詩人の詩   作:117

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アウナス編も佳境に入ってきました。お付き合いをどうかよろしくお願いします。


078話 ジャングルの深奥で

「陸か…」

 たった一人、甲板に立っていた詩人はポツリと呟く。船の壁に寄り掛かり、間もなく見えるだろうアケに思いを馳せる。

 今現在、彼の目に陸は映っていない。船の見張り台から陸を発見した声が響いた為にそれを察しただけである。高い方から見た方が遠くを見渡せるのは道理であり、詩人もその法則から逃れる事はできない。

 もちろん遠くを把握する能力は磨いている。彼の場合、視界がすなわち不抜(ぬかず)太刀(たち)の射程距離になるので、下手に弓を鍛えるよりも視力を上げた方が圧倒的に射程距離が延びるのだ。もちろん弓には術力を消費しないというメリットもあるが、矢玉は消費してしまう。結局のところ、どちらも無限に撃てるという訳ではないのだ。詩人にとっては術力の方が圧倒的に攻撃可能回数が多いのは確かだが。

「さて、そろそろ決戦だな」

 そう()()に話しかける詩人。エレン、エクレア、ユリアン、モニカ、リン、ようせい。一同は全員揃って甲板の上でへばっていた。恒例の乱取りにより、詩人にボッコボコにされた結果である。四魔貴族戦が迫っているという事もあり、容赦は更になくなっている。ある程度覚悟ができていたエレンとエクレアはかろうじて気力が残っているが、他の者は意識も朦朧としている。もうコイツ一人で全部解決して貰った方がいいんじゃないかと考えたくらいだ。

 何せ、高威力の技や範囲攻撃の術などは船である為に禁止されているとはいえ、6人がかりの攻撃を傷一つなく回避しきっているのだ。彼らが知る限りで詩人がダメージを受けた事など、ランスでエレンに殴られた時くらいだろう。

「なんで…なんで掠りもしないんだ」

 床に倒れ伏して、無念そうにユリアンが言う。しかし返ってくる言葉は更に理不尽なもの。

「これでも手加減しているんだが…」

 困ったように言う詩人にユリアンは絶望という言葉を初めて知った気になった。

 しかもこれは嘘ではない。詩人は練気を扱える為、当たりそうな攻撃を練気で弾く事ができる。ドフォーレとの戦争で矢を弾いたのがこの技術を使ったものであるが、この乱取りでは練気は全く使っていないのだから。彼はただ純粋な体捌きと棍棒の扱いだけで全ての攻撃を捌ききっていた。

 フォルネウスに通用したエレンやエクレアの攻撃が詩人には全く通用しない。それを考えれば詩人はたった一人で四魔貴族を倒せそうである。まあ、四魔貴族と詩人の強さは全く違うのでそう簡単な話ではないのだが。フォルネウスはその圧倒的な大きさと体力で受けた攻撃を最小限にまで軽減していた。対して詩人は人のサイズであり、攻撃が当たりさえすればダメージが通るだろう。当たりさえすればだが。

「まあ、とにかくもうすぐアケに着く。鍛錬はこのくらいにしておくか」

 そう言って一人でさっさと船室に戻っていく詩人。一同には文句を言う気力もない。

 ある程度体力が回復した順に、ノロノロと船室に戻り、下船の準備をするのだった。

 

 アケというのは村というより、集落である。その成り立ちは、実は相当悲惨なものだった。

 最初はこの大陸に住む原住民がそれぞれの小さな集落を作って穏やかに暮らしていた。それを乱したのが海賊ジャッカルである。冷血にして横暴な彼はこの場所に狙いを定めると原住民を襲い、虐殺を行い捕まえた者を奴隷にして自分の拠点を作った。それがアケという集落の原型である。

 しばらくはジャッカルが暴虐の限りを尽くしていたが、それもやがて終わる。敵対していた海賊ブラックがジャッカルを破り、その喉を掻っ切って海に落としたのだ。その際にジャッカルは九死に一生を得たのだが、それはまあ話から外れるので置いておこう。とにかくジャッカルから縄張りを奪ったブラックだが、彼はジャッカル程に冷血ではなかった。原住民に特別な配慮をする事は無かったが、一人の人間として扱い、残虐な真似はしなかったのだ。それでもブラックが望む集落の整備をさせていた辺り、彼も労働力の一種としか原住民を扱っていなかったのだが。

 そしてその支配もやがて終わる。ブラックはフォルネウスに破れ、アケと呼ばれた集落の支配者はいなくなった。それで元の生活に戻るかと思いきや、話はそう簡単に転ばない。原住民を人として扱っていたブラックは、原住民をしっかりと養っていた。外から持ち込まれた文化、酒や煙草、それから味わった事のない食料品は原住民の心を掴んでいたのだ。とはいえ、南西の果てともいえるアケに品物を卸す商船はほとんどない。品物を卸したとして得られる対価はほとんどなく、近場で航海する船が水が足りなくなったり陸地で休もうと降り立つくらいが関の山だった。

 十年程続いたその関係も、トーマスカンパニーが介入した事で終わりを告げた。原住民を現地の名産品をよく知る対等の立場と見なしたトーマスは礼節を持った交渉を行い、多くの物資を渡す事によってジャングルでしか取れない希少な薬草やコーヒーといった新しいお茶、香辛料などを独占したのだ。

 アケの人々にとってジャッカルは侵略者であり、ブラックは支配者であった。そしてトーマスは自分達を認めてくれて敬意を示す相手である。その人物の紹介で訪れた人物たちを無下に扱う事はもちろんなく、最高の料理で詩人達をもてなした。

「「「「…………」」」」

 絶句する4人。エレンとエクレア、ユリアンとモニカである。詩人やリン、ようせいは平然としているが。

 アケについた彼らはトーマスカンパニーの関係者として早速歓待を受けた。

 クリーミーでプリプリとした栄養満点の芋虫を炒めたもの。イナゴのような虫を葉にくるんで蒸し焼きにしたご馳走。香辛料をふんだんに使われて串焼きにされた蛇。集められたジャングル原産である極彩色の果物。

 聖王文化に慣れた者達にとって何一つ食欲をそそるものがない。

「何か…粗相をしましたかの?」

 長老が申し訳なさそうに言う。並べられた食材はアケにとっては紛れもないご馳走だ。

 忌避感がない者には逆に申し訳ない気持ちが沸くというものだ。

「いや、ありがたく頂こう」

「あ。じゃあ私も」

「いっただきまーす」

 詩人にリン、ようせいは嬉々として並べられた食事に手を伸ばす。詩人は蒸し焼きにしたイナゴのような虫を口に運び、果実酒で喉を潤す。リンは蛇の串焼きをむしゃりと齧り、芋虫の炒め物を美味しそうに齧る。ようせいは果物を手当たり次第に口に運び、満面の笑みを浮かべていた。

 それを真似をできない4人の顔は引きつるばかりである。聖王文化に虫を食べる習慣はない。蛇はなくもないが、それも遭難した時などの緊急避難のものだ。できれば食べたくないものである。果物は色からしてアウトである。

 ご馳走に手をつけない彼らを見て長老は悲しそうにため息を吐く。

「やはり…私らの食べ物は受け付けて貰えませんか。前に訪れたサラという少女もそうじゃった」

 お前はあたしの妹に何をしているんだ。思わず怒気が漏れかけたエレンだが、咄嗟に詩人がフォローに入る。

「ハハハ。まあ、文化が違うからな。ちょっと俺がアレンジしていいか? そちらもこちらの文化を学ぶいい機会だと思うが」

「勉強させて頂けるならこちらとしては願ったり叶ったりですじゃ」

 長老の言葉に甘えた詩人は幾つかの食材を指定する。

 川で取れた淡白な魚。害獣として捕えて捌いた鰐。ジャングルで取れる香辛料。トーマスカンパニーから卸されたオリーブオイル。そして苦みのある野草と甘みの強い果物。詩人はそれらを手早く料理していく。

 淡白な魚はオリーブオイルで香りづけをしながらカリっと焼いていく。鰐の肉は香辛料をこれでもかと振りかけて臭みを取り、食欲をそそるように炙る。野草と果物は併せて炒め、お互いの短所を打ち消していく。

「はい、完成」

「「「「おお~」」」」

 完成された品々に歓声をあげる4人。詩人が気を遣って作ったものだけあって、聖王の文化に即した料理であり、空きっ腹を抱えた面々にはなおご馳走に見える。

 我先にと手を出し、口に含んでいく。

「この香辛料をできる限り持ってジャングルに入るといい。たっぷりとかけて火で炙れば、蛇でも鰐でも魚でもだいたい食べられる」

「そういった事なら儂らの方でなるべく多く用意させていただこう。珍しいものではないし、ボルカノやアウナスを倒していただけるのならば軽い対価じゃ」

 そういう長老に、詩人はやや目を鋭くする。

「と、言うと?」

「ボルカノとかいう男がジャングルにある部族を幾つか襲っていますのじゃ…。運よく助かった者はアケで保護をしていますが、殺された者も少なくありません」

「……」

 それを聞いて詩人は手をキツく握りしめる。

 この惨状の原因の一つに自分が関わっていると理解しているが為だ。モウゼスでしっかりとボルカノの始末をしきれていれば起きなかっただろう惨事に、詩人は責任を感じていた。それが彼がボルカノ討伐に向かう理由の一つである。

 とにかく、後悔ばかりしていても仕方がない。被害が現在進行形で拡大している現状、迅速な行動が求められている。

「ここからは別行動だ」

 やや雰囲気を固くした詩人が場を仕切る。重くなった空気に全員の緊張が高まり、その言葉に静かに頷いた。

「俺はこのままジャングルに入り、ボルカノを討伐する。ジャングルのどこにいるかも知れないボルカノを捕捉する時間は、正直分からない。

 ボルカノを始末した後、火術要塞に向かう。そっちはアケで用意を整えたら直接火術要塞へ向かってくれ」

「分かったわ」

「分かったよ」

「分かりましたわ」

「了解した」

「承知しました」

「はい、王様っ!」

 元気よく返事をする全員を、満足そうに見やる詩人。

「そっちは火術要塞へ向かい、アウナスを討伐したらそのままアケに戻ってきてくれ。俺も火術要塞の様子を見て、どちらにしてもいったんアケに戻る。

 いいか。負けてもいいが、死ぬなよ。生きていればまだ勝つ可能性はあるんだからな」

 そう言い、エレンとユリアンを心配そうに見た後で立ち上がる詩人。そのまま長老の家を辞そうと動き始めた彼だが、エレンの側を通った時に彼女だけに聞こえるようにぼそりと言葉を残す。

「宿命の子を見つけたら確保しておけ」

 思わず振り返り、詩人を見るエレンだが、彼に動揺はない。

 滑らかな動きで長老の家から出るところであり、そしてそのままジャングルへ入っていくだろう事が予想できた。

「どったの、エレンさん?」

「……ううん。何でもない」

 エクレアの言葉に、そう返すしかないエレン。詩人はエレンを信じてその言葉を言ってくれたのに。

 宿命の子が現れる事は、ない。宿命の子であるサラはピドナにいるのだから。そのサラに代わり、エレンがゲートを閉じているのだから。

 それを知らず、必死に宿命の子を探す詩人に心が痛まないといえば嘘になる。だがしかし、詩人の目的が見えない現状でサラの事を明かす事は出来なかった。詩人が宿命の子を狙っていると知って、エレンに妹を差し出すような事はできない。

(詩人の目的がはっきりすれば…)

 そうすれば、エレンもサラの事を打ち明けられるかも知れない。

 だがしかし、言うまでもないがこれは余りにエレンに都合のいい考えだろう。自分の秘密は明かさず、相手の秘密の開示だけを求める。そして場合によっては自分の秘密は明かさないといっているのだ。これが虫のいい話でなくてなんなのか。

 結局、このままにするしかない。ゲートを全て閉じれば、また詩人の方針も変わるかもしれない。宿命の子が関わらない方法で詩人の復讐が為されるのならば、詩人に恩があるエレンとしては協力するのはやぶさかではない。詩人が内縁の妻を喪っているのも。子供も捨てたのも目的――復讐が原因と聞いた。ならば、その復讐が終わればまた家庭を持とうとするかも知れない。

 とにかくゲートを全て閉じなくてはならない、話はそれからだ。エレンは決意を再び固めるのだった。

 

 エレンたちはアケで3日を過ごした。高温多湿の熱帯地域であるジャングルは、今までいた場所とは環境が大きく違う。北に西に南にと、変わる気候に体を慣らせる時間は必要だった。そうでなくては、誰かがエクレアのように体調を崩してしまいかねないだろう。

 ちなみに詩人がいなくなった現在、指針はエレンが出していた。が、彼女とて旅の経験が豊富な訳ではない。急いたエレンはすぐにジャングルに入る事を提案したが、それに待ったをかけたのがリンである。エレンよりかも経験豊富な彼女は、環境の変化がどれほど自覚なく体を蝕むかを知っていたのだ。かといって、リンは東の出身であり、常識などには疎い事もある。そこはエレンと、それからユリアンがカバーする部分である。ちなみにアケでは役に立たないだろうが、貴族や豪族などへの交渉にはモニカやエクレアが役に立つだろうし、ジャングルの案内はようせい無しでは考えられない。ようは持ちつ持たれつという事だ。

 とにかく、アケにて体を慣らす。気候と食事といった、環境に。

 初日の()()()で、どうやら食事をするにもストレスになると気づかない訳にはいかなかった。そこでアケの人々にジャングルで取れる食材の事を聞き、それをストレスなく食べられるように、ちゃんとした休息にできるように工夫をする必要をひしひしと感じていたのだ。楽天家のエクレアは除くが。

 そしてエクレアにも食事当番が回ってくる以上、調理法くらいは覚えなくてはならない。幸い、ここにはトーマスカンパニーの人間もいるので、その人たちから有意義な話を聞けたのは嬉しい誤算だった。一から自分達で四苦八苦して探し出すよりも、模倣した方が早いのは当然なのだから。毒蛇や毒虫が出るという事で、ジャングルを往くにはワニ革のブーツを履き、毒消しも持つ。現地で食料も集めなくてはいけない為に食べられるものと食べられないものを知り、そして詩人に勧められた香辛料も大量に持つ。

 とにかくそうして準備を整えた一同は、アケからジャングルに入っていくのだった。

 そうして入ったジャングルは、モンスターの巣窟でもあった。

「大木断っ!」

「サイドワインダー!」

 襲い掛かる食人草はエレンの斧で断ち切る。毒を持つカエルであるクローカーはリンの蛇の力が込められた矢で喰い殺す。

「飛水断ち!」

「氷走りっ!」

 ユリアンが白銀の剣が飛び回る妖精族モンスターであるフォーンを真っ二つにする。エクレアが氷の剣を地面に突き刺し、そこから奔る衝撃波に氷を混ぜたものが砂漠にも出現するデザートトラップという昆虫型モンスターを仕留める。

「シャドウボルト」

「エイミングっ!」

 モニカの月術が大型のトリケプスの視力を奪い、ようせいの一撃が確実に射貫く。

 こんな調子がジャングルに入ってからどれだけ続いたか。とにかく、モンスターの数が多いのだ。モンスターの習性故か、一度に襲ってくる数はそうでもないが、その回数が尋常ではない。

「もー疲れた!」

 エクレアが思わず言ってしまうが、それを嗜める者は誰もいない。この数のモンスターには誰もが辟易としているのだから。

 あえていえば、ここで生まれ育ったようせいだけがそれに準じていない。苦笑を浮かべてジャングルという環境を口にする。

「温暖で水気も多いからね。生命力がとにかく凄い場所なのよ、ジャングルって」

 そういって絶命したトリケプスを見るようせい。

「このモンスターも明日どころか夜になるまでに食べられちゃうわ、ジャングルに住む肉食獣にね。そしてその残りカスを小さな虫が食べて、流れた血も木々の養分になる。

 そうして今日は食べる側も明日には食べられる側に回るかもしれない。とにかく活性しているのがジャングルの特徴なの」

「……ようせいはこんな所でどうやって村を作っているのでしょう?」

 モニカの疑問にようせいは笑って答える。

「どんな生き物にも縄張りはあるわ。そこを侵せば手痛いしっぺ返しがあるって理解させれば、そうそう襲撃はないし。

 それにようせい族は空も飛べるからね。木の上の方に、穴をあけて洞を作ってそこに住んだりとか、まあ色々よ」

 そういって背中の羽をパタパタと動かして空を舞うようせい。確かにジャングルのような場所では地面よりも上空の方が安心なケースも多いだろう。

 まあ、そのように上空へ避難した獲物を狙う敵もいるだろうから、絶対ではないだろうが。結局、自分の脅威を示すのが一番安全なのだ。

 さて。それはさて置いて。

「……つまり、火術要塞に向かう私たちはそういった縄張りを無視しなくてはならないという事でしょうか?」

 リンの言葉に、一同に沈黙が降りた。ギャーギャーと騒がしいジャングルの鳥の声が遠くに聞こえる。

「で、できるだけ共用の餌場とかは通ってるんだよ? でもそういった場所では雑多なモンスターが襲ってくるし……」

「そして縄張りに踏み込めば、そこに陣取ってる強力なモンスターと戦わなくちゃならない訳ね」

 はぁとエレンがため息をつく。仕方ないとはいえ、なかなか大変そうだ。

「ちなみに夜はどうなんだ?」

「あー…そのー……」

「危険なんだな?」

「多くは眠るけど、さ。そういった相手を狩るタイプが、その、ね」

 しかも夜中ひっきりなしに襲撃があるときたもので。ますますゲンナリとしてしまう。

 どうやらジャングルは種族として繁栄するには有利だが、個として生き抜くのは大変らしい。結果、生物は繁殖力や生命力に特化していく事になり、徐々にモンスターの数を減らしながら進むという作戦も取れないだろう。なんせ縄張りを持つモンスターを潰したとして、翌日には別のモンスターがそこを縄張りにしていそうな勢いだ。

 結局は強行軍しかないのだろう。そしてその体調のまま、火術要塞に乗り込み、アウナス配下のモンスターを蹴散らして。そうしてアウナスを打倒しなくてはならないのだ。

 四魔貴族と戦う事でさえ困難であると、今更ながらにユリアンは自覚せざるを得なかった。

 

 戦いはもう始まっている。そして、これはまだ序章に過ぎないのだと。

 

 

 

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