詩人の詩   作:117

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089話 ビューネイ大戦

 

 最前列に構えるモニカ隊。その総指揮官はもちろんモニカである。が、しかし将が彼女しかいないということは有り得ない。

 理由は二つ。モニカには戦術を組み立てる能力がない事と、そして兵士たちとの絆がないことである。普通に考えればどちらか片方がないだけで致命的な話であるが、モニカ隊の統率に問題はない。それらを補う副将がいるからだ。

 ロアーヌから出された将軍であるボアが戦を指揮し、フルブライト商会の将であるジークが兵に命令を下す。その中継としてモニカがいるのである。形としてはボア将軍が状況を判断し指示を奉り、モニカがその通りにジーク将軍に指示を出して軍を動かす。迂遠な体を取っているが、これはある意味仕方ない。ジーク将軍はモニカの命令しか受けないと言っている以上、指示はモニカが出すしかない。その能力がないモニカはボア将軍の言葉をオウムのように口にするだけである。

 仮にも四魔貴族であるビューネイを相手にしてこんな無駄をしていていいのかと思う者も多いだろうが、案外とこの命令系統で歯車が上手く回っていた。それにはそれぞれの役割や立ち位置を説明する必要があるだろう。

 ボア将軍はロアーヌの将である。そして将である以上は戦果を挙げねば話にならない。だというのにミカエルが最初に組織した5000の軍のうち、1000人がフルブライト商会から派遣されたとなれば、当然ながら1000人を統率する将軍が一人外される事になる。それがボア将軍だった。

 ちなみにこれはボア将軍が劣っていたからではない。そんな人物ならミカエルがモニカの側近に付ける訳がない。ボア将軍は攻撃を得意とし、元々彼の軍が先陣を務める予定だったからこその解任である。消耗が大きいとされるそこにフルブライト軍を宛がうのは当然で、ボア将軍もそれを理解していてロアーヌの為に呑み込まざるを得なかった。ここで駄々をこねたところでどうとなる訳でもなし、ミカエルの不興を買うだけである。しぶしぶながら戦功を挙げる機会(チャンス)を捨てざるを得なかったのだ。

 ところが更に事態は変化、フルブライト軍はモニカの命令しか聞かないといい、そしてモニカには軍を指揮する能力がない。本人に全く過失がなかったボア将軍がモニカの副将に選ばれたのはごく自然な流れであった。一度落とされてから上げられたボア将軍はやる気に満ち満ちた上に、当初の予定と違って自失よりも敵失を求めていい状況。これはボア将軍の得意分野でもあり、その辣腕を存分に振るってビューネイ軍に攻撃を仕掛けていた。

 だがこれに付き合わされるフルブライト軍、ジーク将軍はこれでいいのか。

 いいのである。何故なら、この状況は織り込み済みだからだ。

 援軍として駆け付けた以上、消耗が大きいところに割り振られるのは当然の事。フルブライト商会、ひいてはジーク将軍は駆け付けた軍のうち半分も戻れないだろうと最初から予想していた。しかし、そこまでの犠牲を払っておきながら名誉をロアーヌだけに掻っ攫われる訳にはいかない。ビューネイに勝った後、ご苦労の一言で終わらされてはいけないのである。

 そこでアウナスを撃破したという旗を立てたモニカの下に付き、モニカの元で大功を挙げたという体を取る。ミカエルが何と言おうとも、勲一等はモニカにあり、ひいては彼女に指揮されたフルブライト商会の功は大。この図式を捨てる訳にはいかなかったのだ。

 そしてその図式が立った以上、半壊レベルのダメージは覚悟の上。今更命を惜しめと言う訳もなく、モニカの為に名を挙げろと鼓舞する程だ。

 モニカは旗頭として、兵の士気を上げるのにこの上なく役に立っているという訳である。こうなると戦術と命令系統まで高水準で備えているという、滅多に見ない強軍へとその姿を変貌させていた。

 だが、しかし。

 モニカは顔に出さず、心の中で不安に思う。ボア将軍が、ジーク将軍が、そしてリンもが、状況を把握できているであろう全員が難しい顔をしているのだ。

 彼女には悪い状況には思えない。確かに被害はあるが、軽微に見える。対してビューネイ軍の被害は甚大で、モニカ隊が突撃したところから陣形は乱れて散発的な襲撃のみ。それも軍を巧みに操り、倍返し以上の反撃をそこかしこで成功させている。この状況で何故そんな悩ましい表情をしているのか。もしやモニカが理解できない、致命的な問題でも起きているのだろうか?

「ボア将軍。状況を言いなさい」

 やがてその重苦しい雰囲気に耐えきれず、モニカはミカエルが派遣した忠実な配下の意見を求める。

 彼はやや悩んだが、上官の命令に背く訳にもいかず、自分が把握できる状況を端的に口にする。

 そこに至るまでの経緯を、ここではサッカーに例えて説明しよう。

 大一番の舞台、例えば世界の頂点を決める試合。相手は以前0-0で引き分けた、世界最強の一角と名高いチーム。もちろん自分たちもそれに劣るものでは無いという自負は前の試合でつけており、今度こそ勝ちをもぎ取ってやると試合が開始される。

 開幕から先取点、見事に決まった策で先手を奪う。ここはいい、続けて猛攻。2-0。これもいい。

 だが、ここからがおかしい。3-0、4-0、5-0、6-0。世界最強クラスの相手に、決勝戦で。

 自分たちは絶対に優勢なのだ。それは間違いない。だが、その優勢具合があまりにおかしい。こんな極端な展開など、そこらの試合でも滅多に見れるものではないのにこれが決戦で起きている。喜びよりも困惑が先に立つというものだ。

 ましてやここはルールに守られたスポーツではなく、勝てば官軍何でもありの殺し合い。そして敵対するはその点に於いて並ぶもの無しと謳われた四魔貴族。悪逆非道の代名詞。

 何かがあるとは理解している。だが、その何かが全く分からない。

「優勢です、圧倒的に」

「……? では何が問題なのです?」

「勝ちすぎてるのが問題よ。こんな、楽勝なんて言葉で言い現せられる相手じゃないはず。

 前の戦いでも飛行系のモンスターが翻弄してきたって言ってたわよ。でも、今回は飛行系のモンスターなんてほとんど居ないじゃない」

 モニカの素朴な疑問を、リンが的確に言葉にした。

「敵に策あり、といったところですか?」

「……それにしても一方的過ぎるわ。この損害が囮にしかならないなんて、ちょっと想像したくない」

 そう言いつつ、リンはその視線をタフターン山の霧の結界、その上空に向ける。

 目の良いムング族、更に弓の才能溢れる彼女だからこそ見抜けたといっていい程遠くに、異形が空を飛んでいた。

 この距離からでも見える巨体、そして場所を鑑みれば答えは一つ。

「何を考えているのかしら? ビューネイ」

 戦場を俯瞰し、自軍が蹂躙される様を見ているだけの空の支配者の思考など、リンに読める訳がない。

 ただただ薄気味悪さのみを覚えてその挙動を見守るのみである。

 

「きゃはははは! 死んだ、死んだっ、死んじゃった!」

『ええ。まったく、根性の無い子ばかりで頭が痛いわ』

 そのビューネイ。タフターン山の上空で、配下の情けなさに呆れた溜息をついていた。

 確かに戦術としてはお粗末なものだったのは認める。だがその程度の不利など覆してこその四魔貴族、支配者たるビューネイの配下に相応しい。結果が出せない部下などビューネイが支配する価値すらない。それがビューネイの考えである。最も偉大なる支配者ビューネイは、彼女が支配するものにもそれ相応以上の価値を求めていた。

 それを的確に口にするのは彼女の配下であるビューネイベビー。空を飛ぶ能力のないそのモンスターはビューネイバードの足に捕まって主であるビューネイの側にいる。これに今現在ゲートの入り口を守っているビューネイドッグと合わせた三体がビューネイの手駒の中でお気に入りだった。

「雑魚はいらない、いらないっ、いらないね!

 せめてビューネイ様の配下として死ぬことを喜べ、喜べっ、喜べ!」

『死を恐れて敵前逃亡しない愚昧がいないことのみが救いね』

 残酷な言葉を吐くビューネイベビーに、更に無価値なものを評するような言葉を加えるビューネイ。

 支配者たる自分の顔に泥を塗るような雑魚以下など、死すら生温い。奴隷以下の扱いで使い潰すくらいしかもはや価値はないとビューネイが断ずるのを疑うものはいなかった。戦死よりも恐ろしい死に様を与えられるとあっては配下のモンスター達は死ぬと分かっても突撃するしかない。これもビューネイ軍の被害を拡大している要因の一つである。とっとと撤退できていれば被害は少なかったであろうが、ビューネイがそれを許さなかったのだ。前回のような戦略的撤退と違い、敗走するなどビューネイが許すわけがない。

 それもこれもたった一つの存在によって思う様に軍を動かせなくなったのが原因である。ビューネイは忌々しいという感情を隠さずに、戦場を超えた先にあるその存在を睨みつけようとする。

 流石のビューネイでもそこまで視線は届かない。だが、いるという確信はある。自分を脅かす数少ない存在。

『グゥエイン……!!』

 その竜がロアーヌに付いたせいでゲートへの強襲を警戒せざるを得なくなった。飛行系のモンスターはグゥエイン相手に温存し、地上戦で泥仕合に持ち込み両軍の相殺を狙おうにも敵の捨て身の突撃によってその策も無に帰した。

 消耗戦を狙い、自分は死なず相手も殺さずの消極的な策を取るつもりだったビューネイ軍にとって、初手から決死の覚悟で攻め入る練度も士気も高い兵は意外が過ぎたといっていい。中途半端に攻撃と防御に割り振ったせいで、どっち付かずとなったビューネイ軍は一方的な蹂躙の憂き目に遭ってしまったのだ。モニカ軍は快勝に訝しげだったがなんのことはない、実は奇跡的なまでに策が噛み合っただけである。この優勢劣勢に裏なんて何もありはしなかった。

 しかしビューネイの余裕は崩れない。初手はミスをした、それは認めざるを得ない。タフターン山の防御兵を繰り出すのは大きなリスクを伴う為に、次の一手はもう決まっている。

『アレを使おうかしら。試運転も兼ねて、ね』

「アレを使うの? 楽しみ、楽しみっ、楽しみ!」

 残虐な笑みを浮かべるビューネイと、無邪気な声を上げるビューネイベビー。戦いは不利なことを認めよう。

 ここまでは、だが。

 

「敵軍、後退を始めました!」

「具体的には?」

「約500の兵を殿(しんがり)に残し、残りは後退。タフターン山の麓にて再結集を図っているようです」

 ふむと各々の将は考える。

 モニカは残った500の敵を心配していた。決死の覚悟を持った敵、思いもよらない馬鹿力を発揮しないか。しかしこれは杞憂である。一対一の戦いやそれに近いならともかく、数十数百という戦いは数が全てである。常識的に発揮できる馬鹿力は平均して1割程度が目安とされており、相手が発揮したとして兵力は500から550への微増。脅威になる訳がない。それ以前に捨て石にされた兵に死力を尽くすという士気が備わる訳がない。

 ボア将軍は自失を考える。モニカ軍で約200程度、残りの兵力は800といったところか。最前線で戦っている為に他の状況は詳しく掴めていないが、多くてロアーヌ軍全体で同じくらいのダメージと考えていい。すると損失した兵は5000の内で400程度であり、前回の引き分けと同じくらいだ。敵軍が半壊している現状、これ以上ない勝利だといえるだろう。

 ジーク将軍は敵失を考える。最初に居たビューネイ軍は約4500程であり、現在は2500までその数を減らしている。更にそのうち500が殿(しんがり)としてこちらを食い止めているが、これらは間もなく食い破れる。ならば敵は残り2000であり、半数以下に減らした。未だ無傷に近いロアーヌ全軍と戦うには数も士気も足りない。

 リンは考える。第一波は凌いだ。ならば残るは第二波と最終攻撃。

「――来るわ」

 リンのみがそれを視る事ができた。タフターン山より合流した敵兵、その数は1。

 それを伝え聞いたボア将軍とジーク将軍は表情を引き締める。

「武将か」

 ジーク将軍から漏れ出た声にぴくりと反応するモニカ。

 何故ならその意味が分からなかったからだ。武将とはどんな存在を表す言葉なのか?

 ボア将軍が気まずそうな声で小さくモニカに伝える。

「武将とは単騎にて一軍に匹敵する武力を持つ将を指します」

「つまりハリード様やカタリナのような(つわもの)という事ですわね」

 意味を理解してモニカはようやく表情を硬くした。ハリードはともかく、カタリナの強さならばモニカはよく分かっている。

 ここで武将について解説しておこう。大まかにはボア将軍の言う通りだが、その具体的な運用法についてである。

 一騎にて一軍に等しい強さを持つと言われる武将だが、当然だがその強さはピンキリで100の兵に討ち取られるケースもあれば1000の兵にも勝る強さを秘める場合もある。ただどちらにせよ、ただ一人に100以上の兵を集めるのは愚策であるし、何よりも現実的ではない。寄って集って一度に攻められる人数は数人であり、その間残りの数十数百は何をしているのかという話になる。

 また武将としても丁寧に敵兵を潰していく事にあまり意義は感じない。よほどの戦力差があるならともかく、そうでないならばそんな雑事は他の雑兵に任せるべきである。そしてよほどの戦力差がある場合でも、もっと効率的な運用方法がある。それは言うまでもなく、敵の指揮官を潰す事。武将の役割は凡そその一点に集約されているといっていい。指揮系統の頭さえ潰せば後は烏合の衆、勝ち切るのはそう難しい話ではない。

 つまり武将の相手は指揮官か、または他の武将かという話になる。数のみを頼りにする他の兵と一線を画すからこそ将の称号が与えられるのだ。大体の武将は指揮官の周囲に張り付き、敵の武将の攻撃を警戒する。そして好機を見つけた途端に番犬から猟犬に姿を変え、敵の喉笛を引き裂くのだ。

 この期に及んでタフターン山から現れたただの一兵を雑兵と思う馬鹿はいない。奴は間違いなくビューネイ軍の武将であろう。

 そしてビューネイを倒すということは、雑兵はともかく武将クラスの敵は軒並み立ち塞がるのは自明。少数精鋭であるそのうちの一つがのこのこと無傷に近いロアーヌ軍の前に出てきた。これを見逃す手は流石にない。

 しかし前述したとおり、武将を相手にするには武将が基本だ。ましてやこちらの戦力が大きいのならば、相手を弱らせられる事ができれば100の兵で討ち取る事も可能になるかもしれない。こちらの武将を温存し、敵の武将を討ち取れればまた一つ流れを引き寄せられる。

 では相手をするロアーヌの武将とは誰か。ここに一人居るではないか、ビューネイと直接戦う予定だった女が。アウナスを討ち取った一人である戦士が。

 (ツィー)(リン)は静かに弓に矢を番えて弦を引き絞る。

 他の者がそれをようやく視認できるような、普通なら弓矢が届かない位置でその矢は放たれた。蒼龍の術も扱うリンは風を強く吹かし、勢いを保ったままその矢を敵の武将に到達させる。

 それは禍々しい鎧に兜を被った存在だった。リンは遠目からソレ(・・)をかつて一度だけ見た魔王の盾と同種のモノだと見抜く。伝え聞いた魔王遺物、魔王の鎧そのものであると。故にそれを抜いて致命傷を与えるのは困難であると思ったリンが狙い打ったのはその額。余りに遠い位置から正確にその眉間を射抜いたリンは武将と称されるに相応しい腕前があるといえるだろう。果たしてその兜は矢によって割られ、その顔にリンの矢が突き刺さる。

「ぎにゃぁぁぁぁぁっっ!!」

 聞くに堪えない悲鳴をあげるその武将。その余りの情けなさにリンとジーク将軍は少しだけ呆れた。相手がモンスター軍だという事を考えれば、兜で隠された中身は亡霊系や死霊系という事も有り得る。額に一刺しで朽ちると楽観はしていないが、満を持して出てきた武将がこれとはちょっと無様が過ぎないか、と。

 しかしモニカとボア将軍は絶句する。現れたその顔に見覚えがあったからだ。

「ゴ、ゴロジデェェ…。バジヲ、ゴロジデェェェ……」

「そんな、むごい…」

「ゴドウィン…」

 そこにあったのは反乱を起こして敗北し、逃げ去ったかつて栄光の道を歩いた男爵の成れの果て。

 髪は白く汚れ、顔は皺だらけで苦悶と苦痛の表情に満ち満ちている。彼は間違いなくゴドウィン元男爵であった。彼が起こした内乱を考えれば因果応報といえるだろうが、それでもむごいと言ったモニカを否定できない程にその姿は痛々しい。

 蒼龍術を使うリンには看破できた。彼は今、蒼龍術の奥義である龍神降臨を使っている。いや、使わされている。おそらくは魔王の鎧そのものに。

 状況を鑑みて、魔王の鎧はビューネイの支配下にあるのだろう。そしてビューネイが司るのも蒼龍術であり、魔王の鎧がそれを発揮しているのは不思議ではない。エレンやタチアナから聞いた話では、ボルカノが使役した魔王の盾の周辺からもエアスラッシュが発生したらしい。ならば魔王遺物とはおそらく意識を同調させた者の術発生装置としても使えるのだろう。

 だがビューネイは己の命を差し出すのではなく、それを纏う人間の命を代価に支払った。それもかつてブラックがフォルネウスを超える力を得る為に全ての生命力を一気に燃やし尽くしたような使い方ではなく、ロウソクをジリジリと灯すようなそんな使い方。結果、命を代価に捧げさせられたゴドウィンは命が削り取られる苦痛と額を射抜かれる苦痛を味わいながら、なお死ぬ事が許されない。

 そして脳を破壊されてこれならば、おそらく彼を一息に殺す手段は存在しない。生命力を全て削り取るか、もしくは全身を砕いて魔王の鎧から離脱させるか。どちらにせよ最上級の苦痛を味わいながらゴドウィンは死ぬしかない。

 そんなゴドウィンの目に二の矢が突き刺さる。口腔内に三の矢が突き刺さる。

「ヒュギィィィ!?」

「リンさんっ!?」

「……」

 喉に矢が刺さった事によって悲鳴を上げることさえできなくなったゴドウィンが漏らす苦悶の声を聞き、モニカが思わず大声を上げてリンを見る。だがリンは、表情を変えずに矢を引き絞っている。この期に及んで敵に同情するような甘い思考をリンがする訳がない。むしろ四魔貴族を滅ぼして、なおその感情を持つことができるモニカが稀有である。エレンでさえ哀れには思いつつも攻撃の手は緩めないだろう。ユリアンは主君を守るためならば当然であるし、タチアナやハリードに詩人といった面々に関しては敵に同情などは論外である。

 またリンがその矢を放とうとする直前、耳障りな声が割り込んできた。

「容赦ない。凄い、凄いっ、凄い!」

「っ!」

 同じくタフターン山から下りてきたその影に標的を変更するリン。鋭く放たれたその矢だが、いくらなんでも距離があり過ぎる。狙われたビューネイベビーはそれをヒョイと避ける。

「そう、そうっ、そう!

 僕の方が強い、僕の方が厄介っ、僕の方が偉い!

 だからこっちに狙いを変えたことは正しい、正しいっ、正しい!」

 口調がこちらを馬鹿にした風であるせいか、声が耳に届くだけでイライラしてくる相手だ。もしかしたらこれは一種の精神攻撃であるのではないかと思う程に。

 ケタケタケタと笑いながら、ビューネイベビーはビューネイバードやビューネイドッグと共にタフターン山の入り口でたむろっている。防衛線のつもりか、ただ単にこちらを馬鹿にしに来ただけか。奴らはこれ以上こちらに近づく気はないようである。

「今回はおまけ、おまけっ、おまけ! 魔王の鎧の試運転っ!

 だけど敵は倒せた方がいいよね、無い方がいいよねっ、殺した方がいいよね!

 やっちゃえ、やっちゃえっ、やっちゃえ! ゴドウィン!!」

 ビューネイベビーの声によって魔王の鎧が走り出す。それと同時、ゴドウィンから悲痛な叫び声が上がる。リン程に達観しているならともかく、一般兵はその声を聴いてしまえばどうしても剣先は鈍ってしまう。ましてや龍神降臨を発動させた人間込みの魔王の鎧は武将に等しい戦闘能力を持つ。

「ごべぇぇぇ!」

「ヒギャァァァ!!」

 魔王の鎧から繰り出される拳によって一般兵から断末魔があがる。

 魔王の鎧が動く事によってゴドウィンから魂が擦り切れる悲鳴があがる。

 それぞれが更に兵士の士気を削ぎ、モニカ軍に与える被害を大きくしていく。

 それら全てを見て機嫌よく笑うビューネイベビーたち。

「死ね」

 それらを見て生かす価値無しから、殺す価値しか無いと判断したリンの鋭さが一層増す。

 そんなリンを見て、愚か者を嘲る声をあげるビューネイベビー。

「死なないけど、僕らに構ってていいのかな、いいのかなっ、いいのかな!?」

「?」

 疑問に思う時間は少ない。

 両軍が争う戦場の上を、大きな影が通り過ぎる。タフターン山から飛び立ったその影を今更確認する必要はないだろう。

 ビューネイ本人の出陣。狙いは言うまでもなくミカエルだろう。

「しまった、お兄様がっ!」

「気を散らすな、モニカ」

 動揺するモニカとは対照的に、リンは僅かにさえぶれることはない。冷徹にその弓から矢を射出させる。

 それが気に食わなかったのか、ビューネイベビーはつまらなそうな声をあげながら矢を回避する。

「ちぇー、反応無しかよぉ。

 つまんない、つまんないっ、つまんない!」

「光栄ね。私はお前らのピエロじゃない」

 リンはそう言ってビューネイベビーの言葉を切って捨てると、モニカに声を向ける。

「一つのケースとしてビューネイの直接攻撃を想定してない訳がないでしょ?

 今は目の前の敵に集中しなさい」

 そうと言われても四魔貴族が直接攻撃を仕掛けてきたら最愛の兄がどうなるのか、モニカが心配しない訳がない。

 だが次の瞬間、その心配を切って捨てた。ロアーヌの方向からも大きな影が一つ、こちらに向かって飛んでくるのが見えたからだ。

 必勝は約束されていない。だが、最善は尽くされている。ならば自分は自分の最善を。モニカは自分をそう戒めた。

「ボア将軍」

「……」

「ボア将軍っ!」

「っ!? は、はい!!」

「呆けるのは後。あの武将、魔王の鎧は目下最大の脅威です。排除する為に軍を動かします。

 最適な動きを教えなさい」

「は!」

 威厳とカリスマに溢れたその声でボア将軍が、そしてジーク将軍も立ち直る。

 そして上が毅然とした命令を下せば軍とは正しく機能するようにできているものなのだ。瞬く間にモニカ隊の動きに精彩が戻る。

 モニカとてミカエルの妹として輝かしい才能を持っている。それを改めて理解したボア将軍は、己が優れた指導者の元にいる事に感謝しながらその采配を振るうのだった。

 

 

 




ところで皆さん。
タフターン山って、やまって読みますか? ザンって読みますか?
知り合いがタフターンやまって言って、ひどく驚いた事がごく最近。タフターンザンって統一されているとばかり思っていましたが、特に規定はされていないんでかね?
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