詩人の詩   作:117

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久しぶりに土日に時間が取れたので、執筆作業を進めたいと思います。
リユニで地図をハムハムしつつですが。


079話

 

 ガサガサと草木をかき分ける。

 毒蛇や毒虫、そして何よりモンスターに気を付けていた、ここ数日ずっと続いた作業が唐突に終わる。

 眼前に樹々はなく、亡霊の魂のような灯りがついた廃墟が。いや、整備されていないだけで()()が廃墟でない事は分かっている。禍々しい気配はもちろんの事、何よりこの距離で既に熱さを感じた。ジャングルが持つ暑さとは別種の、炎熱の熱さ。

 魔炎長アウナス。ひしひしとその気配が伝わってくる。

「ここが…火術要塞」

 誰ともなしに呟く。ようせいの説明によって、今日この日に火術要塞に辿りつく事は分かっていたので、昨日は十分な休息をとった。覚悟もできていた。はずなのだが、実際に火術要塞を見れば何も思う所がないとはいかなかった。誰ともなしに緊張が高まる。

「……行くわよ」

 エレンが声をかけて全員が進む。この中で四魔貴族と戦った事があるのはエレンとエクレアのみであり、彼女たちの経験は貴重な情報源だった。海底宮では道中に敵は少なく、最初と最後に集中していたといっていい。先手で仕留めるか、引き込んで殲滅するか。それを主眼に置いた戦法だったのだろうが、これから先の四魔貴族も同じ戦略でくるとは限らない。

 四魔貴族の手は長い。世界各地に影響力を持つのはもちろん、フォルネウスが拠点とした海底宮も広い宮殿であった。あれを基準として考えるならば、アウナスの拠点である火術要塞も踏破に一日弱を見込まなくてはならない。

 幸い、今回の討伐メンバーは数が多く、6人での参加だ。戦闘に5人は必要として、バックアップに1人。バックアップの人間が休憩できる考えであれば、中々悪くない数である。

 最悪を想定し、ひっきりなしに敵が襲ってくるものと仮定する。そこで朱鳥術の対抗として、先陣は玄武術を持つエレンがきる事になった。最初のバックアップはエクレア、氷の剣を持つ彼女は切り札たり得る為にひとまず温存する訳だ。それから消耗が見られた順にバックアップを変えていく。二番目以降は状況によるだろうが、最初の交代はモニカだろうと全員の予想が一致していた。彼女はエクレアと合わせて体力の水準が低い。

 とにかく、そうして戦う人間と休む人間を入れ替えつつ、理想としては適時休める場所を探して休息を取る。そして最奥になるゲートの間に辿りつき、アビスと接続している白い珠を破壊する。それがエレンたちの基本方針となった。

(鬼が出るか、蛇が出るか――)

 何が襲い掛かってきてもいいように、入り口の扉をエレンが開ける。

 同時に襲い掛かってくる熱気と、頭を三つ持った猛獣。

「!」

「グルギャァァァ!!」

「ケルベロスッ!」

 先頭にいたエレンに噛みついてくるケルベロスだが、奇襲を覚悟していたエレンに隙はない。紙一重でその牙を避けて、代わりに拳をその顎に叩き込む。練気拳を発動し、ひとまずケルベロスを遠くに吹き飛ばした。

 言葉は必要ない。その僅かな時間に陣形を整える。先頭にエレン、その両翼斜め後ろにユリアンとようせい。更に翼を広げるようにモニカとリン。スペキュレイション、そう呼ばれる突進力に特化した陣形だ。相手が手を打ってくるのが予想できる以上、まずは前陣を食い破り突破する。そうすれば一息つく事も可能だろうという判断だ。

「いくぞっ!」

「フォローは任せて!」

 ユリアンが気炎を上げる中、エクレアは全員より後ろに下がる。背後からの攻撃に備えるのはもちろん、前の5人のサポートもする重要なポジション。

 そうして態勢を整える中、ケルベロスもその6つある瞳に怒りを宿らせ、グルルと唸っていた。自分を殴り飛ばしやがった人間を、侵入者一同を睨みつける。

 空白は一瞬、交戦は即座に始まる。

「ガァ!」

 ケルベロスから吐き出される火炎、人の頭ほどもある炎弾がエレンに迫る。下手に躱せば突進力を利用するスペキュレイションに悪影響を及ぼしかねない為、エレンはブラックの斧に玄武の水分を纏わせると、炎弾を一太刀で斬って捨てる。ジュッと炎と水が交わる異音が聞こえると同時、炎弾が掻き消えた。

 次に動いたのはモニカ。彼女は頭の一つを狙い、術を発動させる。

「シャドウボルト!」

 月術に宿る虚の術式を丸く包み、それを矢玉として放つ基本術。それがケルベロスに向かい、簡単に回避される。だがそれでいい。モニカが牽制する間に他の仲間がさらに致命的な攻撃を仕掛ける事ができるのだから。

 ようせいが小さな体を利用して、ケルベロスの足元へと滑り込む。そしてアーメントゥームを振りかぶり、その足元に狙いを定める。リンはケルベロスを鋭く観察し、その気脈を見切ってそこに合わせて弓を引き絞る。

「足払いっ!」

「ビーストチェイサー!」

 ようせいの槍が勢いよく薙がれてケルベロスの足を殴打し、ガクンと体勢を狂わせる。リンの矢がケルベロスの胴体に突き刺さり、一矢とは思えない苦痛をケルベロスに与える。

 そして最後の一人、ユリアンも頭の一つを目掛けて突進していた。その頭が持つ瞳とユリアンの目が交わり、鋭い視線が交錯する。

「カウッ!」

 ケルベロスの噛みつき。ユリアンはそれに大きな回避をする事はない。ケルベロスは大きく俊敏だが、詩人には劣る。その攻撃を紙一重で回避することは、難しいが今のユリアンにとって不可能ではなかった。

 剣を使わずに体捌きのみでその攻撃を避けると、ユリアンは両手で握った剣を腰だめに構え、ケルベロスの顎の下からその刃を突き上げる。

「はぁっ!」

 肉を裂く気持ち悪い感触がユリアンの手に伝わってくる。顎から貫き通された刃はその脳まで達し、その頭の持つ目がグルンと回って白目を晒し、力を失う。

 頭の一つを潰したユリアンは剣を素早く引き抜くと鋭いステップで後ろに下がる。代わりに割って入るのはエレン、頭の1つを失いぐったりとしたその重量にバランスを崩したケルベロスへの狙いは、胴体。頭が3つあったとしても、胴は1つ。すなわち重要臓器も1つしか持たない事になる。リンとの訓練で流れを感じ取る事を体得したエレンは、その血脈を探って一点に集まるその場所を探し出して探知していた。狙いはすなわち、心臓である。頭を3つ持つ異形である為に変わった位置にあるそれを、エレンは正確に感じ取った。

 生物最大の急所であるそれに向かい、エレンは拳を固く握りしめて、気を込めて打ち出す。短勁によって内部まで威力を浸透させたその一撃は隙を晒したケルベロスへと突き刺さり、その心臓に深刻なダメージを与えて破裂させる。

 たった一つしかない心臓を破壊されてケルベロスに生きていられる道理はない。一瞬の空白の後、その巨体がゆっくりと倒れ伏し、その大きさ故に周囲には軽い振動がおこる。

「損傷は?」

「問題なし」

 エレンが聞けば、返す言葉も慣れたもの。ユリアンの返答にケルベロスと戦った意識を終わらせて、火術要塞内部の様子を把握するように意識をスライドさせる。

 火術要塞は鈍く暗い色をした金属で床が覆われていた。それが半分であり、残りの半分には炎がなみなみと湛えられたマグマのプールが煌々と光と熱を周囲に撒き散らしていた。そのマグマのプールからは時折火柱が上がり、近づけばただでは済まない事を教えてくる。広場のようなその場所だが火柱のせいで視界が悪く、マグマのプールがそこかしこにあるせいでに入り組んだ道のようなものになっていた。直進する事は出来そうにない。

 更にその道にもチラホラとモンスターが見える。一歩足を踏み外せばマグマのプールに落ちるとあっては神経を尖らせざるを得ない。覚悟はしていたが、やはり相当にタフなフィールドのようだ。

「エクレア、アビスの気配は?」

「真っすぐ奥の方。直進でいいみたい」

 海底宮で詩人に教わったアビスの気配を探る方法。エレンが天術を会得してない以上、頼りになるのはエクレアだ。その言葉聞いてエレンは炎とマグマ、そしてモンスターに遮られて見えないその奥を見通すように睨みつける。

「行くわよ」

 エレンの言葉に全員が頷き、奥へと駆け出すのだった。

 

 火術要塞を攻略していくうち、厄介といえるものを把握しつつあった。1つは炎、一歩間違えれば大火傷を負いかねないとなれば、いつも以上に気を使わなくてはならずに心がすり減っていく。

 そしてもう1つはモンスターの多さだ。群れ単位で完結しているとはいえ、それが絶え間ないといえる頻度で襲い掛かってくる。

 最初に息が切れ始めたのは、やはりというかモニカだった。それを察してエクレアがポジションを交代、更に中列に彼女は配置されて代わりにようせいが後衛に下がる。

 体力を温存しつつ、襲撃はやはりひっきりなしだ。またモンスターの群れが襲い掛かってきた。熱をまとった岩で構成された体を持つマグマ。小柄な体で飛び回りながら鋭い爪で強襲してくるガーゴイル。アウナスにその心を売り渡した堕ちた人間である術妖。大型獣の骨格を持った骸骨系モンスターであるボーンドレイク。モウゼスでも襲い掛かってきた猪型モンスターであるショック。計5体。それぞれがそれぞれを相手取る。

 マグマを相手にしたのはエレン。彼女はアウナスとの対決に備え、どうしても試さなくてはならない事があったのであえてこのモンスターと相対した。威圧をもって近づくマグマに対し、エレンは薄く目を開けて己の内部に一瞬だけ集中。術を唱えた。

「ウォーターポール」

 唱えると同時、その体に水の鎧ともいえるような防御膜がまとわりつく。それは炎熱に対して大きな効果を持つ筈である。アウナスが強力な火炎を扱うとヨハンネスから受け取った情報から把握していたエレンは、ウンディーネからこの術を重点的に学んでいた。熱に対抗する方法を欲していた彼女にとって、この術は必須ともいえる効果を有していたのだ。

 水を纏ったエレンに向かって、それがどうしたと言わんばかりにマグマが拳を振り上げて襲い掛かってくる。回避する事も可能なその攻撃を、エレンはあえて受ける。迫りくる拳に、エレンも拳を握りしめて真正面から突き合わせる。体格の違い、岩と肉という硬度の違い、普通に考えれば負ける要素しかないエレンだがこの程度でいちいち負けてなどいられない。合わせた拳だが、弾き飛ばされたのはマグマの方だった。驚きという感情もこの無機物にあるのか、動きが一瞬止まる。

 対してエレンは纏った水の鎧のおかげでマグマの持つ熱のダメージはない。僅かに水分が蒸発する音が聞こえたが、それだけだ。上々の結果にほくそ笑みながら、もう用はなくなったとマグマに向かって斧を向ける。構えた斧を叩きつけるような体当たり、ハイパーハンマーにてマグマに迫り、そしてその体を完膚なきまで破壊するのだった。

 ユリアンはちょこまかと飛び回る敵に剣を当てる事ができないでいた。ガーゴイルは素早くユリアンの周辺を飛び回り、隙を見つけてはその鋭い爪を振りかざしてくる。

「くそっ」

「キキッ」

 苛立つユリアンを嘲るようにガーゴイルが鳴き声をあげる。そして爪を一閃。ユリアンはそれをかろうじてパリイするが、じり貧になっている感覚は否めない。

 とはいえ、それは表面的なもの。ガーゴイルに見せている様子とは裏腹に、ユリアンは極めて冷静だった。こちらを舐めて飛行を繰り返すガーゴイルのパターンは、もう既におおよそを把握している。とはいえこの身軽さだ、当てる為には一工夫が必要だろう。

 ユリアンは変わりないように、馬鹿の一つ覚えのように剣を振る。それを軽やかに回避するガーゴイル。

「キキキッ!」

 そして反撃の為にユリアンに接敵しようとしたガーゴイル。その眼前に刃が迫っていた。

「キ?」

 そんな間抜けな声をあげ、何が起きたのか分からないといった表情でガーゴイルはその顔を半ばから切り飛ばされた。それを為した剣はもちろんユリアンのもの。虚をつき、初撃を囮として2撃目を確実に命中させるその技法。

「かすみ二段」

 そう言い、ユリアンは剣に付着した汚らわしい血を振り払った。

 術妖と対峙したのはリン。術妖は接近戦を不得手としているらしく、近接武器の間合いに入ってこない。となれば遠距離を専門とするリンが対処するのが最適解だった。

「ファイアボール!」

 しゃがれた声でそう言った術妖の眼前に炎の球ができ、リンに襲い掛かる。もちろんリンにそれを黙ってうける義理などある筈がない。

「ウインドダート!」

 蒼龍術の基本であるそれだが、バイメイニャンに鍛えられたリンの術力は並のそれを凌駕している。風の刃がファイアボールとぶつかり合い、お互いを消滅させた。

 小さく舌打ちをするリン。やはり相手も術を扱うとあって、そう簡単にはいかないらしいと理解する。ならばやはりこれしかないかと、リンは弓矢を引き絞り、放つ。

「螢惑の砂」

 しかしそれも術妖が撒き散らした術具によって無効化されてしまった。その眼前に炎の壁ができ、矢の羽根と木製部分が瞬時に燃え尽きてしまったのだ。鏃だけとなった矢に直進力は残されておらず、その場にカツンと落ちてしまう。

 話に聞いた、ボルカノとやらが作った術具か。そう思うリンは、即座に解決策を巡らせた。要は炎の壁を無視するような攻撃をすればいいのだ。

 再び弓に矢を番えるリン。それを見て新たな螢惑の砂を取り出しつつ、術の詠唱を始める術妖。矢を放った隙にまた術を叩き込むつもりだろうが、そこまで長引かせるつもりはリンにはない。

「瞬速の矢」

 極限まで速さを求めたその一矢は文字通り瞬く間もなく術妖に辿りつき、その目と目の間に突き刺さる。そして脳を破壊された術妖はその場に崩れ落ち、手から零れ落ちた螢惑の砂がその場で燃え上がった。術妖は己の生み出した炎に包まれて、ゆっくりと灰になっていくのだった。

 ボーンドレイクを相手取ったのはエクレア。氷の剣は標準状態では大剣のサイズである。というのも、氷を減らす事は簡単でも増やす為には術力を消費して空気中から水分を集め、凍らせなければならない。よって一番質量のある大剣状態で持ち運ぶ方がキャパシティー的にも有利なのだ。そしてこのような大きなモンスターが相手ならば、小剣などでチマチマ削るよりも大剣で大きく削った方がいい。大剣状態のまま、エクレアは氷の剣を振りかぶる。死してなお生者を襲い続けるボーンドレイクも、もはや食する必要のない大きな顎を開き迫る。

 だがボーンドレイクはその口を閉じる事はない。大きく開いた顎で威嚇したまま、その前脚を振りかざして爪をエクレアに突き立てようとする。エクレアはその爪に向かって氷の剣を叩きつけ、その勢いを止める。そして氷の剣から侵食する冷気。

「チッ」

 ボーンドレイクは骨であって、冷気のダメージは比較的薄い。死霊を除くアンデッド系モンスターには物理攻撃が一番有効なのであって、反撃の冷気が効果が薄い事にエクレアが品の無い舌打ちをする。物理攻撃という意味で体格で劣るエクレアが不利なのは否めなかった。

 それでもその程度の不利でエクレアは屈しない。エクレアはあらゆる武器を手に取り、その全てに馴染んできた。そして大剣はその質量から衝撃攻撃に優れた武器である事も理解している。重さから体格に優れた者が振るうに適した武器ともいえるが、単純に重いだけの武器など体捌きなどの工夫次第でなんとでもなる。もちろんその分繊細さは減ってしまう事は多々あるが、それよりも大事なのは破壊力である。

 エクレアは足を一つ後ろに出してつっかえ棒にする。それだけでエクレアの体勢は安定し、体格で負けるボーンドレイクにも力で負ける事はなくなる。両脚の骨と腰骨とで三角を作ったエクレアは安定し、上半身を螺旋を描くように徐々に回転させるように動く事でボーンドレイクの体に氷の剣を徐々にめり込ませていく。

「ガッ!?」

 これに慌てたのはボーンドレイクである。骨の体となった今、痛覚はない。しかし小柄な少女を押し潰さんと攻撃を仕掛けていたのに、いつの間にか逆襲をかけられて己の身である骨が徐々に抉られているのだ。痛覚はないが、いや痛覚がないからこそ恐ろしい。そしてそれが知性がないモンスターとしての限界だった。恐怖に負け、叡智に劣る。人間がモンスターに勝る所以である。

 ボーンドレイクはいきり立ってエクレアへと襲い掛かり、反対の前脚をエクレアへと振り上げる。そしてその動作が致命的。片方の前脚を氷の剣に喰い込ませ、もう片方の足から体重を離す。いくら骨だけの身であり体重が軽いとはいえ、限界だった。氷の剣に喰い込んだ前脚の骨に深く氷の剣が喰い込み、ひび割れていく。そしてエクレアの技量である。襲い掛かる重量を逆に利用し、相対的な破壊力でボーンドレイクの骨を侵していく。ビキビキビキと壊れていく己の体を見て、流石のアンデッドも恐怖せずにはいられなかった。そして恐怖こそが戦いにおいて大きな隙になり、それを見逃すエクレアではない。晒してくれた狼狽に、ここが攻め時と言わんばかりに氷の剣をめり込ませていく。

「アアアァッ!!」

 気炎を上げて剣を握る手に力を込めて、エクレアは自分よりも大きい骸骨のモンスターの体を両断する。体を粉微塵に砕かれたボーンドレイクは二度と動く事はなかった。

 最後に残ったショックを相手にするのはようせい。モウゼスでエレンやエクレアが仕留めた事もあるモンスターであるが、その時とは状況が大きく違う。モウゼスではそれなりの広さがある小島が舞台だった。突進してくる猪型モンスターであるショックの攻撃を回避するスペースは十分なのに対し、火術要塞ではそんな余裕はない。左右は火柱をあげるマグマで満たされており、空を飛べるようせいでもその空間に入り込んだら熱で炙られて死んでしまうだろう。

 つまり、ショックの攻撃を真正面から受け止めなくてはならないのだ。これはショックにとって大きく有利な点だった。

(短期決戦ね)

 ようせいはそう判断する。そもようせいは体が小さく、体力は少ない。もともと長期戦を行える体つきをしていない上に、相手は体力と力だけが取り柄のようなモンスターだ。我慢比べなんてしていられない。

 一撃で仕留める。そう覚悟してようせいはアーメントゥームを握りしめた。

 そしてようせいに向かって突進してくるショック。直進のみに全力を注ぎ、その体躯でもって圧殺せんと迫りくる。ようせいはそれを冷静に見やり、襲い掛かる敵に一撃を与える瞬間を辛抱強く待ち構える。

 集中力を高めるようせいに、時間の感覚が狂ってくる。襲い掛かるまでの時間は何秒もないだろうに、もう秒針が一周するくらいの感覚を覚えていた。引き延ばされた時間感覚の中、ついにようせいが望むべき瞬間が訪れる。

「今ッ! 足払いっ!!」

 ようせいの選択した技は足払い。鋭く槍を低く横に振るい、ショックの足を殴打する。その衝撃でショックは足を踏み出す角度を違えてしまう。ようせいから逸れるように方向変換を強制されてしまった。

 そして再度言うが、ここは火術要塞。左右はマグマで満たされたプールだ。止まらなければと思う猶予もなく、炎熱地獄の中へと自ら突進してしまうショック。

「ブモォォォォォ!!」

 生きたまま焼かれて死に行く苦痛をその断末魔で表しながら、ショックの命は消えていく。それをしてやったりと意地の悪い笑みを浮かべてようせいは眺めていた。

「猪野郎にまともな相手するわけないじゃん。ばーか」

 こうしてまた一つの戦いが終わった。エレンたちに損傷は少ないが、周囲を満たす熱と戦いの緊張で体も疲れて来たところ。そろそろ休憩の一つも挟みたくなってくる。

 そう思ったエレンはきょろきょろと周囲を見渡す。個室か袋小路のような場所を探し、果たしてそれは程なく見つかった。すぐ側に行き止まりの道、というか空間のデッドスペースのような場所があったのだ。奥行きもそれなりにあり、理想的な条件だった。

「みんな、少し休みましょう。あそこがいいわ」

「休みたいのは山々だけど、そんな余裕をモンスターたちがくれるか?」

「貰うんじゃない、余裕は作るものよ」

 ユリアンがモニカの様子をうかがいながら言うが、エレンは平然と言い返してエクレアに目配せをする。意図を読み取ったエクレアはこっくりと頷き、準備を始めた。

 いぶかしむ様子を見せる仲間たちだが、どうやら何か手があるらしい。エレンが指し示した袋小路に入っていく。

「で、どうするの? 見張りをたてて、順番に休む?」

「んーん。こうするの。いくよ、ゆっきー!」

 リンの提案にエクレアが首を振り、唯一の出入り口に氷の剣を突き立てる。そして術力を集中させるとピキピキと狭い出入り口を塞ぐように氷が張り付いていき、やがて壁ができあがった。氷の剣の刀身は壁と完全に一体化し、柄の部分だけが残るのみである。

「凄いですわ!」

「あー、疲れた。その分休ませてもらうけどね」

 モニカが純粋に感嘆の声をあげ、エクレアが気力を落とした声をあげる。実際、彼女はそれなりに術力を使ってしまっている。

 しかしその対価は十分といえるだろう。敵の本拠地で安全に休める空間を確保できたのだ、これは例えようもなく大きい。そして火術要塞という場所ではもう一つの利点もある。

「お、涼しいな」

「そりゃ、氷だもん」

 そう、熱の軽減だ。マグマからの熱気を浴び続けて汗をかいた一同にとって、氷から流れてくる冷気は心を鎮める清涼剤にもなる。

 こうする打ち合わせをしていたエレンはもう休む準備に入っており、テキパキとお茶を淹れる用意をしていた。

「お茶を飲んで、軽くお腹に食べ物を入れましょう。終わったら仮眠をとってもいいわ。しっかりと休んで態勢を立て直さなくちゃ」

 そう言ってモニカにようせい、エクレアを見やる。体力に不安がある面々には特にしっかりと休んでもらいたいものだった。

 視線を受けてモニカは苦笑いでお茶の準備を手伝う。彼女が淹れるお茶が一番美味しいので、エレンはその役目を譲る。ようせいとエクレアはごろんと床に転がり、んーと手足を伸ばして楽にしていた。ユリアンはモニカの側に控えているし、リンは簡単に食べられるものを用意している。

 そうしてゆっくりと時間をかけて十分に体を休めた一同は、更に火術要塞の奥へと向かうのだった。

 

 

「ギシャァァァー……」

 断末魔を上げて巨大な三匹の蛇、パイロヒドラが息絶える。それを為したのはエレン、他の全員が注意を引き付け、その胴体に思いっきり短勁を叩きこんで内部から破壊したのだった。

 ふぅとため息を吐いて全員を見るエレン。誰も彼も厳しい表情をしているが、切羽詰まっているものは誰もいない。火術要塞の攻略に心身をすり減らしつつも、しっかりと適応している証拠だった。

 実際、ここに至るまで余裕があった訳ではない。エクレアは何度も氷の壁を作って休む場所を提供したし、一面のマグマの上に金網が巡らされた道とは言えないような場所を渡った時には誰も生きた心地がしなかったものだ。

 しかしその甲斐はあったといえる。

「近いよ、すぐ側だね」

 厳しい顔でエクレアが言う。アビスの気配は濃密で、それはゲートの間が近い事を表していた。おそらくもう一つか二つ先の部屋がゲートの間だろう。

 聞いた一同の顔に覚悟が宿る。臆した者は一人もいない。

「行くわよ」

 先陣はエレンがきる。そして彼女に続く全員。

 次の部屋はやや広くなっていて、隠れる場所はどこにもなさそうに見える。しかしそんなものはどうでもいい。()()()は隠れる事なく次の部屋へ続く扉の前に立ちふさがっていたのだったから。

 ひょろりと背の高い老人。ぱっと見ではそういった感想を抱かせる男だった。だが、こんな所に一般人がいる訳もない。まるでここが居心地のいい自宅のように余裕を持った声を発する老人。

「これはこれは…。わざわざこんなジャングルの深奥までご足労をかけて申し訳ないの」

「――お前は」

 斧を構えたエレンはまさかと思って聞く。老人は人のいい笑みを浮かべながら、その予想を肯定した。

「お察しの通り。儂が四魔貴族の一人、アウナスじゃ」

『!!』

 全員が驚きながらも武器をとり、臨戦態勢を取る。しかし戸惑いは隠せないでいた。

 なんというか、予想と違う。もっと殺伐とした邂逅を想像していたのだが、あっさりと出て来たのは好々爺。しかも敵意は感じない。

 特に驚いたのがエレンとエクレアだ。フォルネウスと戦った事がある彼女たちには、四魔貴族とは人間を見下すモンスターの首魁という認識があった。しかしこの老人にそのようなものは当てはまらない。もしや何かの罠かと勘ぐってしまうのは仕方ないだろう。

「まあ、そういきり立たんでもいいじゃろう。幸い、儂にもお主らにも口がある。言葉をかわし、妥協点を探る事も大切じゃ」

「……何が言いたい?」

 ユリアンが訝しそうに聞く。今更どんな会話をしてどうするというのか。

 その鋭い視線を受け流し、アウナスはエクレアの持つ氷の剣を見やる。

「――フォルネウスを倒し、そして氷の剣もここにある。火術要塞に蔓延るモンスターを退け、ここに至ったお主らの力量は今更疑うべくもない」

「だからなに? 大人しく降参でもしようって言うの?」

 エレンの挑発染みたその言葉に、アウナスは首を縦に振った。

「は?」

「正にその通りじゃ。殺し合えば、どちらかが死ぬ。それはお主らかも知れんし、儂かも知れん。

 故にそのような道は避けて通りたいのじゃよ。無条件とはいかぬが、降伏しよう」

 嫌な沈黙が流れる。かつて世界を支配した四魔貴族、その一翼であるアウナスが戦うまでもなく投了してきた。喜びなど感じる訳もなく、ただただ戸惑いだけがある。

 そんな一同を見て、アウナスはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「それとも会話もなく戦うか? それも良し。儂とてむざむざとやられはせん」

「……」

「……」

 誰も何も言えない。予想外の展開にどうしたらいいのか、頭が追い付かないのだ。

「どうする、エレン?」

 剣を構えたままユリアンが聞く。下げる訳にもいかず、また斬りかかるのも躊躇われるこの状況。

 意志決定を担うのはユリアンとエレン、そしてリンだ。とはいえ、リンは強者であり巨悪と呼ばれる四魔貴族と戦う為にここに来た。その相手に戦う気がないというなら、恐らく語る事は何もないだろう。ここはユリアンとエレンで結論を出さなくてはならない。

 エレンはしばらく考え込んだが、やがて斧をしまった。その行動が示す答えは一つ。

「分かったわ。話し合いをしましょう。四魔貴族が一人、アウナス」

「話が通じる相手でよかったわい。名は?」

「エレン・カーソン」

「そうかそうか。ではこちらも改めて名乗らさせていただこうかの」

 そう言って、アウナスは中空に手をかざして炎を生み出す。それはその場に留まり、まるでマントのように形を変えた。

 炎のマントを纏い、その手にはいつの間にか大きな鎌を持つ。好々爺風情の顔は変わらないが、武装をした男はここでようやく威圧感を解き放った。

 ビリビリと肌を刺すようなそれは、やはり間違いない。

「四魔貴族が一人、魔炎長アウナス。話し合いの機会を設けていただいて感謝すること至りじゃ。

 聞きたい事は何でも聞いてくれて構わない。お互いに腹を割って話をしようではないか。平和に終われば、それに越した事はない」

 

 

 

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