詩人の詩   作:117

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調子がいいときはどんどん上げるよー。


093話

 

 四魔貴族は影響力が強い、それは良くも悪くもである。特にビューネイは支配者の気質が強く、自身が支配していないモンスターをその拠点に配置することを良しとしなかった。その結果、ビューネイ討伐が為った今、ゲートの間付近はモンスターの気配が全くといっていい程ない状態となっている。

 エレンたちが四魔貴族を撃破したという報はロアーヌ軍にも広まり、歓喜の渦を巻き起こした。そして体力的にも気力的にも限界が近いということで、一同はこの場でしばらく休みを取る事にしたのだ。

「生命の水」

「再生光」

 エレンがハリードを、タチアナがロビンを癒す。単独にて無限に現れるゼルナム族を相手取ったロビンと、ビューネイを前に最前線で戦い続けたハリードの傷は決して浅くない。一息つけた今だからこそ、しっかりと傷を癒しておかなくてはならなかった。

「すまんな」

「ありがとう、レディ」

 ハリードはぶっきらぼうに、ロビンは気取って礼を言う。それににっこりと笑って応える少女たち。そんな彼女たちも決して軽傷という訳ではない。ユリアンも含めて浅い傷は数知れず、幾つもの重傷というべきものも存在した。四魔貴族であるビューネイを相手取ったのである、このくらいの被害は当然である。

 しかしそこを治療する術力は足りない。ただでさえビューネイ相手に死力を尽くして戦ったのだ、より重傷なハリードとロビンを癒すのが精いっぱいで包帯や傷薬で処置したその姿は痛々しい。もちろん回復術をかけられた二人もそれで完全回復する訳もなく、そこから更にエレンたちと同じような外見にされるのだが。

 ビューネイと戦った者たちだけでなく、ビューネイの巣に侵攻して生き残ったほぼ全ての人間がそんな有様である。しかもその数が圧倒的に少ない。余裕ができた今、改めて確認してみれば生存者は少ない。いや、少なすぎた。

「ねえ」

「なんでしょうか?」

 エレンが供回りのリーダーに声をかける。

「どのくらい生き残ってるの?」

「そうですね。120名とちょっといったところです」

 その数にエレンは思わず言葉を失った。供回りの精鋭だけは50程度から30程度まで数を減らしており、一般兵は100名くらいしか生き残っていない計算になる。1500名からの軍を組んだはずであり、それがその数まで減ったとなるともはや壊滅や全滅といった表現が正しいだろう。

 エレンのその心情を知った供回りのリーダーは、それでも穏やかに笑う。

「エレン殿の優しさは理解できます。しかし我々は勝ったのです、ビューネイの脅威を取り除いたのです。

 ロアーヌに居る友や家族を守れたのです。兵士として戦場に出る以上、死という結果は受け入れざるを得ません。勝利するという結果が彼らの御霊を慰めるでしょう」

 気遣うことなく気負うことなくリーダーはそう言い切る。勝たなくてはいけない戦で勝てた、それならばもう何も言うまいと。

 エレンは思わずハリードを見る。他の仲間たちもハリードを見る。

「なんだ?」

「いえ、結局あなたが正しかったんだなって」

 ビューネイとの戦いは決して余裕があるものではなかった。下手に力を減らしてしまっていれば勝敗の行方はどうなっていたか分からない。彼の言い方に多少の難はあったかも知れないが、そうでなくても余裕のない四魔貴族との戦闘前である。言葉がキツくなったハリードを責めるのはお門違いだとエレンは理解せざるを得なかった。

 ユリアンは元々そういった考えであり、ロビンはそれを分かった上で救える命を漏らしたくないと奮闘していたので彼は彼で何も言うことはない。問題はただ一人、タチアナである。そこそこに体力が回復したタチアナは長剣サイズまで小さくなった氷の剣を持ち、ハリードを見やる。

「なんだ?」

「構えろ」

 ビューネイとの戦いが終わった今、タチアナはもう遠慮しない。エレンは妹分を止めようとするがチラと目配せをしたハリードによってそれは押しとどめられる。

 そしてハリードはタチアナに乞われる通り、ゆっくりカムシーンをタチアナに向けて構えた。

 固唾を呑んで見守る仲間たち。しかし、なんというか、どこか雰囲気がおかしい。ビューネイ戦前までギスギスキリキリとしていたが、それがなくてどこか清々しいのだ。

 それを証明するように、タチアナは一礼をする。それは目上の者に教えを乞う際の丁寧な儀礼の礼。ハリードもそれに応えて格式ばった礼を返す。そして向き合って剣を構える両者。

「……あんたが強くてさ、そして私たちを守ってくれたのは分かるよ」

「そうか」

 仲間たち5人の中で最も強いのは誰か。それは間違いなくハリードである。例えばエレンならばビューネイ配下の幹部3体と戦って勝利は確信できない。勝ち目があると思うが、それなり以上に厳しい戦いになると予想できた。

 ハリードはそれを瞬殺し、押され気味だったビューネイとの戦いに割り込み、最前線で剣を振るったのだ。それをずっと見ていればハリードが自分よりも強いことは簡単に認められる。

 だからこそ。タチアナは怒りで歯を食いしばり、氷の剣をハリードに叩きつける。

「そんなあんたが、そこまで強いあんたがっ! なんでブラックを侮辱したぁ!?」

「……」

 タチアナの怒りはそこにつきる。それ以外は別にいい。ガキと呼ばれたことは嫌だが、まあ許容できなくもない。だが、ブラックを海賊如きと言った事だけは許せない。許してはいけない。

 その激怒の剣を冷静にカムシーンで受け止めるハリード。そして淡々と言葉を紡いだ。

「俺はナジュ王国の王族だ。国を荒らす海賊を如きといった事は撤回する気はない」

 タチアナと、それからエレンの視線が鋭くなる。

 だがしかしハリードの言葉は終わらない、続きがあった。

「それは海賊としてのブラックの評価だ。俺と同じく四魔貴族に挑んだ身として、命をかけてフォルネウスを倒した戦士ブラックには敬意を表する。

 これでは不満か?」

「……ううん、十分」

 ハリードがナジュ王国の王族であり、ブラックが海賊である限り埋まらない溝というのは確かに存在する。それ故に海賊如きという言葉は、敵対者として撤回する気はない。

 そしてフォルネウスを倒した戦士として認めるというならば言うことは何もない。いや、ある。

「ハリード」

「なんだ」

「貴方の誇りを侮辱してごめんなさい。言われたくない事を言った私が浅はかでした」

「……」

 キンキンと剣をかわしながら、素直に謝るタチアナ。これが例えばビューネイとの戦いの前だったらハリードは許さなかっただろう。

 だが今はタチアナは共にビューネイを倒した仲間という認識が芽生えつつある。幼い少女の身でありながらよくぞあそこまで戦えるという敬意さえあった。

 ハリードに斬れないものは3つある。仲間と主君、そして詩人だ。前二つは言わずもがな、詩人は最初に出会った時から斬れるイメージが全くわかなかった。負けたくはないが、勝てるイメージが皆無だったのもまた事実。それはさておき、ハリードにとってタチアナは仲間に分類されるそれになる。

 かつて義兄弟と盃を交わしたルートヴィッヒに裏切られた時も、彼を斬る気が起きなかったように。ハリードはタチアナを斬りたくはなくなっていたのだ。ましてや今回はハリードの失言が先である。ルートヴィッヒは許すこともできなかったが、今現在自分と剣を合わせる少女は無垢であり、自分の間違いを謝れる人間だ。そんな彼女を許さないのは己の小ささを突き付けられているようでもあり、そもそもこの才気溢れる少女をハリード自身も気に入り始めている。こうも素直な人間を嫌えるというのは相当性根がひねくれており、ハリードはその点真っ当な人間だった。

「先にお前を怒らせたのは俺だ。一度だけ許してやる」

「ありがとう」

「二度と言うなよ、次は許さん」

 そう会話を交わしつつ、剣を振るうことは止めない。

 最初からそうだったが、これはハリードがタチアナにつける稽古であった。強さに貪欲なのはエレンだけではなく、タチアナもである。詩人に師事を仰いでいる彼女だが、強者との手合わせの機会も逃す筈がない。これ幸いとあっさりと頭を下げて教えを乞うたのだ。

 休憩時間に響く剣戟の音。それを聞きながらロビンはぽつりと漏らす。

「元気で、なにより清々しい。良いな」

 結果よければ全て良しなのである。

 

 

 ロアーヌに凱旋した一同は歓待の民に出迎えられた。

 ビューネイに晒された恐怖と、その脅威を取り除いた英雄たち。彼らを一目見ようと門から宮殿まで続く大通りに集まり、お祭り騒ぎとなっている。

 これを抑えずに秩序だったパレードに整えたのはミカエルである。ビューネイを倒したという儀式の一つでもある為、むしろ率先してこれを推奨した。この辺りは流石に切れ者と言われる為政者であろう、彼はビューネイを倒したのを内外に知らしめる大切さをよく分かっていた。

 ちなみにロビンはいつの間にか姿を消していた。裏方に徹する彼も中々である。ロビンが得意とするのは影にて動くことであるから、英雄として祭り上げられるのは本人が嫌がっている事を含めてデメリットしかない。

 このパレードで恐縮しきりのエレンは本当にいつまでも田舎娘から進歩しないと言わざるを得ず、とても四魔貴族の3体を撃破した英雄とは思われないだろう。まあ誰にも得手不得手はあるから仕方ないことかも知れないが。

 そして宮殿に着き、一日ゆっくりと疲れを癒せば次は報奨である。後にビューネイ大戦と呼ばれるこの戦いでは功あるものが多く、それに報いずに国は成り立たない。ロアーヌは現金を手に入れる事はできなかったが、ビューネイを撃破したという一点を以って通常とは隔絶した成果であり、それによるリターンは計り知れない。国庫を圧迫してでもここは大盤振る舞いをしなくてはならなかった。

 神聖な雰囲気の中で儀式が始まり、数々の将がミカエルから報奨を下賜されていく中、誰よりも注目されていたその男の名が呼ばれる。

「ユリアン・ノール」

「はっ、ここに」

 ロアーヌを出奔したモニカをたった一人で守り切り、アウナスとビューネイを撃破したその男。彼自身、四魔貴族を倒したメンバーでの実力は一番下であるとは思っているが、名声でいえばもはやエレンに勝るとも劣らない。情報が早い有力者の中ではロアーヌにその人ありと呼ばれるレベルであり、いつ引き抜き工作や暗殺があってもおかしくない程だ。

 故にこれは報奨でありながら、ロアーヌに縛り付ける為の一手。

「モニカの護衛から始まったこの度の働き、実に見事。故にそなたを男爵に命じ、前ゴドウィン男爵の領地を与えそこに封じる」

「……え」

「良いな?」

「は…はっ!」

 余りに破格の報酬にユリアンは思わず固まり、周囲も厳かな儀礼の場であるにも拘わらず一瞬ざわつかざるを得ない。

 ユリアンは所詮平民である。それを男爵に命じるとはなかなか思い切ったことで、ゴドウィン男爵の後釜を狙っていた者としては臍を噛む思いだろう。しかし四魔貴族を2体も撃破したという実績を以ってすれば文句をつけようもない。

 これが終わった時、ミカエルはそっと傍らにいたモニカに目配せをした。

(これで身分差はなくなった)

(お兄様……)

(後はお前たちの問題だ。上手くやれよ)

 兄として妹の恋が成就するように計らうのは間違ったものではないだろう。

 その最高の心遣いを受けたモニカは、儀礼の場で下手に動けないがしかし、心の中で最大の感謝を兄に送るのだった。

 しかしその一方で、ユリアンはどこか心に虚無を抱えていた。認められたのは悪くない。だが心のどこかにあった最初の目的である、恋をしていたエレンを振り向かせるという気にはもはやなっていない。ならば今更名誉が何になるのか。

 目指すべきところを見失ったとでもいうべきか、燃え尽き症候群のような心持ちで男爵位を受け取ったユリアン。それはもちろんミカエルの事は素晴らしいと思うし、彼に尽くせる事に誇りを感じなくもない。しかしながら、この虚脱感はなんなのか。やり遂げてしまった終わってしまったという感覚がユリアンにこびりつき、離れる事はなかった。

 

 時は過ぎ、夜。中庭で寝そべるグゥエインの前に数人が集まる。

 エレンにタチアナ、ミカエルにモニカ。リンにハリード、そしてユリアンである。

『ビューネイの影を倒したか』

「ええ、あなたのおかげよ。グゥエイン」

『我が手を貸した以上当然の結果だな。しかし人間もやるものよ、少し見直したぞ』

 どこまでも上から目線のその巨竜に多くは苦笑を浮かべた。

 そして話を進めるのはミカエル。

「時にグゥエイン、もちろん長居するのは構わないのだが、いつまでここにいる予定かな?」

『まあもう我の巣に帰ってもいいのだがな、詩人に挨拶の一つもないというのは不義理であろう。奴に会ったらルーブ山地に帰るとしよう』

 つまり詩人が来れば自然と彼らも解散となる。ハリードはファティマ姫を探しにナジュ砂漠に行くし、エレンとタチアナは最後のゲートを閉じにピドナへ。ミカエルたちは当然ロアーヌに残る。

 ここでロアーヌに残ると言ったのはリンである。彼女は好奇心で東の地まで来たが、ミカエルに恋をしてその甘さと恐ろしさを知った。だからこそしばらくはロアーヌに留まり、ミカエルの側で自分の心を整理したいのだと。彼女がそう言うのならばエレンやタチアナに異論はもちろんない。彼女との旅もここまでという訳である。

 まあ、アラケスを倒せばエレンの旅もようやく終わる。そしてほとぼりが冷めるまで隠居するのはロアーヌに用意される隠れ家であるから、そこまで長い別れにはならないであろう。ちなみにその隠れ家はゴドウィン男爵からノール男爵に所有者が変わったその領地に用意されるらしい。エレンと同郷のユリアンを利用しようとする辺り、ミカエルはやはり抜け目ない。

 とここで意を決した表情でモニカがユリアンの前に出た。おおよそを察していた者はとうとうかと野次馬根性を表に出し、そうでない者は何事かと首を傾げる。

 モニカとすれば、ユリアンが愛しているエレンの前で言わなくてはならないという考えがあった。拒絶の返事が待っているとしても、ここで引いてはいけないのである。

「ユリアン」

「モニカさま、どうかしましたか?」

 全く察していないユリアンやエレンは首を傾げる側である。シノンの者は鈍いという評価を付け加えるべきなのかも知れない。

 モニカはすーはーと深呼吸をして覚悟を決め、一息に言い切る。

「わたくしは貴方を愛しております!」

「うん、俺も」

 

 

 …………、……

 

 

『え?』

 ほぼ全員がごくあっさりとしたユリアンの答えに呆然とした。一番呆然としたのは、誰であろうユリアンである。

 彼はつい先日までエレンに恋をしていた。そしてそれを吹っ切れる程に時間が経った訳ではない。しかしエレンを諦められるという下地にあったのは、モニカにも心惹かれるところが多分にあったとは本人も気が付いていない事実であった。

 エレンに認められたい。それと同時、守るべく姫君にも心寄せてしまう。不純といえばそれまでだが、人の心というのは道理だけで動くものではないのだ。二人の女性の間で揺れてしまうのも仕方ないといえる。とはいえモニカはユリアンの主君である。彼から告白するつもりは流石になかったし、愛しているという実感すらなかった。

 それもモニカの告白によってあっさり決壊する。ごくごく自然にモニカを愛しているという言葉が口から漏れてしまうくらいには。

「ほ、本当ですか? ユリアン」

 それを一番信じられないのはモニカだ。てっきりエレンを愛しているから断られるという結末を想像していた彼女は、余りにあっさりと自然に受け入れられた自分の愛に呆気に取られている。

 ユリアンはといえば一度口にしてしまえば自分の心がはっきりとした。今度は微笑を浮かべながらモニカに向かって重ねて言葉をかける。

「ああ、俺もモニカを愛している」

 その言葉に信じられないと口を両手で覆うモニカ。そんな彼女を羨ましそうに見るリン。

 エレンやタチアナは優しい目で彼らを見ているし、ハリードもどこか遠くを懐かしむ気持ちでその場面を見ていた。ハリード――エル・ヌールは初代王の血を引いているとは言われているが、地位としては傍流も傍流。ギリギリ貴族といった有様だった。それがファティマ姫を守ろうと思い立ち、腕を磨いてカムシーンの試練を潜り抜け、やがて時期国王の座を約束されるファティマ姫の婿の座を相思相愛になるという形で勝ち取った。彼が王になる前にナジュ王国は滅びてしまったが、そのかつてにユリアンとモニカが重なったのだ。思いも一入だろう。

 そこでふとミカエルが認めるかどうかが気になり、ユリアンはミカエルを見る。彼はもちろん、妹の恋の成就に微笑んでいた。

「ミカエル様…」

「ユリアンは男爵、モニカを娶るのに身分差はない。

 ロアーヌの為に、よりいっそう励むがいい」

「はっ!」

「めでたしめでたし、か?」

 突如、その場に響く平坦な声。この場にいる全てが分かる、これは激怒を平静で隠した声だということが。

 その声を発した男が、詩人が闇からゆっくりと現れる。ナジュ砂漠に行っていた詩人だが、いったい何があったのか。まるで噴火寸前の火山を見ているようにさえ錯覚する。

 余りの機嫌の悪さに、最大の警戒を以ってミカエルが尋ねる。

「――詩人。ロアーヌのノール男爵と、我が妹の恋に何か問題があるのか?」

「そこは限りなくどうでもいい」

 一言で切って捨てる詩人。じゃあ何なんだという空気を全面的に無視し、詩人は一つのシンプルな指輪をハリードに放り投げる。

 それを受け止めたハリードは訝し気な顔で詩人に問う。

「これは何だ?」

「ファティマ姫の居場所を確認した、神王の塔の地下にて封印術をかけられている。

 その指輪を封印に当てればファティマ姫の封印は解けるだろう」

「!!」

「まずは仕事は終わらせた。文句はないな、ハリード」

「姫の命に別状はないんだな?」

「ない」

「ならば文句はない。後は姫をお救いするだけだ」

 これでハリードとの話が終わる。しかし詩人が不機嫌な理由は分からない。

 詩人は相変わらず最高に機嫌を傾けたまま、もう一つ指輪を取り出す。

「それなーに? 詩人さん」

「神王の塔にあった聖王の指輪」

 手に入れたのかと喜ぶ直前のエレンに割って入るように、詩人は言葉を続ける。

「その贋作だ」

「……え?」

「外見だけはよく似ているが、俺がこの程度に誤魔化されるか。これは精巧に作られた偽物だ」

 苛立ちを隠そうともせず、詩人は偽物のきれいな指輪を宙に放ると同時、剣を抜いてその指輪を両断する。

 エレンから茫然としながらも声が漏れる。

「そんな。じゃあ本物はどこに……?」

 ようやく終わるかと思えばまた問題。しかしエレンが認識している問題と詩人が認識している問題は違う。

 詩人は現状が限りなく致命的だと気が付いている。それが故の不機嫌だ。

「居るだろう、聖王遺物を集めている悪党が」

 海賊ジャッカル、確かにそんな話を聞いた。

 ならば奴を討てばいいだけではないか。居場所も知れている、奴は神王教団に所属していて、ピドナ支部の最高責任者――――

「っっっっっ!!」

 理解したエレンの顔は真っ青になる。タチアナもいち早く気が付いて顔を強張らせていた。

 ジャッカルはピドナ。アラケスのゲートに行く為のカギである聖王の指輪も奴の手にあり、ゲートがある魔王殿もピドナ。そして何より、宿命の子であるサラがいるのもピドナ。

 不吉な一致である。直感でしかないが、これで何もないと思える筈がない。エレンもタチアナも、詩人さえもそれを感じ取っていた。一刻の猶予も感じられない、その予感。

「グゥエイン」

『な、なんだ?』

 グゥエインにとってこの状態の詩人は本当に怖く、苦手なのだ。思わず声が引きつるのは仕方ないだろう。

「借りにしてやる。今すぐ俺たちを乗せてピドナまで飛べ」

『分かった』

 あの詩人が白紙の小切手をきるのである。グゥエインにはそれで現状の危うさを理解できてしまう。

 グゥエインに乗り込む3人。が、そこでエレンは視界の隅にあまりの急展開に呆然とした一同の中で、ユリアンの顔が見えた。そこからの言葉はほとんど反射だった。

「ユリアン、助けて!」

「いや、意味が分からないんだが」

「サラが危ないのっ!!」

 困惑していたユリアンだが、彼を動かすにはその一言で十分だった。たった一言で虚脱していた心に灯がともる。

 表情を引き締め、一歩を踏み出すユリアン。

「っ! ユリアン!!」

 想いを通じたばかりの愛した男が去ってしまう。思わずモニカが呼び止めてしまった。

 その声にユリアンの足は止まる。だが、決して振り向かない。

「――行かないで」

 ユリアンがエレンに取られてしまう。もう戻って来ないような感覚に、モニカは普段にはない弱々しさでそう懇願する。

 ユリアンは、振り返らない。

「親父に言われたんです、自分が正しいと思う事をしろって。

 サラが危ないなら助ける。サラは大切な幼馴染だ。それが今、俺が正しいと思う事です」

「あ、あ……」

「俺は正しいと思うことをする。

 だからモニカ、約束するよ。俺は必ず貴女の元へ帰ってくる」

 戻ってくるではなく帰ってくる。それは、モニカの元こそが彼のあるべき場所だというその宣誓。

 理解したモニカの頬に涙が流れる。

「待っています、待っていますからね、ユリアン!!」

 その声を背に受けて、ユリアンはグゥエインの背に飛び乗った。

 

 グゥエインの速度を以ってしてもロアーヌからピドナに着くのは早朝になるだろう。

 最後のゲート、最後の四魔貴族であるアラケスとの戦いは、近い。

 




今回でビューネイ編は終了です。
次回からは最後の四魔貴族、アラケス編。

どうかよろしくお願いします。
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