詩人の詩   作:117

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今までの話を見直しました。誤字脱字は見直したつもりですが、問題がありましたら連絡をいただけるとありがたいです。
では、続きをどうぞ。
まったりとやっていきます。


008話 雪の国から

 

 

 

 スケルトンを拳で砕く。

 シーキラーは回し蹴りで吹き飛ばす。

 ブラザーは空気投げで失神させる。

 

 ユーステルム近辺でモンスターの巣になりつつあった氷湖において、エレンは単独で多数の雑魚モンスターを相手取るまでに成長していた。この期間、僅か数日。恐るべき成長速度である。

 詩人の見立てに間違いはなく、体術の才能を開花させつつある彼女はその五体を武器としてその本領を発揮していた。だが、単一ではどうにもならない事柄は往々にして存在する。

 ヌルリと擬音がつきそうな動きで姿を現したのは、不定族に類されるジェルというモンスターである。粘液の塊のようなそのモンスターは打撃に滅法強く、更にその体内に取り込んだ他者を溶解して吸収するため、下手に素手で殴ろうものなら自分の手が危険である。

 そんな時の為に詩人に言われた通りに学んでいる斧の出番だ。取り出したのは小さな、普通の斧と比べて半分くらいしかないような手斧。それを携えてジェルに向かって全力疾走し、ぶつかる瞬間に止まる。その運動エネルギーの全てを目の前のモンスターに叩きつける!

 

 アクセルターン

 

 そう言われる斧技の一つである。分類としては打撃技に属するとはいえ、斧には鈍いながらも刃がついている為に斬撃効果がない訳ではない。加えて、突進の威力も加わってはいくら打撃に強い不定族といえども限度はある。

 その一撃でジェルは爆散し、周囲の雪はジェルの体液を浴びて異音をあげる。その代償にエレンがふるった斧にもジェルの体液が付着して融解し、もはや切れ味は期待できないだろう。通常よりも小さな手斧ではその損傷の割合も察する通りである。

 だが、それでも問題はない。エレンは刃物として使い物にならなくなった小さな手斧を振り上げて、空に投げつける。

 トマホークと呼ばれる斧の遠距離技の一つである。見ての通り、得物を投げるリスキーな技だが、投擲された斧は手の届かない空にいた、バイターを的確に捉えて撃墜した。

 エレンが小さな手斧を使う理由はいくつかある。その一つがこのトマホーク用の武器として使う、という点にある。小さく軽い斧は扱いやすく投げやすい。威力を犠牲にして命中精度をあげているのだ。威力を犠牲にしていいのかと思うのかも知れないが、いいのである。トマホークで倒す事が目的ではなく、遠距離にいる敵を足止めしたり自分の下に引き出すことが目的なのだから、そもそも当たらなくては意味がないのだ。その点で言えば命中を最優先に考えた選択は間違えではない。

 更に言うならばトマホークとして投げ捨てる分、数を用意しなくてはならない為に重さや費用を抑えるという意味でも、大きい斧は不要である。エレンは斧を主に使うのでなく、体術を主に戦うのだから。

 そうしてあらゆる種族を相手に相手取っていたエレンだが、その経験の少なさは誤魔化しきれるものではない。間断なく襲い掛かってくるモンスターに対するうちに、やがて一匹のモンスターにバックをとられてしまう。

 完全な死角をとり、エレンに一撃を与える機会を得たそのモンスターは、遠くより射られた矢によって絶命した。それを見たエレンは心の中で舌打ちをしつつ、思う。

(減点1ね)

 射ったのは当然、エレンを遠くから見守っていた詩人だった。

 

 

「オラオラ、てめーら! たった二人に後れをとってんじゃねーぞ!」

 ユーステルムに陣取るその守備隊長、ウォードが檄を飛ばし、それに応える守備隊たち。だがそれでも圧倒的に数で勝る守備隊の方が戦果を上げているとは言い難い。そのくらいにエレンは苛烈で、詩人は巧みだった。

 一騎当千とばかりにモンスターを駆逐するエレンと。その間隙を縫うように、また隙を補うように弓を射る詩人に対しては分が悪い。一見してエレンの方に目が行きがちだが、ウォードの目は眩んでいない。この連携、主になっているのは詩人の弓だ。

 何故ならば、彼にはエレンの代わりになれる自信はあっても詩人の代わりになれる自信はない。今こそ強力なモンスターに備えて体力を温存しているが、一度暴れればあの程度の雑魚モンスターなど、瞬く間に蹴散らせる自信はある。そう、エレンよりも上手く。しかしそういった前衛を上手にフォローできる自信はウォードにはない。

 補佐をする、ということは想像以上に大変な事をウォードは知っている。なにせ、敵だけでなく味方すらも極限状態ではどう動くかわからない。味方に傷一つないということは、その全てを網羅していることに他ならない。それを実現している詩人にはもはや感嘆の言葉しか出ない。町へ帰ればエレンのその強さが酒場に流れるが、実際のところそれを支えている詩人の技量に気が付いているものは、それこそ自分くらいではないだろうか。後ろからへっぴり腰で矢を射つだけと嘲る者には、もはや嘆息しかでない。

 …彼らは二人しかいないという意味で陣形はライフシールド、前衛にエレンを置いて後衛で詩人を守るという形をとっている。だが、この二人の本質は真逆、むしろハンターシフトに近い。前衛が敵の注意をひいて、後衛が弓で確実に仕留めるあの陣形に近いのだ。そう見えないのはただ単に詩人が活躍の場をエレンに譲っているに過ぎない。

(今日であらかた掃除は終わるな…)

 ウォードはそれを少し残念に思う。例年よりも圧倒的に早くて被害が少なく掃除が終わるのは守備隊長としてはいいことだが、エレンはともかくとして詩人の技量を学びきる前に終わってしまうのは武人として惜しい。

 だが、それも仕方ないことである。自分はユーステルムから離れることはできないし、詩人は旅の流れ者と聞く。ランスを拠点とする詩人は、ウォードがパトロンであるフルブライト商会に助けを求めた結果、派遣されたに過ぎない。

 これ以上を求めるべきではない、求めるべきではないが。

(楽しまないのは、違うよなぁ!)

 戦士としての勘が、経験が。大物が近寄る事を告げている。

 おそらく、この氷湖の主。雑多なモンスターがこの場所に集まった原因。強いモンスターに平服する、その習性。

 この掃除の締めくくりに相応しい、大将首が襲い掛かってくる、その予感。

「エレン、下がれ!」

 やはりその予感を詩人も感じ取っていたらしい。あの女戦士にその対処を任せる事が難しいことも、また。ならばウォードが提案する事は一つだ。

「なあ、詩人」

「なんだ?」

「最後だ。俺と一緒にやるのはどうだ?」

「…むさ苦しい男が二人か。詩にならんが、まあいいさ」

 エレンは素早く下がり、守備隊の動きは遅い。練度の違いか、才能の違いか。まあ、間に合うならば構わない。

 ウォードは前進し、詩人は弓を構える。二人が準備を整え終わった時に、氷湖の主が姿を現した。それは巨大魚、おそらく遥か昔からこの湖に存在していただろう、その威容。それを一撃で沈めるべく、ウォードは自身最高の技を放つ。

 彼が持つ武器は大剣。大きく、重く、鈍く、硬い。それを渾身の予備動作から、発火熱が出る程に力を込めた一撃を振り落とす技。

 それは当然大きな隙があり、それを逃す氷湖の主ではない。力を溜めたウォードに、氷湖の主は先んじて突進を与えてやろうと加速し、加速し、加速する。それを回避する術をウォードは持たない。

 普段はそんな愚策はとらない。だが、今回だけは問題ない。何故ならば、後ろには自分が認めた武人が弓を携えて控えているのだから。

 矢が放たれる。それは大きな隙を作ったウォードを通り過ぎ、更に彼を襲おうとした巨大魚の側も潜り抜け、その傍らに突き刺さる。

 その技を影ぬいという。弓術と月術の、その混合。対象の影を射抜き、本体までもその形に縫い止める、比較的簡単な技。弓術の能力が低くても、また月術の適性がなくても可能な初歩の技。しかしそれをこれほど強大なモンスターに成功させるのはどれほどの技量が必要か、それを論じる必要はないだろう。

 全ては一瞬だった。ウォードが作った隙も一瞬なら、それを突こうと加速した氷湖の主の攻撃動作も一瞬。射られた矢が刺さるまでも一瞬なら、氷湖の主が硬直した隙も一瞬。

 その全ての一瞬が重なり、ウォードに十分な時間を与える。

「ブル、クラァァァシュ!!」

 炎熱を纏ったその一撃は、氷湖の主をただの一撃で仕留めた。

 

 

 ユーステルムの町の酒場。そこに勝利の喧騒が響き渡っていた。

 被害は零ではない。だが、今年は格段に少なかった。対して戦果は大きく、長年の懸念であった氷湖は主を失った事により、モンスター達はその寄る辺を失った。大勝といっていい。

 その立役者として、エレンは酒場のど真ん中でヒーローになっている。もてはやされ、酒を注がれ。そして酔い潰れない。邪な事を考えていた者はさぞ悔しいだろう。

 

 心まで凍り付く

 此処より冷たいその氷湖

 そこに住まう悪魔たち 彼女にとっては塵芥

 拳は砕き 斧は散らす 悪は壊れ 正義は続く

 おお 強く正しくあるものよ

 汝は我らを守りたまう

 

 この討伐を劇詩にした詩人は一仕事を終えたとばかりにお立ち台から去り、適当な席を探す。

 ウォードはそれを待っていたかのように詩人に合図を出し、気が付いた詩人はウォードに近づく。

「よう、お疲れさん」

「おう、お疲れさま」

 酒場の端の端、一番目立たないようなその場所で、掃除を締めくくった男二人が向かい合う。

「おごりかい?」

「一杯だけな」

「じゃあ…ツヴァイクロイヤル、ストレートで」

「ちょ、おまっ…」

 ツヴァイクロイヤルとはその名のとおりツヴァイク王家御用達。一杯で銀貨一枚はする、高級な逸品である。軽い言葉の上に乗る酒ではない。

 詩人は強張るウォードにニヤリと笑いかけ。酒が届く前にウォードに銀貨一枚を差し出した。

「冗談だ」

「…笑えねーよ」

 花をウォードに持たせる辺りが特に。これでウエイターから話が漏れたら、ウォードは働いた者には身銭を切って功労者に報う者として噂されるだろう。それを良く扱うか悪く扱うかは知ったことではない。詩人はそう言っている。極めて性質が悪い。

「まあ、いい。お前さん、これからどうするつもりだい?」

「詩を詠って世界を回るだけさ」

「そういう建前はいい」

 洒落にならない冗談も、肴にすらならない冗談も、真実さえもさておいて。ウォードは問い掛ける。

「お前さんは、強い。明らかに俺よりもな。悪くないと思っているなら、ここで仕事を続けてもいいんだぜ?

 もちろんエレンの嬢ちゃんも一緒にな」

「断る」

 一言で切って捨てた。そこに冗談や嘲りは一切ない。

「俺たちには目的がある。悪いが、それが終わるまで止まるつもりはない」

「そうか…そうだな。悪かった、忘れてくれ。エレンの嬢ちゃんはともかく、お前さんは怖い。何か譲れない想いがあるんだろう。北外れの田舎町にいる俺にも、それくらいは分かる」

「…」

「まあ、そういうのが全部終わったら、またここに来てくれてもいいぜ。お前さんくらい強いなら、俺がいつでも歓迎するさ」

 呵々大笑。それでウォードは締めくくる。

 やがて、運ばれてきたツヴァイクロイヤルが乾く頃。ウォードは酒を二杯注文した。

 アヴァ・アウレリウス。

 聖王の名を冠した酒だが、別段高い酒ではない。

 その名を冠する酒はどこにでもあるが、飲むには覚悟がいる。例えば即位式、例えば結婚式、例えば告別式。あらゆる誓いや願いを懸ける際にのみ、飲まれる事を許される酒である。

 そんな特別な酒を、ウォードは詩人への約束した奢りで差し出した。いつでも如何なる時でも受け入れる。そんな自分の評価の高さに、詩人は笑うしかない。

 

 

 

「「乾杯っ!!」」

 

 

 

 覚悟は、二人の男によって一息で飲み干された。

 

 

 

 

 




週に1~2回更新を目指して頑張ります!
…できなかったらごめんなさい。
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