楽しめて頂けたら幸いです。
アウナスと対峙するエレンたち。武器は構えたままで、しかし心の中では困惑が強く湧き出ていた。
四魔貴族の降伏、及びそれに伴う会談。まさかこんな事態になるとは誰もが思いもしなかったのだ。困惑するのもむべなるかな。
とにもかくにもこのままでは話が始まらないと、まず口を開いたのはアウナスだった。
「さて。とにかく話を始めよう。儂の話は少々長くなるじゃろうから、そちらから言いたい事があるのならば聞こう」
「……! ボルカノを使ってジャングルを荒らし、妖精の村を襲っているのはなんでよ!?」
それにギリィと口を噛み締めて、血を吐くような言葉を叩きつけたのはようせいだった。
思えばようせいのみがアウナスに直接的な攻撃を受けたと言っていい。ウンディーネもボルカノにモウゼスを荒らされた事はあるが、今ここに彼女はいないのでそれを言っても詮無い事だ。
「…、なんのことじゃ?」
「っ! ここで、とぼけるっていうのね!!」
きょとんとしたアウナスにようせいはバカにされたと判断したようだが、それにしてはアウナスの様子がおかしい。彼は慌てて訂正した。
「待ちたまえ。確かにボルカノという男は以前にこの火術要塞に二度訪れた事がある。そして儂と話をし、欲したものを与えた事も認めよう。
だが、儂はボルカノに何も指示を出していないし、何も願っていない」
「……モウゼスに攻めて来たボルカノは。アウナス、貴方のモンスターを連れていたわ」
エレンの言葉にも躊躇いなく頷くアウナス。
「ボルカノに儂のモンスターを貸し与えたのは確かじゃ。どうしても欲しいモノがあり、その為に戦力が必要だとか言っておった。
儂は火術要塞を守る為にモンスターを使役しているのであって、他に欲しいものがあるでなし。火術要塞にいるのに飽きたモンスターには全員暇をだしてやったわい」
アウナスの言葉が疑わしくないといえば嘘になる。つまりボルカノがアウナスの配下として暴れまわったのではなく、ボルカノがアウナスを利用して暴れまわったという事になる。信じていいのかどうか、今一つ悩む情報ではあった。
その言葉が本当の事かを確かめる為に、ユリアンが口を開く。
「何故、ボルカノにそこまで肩入れをする? 配下のモンスターを手放すなんて、戦力低下しか招かないだろ?」
「いやなに、あやつも儂と同じ願望を持っておったからな。感情移入をしてしまっただけじゃ」
「! やはり世界を荒らすのが目的で――!!」
「いやいや、そうではない。そうではないのじゃよ」
いきり立って聞くユリアンをなだめるように、アウナスが言う。ここまで来たらこれを聞くしかないと、エクレアが口を開いた。
「じゃあさ、ボルカノと同じ願望って、なに?」
「……死にたくない。ただ、それだけじゃ」
それは、四魔貴族として口にするには余りに似合わない言葉。唖然とするしかない。
しかしアウナスの表情は至って真面目。どころか、やや恐怖の色さえも見える。これを演技で出しているのならば大したものだが、そういった可能性さえも考慮しなくてはいけないのが四魔貴族というものだ。
真実を探り出す為に、あえて挑発的にモニカが問う。
「あら。四魔貴族ともあろう方が随分と慎ましい願望をお持ちですのね。てっきり、死にたくないから敵対者全部を殺し尽くしてしまうかと思いましたが」
「……それでは殺し合いになろう。そこで儂が死なん保証はない。言ったじゃろう、儂は死にたくないのじゃ。殺し合いは、ゴメンじゃ」
「だからここまで来た私たちに降参すると言ったのですか」
得心がいったとばかりにリンが言う。
そう理解するリンだが、遥か東からきた彼女には分からないかも知れない。聖王が誕生するまで世界を恐怖で支配した四魔貴族は、西では最悪のモンスターとして認識されている。そうそう受け入れられるものではない。
「なら、アビスから出て来なければいい。なんでわざわざこの世界に干渉してきたのよ?」
「それも命を繋ぐ為。儂はじゃが」
「お前は?」
「そうじゃ。お主らは儂らを四魔貴族とまとめて呼ぶが、それぞれに考えがあり、それぞれに目指すものがある。
フォルネウスは倒したと聞いたが、奴の目的は暴力じゃ。その力を存分に振るい、暴れたい。その姿を見る者に恐怖を与えたい。故に奴の影は恐ろしい姿をしておったじゃろう? 本体は優男故、気にしておったようじゃった」
「待って。もう話についていけないんだけど」
思わずアウナスの言葉に待ったをかけるエレン。とりあえず聞き逃せない言葉が一つ。
「本体とか影って、何よ?」
「うむ、何と言えばいいのか。儂らの本体はアビスにあるのじゃ。そしてそこから影を送り出し、この世界に実体化させておる。故に理想の姿で現れる事ができるのじゃが、便宜上これを影と呼んでおる」
「え。じゃあフォルネウスって死んでないの?」
思わず聞いてしまうエクレアに、然りと頷き返すアウナス。
「その通り。フォルネウスの本体はアビスにてピンピンしておる。今回の死食で発生したゲートは閉じられてしまったが、300年後にまた起きるであろう死食では再びこの世界に影で姿を現すじゃろうな」
思わず絶句してしまう一同。そしてここでようやく聖王が何故ただの一人も四魔貴族を打倒しきれなかったかを理解した。
この世界にいる四魔貴族はいわば影であり、いくら倒したとしても本体は痛くも痒くもないのだ。
「とはいえ、儂ら四魔貴族も目的はある。言った通り、フォルネウスの目的は暴力、儂の目的は生存。ビューネイの目的は支配であり、アラケスの目的は闘争じゃ。
アビスにいれば命はほぼほぼ保障されるとはいえ、他の三人にとっては牢獄にいるのと変わらん。どうにかして動かす体が欲しいのじゃろうて」
その言葉に違和感を覚えたのモニカ。
「と言う事は、アウナス。なぜ貴方はこの世界に首を突っ込んでいるのですか?」
「……それは、儂の命が狙われているからじゃ」
「貴方がボルカノに配下を与えなければ信じられました。ですが、現実として貴方の配下をボルカノが統率し、モウゼスやジャングルを荒らしています。命を狙われるきっかけを作っているのは貴方です。言動に矛盾がありますよ」
化けの皮が剥がれたなと言わんばかりに責め立てるモニカに、それもそうだと思い直す一同。アビスにいれば命はほぼ保障されると言ったのに、敵を増やすその行為は確かに矛盾している。それを理解した一同はやはり話す価値なしと判断し、武器を握りしめる。
それを見て、アウナスは溜息を吐きながら持っていた大鎌を降ろす。戦意がない事を理解して欲しいのだろう。難しい顔をしながら、語り始めた。
「八人の世界を破壊する者」
「?」
「かつて、そういった邪悪に駆られた者たちがいたのじゃ。その者たちは強力なモンスターを殺して力を奪い、世界全てを支配しようとした。邪魔するものを全て殺そうとする、破壊者たちがな」
「何を…言っている?」
「儂らは不意をつき、その破壊者たちを封印する事に成功した。だが、それが精一杯じゃった。余りに強くなり過ぎた奴らを殺す事は叶わなかった。
……やがて封印は解けるじゃろう。そうすれば奴らはまた世界を破壊しようとするに違いない。封印した儂らを殺しに来るに違いない。だからこそ、儂はできるだけの策を講じなければならなかったのじゃ」
「何を、言っている!? お前らが世界を救う者だとでも自称するつもりかっ!?」
激高したのはユリアン。彼はこの中で唯一、ゴドウィン男爵の反乱のその後を知っている。ビューネイの手勢によってロアーヌは疲弊し、兵士を中心に多くの者が死傷した。
息子を亡くして泣く母親。父親の死が理解出来ず、いつになったらお父さんが帰ってくるのかを母親に聞く子供。そんな悲劇を目の当たりにしたのだ。それをおこした四魔貴族が世界平和の為に動いているなどとは、断じて認める訳にはいかなかった。
その責めを受けつつ、アウナスは悲しそうに首を振る。
「儂は正義の味方だという気はない、他者を害する事を目的とする他の四魔貴族ならばなおさらじゃ。ボルカノが悪行に手を染めているのならば、それも詫びよう。
ただ、儂は死にたくないのじゃ。それだけなのじゃ」
「じゃあ、何でアビスに隠れていないのよ?」
「言った通り、破壊者が儂を殺しに来るからじゃ。アビスは死を司るだけあって、生の概念をこの世界に送り出す事もできる。例えアビスにいる本体が殺されたとしても、影に実体を移して生き延びる事もできるのじゃ。
そして本体をこちらの世界におき、影をアビスにおけば全力で破壊者とも戦える。そして負けたとしても、アビスにある影のおかげで死に切る事はない」
「……じゃあ、モンスターを集めているのは」
「破壊者に対する戦力の為じゃ。他の四魔貴族はともかく、儂に他意は無い。実際、ボルカノに関しては不覚じゃったが、他に迷惑をかけた事はない筈じゃ」
確かに、アウナスが他を害したという記録はない。言うなればボルカノだけだが、アウナスが言うにはそれは奴の暴走だという。ならばアウナスに実害はない、そう考えてもおかしくはない。
沈黙がおりる。死にたくない、ただそれだけを求めたのがアウナスだと理解できた為だ。
「……ゲートはいわば、儂にとっての命綱。もしもゲートが閉じれば儂の命はアビスにある一つだけ。そこを破壊者に襲われれば、死んでしまうかも知れん。
故に儂はゲートを守りたい。それが為されるのであれば、最大限お主らに協力しよう」
四魔貴族であるアウナスはそこまで譲歩した。ゲートを守る為ならば、フォルネウスを倒した実績がある人間に下る事も良しとする。本当の事を言っているのであれば、戦わずして四魔貴族を一人無力化できる絶好の機会。
だがしかし。
それを良しとできない理由が毅然として存在していた。
「……もしもその提案を飲んだのならば、わたくし達はアビスに心を売った者として世界中から糾弾されるでしょうね」
そうなのだ。この世界では四魔貴族は悪である、そう悲しいまでに決まっているのだ。それと同盟を組むなど、何も知らない人から見れば正気の沙汰ではない。実際、詩人は四魔貴族を強く忌避していた。場合によっては彼も敵に回るという事だ。
モニカとしてツヴァイクを超える価値を示さなくてならないというのに、四魔貴族と結んだとなれば価値を示すどころではない。むしろロアーヌに身内の恥を始末すると処刑されかねない。
「そもそもとして、その破壊者とやらを倒した後はどうするつもりよ? 生きる目的が達成されたらその後は? 他の四魔貴族と同じように人々を害さない保証はあるの?」
それを聞くのはエレン。彼女としては四魔貴族の本音はどうでもいい。ゲートさえ閉じれば宿命の子の出番はなくなり、サラの安全は確保される。その破壊者とやらは、ゲートを全て閉じた後に世界中で協力して倒せばいいだけの話だ。ここで四魔貴族を信用して共に戦う選択肢を選ぶのは、デメリットが多すぎる。人間たちが一致団結する事に罅を入れかねない。
とにかく全てのゲートを閉じなくてはならないのだ。四魔貴族は悪であり、共に戦う選択肢などありはしない。例え300年後にまた四魔貴族の災厄が訪れようとも、その時に生きていないエレンには知った事ではない。
「取引をしましょう、アウナス。大人しくゲートを閉じさせなさい。そうすれば、アビスにいる本体には手を出さないでいてあげる。破壊者とやらはあたしたち人間が始末する」
「……承服しかねる。そもそも破壊者の封印がいつ解けるのかも分からん。十年後か、百年後か、千年後か。それとももう解けているのか。
何百年も経てば、人間の記録は薄れる。儂との約束が生きるのはお主らのみ。その為に、ゲートという命綱を切ることはできん」
「そう……」
エレンたちはアウナスのゲートを閉じるという実績が欲しく、それが為されればアウナスの望みを叶えるつもりだった。アウナスはゲートさえ閉じられなければ他の協力は惜しまないつもりだった。
話はまとまらなかった。交渉決裂だ。
アウナスは地面に突き刺した大鎌を片手に取り、もう片方の手をかざす。そこにはエレンとエクレアが見た事がある、忌まわしき防具があった。
「っ!? 魔王の、盾?」
「つい先日、儂のもとに飛んできたものよ。魔王の盾と合わせた儂に勝てると思うなら挑んでこい。
次の部屋はゲートの間、ここに入り込んだ者はすべからく殺す。覚悟ができたのならば入ってくるがいい」
そう言ってアウナスは奥の部屋に消える。
それを見送った一同だが、もはや覚悟は決まっている。
アウナスの事情は理解した。おおよそ嘘を言っているとは思えない。だがそれでも、ゲートは閉じなくてはならないのだ。
「……行くわよ」
エレンの言葉に全員が頷き、部屋を横断してゲートの間に侵入するのだった。
数日前。
ジャングルの、また別の深奥。そこで一つの虐殺が終わった。ジャングルにて暮らす一つの部族が、たった一人の術者によって滅ぼされたのだ。
「ふぅ…」
軽く息を吐きながらそれを為した男の名前はボルカノ。一仕事終えたと言わんばかりの彼の側には、焼死体となった人々の骸が転がっている。そして傍らに浮遊する魔王の盾。
ボルカノは魔王の盾に力を注ぐために人々を虐殺していた。術の奥義は生命力を使って十分な威力が出せるように、生命力というのは消費すれば強力な武器となる。もちろん人の生命力は有限であるし、ある程度は回復するとはいえ一度魔力として生命力を使ってしまうともう戻らない部分というのは存在する。
ならば人の生命力を蓄えて使えないか。そう考えたボルカノは術具の開発に傾倒し、やがて一つの発明を為した。特殊な宝石を使い、天術の反対属性をこめる事によって生命を啜る事ができるようになったものを術と相性がいい金属に取り付けてリングにする。
死の指輪。
ボルカノはそれをそう名付けた。天術の反対属性とはアビスと同じ属性になると気が付くのは、後に赴いた火術要塞でアウナスに出会う時だが。それは置いておく。
こうまでボルカノが生命を使った術に拘るのは幾つかの理由がある。その一つに彼が天才だったという事があげられるだろう。
生命力を魔力に変えると言葉にすれば簡単だが、実際にその境地に辿りつけるのは一握りという言葉でもまだ多い。その技術の難易度は高く、一般的な才能しか持っていないのならば一生かけて習得できるか否かといったレベルだ。しかしボルカノは、幼年期にごくあっさりとそれを為しえてしまった。余りに高い術者としての才能がそれを可能とした。
しかし高い才能が人を幸せにするとは限らない。ボルカノは圧倒的な魔力放出に陶酔し、自分の大切な生命力の喪失に恐怖した。あの喪失感は二度と味わいたくない、しかし生命力を使った術の威力を知ってしまえば今までと同じでは満足できない。ここで己の欲望を律する事ができなかったボルカノは次第に狂っていく。
他者の命を集める術具を作り、それに生命力を溜める為に殺人を繰り返す。術の威力をあげるのに魔王遺物の一つである魔王の盾が有用だと知れば、それを奪う為に臆面もなく四魔貴族へと下る。おおよそ人から外道とされる行為をボルカノは罪悪感なく平然と行った。
それでもボルカノは頭が回った。あるいは狡賢いと称してもいいのかも知れない。魔王の盾にも生命力を注げば注ぐほどに活性化すると気がついた彼は、魔王の盾に
しかしアウナスはそこで話を終わらせなかった。そもそもとしてボルカノが最初に火術要塞に辿りつけたのは、ジャングルに住む原住民から話を聞いて来たからだ。宿命の子か、はたまた聖王遺物を持った何者かがアウナスを襲いに来る可能性は十分に存在した。だからこそアウナスはジャングルの奥底に火術要塞を隠す為、その道しるべとなるジャングルの原住民や妖精族の始末をボルカノに依頼した。もしそれが為されれば火術要塞の守りを薄くしても大丈夫、モンスターもまた貸し与えられると。
ボルカノとしても悪くない提案である。ジャングルに住む者達が消えたとして、知る者はごく限られる。敵討ちに来るのは同じジャングルの部族くらいだろうが、それを返り討ちにする程度にはボルカノに実力はあった。魔王の盾に与える
そして今。広大なジャングルを動き回り、かつて自分に火術要塞の情報を教えてくれた人々を焼いて回り、その生命力を魔王の盾にためる。その作業も、十分な成果をあげられたと考えられるに為したボルカノはそろそろアウナスの元に戻ろうかと考えた頃だった。
魔王の盾が機敏に動き、ボルカノの背後から襲ってきた矢を弾く。キンと響く甲高い音に、ボルカノは即座に振り返って臨戦態勢をとった。またどこかの部族が襲ってきたのかと思うボルカノだが、不機嫌そうに姿を現したその男に目を見開く。
「お前は!」
「チ。厄介な盾だ」
見間違える筈もない。その男はモウゼスにて一度ボルカノを殺した男、詩人。
一瞬にして殺された恐怖が蘇り、身震いするボルカノだが。それを気力で抑えつけた。以前とは違い、魔王の盾は完全に活性化している。死の指輪には十分な生命力も溜まっており、リヴァイヴァを使えば幾度となく蘇る事ができるだろう。コンディションとしては最高だ、この男を倒すならば今より良い時はそうそうないだろう。
そう考えたボルカノは術を唱える。
「ファイアウォール」
炎の壁を生み出すその術はしかし、大きく広がらない。ボルカノの体を炎で包み、触れれば炎熱でカウンターを与える鎧として機能した。更にその右手の甲からは炎が長く伸び、まるで剣のよう。
朱鳥術の奥義はリヴァイヴァであり、攻撃能力はない。故にボルカノが編み出した、朱鳥術でも高い攻撃能力が出せる方法。それがこれだった。炎の壁を武具として体に纏い、術者としての弱点である近接戦をもカバーする。この状態でもエアスラッシュは使えるし、何より魔王の盾が大抵の攻撃を逸らしてくれる。今のボルカノは、前よりも圧倒的に強い。
「器用だな」
しかし詩人に気負いは一切ない。弓をしまい、剣を抜く。途端に襲い掛かる重圧に、ボルカノの背筋に冷たい汗が流れる。
「一応、聞こう。何の用だ?」
「矢を射かけられてそれか? お前の命に用がある」
もしかしたら戦闘を回避できるのではないか。そう一縷の望みをかけて尋ねたボルカノであったが、返答は素っ気ないもの。詩人はただボルカノを殺しに来たとあっさりと言い放った。
それでもボルカノは問いを重ねる。これには時間稼ぎの意味もあった。
「何故、私を殺そうとする? モウゼスでは敵対したが、もうそれは終わった話だろう?」
「まあ、幾つか理由はあるな」
軽い口調で応じる詩人。気安い様子の彼は、こきこきと首を動かしながら、口を開く。
「まずは貴様がアビスと関わった事、アウナスと同盟を組むなんて悪趣味が過ぎる。次に罪もない人々を虐殺したな、普通殺すだろ? そして何より俺が剣を使う所を見て、敵なのに生きている。俺の剣を見た敵は全員殺すと決めているからな」
「…………」
容赦なく言い捨てる詩人にボルカノとしても返す言葉はない。殺し合いが不可避になったと判断し、最大に高めた術力を解放する。
「ペイン!」
「!?」
痛みの概念を凝縮した、天術とは逆の属性を持ったその術。アビス属性とでもいえるそれを詩人に向かって放つボルカノ。詩人は一瞬驚きの表情を顕わにするが、剣を振るう事でその術を掻き消す。
それを為した詩人は、感情をなくした顔をしてボルカノを睨みつける。
「――不快だ」
「エアスラッシュ!」
それを無視してボルカノは距離を取りつつ、朱鳥術の基本を放つ。術師である彼はやはり近距離では本領を発揮できない。剣を使うような相手の間合いには入りたくなかったのだ。
そして基本術とはいえ、ボルカノが放つエアスラッシュである。その熱量も鋭さもそこらの術師とは一線を画する。鉄の鎧程度ならば焼き融かせ、生身に致命的な斬撃を与えられるその威力。十を超える致死の刃を、詩人は一つ一つ丁寧に斬り落としていった。
(化け物めっ!)
天才と謳われ、己の力量に絶対の自信を持っていたボルカノにとっては屈辱の極みである。かといって激高して殴りかかるような事はしない。どうあがいたとしてもボルカノにあの剣戟を捌く術はないのだ、離れて術を放ち続けるのが最適解。
とはいえ、懸念材料はある。それは――
「
「がっ!?」
――モウゼスで喰らった、この不可視の斬撃である。遠距離から致命傷を与えるこの技は本当に訳が分からない。
だがしかし対策はしてある。その一つが炎の鎧であり、これは防御力をあげる効果と共にリヴァイヴァの発動時間を短くしてくれる。死んでいる間に体を微塵に砕かれては流石のリヴァイヴァといえども蘇生させてくれるかは怪しい。即座に立て直せる即効性が必要だった。
「……」
果たして
炎の鎧としての防御力はあってないようなものだが、そのちらつく不定形は斬撃のイメージを固定するには天敵だ。結果、斬るというイメージが曖昧になり、斬撃の効果が薄まってしまったのだ。
とはいえ普通ならば即死にならずとも致命傷なのだが、そこはリヴァイヴァの使い手であるボルカノである。即座に再生の炎で己を癒し、距離を取る。
(良しっ!)
ボルカノは思う。炎の鎧の効果か、即死するダメージではない。これならば十分に再生する余裕がある。そして不可視の斬撃を放つ瞬間、動きが止まる。おそらくは技を放つのに必要な動作であるのだろうが、それと再生の為に停止する時間はほぼ一緒。
ならば後は持久戦。そこには数多の生命力を掻き集めたボルカノに分がある、そう判断しての考えだった。
「二の太刀」
それは詩人にこれ以上の手段がないという、楽観に過ぎる考えだったのだけれども。
詩人は気を集め、剣を持った手に収束させていく。気というのは普通目に見えるものでは無く。集気法の一瞬、または練気拳を使う一瞬。それに輝くそれを見るのみが普通である。
そして詩人はそんな常識を無視して、まるで実体化したと言わんばかりに濃密な気をその剣に宿していく。輝くそれは黄金に近い煌めきを持ち、形は最強種である龍の形を取る。まるで腕に絡みついたようであるそれを、詩人はボルカノに向けた。
「黄龍剣」
本来ならば集めた気と共に相手に斬りかかるその技だが、詩人は形作った龍のみをボルカノに向かって放った。
胴の太さが2メートルを超える黄龍。それが牙を剥いてボルカノに襲い掛かる。
「っ! 魔王の盾ぇぇぇ!!」
ボルカノは叫びながらそれを自分の眼前にかざす。だがしかし、それが何になるのだろうか? 魔王の盾の面積の数倍もの攻撃範囲を黄龍剣は有しているのだから。
確かに魔王の盾は自身に降りかかる気の龍を弾いて見せた。しかしそれは全体の一割程度であり、残りの全てはボルカノに降り注ぐ。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」
斬撃の意味が込められた気が、炎の鎧ごとボルカノを切り刻んでいく。
やがて残されたのは無傷の魔王の盾と、内臓まで斬撃が及んだ肉塊ともいえるボルカノの体。カツンと魔王の盾がその場に落ちる。
しかし詩人はそこで油断しない。そのミスはモウゼスで一度犯した故に、今度は間違えない。即座にボルカノの肉塊に接近し、その胴体であった場所を踏みつけて首筋だろう場所に剣を添える。
「再生光」
太陽の回復術をボルカノに注ぐ。生命力がない肉塊には意味の無い行動だが、チラリと指だった場所を見る詩人。そこにある死の指輪を再確認した詩人は確信を持つ。これは有効だと。
すぐに全身が再生されるボルカノ。やはり死んでいなかったと思う詩人に対し、ボルカノの表情は恐怖で引きつっている。
「あ、あ、あ…」
「よう。なかなかの再生力だな、お前」
「っ! ま、魔王の盾ぇぇぇーーー!!」
ボルカノの声に呼応し、魔王の盾が動き出す。
中空を浮き、そのまま素早い動きでボルカノから離れ、ジャングルの密林に消えていく。
「――え?」
「魔王遺物には意志が宿る、だったか? 意識を差し出すだったか? どちらでも知ったこっちゃないが、見限られたなお前」
自分の傍から離れた魔王の盾に呆然とした声を出すボルカノに無慈悲にそう告げる詩人。
(向かった先は――火術要塞か)
方向から予測する詩人だが、それはひとまず置いておく。それよりも何よりも、大事な事が眼前にある。
「じゃあ、ボルカノ。
「ひ、ひぃぃぃ!」
涙を流しながら、ガタガタと震えるボルカノ。服は全て切り刻まれて裸同然。情けないにも程があるその姿。その首筋に剣を当てながら詩人は問い掛ける。
「た、助けて。し、死にたくない…」
「正直に答えなかったら、殺す」
「! 話す、全部話すぅぅぅ!!」
絶叫とも言える声にボルカノの心が折れたと確信した詩人は鷹揚に問い掛ける。少し長い、その問答。
「まず最初に聞いておく。お前、魔王の盾からどんな情報を貰った?」
「え?」
ザクンとボルカノの腕に剣が刺し込まれた。
「ぃぃぃぃぃっ!?」
「答えは?」
「何もっ! 何も魔王の盾からは貰っていないっ!! こちらから差し出すばかりで、見返りは術力の増加と守りだけだ、だけですっ!」
刺し傷は瞬時に癒される。
だがそれが何になるのか。殺しにかかる詩人に対し、ボルカノはあまりに無力だった。
「俺について誰かに話したか?」
「私を殺した相手としてアウナスに話しましたぁ!」
「なんて話した?」
「……?」
ザクン。
「ぃぃぃぃぃ!!」
「アウナスに、なんて話した?」
「いつの間にか私を殺す凄腕がいたと話しました!」
「それだけか?」
「それだけですっ!」
「宿命の子についてはどれだけ知っている?」
「何も知りませんっ! 宿命の子には、私は何も関わっていないです!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたボルカノに、嘘はないと判断する詩人。
殺しても飽き足らない人間だが、便利に使えるならば利用価値はある。そう考えた詩人はボルカノを試す。
「――お前はアウナスからモンスターを借りていたな? アウナスに恩があるのか?」
「はい、アウナスには世話になりましたっ!」
「そうか。ところで俺はアウナスを滅ぼしたいんだが、お前はどちらにつく?」
「!? そ、それは…」
「それは?」
「それは、当然貴方にっ!」
「……嘘偽りはないな?」
「もちろんですっ!」
そう言うボルカノの顔面に詩人の剣が刺し込まれた。
絶命し、そして瞬時に再生するボルカノ。
「ぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「そうか、それがお前の選択か」
醒めた目で絶叫するボルカノを見る詩人。涙をボロボロと流しながら、ボルカノは詩人を見る。
「な…なんで? 私は貴方と共にアウナスを倒そうと」
「ふざけるな」
激怒を皮一枚で抑え込んだような詩人の声に、ボルカノの言葉が止まる。踏んではいけない地雷を踏んでしまったという実感を覚えながら。
「恩人を裏切るだと? 助けて貰った相手を殺すだと?
――それは、俺が最も嫌う裏切りだ」
「!?」
「そうして俺についたお前は、次に俺を裏切るだろう。自分の得の為に」
ザクンと詩人の剣が突き刺さる。
絶命し、再生するボルカノ。しかしそれは決して救いにはならない。
ボルカノは知らない、かつて詩人がした宣誓を。
―欺こう、偽ろう、殺戮もしよう。ただし決して裏切らない。奴らの同類には決してならない―
詩人にとって、裏切るとは最も許しがたい行為なのだ。
もう、詩人は誰にも裏切られたくないのだ。だから彼はできるだけ信じたくないのだ。信じなくては裏切られなくてすむから。
だがしかし、ボルカノは裏切る事を前提とした男だ。自分の為には、恩人も他の全ても捨て去れる男だ。それをどうして信じられるだろうか。いつか自分も裏切られると分かっているのに。
そしてそんな人間を、詩人は最も嫌悪する。
「お前が生きていたせいで、俺は3000もの敵を皆殺しにせざるを得なくなった。もしももっと時間があれば無力化するだけで済んだだろうな」
ザクン。
「ひぎゃぁぁぁぁぁ!」
「ああ、誰が悪いと言えば俺が悪い。お前をモウゼスで粉微塵にしなかった俺が悪い。けどさ、そこまで人間できてねぇんだよ」
ザクン。
「あぃぎゃぁぁぁぁぁ!」
「だからさ、こう思っちまう。
…
ザクン。
「ひぎぃぃぃぃぃ!」
「お前が死んでいれば話は早かったのに。お前が死んでいれば俺は殺さずに済んだのにってな」
ザクン。ザクンザクンザクンザクン。
「あぎぃ! うぎぃ! ひぎぃ! やめ、やめ、やめ…やめてぇぇぇぇぇぇ!
死んじゃう、私、死んじゃう! 何度も生き返れないのぉぉぉ!!」
「死ね。死に尽くせ」
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」
断末魔は長く残る。
やがてそれが消える頃。ジャングルには異様な静けさが流れるのだった。
活動報告にも書きましたが、オリジナルにも本気を出したいと思います。
詩を完結することには強い意欲を持っているので、見守っていただけると嬉しいです。