詩人の詩   作:117

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少し疲れました。


ビューネイ編
083話 昔語


 

 ルーブ山地。今は死火山であるそこは、何百年も前から竜の住まう土地である。大空を翔け、天空を支配する巨翼の王者の前代はドーラ。聖王と共に空を侵したビューネイを討ち、そしてその暴虐の余りに聖王に討たれた300年前に実在した巨竜である。

 そして今現在の王者はドーラの仔、グゥエイン。仔とはいえ、それは300年前の話。それだけの年月が経てば仔竜も成竜となる。今現在のグゥエインは人が住む家よりもまだ巨きい。だがこれでも成長の余地は残しており、それだけ竜という種族が長命で強大だという事だ。

 グゥエインがビューネイの影と互角であり、未だ空の唯一王になれないのにもそこに理由の一端がある。ビューネイはこの世界には影しか送り出せず、グゥエインは絶頂期にはまだ遠い。そしてまた空という領域が余りに広いという事もある。自分が支配する分にはグゥエインもビューネイもお互いに侵食していなく、うざったいと思うにもその程度で手出しするには相手が強大過ぎる。結果、忌々しく思いつつもお互いがお互いを黙認しているという現状に落ち着いているという訳である。

 とはいえ、実はグゥエインに支配欲はそんなにない。聖王に育てられたグゥエインにとって人間とは獲物の一種ではあるものの、必要以上に手出しをしようとは思えない。自分の腹が満たされる程度に喰い、そしてグゥエインの好きな金銀財宝も持っているから他よりも良い獲物だと思うくらいだ。支配しきるのが面倒だという事もあるし、何より()()がある。それを破る程、人間に執着心はない。

 彼が個として把握している人間はたったの二人。育ての親である聖王、そしてアバロン。

(未練だな)

 寝起きの朧気な意識でグゥエインは思う。何せ300年前に生きた人間であるからして、まさか生きている訳がない。聖王は墓がランスにあるというし、アバロンはふらりと居なくなってそれっきりだ。

 別れの言葉は『またな』の素っ気ない一言のみ。それでお終い、以降二度と姿を見せなかった男である。様々な法螺話をしていた男であるが、グゥエインは嫌いではなかった。せめて死んだという事実をもって死を悼んでやりたいと思う程度には。

(さて)

 少しだけ不機嫌になりながらグゥエインは薄く目を開く。グゥエインが目を覚ましたのは原因があり、それはすぐ眼前にまで至っている無粋者。足音からして数人の人間と馬が一頭といったところか。

 わざわざこんな山奥にご苦労な事だと思うが、それを歓迎する気も迎え撃つ気もグゥエインには特にない。寝起きでだるそうな声をあげようとして――

『人間か。帰――』

 ――薄く開いた瞳に映るその氷の剣を背負った少女に、大きく瞳を見開いた。

『聖王っ!?』

 まじまじと、その少女を見る。だがほんの少し注視するだけで少女と聖王が違う事に気がつく。そも、髪の色からして違う訳で、この少女は紅髪だ。

 ならば聖王の子孫か何かか。そう思い興味を失いかけたグゥエインだが、傍らに立つ男を見て驚きで体を飛び上がらせた。

 まさか、そんな。

 有り得ない心持ちでまじまじと見るが、今度は見間違えない。

 見間違える筈がない。

『本当に――聖者アバロンか?』

「よう、グゥエイン。300年ぶりだな」

 まるで昨日会ったかのような気安さで、アバロンは――詩人はグゥエインに言葉をかけるのだった。

 

 四魔貴族に匹敵する程の威圧を持つ竜、グゥエイン。

 最悪の想定として一戦を交える覚悟までしていたエレンだが、展開は予想外の方向に転がった。

 ルーブ山地はグゥエインの住処でもあり、人の手が入っていないモンスターの巣窟であったが問題はない。フォルネウスとアウナスを倒したエレンとエクレアの相手になる程に強力な個体は道中に存在せず、(きん)を乗せた馬を牽く詩人を守ってなお余裕があった。

 問題は目的であるグゥエイン。巨竜ドーラの子供というだけあって、その巨きさはエレンの数十倍はあるだろう。威圧感も四魔貴族並であり、なるほど説得出来れば貴重な戦力だ。

 説得出来ればの言葉の通り、グゥエインはエレン達に最初は興味がなかった。相手にするだけ時間の無駄だと言わんばかりにおざなりな言葉を吐きかけて。

『聖王っ!?』

 目を見開いてエクレアを見る。きょとんとしたエクレアはグゥエインを見返すが、かの巨竜もそれ以上の反応をせず。しばらく時間が過ぎ、何だったんだとエレンが思った頃になってグゥエインが飛び起きた。

 種族が違うエレンにも分かる、忘我する程の驚きを持ってグゥエインの視線は詩人に注がれている。そして詩人はというと、エクレアのように意味が分からないという風情でもなく、いつも通りに飄々とその視線を受け止めていた。

 やがて紡がれる、グゥエインの震えた言葉。

『本当に――聖者アバロンか?』

「よう、グゥエイン。300年ぶりだな」

 その返事は肯定の意味が込められていた事くらいならエレンにも把握できた。だが、全く意味が分からない。何故、聖者アバロンの名で詩人が呼ばれるのか。全くもってエレンには分からなかった。

 しかしそんなエレンを差し置いてグゥエインと詩人の話は進んでいく。

『真か。真に貴様、不老不死か』

「300年前にも言ったが、それは違うぞグゥエイン。不老でも不死でもない。ただ若返る能力があって、ちょっとばかり死ににくいだけだ」

『は、若返る能力がある時点でもはや人の分類ではなかろうに。生物の範疇からも外れた化け物め、竜でさえも老いて朽ちる』

「お前、育ての親にそれを言うか? まあ否定できないのが痛いところだが」

 くっくっ機嫌よく笑うグゥエインに、和やかな口調で話す詩人。

 理解できない。理解したくないが、今の話を統合すると。

「ちょっと待って。ちょっと待って……」

「どうした、エレン?」

「詩人、貴方、もしかして、アバロン? 聖者、アバロン?」

「300年程前にそう呼ばれたのは事実だ」

「じゃあ、歳は300才……?」

「いや」

 それに首を振る詩人。

 当たり前だ。人が何百年も生きれる訳がない。そう思い、ふーとため息を吐くエレン。

「桁が二つ程違う。一万年は生きている」

「って、バカかーーーーっっっ!!」

「ぅぉ、突然叫んでどうしたエレン?」

「そりゃ叫ぶわよ、そりゃ叫ぶわよっ!! 万年!? 亀か、両生類かっ!!」

「エレンさん、亀は爬虫類ね」

「――爬虫類かっ!? 違う、そこじゃない!!」

 冷静にツッコミを入れるエクレアにぜーはーと息を乱しながら荒ぶるエレン。

 深く呼吸する事数回、少しだけ落ち着いたようだ。

「詩人、詳しく話を聞かせて貰っていいかしら?」

『こちらも興味がある。不老とは聞いていたが、万年も生きていたとは思わなかった』

「というか、今の今までお前信じてなかっただろ」

 ジト目で見る詩人を、グゥエインは素知らぬ顔で流した。

 それをハァと小さくため息をついて流した詩人は軽い調子で言葉にする。

「言った通りだ。俺は老いを知らぬ人種、ある特殊な秘術を持って若返る事を可能とした長命種と言われた人種。古代種などと呼ばれる事もあったな。

 数千年の放浪の末、辿りついたこの世界にて、300年前に聖者アバロンと謳われた存在でもある」

 おかげで気楽に名前も名乗れもしないとは、簡単な言葉に乗るには重すぎる愚痴である。呆気に取られて言葉もないエレンだが、グゥエインは同じく目を白黒とさせるエクレアを見て言う。

『となると、その娘は貴様と聖王の子孫か?』

「多分な。だがお前も知っての通り、俺は俺の子を孕んだアリィを捨てた。確証はない。子の顔すら見てないしな」

『これだけ聖王に似て、聖王の血を引いていないなどとあるものかよ』

「まあ、そこは俺もそう思う。あるいは宿命の子かと思ったが、違うみたいだしな」

「え? 私? 聖王? 詩人さん? 子孫?」

 絶賛混乱中のエクレアだが、さもあらん。

 が、それはそれとして。この男は今ナントイッタ?

「あんた、捨てた? 聖王を? 自分の子がお腹に?」

「あー、まーな」

 軽く言う詩人にめまいが起きるエレンはきっと間違っていない。

「でも、聖王は未婚だって……」

「子供だけできて旦那がいないっていうのは、アリィの外聞的に悪かったんだろ。レオニードの所で子を生み、以降は養子として育てたとは聞いた」

「え、じゃあ本当に?」

 念の為確認をするエレンだが、詩人はしっかりと頷いた。

「ああ、間違いない。聖王アウレリウスは俺の子を孕んだ」

「アリィって?」

「アウレリウスの愛称。幼子から面倒見てたし、俺はアリィって呼んでる」

 聖王をアリィと呼ぶ気楽さに。聖王がアリィと呼ばれる気安さに。自分の中の常識がガラガラと崩れていくエレンだった。

 呆然としながら、続けて問うエレン。

「聖王って…どんな人だったの?」

 その言葉に、少しだけ考え込んだ詩人はエクレアを指さす。

「こんなん」

『ああ。この娘は外見や雰囲気だけでなく、中身もあんなのだったのか』

「ちょっと。それ、褒めてなくない?」

 憮然としてエクレアが言う。

 おそらくきっと、聖王の様にという言葉が褒める意味として使われなかった初めての例だった事は想像に難くない。

 

 知恵熱を出し始めたエレンの為に少しだけ時間を置く。

 お茶の準備をして、ここまで(きん)を運んできた馬を屠殺する。ここまでご苦労だったが、最初からの予定としてグゥエインのおやつになる予定だった馬である。わざわざモンスターが蔓延る山中を歩き、重い(きん)を運んだ報酬が竜の食事というのも哀れな話ではあるが。

 そして人間の手にはお茶の入ったカップが、竜の前には生き血を流す馬の遺体が置かれて詩人がその身の上を話始めた。

「さて。300年前から話しても中途半端だから、少しばかり長くて退屈な俺の人生の話を聞いてくれ。

 万の年月(としつき)を超える昔語(むかしがたり)を」

「詩人、貴方が辛い話だったら……」

「――辛くないといったら嘘になるが、必要な話だ。

 言っただろう、いつか話すと」

「それが今なの?」

「ああ。少なくとも人の寿命の範疇に俺が納まらない事を理解してくれないと、話が進まない。

 300年以上俺が生きている事を保障してくれるグゥエインがいる今がベストなタイミングだ」

 なるほど確かに。聖王の時代から生きていると語っても、こちらを馬鹿にしているのか話し手が馬鹿なのかとしか思えないだろう。

 故に今。300年前の詩人を、アバロンを知るグゥエインの前で。

 詩人はその半生を語る。

「始まりは、俺が産まれる更に昔。ある一人の鬼才によって編み出された秘術が最初だ。他人の体や命を奪って己の寿命を半永久的に伸ばせるそれによって、その秘術を得た人々は長い生を謳歌した。寿命無き生は知識を高め、技術を伸ばし。圧倒的な文化を生み出した。その一方で秘術の恩恵に預かれなかった人々は短命種と見下され、長命種の奴隷となった。

 だが寿命が無くなった人々は死をより強く忌み嫌い、死ぬ可能性のある戦いをしなくなった。そして人々の脅威を無くしたモンスター達は長い年月をかけて力を蓄えて進化し、長命種を脅かすまでになったんだ。

 そこで長命種の中から勇気あるものが集い、モンスター達と戦いこれを撃破した。俺と、七人の仲間達が強大なモンスター共を倒したんだ」

 詩人は自分の手の中にあるコップの中身をじっと見つめる。その先にあるものは一体何なのか。それを理解できるものはこの世にはいないだろう。

 そしてどこを見ているのか分からない視線のまま、口調だけははっきりと詩人は続ける。

「もう、顔は思い出せない。だが名前だけは忘れた事はない。ワグナス、ノエル、スービエ、ロックブーケ、ダンターク、ボクオーン、クジンシー。特にワグナスとノエルとは親友だったし、他の奴ともいくつもの死線を潜り抜けた。

 そしてやがて人々に平和をもたらした俺たちは八英雄と讃えられ、称された。だがそれも長くは続かない。モンスター共よりも強くなった俺たちを、人々は恐れて騙し、封印したんだ――!」

 バリンと詩人の手の中のコップが割れる。彼の手にこびりついたお茶がポタポタと垂れる。まるでそれは誰かの血のようだと、漠然とエレンは思う。

 詩人は何食わぬ顔で新しいコップを取り出すと、再びお茶を注いでほぅと息を吐く。

「数百年か、数千年か。封印され続けた俺たちだが、やがてその封印から逃れる時が来た。俺たちを裏切った人々は逃げ、その土地は置いて行かれた短命種達が支配していた。

 ――ここで俺たちの間でも意見の対立が起きた。もはや俺たちの支配地ではないこの土地を荒らす事はせず、裏切り者だけ殺そうとしたのが俺とノエル。奴隷だった短命種など使い潰してなんぼだと、世界を荒らして最短で裏切り者に辿りつこうとした他の奴ら。まあ、ダンタークだけは復讐に興味はなさそうだったが、とにかく強さを求めて暴れまわっていたな。

 特に俺たちの中でリーダー格だったワグナスを説得できなかったのがきつかった。ノエルは中立を保ち、他の奴らは世界を荒らす。それを良しとしない俺は短命種の側につき――殺し合った」

 仲間同士で殺し合う。

 それがいかに酸鼻で惨いものか、エレンも朧気ながらに分かる。彼女にとって、エクレアやユリアンといった面々と殺し合うような苦しみだったのだろう。いや、詩人とその仲間たちはたかが数年や十数年の絆ではない筈だ。彼女が思うよりずっと苦しい戦いだったのかもしれない。

「仲間たちを殺す俺にノエルもついに怒り、敵対した。そしてノエルは、俺が斬り殺したよ。かつての仲間を殺した俺は剣皇と讃えられ、世界を荒らした仲間たちは七英雄と皮肉をもって遺された。

 ――なんの意味の無い称号だ」

 英雄と呼ばれず、仲間殺しを讃えられる。それは詩人にとって余りにも辛い仕打ちだった。

 だが詩人はそこで止まれない。その元凶はのうのうと逃げて生き長らえているのだから。

「仲間を殺した名前は捨て、代わりに短命種の皇帝から貰った名前を名乗る事にした。その首都であるアバロン。その名前を名乗る事が許された。

 故に俺の名は、アバロン。剣皇アバロンだ」

『ふむ。しかしそこまでの強さがあれば神も名乗れるであろうに。何故、神ではなく皇を名乗る?』

「神はもはや人じゃないが、皇は人だからな」

 そうとだけ言い捨て、詩人はグゥエインの言葉を切り捨てる。そして言葉を続けた。

「そして俺は復讐に走った。俺や仲間たちを封印し、異世界に逃げた裏切り者たちは72名。そのうち、68名をこの剣で斬り殺した」

 残り、4名。

 理解できない筈がない。

「……まさか」

「そのまさかだ。残る4名の名はアラケス、ビューネイ、アウナス、フォルネウス。この世界で四魔貴族と名乗り、暴虐の限りを尽くす悪魔ども。

 だが長命種はしぶとく、命を残す事には長けている。奴らは魔王を利用し、アビスに影を作る事で繋がる命を2つ作った。

 300年前、聖王が生き残った時にゲートを閉じるだけに留めてアビスまで侵攻しなかったのは他に抜け道がないかどうかを探す為だ。そして、もう抜け道は塞いだ。300年後の今の為に全ての布石を打ち終わり、あと一歩というところで誤算が起きた」

 そう言って詩人は優しい目でエクレアを見る。

「俺は、アリィを愛してしまった」

「!!」

「愛は、恐ろしいな。アリィと過ごす時間は癒しだったし、子供ができたと聞いた時は酷く狼狽したのを覚えている。――憎悪の炎が消えかけている事に、気が付いたんだ。

 悩んだよ、苦しかった。仲間たちを、ノエルを殺した時とあるいは同じくらい」

『そしてお前は復讐をとった。泣いて縋る母、聖王アウレリウスを捨てたのだ』

「ああ、その通りだグゥエイン」

 結果を淡々と告げるグゥエインに、潔く頷く詩人。

「正直、アリィを捨てた合理的な理由はない。この死食が起きるまで、300年程やる事はなかったんだ。アリィと居たって不都合な事は何もない。

 ――だがそれでも、アリィといることで剣が鈍るかもしれない事を俺は恐れた。たったそれだけの理由で、俺は弟子であり愛した女とその間にできた子供を捨てたんだ」

「……後悔は、したの?」

「正直、それからも逃げた。アリィから逃げ続けて300年。愛が思い出になるのは十分な時間だ。俺はアリィを綺麗な思い出としてしまい、のうのうとしている。

 アリィに恨まれても仕方ないな」

『聖王が貴様を恨むものかよ。あの女はずっと、貴様を縛る憎しみのみを恨んでいたぞ』

「そういう奴だったからこそ、惚れたのかもな」

『ズルい男だ』

「言葉もない」

 グゥエインの言葉にそれしか返さない詩人。グゥエインとしても聖王は母同然なら、詩人は父同然だ。ドーラが聖王に殺された後、聖王と共に詩人はグゥエインを育てたのだから。

 聖王の子として言いたい文句は山ほどあるが、同じ恩を詩人からも受けてしまっている。何より聖王自身がそれを望んでいない。グゥエインは機嫌悪そうに荒い鼻息をつくのみだった。

「ここまで話したら分かっただろうが、俺の目的は四魔貴族の完全殺害。その為に宿命の子を探している。その為に四魔貴族には最後のゲートになるまで俺の存在を気取られる訳にはいかない。

 ――俺がゲートを閉じる為に四魔貴族と戦わない理由だ」

「あれ、でも詩人さんはバンガードでフォルネウスに顔見られていなかった?」

「仲間の顔を忘れたと言っただろう。かつての名ならともかく、顔は忘れてるんだろうさ。正直、俺も四魔貴族の顔は覚えてない。

 こちらが覚えていないだけで向こうが覚えている可能性もなくはないが、今まで殺した68人の中で俺の顔を覚えている者は一人もいなかった」

 淡々と語る詩人は静かだった。きっと、そこらへんの感情はもう無いのだろう。ただ殺す。それが目的か手段か分からない程に、詩人はかつて自分と仲間を裏切った者を殺す事に執着していた。

 そんな彼が宿命の子を探す理由は、アウナスの話を聞いた今なら分かる。

「じゃあ、詩人が宿命の子を探しているのは……」

「そうだ。他の全ての逃げ道を潰した最後のゲートを広げ、アビスに乗り込み奴らを殺す。

 だから済まない、エレン。ビューネイのゲートを閉じたらしばらく待ってくれ。宿命の子を見つけずに最後のゲートを閉じても、俺の目的は達成しないんだ」

 そう言ってエレンに向かって頭を下げる詩人。ただそれだけを言う為に、詩人はここまで己の胸の裡を曝け出した。

 痛みも苦しみも、罪も醜さも。その全てを。

 そうして宿命の子に危害を加えないというならば、エレンも観念するしかなかった。というより、ここに至ってはエレンが一番醜いと言われかねない。

「――待つ必要はないわ」

「……なに?」

「――待つ必要は、ない。宿命の子はあたしが確保してる」

 思わず顔をあげた詩人。驚きをもってエレンを見るエクレア。興味深くエレンを見るグゥエイン。

「おい」

「言いたい事は分かるわ。

 ……黙ってて、ごめんなさい」

「何故黙っていた?」

 これには詩人も怒りを隠せないのか、責めるような口調になる。だがそれも仕方のない話だと、他ならぬエレンが思う。

 だが。それでも。

「あたしは、守りたかった。宿命の子を」

「だからエレンさんがゲートを閉じたの?」

「そう。あたしが全てのゲートを閉じれば宿命の子の出番はないと思ったから」

「御託はいい。言え、宿命の子がいる場所と名前を」

 詩人に急かされるが、この期に及んで隠すつもりはエレンにもない。というか、隠すつもりならば口にしない。

「場所はピドナ。名は、サラ」

「――は?」

「――え?」

「宿命の子は、サラ・カーソン。

 ……あたしの、実の妹よ」

 呆けた顔をする詩人。

「サラお姉ちゃんが宿命の子っ!?」

「――だからエレンがゲートを閉じる、か」

 はぁとため息を吐く詩人。

「……怒った?」

「いや、どちらかというと呆れた。俺自身に。ちょっと考えれば分かる事だったな」

 ゲートを閉じるなんて普通に考えてやる訳がない、それなのにエレンがそれをやる理由。宿命の子の為、妹の為。至極単純と言えば単純なその話に気が付かなかった自分に、詩人は呆れるのだった。それに詩人はサラとシノンからポドールイまで一緒に旅をしている。その間に気が付かないというのも間抜けな話だ。

 だがこれで最後のピースは整った。

「一応言っておくけど、サラを危険に晒す事はあたしが許さないからね」

「ああ、お前はそれでいい。

 ビューネイのゲートを閉じたら、ピドナに行ってサラに話をつけて準備をする。

 魔王殿でのモンスターは俺に任せておけ。エレンはサラを守ってやればいい。そしてアラケスのゲートを開き、アビスにいる奴らを殺す。それで終いだ」

「サラを宿命の子とは公表しないわよ?」

「分かっている。これまでと同じく、協力者の一人として扱おう。幸い、エレンとエクレアは四魔貴族を倒した英雄として広まっている。サラはアラケスとの戦いについてきた仲間の一人、それでいい」

 方針は決まった。ロアーヌと共にビューネイを撃破し、そのゲートを閉じる。後は詩人の言った通り。難しい事は何もない。

 けれども難しい顔をしている娘が一人。

「――私も言わなきゃダメかなぁ?」

「エクレア?」

「二人とも言ったし。私だけ黙ってるって、やっぱりダメだよね」

 ぶつぶつと独り言を言っていたエクレアだが、やがて一つの単語を口にする。

「タチアナ・ラザイエフ」

「は?」

 何故ここでラザイエフの名前が出てくるのか、エレンには分からない。

「私の本当の名前」

「え? へ? ラザイエフって、あの?」

「そう。リブロフのラザイエフ商会、その末娘が私なんだー」

「知っとるわ」

 ぶーと、詩人の言葉にお茶を吹き出すエクレア。

「詩人さん、知ってたのっ!?」

「お前ね。俺とフルブライトが結びついてたのは知ってるだろ?

 フルブライト商会経由でラザイエフ商会から家出した末娘の捜索願が出てたぞ」

「いつから知ってたのっ!?」

「お前らがバンガートでフォルネウス軍と戦ってた時、俺一人でウィルミントンに行っただろ。その時にフルブライトから聞いた」

「その時からっ!? なんで私をリブロフに連れ戻さなかったのよっ!?」

 訳が分からないとがなりたてるエクレアだが、詩人はそんなエクレアに醒めた視線を送るのみ。

「アレクセイ会頭は、タチアナには無理せず自由に羽ばたいて欲しいってさ。その為に俺に頭を下げたぞ。ベラとかいうお姉さんやその旦那さん、ボリスとかいう兄も心配してたな」

「嘘っ! みんな商売の事しか考えてないじゃん!!」

「それを俺に言われても。とにかく、タチアナを無理にリブロフに戻すよりも自由に生きて欲しいってさ。アレクセイ会頭は自分が嫌われたから後は俺に託す、どうか健やかにあって欲しいと言っていたな」

「…………」

 エクレアが知らなかった家族の愛。それを意外過ぎるところから突き付けられて、エクレアは沈黙するしかない。

 見捨てられたと思っていた。だが、本当は見守られていたのだと、今初めて気がついた。

『ではラザイエフとやらに聖王とお前の血が?』

「いや、そんな感じじゃなかったな。エクレアの母方の血じゃないのか? 妾の母の方」

『ふむ。聖王がお前といちゃこらした結果がこの娘という訳か』

「それ以上言ったら殺すからな、グーちゃん?」

『グーちゃんと呼ぶなぁ!!』

「先に下らない事言ったのはお前だろうが!」

「グゥエイン、ちょっとそこ詳しく」

「お前も敵かエレン!!」

 ぎゃんぎゃんと姦しい騒ぎがルーブ山地の奥で響く。それを見て思わず笑ってしまうエクレア。

 それは強さに似合わず、威厳に似合わず。ただ個人として生きる気楽さがあった。

 

 重苦しいはずのルーブ山地の奥底。

 夜は騒がしく更けていく。

 

 

 




※注意:この作品の原作はロマサガであり、ロマサガ3ではありません。ロマサガ3でない設定も含まれるクロスオーバー作品ですのでご注意下さい。

 詩人
 本名?? 通名アバロン
 称号 八英雄・剣皇・聖者
 偉業 強力なモンスターの群れを退治する。
    七英雄を撃退。ノエルを単独撃破。
    古代種の68人を斬殺。
    聖王にやり逃げダイナミック。(孕ませバージョン)
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