詩人の詩   作:117

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081話 対決アウナス

 

 

 ゲートの間に足を踏み入れる一行。そこの意匠はフォルネウスの海底宮となんら変わりがなかった。この世界の常識とはあまりに異質なその空間は、聖王文化にも東の文化にも類するものが欠片もない。フォルネウスの時に体感していたエレンとエクレアはともかく、他の者はその違和感に思わず動きが止まってしまった。

 そしてその硬直をアウナスは見逃さない。天井に張り付いていたアウナスは急降下し、ようせいに向かってその鎌を振るう。

『三段斬り』

「! パリイ」

「ウォーターポール!」

 その奇襲に対応できたのは慣れがあったエクレアとエレン。エクレアはようせいとアウナスの間に自分の体を割り込ませ、氷の剣を巧みに操りアウナスの連続斬りを見事に捌ききる。

 エレンは咄嗟に水の鎧を身に纏い、奇襲してきたアウナスのその隙を逆につく。拳を構えようとしたエレンだが、アウナスを覆っている炎のマントを見てそれを断念。流石にこれを相手に素手で殴りかかる勇気はエレンにも無かった。瞬時にブラックの斧を手に取り、アウナスに斬りかかる。

『むっ』

「くぅ」

 アウナスはその斬撃を後ろに下がる事で回避しようとする。もしもエレンが最初から斧を使う事を選択していればもう少し深く切り込めただろうが、僅かな時間がアウナスに味方した。かする程度のダメージしか与えられなかった。

 そしてそれはエレンにも味方した。ウォーターポールで熱に対する耐性を増しているとはいえ、アウナスに手を出すという事は火炎の中に腕を突っ込むのと同義である。軽減したとはいえ、ほんの少しの火傷を負ってしまう。これ以上に深く斬り込めば更なるダメージが返ってくるのは明白だった。やはりアウナスに対して接近戦は得策ではない。

 アウナスはゲートの間の中央に位置する白い珠を守るように後退し、エレンは大声で仲間を叱咤する。

「ぼさっとしてる場合じゃないわよ! 相手は四魔貴族、魔炎長アウナスよ。全力を出さなくちゃ死ぬだけだからねっ!」

 その言葉でようやく我を取り戻す他の面々。ゲートの間の異質さ、そしてアウナスの奇襲に忘我していたが、エレンの言う通りそんな隙を晒せる相手ではない。各々がそれぞれ武器を構える。リンはあずさ弓、ようせいはエクレアから借りたドビーの弓。モニカはウィルミントンで仕入れたカナリアの弓を持ちつつ術も繰り出せるように集中し、ユリアンは白銀の剣を携える。エクレアは氷の剣を構え、エレンは氷の斧を作り出してトマホークを主力に選択する。

 遠距離攻撃を基本とした構えで、その手段のないユリアンのみが剣を手にしている状態。それを見つつ、アウナスは次なる一手を打つ。それは最強にして切り札、フォルネウスのメイルシュトロームに並ぶ威力ある術。

『灼熱地獄』

 アウナスから今までの比ではない炎熱が広がり、その熱量で周囲全てを焼き尽くそうと襲い掛かる。

 これがアウナスの戦法。アウナスは殺し合いを嫌う性質であり、しかし殺すのに忌避を持つ訳ではない。自分が殺されるのが嫌な訳であり、その為に習得したのが相手を一方的に殺せる方法だった。初撃の奇襲然り、比較的安全な遠距離から敵を炙り殺す方法然り。彼は自分の安全圏を全力で確保する事に腐心していた。死にたくない、それこそがアウナスを動かす原動力。

 遠い間合いから迫る炎熱に為す術はない、たった一人を除いて。()()がなければこの時点で詰んでいたかも知れない。

「ゆっきー!」

 エクレアがその場に氷の剣を突き刺し、アウナスの灼熱地獄に対抗するように吹雪を噴出させる。果たして熱気と冷気がぶつかりあい、気色悪い生暖かい蒸気が辺り一面に発生した。

 ここに及び、エレンは詩人が氷の剣を入手する事に拘った事を理解した。アウナスは遠距離から炎熱にて一方的に攻撃する事を得意とする。それは戦闘というよりもむしろ蹂躙と呼ぶ方が相応しいものであり、その対策を練らなければ即座にやられていたのだろうから。

 かといってその代償は少なくない。

「くぅ…!」

「エクレア、大丈夫!?」

「まだ…大丈夫。けど、私は動けないかな。それに、そんなに時間もないかも。結構しんどいよ、これ」

 エクレアは全力で術力を放出し続けている状態だ。そしてそんな無茶がいつまでも続く訳がない。全力疾走し続けている状態だと思えば分かりやすいかも知れないが、そんな全力の連続がそうそう続く訳がないのである。一応、今のエクレアは彼女自身とゆっきーの二人分の術力を有しているが、言う通りに時間はないのだろう。エレンたちにして、余裕はない。

 またアウナスも実は同じことが言えた。アウナスは自分を安全圏に置いて敵を一方的に叩く方法を念頭に己を磨いていた。接近戦の技量は四魔貴族で最も低いといってよく、はっきり言ってしまえば苦手なのである。灼熱地獄で勝負を決めきれなかったのは痛恨以外の何物でもない。

((3:7で不利))

 奇しくもお互いがお互いにそう評した。エレンは四魔貴族との戦闘経験があるエクレアを封じられ、更に時間制限までつけられた。アウナスは苦手な斬り合いを強要され、しかも自分の命を賭けるのである。普段とは緊張の度合いが違う。

『魔王の盾』

 とにもかくにも、アウナスの第一目標はゲートの確保である。慣れない戦いをしている間に、隙をつかれてゲートを破壊されてしまえば負けである。故に、彼は魔王の盾を自分の防御に使わなかった。白い珠の周囲に浮遊させ、ゲートを破壊される事を最優先に防ぐ。後は時間を稼ぐか、それとも不利を承知で敵を全滅させるか。それに心血を注げばいい。

 対してエレンたちにも焦りがある。時間がないというのに、どう動いたらいいのか迷いが生じてしまったのだ。それは連携不足という事もあげられるし、アウナスに近距離攻撃をするにはリスクが高いという計算外の事態にも起因する。エレンとしても全員に指示を出しながら自分も戦うというのは慣れている訳ではない。

 どうするべきか。それを解決したのがエクレアだった。彼女は最後尾で吹雪を生み出し続けている。それに手一杯で攻撃に参加できないとはいえ、その位置は全景を見渡すには絶好の位置。そしてその上で大雑把な指示を繰り出す程度の余裕は存在していた。

「デザードランス! アローストーム!」

 エクレアの指示に、即座に従う全員。命令系統に困っていた一同にとって、エクレアの指示に従う事が最も正しい事だと瞬時に理解したからだ。

 突出した位置にユリアンが陣取り、残りは下がってそれぞれが為すべき事をする。リン、ようせい、モニカは弓を構えて一斉に射撃し、アウナスに矢玉を雨あられと浴びせかけた。

『ぬぅ!』

 とはいえアウナスもそれを黙ってくらう訳もない。灼熱地獄は氷の剣で無効化されているとはいえ、無理をすれば更なる炎熱は生み出せる。襲い掛かる矢に対して火炎を放ち、木製や羽根の部分を焼き尽くすアウナス。

「ウォーターポール!」

 その隙にエレンは水の鎧を生み出す術を連続で完成させる。接近戦を仕掛ける可能性があるのはエレンの斧と、ようせいの槍。そして何よりユリアンの剣だ。この三人にはアウナスの炎熱を軽減させる水の鎧は必須であり、真っ先に保護しなくてはならない。戦闘序盤にその隙を奪えたのは僥倖だった。ユリアンとようせいが炎熱を軽減する水の鎧で覆われる。

 そして最後の一人、ユリアンはアウナスに接近して、最も慣れ親しんだ技を繰り出す。

「飛水断ちっ!」

『ぐぅっ!』

「がっ!」

 水平に繰り出された斬撃がアウナスに裂傷を与え、炎に腕を突っ込んだユリアンが火傷を負う。

 やはりアウナスは接近戦に弱い。いや、慣れていないというべきか。回避も拙く、フォルネウス程のタフネスもないとなれば短期決戦にも勝機は見いだせる。問題は纏う火炎によるカウンターだ。お互いに削り合い、どちらが先に倒れるかという我慢比べ。それを容易く想像させた。

「ムーンシャイン!」

 とはいえ、回復術を使えるモニカやエレンもいる。削り合いは一概に不利とはいえなかった。月の回復術によってユリアンの火傷は癒されていく。火傷を負う度に癒されるという拷問のような戦いを強要される事になったユリアンだが、彼はそこで心折れるような低い意志力ではない。強い眼差しで改めてアウナスを睨みつける。

 その隙にエレンは氷の斧を振りかぶり、リンも高威力の技を繰り出す為に弦を引き絞る。

「メガホーク!」

「ショットウェイヴ!」

 数多の氷の斧が飛来してアウナスを斬りつける。放たれた矢はアウナスに突き刺さり、そこから衝撃波が広がっていく。

『ガハッ!』

 劣勢だ。それを自覚せざるを得ないアウナスは、後手に回る事を選択しない。結果的に時間を稼げればそれに越した事はないが、時間を稼ごうと臆してしまえばあっという間に呑み込まれる。

 そうして攻撃を喰らいつつ、反撃に出るアウナス。

『ヒートウェイヴ』

 灼熱の空気を生み出すその術を放ち、敵全体に熱で炙るダメージを与える。全員が全員苦悶の声をあげるが、それを隙と見たアウナスは一番近くにいたユリアンに接近して鎌を振るう。

『龍尾返し』

「っ!? パリイ!」

 咄嗟に剣で回避するユリアン。だが、こちらから攻撃しなくてもアウナスに接近されるだけで火炎のダメージは喰らってしまうのだ。

 斬撃こそいなせたユリアンだが、アウナスの火炎で更なるダメージを負ってしまうユリアン。これはマズイと後ろにいた仲間が即座に対応する。

「ムーンシャイン!」

「生命の水!」

「チャージ!」

「連射!」

 モニカとエレンがユリアンに癒しの術をかけ、ようせいが槍を構えて突進する事によってユリアンをアウナスから遠ざけた。

 もちろんこのままではユリアンの代わりにようせいが炙られるだけである為、リンが連続して矢を放つ事によってアウナスを牽制する。

 繰り出された連撃にアウナスはたまらず後退する。お互いにダメージがたまっており、決着までそう時間がかからない事は容易に想像できた。しかしどちらが有利かと言えば、天秤はアウナスの方に傾いていた。

『……』

 声には出さないが、誰ともなしに感じ取っていた。さっきよりも気温があがっており、熱により奪われる体力が僅かではあるが増加している。これはアウナスの火力があがったとみるより、エクレアの吹雪が弱まったと見るのが妥当である。やはりエクレアには長期に吹雪を起こし続けられる術力は存在しない。そもそもエクレアはオールラウンダーであって、遠距離攻撃に磨きをかけて灼熱地獄という四魔貴族の切り札に対抗するには分が悪いのだ。これは仕方ないといえるだろう。

 時間はない。今は自分たちのダメージを気にするより、アウナスを一刻も早く削りきらなくてはならない。

「スペキュレイション」

 エクレアの声で全員の陣形が変わる。先頭にユリアン、その背後両翼にエレンとようせい。更にその後ろにリンとモニカ。

 この期に及んで守勢に回る訳がない。そしてこの陣形をとった以上、近接攻撃最強の連携技を出すという事だ。覚悟を決めて武器を構える先頭の三人、そして攻撃を当てる為に隙を作る事も目的としたリンとモニカ。

 その覚悟を見て、アウナスは理解する。ここからの僅かな時間で勝負が決まると。玉砕覚悟、その不退転の覚悟を正確に読み取った。

 緊張の一瞬。それは即座に崩れ去る。

「ファイアウォール!」

 先手はモニカ。ここで最も警戒しなければならないのはアウナスの火炎やヒートウェイヴといった、熱による全体攻撃である。特にモニカ自身やようせいはもう体力が少ない。下手に削られてしまえば回復に手を回さぜるを得なくなり、そのロスは致命的だ。だからこそその手段を真っ先に封じ込める。

 生み出された炎の壁はアウナスから放出される炎熱ダメージを大幅に軽減させるだろう。ならばあとは突撃あるのみ、先頭に立つ三人が武器を構えて突撃する。

 シヴァトライアングル。敵を中心に置いて三角形の陣を描き、三方から同時に攻撃を繰り出す陣形技の最高峰の一つ。それこそが彼らの狙い。

 誤算があるとすれば、アウナスは全員を巻き込む攻撃方法をもう一つ有していた事だろう。今まで全体攻撃は炎熱による攻撃しかしていなかったが、それしか彼に手がないと思い込んでしまったのが不覚だった。アウナスは大きく構えを取り、鎌を回転させる。グルグルグルと回されるその鎌から真空の刃が生み出され、それはやがて竜巻になり一同に襲い掛かるだろう。

 

―烈風剣―

 

 これがアウナスのもう一つの切り札。かつて聖王に氷の剣で灼熱地獄が無効化された事をアウナスは忘れていなかった。もしもまた灼熱地獄が無効化されたら、その可能性を考えて殺傷能力が高い技をアウナスは会得していた。

 死にたくない。それを考え続けたアウナスに慢心はない。死なない為に最善策を取り続ける彼は、死なない為に己を鍛え続ける。

 三人がアウナスに到達するよりも早く、烈風剣は全員を襲うだろう。最高の技同士の対決は、発動速度の差でアウナスに軍配があがる。どんな威力が高い攻撃でも、放たれなければ意味はないのだ。敵の攻撃を無意味にする為に、回転させた鎌を繰り出して真空の渦にて全てを切り刻む。

 振りかぶったその腕に、矢が突き刺さらなければアウナスの勝ちだっただろう。正確に腱を撃ち抜かれたその腕は力を失い、鎌を取り落とす。生み出された真空の渦はそのまま中空に消え去った。

 何が起きたのか。理解できず呆然としたアウナスは隙だらけだった。勝ちを確信した直後にそれが霧散する感覚は覚えたいものでは決してない。

 それを為したのは最後の一人、リン。彼女は番えた矢を瞬速でもって放っていた。アウナスの烈風剣には一つ、明確な弱点が存在していた。それはその予備動作の大きさである。威力こそとてつもなく高いが、その為に繰り出す為には大きな隙を晒さなくてはならなかった。リンはそこを見逃さず、攻撃の起点となる腕にその矢を撃ちこんだのである。

 本来ならば気が付いて当然の事。隙を少なくすることは考えて当然の事なのだから。そこに考えが至らなかった辺り、やはりアウナスは戦士ではなかった。死にたくないと策を巡らす術者であり、戦略家。故に殺傷力などの分かりやすいメリットに目を奪われて、思いついて当然のデメリットまで気が回らない。

 もう三人を止めるものは存在しない。ユリアンは剣を、エレンは斧を、ようせいは槍を構えてアウナスを包囲する。

「「「シヴァトライアングル!!」」」

 三人の武器がアウナスに突き刺さり、反撃の火炎が浴びせられる。だが、それがどうした。今は自身の損傷を気にしている場合ではない。

 仕掛た攻撃によって生じた衝撃波が渦となり、アウナスを破壊しつくしていく。

『アアアアアアアァァァーー!!』

 外部を切り裂かれ、内部をシェイクされるその苦痛。あまりの痛みにアウナスが絶叫をあげてのたうち回る。

 エレンたちは炎熱のダメージを少しでも避ける為に後退しようと体を動かした。そしてそれが逆に隙となる。痛みに瞳を燃やしながら、下がる事に意識を移して無防備になったそのうちの一人をギロリと睨みつけるアウナス。

『死神のカマぁぁぁ!!』

 ザクリと、振るわれた鎌は正確にようせいを捉えた。体力を一瞬で奪い取るアビスの刃がようせいに突き刺さり、ようせいは悲鳴をあげる事無く意識をとばしてゴロゴロと吹き飛ばされる。ぴくりとも動かないようせいの生死は、分からない。

 だが、他の者にようせいを心配している余裕はない。全身を傷だらけにしたアウナスは正に手負いの獣。死にたくないとぎらつく瞳で残り全員を見る。お互いの消耗は更に大きくなっている、決着まで時間はほとんどない。

 そしてそれに気がついたのはモニカだった。アウナスの余力が削られたおかげか、彼の者が纏う炎熱が弱まっている。

(――今しかない)

 ウンディーネに託された切り札、アウナスの特性を利用した逆転の一手。一か八か賭けるしかない。

「リンさん、エレンさん。集って下さい! ユリアン、時間を稼いでっ!!」

 モニカの言葉に即座に従う全員。もう余裕はなく、打つ手があるというならばそれを信じるしかない。エレンは一気に後退し、リンもモニカに寄り添う。そしてその全員が一瞬だけユリアンを見た。

 たった一人でアウナスを相手取る事を強要された、見方によっては捨て石のような扱いをされた彼を。

 しかしユリアンは動じない。時間を稼ぐ必要があるのならばそうしよう、それで勝利が得られるならば命の一つ、安いもの。

『どけ、小童がぁぁぁー!』

「断るっ! ここは通さない!」

 アウナスも奥でナニカをしている彼女たちが危険だと気がついたのだろう。ユリアンを蹴散らし、その鎌にて全員の命を絶つ。全身にダメージを負っているアウナスも余裕はなかった。

 対してユリアンには余裕がある。もちろん、もう体力はない。しかしその心は不思議と凪いでいた。主君(モニカ)から最も重要な時間を稼ぐ事を命じられる。ユリアンならば成し遂げてくれるというその信頼が、彼を落ち着かせていた。

 死なないとエレンに誓った。もちろん死ぬつもりは彼にはない。だが、命を賭けずにいられる程甘い場面ではない事は理解していた。

 アウナスが繰り出す三段斬り。それをあろうことか、ユリアンはサイドステップで回避した。

『なっ!?』

 これに驚いたのはアウナスである。ユリアンがサイドステップを踏んだという事は、アウナスと奥にいる三人の間に遮るものは何もないという訳である。このまま直進すれば、アウナスは彼女たちを容易に蹴散らす事ができるだろう。

 もしもその選択肢をアウナスが選ぶ事ができれば、だが。

 横に避けたユリアンはそのままアウナスの背後を取り、その無防備な背中に斬りかかる。

「バックスタップ!」

『があっ!?』

 何度でも言うが、アウナスのダメージも限界が近い。背後を取られたまま攻撃を一方的に受け続けてしまえば、死にかねないのだ。

 かといってユリアンに対応してしまえば何やら準備をしているあの三人をそのまま放置する事になる。勘ではあるが、アレはまずいと理解している。アレを発動させてはいけない。だが、かといって背後を取られ続けてもダメ。前門の虎、後門の狼。どちらかの対処ならばできるが、どちちらかしか対処できない。そのジレンマにアウナスは硬直してしまった。

 そしてその隙を忠義の騎士が見逃す筈がない。万が一でもモニカ達の元にアウナスを到達させる訳にはいかないのだ。もはやユリアンの肌は焼け爛れ、熱いというよりも痛いという感覚の方が強い。炎の化身であるアウナスに幾度となく斬りかかったのである、それも当然だろう。

 しかしそれでも、ユリアンは剣を振るう事をやめない。エレンにかけられたウォーターポールの水分は既に蒸発しきっており、彼を熱から守るものは存在しない。だが、それがどうしたというのだ。自分の事よりも、モニカが襲われない方がずっと大切だった。

 故にユリアンの狙いは脚。それを片方でも潰す事ができれば、時間稼ぎには十分だろう。

(ハリードさん。土産、ありがたいです)

 かつてロアーヌを出る際に、たった一度だけ見たハリードの奥義。

 ユリアンはそれを人知れず練習していた。そして今、完全にとはいかないまでもある程度の威力を持ってその技を繰り出す事が出来る。突進と乱れ切りを合わせた、剣術の到達点の一つ。

「疾風剣っ!」

『ぎゃあああぁぁぁ!!』

 アウナスの片足が切り刻まれる。もはや立つ事が叶わず、その場に崩れ落ちるアウナス。

 そしてまたユリアンも、もはや限界だった。いや、限界を超えていた。最後の疾風剣によって追加された炎熱によるダメージが積み重なり、その場に倒れ伏してしまう。

 ドサリと倒れるユリアンの音。まるでそれが合図であったかのように、モニカの準備が整った。その手にはポドールイで手に入れた宝石が強く光り輝いていた。砕け散る事を前提にすれば、たった一度だけ強力な魔力を扱えるその宝石がピキピキと罅割れていく。

 リンとエレンは術力を最大限に高めていた。これは三人の術者を必要とする合成術。ウンディーネが研究した、生命力を使う術の奥義とは違うもう一つの奥義。生命力を使う代わりに陣形によって術力を増加させる手法で魔力を爆発的に増加させる。それを扱える実力はモニカには無かったが、それを補う為に宝石を犠牲にした。彼女は鋭い眼差しでもはや身動きが取れないアウナスを見据え、魔力を解放する。

「クリムゾンフレアァッ!!」

 天地に炎の壁ができ、お互いがお互いを侵食するように渦を巻く。その中心にいるのはもちろんアウナス。炎を司る朱鳥術の頂点に立つ筈の彼が、彼を上回る炎熱に呑み込まれていく。いや、アウナスの纏う炎もモニカが放った奥義に呑み込まれて逆にアウナスを焼き滅ぼすように牙を剥く。

『――これが、定めか』

 あまりに皮肉な結末に、アウナスは全てを諦めてそう呟いた。

 そしてそれが彼の最期の言葉になった。渦巻く灼熱にアウナスは呑み込まれ、巨大な火柱に包まれる。

 数十秒続いたその灼熱の炎はやがて小さくなり、消えていく。そこにいた四魔貴族、魔炎長アウナスの姿はない。ゲートを守護していた魔王の盾は力を失い、白い珠へと落ちていった。そしてゲートである白い珠は魔王の盾を弾く事無く、掻き消した。普通に考えれば魔王の盾はアビスへ還ったのだろう。

 もはやゲートを守る者はいない。エレンは斧を手にしてゆっくりと白い珠に近づき、鈍く光るそれを見る。フォルネウスの時は青く輝いていた筈だが、アウナスのゲートは朱く輝いていた。司る属性の関係だろうか。

(どうでもいいか)

 エレンは斧を振り下ろす。ガキィと鋭い音と共にゲートは破壊され、白い珠はゆっくりと輝きを失っていた。

 達成感は、ない。後ろを振り返ったエレンの目に映ったのは、肩で息をしながらこちらに向かってくるエクレアと、ようせいの様子を見るリンとモニカ。そして動く様子を見せないユリアン。

「ようせいは大丈夫ですわ。気を失っていますが、命に別状はないでしょう」

 そういうモニカ。そしてそれはもう一つの事実を表している。ようせいは大丈夫だが、ではユリアンは?

 ――分かっている。彼は炎熱に炙られ過ぎた。最後の最後まで、アウナスと対峙し続けた。もう、生命力が残っていない事など分かり切っている。

 エレンはゆっくりとユリアンの亡骸に近づき、しゃがみこんでその手を取る。握り返してくれる気配は、ない。

「嘘吐き」

 死なないって言ったのに。エレンは涙すら流れなかった。悲し過ぎて、辛すぎて、もう動けない程に疲れ切っていた。

 そんなエレンに近づくモニカ。しかしその表情に悲壮感はない。

「モニカさん。ユリアンさんが死んだのに……悲しくないの?」

 思わずエクレアが尋ねるが、モニカはゆったりと笑うと腰から杖を取り出す。

 それは生命の杖。レオニードの宝物庫にあったそれは、魔力を放出して砕く事によってたった一回だけ奇跡を起こせる。死んで間もない者にその生命力を譲渡し、この世に呼び戻せる。

 ポドールイで詩人からその話を聞いた後、無茶をするユリアンにいつか使う時が来るだろうとモニカは漠然と思っていた。今、その時が来ただけ、覚悟していた彼女に動揺はない。

「シャッタースタッフ」

 静かに紡がれた言葉をきっかけに、生命の杖は罅割れて粉々に砕け散る。

 そこにある輝きは、まるで水が低きに流れるようにユリアンへと降り注いだ。

 変化は劇的。焼け爛れた肌は艶を取り戻し、ドクンドクンと脈動が戻ってくる。

「あ…あ……」

 エレンが握る手を、弱々しく握り返してくるユリアン。

 生きている、ユリアンが生きている。それを確認した時、ようやくエレンは静かに涙を流すのだった。

 

 

 




はー。やっとアウナス戦が終わった。
少し話を挟んで新章につなぎます。
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