今年も詩人の詩をよろしくお願いいたします。
前回は重い話だったので、しばらくはライトに行こうかと思います。
患者。ユリアン・ノール。
右上腕の粉砕骨折、及び内臓に中程度の損傷あり。全身に軽微な傷もあるが、そちらの処置は終了済み。
内臓のダメージにより食事は軽いものしか受け付けられず、栄養状態が回復しない限り粉砕骨折の治りも遅くなる。その為、傷の完治には2ヶ月弱見込まる。
その上でリハビリを約1ヶ月はするべきである。全治に3ヶ月程度が見込まれ、その上怪我をする前よりも剣の腕は落ちるであろうことが予想される。元に戻る為には更なる時間が必要となる。
「じゃあ術による回復の仕方を講義するわ」
ユリアンにあてがわれた部屋、そこにウンディーネに率いられた仲間が全員集合していた。総勢10名にも及ぶ人間が個人の部屋に入れば窮屈に感じるというもの。ベットの上にいる
命に係わる事はないとはいえ、ユリアンは間違いなく重傷だ。四魔貴族を倒すどころか、今の実力に戻るまでにどれだけ時間がかかるか分からない。これではモニカの護衛もままならないと、フルブライトお抱えの医師に言われた時は顔を青くしたものだが、そこにニコニコ顔で現れたのはウンディーネである。術で回復を早めてあげるから、教え子に勉強をさせて欲しいと。要は便利に使わせてくれと、そういう訳だろう。回復が早まるならとユリアンはそれを快諾した。
そうしてこの場面に繋がってくる。怪我したユリアンを最初は気遣う様子を見せていた女性陣だが、今は真面目な顔でウンディーネの講義を受けている。詩人とシャールといった男性陣は顔を出しただけといった風情であるが、術の権威が話す事に興味がなくはないようだ。
「このような怪我は戦闘があれば珍しくないわね。その上で最初にはっきりさせておくけど、回復術は万能じゃないわ。傷も癒せるし体力も回復するけど、生命力まで戻る訳じゃないの」
「はい先生! 生命力ってなんですか!!」
エクレアが手を上げて質問する。この状況を面白がっている彼女は結構ノリノリでこういった冗談を口にしていた。
この奔放娘の性格はみんなが分かっているので、軽く流す。
「そうね、なんて言えばいいのかしら…。生きていく為に湧き出る活力、とでも言えばいいのかしらね。美味しいものをたくさん食べたり、たっぷり気持ちよく寝たり、楽しくお喋りしたり。そういった事で感じる幸せや元気が与えてくれるものよ。
戦いではこれは急速に減っていくわ。戦うというそのものが生み出す緊張、攻撃を受けた時に受ける痛み、生き物を殺さなくていけない葛藤。そういった事で穏やかな気分でいられることは不可能に近くなるの。これが過ぎれば心身のバランスが崩れてしまい、再起するには長い時間がかかってしまうわ。
そして回復術の効能はこの生命力に関わってくるの。受ける側が活力があればいいんだけど、活力がある患者はいないわね。だから何を目的として回復術を使うのか、そのビジョンを持たなくてはならないのよ」
そこでウンディーネはユリアンを見る。
「さて。今回のケースだけど、ユリアンは右腕の粉砕骨折と内臓に中程度のダメージ、そして体力の低下があげられるわね。
今が戦闘中なら腕の治療が最優先だけど、そうでない現状、一番に治さなくてはいけないところはどこかしら?」
問い掛けるウンディーネに少しだけ沈黙がおりる。
詩人やシャールは答えを知っているが、大人な彼らはもちろん口を挟まない。
「体力の低下ではないかしら?」
やがて答えを口にしたのはミューズ。彼女は白虎術と月術に適正があり、回復術もまた学ぶべき大切なことだった。
「理由は?」
「術で癒せないのは生命力ですから、それを補う体力の回復が最優先だと思ったのです」
「考え方は間違っていないわね。けれども不正解。
正解は内臓の治療よ。内臓さえよくなれば食事もしっかりしたものが摂れる。食事を摂ってしっかり眠れば、体力も自然と回復していくわ。
おおよそだけど、内臓を治すのに一日。体力を回復させて、腕の1回目の治療にもう1日。最後に腕をしっかり治すのに更にもう1日。合わせて3日で完治ね」
何ヶ月もかかるはずの重傷患者が僅か3日で完治する。聞く者が聞けば唖然とするが、当然ながらこれは回復術師として最高峰だからこそだ。
ウンディーネは術の権威である事は言うまでもないが、身につけている術は玄武と月。最も回復に特化した属性であるといっても過言ではなく、またそれ故に回復術に関しては人一倍の研究を積み重ねてきた。その何年もの成果があるからこそ、この日数である。
上級の術師でも明確なビジョンなく回復術を使えば、つまりは体を満遍なく治すように回復術をかけていけば骨折や全身の軽微な傷にまでリソースが回せる事になり、全治に1ヶ月はかかるだろう。ケタが一つ違う回復速度をビジョンの違いのみで叩き出すのだから、ここにもウンディーネの非凡さが表れていた。詩人とて彼が治すとしてもおおよそ1週間を見込んでいた。これは詩人とウンディーネの魔力の差が起こすものではあるが。
それはさておき、早速ウンディーネは生徒たちをグルリと見回し、誰に練習させようかと考える。そしてモニカに目を止めると、瞳の奥で好奇心が輝いた。彼女がユリアンに懸念していることは簡単に分かる事である。
「じゃあモニカ。試しに回復術を使ってみましょうか」
「は、はいっ!」
指名されたモニカはおっかなびっくり、そしてやや顔を赤らめながらユリアンに近づいていく。
そして治療の為と腹部をはだけさせたユリアンの姿を見て、また少し顔の赤さを増す事になった。
「モニカ?」
「わ、分かっています。
ムーンシャイン」
優しい癒しの光がユリアンの腹部に降り注ぐ。痛みこそ感じていなかったものの、どこか覚えていた鉛を飲んだような重さが取れていくのを感じるユリアン。完全にではないが、先程までと違って大分楽になった。
「ありがとう、随分良くなったよ」
「は、はい。わたくしはあまりお役に立てていないですが、頑張ります」
微笑ましいその姿を温かい視線で見る一同。それに気が付いていないのはモニカ本人のみである。
とはいえ、いつまでもただ見ている訳にもいかない。何よりユリアンには安静が必要なのだから、腹部を晒したままにさせておく訳にはいかなかった。
「さて、と。そろそろお暇するか。ユリアンも栄養をつけなくちゃならないし、エクレアも病人食も終わりだろ。
昼は俺が作ってみようか」
そう詩人が言う。
ちょっと驚いた顔をする者は少なくない。
「詩人さんって料理できたんだ」
「お前は俺を何だと思っているんだ」
結構失礼な事をズバリというエクレアを半目で見やる詩人。そもそもとして彼は野営の時にしっかりとした調理をしていた。そう思われるのは心外だろう、シャールでもあるまいし。
だがまあ野営の時の調理と、町で落ち着いた時に作る料理は違うものだ。荒事を得意とする詩人が料理までできると意外に思っても仕方のない事かも知れない。
「とはいえ、フルブライトの料理人よりも旨い飯を作る自信はないけどな。珍しい部族の料理でも作ってやろうかと思っただけだ。
後エクレア、お前にも今度料理を教え込むから覚悟しておけよ」
「げ」
面倒臭そうな顔をしたエクレアだが、対してモニカが意を決したように声をあげる。
「あ、あの。わたくしにも手伝わせて貰えませんか?
料理、覚えてみたいんです」
「ん? いいぞ。じゃあ早速調理場へ行くか」
モニカは言うまでもなく貴族である。作法の勉強や知識を詰め込む事はしっかりとやり、武術や馬術の練習は秘密に習っていたが、流石に料理まではその範疇にない。ちなみにそれらがミカエルに筒抜けだった事は言うまでもない。
自分の作った料理をユリアンが笑顔で美味しいと言ってくれる場面を妄想…想像しつつ、ポワポワとした幸せな気分で退室するモニカと詩人。それにぞろぞろとくっついて退室していく一同。部屋に残されたのは、ウンディーネとエレン。
「何か用ですか?」
「私はすぐ終わるわよ」
怪訝そうに尋ねたユリアンにウンディーネは短く返すと、ぶつぶつと詠唱を開始する。
「生命の水」
そして回復術を完成させると、その癒しの水をユリアンに与えた。
「モニカの回復術だけじゃ完全じゃなかったのよ。かといって、折角いいところを見せたのを潰すのも可哀想だったしね」
だから人目がなくなった後に完全に回復させたのだろう。教える事を得意としているだけあって、流石に気遣いができている。
やる事をやったウンディーネはそれじゃあね、と言い残すと部屋から出ていった。後に残るのはエレンのみ。
「エレンはどんな用事だ?」
「別に深い意味は無いわよ。
…再会してからこっち、ロクに話もしてなかったしね。世間話をしにきただけ。休みたくなったらすぐに出ていくわ」
そう言いながら椅子に座り、備え付けの暖炉からお湯をとってお茶を淹れる。
それをユリアンに渡しつつ、エレンは言いにくそうに口を開く。
「その、悪かったわね。色々と」
「仕方ないさ。エレンだって俺の心配をしてくれた訳だし、命懸けだもんな。こっちだって覚悟を示さなきゃならなかった」
「そこは本当に命懸けだからね! …フォルネウスの時は仲間を1人、失ったわ。
約束通り、誰も死なせないように、お願いね」
「分かってるって!」
心配そうなエレンだったが、朗らかなユリアンの笑みをみて自然に緊張がとけていく。
やはり昔馴染みというのはいい。遠慮がなく、気楽に接する事ができた。その中で少し悪戯心が湧いたエレンはからかうようにユリアンに言葉を投げかける。
「でも、モニカといい雰囲気だったわね~。なに、逆玉の輿?」
「そんなんじゃないって」
からかわれる様子を察知して、ユリアンは少しだけ苦笑いをする。けれどもそれも僅か。すぐに真面目な顔になって、言葉を返す。
「俺が好きなのは、エレンだよ」
「え…」
思わぬ告白に、一瞬エレンがフリーズした。
シノンにいた時も遠回しなアプローチをしてきたユリアンだが、ここまで端的に好意を口にした事はなかった。
少し顔を赤くして口ごもるエレン。
「あ、ありがと、ユリアン。嬉しいよ」
「『でも、あたしには好きな人がいる』」
続くセリフをユリアンが先回りして口にした。
驚きの表情を出すエレン。
「気がつくさ、そりゃ。好きな奴は注意して見ちまうからな。ふとした時に誰を見るかとか、ちょっとした事で柔らかい表情を見せるかとか」
「……」
「好きなんだろ、詩人さんが」
エレンは、顔を真っ赤にして、こくりと頷いた。
それを苦みが走った大人の顔で見るユリアン。
「けど、詩人は他にやらなければいけない事があって、それに昔に子供まで作った好きな人がいて。
……あたしなんかじゃ、きっと無理」
「分からないだろ、そんなの。その人はもう亡くなってるっていうし、やらなければいけない事が終わったら落ち着くかも知れないじゃないか。
諦めなければいい。俺ももちろん、諦めないから」
エレンに好きな人ができた。幼馴染としては嬉しくて、片思いの相手としてはもちろん悲しい。そんな複雑な心境になるユリアン。
モニカはユリアンに心惹かれているが、貴族の立場としてその想いが報われる可能性は低い。ユリアンとエレンの想い人の視線は自分を向いていない。そして詩人の心の裡は分からないが、目的の為に愛した女性とその子供さえ捨ててみせた。
まるで掛け違えたボタンのような現状に、何とも言えない感情を覚える。そもそもとして詩人が新しく伴侶を探すとして、それがエレンであるとは限らない。今のエクレアはいくらなんでも幼すぎるかもしれないけれどももう数年経てば可能性はなくはないし、ミューズとも話が弾む事が多い。昔に知り合ったというリンとも親し気だ。
「頑張ろう」
「うん、頑張ろう」
幼馴染として、彼らは今は笑い合うのだった。
タマネギを刻んで、ニンジンを切って、ジャガイモの皮をむく。
鶏肉は一口大の大きさに切りそろえ、下ごしらえ。片栗粉などを溶かしたものを振りかけて柔らかくする。
そして砂漠やジャングルで取れる様々な種類のスパイスをたくさん。
「詩人さん、これはどんな料理なのですか?」
「カリィっていう部族料理だよ。まあ、シチューの一種とでも思えばいいさ」
尋ねるモニカに、詩人は簡単に説明しながらも手は止めない。料理初挑戦のモニカにきちんと指導しながら、包丁の使い方や調味料の入れ方、下ごしらえの意味などを教えていく。
そして切る作業と下ごしらえが終われば、次は加熱。フライパンに油をしき、タマネギを色が変わるまで炒める。それが終わったら中身を全部大鍋に移し、具材を適時投入。
「そして中身が煮え切ったらスパイスを入れて、最後に味見をしつつ調味料で味を調えて出来上がり。
調味料で味を調えるのは最後だからな。食材のものによって少しずつ味付きが変わるものだし、それを補う為の調味料は足す事はできても入れたものは引く事はできない。少しずつ足していくのが失敗しないコツだ」
「は~、勉強になります。詩人さんは多芸ですね」
「このくらいはまあ普通だよ。料理人になれる程の腕はないしな」
具材が煮えるのを待つ間、モニカに手伝わせつつもテキパキと使い終わった調理道具を洗って片づける詩人。
これが終わればしばらく手持無沙汰になる。火がかけられている鍋からは目が離せないが、簡単な話をする分には問題ない。質素な椅子を引っ張り出し、腰かける2人。
「しかしどうして急に料理をしようと思ったのですか?」
食事ならフルブライトお抱えの料理人に任せておけばいい。事実、この屋敷に来てから客人である彼らが料理をする事はなかった。急にどうしてという疑問は当然持つべきだろう。
その当たり前の質問に、詩人はポリポリと顔を掻きながら答える。
「エクレアが味気ない食事ばかりでつまらないって言っていたからな。折角だし、変わったものでも作ってやろうかと思ったんだよ」
「……優しいのですね、詩人さんは」
「別に。ただの自己満足さ」
柔らかい笑みを浮かべるモニカに、どこか居心地が悪そうにする詩人。
どうやらいい人に見られるのが苦手らしい。その仕草が可愛らしく、優しい気持ちになる。
形勢が悪いと思ったのか、ごほんと咳払いをして話を変える詩人。その表情は真剣で、真面目な話かと浮かべていた笑みを引っ込めるモニカ。
「それで、モニカとユリアンもアウナスに挑む事になった訳だが、何か考えはあるのか? 正直、下手な戦力だと足を引っ張るだけだぞ」
「はい。ユリアンはともかく、わたくしは余りに非力です。特に武器を使って四魔貴族に役立てる事はないでしょう」
思っていた以上に自己評価ができているようで、詩人は満足そうに頷く。ここで適当に相手に突っ込むなどと言わなくてよかった、と。そのような者なら手綱が握れなくて本当に怖い。
とにかくならばどうするのかという意味を込めた視線で言葉の続きを待つ。
「ウンディーネさまに出会えて、教えを請えた事は僥倖でした。術に関して多く学べましたし、ボルカノとかいう方から手に入れた朱鳥術の効果的な使い方も学べました。
そして幾つかの切り札も」
そういって、モニカは一つの宝石を取り出す。それはポドールイの洞窟で入手した宝石で、綺麗な色合いを気に入って身につけていたものだった。
「宝石の中には魔力と相性がいいものもあり、これもその1つなのだそうです。持ち手の魔力を高め、そして砕け散る事を覚悟すれば一時的に過大な魔力が得られると。
……アウナスの属性は朱鳥ですが、相手の炎にわたくしの炎で対抗できる事もあるでしょう。月術の冷厳さが役立つ事もあるでしょう。わたくしはそのようにして皆さまをサポートしていきたいと思います」
「――そうか」
モニカはするべき事をしっかりと見定めて、地に足をつけて歩き出している。
結果がついてくるかは分からないが、詩人が口を出す事でもない。それ以上の言葉を詩人が発する事はなかった。
やがてできた料理は、特にエクレアに好評だった。もちろん他の者も一風変わったその料理をおいしそうに口に運ぶのだった。
時刻は夜。お子さまであるエクレアや体力を失ったユリアンはとっくに眠りにつき、他の者たちもそろそろ寝る支度をしようかという刻限。
一室に集まり、酒の入ったグラスを傾けている者たちがいた。ウンディーネにシャール、そして詩人。経験があり意思決定を多くする面々が、肩肘を張らずにアルコールを口にする。だがしかし、酔いきることは決してない。彼らは仲間であると同時、一つ立場が変わればその瞬間に敵対する可能性をも秘めた関係なのである。言ってはいけない事を口にしてしまうような酔い方は禁物だった。
「しかし…エレンお嬢ちゃんは凄いわね。氷の剣、聖王のかぶと。アウナスを倒す準備を着々と整えつつ、しっかりと新しい装備も見つけているわ」
グラスを傾けながらウンディーネはそう口にする。
ちなみにフォルネウスのところから入手した素材だが、武器防具作成の成果は芳しいとは言い難かった。術具の製作はともかく、武器防具を作るノウハウをウンディーネは所持していない。いや普通レベルのものならばモウゼスに存在しているのだが、四魔貴族と戦うエレンたちにはその程度の品は気休めにもならないだろう。
どうしたものかと頭を悩ませていたが、今回の件でフルブライトと更に密接な繋がりを得るに至り、レオナルド武器工房を紹介され、そこでようやく試行錯誤が始まった段階である。アウナスとの戦いにはとても間に合わないだろう。
「どう詩人、あなたから見て。アウナスは倒せそう?」
「知るか。エレンたち次第としか言いようがないだろうが」
素っ気なく返す詩人だが、彼の頭の中ではあらゆる計算が働いているだろうことは想像に難くない。
どこか優しいところがある詩人は、勝ち目がないと知って彼女たちをアウナスの前に放り出す事はしないだろう。
「……すまないな、詩人。お前にはなんだかんだと世話になりっぱなしだ。それにウンディーネにも」
神妙に語るのはシャール。今でこそ没落貴族の令嬢であるミューズを守るたった一人でしかないが、かつてはピドナ近衛騎士筆頭まで務めた人物である。その実力の高さは折り紙付きであり、銀の手でかつての力を取り戻した彼もまた世界最強の一角に数えられるだろう。
だが、現在の影響力はないに等しい。かつての主であるクレメンスは暗殺され、彼の持っていた人脈や伝手といったものはズタズタにされて多くはルートヴィッヒに奪われた。彼の存在価値はその身一つ、もしくは主であるミューズの立場くらいしかない。
詩人はそんな彼に見返り無しで手を差し伸べたといっていい。ついでだと言いながらミューズを共に守り、体を鍛える。期間も短かったせいかあまり強くはならなかったものの、それでも一般兵と戦えるくらいの力量にはなった。こうなれば窮地に立たされても時間が稼げるだろうし、その間にシャールが助けに行けるかも知れない。援護までの時間を稼げるというのはとてつもなく大事な事なのだ。
そしてまたフルブライトに繋ぎをとったのも詩人である。ミューズの事はあまり積極的に売り込む事はなかった詩人だが。それでもフルブライトを困らせる為とはいえ、シャールは彼の商会の庇護を得る事に成功。ドフォーレ商会についたルートヴィッヒとは決定的に敵対したと言ってよく、クレメンスの娘であるミューズを守る意味も深まった。ウィルミントンにしっかりと地盤ができたと言っていい。
ウンディーネはそのフォルネウスを倒したという肩書に相応しい手腕でミューズに術の指導をしている。もっともこちらは詩人ほど無邪気ではないようだったが。
「私としては悪くない取引だと思っているのよ。ここで恩を売っておけば、後々しっかり返ってくるでしょうからね」
やはりそういう思惑かとシャールは苦笑する。困った時に差し伸べられた手には強い恩を感じるものであるし、クレメンスの娘やロアーヌの妹姫にそれを売っておけば後々しっかりとそれが生きると考えているのだろう。
シャールとしては助かるのも事実であるし、詩人にはそもそも関係がない話である。ここは綺麗にまとまったと見るべきだろう。
「そういうお前はエレンに結構肩入れしているよな。そっちには何か思惑があるのか?」
そう聞くのは詩人。
確かに何事も打算によって動いている節があるように見えるウンディーネにしては、エレンには損得勘定抜きで手を貸しているところがあるように見える。
それを自覚しているウンディーネはふっと笑いながら答える。
「私だって人間ですもの、気に入る相手もいるわ。エレンお嬢ちゃんは一緒に四魔貴族と戦った仲でもあるしね。
それに全てのゲートを閉じる相手と親密になっておくのも悪くない話じゃない?」
「青田買いって奴か」
「そんなに打算的じゃないわよ。一番なのはやっぱりエレンお嬢ちゃんを応援したいからよ。
あの子は性格も性根も悪くないわ。一人の友人として付き合いたいとも思えるわ」
くいとグラスを傾けるウンディーネ。合わせて酒を喉の奥に流し込む詩人とシャール。
ふぅと誰ともなしに息を吐く。
「ところで詩人。あなた、ちゃんと自分の楽しみを探してる?」
「……?」
「余裕がなさそうって言ったじゃない。まあ、前よりかはマシみたいだけど。
真剣にお相手を探してみたら? 可愛い子ばかりじゃない、周り。モニカお嬢ちゃんはユリアンしか目に入っていないみたいだから除外するとして、リンには信頼されているみたいだし、エレンお嬢ちゃんには大分好かれているみたいだしね」
「……」
「気が付いていない訳じゃないんでしょう?」
「……ま、な。そこまで朴念仁ではないつもりだ」
しかし詩人はそれ以上を言わない。シャールはどういった経緯かは知らないが、詩人がかつて愛した女性とその間にできた自分の子を捨てたという話を聞いている。それを一概に悪いとはシャールには言えない。人には、特に人の上に立つ人には捨ててはいけないものがあるのを知っているからだ。その上で詩人の実力を知り、その背景をほとんど知らないのだから挟む口がないのも当然である。
しばらく沈黙が流れ、グラスを傾ける音だけが響く。
「全部終わったら、考えてみるよ」
普段の詩人とは声色が違う、険の抜けた声。少し距離がある付き合いである2人には気が付けなかったが、そのような口調で話す事自体が大変珍しい事であった。
それを発した詩人は席を立つ。夜も更けてきた、もうお開きにするつもりだろう。そうして立ち去る詩人の背中にウンディーネが声をかける。
「アウナスの所に行くまでにもう少し時間を頂戴。モニカお嬢ちゃんにもう少し詰め込みたい事があるのよ」
「分かった、こっちとしてもユリアンを鍛えておきたいと思っていたところだ。――今更急いでも仕方がないしな」
そう言って場を辞する詩人。それを見送り、ウンディーネは色のこもった目でシャールを見る。
「さて、2人っきりね。あなたさえよければ―今夜、どう?」
「遠慮させて貰おう。私はミューズさまの護衛に戻る」
「あら残念、フラれちゃった」
軽い言葉を口にするウンディーネは、どこまでも楽しそうだった。