っていうか、後はだいたい終わりまで一直線だから書くことが少なくなってきてるんだよね…
トーマスは追い詰められていた。
深夜0時に奇襲を仕掛けてから、早6時間。そろそろ朝日が昇ろうかという時刻になったが、決着がまだついていないのだ。
トーマスカンパニーもあり得ないレベルで急成長を遂げたとはいえ、ピドナで最も力のあるルードヴィッヒや神王教団を相手にして真っ向勝負ができるかと言えば否だ。その実力は一矢報い得る程度であり、その一矢を奇襲にて相手の急所に突き刺すのが今回の作戦の全てだったといっていい。確かに勝率は限りなく低かっただろうが、勝ち目が最も高かった時を狙ったのも事実。それでこの様なのだからトーマスは自嘲の笑いを隠せないでいた。
勢いとしては未だにトーマスカンパニーにある。だがそれが何になるのか。ルードヴィッヒにはピドナ王宮までの撤退を許し、籠城されてしまった。今現在はトーマスカンパニーを叩き潰す為に市街地に適した部隊を編成しているだろう。シャールの部隊が王宮に攻撃を仕掛けているが、簡単に王宮が墜ちる様ならば城として失格だろう。籠城を許してしまった時点で負けが限りなく濃くなったといっていい。
神王教団にサラと少年を奪われたのも厳しい。今のところ明白な脅迫はされていないが、必ずどこかで使ってくる。少年はともかくサラを見捨てたくはないトーマスだが、人質交換の交渉材料を奪えるどころか神王教団との市街地戦は五分。カタリナが奮戦してくれているが、流石にクレメンスの暗殺を成功させた神王教団である。こちらも徐々に押されだした。
ここまで来れば負け戦に等しい。全てを捨てて逃げるというのも再起が不可能に近い現状では悪手である。結局、奇跡を夢見ながら玉砕するしかないというのが現実だろう。
(全く。商人失格だな)
現実を見ないで、無駄にあがいて破滅する。確かに商人としてあるまじき愚行だろう。
だがしかし忘れてはいけない。諦めた瞬間に確率は0になるのだ。奇跡は、諦めなかった者にしか舞い降りないということを。
「報告!」
「どうした!?」
「東の空から巨大な竜がピドナへ高速接近しております! 朝日が出たことで気が付けましたが、闇夜に紛れて発見が遅れました!」
トーマスカンパニーが発見が遅れたということは、敵対する勢力も発見が遅れたということである。
巨大な竜といえば想定されるのはルーブ山地に住むというドーラの子であるグゥエインだが、それにしては飛来する方向がおかしい。ルーブ山地から来るならば北西からだろう。
何であれ、竜というのはモンスターの一種だ。ピドナに犠牲が出ることは間違いない。
トーマスはそう覚悟して唇を噛み締めた。状況は悪化していると錯覚している、巨竜の背に誰よりも信頼する友が騎乗しているとは流石の彼も想定できなかったのだ。
『火と鉄、血の臭いだな』
間もなくピドナへ着くという海上でグゥエインがそう呟く。遠目からでもピドナの様子はおかしかったが、グゥエインの言葉で起きていることが内乱であると確定された。
危険から遠ざける為にピドナにやったのに、サラが危険に晒されているかも知れない。その考えに至り、エレンは自分を殴り飛ばしたくなる。まあ、かといって四魔貴族討伐に彼女を連れていける訳もなく、宿命の子という肩書を持ってしまっている以上、どこに置くにしても正解というものがないのが本当のところなのだろう。
『どうする?』
グゥエインが問いかける。本来の予定であればピドナから少しだけ離れた場所に降り立つはずだったが、どう考えてもそんな余裕はない。
「ピドナの大広場に、減速しながら低空飛行して。時間が惜しいわ、飛び降りる」
『承知した。我はそのまま帰るが、構わないな』
「ええ。助かったわ、グゥエイン」
『礼には及ばん。詩人に貸しが一つできるならば安いものだ』
「心配するな。約束は守るさ、グゥエイン」
この強行軍のツケは詩人が負うことになっている約束だ。まあ、詩人としても今更そこを反故にする気はない。
実際、ピドナの内乱に間に合ったという事実は大きい。悠長に船を使って移動していたら全て終わってから到着ということになりかねなかった。サラが宿命の子と判明している現在、そんな心臓に悪い事は考えたくもない。
『ピドナに突入する。では、達者でな』
グゥエインはそう言い、速度を落とす。それを見計らって巨竜から飛び降りる4人。
眼下に広がるのは人同士の争い。見たところ、ピドナ王宮を攻め落とそうとする軍勢とそれに対抗する陣営で分かれているようだ。
飛び降りながらエレンとユリアンは気が付く、王宮に攻め入っているのはトーマスカンパニーの人間だと。詩人が目を引いたのは攻め入る側の指揮を執っている男、銀の手を装着したシャール。
ならば恐らくそちらに合力するのが正解か。一瞬でそこまで判断する。ちなみにタチアナは余り深く考えていない。サラの身を守らなければならないということで、とりあえずベント家に向かおうかと考えたくらいである。これはこれで正しい思考回路であるのだが。
速度を落としたとはいえ、落下というよりかは墜落というに相応しい着地方法である。衝撃を殺さなくては普通に死ぬ。
ユリアンは接地すると同時に騎士の盾を地面に叩きつけて勢いを殺す。かといって一度でなんとかなる訳ではなく、二度三度とバウンドしてやがて勢いは完全に止まった。代償として長年愛用してきた騎士の盾は鉄くず同然になってしまったが、まあ必要な犠牲だったのだろう。
タチアナは氷の剣を地面に突き刺し、衝撃を完全にゆっきーに依存した。絶対零度に近い氷の剣の硬度は異常であり、ギャリギャリと石畳を削りながらやがて勢いは止まる。タチアナは地面に降り立つと気軽に氷の剣を地面から引き抜いた。
エレンはブーツで滑るように着地する。もちろんその衝撃は並大抵ではなく、ガガガガガと激しい音を立てながら勢いを殺していく。しかし高度から落下したとは思えない軽快さで地面に降り立った。体術を使う彼女らしい、素晴らしい体幹を持っているといえる。
詩人は着地と同時に片脚を思いっきり地面に突き刺す。それで全ての衝撃をその全身で受けきり、耐えきった。コイツだけはもう常識とかを考えなくていいかも知れない。地面に脚を突き刺す辺りに物理法則が適応されているとは窺えるが。
とにもかくにも、天から飛来した4人の人物に大広場にいた人間たちは忘我した。それも当然である。頭上に大きな影が現れたと思ったら、そこから人間が降ってきたのだから理不尽がまかり通る戦場であるとはいえ、いくらなんでも想像の外の出来事だ。しかしそれは大広場に居た人間だけの話であり、ピドナに降り立った4人にはそれは適応されない。
「加勢するわ、とにかく城を攻め落とすわよ!」
「分かってる!」
エレンとユリアンは即座に城を攻撃する。エレンは氷の斧を作り出して城壁の上にいる弓兵にめがけてトマホークを放つ。ユリアンは城を防護する人員にその白銀の剣を振りかざしておどりかかる。
それを横目で見ながら詩人はゆっくりと顔馴染みであるシャールの元へ歩み寄った。タチアナもそれに付き従う。
「久しぶりだな、シャール。ちょっと現状を説明して貰いたいんだが、いいか?」
「あ、ああ…」
「っていうかサラお姉ちゃんが無事かを聞きたいんだよねー」
タチアナの言葉にシャールの顔色が変わる。それを見た詩人とタチアナの顔色も変わる。
「……まさか、よね?」
「神王教団に拉致された。今現在、トーマスカンパニーは神王教団とルードヴィッヒと交戦中だ」
「くそっ!」
想定した最悪の状況に詩人が悪態をつく。宿命の子であるサラが、アラケスへのゲートの鍵を持つジャッカルの手に落ちた。回避したかった事態ではあるが、こればかりは仕方ない。ここについた時にはサラが既に敵の手に落ちていたのだから、どうしようもない話である。
しかしながらピドナがアビスの瘴気に包まれていないことを考えれば、まだアラケスのゲートを開く段階には至っていない。つまり、まだ手遅れではないのだ。
エレンとユリアンは呆気にとられた敵の隙を思う存分につき、戦場の流れをあっさりとトーマスカンパニー有利に変えていた。だが、今はそんな事をしている場合ではない。
「エレン、ユリアン! サラは神王教団に誘拐された! 助けに行くぞ!!」
「!!」
「最悪って当たるものだな!」
詩人の言葉にエレンは強い動揺を露わにした。だが、ここで騒いでも何も始まらない。今は速やかにサラの元へ辿り着くことが肝心だ。攻撃を止め、戻ってくる二人。
とはいえ、彼らはピドナに地理にそこまで詳しいという訳ではない。自然、視線はピドナに拠点を置いていたシャールへと注がれる。
「神王教団のピドナ支部は北西の方角にある。今現在はカタリナが率いる部隊が戦っているはずだが、この場の勢いは掌握した。ジャッカルを潰すというならば私も手を貸そう」
「助かるわ!」
思わぬ助力にエレンとシャールの両方が破顔する。お互いに予想外の戦力が手に入ったのだ、喜ばない筈がない。
特にシャールは劣勢を自覚していながら打てる手がなかった状況だ。ここでエレンたちの手を借りて神王教団を潰せるならば望外の戦果、喜ばない訳がない。
彼は手早く指揮権を副官に託すと、神王教団ピドナ支部に向かって走り出した。後ろにエレンたちの頼もしい助力を感じながら。
大広場から神王教団ピドナ支部までは近い。それだけ神王教団が強い勢力を持っているということであるが、その短い距離は激戦区だった。
市街地に於ける局地戦というのは指揮官の入る余地が少ない。単独での戦闘が主となり、戦術的戦略的価値よりも個々人の戦闘力が重視されるのだ。しかも隠れる所が多い雑多な町では純粋な戦士としての能力よりも、暗殺者側の技能が求められることが多い。如何にして相手に気取らされずに仕掛けるか、死角からの奇襲を避けるか。
その点、エレンたちは問題ない能力を発揮していた。エレンはリンから学び取った東方の気の扱いに於いて敵の場所を正確に感知し、仕掛けられた罠も踏み越えられる対処能力もある。
タチアナはゆっきーがいるだけで単純に感覚器官は倍だ。それは視覚などだけでなく、タチアナが使う蒼龍術の風の流れとゆっきーの使う玄武術の水分察知も合わせてである。
ユリアンも暗殺の警戒能力はロアーヌにいた時に徹底的に磨き上げられたと言っていい。何せ貴人を真っ向から襲うバカはいない。やるなら当然暗殺であるからして、主君を守る為に最優先で身に付けなければならない技能だったのだ。
詩人とシャールに至っては解説の必要は無いだろう。
「そこっ!」
「甘い!」
「邪魔を、するなぁぁぁ!!」
かけられた奇襲を逆手に取り、敵を殲滅していく。特にエレンの鬼気迫る様は敵対者をたじろかせる程だった。
拮抗状態だった戦場はあっという間にエレンたちに支配されていく。敵対者が一気に減り、神王教団ピドナ支部までの道が開けた。
「シャール、貴方が何故ここに? それにユリアンも」
余裕ができた事により、カタリナが彼女たちに接触してきた。この場を預かって獅子奮迅の活躍をしていた彼女だが、一人でできる事には限度がある。じりじりとした戦いを繰り広げていた中、突然の援軍である。助かったという思いがなくはないが、それと同時に疑問も出る。
シャールは分からないでもないが、ユリアンや詩人はいつの間にピドナに来たのか。エレンはゴドウィンの乱の時に顔を合わせたが、ここまでの強さはなかった。まあ四魔貴族を次々と倒していったという話は聞いていたから、聞いた実力に偽りなしと納得はできたが。そして残る氷の剣で敵をなぎ倒す少女は一体何者なのか。聞きたい事、訳の分からない事が多く、混乱するカタリナだが状況は待ってくれない。
「詳しい説明は後だ! エレンたちの助力を得て一気に神王教団を殲滅する。攻め込み、ジャッカルの首を獲る。カタリナも協力してくれ!」
「! 承知しました」
詳しいことは何一つ分かっていないが、今現在優先すべきことは敵の排除である。流れを掴んだ今が好機、敵の拠点に攻め入るまたとない機会だ。
言葉を全て飲み込み、カタリナも同行する。目の前にはジャッカルの居城というべき、神王教団ピドナ支部がある。
エレン、タチアナ、ユリアン、シャール、カタリナ、そして詩人は敵の拠点へと一気に攻め入るのだった。
重厚な入り口のドアを蹴破り、中に侵入する6人。
「ひぃぃぃ!」
受付の周辺からは恐怖の声が聞こえてくる。恐らく非戦闘員であろう彼らをいたぶる趣味も時間もなく、ただし聞くべきところは聞く。
「マクシムスはどこだ!?」
「お、奥の、一番奥の部屋がマクシムス様のお部屋です。今はそちらにいらっしゃる筈で……」
話を最後まで聞く余裕はない、今は一刻を争うのだ。奥へと向かって走る一同。
やがて辿り着く、最奥の部屋。そこへ飛び込んだ時、部屋の中にジャッカルはいなかった。代わりに神王教団のローブを身に纏った信徒が数人。
「ジャッカルは、サラはどこ!?」
やや冷静さを失った声でエレンが怒鳴りつけるが、ローブの者たちは一切の反応を返さない。というより、雰囲気が異様だと詩人が気が付く。
「落ち着け、エレン。…何かがおかしいぞ、こいつら」
ローブに隠されてその奥が見えない。そして感じる薄気味悪さ。まるで人間でないような――
「っ!
詩人が不可視の斬撃でそのローブは切り刻む。果たしてその奥から出てきたのはモンスターだった。
どうやって人間サイズに収まっていたのか疑問に思うオーガバトラーや、明らかに人型ではないデスコラーダなどがその姿を現す。
正体がバレたモンスターたちは一斉に襲い掛かってくる。今度はエレンたちが想像を超えた奇襲に遭うが、立て直すのにかかった時間は一瞬。
エレンのブラックの斧が、タチアナの氷の剣が、ユリアンの白銀の剣が、シャールのブリッツランサーが、カタリナのフランベルジュがたちどころにモンスターを屠っていく。
程なくして敵が全滅するが、少なくない衝撃が一同に宿っていた。まさかモンスターを使役しているとは思わなかったのだ。
恐ろしいのはモンスターたちが秩序だった行動をとっていたことだ。ドフォーレ商会では育てたモンスターをけしかけるだけだった。だがここのモンスターはその殺戮本能に身を任せることなく、明らかに命令に従った動きをしていた。
モンスターを支配する、それは四魔貴族級である。よもやジャッカルがその域に達しているとは思いたくないが、何らかのカラクリがあるのは間違いないだろう。
「思ったより敵は手強そうだな」
「っていうか、ジャッカルはどこに行ったのかなぁ?」
「……奥にある机の下に空間があるわね。恐らくは隠し部屋よ」
一般の者が知らないそこから更に奥に進んだのだろう。何が待ち構えているかは分からないが、サラが捕らわれているのにまさか引く選択肢はありはしない。
躊躇はない。
エレンたちは奥に進んでいく。心の中に生まれた不安や疑念を無視したままだが、下がるという事は出来ないのだから。
一話を長くして話数を減らすのと、一話の文章力が少なくても更新速度上げるのってどちらがいいのだろうか…。