのは昼食を取った後であるし、そもそもとして普通の馬はそこまで体力は持たない。夜を一つ越すくらいの覚悟をするのは当然であるし、実際そうしている。

 その中で詩人が語り始める。

「群れに率いられる訳でもなく、ただただモンスターの数が無秩序に増え続けている。フルブライトの言う通り、人為的なナニカを感じるな」

「同感です。ただの行軍でここまで矢を射った事はちょっと記憶にありません」

 もう一人戦った人物であるリンも首肯する。疾走する馬上から弓を扱う事がない訳ではないが、今回の量はケタが違った。それなり以上の経験を積んだ彼女とて疲労の色を隠せない。詩人は平然としているが、彼と比べる方が可哀想というものだろう。

 そんな苦労も知らず、気炎を上げるのはユリアンとエレン。

「じゃあやはり…!」

「やっぱり、ドフォーレ商会がモンスターをばら撒いているのっ!?」

「ここまで状況証拠が揃えば間違いないだろうな。勝てばドフォーレを潰せる理由がまた増えた」

 頷く詩人だが、彼とは違うところが気になったのは心優しいモニカである。

「それで、その…ウィルミントンやその周辺の集落は大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫な訳がない。が、フルブライトも見捨てる選択肢はないだろう。結果としてバンガードに送る兵は減り、戦況は悪くなっていく。ドフォーレがとる戦略としては悪くない」

「じゃあ、ドフォーレが有利って事?」

 モニカの問いに首を振った詩人だが、続くエクレアの問いにもやはり首を横に振る。

「そういう訳でもない。大西洋側をフルブライトが掌握しているとなれば、そっちから圧力がかけられる。また、バンガードは城塞都市だ。守勢に長け、攻めるに不利。合わせれば膠着状態だな。……続けば千日手、被害は増える一方だ。

 そこをなんとかするのが俺たちの仕事という訳だ」

 ウィルミントンに残ったシャールたちの仕事はひたすらモンスターを減らしていく事だろう。

 対して詩人たちの仕事は彼が言った通り、戦争の趨勢を決定付ける事。

 いくらなんでもこれは楽には済まないだろうと考える大多数、具体的に5名。詩人以外である。

 詩人にとっては面倒かそうでないかだけの違いであり、手順の差異はあれどもこなせない仕事だとは微塵も思っていない。ただ、やり方によっては眉を顰める者もいるだろうから、それをいかに隠すかの方が頭が痛い。

 とりあえず、明日の心配よりも今日の心配である。

「今夜の警戒は俺がしておこう。明日からは別の意味で厳しい日が来る。

 ……覚悟しておくんだな」

 そう言って詩人は棍棒を持ち、焚き火から離れて闇夜に消える。モンスターが増え過ぎたといった彼であるからして、恐らく警戒ついでに間引くつもりなのだろう。とんだ攻勢防御である。

 詩人の事を完全に信じ切っているエクレアなどはごろんとうつ伏せに横になり、ちびちびとホットチョコを口に運んでいる。街中での宿とどっちが警戒心が強いのか分からない。

「人と人との、戦争なんだねー」

 軽く言うエクレアだが、その言葉は重い。

 それを経験した事がある人員は、詩人以外はこの中にいない。大多数との戦いは、かろうじてリンが魔物の大軍と戦った経験がある程度だろう。ロアーヌの妹姫であるモニカや、シノンのエレンにユリアン、そしてエクレアに軍隊レベルの対戦経験など無いに等しい。必然、厳しい戦いになるだろう。それを感じさせないエクレアは流石といえばいいのか、呆れればいいのか。

 詩人に依存しきらない他のメンバーは万が一に備えてエクレアほど無防備にはなっていない。リンとエレンは即座に殴りかかれるように体術を扱えるようにしているし、ユリアンはモニカを守れるように剣は手放さない。モニカも小剣を携えていながらユリアンの側にいる辺り、彼女が最も信頼している者が誰だかを明白にしている。

 詩人を信じ切るエクレアが正しいのか、他に任せず自分で自衛するのが正しいのか。それはさておき、話は進む。

「そうですね。私も人との戦争は初めてです」

 そういうのはリン。遥か東の地での中心はミカドが治める都による上意下達の文明であり、周囲をムング族といった独自の世界観を持つ部族が固めている。

 内紛がない訳ではないのだが、それらの多くはミカド率いる軍が鎮めてしまう。ムング族族長の娘であるとはいえ、リンが人と人との戦争に出張る機会は今まで存在しなかった。それが西に来た途端に遭遇する羽目になるのだから、運が悪いというか西がまとまっていないというべきか。

 そしてその感覚は他も同じである。モニカは戦争とは遠ざけられていたし、エクレアは更にその上でラザイエフが穏健派というのもあって戦争とは縁遠い。シノン組のエレンとユリアンは言わずもがな。とにもかくにも人同士の戦争に慣れていないのがこの一行である。シャールでもいたならばまた話が違ったであろうが。

「……モニカは大丈夫か?」

 心配そうに聞くのはユリアン。フォルネウスを倒した旅については主にエクレアから話を聞いており、その際にエレンもエクレアも人を殺した事があると知っている。ちなみにエレンはユリアンに四魔貴族との戦いの話をしたがらなかったのでエクレアから聞いた話になったのであるが。

 リンもそういった経験があると言っており、彼女も大丈夫だろう。そうなるとただ一人心配なのはモニカ。

 貴族の淑女として、またロアーヌの妹姫として育ってきた彼女に人を殺した経験はない。ましてこれから行われるのは戦争である。人一人の命がとてつもなく軽くなる戦い。

 大丈夫か。そう問われるモニカだが、大丈夫としか言いようがない。彼女には実績が必要なのだ。青い顔で頷こうとしたモニカに、気軽な否定の言葉を出すのはエレン。

「モニカは手を汚しちゃダメよ」

「え?」

 意外な言葉に眼を瞬かせるモニカだが、エレンは優し気な笑みを浮かべて話を続ける。

「ロアーヌの姫じゃない、モニカは。そんな立場なのに人を殺すなんてしたらダメ。逆に悪い方に話が転がって行きかねないわ。

 モニカはあくまで司令塔で、あたしたちを率いる立場。役目は癒しの術や敵の無力化で十分よ」

「で、でも。皆さんが辛い思いをするのに、わたくしだけなんて…」

「それに」

 なおも言い縋ろうとするモニカに。エレンはかつて詩人に贈ってもらった言葉を、心優しい姫に贈る。

「無理、しなくていいのよ。人を殺せば心が軋むわ。あたしも最初は結構大変だったし。

 慣れなくていいなら、慣れない方がいいわ。幸い、あたしも詩人もエクレアも、リンもユリアンもいる。人手は足りてるわ」

 エレンのその言葉に、他の面々を見渡していく。

 誰も彼もが優しい表情をしていた。それを見たモニカは目尻に涙がにじんでしまう。

「あり、がとう、ございます…!」

 万感の思いを込めて頭を下げるモニカ。それに気にするなと言わんばかりに反応を返す全員。

 人に恵まれた事。それを聖王に感謝を捧げるモニカだった。

 

 

 翌日。

 昼前にバンガードへ到着する一行。フルブライト直筆の親書があった為、あっさりと問題なく町に入る事が許された。戦時中とは思えない高待遇にフルブライト商会の巨大さの一端が存在するのだが、それを感じ取れる繊細さを持つものは残念ながら一行には居なかった。

 最高責任者であるキャプテンの所まで案内される途中、歩きながら町を見て回っていたが、どうにも緊張が張りつめているという感じでもない。エレンとエクレアにはボルカノに攻められていたモウゼスの方がよっぽど酷いと感じられた。

「思ったより普通ね。もうちょっとピリピリしているものだと思ったけど」

「こっちは南側だからな」

 ぽつりとこぼしたエレンの言葉を拾ったのは詩人だった。

「激戦区になっているのはヤーマスがある北側だろう。船で南に兵を送る策もあるが、城塞都市であるバンガードを攻めるには船に乗せられる兵が少なすぎるし、バンガード側だって易々とそれを許す訳がない。

 なら北に兵力を集める方が合理的だ。そうなれば南は緊張を緩和させて休みやすい環境を整えた方がいいだろうからな、戦争までこんな気楽に行くとは思わない事だ」

 事も無さげに言う詩人に全員の表情が引き締まる。

 そしてキャプテンがいる屋敷に辿りついた。バンガードは役場のような巨大な建物を持っており、職員は基本的に仕事はそこでして別途家を持っている。仮眠室や客室などがない訳ではないが、ここは基本的に住居ではなく仕事場という区分けが為されていた。

 その中に入り、市長の執務室へと案内される。ちなみにここがキャプテンがブラックを口汚く罵り、エクレアがブチ切れ、詩人が剣技を見せた部屋である。

 修羅場だった前回とは異なり、柔和な笑みで一行を迎え入れるキャプテン。

「おお、よくいらしたな。フォルネウスを倒した英雄よ」

「お久しぶりです、キャプテン」

「…やっ」

 エレンは大人らしく表立って反発する事はなかったが、エクレアの対応は素っ気ない。

 まあ暴れたり騒ぎだしたりしないだけましかと苦笑いを浮かべる詩人。何があったのかを聞いていた他の3人はなんとも言えない表情をしている。

「今回も助力を頂けるという事でよろしいのですな?」

「ああ。ちょっと時間がないからな、できるだけ手早く終わらせたい」

「頼もしいですな」

 社交辞令だと思ったのか、簡単な事を終わらせるだけと言わんばかりの詩人に苦笑するキャプテン。

 詩人としては大真面目なのだが。

「で、だ。時間がもったいないから早速状況を説明してくれないか?」

「分かりました。ちなみに皆さんは昼食はお済みですか?」

「あ。まだ頂いていませんわ」

「では簡単につまめる物を用意しましょう。

 食べながら話をした方が効率的ですからな」

 キャプテンはそう言うと、チリンチリンとベルを鳴らす。すると隣の部屋に控えていた文官が入ってきて、彼に指示を出していった。地図と、サンドウィッチなどの軽食、そしてお茶。そういった諸々を手配していく。

 そしてそれらは手早く揃えられ、テーブルの中央には地図が。各々の前には軽食とお茶、そしてお菓子が用意される。お菓子は明らかにエクレアが好きだったからと用意されたのだろう。

 そのエクレアはというと、話に耳を傾けるつもりはあるみたいだが、口を挟むつもりはないらしい。もむもむとサンドウィッチを口に運びだした。

「では話を始めましょう」

 それを尻目に捉えつつ、気にしない事にしてキャプテンは話を始める。

 彼が言うにはバンガードにはフルブライト側の陸軍の大半が集められているらしい。つまりこの街が絶対防衛ラインであり、ここを抜かれたらほとんど負けだという事だ。

 だがもちろんそれは容易ではない。大陸を繋ぐ狭い土地一杯に城塞都市が広がり、東の海の制海権は奪われいるが大西洋の制海権はこちらが握っている。その上で兵力にして5000を数える兵士が詰めていて、それを補佐する工作兵などの十分な数がいる。守りきるだけなら難しくないと士気も低くない。ここにフォルネウスを倒した英雄が加われば更に負けの目が減っていく。

 対するドフォーレ側だが、こちらもこちらで負けていない。前軍と本隊に別れており、前軍に2500程、本体に3000程の兵力が整っている。兵力はほぼ互角だが、防衛三倍則に照らし合わせればバンガードが有利なのは明らかだ。

 ではドフォーレ側の何が負けていないのかというと、士気の高さと兵士の補充力が異常なのだ。本体は純粋な兵士で構成されているが、前軍はドフォーレに弱みを握られたり家族などを人質に取られた者たちで構成されていた。彼らは大切な者を守る為、命を投げ出してバンガードに突貫してその防衛能力を削るのが仕事である。身も蓋もない言い方をすれば奴隷兵だ。

 戦いの心得がない者も、成人男性ならば腕力に任せて破壊活動くらいなら行える。そして捨て石にされた彼らの代わりは、随時ドフォーレが補充してくるのだ。既に何千というそういった人々の命が失われており、バンガードとしても防衛能力と士気にダメージを受けている。

「死兵という訳ですね……」

 難しい顔で言うリンだが、それを聞いたモニカはまたもや痛ましい表情で死地に送られている一般人を思っていた。

 だがまあ、こちらに牙を剥いてくる以上、相手の事情など関係なく倒すしかない。それが分かっている詩人やユリアンは比較的冷静だった。

「で、相手の本隊は何をやっているんだ?」

「遠くから弓で射かけてきていますのじゃ。

 練度も高く、こちらは替えが効かない兵のようで突撃には参加して来ませぬ」

 それを聞いた詩人は、ふむと考え込む。

(思ったより悪くない。もうちょっと奇がある攻め方をしているかとも思ったが…)

 スタンダード過ぎると言えばそうなのだが、それは詩人にとって向かい風にはならない。想定の範囲内というか、むしろ当たり前な事しか起こらなくて逆にどこか気が付かない所に罠が張られていないか心配になる程だ。

 しかしこうも基本的な手を打たれると、こちらも選択肢はそう多くない。被害の大きさ、仲間の命、かかる時間。それらを総合し、まずは敵の殲滅は除外する。死兵にされているのは一般人だった者が主らしいと聞けば、流石の詩人もその被害を減らしたいという心情になる。それもドフォーレの策のうちだろうが、それが枷になる程詩人は甘くない。

 次に思いがけない罠が張られている可能性だが、これがあるとしたら本隊より奥だろう。死兵の中にそんな策を用意する訳がない。つまり、前軍と戦っている限りは嵌められる危険は限りなく少ないと言っていい。

 そしてこれほどまでに外道をやるドフォーレにはそれに相応しい報いを受けさせなくては詩人の気が済まない。だがその光景を仲間に見せるには気が引けた。

 そこまできて詩人の考えがまとまる。

「……戦略は、半殺しでいいな」

「え?」

「いや、何でもない」

 不穏な事を呟く詩人に思わず聞き返したエレンだが、それを軽く流す。

 そうしてキャプテンに向き直ると、詩人は言葉を紡ぐ。

「整った」

「うん? どういう事じゃ?」

「勝ったという事だ」

 その言葉に全員の目が見開かれた。

「ほ、本当かねっ!?」

「もう!? だってまだ戦ってすらいないのに?」

「言い切っちゃっていいの?」

 彼らは口々にそんな言葉を口にするが、詩人は平然としたもの。

「当たり前だ。というか、俺が居る時点で勝ちは決まっている。問題は勝ち方だけだ」

 言い切る詩人にキャプテンの口は開いて塞がらない。どこをどうすればここまでの自信が出せるのか。相手は万に届くかという軍であるのに。

 バンガードに攻めている兵だけで言えば5000強だが、補充は際限なくという言葉のレベルでなされ、またヤーマスにもドフォーレを守る精鋭がいるだろう。勝つという事はそれらを全滅させるか、そうでなくとも抜いてドフォーレの喉元に刃を付きつけなければならないのに。

 しかしその言葉を信じる者もいた。エレンとエクレアである。

「詩人…できるのね? 無理をすることなく」

「当然」

「じゃ、私たちは何をすればいいのー?」

 呆気に取られる他の者たちを置いて、話は進んでいく。

 詩人は地図に描かれたバンガードの北をとんとんと指で叩いて口を開く。

「難しい話じゃない。

 一回、何千かの軍で突進し、敵の前軍を叩く。それについていけばいい。相手を殺すか捕らえるかは勝手にしていいが、無力化しろ」

「それをしたら本隊が攻めてきますぞ?」

 軍を攻めるならば城門を開けなければいけない。そして城門が開けば待っていましたとばかりに敵の本隊が攻めてくるだろう。

 それをどうするのか。そう聞くキャプテンだが、詩人は平然と言葉を返す。

「心配するな。本隊をどうにかするのなら俺一人でできる。

 そのまま単独でヤーマスに攻め上がり、片をつける」

 それでお終いだという詩人に、キャプテンは嘆息しか出さない。

 そんな夢物語をどうして信じられるのだろうか。

「お話になりませんな。そんな策とも言えないものにバンガードは参加できる訳がない」

「じゃ、いいや」

「いいのですねっ!?」

 あっさりとバンガードの助力を要らないと切って捨てる詩人。

 思わずリンがツッコミを入れるが、詩人は揺るがない。

「まあ、要するに多少の動揺が与えられればいいからな。前軍の相手はお前ら5人でやってくれ」

「……5人で、2500の敵に勝てと?」

 今度はユリアンが呆れるが、詩人は至って真面目だ。何せ、彼は独りで3000の兵を勝つ事を前提に策を立てているのだから。

「エレンとエクレア、リンだけでも十分だと思うが。モニカは武功が必要なんだろ?

 流石にお前らに全員倒せとは言わないから心配するな。とにかく場を乱してくれればいいから、適当に相手をして時間を稼いだら退却してくれていい。

 数がいるだけの、烏合の衆なら問題ないだろ? いざとなったらバンガードに即座に逃げ込めばいいしな」

 確かに詩人を含めた6人の出入りならば城門を全開にする必要もなく、脇にある小さな出入り口で済む話だ。そうしたいというならバンガードに拒む選択肢はないだろう。

「まあ、分かりました。で、決行はいつにするつもりで?」

 言いながらキャプテンはもはや彼らに、特に詩人に頼らない策を考えていた。

 詩人はどうせ帰ってくる訳もなく、エレンやエクレアといった人材と相談して別の策を考えればいい。彼の認識はその程度だ。

 …フォルネウス軍を、一人で壊滅させたという事実は彼の頭からすっかり抜け落ちていた。

「そうだな。今日はゆっくりするとして、明日でいいだろう」

「分かりました。他に要望は?」

「あー。ウィルミントンからの強行軍で槍がへたっていたな。新しい槍があれば欲しい」

「それも承知しました。ルツェルンガードの良いものを用意させましょう」

 その言葉に思わずエレンが驚きの声をあげる。

「ルツェルンガード!? 聖王遺物のっ!?」

「あ、いえ、そのものではもちろんありませぬ。聖王様がフォルネウスを倒した武器がルツェルンガードでしてな、模した槍をその名を借りてバンガードで量産させておるのです」

「要はレプリカだ。バンガードはフォルネウスと因縁深い都市だからな」

 詩人がそう付け足す。考えてみれば、そして会話を良く聞けば当たり前の事にエレンは軽く赤面する。

 結局、聖王遺物のルツェルンガードはどこにあるのかは分からないままだ。

 そして話はそこで終わる。

「じゃあ、明日に備えて休むか」

「ではまたよい宿を用意させましょう」

 キャプテンの言葉で場はお開きになる。

 明日から戦争が始まる。たった6人で何千もの人間に挑む、無謀と思える戦いが。

「……なーんか緊張感ないなぁ」

「実はそれは俺も思っていた」

 エクレアの言葉に思わず同意するユリアン。

 それもこれも、詩人に悲壮感が全く無いからだろう。彼には自信しかないからだろう。

 

 気負う事無く、一行はその晩をゆっくりと休めるのだった。

 

 

 


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