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094話 決着の日
空を翔ける。グゥエインはそう呼ぶに相応しい速度でロアーヌからピドナへと飛んでいた。
通常だとロアーヌからミュルスへ半日弱、そしてそこでピドナ行きの船を見つけて海上を数日かけて移動する。対してグゥエインはどうか、何も考えずロアーヌの中庭にて騎乗し、強風に吹き晒されて数時間でピドナへ辿り着くことができる。
だが今は、その数時間が遠い。不安で高鳴る鼓動が一刻も早くと騒ぎ立てる。根拠はない、ただ確信だけがある。急ぐのは今この時だと。それは詩人とエレン、そしてタチアナに共通した焦りであった。
「なあ、結局なんなんだ? サラが危ないとだけは聞いたが……」
この場で唯一困惑顔の人間はユリアンだけである。彼は委細を承知していない。ただ幼馴染であるサラが危険であると、サラを誰よりも溺愛する
しかしこれに答える権利を持つのはエレンだけである。詩人やタチアナはそれを知ってはいるが、他者に話す権利はない。その秘密を喋っていいのはエレンだけなのである。
彼らの視線がエレンに向き、ユリアンもこの場の決定権をエレンが握っていると理解する。故にエレンだけを見る、じっと見る。
(どうしよう)
エレンは悩む。ここで秘密を、サラが宿命の子である事を喋っていいのか。
エレンはユリアンを信頼している。グゥエインに乗り込む際にユリアンに助けを求めたのがいい証拠である。信頼できる人手が一人でも多い方がいいあの状況で、エレンは反射的な行動でユリアンに声をかけた。エレンの心底でどれだけ彼を信頼しているかという証左であろう。
だがその一方で全てを話してしまう危機感もある。それはサラの秘密が露呈するのもそうだし、サラが宿命の子だとユリアンが知ってしまうという事も彼の危険に繋がってしまう。この信頼があれば核心であるサラが宿命の子であるという事を話さずに、ただサラがジャッカルに狙われているという情報だけできっと彼は助けてくれるだろう。
(でも)
それは余りに不義理である。こちらを信じ切っている相手にする対応ではない。それは一般的にこう言われる行為である、すなわち信頼を踏み躙ると。
サラが宿命の子であると知っていれば対応が違うこともあるだろう。それによってサラの身の安全に関わる事もあるかも知れない。どうしようか、どうするべきか。心は揺らぐ。
「言ってくれ、エレン」
そんな揺らいだエレンの表情を見たユリアンは。揺るぎない瞳を浮かべたまま口にする。事ここまできて遠慮は無用、むしろそれは侮辱に等しい。彼はそう言った。
その幼馴染の覚悟にエレンは長年秘密にしていたそれを、とうとう幼馴染に口にした。
「サラは――サラは、宿命の子」
「…………」
「そしてピドナには最後のゲートがあり、ゲートへ至る鍵はジャッカルが握っている。それだけで根拠はないわ、むしろ何も起きてない事を願ってる。
けど、胸騒ぎが止まらないの」
その言葉に驚かなかったといえば嘘だ。サラが宿命の子だなんてユリアンには想像もしてなかった事である。10年以上も付き合ってきた、妹のように可愛がってきた女の子が宿命の子だなんて、普通ならばなんの冗談だと笑い飛ばすところだろう。
だがしかし今までのエレンへの信頼が、そして彼女が為した偉業がそれを肯定する。いや、この期に及んでエレンがサラの事でこんなくだらない嘘をつく筈がないという信頼。ユリアンは未だにサラが宿命の子だというのは半信半疑だといえる。だが、エレンがサラを宿命の子だと思っていることは信じた。
「分かった。サラをジャッカルの手から守ればいいんだな」
ユリアンの迷いのない言葉に、僅かにエレンの瞳が潤む。
けれど今は泣いている時ではない。
「ええ。助けて、ユリアン」
「ああ、任せろ。エレン」
詩人の持つ懐中時計。その長針と短針、そして秒針がカチリと頂点で合う。
決着の日が始まった。
その時のピドナ。その地では王城の前にある大広場で祝勝会が開かれていた。
西部戦争で加勢したドフォーレ商会の電撃的な敗北。それはルードヴィッヒも嫌な波をかぶらなければならなかった。
例えば同じくピドナでフルブライト商会に加勢したトーマスカンパニーの台頭。たかだが一会社だったそれは、西部戦争でドフォーレ商会を大きく吸収し、今現在ではピドナで5本の指に入る大会社に成長した。足元はまだ覚束ないところがあるとはいえ、敵対者にピドナで大きな顔をされるというのはルードヴィッヒにとって業腹だった。
更にそれに合わせてルードヴィッヒ包囲網というべきものが築かれてしまったのが痛恨だった。フルブライト商会はドフォーレ商会と睨み合い、ラザイエフ商会は真っ向からの戦いを好まない。ツヴァイクとはお互いがお互いを立てれば悪くなく、神王教団とは砂漠にある本部はともかくピドナ支部のマクシムスとは蜜月といっていい関係だった。この状況ならばルードヴィッヒがピドナの王となり、世界に覇権を唱える事さえ夢ではなかっただろう。
だが今現在はどうだ。ドフォーレ商会はトーマスカンパニーに吸収され、せっかくルードヴィッヒが破壊した敵の貿易網が復活しつつある。混乱の中でのし上がろうとしたルードヴィッヒには痛手という言葉では済まされない。ツヴァイクが落ち目になっている現在、前よりも状況が悪くなっているといっても過言ではないのだ。それはルードヴィッヒだけではなく、ピドナに住む民までも薄々気が付いている事である。
だからこそルードヴィッヒはここで盛大な祝勝会を開いた。西部戦争で勝利の側についたファルスが売ってきたケンカを買い、これを完膚なきまでに叩き潰したのだ。これによってルードヴィッヒに敵対するものには容赦しない、その力がルードヴィッヒにはあるという事を誇示したのである。またある意味でこれは間違っていない。ルードヴィッヒは未だにピドナで最も権力を持っているのはその通りなのだ。この祝勝会を持ってピドナは安泰であること、その手中はルートヴィッヒの手にあること。そしてピドナの神王教団とは蜜月関係にあることを示すのには絶好の機会だった。
夜通し行われる祝勝会。皆が飲み、歌い、勝利に酔う。
――訳ではない。この機会を虎視眈々と狙っている者たちも多く紛れていた。祝勝会とは脇が甘くなる側面もある。そこを一刺しで突き刺すように刃を研ぐ者たちが。
それに気が付かず、ルードヴィッヒは上機嫌でピドナでの神王教団最高幹部であるマクシムスを伴って一段上にある演台の上に登る。ここで戦争に力を貸してくれた彼の功績を讃え、そして神王教団との結びつきを強くする。その思惑だった。
ルードヴィッヒとマクシムスが演台に上がり、ルードヴィッヒは尊大な笑みを浮かべてマクシムスは柔和な笑みを浮かべている。
「諸君。この度はファルスとの戦、まことにご苦労だった。しかしこれでピドナの団結と、何より神王教団との強力な信頼を誇示できたと思う」
「いえ、この身は全て神王様に捧げしもの。故にこの勝利はルードヴィッヒ様、ひいては神王様の御寵愛なればこそです」
「そう。ピドナと、そして神王教団こそが正しいのだ。案ずる事はない、私に続くがいい! そして神王教団を信じ、マクシムス殿についていく事こそが――」
「――そのマクシムスが悪名高い海賊ジャッカルだとしてもかッッ!!」
ルードヴィッヒの声を遮る怒声が響く。
硬直する場、祭りの高揚を冷たく切り裂く男。銀の手をつけて業物の槍を持ったシャールを先頭に、武装集団が割り込んできた。彼を見てマクシムスの目が怪しく光るが、それを見れた者は真正面から乗り込んできたシャール達以外にはいない。
「何を――」
「マクシムスの正体は海賊ジャッカル! 人を殺し、聖王遺物の所有者を殺害してでも強奪する大悪人!
現に聖王の槍はレオナルド武器工房の親方を殺して奪った!! 証拠はここに、海賊ブラックが持っていたジャッカルの肖像画!!」
流れを掴ませないようにシャールが大声をあげてマクシムスの――ジャッカルの罪を並び立て、ダメ押しと言わんばかりにブラックから詩人に渡り、そしてレオナルド武器工房に託された肖像画を高く掲げる。
それは確かにマクシムスと瓜二つだった。
これに大きく狼狽したのはルードヴィッヒだ。神王教団は確かに暗殺などの後ろ暗い事をしてきた。何より、前のピドナの支配者であったクレメンスの暗殺を依頼したのは彼である。神王教団にとってもクレメンスは邪魔であったことは確かだが、ついた汚名はどこまでもこびりつく。ここで神王教団を切ったとしても、仕返しとしてその悪事を露見される事は想像に難くない。クレメンスを殺してピドナに打撃を与えたルードヴィッヒのダメージは少なくない。西部戦争で敗れた今では致命的といっていい。
故に大声でルードヴィッヒはそれを否定する。
「だ、黙れっ! そんな誰が描いたかも分からん絵で何が決まる!! ええい、奴らをひっ捕らえろ!!」
「他にも証拠はある! ジャッカルはその肩に決して消えぬジャッカルの入れ墨がある!! お前がジャッカルでないというならばその肩を衆目に晒してみろ!!」
ざわざわと混乱した声が周囲に伝播する。
―マクシムス様が海賊ジャッカル? そんなバカな―
―確かにジャッカルの肩には消えないジャッカルの入れ墨があると聞いたが―
―そんな訳がない! マクシムス様がどれだけ人々の為に尽くしてきたか―
―だがマクシムス様は聖王遺物に並々ならぬ執着があったのは有名な話だ。私もまさかとは思うが―
―要は肩にジャッカルの入れ墨がなければいいんだろ? シャールとかいうあいつはクレメンスの亡霊だ。ただの言いがかりに決まっているさ―
この内の幾つかはシャールの、ひいてはトーマスカンパニーの手引きであることは語る必要はないだろう。そんな中でも緩やかな声を出すのはマクシムス。
「私の肩にジャッカルの入れ墨があるかも。そのような言いがかりもここまでくれば立派ですね。
残念ながらこの身は神王様に捧げた者。まるで罪人であるかのように肌を晒すのは承服しかねます」
「潔白の証拠を出せないならば、お前がジャッカルだ!!」
「違います。貴方が私を罪人である証拠を出さなければならないのです。それができないのならば、貴方こそが私を貶めようとする――」
マクシムスの言葉が言い切る事はなかった。闇夜より射られた矢が二条、マクシムスをかすめるように飛来したからだ。
もしもそれがマクシムスが狙いであったのならば彼は回避できただろう。死への対処は学んで当然のものだからだ。しかし狙いは服、しかも二撃。それがマクシムスから回避の時間を奪った。肩口からその衣服は切り裂かれ、その入れ墨が民衆に晒され、マクシムスは――ジャッカルは正に悪鬼のような表情に変貌した。それが決定打だった。
「ジャ、ジャッカルだー!」
「神王教団はジャッカルを抱え込んで人々を脅かしているぞ!」
「あああ! 私の信仰は…!! 神王様の救いは!!」
瞬間、混乱する大広場。すかさず攻め込むシャールたち。
「逆賊、覚悟!!」
だがそこは流石に修羅場を潜った男たちだ。ジャッカルとルードヴィッヒは即座に心を立て直す。
「ええい、肩にジャッカルの入れ墨がある男などいくらでもいるわ!
この程度で揺らぐ程お前たちの信仰心は緩かったのか! 奴らは我らを逆賊に仕立て上げ、ピドナを暴力で制するつもりだぞ! 戦え、ピドナを想うならば奴らと戦うのだ!」
「マクシムス殿の言う通りだ、私もかの悪名高い海賊の肩にジャッカルの入れ墨があるとは知らなかった。これはマクシムス殿の肩に入れ墨があることを利用した罠である!
ピドナを想うのならば奴らを倒すのだ!!」
かくして大広場は瞬く間に乱戦に巻き込まれるのだった。
こうなる事を予想していたシャールたちは民衆を守る為に動く。これを予測していなかったルードヴィッヒたちはやたらと暴力を振るうように動く。このような一挙手一投足が後々に大きく響くのだと、彼らはよく知っていた。
大広場を見渡せる、屋根の上。そこに一人の女騎士が弓をしまっていた。彼女の名はカタリナ、ジャッカルに聖王遺物のマスカレイドを奪われたロアーヌの女騎士である。
ようやくである。ようやく大罪人を白昼の元に晒しだし、断罪の刃を振り下ろせる。そしてマスカレイドを取り戻せるのだ。とうとうミカエルに真の意味で頭を垂れることができるのだ。
マクシムスの衣服、その肩口を射抜いたのは彼女である。もう一つの矢は別の場所からサラが射抜いた。これが決定的な一手であると理解していたからこそ、彼女は確実にそこを射抜けるように集中していた。かといって奇襲を許す程に甘くない。
カタリナはフランベルジュを抜き放ち、背後から投擲された刃を見事に弾いてみせた。ジャッカルを狙い撃ちした以上、奴がアサシンを放ってくるのは必定。彼女はそれを警戒しない程甘い女ではない。サラの方にも少年を配置して奇襲に備えている。
襲ってきたの黒衣の男、2人。片方が剣を持ちもう片方が斧を持つ。更にそれと同時に片手をフリーにして先ほどのような暗器術も使うのだろう。他にも――
「エアスラッシュ」
「ウインドダート」
術も使う、予想の範疇だ。闇に蠢くその存在、最悪は退却して情報を持ち帰ることさえするだろう。カタリナは全ての手札を晒す訳にはいかない。ただし必殺の覚悟であり、カタリナにはこの期に及んで相手を殺さないという選択肢は存在しない。
選んだ大剣技は逆風の太刀。一呼吸に二撃を放てるその技は飛来する術を二つとも叩き落した。重量があるフランベルジュを軽々と扱う。カタリナが一流である所以である。
しかしここで怯んではジャッカルの暗殺者などやってられない。ジャッカルにとって致命的な矢をくれやがったこの女を許す選択肢は彼らに存在しない。必殺の意気を込めて剣と斧を構える。
一瞬だけ空白の時間が流れた。
「飛水断ち」
「大木断」
剣で即時発動の剣技を繰り出し、ほんの僅かの時差を持って大剣ごと叩き折る斧技を繰り出す。このコンビネーションは流石といえるだろう。
相手がカタリナでなければ、彼らの勝ちだった。
「切り落とし」
カタリナは剣技をその大剣で繊細に逸らし、その切っ先を斧を扱う男に向ける。カウンター技として機能するが、斧を得意とする男の体勢は崩れていない。すなわち、大剣と斧という重量級の技のぶつかり合いだ。闇夜に似つかわしくない大音量が響き渡るが、それを気にする者は誰もいない。言うまでもなくピドナは絶賛大混乱中だからだ。
威力は互角、大剣と斧は鍔迫り合いをする。この状態でどちらが有利かは言うまでもない、カタリナだ。彼女は純粋な斬撃でここまでの威力を出しているのに対し、斧の男は大木断という技を使った上での互角なのだ。技の威力が終わった瞬間に押し切られることは目に見えている。
だからこそ剣の男がそれを見逃す筈がない。隙だらけのカタリナの背中に剣を突き出し、串刺しにしようと迫る。が、その目標を突如として見失った。カタリナは鍔迫り合いをしていた刃を作用点として、闇夜に高く飛んだのだ。
力をいなされた斧は勢い余ってカタリナが居た空間を薙ぎ払う。目標を失った剣は止まることなく真っすぐに突き出される。その先にあるのは――仲間。斧は仲間の首を断ち切り、剣は仲間の心臓を穿った。
そこにひらりと華麗に着地するカタリナ。圧勝といって結果を出した彼女だが、その表情は苦々しい。思った以上に刺客が強かったのだ。
(間に合え……!)
余裕なく屋根を飛びかうカタリナ。目指すはもう一組の狙撃者、サラと少年の元。
だが叶わない願いというものはあるものだ。カタリナがそこに着いた時、誰もいなかった。屋根は壊れ、争った形跡はあれどもそこには誰もいなかった。
仲間の死体すらない。これが意味するのは一つ。
(拐かされたか…!)
ジャッカルの狙撃という役割を持つならば人質として価値があると思われても仕方がない。
カタリナ自身は見捨てるつもりがあっても、トーマスがそれを許容する訳がない。
厄介な事になった。
時刻は深夜を回ったばかり。今日のこの日、ピドナは益々混迷を極めるのだった。
ちなみに素晴らしき国家の築き方(18禁)というゲームをプレイしまくっています。
アイリスフィールドというサークルの作品なのですが、ここのは文章といいゲームシステムといい本当に素晴らしい。
特に物語は一見の価値ありです、次のゲーム業界を担う可能性があると信じています。このサークルの作品は是非プレイしていただきたい! この作品の二次創作も書いてみたいですね。
あ、ご家族がいる方はプレイする時、色々と気を付けて下さい。